ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です 作:魔法少女ベホマちゃん
あれから数日経ち金曜日。
タイムリミットまであと2日。今日をいれても3日だ。
4月もいよいよ終盤に近い。
記者会見だが、いろいろあって会員制のような感じになるらしい。全世界……これは誇張ではなくガチの意味での言葉だが、全世界からわたしを見にやってくるらしく、確保してもらってる記者会見の場所はかなり巨大な会場らしいが、それでもやっぱりスペースが足りないとのこと。
なんらかのアドバンテージをとろうとしている国は、わたしに少しでも近づこうとするし、そうでもない国も、魔法を無視できない。国どうしの力のバランスとかもあるし、わたしが日本人だから日本との関係性も問題になってきたりする。政治の話はめんどいからあまりしたくないけど、例えば、どこそこの領土問題について話し合いの場を設けるなら、今回の記者会見に来ることを許すとか、そういう交渉のカードになっているらしいんだよな。わたし、まったくそんな話は聞いてないけど、ばあちゃんが適当に調整しているんだろう。ママンから説明は受けたが、もうわけくちゃわからん。
言ってみれば……そう、まるで宇宙人扱いだな。まあ状況から言えば、魔法というわけのわからん謎の技術を持っている小娘だし、やらかしすぎると、ママンとばあちゃんに両腕もたれて、リトルグレイみたいにお持ち帰り&説教をされるだろうから、宇宙人扱いというのもあながち間違いじゃない。
にわかに騒がしくなる周辺だが、あいもかわらずわたしは
わたしがルーラで着地した瞬間。
ちょっと固めの制服のスカートだが、さすがにフワっと広がった。
あまり広がりすぎないように、前後にさりげなく手を当てて、スタッと着地。
いくつかカメラのフラッシュがたかれるが、さすがに反撃の
デリカシーがないなと思って、ジト目でにらんでみたが余計にカメラで撮られるだけだった。
ジト目がいいらしい。知らんがな。
「おはようございます」
「おはよう。今日は増殖してないな……」
「ええ、今日も増えない感じです」
生活指導の先生はいつものように門の前に立っていて、子どもたちが登校するのを出迎えてくれている。わたしにも普通に挨拶してくれるのってさりげに精神力強くねーか?
少しずつ変わり始めている世界。
それはべつに物理的に魔法的にどうこうという話ではなくて、人間の魔法に対する認識なのかもしれない。
教室でもわずかな変化が見られた。
クラスメイトたちは、わたしが「おはようございます」というと、わずかに躊躇しながらも「おはよう」と返してくれるようになったんだ。
いやマジでおはようさぎ! 挨拶はこころの魔法ですよ。
みんな小学五年生だし、子うさぎみたいに、ちょっとおびえながらも好奇心を隠しきれていないところが、本当にかわいい。みんな天使だ。
「おはよう。イオちゃん」
「おはようございます。理呼子ちゃん」
隣の理呼子ちゃんはあいかわらずいつもの優しさ満点の挨拶を返してくれる。
これは勝ったな。風呂入ってくるわ。
「おはよう。イオ」
ルナもちょっとねむたげに挨拶をしてくれた。
あれから、ルナも大人に叱られたらしく、ここ数日はおとなしい。
「おはようございます。ルナちゃん」
机につっぷして眠気に負けそうになっているルナを見て、きゅんきゅんする。
ひとまず、いい塩梅なところにルナの柔らかそうな金髪がきているので、わたしはそっと撫でてみた。結構なボリュームのあるふんわり系の髪。なんか気持ちいいぞ。
するりと髪の中に入りこみ、思うがままにモフり尽くす。ズブっ。
「にゃう」
んー? まちがったかな。
ルナが非難がましい目でこちらを見ていた。
しかし、あえて言おう。金髪ロリがジト目してくるのってメチャクチャかわいいぞ。
あ、いま唐突にジト目かわいいのを悟ったわ。
美少女のジト目がご褒美になりうるのを理解したわ。
ちっちゃい子が必死に抵抗しているようで庇護欲をくすぐる。
メチャクチャにしてやりたい嗜虐心とかもブレンドされる。
今日もまたひとつ賢くなったイオちゃんでした。
「ビックリするから、うなじを触るのはやめてほしい」
「すみません。どうにも撫で心地がよさそうでしたものですから」
「触るのは好きにしてくれていいぞ。どうせモシャっても気にしない」
「そんなことはしませんよ。ブラッシングするように丁寧にモフってますから」
「朝は髪の毛をセットするのがすごくメンドウなんだ。時間の無駄に感じる」
「ご自分でセットしているんですか?」
「ボブにやってもらってる」
「ボブさん?」
「最初にクラスに来たボディーガード」
「ああ……」
黒人黒服の筋肉モリモリマッチョマンか。
案外繊細な手さばきをもっているようだな。
幼女の寝起きをお世話するとかうらやましい。
でも、それだと妙だな……。
「ボブさんにやってもらってるのなら、ルナちゃんが苦労しているわけではないのでは?」
「じっとしているのも大変なんだぞ。そして時間の無駄だ」
年相応なところがあるんだな。ユアも結構あっちこっちに気がいったりして、なかなか落ち着いていられないようだし。これくらいの年齢の子だと、当たり前のことなのかもしれない。
「ルナちゃんはかわいいからセットしないともったいないですよ」
「ぼさぼさの頭でも死にはしないんだからべつにいいといってる。なのに、ボブもマムもそれを許してくれないんだ。わたしは徹夜でドラクエシリーズをクリアするのに忙しいというのに……」
この子ホンマ……ホンマもったいない子や。
TS転生しているわたしのほうが女子力高くないか?
前世でゲーム以外の服とか食事とか、すべてがどうでもよかったわたしに似ている。
まあ、鏡でもなければ、容貌なんてものは他人が見て喜ぶのがほとんどで、自分自身が楽しいというのは二の次に思うかもしれんが……、実情は違う。
女の子になって、論理的には男の前世を持っていると頭で考えてわかるんだが、肌感覚というか感性としては鏡を覗きこんだときの吸引力が違いすぎるんだよな。
『わたし、かわいい!』という嬉しさと安心感は、べつにメダパニをかけなくても、すべての女の子が自分自身にかけている魔法の言葉だと思う。
その究極魔法をあえて使わないのはもったいないと思うのだが、ルナはまだ八歳児だからな。ちょっと早かったのかもしれん。それにしても――、ドラクエをプレイしまくるのはいいが、徹夜とかは感心しないな。お姉ちゃんはそのあたりが心配ですよ。後方姉貴面をするわたしである。
「ねえイオちゃん」
「ん? ひえっ」
黒炭のような仄暗さをまとった瞳だった。
振り返ると、理呼子ちゃんがニコっと笑っている。
まあ、黒目だから黒く見えるのは当たり前っちゃー当たり前なんだが、なんだか理呼子ちゃんの顔が笑っているようで笑ってないぞ。まさか、八歳児にかまってたからさみしくなっちゃった系ですかね。
ま、まさかとは思うけど、ヤンデレとかじゃないよな。
そもそも、わたしも女の子、理呼子ちゃんも女の子なわけだし。百合とかレズとかそんな概念を知らないわけじゃないけど、いささかに幼すぎるというか……。小学生で百合ヤンデレとか、あ、ありえないよね?(震え声)
「なんでしょうか」
わたしはメソッド演技を120%活用したかつてないほど慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、とりあえず様子見の返答をした。
すると、微笑度があがった理呼子ちゃんが、わたしの手に自身の手を重ねた。
「わたしも撫でていいよ」
「え、理呼子ちゃんもですか?」
「さあ、どうぞ」
どうぞって言われても。え? どういう状況なんだ。
突然の申し出にわたしはしばし固まった。
理呼子ちゃんは落ち武者のように首をさしだしている。
ルナのボリュームのある髪の毛と違い、理呼子ちゃんはこけし人形のようなショートカットの髪型だ。濃密な黒檀のような髪と白い首筋とのコントラストにドキリとする。
「あの……?」
選択肢まちがえたらデッドエンドになったりしないよな?
「イオちゃんって、女の子の髪の毛に触りたいんだよね? あ、おっぱいじゃないとダメなのかな。ごめんね。そっちはすぐに育てるからもう少し待っててね」
そんな促成栽培のようなことを言われましても。
おっぱいは嫌いじゃないが、さすがに10歳では、あるようでないようであるという、シュレディンガーのネコ状態だぞ。それはそれで尊いものだが、わたしは幼気な女児のおっぱいを触りたがるようなロリコンじゃない。いまは黙って見守っていたい。そんな感じだ。
あ、べつに頭を撫でるのはいいですけどね。わたしにとっては同級生も妹のようなものだし。7歳児も10歳児も誤差だよ誤差。でも、ヤンデレは勘弁な? そのあたりの判別がつかず、わたしはいまだ慎重に見極めんとしている。
「ダメ、なのかな?」
「あ、いえ、撫でますよ」
懇請するような視線に、わたしは急いで否定した。
ええいままよ。
おそるおそる撫でてみた。
ん~、モフモフ感はないが、艶があって触りごこちはかなりいい。これは髪を伸ばしたら大和なでしこになれそうな素質があるな。いまもそうだけどね。
「結構なお点前でした」と、わたしは言った。
理呼子ちゃんは、微笑みながら黙礼した。
正解の選択肢を選んだと信じたい。
☆
暮れのこる教室に、その人はやってきた。
「イオちゃん。元気してたー?」
学園理事長の娘。中等部に所属している軌道寺みのりさんだ。
こっちに駆け寄ってくるときに、バスケのドリブルのようにリズムよくはずむふたつのスライムさんが、とてつもなく幸せパワーを秘めているようで、実に目の保養になった。
「元気ですよ。というか、ほぼ毎日初等部のほうに通ってますよね」
「イオちゃんに会いたいからね」
ぎゅっと真正面から抱きしめられる。
必然にして因果律の正当な流れの結果――、あひゃぁん。すごくやわーい❤
スライム様。スライム様がおられますよ。マシュマロみたいな、いやこれはもう、なんというか表現を越えている! 語彙を越えて終末が近づく……。
「み、みのりさん。ちょっとだけ苦しいです」
「苦しいだけかなぁ?」
「幸せが99割くらいです」
「オーバーフローしちゃってるね」
「おっぱいふろーです」
「今日は理呼子ちゃんもいないみたいだし、イオちゃん成分を補給させてね」
「補給? 授乳?」
「ママのおっぱいが恋しいのかな? みのりお姉ちゃんので我慢してね」
「我、母なる大地へと帰還する……」
意識が朦朧としてきたところで、ようやく解放してもらえた。
わたしはいったい何をされたんだ。メダパニよりも強力なナニかのように思えてならない。
みのりさんの瞳は夕暮れに照らされてキラキラと輝いている。
「何度も言うけどね。わたしはイオちゃんに感謝しているんだよ。こうやって大好きって気持ちを表現するために、抱きしめられるのもイオちゃんのおかげ」
みのりさんは交通事故で腕を失っていた。
全世界に無差別な回復呪文を放ったのと違い、みのりさんには同意のもと回復したのだから、一片の曇りもない慈善行為だ。
こうやって好意をあらわしてくれるのは普通にうれしい。
「さあ、お姉ちゃんといっしょに行こうね」
みのりさんに手を握られて、今日の会合へと向かう。
みのりさんはわたしを迎えに来てくれたというわけだ。
理事長室で待っているんだよな。
うちの国のトップ。内閣総理大臣が……。
☆
光竜学園の理事長――
しかし、そういう形式的実利的なところを越えて、どこか心で通いあうところがあった。
若くに父を亡くした軌道寺にとって戸三郎の印象は父親のような感覚に近い。実際に親子ほども年が離れているせいか、ずいぶんとかわいがってもらった。寄らば大樹の陰という言葉があるが、まさに戸三郎は大樹であり、よりかかれば不思議と安心感を得た。それが本質だろう。
軌道寺が一方的にそう思っているだけかもしれないが、権謀うごめく権力の世界で、数少ない尊敬できる人物だった。
「みのりを迎えに行かせましたので、もうしばらくすれば到着すると思います」
「ああ……。ありがとう廉治くん」
ソファに身を預けた戸三郎は苦しそうにうめいた。
戸三郎は健康上の問題を抱えていた。肺がんである。
年がいけば進行が遅くなるといわれているが、ステージはすでにⅢ。
時折、激痛にうめき、喘息のように咳が止まらなくなる。
通常であれば、内閣総理大臣という重責を担うべきではなく、すぐにでも病気療養に入るべきレベルだ。しかし、戸三郎はそうしなかった。
詳細は省略するが、昨今の政治情勢が非常に慌ただしく、後進に譲り渡すには国益を著しく損なう恐れがあったのである。もちろん、戸三郎が突然死没でもすれば、より一層国益を損なうに違いなく、うっかり死ぬこともできないという哀れな状況だったのだが、強靭的な精神力でのりきっていたというのが実情だ。
「大江先生。しかし――いいのですか」
「この身体のことなら、気にしなくていい」
「しかし、星宮さんの魔法であれば、治る可能性もあるのですよ」
戸三郎はガンを治してもらわないつもりらしかった。
自分がガンであることはけして口外しないようにと言われた。
なぜなのかわからず、軌道寺は腹立たしい気持ちにさえなった。
病に冒された戸三郎は、カメラの前とは違い生気がない。
ガンに敗北してしまう人間という存在に、胃がそりかえる気持ちすら湧いた。
自分のことではないのに『死』に対する憎悪を抑えきれない。
結果として、いつもの冷静さも忘れて声を荒げてしまっていた。
「すみません――」
しかし、戸三郎は静かに言った。
「廉治くん。人の世は一度理解してしまえば、案外たやすいものだよ」
「そうでしょうか」
「ああ、結局は助け合いだ。助ければ助けられる」
「だったら、助けてもらうのもいいじゃないですか。星宮イオ嬢はたいへん素晴らしい生徒です。彼女は無償で、わたしの娘を癒してくれました」
「うむ……彼女は優しい。私もそう思うよ。ただ……、彼女には悟性が足りないようにも思える」
「悟性ですか?」
「そう悟性だ。いわゆる
そして、戸三郎は遠くを望む。
「告白すると、わたしは何十年も人のこころがわかっていなかった。自らの感性と理性を信じていたのであり、こころの鏡面に生じた他者の像を他者であると誤解して過ごしてきたのだ。愚昧であるとしか言いようがない。だが、ようやくこの年になって少しだけわかってきた。
他者は
私の内側ではなく外側に存在する。
私の安危にかかわらず、まったく違う考え方、違う生活、違う感性を持ち、世界のどこそこで暮らしている。
悟性がなければ、彼等がどこで死のうがどこで朽ち果てようが、多少哀れんだり怒りを覚えたりすることもあるだろうが、まったく無関係な存在だ。
もしも、私の外側にいる彼等のことを理解したいと思うのならば、悟性の力が必要となるだろう。経験値……いや、経験知による理解の糸口が必要になる。
自分が悲しんだり、怒ったり、憎んだり、苦しんだり、楽しんだりした経験が蓄積されれば、地球の裏側にいる人類の想いすら見えるようになる」
「想像力をつけさせたいということでしょうか」
「創造力といってもいいかもしれない。他者と自分を無関係にとどめておかないということ。関係を創り出すということ。星宮イオさんに必要なことは、これらの能力ではないかと思うのだよ」
「よくわかりません」
「そう、彼女にはそう言ってもらいたいんだ。だから、わたしの病を治してもらうわけにはいかないんだよ。もう生い先短い命ひとつで、彼女に他者を
「わたしの経験知でいえば、多くの人間は
「そうではない人もいる」
「そうでない人は、不幸になるのを望んでいるようなものです。カルト宗教やテロリストの類と同じだ。そういう輩は少数派であり多数派に数で圧殺されるでしょう。まったく問題にならない」
「数で圧殺してよいのであれば、民主主義とはグロテスクな政治体系となってしまうね」
「テロや犯罪行為を黙認するのもよくないでしょう」
「もちろん、そうだとも。既に社会は組織的に特に何も考えなくても、テロや犯罪からはそれなりに守られているし、わざわざ悟性を働かせて、地球の裏側のことなんか考えなくてもよくなっている。だが、星宮イオ嬢はそういうわけにはいかないだろう。彼女は人一倍努力をし、悟性を発揮し、他者を見なければならない」
「先生が犠牲になる必要なんて……」
「いいんだ。彼女にはわたしが死んだあとにでも、真相を伝えてくれればいい。この身ひとつで、わたしにはたくさんの"他者"が救われると思うんだよ。そう、信じている」
「先生……」
それ以上は言葉は不要だった。
なんかいろいろ小難しいこと言ってるけど、他者の考えを尊重する子どもに育ってほしい程度の会話です。