ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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リリの闇。ついでに魔王ドゥアト。

 決勝トーナメント中です。

 全八人まで絞られて今しがたユユルが勝利して七名になりました。

 しかも、単純な勝利ではなく圧勝。

 片手で戦槌を受け止め完全ノーダメですからね。

 今も歓声に包まれて、姫様らしく優雅に手をあげて応えている。

 そして、傍に戻ってきた。

 

「お姉さま。お疲れ様です」

 

「ん……。ただいま、イオ」

 

 周りに聞こえない程度の小声だ。

 わたしが立ち上がってユユルを迎えるだけで、周りの視線が生暖かいものになる。疑似姉妹ということは確定情報ではないけれども、城下の噂程度にはなっているからだ。

 あるいは、神様が人間を迎え入れるというだけで、嬉しいって感じるのかも。

 人間は孤独じゃない、みたいな感じでな。

 

「圧勝でしたね」

 

「そうね。イオの魔法のおかげだけど……なんかズルした気分だわ」

 

「もうその力はお姉さまのものですし、べつに魔法を使うのはズルじゃないんですよ」

 

「慣れるように努力するわ」

 

「お姉さま以外の六名も魔法は使えるんですかね。えっと……」

 

 決勝トーナメント参加者の書かれた紙を見てみると、ユユル以外にはユユルの教父といっていたケイブン、隣国のイケメン王子のアレク。あとは知らない人だ。

 

「ケイブンとアレクは使えるし、たぶんリリって子も使えるわね。アレクのお付きの子だもの」

 

「ふぅん。そうですか」

 

 まあ王子がひとりでノコノコ冒険するなんて、ドラクエでもあるまいしってやつだ。

 ドラクエⅡとかでは王子にもかかわらず一人旅だったけど、たぶんあれは王位を継ぐための試練的な何かだったんだろうな。

 アレクもおそらくはお付きの人が何人かはいるのだろう。あるいは水戸黄門様みたいに少人数で世直しの旅とかしているんだろうか。わりとどうでもいいけど。

 

 わたしの本命はやっぱりお姉さま一択。

 そりゃ推しだもん。当たり前だ。

 

「そういえば、お姉さまが優勝したら何をしてほしいですか?」

 

「そうねえ」ユユルは少し考えるような仕草をした。「私の場合は既に叶えてほしい願いは叶えてもらってるからね」

 

 まあ――、それもわかる。

 お父さんである王様は生き返らせたし、兵士や民も癒した。

 

 ついでに言えば、ここ一か月で、

 

――現代知識無双。

 

 なるものに挑戦もしてみた。

 

 具体的には、料理とかを作ったり。(作れなかったがサンプルは出した)

 井戸にはポンプをつけたら楽になるよと言ってみたり(構造がわからなかった)

 馬車にはサスペンションをつけたら揺れなくなるとアドバイス(構造がわからなかった)。

 連作障害が起こるから、なんかいろいろグルグル植えたほうがいいよと言ってみたり……。

 まあこれは、そのうち成果が出るかもしれない。

 

 うん。何もできてないな!

 ちくしょう、せめてググらせてください。

 現代人が知識無双するには検索エンジンか教科書が必要です。

 

 ともかく、姫様の願いは最優先で叶えてきた。

 そうしないと、甘えられないと思ったからだ。

 これはあくまで契約。

 魔法という利益がなくなればわたしに価値はない。

 

「うーん。私が優勝したら、ほっぺにキスでもしてもらおうかしら」

 

「え?」

 

「神様にご寵愛賜ればそれだけで名誉だしね」

 

「そですか」

 

 この姫様イケメンにつき。

 わたしは顔が熱くなるのを感じる。優勝とかそんなの関係なく姫様にちゅっちゅしたらそれだけで優勝案件な気がするんですけど。

 ユユルは現代で言えば女子高生くらいの年齢で、美麗であるがかわいらしくもある。

 要するにとびきりの美少女。

 思えば、みのりさん以外とはわりとちゅっちゅしていた節操なしのイオちゃんだが、美少女とちゅっちゅするのに理由は要らない気がする。

 もちろん、親愛の情だ。

 ルナに習ったとおり、真正面からキスしてしまうなんて愚行は犯さない。

 たぶん、中世でもほっぺたにキスは親愛とかをあらわすなんとやらだろう。

 

「お姉さまがもし優勝しなくても、ほっぺにキスくらいしますよ」

 

「あら、うれしいわね」

 

 微笑むユユル。

 わたしはこの世界での唯一の家族に、スススっと近づく。

 甘えたがりでごめんなさい。

 体温を感じるくらいぴったりと近づいて、ようやく安心する。

 

「第二試合が始まるわよ」

 

 ユユルが言うと同時に、ワっと闘技場が沸いた。

 出てきたやつは全身鎧の丸いやつと、一見すると戦闘とはまったく関わりのない服装をしている少女だ。黒い髪に黒目の日本人っぽい配色だけど、当然顔つきは……なんだろう彫りが深いというか、どことなく西洋風というか。猫っぽい感じ。

 

「えーっと……メイドさんがなんでこんなところに」

 

 まあ予選ではわりと変な人もいたけどな。

 なにしろ今回の武術大会はお祭り騒ぎみたいなところがある。

 バニーガールみたいな子もいたし、踊り子みたいな女の子もいた。残念ながら魔法が普及していない以上、まだ筋肉こそが正義の世界だけどね。

 

「あの子はリリ。アレクのお付き」

 

「へえ。メイドさんがお付きとか爆発案件ですね」

 

「爆発?」

 

「ええ、現代風に言えば、魔法のほうのイオをぶつけられてもやむを得ない案件です」

 

 リア充爆発しろってな。

 

「そうなの?」

 

 当然、現代のネタなんてわからないので軽く流されてしまった。

 

「でも、決勝トーナメントに残ってるってことは強いんですかね」とわたし。

 

「そうね。リリはアレクよりも強かったわ。暗器とかの使い方が上手いの」

 

 戦闘メイドかよ。あのふんわりとしたスカートの中には爆弾とか入ってないだろうな。

 サンタ・マリアの名に誓い、全ての不義に鉄槌をみたいな感じで。

 ちなみに、わたしのママンの名前もマリアなんで、聖マリアあるいは大母神マリアという名前で、いつのまにか神様認定されています。実際にそんなセリフを言うひとも今後出てくるかもしれない。

 ママンが聞いたら胃が痛い痛いするだろうか。

 

 ああ……会いたいな。

 

「イオ。そろそろ始まるわ」

 

 センチメンタルに引きずられそうになる前に、ユユルが声で引っ張ってくれた。

 わたしは顔をあげる。

 

 司会が口上を述べる。

 

「第二試合は、リリ・ホワイトノエル。華奢な身体ながらも予選では華麗な技で次々と相手を倒してまいりました。そして、もうひとりはいかなる攻撃もうけつけない鉄の鎧を身にまとった守りのカマセだぁ!」

 

 カマセって……。いやなんでもない。

 

「ところで姉さま。リリさんって魔法は使えるんでしょうか」

 

 いくらなんでもメイドさんに魔法を渡すか普通。

 

「王族がどういうふうに広めていくかはわからないけど、アレクも最も近しい護衛に渡さないほど馬鹿じゃないと思うわ」

 

「護衛でもあるわけですか」

 

「そういうことね」

 

 ふうん。リリさんって年齢的にはアレクや姫様と同年代っぽいし、それで護衛ってすごいことなのかもな。異世界の強さとかよくわからないので、どうでもいいけど。

 

 そう――、わたしは少し前まで魔王ドゥアトにビビッてたんだけど、エビちゃんに言われてからは、もしかして護衛って要らなくねって思ってきたんだよな。

 

 エビちゃんは中間管理職のおっさんみたいな雰囲気をかもしだしているけど、あれでも辺境の魔王みたいなポジションらしいし。言ってることはたぶん正しい。

 

 そのエビちゃんが、イオ様最強、イオ様は絶対に負けないみたいに言うんだもん。フラグじゃねえぞ。とまあ、そういうわけで肉壁っているかなーと少しだけ思い始めたわけで。

 

 もしかしないでもユアを人質にとられたときみたいに、人間を引きつれて行くほうが危険だったりしないかなんて思いもした。

 

 まあ見捨てる作戦も使えなくもないだろうけど、いまのまま順当に行けば、最強の肉壁ってユユルだ。お姉さまのスカートの影に隠れながら魔法を使うのかって話で、わたしはユユルを見捨てることはできないだろう。

 

 じゃあ、いますぐ武術大会の見物なんてやめてドゥアトに会いにいこうかというと――それもさすがにできない感じですよ。これだけ人が集まっていて、わたしはそのイベントの中心だ。わっしょいわっしょいと全力で持ち上げられてるのに、いまここでとんずらとか、人としてどうかと思うわけです。

 

 いまさら武術大会をやめーたってすることはできないし、人間側の都合というか誇りというか、ともかく魔王を人間と神が協力して倒したという実績のためには、そうせざるをえないわけだ。

 

 今日中には終わるだろうし、まあいっかというのが結論だった。

 

「よろしくお願げえしますね」

 

 リリが優雅に一礼した。なんか言葉遣いが少し崩れてる気がするが聞き間違いかな。

 

「あの子。いつもあんな感じよ」とユユル。

 

 そうですか。

 

 リリは小さなナイフを構えている。

 

「ふっ。このカマセの鎧を突き通すことはできんぞ」

 

「ルカニ」

 

 あっ、ここで防御力を低下させる魔法です。

 普通に使う場合は、鎧が柔らかくなるみたいですね。

 メラとかで鎧ごと蒸し焼きにしないだけ温情だろうか。

 トベルーラで浮かせて、焚火みたいなメラであちあちしたら面白そう(残酷物語)。

 

「魔法を使うとは卑怯な」

 

「それ魔物に対しても言ってるんすかね」

 

 殺し合いに卑怯もクソもないって話か。

 

 いま、ここでは比較的穏やかな時間が流れているけど、わたしがいなかったら人類絶滅の危機だったわけだしな。現代みたいに社会が混乱しないようにゆっくりとマホアゲルなんてことはなくて、たぶん、王族に広めたらあとは人類の力を底上げするために、一気に魔法を広めていくことになるだろう。つまり、これからの時代は魔法も含めて、その人の実力って話です。

 

 魔法を使うのは卑怯とか言ってたら、エクセルで計算するのは卑怯だから電卓で計算しなさいとか言うのと同じだ。

 

「むぐぐ。クソっ!」

 

 カマセが破れかぶれに特攻する。

 リリはふわりと浮き上がり、スカートがはだけないように絶妙に身体をさばきながらカマセの背後に降り立った。

 首元には切れ味の鋭そうなナイフが突きつけられている。カマセの首元にはどうやら鎖帷子で防御力をあげているみたいだけど、いまでは紙のようなものだろう。一閃すれば、必殺仕事人みたいにブシャーっと血しぶきをあげるにちがいない。

 

「はい。終了」

 

 華奢な女の子があっさり勝利したことに観客はまた沸いた。

 見目麗しい美少女が勝ったほうが嬉しいのは世の常だ。カマセのほうはガックリと膝をついているけど、魔法がなければもう少し健闘できたんだろうか。

 

 対してリリは――、勝ったのになぜか嬉しそうではなかった。

 物憂げな顔。んん。これはもしかして……。

 

 ……ダウナー系だな!

 

 この世界にもダウナー系美少女がいたとは。

 

 説明しよう。ダウナー系とは、常に鬱々としていて呼吸するのもだるいとか言ってそうな系の人のことだ。引きこもりとかに多いと言われている。

 

 思えば、わたしの周りにいた子たちは、みんな陽キャだった気がする。

 明るくて品行方正でお嬢様。闇をまとった子はいなかったな。もしかしてリアル中二病の類なのかもしれない。ダウナー系とはちょっと違うかもしれないけど、異世界だしありうる。

 わたしの右手に封印された邪聖竜がうずくとか言ってそうなパターンだ。

 

 フッ。オモシロヒ!

 

 

 

 ☆

 

 

 

 およそ半月前。

 

 アレクたちがレーヴァラックを出立する直前の頃。

 

 リリ・ホワイトノエルが執務室でいくつかの業務を執り行っていると、ろうそくの炎が揺れた気がした。公爵家の暗部をとりしきる、現代風に言えばエージェントのリリは闇の気配に敏い。

 

「なにやつです?」

 

 影が揺らめいていた。

 対象物がないのに、影はあやしい形になり、くぐもった声を出した。

 

「リリ・ホワイトノエルよ。我と取引をせぬか」

 

「取引とか、うぜーことぬかしやがりますね」

 

 そろりとスカートの内側にしこんでいる聖なるナイフを構え――、

 

 影に投擲。

 

 魔法の力はいまだに普及しておらずとも、いくつかの限定的な魔物に対抗する武器は存在する。

 聖なるナイフは聖別された銀製のナイフ。邪気を払う効果があるとされる。

 いま対峙しているあやしい影のような実体をもたない魔物には特に有効だ。

 

 しかし――、

 

 ナイフは影のある壁に刺さりはしたものの、声の主はなんの痛痒も感じていないようだった。

 

「愚かな。その程度の武器で我を滅することはできぬ」

 

「そんな高貴なお方が卑賤のあたしに何の用でございますかね」

 

 ゆらり。ゆらり。

 影は後ろに。気配が周囲を囲っているようだ。

 脱出するための出口は近いが、得体の知れない空間にとりこまれてしまっているようだ。

 

「人間には、必ず闇のこころが存在する」

 

「はぁ。大変なご高説ありがとうごぜえますよ!」

 

 今度は聖水をふりまいてみた。

 精神生命体であっても確実に十数ポイントのダメージを与えることができる。

 だが、それはあくまで雑魚モンスターを屠れる程度のものであり、わずかに火傷を与えるようなものだった。声の主はかすかに笑ったようだ。

 

「我はおまえの闇を知っているぞ」

 

「あたしはあんたを存じ上げませんがね」

 

「我は邪聖竜ドゥアトという」

 

――魔王ドゥアト。

 

 既にレムリアンからの報告を伝えきいているリリは、その名前が伝説でもなんでもなく、モンスターの首魁であることを知っていた。人智の及ばぬ存在である。

 

 リリの額にわずかな汗がにじんだ。

 魔物に殺される人間は少なくない。

 殺されるのは怖くない。

 だが、共に育った主であり、友人であり、ふたごのような存在の顔がちらつく。

 守り切れるだろうか。とっさにそのことを考えた。

 

「おぬしはアレクという小僧に懸想しておるな」

 

「……違う」

 

「フフフ。否定するところが認めておる証拠よ」

 

 本当に違う。

 リリのアレクに対する想いは恋愛のような単純なものではない。

 幼い時より家族のように従者のように育ってきたのだ。

 男女の関係となるのは、あまりにも距離が近すぎる。

 

「魔物には身分の違いもわからぬと見えますね」

 

 ナイフを抜きに壁際に近づく。

 

 と、そこでグイと手を引っ張られた。

 

 精神生命体である影が物理的な力も有していた。

 

 これは魔王ドゥアトの魔法力が人間に比すれば何億倍も有しているがゆえだ。

 

 からめとられるように、リリの手足が動かなくなっていく。

 

 声はすぐ近くで聞こえた。

 

「闇とは、ソレよ……おぬしが幼き頃。山と積まれたパンを見たであろう。豊作の時であったかな。おぬしは血のつながらぬ老男爵に手を引かれ、なぜパンを埋めなければならぬのか聞いた」

 

 

 

 ・

 

 リリが五歳くらいの時。

 まだ老男爵が生きていた頃の話だ。

 豊作なのに何故食料を廃棄するのか不思議に思って彼女は聞いた。

 

――豊作貧乏。

 

 という現象らしかった。

 つまり、人間の胃の総和は決まっている。需要には限界がある。

 なので、需要に比べて供給が過多になると、パンの値段が下がってしまう。

 だから、埋めるのだと。

 実際に、現代の地球においても、野菜の廃棄などはしばしば行われている。

 

「でも、おとうさま。あそこに餓えている人がいるよ」

 

 やせ衰えた人々。

 

 レーヴァラックにもスラム街と呼ばれる街区は存在し、そこからどこにいたのか、たくさんの人間が湧き出てきていたのだ。

 

 兵士たちは槍で威嚇し、パンに近寄らせない。

 

 老男爵は優しい人だったが、そのときはリリを隠すようにした。

 

「身分卑しき者たちだ。彼等に無償で与えるパンはない」

 

「でも、だれだって、おなかがすくんじゃないかしら。王様は優しくないわ」

 

「リリは優しいね。だけど覚えておきなさい。たとえ無限の食べ物があったとしても無償でパンを与えるわけにはいかないんだ」

 

「なぜです?」

 

「パンの価値が下がってしまうからだよ。そうしたらパン屋が困るだろう。パンだけではない。野菜もフルーツもすべて同じだ。行き過ぎた供給は貧困をもたらすのだ」

 

「よくわかりません……」

 

「リリにはまだ難しいだろう。だから勉強をしなければね」

 

 あれから十年ほどの時間が経ち、ミクロ経済学を学んだリリは豊作貧困を理論上は理解した。

 パンを燃やさなければ、連鎖的に貧困が広がり、国自体が没する。

 レーヴァラック王の判断は国全体を考えれば正しい。

 

 地球の遥かに進んだ経済を知っているはずのイオの場合。

 

 パンを無限に降らせれば貧困はなくなるぜヒャッハーとか考えていたことを考えれば、かしこさに雲泥の差があることはおわかりいただけるだろう。

 

 しかし、リリのこころは納得していなかった。

 

 王様が命じ、兵士が動き、餓えたパンを求める人を排斥する。

 

 怨みと貧困。

 

 そして、身分差というもの。

 

 老男爵はリリが捨て子であったことを隠そうとはしなかった。もはや自分が長くないことを知っていたし、男爵家というのは並外れた功績をあげた平民が実力で一代限りの地位として賜ることもある。老男爵は元平民だった。

 だから、リリの努力次第で男爵家は存続するかもしれないがしないかもしれない。

 

 だから、おそらくリリに人並みはずれた努力を求めたのだろう。

 

 だがそのため、リリの中ではある種の矛盾が生じた。

 

 貧困者の餓えた目と、何不自由なく暮らす自分。

 

 生まれは同じはずだ。むしろ本当の親もわからない平野に捨てられていた自分のほうが卑しいとすら言えるかもしれない。

 

 なのに――。

 

 

 

 ・

 

 

 

「そう。おぬしは身分というものを怨んでおる。それが闇よ」

 

「違う!」

 

「餓える者と餓えない者を選別する非情さをおぬしは持てなかった。レーヴァラック王にかすかに叛意を抱きつつも、それを表立ってあらわすことはない。なぜなら――、おぬしはアレクに懸想しているからだ。無節操な女よ」

 

「黙れ!」

 

 大声を出しているというのに誰も来る気配がなかった。

 影はするりとリリの中に入りこんだ。

 耳元というより、身体の中から声がする。

 正確には右手のあたりか。

 まくりあげてみると、黒い紋様がツタのように腕に描かれていた。

 

「あの――憎き女神の血族――星宮イオを滅ぼすために力を貸せ」

 

「イオ様を!?」

 

「そうよ。あやつは女神によって魔法力を与えられ、我をしのぐほどの超魔力を持っておる。通常の方法では滅ぼすことは愚か、やつの結界を越えることすらできん」

 

「マホカトール……」

 

 リリは呟く。

 現在、レムリアンはイオの魔法で覆われていた。

 害意を持った魔物は近づくことすらできない。

 

「知っているか。マホカトールとは本来はただの邪気払い程度の魔法なのだ。それが超魔力を込めることで絶対不可侵の領域を創り出している。だが、我の属性は邪と聖をあわせもつ。闇にまぎれれば侵入することは可能だ」

 

「侵入してどうするつもりだ」

 

「魔王が神を暗殺してはならぬという道理もあるまい」

 

 魔王ドゥアトは大神ルーラに反旗を翻したと聞く。

 神を暗殺するなど、大逆もはなはだしいが、伝説の存在であるがゆえに現実味を帯びていた。

 

「あたしが従うとでも?」

 

「従うだろう。アレクを殺されたくはあるまい。あやつの身体には爆弾をしかけておる。我がその気になれば即――死だ」

 

 リリはドゥアトの話を聞きながら目まぐるしく計算する。

 

 暗殺という手段については、よく知っている。実際にやったことはないが、アレクを暗殺から守るために暗殺という手段については知る必要があったからだ。

 

 暗殺するというのは、結局のところ真正面から戦って勝てないからおこなう外道なのである。

 つまり、ドゥアトはイオより弱い。それどころか、正攻法では侵入すらできないといっていたではないか。だが、人間が魔王よりも弱いというのも事実である。主であるアレクを人質に取られたとしたら、最善手は――。

 

 レムリアンに入り、少女神イオに助けを求める。

 

「言っておくが誰かに伝えようとすれば、アレクは死ぬ。おぬしのこころの闇に入っておるのだ。謀略は不可能であると知れ」

 

「乙女の秘密を覗くなんて、どんな変態なんすか」

 

「おぬしにとっても悪い話ではない。我は超常の力を持つ。星宮イオを暗殺せしめた暁には、そなたには世界の半分をやろう」

 

「特に要らないっすね」

 

「人間の世界を残しておいてやると言っておるのだ。おぬしはそこの女王として君臨すればよい」

 

「どうやって……」リリは少し考えるようなそぶりを見せた。「どうやって暗殺するつもり?」

 

「毒針」

 

「毒針?」

 

「そう。おぬしが持っている毒針にて、即死の毒を注入する。星宮イオは超絶の魔法力を帯びているものの、身体はかそけき人と変わらぬ。ゆえに、一点に我の魔法力を集中し突破する」

 

 厳かな声であるが――、

 

 なんとも情けないことに魔王が毒針に賭ける状況だった。

 

 それくらいイオとの魔法力の差はあるのだ。しかし、そうはいってもイオも人の身であるのは確かである。毒針が通れば、即死の可能性もある。

 

 リリは考えた。

 思考をどれくらい読まれているかは不明であるが、いまの状況ではどうすることもできない。

 逆撃を加えるにしろ、そのための手札が足りない。

 

 実を言えば、アレクがもし爆死したとしてもザオリクで簡単に蘇ることは可能なのだが、魔法のことは知らされたばかりのリリにはそこまで判別はつかないのである。

 

 そして、リリが下した決断は、ひとまずのところドゥアトの指示に従うように見せかけることだった。




遅くなり申し訳ないです。
あとちょっとというところまで来ると安心しちゃう病ってあると思います。
もう脳内で完結まで見えてるんで安心しちゃうんですね。
それが最後の罠なんですよね。

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