ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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創作者。ついでに鑑賞者。

 黒塗りの車が走っている。

 

 向かっている先は、言わずもがな。

 

 名前を呼んではいけない例の会社様は、新宿のとあるビルディングの中にあるのだが、学園からはさして時間はかからない。もちろん、イオが飛んでいけばものの数分で到着するだろうが、おそらくそれは彼女にとっても困難だったに違いない。

 

 そう()()

 

 なにしろ、イオは()()()()()()()()()()()()()

 

 まるで、中級氷結呪文(ヒャダルコ)を生身で喰らったみたいに、全身の筋肉を緊張させて、ふとももには両の手を綺麗に添えたかたちで固まっている。さながら彫像のようである。

 

「なんだ。緊張しているのか?」

 

 隣に座っているルナが聞いた。

 イオは首だけをギギギとロボットのように動かした。

 

「き、き、緊張なんてするわけないじゃないですか」

 

「めちゃくちゃ緊張している……」

 

「ですから、緊張してないですって」

 

「ドラクエの生みの親に会うのが、そんなに緊張するのか? 総理大臣に会うほうが事態としては重いように思うのだが」

 

「それは一般的な話です」

 

「そんなものか」

 

 ルナとしては、国民的RPGのクリエイターといえども市井の人間に過ぎないという考えがある。

 

 今よりもっと幼い頃から、国の重鎮とつきあってきたのである。数億人の調整のうえに成り立つ政治と、言ってしまえば商売に過ぎない市井の活動のどちらが優先されるべきかというと、政治のほうに軍配があがった。

 

 だが、イオは違う。

 イオは前世から今世に至るまで、根っからの小市民なのである。

 彼女の価値観は、巨視的なものではなく手の届く範囲に限られる。

 

 ずっと、昔からドラクエのファンだった。

 

 ゲームはナンバリングのものは全部プレイしているし、漫画もアニメも小説も幅広く購入している。派生のやつは少し取りこぼしがあるものの貧乏大学生だったため、ゲームハードを買うだけのお金がなかったためだ。

 

 つまり、総理大臣はなにしてんのかよくわかんないけど偉いんだろうな程度。

 対して、ドラクエのゲームクリエイターは、イオにとって神だった。

 神さまカッコカリよりもよっぽど神だったのだ。

 

「か、神様に会っちゃうんですよ。緊張しないはずがないじゃないですか」

 

 メダパニの効力も自然と剥がれ、イオは人生で一番緊張していた。

 自分が一部の人間たちには神様扱いされていることは、言葉としては知っていても、実感の伴う想像はできないのである。

 

「その神様に会ったら、なんて言うつもりなんだ?」

 

「……」

 

 イオ、虚無の表情になって考える。

 

「判断が遅い!」

 

 ルナがデコピンをかます。

 

 パァン!

 

 攻勢防御(アタカンタ)に弾かれ、いい音が鳴った。

 

 ルナは指をプラプラした。

 

 ダメージ換算すれば、1にも満たない攻撃なので反射ダメージもたいしたことなかったようだ。

 ルナは平然としている。

 

 イオはちらっとルナを見て、

 

初級回復呪文(ホイミ)

 

 を唱える。

 

 ちょっぴり赤くなっていたルナの指先は、柔らかな光に包まれて回復した。

 

「感謝する。まあ――クリエイターからしてみれば、自分が考えた魔法を使ってくれるんなら本望なんじゃないか?」

 

「不愉快に思われるかもしれません」

 

 それがイオの緊張の一因だった。

 イオは好き勝手にドラクエの魔法を使っている。

 これはクリエイターの目にどう映るんだろう。

 

 リスペクトが足りていないように映るんじゃないか。

 ただでさえ、迷惑をかけているのだ。

 

 創りたくもない魔法を無理やりねじこんで。

 ストーリーラインをねじまげて。

 創作者の立場からすれば、イオは社会的圧力そのものとなって、創作活動を捻じ曲げてしまっている。神聖にして不可侵な、クリエイターがその作品を創るという行為に(キズ)をつけてしまっているのだ。

 

 新作ドラクエについては、イオの預かり知らぬところであったが、まちがいなくイオのとった行為と因果関係がある。知らなかったですまされるはずがない。

 

――許されざる罪。

 

 敬愛するクリエイターに会えるのはうれしいが、叱責されるのは耐えられそうにない。

 いや、全世界の影響を考えれば叱責はされないだろう。だが、不本意に違いない。

 神さまに怨まれる。

 

 イオは涙ぐんだ。存外に泣き虫なのだ。

 

 ルナはあきれた。

 

「ゲームは人を楽しませるためにあるんだろう。イオが楽しんで魔法を使ってるのを見て、悪い気はしないと思うんだが」

 

「わたしのせいで、ゲームがメチャクチャ歪んでしまうじゃないですか」

 

 がっくりとうなだれるイオ。

 

「イオは、ドストエフスキーを知っているか?」

 

 ルナは気遣うように声をかけた。

 

「知ってますけど……」

 

「ドストエフスキーに"悪霊"という小説があるが……、この小説には廃棄された断片(フラグメント)がある」

 

「そうなんですね」

 

 まったく知らない話なので、そう返すのみだ。

 ルナは続けた。

 

「当時、"悪霊"は雑誌で連載されていたんだ。まあ今でいうところの新聞とかで毎日ちょっとずつ進むような感じだな。おそらく話の大筋はできていたと思うんだが、すべてが完成された状態で読者の目にさらされる単行本と違い、現在進行形で書き進めていた部分もあったのだろう」

 

 イオがルナを見上げた。

 なにを言いたいのか理解が染みるまで時間がかかる。

 ただ、励ましている雰囲気なのはわかった。

 ルナは人差し指をあげて、まなざしを投げた。

 

「ある日、ドストエフスキーが原稿を渡したところ、掲載を拒否されたんだ」

 

「なぜです?」

 

「んー。まあ、私みたいな幼女が()()()()()()()というか。そういう話だったんだな」

 

「なるほど……、思い切ったことをしますね。ドストエフスキーさんも」

 

「べつに幼女スキーというわけではなくて、キャラクターの造形として必要だったんだと思うぞ。だいたいは人の考えを鮮明化するために、極端な独白を挟むのが彼の創作物の特徴だからな」

 

「その……"悪霊"はどうなったのです?」

 

「フツーにその断片だけはずされて掲載は続けられたんだが、単行本になったときもそのエピソードは省略されてしまったんだな。いまなら単行本特典とかありそうなものだけどな。薄い本で出せばいいのに」

 

「ルナちゃんにはまだ早いと思います」

 

「冗談だ。私自身はえっちな本とか見たことないぞ」

 

「それならいいんですが……」

 

 まだ八歳児である。妹とほぼ同じ年。

 正直、ルナがえちえちなもので染まってほしくないイオなのだった。

 

「ドストエフスキーの書き方は有機的だったのだろうな」

 

 ルナは続けた。

 

「有機的ですか?」

 

「そう、つまり完成品を出すわけではなくて、その場その場で書き進めているので、既に語ってしまった物語をいまさら逆行させることはできなかったわけだ。ドストエフスキーという巨匠であってすらそうなのだ。この意味がわかるか、イオ」

 

「ぜんぜんわかりません」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。もしも、くだんの断片が掲載拒否されることなく続けられていたら、我々が目にする"悪霊"はまったく別ものになっていたかもしれない。でもそうはならなかった」

 

――創作者が創作物のすべてをコントロールできるわけではない。

 

 多数の人間の思惑や想いや好悪によって、容易に捻じ曲げられる。

 

 特にイオの魔法は現実的な利益が大きく、幻想の価値をむなしくする。

 

 ドラクエをいくらプレイしてもお腹は膨れないが、もしもパンを無限に出せる魔法ができれば、多くの人間は餓えることがなくなる。

 

 それでもなお、誰かに見つけられるまでじっと耐え忍んでいる強度があるのかもしれない。

 

「すまない。話がわかりにくくなってしまったな。あまりイオが気にすることではないと言いたかった」

 

「ありがとうございます。ルナちゃん」

 

「うむ」

 

「あの、抱っこしてもいいですか」

 

「え? え。なにがどうしてそうなるんだ? まあかまわんが……」

 

 ギュ。

 

 イオはわりと抱き着き癖があるのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 面談は終わった。

 

 時間が飛んでいるような描写であるが、これはイオの内心を詳密かつ正確に表現している。

 

 まず、例の会社に到着したあと、イオとルナは会議室のようなところに通された。

 

 ロの字型にテーブルが置かれていた。面接のような形にならないような配慮だったのだろうか。

 

 そこで、ドラクエの制作班と、ドラクエの生みの親――つまり神様とも帝とも称される、名前を呼んではいけないあのお方に()ったのだ。

 

 イオは舞い上がってしまい、メダパニも剥がれているのにメダパニ状態で、自分が何を言って何を話しているのかもわからない状態に陥ってしまったのである。

 

 いま、イオは応接室に通され、ルナと二人きりであるが、ほっぺたはピンク色に染まり、瞳は空中を見つめ、ぽーっとしており、背中に羽がついてどこかに飛んで行きそうだった。

 

 なんか危ない人みたいな感じだった。

 実際に、魔法的な意味で危ない人である。

 

「神様に逢った気分はどうだ?」とルナは聞いた。

 

「わかんにゃいです」

 

 ふにゃふにゃ言語だった。

 

「どんな感じの印象だった?」

 

「天のようとも……空のようとも……。いや、あれはドラゴンのような……そう、ドラゴンです。空を優雅に泳ぐドラゴンなんです! 威厳というのはにじみでるものなんですね」

 

「だめだこりゃ」

 

「ふぅ……子宮あたりがうずきます」

 

 イオがおなかのあたりに手をあてる。

 

「小学生が何か言ってるぞ」

 

「キュンキュンしちゃうんです。わかりますかルナちゃん。この気持ち」

 

「残念ながら、私の子宮は反応しなかったな」

 

「そうですか。残念ですね。子宮のレベルが足りなかったんですね」

 

 さりげに失礼なことを言うイオである。

 

「ともかく、よかったじゃないか。拒否される様子もなかったしな。多少は不本意なところがあるというのは、私も考えていたところではあるのだが……神は寛大だったな」

 

「当たり前です。神さまなんですから」

 

「変な宗教は作るなよ。イオが教祖になれば、神さまが本当の神様になってしまうかもしれん」

 

「わたしはファンなだけです!」

 

「ファンの心境は信者のソレと同じだと思うんだが」

 

「じゃあ、信者でもいいです」

 

 唇をとがらせるイオ。

 ルナはもう放っておくことにした。




あけましておめでとうございます。
お年玉代わりといってはなんですが、楽しんでいただけますと幸いです。
感想・評価をお年玉代わりにもらえるとうれしいです。
既にこれだけ評価・感想いただいていて、足るを知れと叱られそうですが。
お年玉はいくつになってもいただきたいものなのです。お願いいたします。


追記。

すいません……不評のようなので今のうちに改稿します。
感想いただいた方はすみません。

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