ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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番外編です。かなり毛色が違う感じです。


番外編。ついでに鬲疲ウ慕・槭う繧ェ

 これは、とある勇者の物語である。

 

 彼はごく普通の家庭に生まれ育った。

 

 裕福ではないが貧乏というほどでもないそこそこの暮らし。

 父親は農夫をしていて、日が昇る前には畑にでかけ、日が落ちるころには家に帰ってくる。

 母親は家事で忙しい傍ら、彼のことをよく見守っていた。

 

 夜寝る前に必ず絵本を読んでくれた。そらんじることができるほどに。

 

 子どもの頃に、誰もが魔王に支配された国の話を聞かされることがあるだろう。

 どことも知れない国の物語。世界のどこかには魔王がいて、人々の幸福や自由を奪わっているというのだ。村のすみっこに時折あらわれる青いぷるぷるしたモノは、魔王の手先らしい。たけやりでつついた程度ですぐに倒せるよわっちぃものだったが、お洗濯ものに時折べったりとくっついていたりすることがあって、母親たちの評判はたいそう悪かった。

 

 ともかく――悪である。程度問題ではあるものの。

 

 そして、彼は思った。

 

――どうして、魔王を倒さないの?

 

 普通なら、そんな疑問も大人になるにつれて現実へと回帰されていくものだ。

 しかし、彼は違った。

 彼は疑問を持ち続け、そして魔王に反旗を翻した。

 

 村の外に一歩でも出れば、命の保証はない。

 

 父親も母親も反対したが、彼は自分の信念を曲げなかった。

 

 立ちふさがるは異形のものたち。いわゆる魔物と呼ばれるものたち。

 

 村のすぐ近くはよわかったが、離れるにつれてどんどん強くなっていく。

 

 あおくてぶよぶよした粘性生物スライム。ひとつ目の巨人サイクロプス。生半可な攻撃は通らないブルーメタルの躰を持つものキラーマシン。

 

 いずれも強敵だったが彼は負けなかった。少しずつレベルアップし、身体と魔力を鍛え、武器を新調し、さらに難易度の高いダンジョンへと挑んでいく。

 

 やがて、最終局面へ。

 

 魔王城へと彼はたどり着いた。

 

 少年だった頃のあどけなさはもはやどこにもなく、たくましい体つきと精悍な顔つきの青年がそこにはいた。

 

 彼に臣従するものは、まだ誰もいない。魔王といえども、王は王。その者を討ち果たそうとするのであるから、反逆といっても相違はないからだ。旅を続けるうちに湧いた想念は、人は思った以上に巧妙に魔王に支配されているということである。

 

 例えば、あまり発展していない彼の村のようなところは、弱いモンスターしかあらわれない。

 これが、発展し、武器をたくわえている町や城に対しては組織だった攻撃を加えてくる。とある国では、王がモンスターにとってかわられていた。またあるところでは国同士の戦争の背後に魔物の暗躍があった。

 

 それに魔物が行き交うことで町同士の交流が途絶えていた。旅人や商人がわずかに往来するものの、人類全体から見れば微々たる量だ。まるで人類の発展を阻害するかのように。

 

 いままでも彼はいくたびも命を狙われた。敵の首魁を討ち果たそうとするのであるから、魔物に狙われるのは当然であろう。だが、それだけではなく味方であるはずの人にすら命を狙われた。

 

 魔王に心酔している邪教徒であった。

 

 もしかすると、人類の多くはすでに魔王の支配を受け入れているのかもしれない。

 

 だが――。

 

 彼には彼なりの正義がある。

 

 いわば、これは侵略戦争である。魔物に滅ぼされた国もひとつやふたつではないと聞く。

 であれば、魔王を弑するのは、正義である。

 いや、悪であるとしても、誰かがそうしなければならない。

 

 城の中も、モンスターに溢れていた。

 彼はかまわず進んだ。

 相当な練度を積んだ勇者は、身体能力も魔法力も優れた超一流の戦士である。魔物どもが群れをなして襲ってきても歯牙にも欠けない。

 

 やがて現れる魔王の姿。

 

 彼は一瞬、見惚れた。

 

――少女であった。

 

 おそらく齢のころは十代に入ったばかりかそこら程度。

 体つきには極端な膨らみもなく、均整のとれた人形のようであり、煌めくような銀髪と氷のように冷たい金の瞳がこちらを見下ろしている。

 

 彼女こそが、魔王イオ。

 

 数千年前に異世界から転移してきたといわれる魔物と魔法を総べる王である。

 

 彼女はぞんざいに玉座に足を組み、ムスっとした顔をしていた。

 

「遅いですよ」

 

「は?」

 

「ここに来るまでにどれだけかかっているんですか?」

 

「何を言っているんだ」

 

「わたしはあなたを見ていたんですよ。旅立つときから、足にマメができて痛がってるときも、薬草を苦そうにかみしめているときも、ずっと観察していたんです。岡目八目という言葉もありますが、どうにもあなたの動きは効率が悪いように思います。ここに来るまでにあなたは何度死にましたか?」

 

「覚えていない」

 

「そうでしょうね。教えてあげますからよく覚えて帰ってください。239回です。ちょっと死にすぎだと思いませんか。ザオリクだって無料じゃないんですよ。お城の王様の顔が少しひきつっていましたよ。時々はわたしが生き返らせたりもしてました。あなたはもっと周りに感謝すべきだと思います」

 

「そうなのか……、いや、そうじゃない。魔王よ、人類を解放しろ」

 

「解放ですか?」と魔王はきょとんとしている。

 

「そうだ。魔物を使って人々を陥れたり、自由を奪っているだろう」

 

「つまり、あなたは人類代表として、ここに立っているというわけですか?」

 

「そうだ」

 

「50点」

 

「え?」

 

「50点ですよ。もしわたしが人類のことを欠片も考えていないサイコパスだったら、あなたの言動を人類のわたしへの敵対行為として、戦争をふっかけることだってできるんですから」

 

「50点ももらえるとは高得点だな。オレは村の授業では10点以上とったことがないぞ」

 

 奇妙な沈黙が満ちる。

 

「勇者行為をやろうとする人って、やはりどこか規格外なんでしょうかね」

 

「0点ではないってことはそれなりに評価しているんだろう」

 

「そうですね。勇者行為っていうのは基本的に非効率ですし――、つまるところ利他的な行為ですし、そういう考えは悪くないと思います」

 

 べつに他人の家から泥棒するのを勇者行為と呼んでいるわけではないのだ。

 

「ただ、わたしにも言い分があります」

 

「聞こう」

 

「まず、前提条件として、わたしはあなたよりずっと年上です。敬ってください」

 

「10歳とちょいくらいにしか見えないな」

 

「それは魔法の効果です。凍れる時間の秘法というもので身体の時間を停止させているんです」

 

「ロリババァじゃねえか」

 

「そのとおりです。ですから労わってください。おばあちゃんには優しくしないとダメですよ」

 

「年上だからって敬えっていうのは、パワハラの一種なんだぜ。そもそも人は年齢ではなく行動で尊敬されたりするもんだろうが。あんたは人類に介入しようとしている。それも発展を阻害する方向でだ。これは悪じゃないのか?」

 

「そうですね。確かに一理あります。では言い方をかえましょう。わたしはあなたよりもずっと長く生きてきたのですから、人類史にも詳しいんです。その知識から導き出された答えは、人類というものは、自由であることに耐えられないということです」

 

「自由であることに耐えられない?」

 

「オウム返しに聞いたらなんだか頭がよさそうに見えると思ってません? 逆ですからね」

 

「何が言いたいのかわからんから聞いただけだ」

 

「そうですね……これよりもずーっと昔。この世界に大転移魔法(オメガルーラ)で訪れた頃の話です。そのころの私は若く、今と同じでかわいらしく……そして希望に満ち溢れていました」

 

「その話長くなりそうか? なんか孫に長話をしたいばあちゃんみたいになっているんだが」

 

「久しぶりのコミュニケーションに水を差さないでください。えっと、どこまで話しましたっけ。そう、わたしはまだ若く、希望に満ち溢れていたんです」

 

 魔王イオは思い出す。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 かつて。

 人類は魔法という未知なる技術を知り、神の領域へと近接していきました。

 それは、要するにできないことが少なくなっていくということです。

 言い換えれば、自由になっていったということだと思います。

 

 しかし、自由になるということは人間にとって害毒でもあるのです。

 

「害毒?」

 

「オウム返しはやめてくださいね」

 

 害毒だったんですよ。

 そのことを知ったのは、妹がさらわれてからですね。

 私には三歳年下の妹がいたんですが、わたしの魔法技術を狙ってなのか知らないですけど、ともかくさらわれたんですよ。

 

「その、亡くなったのか?」

 

 沈痛な面持ちで、なに敵方の魔王様に情けをかけてるんですか。

 違います。わたしのパワーはそこらの木っ端なんてミジンコ以下ですからね。

 

 妹をどうこうしようとしたところで、例えば、たとえ殺したところで生き返らせることは可能です。肉体を消滅させればザオリクは効きませんけど、時を戻して肉体を戻せば問題はなくなるわけですしね。

 

「つまり、無事だったと」

 

「そう、無事でした。ただ、その妹をかどわかした人と少し会話をしてみたんです。わたしどうしてもわからなかったものですから」

 

「なにがわからなかったんだ」

 

「人のこころです」

 

 いまよりも、ずっと抑圧せずに魔法を使っていましたし、それを人にあげるのも躊躇はなかったんですよ。

 

 だから、聞いてみたんです。

 

「べつに妹をかどわかさなくても、あなたの願いはほとんど叶うし、わたしもあなたの願いが叶うよう努力しますよ」

 

 って。

 

「それでどうなったんだ?」

 

 ゲラゲラ笑われちゃいました。

 

 おまえは人のこころが何もわかっていないと言われちゃいました。

 

 わたしは教えてくださいって頼んだんです。

 

 その人は気前よく教えてくれましたよ。

 

「人にはふたつの宿痾がある」

 

 なんでも叶えられる魔法の力は、このふたつの宿痾をかなえることはできない。

 

「それって?」

 

「自分が不幸になりたいというこころ。他者を不幸にしたいというこころです」

 

「なんだそりゃ」

 

「わたしもなんだそりゃって思ったんですけどね。不幸になりたいこころというのは、まあ言い過ぎかもしれませんけど、不自由を楽しむってあるじゃないですか。例えば、なんらかのゲームをするとき、ゲームは現実よりも不自由です。その不自由さを楽しむみたいな」

 

「それなら、なんとなくわかるかな。要するに、魔法でなんでもできるっていうのが気にくわないわけか」

 

「そうです。それと二番目の宿痾は密接にかかわってますね。これはそのままの意味です。自分が餓えておらずとも、他人が餓えていなければ、自分が餓えているかのように感じてしまう。自分が幸せかどうかを自己判断できずに、他人と相対評価してしまうこころです。このこころがある限り、なんでもできる力が平等に付与されれば、他人は無限大に幸福ですから相対的に自分は不幸になるという道理ですね」

 

「理屈っぽいな。オレはなんとなく幸せだったらそれでいいと思うが。そいつは結局どう始末をつけたんだ」

 

「とりあえず、メダパニをかけて彼の主観では多幸感に包まれて生きられるようにしましたよ」

 

「そりゃまた……」

 

 そんなわけで、人類というのは、万能の力を得ても幸福になれるとは限りませんし、むしろ不幸になるかもしれないのです。

 

「しかし、それがなぜ人類への抑圧につながるんだ。だいたいの人間は自由にいきたいだけだ。不幸になりたいなんて思っていないし、他者を不幸にしたいというやつは少数派だ」

 

「まあ少数派だとは思うんですけど。なんでもできるということは、少数派だろうが、その人のやりたいようにやっちゃうわけですよね。例えば……そうですね。あなたの知的レベルにあわせると、太陽! そう太陽を奪って闇の世界にできる力があるとします。そのとき、少数派の願いもかなえられるとすれば、そうやって他人を不幸にすることも可能なのです」

 

「つまり?」

 

「つまり、戦争が起こりました」

 

 まあ、単純な多数決の論理で少数派が蹂躙されただけですけど。

 

 ただ、これには微妙なところもあって、神のようにいろんなことができるようになった人々は他の世界に迷惑をかけるようになります。

 

 神は自分の世界をもちたがるって言いますけれど、神様を僭称した方々は、異世界に転移して、そこで好き勝手したんですよ。

 

 これこそが悪だと、わたしは思いますね。

 

「あんたも好き勝手してるんじゃないか?」

 

「そのつもりはないんですけどね。ただ、この世界について言えば、わたしが元いた世界の干渉は拒否したんですよ。えらいでしょ。ほめてください」

 

「だったら、なんで魔物があふれて人類を攻撃するんだ」

 

「それもまた、他人の不幸がないと生きていけないタイプの人が悪いんです。その昔、人類のことが憎くてしかたない人がいたんですが、その人が異世界からモンスターを召喚したんですよね。地にはモンスターが溢れ、人を襲うようになりました」

 

 そうして、魔物を創った魔王(にんげん)は、かつて、()()()()()()()()()()()()()()のです。

 

「あんたは万能の力を持っているんだろう。なぜ、それを人のために使わない。魔物をコントロールしない。むしろモンスターを積極的に操ってるんだろ」

 

「魔物にも自我が芽生え始めているようですね。ちらほらと人間に虐げられた怨みを持つまでに進化したものがいるようです。魔族と呼ばれていますけどね。つまり別の魔王がいます」

 

「魔族……あんたも魔族なのか」

 

「経歴からすればまったく違いますね。いや同じなのかな。魔族も人から生み出されたものであるならば、わたしもかつては人から生まれたのですから」

 

「人から? つまりあんたは人間なのか?」

 

「その問いには意味があるでしょうか。あなたから見て、わたしは異形を総べる王のはずです。人間であろうが魔族であろうが……畢竟、神であろうが、あなたはあなたの価値観によってわたしを測るということに変わりはない。そして、勇者とは時には神ですら殺すものであると思っています」

 

「その別の魔王とは敵対していないのか? あんたは人間の味方をしてくれないのか? 人から生まれたんだろう」

 

「わたしは人という存在を総体的に見ることにしました。先に述べたふたつの宿痾が、人としての逃れられぬ業であるならば、人が戦うのは業ですし、人は不自由という自由を望んで享受しているということになります。いいんですよ。"あなた"がそれを望むのならば、魔物はすべて消しましょう。地下深くの魔界と呼ばれるところに住んでいる魔王もわたしが倒してあげましょう。ですが……」

 

 ですが――、たとえ魔物を消したところで、魔王を討ち滅ぼしたところで。

 

 果たして、人間は幸福になるのですか。

 

 今度は人間どうしの戦争が始まるだけではないですか?

 

「どうでしょう。勇者さん」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 苦悩と決断があったのでしょう。

 

 それから、あなたは決然とした目をして言いました。

 

「魔界に行く」

 

「わたしに頼まないのですか」

 

 魔王なんて指先ひとつでダウンなのに。

 

「あんたが何者かはわからないが、人間がしでかした問題は人間が片づけるってだけのことだ。ただ……」

 

 あなたは少しだけ顔を伏せます。

 

「もしも、あんたが力を貸してくれるなら嬉しい。オレはひとりぼっちで力も弱い。できることも少ない。魔界への行き方も知らない。オレを助けてくれないか」

 

 人間に二つの宿痾があるとすれば、二つのメシア的な性質があると言えるでしょう。

 

 それは、幸せになりたいと願うこころ。

 

 そして、他者を(うれ)えるこころです。

 

 先ほどの、不幸になりたいと願うこころ。

 

 他者の不幸を願うこころとの対比でいえば、光と闇ですね。

 

 さすがにそれは臭すぎますか。

 

 まるで、プロポーズのように固まっているあなたを見て、わたしは遠い昔を思い出し懐かしく感じました。人という存在が愛おしい。

 

「いいでしょう。わたしは人間(あなた)のパートナーになりましょう。わたしは悪い魔物ではありませんからね」

 

 そして、わたしは言いました。

 

「よろしくお願いいたしますね。勇者ロトさん」




次回からは本編進めます。

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