ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です 作:魔法少女ベホマちゃん
ばあちゃん家から帰ってきた次の日。
わたしはもう当たり前に学校に向かっている。
赤いランドセルを背負い通学用の制服を着用した(ルーラで登校していることを除けば)どこから見てもおかしくないただの美少女小学生だ。
ちなみに学園では別に赤ランじゃなくてもいいらしいが、ばあちゃんがくれたやつだから、他のを使ったりはしていない。孫にランドセルを買い与える権利というのは高額取引されるものだからな。
あんなバトルジャンキーでも、お年玉とかは普通にくれるいいばあちゃんだし、わたしも無碍にはできないというわけだ。孫の義務ともいう。
さて、一日ぶりの登校だが、そんなんで何かが変わるわけもない。
なんか、ばあちゃんとかママンの話を聞いてると、すげぇ警戒しなくちゃいけないような気がしていたけれど、そんなことはなかったぜ。
だいたいママンたちは、ラノベみたいな展開を考えすぎなんだよな。
よくあるテンプレ展開として、ヤクザにからまれたり、不良少年たちに呼び出しくらったり、なんか知らんがどこかの国に拉致られそうになったりとか考えてるんだろうけど、わたしルーラ使えるし、普通に逃げ出してきますけどって感じだ。べつに倒してしまってもかまわんがね。
まあ、人質作戦とかは考えられるかな。
そのときは
……もちろん、冗談です。美少女は無慈悲に人を爆発させたりしません。
せいぜいラリホーで眠らせるくらいでしょう。
ただ、このあたりは難しい問題でもあるんだよな。
ばあちゃんに問われたけど、優しさとはなんぞやって話だ。
観音様は殴られても嘘をつかれても犯されても、その人を許してしまうらしい。だが、こちらに攻撃をしかけてくる相手に対して、観音様みたいにすべて許していたらどうなるだろう。
きっと、わたしが許してもその人は誰かに傷つけられてしまう。その人自身が、自分自身のおこないの結果、因果の必然として傷ついてしまうんじゃないか?
――わたしを脅迫したらしい誰かが逮捕されたみたいに。
マジで朝のニュース見てびっくらこいたわ。なんか知らんうちに脅迫されててなんか知らんうちに逮捕されていた。ふつー匿名掲示板に書きこんだくらいで速攻逮捕とかありえんだろ。
こんなに速い逮捕劇の裏には、なんか政治的な黒いモヤが隠されているような気がする。ていうか、ばあちゃんが動いてくれてるのかな。
まあ……、こんな年端もいかない小学生相手に脅迫とか頭メダパニじゃないかと思わなくもないし、自業自得だとは思うのだが、できるだけそういう不幸な人は出したくないというのも人情だ。
他者を
他者に優しくあること。
言葉で言うのは簡単だが、実践するのは難しい。
優しくあろうと思っていても、それがその人のためにつながる優しさとは限らないしな。
実はドラクエ世界でも事情は同じだったりする。
ドラクエはゆるふわのファンタジー世界だと思われがちだが、人間の醜さとか宿命とかも描いているからな。シンプルな優しさが通用しない厳しさも持っている。
ドラクエの世界のキャラクターたちはみんな魅力にあふれてると思うけれども、男らしい……男の優しさを一番持ってる人は誰かって聞かれたら、ドラクエⅣの王宮戦士ライアンを推す。
小説でライアンは
じゃなきゃ、魔物であるホイミンを仲間になんてしないだろう。
けれど、ふつうの魔物は襲ってくる。
迷いがあればなおのこと襲ってくる。
だから斬らなければならない。
本当は誰も傷つけたくないのに。
殺しあわなければならない宿痾を笑いとばすかのように。
他者を殺さなければならない己の業を笑いとばすかのように。
そして、お前たちが出てくれば容赦なく斬り捨てると宣言するんだ。
ここでは、非情さと優しさが近接する。
なぜなら、ライアンが容赦なく残酷に、一片の慈悲もなく殺せば殺すほど、脅えた魔物たちはライアンの前に現れることがなくなるから。命を奪われずに済むからだ。
しびれるほどカッコいい。
ライアンさんになら抱かれてもいい。
と思ったものだ。当時のわたしは美少女ではなかったけどな。
ともかく、現実世界も同じで、優しさとは何もかも許すこととは違うんじゃないかな。
だからといって、血みどろの残酷イオちゃんもどうかと思うんだけどね。
「おはようございます」
「ああ……おはよう」
生活指導の先生に今日もお嬢様然とした爽やか挨拶をして校門をくくる。
あいかわらず遠巻きに見られている気がするが、わたしは気にしない。
人の目を気にしてたら、これからやっていけないだろうしな。
日曜の記者会見はちょっとだけ緊張するが、まあ将来の予習として考えればアリっちゃアリかもしれんと思っている。人の目に慣れるという意味では、これ以上ない最適な場所だろう。
何度も言うが、わたしの最終目標はアイドルになって人気者になり、アーリーリタイアして悠々自適の生活を送ることを目標にしている。
魔法で不労所得も可能だろうが、なんか達成感がないんだよな。たぶん簡単すぎるからだろう。
労働ってやりすぎると毒だけど、何もしないのも毒だ。
大学で半ニートしてたわたしならよくわかる。
教室についた。
ランドセルを後ろの棚に置き、席に座る。
隣に座っていた理呼子ちゃんがいつものように挨拶してくれた。
わたしも軽く挨拶をとりかわす。
「お変わりありませんでしたか」
「うん。イオちゃんがいなくてさみしかったくらい」
この子はホンマ天使やな。
ライアンさんのような男の優しさとは違うけれど、女の子の優しさも尊い。
「わたしと付き合ってしまって、みなさんに避けられてたりしていませんか?」
「んー。そういう人とはこっちもお友達になりたくないかな」
この子もぼっち街道を進んでいないよな?
わたしのせいで、みんなから避けられてたりいじめられたりしたら、さすがにヘコむぞ。
「あはは。イオちゃんがまた考えすぎな顔してるね。みんなだっていろんな人がいるんだよ。イオちゃんと少しは話す人もいるでしょ」
「んー。誰かと話した覚えはないのですが」
現に今も遠巻きに見られているだけだし、こちらに話しかけようという人はいない。
「プリントを渡すときに、はいって言われたりしてるでしょ」
「そ、それはあまりにも判定が甘いのでは」
コンビニで女子店員さんと話したから、今日は女の子と話をしたって納得するようなもんだぞ。
たしかにここにはクラスメイトがたくさんいて、理呼子ちゃん以外も、同じ教室で学んでいるわけだし、プリントを渡すときに「はい」とか言われるぐらいはしている。
これをもって、友達だと言い張るのはちょっと難しいと思うけどな。
「みんなママとかに言われてるんじゃないかな。あの子と付き合うと危ないって」
「理呼子ちゃんも言われているのですか?」
「うん。でも、全世界が効果範囲なんだから、むしろ仲良くなったほうが怖くないよっていったら納得してた。もちろん、わたしは最初から怖くなかったよ。ただのママ用の言い訳だね」
なんというしたたかさなんだろう。
ライアンさんと同じようなイケメン女子じゃないか。
「イオちゃんが友達ほしいなら誰か紹介してあげようか」
しかも、紹介業まで営んでおられる!
「あ、あの、わたしとしては理呼子ちゃんが友達でいてくれるならそれでいいです……」
なんというか無理に友達になってもツライだけだろうしな。
魔法とか関係なしにわたしを友人だと思ってくれるのは、なかなかどうして難しいんじゃないだろうか。それに、女の子の群れっぷりというか、共感する能力の高さは正直なところ真似できそうにない。
理呼子ちゃんは天使のように
「わたしは一番の友達だからね」
「はい。理呼子ちゃん以外にクラスメイトの友達がいませんからね。必然的に一番のお友達です。理呼子アズナンバーワンです」
「うふふふふふふ。そうだよね。わたしにとってもイオちゃんが一番の友達だからね。あの中等部のお姉さんはクラスメイトじゃないしね」
「え、みのりさんですか?」
「ううん。なんでもない。なんでもないの」
あいもかわらず、無垢な笑顔のバーゲンセールだった。
でもなぜだろう。天使のような理呼子ちゃんの顔が小悪魔のように見えてくる。天使のような悪魔の笑顔、この街にあふれてるような……、いや気のせいだよな。
☆
ちょっとしてから、担任の安藤先生がやってきた。
「えーっと、みなさんに今日はお知らせがあります。転校生が本日このクラスに転入してくることになりました。みなさん、仲良くしてください」
ざわつきが教室のあちこちから上がる。
4月の後半に転校生か。妙だな……。
時期外れとまでは言わないが、普通なら4月の新学期にあわせるんじゃないか。
もしかして――、わたし関係か。わたしを監視するために同じ年頃の監視員をつける国の方策だったりして。
なんて思ったが、さすがにないない。
そもそも、小学生エージェントとかどこの世界のファンタジーだよ。
子どもが働けるのはユーチューバーか子役かアイドルくらいなものだ。
「では、どうぞ入ってきてください」
「うむ」
かわいらしい声。女の子か。
と、足を踏み入れたるは、金色の髪と蒼い目をしたどっからどう見ても外国人の女の子。
顔つきは幼げで身長もめっちゃ小さい。ユアくらいの大きさじゃないか。
130センチくらいしかないぞ。
しかし、わたしが驚いたのは、そんなことより別のところ。
着ているものが、ドクターの白衣だ。
学生服の上から、ちょっと大きめな白衣をまるでマントかなにかのように羽織っていた。
どう見ても小学生じゃねえっ。いや子どもなのは確かだろうけれど。
あきらかにエージェント。エージェントが入ってきております。
「ルナ・スカーレット・エーテルマイアだ。年齢は八歳。出身はアメリカ。親はドイツ人とアメリカ人のハーフ。いちおう、ドイツの大学のグランマイスターの資格を持っている。お気軽にルナちゃんと呼んでくれていいぞ」
みんな固まっていた。
ていうか、あきらかに浮いている。
魔法をつかえるわたしもたいがいに浮いていると思うが、魔法を使わなければ普通の女の子っぽいわたしと違って、ルナはなにもかも異物だった。グランマイスターって確か博士号とかとおんなじだろ。つまり、日本で言えば大学院を卒業したのといっしょ。あるいはそれ以上か。小学校に通う意味ってあるんですかね。
「ええっと……席はどうしようかな」と安藤先生が言う。
「先生。わたしはそこがいい」
ルナが小さな指でさしたのは、わたしの席の後ろだ。
わたしの席の後ろには確か田中という名前の男の子が座っている。
「ええ……」
田中がなんとも言えない声をだした。
「申し訳ない。わたしは少しばかり目が悪いんだ」
「だったら、一番前の席にしたら……」
「ふむ……そういう考え方も、あるな……」
ルナはちょうどわたしの斜め前で、田中と交渉している。
必然的にわたしと一番近い場所に立っていることになる。
田中のほうを向いているが、ちらちらこちらを見ている。
時折、視線が交差する。
壇上のわずかに高くなっているところで、こちらは座っているせいか、さすがにルナのほうが高い位置にいて、見下ろされる感覚になっているが、だからこそ際立つ低身長。
ちっちゃくてかわいいな……。
あ、いや。エージェントだとすれば、さすがに油断しないぞ。
「申し訳ないが、仰角の問題で一番前は見えないんだ。身長が足りないのは見てわかるだろう」
「うん……、でも、ここより真ん中のほうがいいんじゃないかな」
「……」
「……」
確かに端よりは真ん中の二番目のほうがいいよな。
田中ナイス。わたしも四六時中、真後ろから監視されるとか勘弁してほしい。
「ええと、じゃあ、ルナさんは真ん中の二番目に来てもらって、みんなにはひとつずつ机をズラしてもらうのはどうかな」
「少し待ってほしい」
安藤先生の言葉を制止し、ルナはスマホを取り出した。
英語でなにやら言っている。語学は習ったんだがどうにも苦手でな。
なに言ってるのかさっぱりわからん。
「ん……そういうことだ。じゃあ、頼む」
最後だけ日本語だった。
「あの……」
田中、困惑声。
「少年よ。慌てるな。すぐに来る」
本当にすぐに来た。
教室のドアがおもむろに開かれてそこに立っていたのは、ばあちゃん家にいたような黒服の男だ。ただし、日本人じゃない。身長は190センチはありそうな黒人だ。スーツ姿なのに、めちゃくちゃ筋肉が盛り上がっていて、小学校では進撃の巨人状態。みんなビビりまくっている。
彼の手には銀色のアタッシュケースが握られていた。
ルナが鷹揚にうなずき、田中のほうに歩み寄る。
一瞬、わたしと交差。
黒服も身体を小さくして動きづらそうだったがルナに付き従うように移動した。
ちょうど、わたしのやや斜め後ろに立っている形だ。
黒服がアタッシュケースを開けると、そこにあったのは予想どおり転生しても現役な大量の諭吉さんたち。紙束で100万円ごとにくくられている。
それをルナは雑に取り出すと、田中の机に置いた。
置いた。置いた。置いた。置いた。置いた。置いた。
八歳児が札束を置いていくというシュールな光景に田中は声も出せず固まっている。
「キャッシュで一億円くらいだが、これで席を譲ってもらえないだろうか」
「いりません~~~~」
善良な田中少年は絶叫した。
☆
金。金。金。エージェントとして恥ずかしくないのか。
そう思うものの、やっぱり金の力はすごい。田中は一銭も受け取らずに席を明け渡してしまったが、あれだけ権力をちらつかされれば、小学生にはどうしようもないと思う。
あとで、田中には謝っておこうかな。
元はと言えば、たぶんわたしのせいだろうし。
なんか知らんけど、あの席を気に入っていたみたいだし。
それで、一時間目の授業中。
「おもしろい。おもしろい」
とブツブツ呟く洋物幼女の声をBGMに勉学に励むはめになった。
授業が終わり休憩時間に入ると、わたしは後ろを振り向く。
一応、事情とか聞いておいたほうがいいだろうしな。
世の中根回しが大事なんだ。わたしはそれを短い間に学んだのだ。
やらかしイオちゃんはもうどこにもいないと思っていただこう!
「ええと、ルナちゃん?」
「ん?」
机の上で手を組んで、足をプラプラさせているルナと目があった。
身長、足りないんだな……。
「ルナちゃんは、わたしに会いにきたのですよね?」
「そうだが」
「何をしにきたんですか」
「データにこだわるな!」
「え?」
「データを取り扱うのは機械でもできる。人間の領分を機械にゆだねる必要はないだろう」
生殺与奪の権利を他人にゆだねるなってことか?
この幼女、なに言ってるのかさっぱりわからん。
理呼子ちゃんに助けを求めてみるも、彼女も首をかしげている。
そりゃそうか。
ルナはしばらく黙っていたが、やがておもむろに口を開く。
「私が面白い本を読んだというと、同僚はよく何を読んだのかを聞いてくる。これに対する私の返答は、『言ったとおり、面白い本を読んだ』だ」
「お、おう」
オットセイのような声が出てしまった。
「私にしてみれば、面白いということがすべてだ。読むことが楽しいという体験がすべてだ。ところが、他の人は異なる感性を持っているらしい。すぐにデータを欲しがる。誰それが書いたとか、まるまるの賞をとったとか、そういうデータを入力しなければ、何も答えを返せない。データの入力なんてものはスマホにでもさせておけばいい。あえて人間がする必要はない」
「えっと、つまり何が言いたいんでしょう」
「同じ食事をしてもおいしいかどうかは人それぞれであるし、同じ本を読んでも感じ方は人それぞれだ。本のデータを知ることで本の面白さを知ることはできない」
「つまり?」
この子が頭いいのはわかったけど、絶望的にかしこさの開きがあるような気がする。
そういえば、IQが30近く違うと言葉が通じない説があるらしいけど……ま、まさかね。
「要するに面白そうだから来た。星宮イオという人物。魔法という技術。すごくワクワクする。人はうっかりデータを忘れることはあっても、ワクワクを忘れることはない」
だから――、要するに、つまり、そんなわけで。
「私は、あなたと友達になりにきたんだ」
遅くなってごめんよ