ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です 作:魔法少女ベホマちゃん
千歯扱きって知ってるだろうか。
元禄期すなわち1688年から1704年の間に和泉の国の宇兵衛により考案された脱穀用農具。
ちょうど櫛の巨大バージョンが上向きについていて、この鉄製の櫛状の間に乾燥した稲の束をたたきつけ、ひいて、こそぎ取る! 脱穀。脱穀ぅ! 超スピードで脱穀は終わる。
異世界転生ものの小説だったら、現代知識チートとして遊園地にある観覧車ぐらい永遠の定番といえる。
現実世界においても千歯扱きが出現する前は、ともかく脱穀という作業に時間がかかったらしい。
それもそうだ。脱穀とは殻と粒を切り離す作業で、昔は箸状のもので挟んで数束ずつ丁寧にやっていたんだからな。想像しにくければ枝豆のちっさいバージョンを思い描けばいい。手で挟んでウニュって出すだろ。あれをもう少しおおざっぱにやってる感じだ。当然、枝豆よりも稲のほうが粒は多いわけだから、めちゃくちゃ時間かかる。
逆に――。
そう逆に、時間のかかる作業だったゆえに、脱穀は未亡人とかの仕事になっていたらしい。農作業とかにはあまり適さなかっただろうし、力がそんなになくても根気さえあれば続けることができるからな。
その作業を千歯扱きが効率化で奪ってしまったため、別名『後家倒し』と呼ばれたりもする。すげえ名前だ。しかも、後家倒しのことを未亡人殺しって書いたら、とたんにシコリティ高い気がする。いや、もういっそ未亡人ってだけでエロいな。
ともかく、科学の発展は必ずしも人を救うばかりではないということだ。
歴史の勉強ってすごく大事だ。わたしもその点はおおいに首肯しよう。
……たしゅけて。
ママンに叱られた意味が、正直わからなかったわたしは、どうして怒られにゃあかんのか当然聞いた。ただで治るんならいいじゃん。うるさくなくて低エネルギーの車が発売されたらみんなそっちに乗り換えるだろ。それと同じだし!
そんな旨を主張したのだが、ママンはとても大きなため息をついた。
極大級のため息だった。輝く息ではなかったけれど、そのあとわたしはドラゴンのようなママンにギロっとにらまれてすくみあがってしまった。
そして、あれよあれよと勉強机に座らせられ、歴史のお勉強が始まったのだった。
いや、歴史というよりこれって、道徳の授業なのでは?
お勉強した今だからこそわかるのだが、全世界に
なんかスレでも言われていたけど、眼鏡とか補聴器とか要らないようになったみたいだし、回復したあとにまた衰えるってことはあるかもしれないけど、当座はたぶん必要なくなってしまった。
それに医者についても同じく。もしも、わたしが毎日、完全回復魔法を使っていたら、負傷とかの外科系は不要になるかもしれないし、医療の衰退を招いてしまうだろう。
幸いなことにといったらなんだが、内臓系の疾患とかにはそのまま
だから、お医者さんが要らなくなるってことはないと思うんだけど……。
いくら魔法が便利だからって、既存の技術が失われてしまったりするのは困るよな。人類の力は科学の力。何千、何万、あるいは何百万人もの人が繋いできた智慧なんだ。
魔法という新技術が手に入ったからって、
いやね。正直、魔法で治るからええやんって考えには致命的な問題があるんよ。
それはわたしの寿命。
逆に言えば、なんかようわからんが、神様カッコカリが「まだ死ぬ
運命ってなんだって思うが、わたしにもわからん。
少なくともこの運命論的な寿命は遺伝子的な限界のことではない。つまりベホマでテロメアが延びたとしても、死ぬときは死ぬ、と思う。まあ死んだこと一回しかないからわからんけど。
そういうわけで、わたしが死ぬと思われる百年後くらいには、ベホマズン体制は崩れ、そのとき医療体制が崩壊してたらヤバいってことだ。
うん。こうして考えると、ちょっとやりすぎ感あったかもしれんな。
反省反省っと。
☆
明けて翌朝。
今日もいつものように、ママンとユアと寺田さんとわたしの四人で朝食をとった。
わたしの対面にはママンが座り、ママンの横にはユア。
わたしの横には寺田さんがいる。
内容は比較的オーソドックなもの。
絶妙な焼き加減のトーストに、新鮮な野菜と生ハム。わたしが猫舌なのでちょっとだけぬるめのコーンポタージュ。百パーセント果汁のオレンジジュース。
うん。まあ、普通だよな。
ただ、ちょっとだけ特殊なところは、フォークとナイフを使って食べるところくらいか。正直面倒くさいんで、パンくらい手づかみでよくねって思うんだけど、これもお嬢様教育の一環なのかもしれない。ユアも幼いながらもがんばって食べている。少しこぼしているけれども及第点だろう。
あ、いまユア隊長がフォークでプチトマトを突き刺そうとしておりますぞ。
残念ながらうまくいっておらず、ミスを連発しております。「むぅ」とまゆをしかめながら、がんばっております。大変かわいらしいですな。
イケないお姉ちゃんは、ユアがもがきあがく姿こそがかわいらしいと判断してしまいます。
わたしは、まあ、その程度は完璧にこなせる。
魔法による底上げなんて必要ないと言っておこう。
「――ねえ、イオ。聞いてるの」
「え、はい。聞いていますよ。お母さま」
どうやらいつのまにか話しかけられていたらしい。
ママンは昨日のお説教がし足りなかったのか、まだ少しばかりひきずっているようだ。
ちょっと般若のような顔になっているんだけど。
綺麗な顔ほど歪むと怖いな。ママンはとびきり綺麗なので、なおのこと怖い。
「本当に聞いていたのかしら。私の言ったことを復唱してみなさい」
「えーっと、お母さまはとても美人です?」
「聞いてないじゃない!」
「すみません。食べることに集中しておりました」
「正直なところ、行きたくないけれど、あなたの昨日のやらかしを補填するためにも実家に頭を下げにいくわ。もちろんあなたも同行しなさい。いいわね」
「ちょっと星を癒した程度でおおげさですね」
「あなたの魔法に対して抗議運動が起きかけてるのよ」
「ええ?」わたしは驚く。「それって医療関係者からですか?」
昨日学習したことだが、千歯扱きは、後家の方々にぶっ壊されまくったらしい。イギリスの産業革命時代に起こったラッダイト運動しかり。人間って仕事を奪われることに怒りを燃やす種族らしい。食い扶持を奪われたら生きるか死ぬかの戦いだからな。当然か。
それと同じように、イオちゃんも破壊されちゃう?
すまんが、わたしは破壊できない硬度になるし、下手すると大陸ごと吹っ飛ばして逃亡するぞ。
仕事を奪いかけてるのは申し訳なかったが、反省しているし許してほしい。もうベホマズンしたりしません。
「そうじゃないわよ」
ママンは疲れたように言った。
「え、じゃあどなたです?」
「自分のキズがアイデンティティな人たち」
直言を好むママンだが、今回はどうにもよくわからない言い回しだ。
「んー。それってどういうことでしょうか」
ママンはわたしが理解していないことを察してか、
「パラリンピックってあるでしょ」
と、投げやり気味に言った。
「ありますね」
障碍者のオリンピックだよな。
確か、オリンピックと同年に開催されている。
「彼らは大会に向けてがんばってきたわけよね。それで、その障害が治ってしまった、と。わかるかしら、この罪深さ。彼らは人生かけてがんばってきたわけよね、栄光をつかむためにたゆまぬ研鑽を積んでいたわけよね。けれど、なんだか昨日降って湧いたわけのわからない光のせいで、その栄光は遠のいたわけよ。永久に」
え……っと。
「健常者として出場したりなんかは?」
こめかみから汗をたらりと流しながらわたしは聞く。
「無理でしょうね。パラリンピックの選手はパラリンピックの選手として最適化されているわけだし。普通の選手としては最初からのスタートよ。リスタートですらないわ」
…………ふむ。
…………。
……。
やべえ、努力も
治るっていうのはポジティブな力だから、正直なところ、治ることが誰かの喪失になるなんて考えもしなかった。
障害は不幸なことで、不幸を消したんだからハッピーハッピーという、超短絡思考だったんだ。いや、そもそもあのときは人に薦められるままにやっちまったけど、あまり深く考えなかったことがすべての原因だ。イオちゃんやらかしていた!?
大変もうしわけない……(震え声)。本当にもうしわけない……。
「やってしまったことはしかたないわ。一部の人にとっては残念な結果だったかもしれないけれど、ほとんど大多数の人にとっては救いでもあったのよ。それを誇りなさい」
「はい……」
「ともかく、記者会見の日は、そういうふうに多数の利害関係人が絡むから、あなたの魔法を恐れている人もいるわけ。だからそういった人たちを牽制するためにも実家の権力が必要なわけよ」
「政府の方々が出張ってきてくださるのでは?」
「イオお嬢様。奥様はすでに関係各位には、頭を下げてまわっておられます」
寺田さんが言った。マジか。ママンには迷惑かけどおしだな。
「ですが、お母さまはいいのですか? ご実家とは……いえ、おばあ様とは……その」
「愛娘のためよ。たいしたことないわ」
やっぱ、女神様かな。
そんなことを思っていると、ユアはついに業をにやしたのか、プチトマトをヒョイとつまみあげて食べてしまった。ママンが見ていない一瞬の隙を狙う胆力。この小悪魔さんめ。
そういうわけで、今度の日曜になる前、具体的には明日には学校を休んでばあちゃんの家に向かうことになったのだった。
それにしてもパッパは帰ってこんのだろうか? まあいつものことだからどうでもいいけど。それと、パッパは出禁なんでママンの実家に出入りするのは無理だろう。ママンは勘当ギリギリまでいったらしいしな。余計に混乱するだけだ。
ばあちゃんは――、まあママンよりも厳しめな人とだけ言っておこう。
☆
学校の授業はあっという間に終わり、いまは放課後だ。
もう帰ってもいいんだけど、ママンと打ちあわせもあると思うと少しだけ憂鬱だ。
だから、しばらくここでチャージ。
学校はいままでもわたしの休憩時間だったからな。どうせルーラで一瞬で帰れるし。
「イオちゃん。今日は前みたいにちょっとお疲れモードだったね」
理呼子ちゃんがわたしを気遣うように聞いてきた。
わたしは理呼子ちゃんのほうに向きなおる。
「ええ、いろいろと考え至らぬところに気づきまして、浅薄な知識と思考に恥じ入るばかりです」
「難しく考えすぎなんじゃないかな。イオちゃんは」
「そうでしょうか」
「そうだよ。なにげない一言が誰かを救ったりするように、なにげないポンコツムーブが誰かを救ったりもするんだよ」
えっと、それって、わたしのこと軽くポンコツ扱いしていませんかね?
理呼子ちゃん?
しかし、理呼子ちゃんが慰めてくれる言葉は本物だ。
「ありがとうございます」
「ううん。前にしてもらったことのお返しだよ」
「前にですか」
「うん。イオちゃんは忘れてるかもしれないけどね」
気づかず誰かを傷つけてるように、気づかず誰かを救っていたりするのだろうか。
夕日が窓辺から入りこみ、斜めに教室をだいだい色に染めていく。
「今日は、虎の気分でした」
「虎さん?」
「ええ、虎です。しかも人喰い虎。理呼子ちゃんも人を食べちゃう虎が隣にいたら怖いでしょう。みんな、わたしを避けていますし、みんなわたしを嫌ってるんです」
前世で、アルフレッド・べスターの『虎よ、虎よ!』という小説を読んだ覚えがある。もう正直うろ覚えなところも多いが、地球人類の誰かひとりでも爆発しろと念じたら即座に地球破壊爆弾と化す、そんな物質を解き放ってもよいのかという命題だった気がする。
わたしも、虎だ。
「ふふふ……そんなことないよ。かわいい虎さん。あれれ、これじゃネコさんかなー」
にゃ。にゃ~~~~。
撫で方うまいよこの子。
なにこのテクニシャン。天使? 天使なの?
「大丈夫だよ。イオちゃんは虎じゃない」
人差し指と中指の間に、理呼子ちゃんの指がUSB接続みたいにさしこまれる。
そのまま傾けるように顔が近づいていき……。
え、ちょ、近い近い。どんどん近づいてくるんですが。
指先を固定されているので、わたしはその場を動くことはできないし、魔法なんて持ってのほかだ。上気した顔なのか、それとも夕日に照らされた顔なのかわからんが、とろんとした理呼子ちゃんの顔が近づいてきてた。
と、とりあえず目をつむればいいんですか?
って、小学生やぞ。しかも、女の子どうしやぞ。
理呼子ちゃん、何がしたいの?
わたしが、メダパニってると、
「はぁい、ストップぅ」
背後から声が聞こえた。
驚いたような理呼子ちゃんは、一瞬、にらむように後ろを見たけど、わたしはそのまま固まった。
いや、もっと根本的でとてつもない感触に、わたしは首を動かすことすらできない。
圧倒的な質量体が、わたしの頭の上にのっかっている。
わかるだろうか。この重み。存在感。
わたしの頭をはみ出て変形しているそれはスライムのような柔らかさを伴っていて、わたしは頭皮に全神経を集中させるほかなかった。
「ふぅ。胸休め。胸休め。イオちゃんの頭って、わたしの胸にジャストフィットするんだよねぇ」
軌道寺理事長の娘。軌道寺みのりさんだった。
「イオちゃんに乗っからないでください」
乗っかるというか押しつぶすというか、マタンゴの笠みたいな感じだが。
ともかく理呼子ちゃんは抗議した。わたしを通じて、ふたりは既に知り合いだ。
彼女は時折、初等科のほうにも遊びに来る。理事長の娘だから、学園のどこにいようと自由だろうけれど、普通は中等部は中等部のブロックから出てこないものだ。
けれど、彼女は明確にわたしに会いに来ては、ちょくちょくこうやって遊んでくれるのだ。
いや、もてあそばれてるのかもしれない。
どっちでもいいか。なんだかお姉さんって感覚で遊んでくれる人は新鮮だ。
「なんで、みのりさんがここに来るんです。ここは初等科ですよ。中学生なのに初等科からやり直したいんですか。イオちゃんにそんな脂肪の塊を圧しつけないでください」
「理呼子ちゃん。お姉さんはね。ちょっとだけおっぱいが大きすぎて、いつも肩がこっちゃうの。こんないいところにいい置き場所があったらしかたないでしょ」
「しかたなくありません!」
「イオちゃんはおっぱい好きだもんねー?」
「どちらかといえば、好きというかラブです……すごくすごいです」
「ほらね?」
「イオちゃん語彙を取り戻して!」
「やわらくてすごいの」
「お姉ちゃんと、もっと一緒に遊びましょうねえ」
「はい……、みのりお姉さんと遊びます」
「イオちゃん誘惑されないで!」
これは今日もスライムの夢不可避かな。
そんなことを考えていると、すっかり虎のことは頭のすみっこに押しやられて小さくなっていた。
わたしはふたりにとっては、どっちかといえば食べる方ではなく食べられるほうだったし、虎が人間に食べられるなんて、逆だと思ったからだ。
昨日は、多くの方々にお力添えをいただきまして誠にありがとうございました。
わたしはわたしにやれることをがんばっていきたいと思います。