ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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実家。ついでにバトルジャンキーBBA。

 金持ちの家ってどういうのを想像するだろうか。

 豪華絢爛な門構え?

 ボディガードがたくさん見回りをしているような堅牢さ?

 東京ドーム何個分とかいうようなだだっ広さ?

 

 いやまあそういうのもあるんだろうけど、一番に感じるのはそこじゃない。

 

 前世ではペネトレーション層(びんぼうだいがくせい)だったんで、初めて知ったのだが、金持ちの家はともかく()()だ。

 

 よくアニメとかで、ししおどしが岩を打ち、カコーンという音が響くシーンがあるが、あれは金持ちの家が、世の中の喧噪とは隔絶しているからこそ起こることだと思う。沈黙は(カネ)だ。実際、郊外とはいえ、都内に広い敷地を持ち、日銭を稼ぐ労苦から解放された空間を買うには莫大な資力を必要とするだろう。

 

 え、耳栓でもつけとけばいいだろって?

 隣からギシアンしてる音が聞こえてくるとマジへこむぞ。

 しかも、友達呼んだのに誰も来なかったひとりクリスマスだったりしてみろ。

 嫉妬の心は父心。押せば命の泉湧く。

 おまえも沈黙(マホトーン)してやろうか。

 

「到着しました」

 

 わたしは、ママンといっしょに星宮本家に来ていた。

 

 もちろん、瞬間移動呪文(ルーラ)を使ってだ。すでに登録済みである。

 

 いくら実家との仲が悪いからといったって、わたしやユアは、ばあちゃんの孫にあたるからな。孫の顔を見せないっつーのもかわいそうって判断かもしれんし、ママンだってこころのどこかじゃ縁を切りきれないところがあるんだろう。

 

 ママンはクールだが、家族愛にはこだわるタイプだからな。

 

「変な感じね」と、ママンはわたしを一瞥する。

 

「なにがですか?」

 

「この移動方法よ。酔うわ」

 

「大丈夫ですか? 完全回復呪文(ベホマ)!」

 

 すぐさま魔法をかけたのだが、ママンは微妙そうな顔になった。

 

「あなた、それやめなさい」

 

「え? ダメなんですか」

 

「ベホマって、完全回復呪文なんでしょう。なんていうか……たいして疲れてもいないのにレッドブルをがぶ飲みさせられている気分になるの」

 

「悪影響はただちには認められませんが」

 

「気分の問題よ」

 

「わかりました。じゃあ、初級回復呪文(ホイミ)にしておきます」

 

「ふぅ。まあいいわ。開けてくれるかしら」

 

 ナンセンスなやりとりをしながら、黙って聞いていた門番さんBにママンは声をかけた。

 

 寺とか神社とかにありそうな巨大な木造の門。

 その門の両端には門番さんAと門番さんBが立っている。

 威圧感をこちらに与えないようにか、幽鬼のようなかすかな気配。

 

 門番さんは、カイジとかにでてくるようないわゆる黒服にサングラスの姿をしていて個性を感じさせない。それでいて、ふたりとも屈強な男って感じの人だ。

 

「おかえりなさいませ。お嬢様」

 

 門番さんBが初めて口を開いた。

 

 お嬢様というのは、わたしのことではなくママンのこと。

 ママンは鷹揚に頷く。

 

 そして、黒服の人が耳につけてある通信機で何やら指示を出すと、門はギギギという音を立てて、ゆっくりと観音開きになった。おお……自動ドアかよ。変なところでハイテクなので、いつも微妙な気持ちになってしまう。

 

 中に入ると、風格のある桜の木が何本も立っていて、桜並木を形成している。いまはもう半ば散ってしまって葉桜だが、これはこれで風情があるな。

 

 星宮家は、名前だけ聞けば公家か宮家のようだが、実際には武家の嫡流だったらしい。家の作りも華美さよりは、質実剛健といった実利をおもむく向きがある。

 

 とはいえ、完全な合理主義というわけでもなく、なんとなく余裕(あそび)があるって感じなんだよな。

 

 遠いご先祖様は、あまり上に立つ者が質素にしすぎると、民は同じように質素にしなければならないと思いこみ苦しむだろうと考えたらしく、そこそこに金を使うというお家柄が醸成されたらしい。

 

 へぇ……えらいなぁ……と大人ごころに考えたものだ。

 もちろん、わたしの前世を考えると、ご先祖様ってお呼びしていいのかは、ちょっぴり考えどころではあるのだが。

 

 ともあれ、そんなふうに人は石垣人は城的なお家柄もあってか、家の人たちはみんなどこか暖かい。雇用者と被雇用者という関係を越えて、家族のような縁を育んでいる。歴史ある名家で、みんなどこかで見知った顔だし、幼馴染でもあるのだろう。

 

 そんな中で、ママンはたぶん『お姫様』だったんだろうなと思うんだ。

 

 幾人かがすれちがったが、ママンに対する視線はけして冷ややかなものではない。むしろ好意的な視線を感じる。ただ、声をかけてくるでもない。

 

 ここらへんは微妙どころってやつで、この家の頂点であるばあちゃんは建前上、ママンを勘当一歩手前くらいまでの処置はしているんだよな。だから、家の人たちも腫物を扱うようにというか、追い出すでもないが受け入れるでもないような、一歩引いたような形になってしまっている。

 

 勘当一歩手前。

 言葉で言うのは簡単だが、勘当とも言い切れない絶妙なニュアンスは、要するにパッパと結婚したんだから、星宮の影響力を使うなという意味だったらしい。

 

 こころばかりの手切れ金(と一般ピープルだったわたしが表現するには、ママンが鼻で笑いながら教えてくれた額面はあまりにも過大だったが)とともに、実家を半ば追い出されるかたちになった。

 

 とはいえ、よく考えたら、ママンは星宮の名前を失ったわけではないし、女優の仕事もバンバンしてたわけだし、ばあちゃんもわりと最初から許してたんじゃないか?

 

 さっさと仲直りすればいいやんって思うが、わたしはママン一筋なんで、なるようにしかならんと考えています。まあ、パッパを拒絶している時点で、ちょっと、ね。

 

 ママンが大事な姫様だとすると、パッパはお姫様を強奪したクッパみたいな立ち位置だとは思うんだが、お姫様は自分の意思で出ていったんだし、もういい加減許してやれよと思う。

 

 さて。

 

 屋敷を一言であらわすと、輝夜姫様が住んでいるようなと表現するのが正しいだろうか。語彙力ひくひくのわたしにとっては、なんかすごいが時代劇ダワーくらいの感想しか思い浮かばん。

 

 あと、畳ばっかで冬とか寒そうとか。いぐさの匂いは嫌いではないけれど、わたしのマンションくらいの普通の大きさのほうが落ち着く。いっそ、布団かぶってダンゴムシみたいに丸まりたい。

 

 屋敷の中を、まるで散策するかのように歩いたあとようやく奥まったところにあるばあちゃんの部屋の前まで来た。

 

 ママンが遠慮なく(ふすま)を開けると、いたわばあちゃん。

 あいかわらず威厳のあるお姿で、()()()()

 

 ばあちゃん、ばあちゃんって何度も呼んでるからあれだが、ばあちゃんまだ50歳くらいだからな。色艶のある黒色の髪を肩口までおろし、染みひとつない顔は色白で、こちらを射抜くような力強いまなざしは老いなんて一切感じさせない。完熟ボディで超エロい。残念ながらお胸様のレベルは低いが、着物をわずかに着崩した艶姿とか想像しただけで喉がぐびり。はぁ。マジで、ばあちゃんがばあちゃんでよかったわ。いろいろとしがらみはあるけど、わたしってまた優勝してしまった感あるわ。

 

 ご当主なんだぜ……これで。

 ご当主ってそういえば、家元という言い方もあるよな。

 なぜか家元という言葉に、えっちぽいんと高めなパワーワードみを感じる。

 

「よく来たね。イオ……と、マリア」

 

 こころの中に、スッと入りこむような厳粛の声。

 

 素敵抱いて。

 

 イオちゃんは魅入られた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 まさか、孫娘にエロ熟女認定されているとは思いもよらず……、

 星宮家当主――星宮飛鳥は、久しぶりにイオの顔を見た。

 

 世間を騒がせている魔法少女は、こちらの顔をじっと見ており泰然として揺らぎがない。

 よーく瞳の中を見てみれば、お星さまのマークが浮かんでいたかもしれないが、残念ながら魔力を感知できない一般人には、イオの内心など知りようもない。

 

――あいかわらず、(かすみ)のようだ。

 

 七星一刀流の皆伝の資格を持つ飛鳥にとってみても、イオの気配は規格外と言えた。

 

 通常、人は気配というものを常に周りに発散させながら暮らしている。

 気配というのは、雰囲気といってもいい。

 明るい雰囲気の人、暗い雰囲気の人。

 人は、雰囲気を人柄にからませて表現する。

 その表現は当を得ていると飛鳥は考えている。

 

 なぜなら、雰囲気とは、その人の持つ自我が漏れ出たものだからだ。

 自我とは、欲望であり身体を通じて外界へと表現される。

 

 対して、星宮イオはどうだ。

 まるで、自我そのものを喪失したかのような、完璧な所作。

 欲望という駆動の初源が見当たらないイオの行動は、達人の言葉を借りれば隙が無いの一言。

 まさに、無我の境地といえる。

 

 が――。

 

 いまは種が割れている。

 

 イオの内奥にある力の所在が『魔法』という原理不明であるが、実在する力であるとするならば、イオの欲望は――、あるいは自我は確実に存在するということになる。

 

 だからこそ。

 

 そう表現するほかないが、だからこそ、飛鳥は傍らに置いてあった先祖伝来の七星一刀を手に取った。いままで見えてこなかったイオという存在そのものの手触りを確かめる。

 

 滅すべき悪か否か。斬ればわかる。剣士である飛鳥に確信があった。

 

 ()()()

 

 身体を傾け、特殊な歩法でイオに迫る。

 

 縮地法。人類で言えば、最速に近いスピードで七畳ほどの距離を数瞬でかけぬけ、飛鳥は無慈悲に刀をふるった。

 

 狙うは首。一点も迷いのない太刀筋である。

 もしも、イオがただの無力な少女であれば、あっさりと首ははねられ無惨となったであろう。

 

 瞬を無限として封じこめた時の中で、飛鳥はイオを瞳の中に入れた。

 

 イオは――(わら)っていた。

 

 ゾクリとした恐れ。畏れ。虞れが沸き起こり、身体の筋肉が萎縮する。

 

 次の瞬間、イオの姿はかき消えていた。

 

 習っていた古武術による反射が功を奏し、ギリギリのところで加速呪文(ピオラ)を唱えた。

 

 まさしく人外と言えるスピードで、飛鳥の間合いから一瞬のうちに離れ去ったのである。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「なにするんですか。おばあ様!」

 

 正直なところ、わたしもたいがいクレイジーガールだとは思うけど、いきなり刀をぶんぶんふりまわすほど頭イってないぞ。

 

「これは愉快ですね」

 

 いや、愉快じゃねーよ。

 なに孫娘がすんでのところ凶刃から逃れたのを愉悦ってるんだよ。

 助けてママン。この人あたまおかしいよ。

 

 ママンは頭を横に振った。処置なしってか。あ、ママン。ちょっと危ないからって、スッと立ち上がって、スッと離れてる。同じ部屋の中にはいてくれるだけマシか。

 

 場所は、ちょうど空手の道場のような広さ。

 

「どのような方策を企てたのです?」と、ばあちゃん。

 

 方策ってあれか、あの瞬間避けた方法を聞いているのか。

 まあ実際のところ、物理攻撃はアレがあるわたしには効かないので避ける必要はなかったけれど、

 

「ピオラというスピードアップする呪文ですよ」

 

「なれば、避けてみなさい」

 

 ばあちゃんは(わら)っていた。畳をうがつような速さでこちらに迫ってくる。

 それなのに着物が一切めくりあがる様子がない。マジマジック。

 ばあちゃんも魔法使いだったのか。

 ズバっ。白刀は躍るように空中を渡り、わたしの身体を切り裂いた。

 

 ただし、数瞬前の。

 

 一度はやってみたかった。「ふっ。残像だ」というやつ。できてしまったようだ。

 

 ちょっと魔法力多めにかけたからな。

 

 戦闘狂のばあちゃんは避けられるのが楽しいのか、歯茎を見せて嗤う。

 

 攻撃の苛烈さが増した。

 

 斬り、突き、払い、流れるような舞うような、なんだったら星の呼吸とか言い出しそうな、美しい剣舞だ。避けるほうは必死で見ている暇はない。スピードはあっても体力は人前なわたしは、早々に息があがってくる。

 

「はぁ……はぁ……ホイミ。えっと、おばあ様。どうしてこんなことをするんです?」

 

 さりげに体力回復し、インターバルを置く。

 

「そうせかすものではありません」

 

「いや、意味がわかりませんけど」

 

「にぶすぎる」

 

「おばあ様の刀は切れ味鋭そうですけど!」

 

 イオ虐はやめてー。

 バトルジャンキーなばあちゃんとか勘弁してけろ。

 

 しばらく対峙が続き、ほてった肌体が静まりを見せた頃。

 

「イオ。あなたに他者を(うれ)えるこころがありますか?」

 

 と、ばあちゃんは聞いた。

 

 いや、意味わからんし。

 ばあちゃんこそ、かわいい孫娘をもっと労わってほしい。

 

 しかし、この問答って、デッドエンドか生還かの重大選択じゃね?

 なんか恋愛シミュレーションゲームとかでよくある、絶対まちがえちゃいけないやつだ。

 そんな気がする。

 

「ええっと……、できるだけ優しくなろうとは考えてますけれど……」

 

「そもさん」

 

「せ、せっぱ?」

 

「優しさとはなんぞや」

 

「優しさですか……。えっと、そのですね」

 

 なんというか、刀を突きつけられながら答えることでもないような気がするんですが。

 

 ただ、まあなんとなくだけど、ばあちゃんってわたしのことを憂いてくれていたんだなぁと思った。脳筋スペシャリストなオハナシ方はもうこれっきりにしてほしいけど。

 

 ばあちゃんってママンのことからもわかるとおり、すごく不器用な人なんだと思う。

 

 その優しさをわたしにも分けてくれ!

 

 めちゃめちゃ厳しい人たちが不意に見せた優しさとかが欲しい今日このごろです!

 

 天を仰ぎ、ちょうど対角に座っていたママンと視線が交差する。

 

 そして、不意に訪れる天啓。そういやママンって、聖母様と同じ名前やん。

 

 それはなんというか、ガンダムのニュータイプがピキーンってなるときや、眼鏡のクソガキ探偵がひらめくときのような、アハ体験だった。

 

 聖母マリアおまえに決めた(脳内不謹慎)。

 

――メソッド演技開始。

 

「あの……」

 

 わたしはおずおずと口を開く。

 

「……」

 

「お母さまの名前なんですが」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 飛鳥は眉をひそめた。

 

「マリアの名前がどうかしましたか?」

 

「マリアという名前、洋風じゃないですか」

 

「それがどうかしましたか?」

 

「星宮にはそぐわないと思われそうですが、亡くなったおじい様がつけてくださったんですか?」

 

「そうです。あの人はハイカラな趣味が好きでしたからね」

 

 遠い目をする飛鳥。

 眼前には昨日のように思い出せる。

 あの人のやさしげな顔。

 体が弱くマリアが生まれたすぐ後に早世してしまったが、飛鳥は再び誰かを夫にすることはなかった。いまでも覚えている、彼の優しい指先。優しい声。

 

「それが、優しさだと思います」

 

 イオの顔にはすべてを癒す聖母のような微笑みを浮かべた。

 

「それが?」

 

「だって、おばあ様はおじい様の意思を尊重していらしたんですよね。だから、お母さまにマリアという名前をつけて、実家の方々に嫌がられるのも承知で賛同されたわけです」

 

 聞いた飛鳥は表情を落とし、静かに着座した。

 イオはそっと手を重ねる。

 

「おばあ様はおじい様を愛しておられました。わたしは優しさとは愛することだと思います」

 

 まっすぐした瞳に見据えられ飛鳥は困惑する。

 わずか10の子どもに、まるで聖母のような母性を感じるのだ。

 すべての罪が許され、溶かされていく。

 かたくなだったこころは、愛娘(マリア)が離れていってしまったから。

 そのマリアが、今まさに孫娘の姿と重なって見えた。

 あの人が還ってきたように、見えたのだ。

 

「入り婿だったあの人は、自分の意思など無いように抑えていらっしゃるようでした」

 

 ぽつりと、さみしさをにじませて口を開く。

 

「けれど、楽しそうに……本当に楽しそうに言うんです。この子は天使だ、だからマリアという名前にしようって。聖母なのに天使っておかしいといったのですよ」

 

「お母さま」と、マリアも感じ入っていた。

 

 思わぬところで、母親の真意が知れたのだ。

 

 ただし、もう大丈夫だろうと演技を切ったイオは、

 

「おじいさまって結構おおざっぱな性格だったのですね」

 

 と空気の読めない発言をした。

 

「あなたも、わりとそうよ」

 

「え?」

 

「普通、親に根回しもなくいきなり超常の力を使ったりはしません」

 

「それを言うなら、いきなり孫娘に切り付けてくるおばあ様もたいがいですよ」

 

「あなたが悪鬼羅刹の類であれば、斬らねばならぬと思いそうしたまでです」

 

「それで試験は合格ですか?」

 

「いちおう合格ということにしておきましょう……」

 

「なんか微妙な評価ですね」

 

「一度も刃が当たらず、欲求不満なだけです」

 

「欲求不満なおばあ様……」

 

 欲求不満な熟女に萌える10歳児がいるらしい。

 

 悪鬼羅刹とかそんなたいそうなものではなく、ただのエロガキであることは論を俟たなかった。


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