ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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全環境対応型イオ。ついでに奇跡のパン。

「焼きそばパン……」

 

「ひえっ」

 

 お昼休み時。

 ボソっとルナがつぶやき、わたしは反射的に身を凍らせた。

 一週間くらい前の焼きそばパンにプチっとされた事件は記憶に新しい。

 でっかくなったパンに押しつぶされて、焼きそばのにおいが染みついて。

 ともかく、ひどいことになった。

 

「なんでそんなこと言うんですか」

 

 わたしは涙目で抗議した。

 

「いやなに、これから先のことを考えるに焼きそばパン事件は教訓になると思ってな」

 

「教訓?」

 

「あのとき、イオは魔法を使えばいくらでも脱出できただろう」

 

「膨張率が早くて無理でした」

 

「パンに押しつぶされた程度で魔法を使えなくなるというのは問題だな」

 

「そうでしょうか。べつに死にはしませんよ。魔法的な防御で守られていますので」

 

「それはどうだろう――例えば落とし穴に落とされて下が溶岩や水中だったらどうだ?」

 

「どうだって言われてもわかりません」

 

「呪文の詠唱ができなければ、そのまま燃やされるか溺れ死ぬんじゃないか。防御魔法は常時使っていても、飛翔魔法(トベルーラ)は常時使っているわけではないだろう」

 

「それはそうですが……、トベルーラを常時使っていると地面に降りた状態でも、身体が風船のように軽くなってしまって油断するとすぐにふわふわ浮いてしまいます」

 

「ふわふわイオちゃんだね」と理呼子ちゃん。

 

 なんか楽しそう。

 

「トベルーラを常時使うのは難しいのか」

 

「ちょっと難しいですね。日常生活を送るには厳しめです」

 

 そう。トベルーラをずっと使わないのはメチャクチャ高度なコントロールが必要だからだ。

 

 もしかしたら訓練すれば、大丈夫になるかもしれないけど、あれは魔法力の噴射によって推進力を得ているわけなので……、ふとした拍子にちょっと力みすぎると、魔法力だけで校舎をぶっ飛ばすということになりかねない。

 

「危険だな。いざというときに呪文の詠唱ができない状況に追いこまれたら暗殺されるぞ」

 

「暗殺されちゃいますか……」

 

「即死クラスの毒ガス部屋とかな。あの焼きそばパンが毒ガスだったらと想像しろ」

 

「ひえっ」

 

「でも、ルナちゃん。そもそもそういった危ないところにはいかないでしょ?」

 

 理呼子ちゃんがビビってるわたしの代わりに質問してくれた。

 そうだよ。わたしは品行方正ないい子ちゃんなんだ。そんなあやしい毒ガスを振りまくような謎の組織にわざわざでかけていったりはしない。

 

 学校のプールとかもいきなり全身を沈められるような状況にはならないし、呪文を唱える時間さえあれば、たいていのことはどうにかなるはずだ。

 

「イオの判断能力だと無理だろうな」

 

「断言しないでください!」

 

「そうだよ。イオちゃんなら……えっと……」

 

「言い淀まないでください!」

 

 ともかく、実験することになったのだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 わたしは都内にあるルナの研究所に来ていた。

 ここは外見は普通の病院で、実際に患者さんの姿もちらほら見える。

 

 その隣に、同じくらいの大きさの病棟が立っていて、そこは高級志向の人間ドックなんだと。

 一回あたり数百万円もするらしい。くっそ高い。

 中国とかからも金持ち連中が来ているとか。

 キアリー+ベホマで、ほぼ無意味だけど、やっちゃいけない理由が実感できた気がするわ。

 

 で、研究所はその人間ドック棟の地下にある。

 

 自前のものを建てるには時間が足りないので、間借りの状態らしいが、バイオなハザードの研究所のように魔改造はされているとか。もちろん、アメリカからスタッフをひきつれてきているらしく、そこに日本人スタッフも混じっている感じ。

 

 ルナが我が物顔で研究所内を歩く。歩幅が小さくてかわいいぞ。

 わたしも並んで歩く。

 

「人間ドックを研究所にした意味とかあるんですか?」

 

「人間ドックにはPETとかも置いてるからな」

 

「ペット?」

 

 猫とか犬とか置いてるの?

 癒されちゃう感じなの?

 

 ルナは、一瞬残念そうな顔になる。

 あ、違うのね。

 

「ポジトロン放出断層撮影法。つまり分子構造レベルでいろいろ実験できる。ワクチンとかを創るのも分子構造がわかればこそ。つまりそういうことだ」

 

「ふうん……」

 

「先のモシャスパンも分子レベルで分析にかけてみたんだぞ」

 

「そうなんですね。で、結果は?」

 

「まったく普通のパンと変わらなかったな。増量させても分子構造は変わらない。空気の元素をパンに変換しているのか。魔法力を変換しているのかはさっぱりわからずじまいだがな」

 

「将来、モシャスパンを売り出すときは、このパンには魔法が使われていますとか書かれて販売されるんでしょうか」

 

「そうなるかもしれんな。ただまあ、危険性についてはそれなりに判別可能だぞ」

 

「どうやってです?」

 

「動物実験とかをすればいい。通常の時間設定のないモシャスがだいたい一時間程度で元に戻るだろ。だから、その設定でモシャスパンなりを食べさせるとする。消化は人間の場合胃の中で数時間。小腸で数時間。排泄されるまで二日か三日程度かかるからな。それぞれ持続時間が異なる設定したパンを創ってもらっただろう?」

 

「そういえば作りましたね」

 

「結果としては時間どおりだ。人間よりは消化スピードの速い犬を使った実験をしたが、通常のモシャスパンを食べた犬は後程、検査してみると腹の中で石が見つかった。数時間程度に延ばされたモシャスパンも同じく。しかし、時間が伸ばされるにつれて石が小さくなっていった」

 

「つまり、エネルギーが吸収されているってことですか?」

 

「そういうことだろうな」

 

「えっと、石とパンだと、原子が異なるのでは? パンは炭素でしょ。石は……なんだろう。でも炭素はないような気が」

 

「原子よりも小さなレベルで変えられるということだろう」

 

「なるほど……」

 

 素粒子レベルで変化してるってことか。

 なんだかモシャスってすさまじい魔法すぎないか?

 

「どっちにしろ、イオ以外の人間には扱えないだろうがな」

 

「え?」

 

「消費魔力が多すぎるだろ。おそらく原子レベルで一致していてなおかつ質量的にもほぼ一致の状態でようやくMP5ということであって、どちらも一致していない場合には消費魔力が段違いのはずだ。それに持続力まで付加するとなると、イオの馬鹿魔力がないと不可能だな」

 

「じゃあ、魔法が普及してもモシャスパンは普及しない?」

 

「そうだな。そこは新作魔法が創られないと無理だろう」

 

「モシャスパンに意味あるんでしょうか」

 

「あるぞ。餓死しそうな人を助けるという意味合いもあるが、それ以上にイオ自身のためだ」

 

「わたしのため?」

 

「イオ自身が社会になじむためには社会貢献が必要だと言っただろう」

 

「ええ、まあ……その論理はわかります」

 

「つまり、これから先の話だが、外国なりに出かけていってだな。手ずからモシャスパンを渡したほうが効果的だということだ」

 

 キリストですね。わかります。

 

 聖書のエピソードに、5つのパンを人に分け与えたら5000人に与えてもなくならず、むしろ12のかごにいっぱいになって返ってきたというものがある。

 

 普通にチート能力だが、いまのわたしもモシャスで増量しながら分け与えたら同じことができるわけであって、外国受けはよさそうだよな。また、イオちゃんが崇められちゃうけど。

 

 でも、さすがに外国に行くのはちょっと怖いな。

 ドラクエ魔法には翻訳こんにゃくはないのだ。

 ルナなら三日で覚えそうだけど、わたしは三百年経っても覚えられそうにない。

 

「あんまり力を見せびらかすのもどうかと思うんですが」

 

「まあ、そのあたりはイオが神さまにならないように調整する必要があるな。あくまで世界を変革できる技術を開発した者というポジションがいいだろう」

 

「それなら……はい」

 

「であるから、イオ自身の"守り"はもっと強固にする必要があるんだ。焼きそばパンで潰されているようじゃ話にならない」

 

「うっ……焼きそばパンの話はやめてください」

 

「よし。ついたぞ」

 

 地下の研究所まで来た。

 病棟の地下室だから狭いイメージもあったが、結構広い。

 白い廊下の先に、両側から自動で開く銀色の扉があった。

 

「なぜプールがあるんです」

 

「知らん」

 

「え?」

 

「知らんのだ。このプールはもとからあったんだが、この大きさにするには、なんの戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)もない。水圧実験をするだけなら、もっと小さくていいからな。本音のところは前任者が遊びたかったとかそんな理由じゃないか」

 

「そうなんですね」

 

「で、イオ……」

 

 ルナは振り向きながら言う。

 

「はい」

 

「信頼してくれるのはうれしいが、私だってイオを害する可能性はあるんだぞ」

 

「え、そうなんですか?」

 

「水で溺れ死にさせられるという話を学校でしただろう」

 

「覚えていますよ。ですが、ルナちゃん以外の人にホイホイついていくようなバカじゃありません。わたしだって人並み程度の判断能力はあるんですから」

 

「本当か?」

 

 ジト目でにらまれてもなにも出ないぞ。

 本当だ。

 

「まあいい。じゃあさっさとプールに入ってくれ」

 

「えっと、水着持ってきてないんですが」

 

「そっちに更衣室がある。イオの体型にあった水着も用意してるからさっさと着替えてこい」

 

「ルナちゃんは?」

 

「私? 私がなんで着替える必要があるんだ」

 

「その、ごいっしょに遊んだりなんかは?」

 

「遊びできてるんじゃないんだぞ」

 

「わかってますけど。ひとりきりで、25メートルプールは寂しいじゃないですか」

 

「あとでな」

 

 くっ。普通ならプールではしゃぎまくりたいのが八歳児なのに。

 この八歳児クールだわ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 わたしは水着に着替えて、軽く準備運動を済ませプールの中に飛び込んだ。

 室内の温度は暖かく、プールの水も冷たすぎないので気持ちいい。

 深さは結構あるな。足が届かないくらいだ。

 

 ルナはちょうどプールを見下ろせる高いところにいる。

 よく黒幕とかが見下ろしているようなそんな場所だ。

 マイクを使ってこちらに通話も可能の模様。

 

「問題はないか?」

 

「特にないですね」

 

「じゃあ、さっそく潜ってくれ」

 

「えっと潜ればいいんですね」

 

「そうだ。潜って魔法を使え」

 

「あのぉ……それだと、普通に口の中に水が入りこんでしまうように思うのですが」

 

 わたしは恐る恐る手をあげて懸念を伝える。

 

「なにを言ってるんだ。魔法が使えるかどうかが実験内容だろう」

 

 無慈悲! この幼女無慈悲につき。

 

「使えるわけないじゃないですか。水の中で発声できるはずないでしょ」

 

「口の中でもごもご言うとか、いろいろやり方はあるはずだろう。がんばれ」

 

「いや、がんばれって言われましても」

 

「イオならやれる」

 

「無理無理のかたつむりです」

 

 水の中でしゃべれるとか、どんな奇人なんだよ。

 わたしは、魔法が使える一般人に過ぎないんだぞ。いい加減にしろ!

 でも、ルナがかわいいからそこまで強く言えない。

 

「無理というのはな、嘘吐きの言葉なんだ。途中で止めてしまうから無理になるんだよ」

 

「むちゃくちゃなこと言ってますよ。ルナちゃん」

 

「いいからやれ!」

 

 わたしを慮ってのことなんだろうけど――ほんと無茶苦茶言ってやがる。

 まあいいか。とりあえず、水中でそれっぽいところを見せて、やっぱり魔法は使えなかったというふうにやればいい。腹黒イオちゃん? 智慧ある行為だと言ってくれたまえ。

 

 トプン。

 すっと水中の中に入りこむ。

 いちおう、水泳も習っていたからこの程度はお手の物だ。

 この身体の運動能力はかなり高い。

 いろいろ無茶苦茶に修練したせいか小学生にしてはかなり動けるほうじゃないか?

 

 足をまるめて、胎児のようにしばらく滞留する。

 よし、もういいか。

 

 ザバンと水上に出る。空気がうめぇぜ。

 

「水流モード。オン」

 

 無慈悲な声が響く。

 

「え?」

 

 ちょ、波が。

 プール内がものすごい勢いで攪拌(かくはん)されている。

 まるで、洗濯機の中のように、渦を巻いている。

 

「しかも、波っ!」

 

 横っ面をはたかれるような高波がわたしを襲い、まともに息をしてられない。

 

「るな……ちゃ……ちょ……まって」

 

「モード嵐、発動。一番ひどいのを頼む」

 

 天井から雨粒のような水まで追加された。

 ゴゥと人工の風がうなり、ぐわんぐわんと波が揺れる。

 溺れるっ! 溺れるっ!

 

「ッッボボボボボボボボッ!ボゥホゥ!ブオオオオバオウッバ! だずげで! 流されっ、ちゃボボボボボ! たすけて! ルナちゃん! た す けドボボボボボボ! ボゥホ!」

 

 わたしは死を覚悟した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「おおイオよ。あの程度で溺れるとは情けない」

 

 ぐでんとプール際につっぷしているわたしである。

 ルナも上から降りてきて、今はわたしのそばにいる。

 

「ルナちゃん。わたしは魔法が使えるだけのかよわい小学生なんだから手加減してください」

 

「あの焼きそばパン事件だが……」ルナが遠い目をしている「もしも焼きそばパンが無限に膨らんでいく仕様だったら宇宙が滅びていたかもしれない」

 

「なにを……」

 

「いやつまりな、イオの力は宇宙を破壊するに足るということなわけで、それだけ自分が脅かされるかもしれないと考える人が増えるということだ」

 

「それはわかりますけど」

 

「だったら、イオを排除しようという輩もでてくるかもしれん。わたしはそれが心配なんだ」

 

「ルナちゃん。ありがとうございます」

 

 ギュっと抱きしめる。

 

「カルキくさっ」

 

 自分で溺れさせといてひどい言い草である。

 ルナはプールのにおいが気になるのか、いつもの白衣をクンクンしている。

 ちょっと嫌そうな顔になっているのがカワイイ。

 

「それで、結局水中では魔法は使えなかったんだな」

 

「そうですね。事前に使っておけば大丈夫なんでしょうが、トベルーラは日常生活に支障がでるのでずっと使うのはあまり好ましくありませんし……」

 

 うーん。ドラクエ魔法になんかいい方法は……。

 

――そのとき、衝撃が走る。

 

 ルナが学校で言っていた『溶岩』に落とされたらという言葉だ。

 

 実をいうとドラクエの魔法で、溶岩の上をスイスイ歩けるようになる魔法がある。

 

――トラマナである。

 

 この魔法を使うと、結界や溶岩や毒の沼を歩いてもダメージを受けなくなる。

 語源は()()ップを踏()()いから。

 

 これだけ聞くと浮遊しているだけなのかと考えられるかもしれないが、浮遊するならそもそもトベルーラを使えばいいし、結界については床というよりは空間に張られたバリアなので、わたしの解釈は()()()()だろうと考えている。

 

「トラマナを使えばどうでしょう」

 

「水面を浮くだけじゃないのか?」

 

「いえ。ドラえもんのテキオー灯って知ってますか。あの道具みたいに環境に適応するのが呪文の効力だとすれば、水中でも呼吸ができるのではないかと思います」

 

「おもしろい考え方だな」

 

 ルナは目を細めて身を乗り出してくる。

 魔法の新しい使い方については、興味津々といった様子。

 

「さっそくやってみてくれ」

 

「わかりました。トラマナ!」

 

 身体が妙に光ったりもしていないし、見た目の変調はない。

 

 そういえばドラクエの四コマで『トラマナ』を『トラアナ』と言い間違えてしまっても、仲間はさすがだなーとか言いながらダメージ床をサクサク進むというギャグがあったけど、要するにそれって、気づくか気づかないかを判別する術がないってことなんだよな。

 

 唯一判別できるとすれば、減った魔法力だけ。

 あとは記憶力くらいかな。

 この状態で、わたしはプールに飛びこむ。

 

 そして、少し怖いが――、わたしは水中で大きく口を開けた。

 

 呼吸ができる。なのに肺の中に水が入ってきていない。不思議だ。

 薄皮一枚の宇宙服を着ている感じなのだろうか。それで空気は無限にどこからか生成されているとか。あるいは、そういう生物に一時的に変化しているとか?

 

「あ、ああ……マイクテス。マイクテス」

 

 発声も大丈夫みたいだ。

 

 トラマナは環境適応呪文だった。

 

 次に、水中で飛翔呪文(トベルーラ)を唱える。

 これも問題なく発動した。ジェット噴射のような勢いで水中をかきわけあっという間に端につく。タッチしたあとにUターンして、それからプール中ほどで空中に躍り出た。

 

 そのまま、ルナの目の前で着地。

 

「成功したか」

 

「そうですね。どうやら大丈夫みたいです。この魔法なら日常生活に支障はありませんし常時かけておくことにしますね」

 

「これで、全環境対応型イオが完成してしまったわけか。宇宙空間での活動もできそうだな」

 

「そうですね。でも宇宙でひとりぼっちはさみしいです」

 

「イオをひとりぼっちにさせるつもりはないぞ。人類のためにキリキリ働いてくれ」

 

「働かせすぎは注意です。ブラック反対!」

 

「わかっているさ。ただ、まったく何もしないわけにはいかないだろう。イオがなにげなく魔法を使うのと引き換え(バーター)だと思わなければならない。イオ自身のためだ。それに、イオのマムとか、イオを想ってくれる人のためだ」

 

「わかっていますよ。それに、魔法の普及ですよね」

 

「そうだ。人類がイオほどではなくても、少しは魔法を使えてほんの少しでも便利になればいい。()()()は遠い昔からそうやってきたのだからな」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 仕事が終わったのでルナをプールに引きこむことにした。

 わたしが単なるスクール水着なのと違い、ルナは自前のを持ってきた。

 ピンク色の下地にイチゴ柄のかわいらしい水着だった。

 

 それで――、浮き輪を装備している。

 装備といっても通常の使い方ではなく、浮き輪に足を通さずボートみたいに乗ってる形だ。

 小さな足がぷらぷらしていて、木の葉のように水面をただ浮かんでいる。

 水に浸かるつもりは一切ないらしい。

 

「もしかして……、ルナちゃん」

 

「泳げなくても死にはしない」

 

 わたしから目をそらすルナちゃんである。

 なにこのクソカワ生命体。

 

「先ほどわたし、溺れそうになって死にかけたんですが」

 

「イオは世界中からいのちを狙われるかもしれないから、その対策が必要だ」

 

「ルナちゃんもいのちを狙われたりするんじゃないですか」

 

「いざとなったら生き返らせてくれるんだろう」

 

「まあそうですけど。その前に助けますよ」

 

「ふん。うっかり地球ごと敵を抹消しないようにな」

 

「わかっていますって、ちゃんと加減しますから」

 

 さすがに八歳児が泳ぎの練習をするには、このプールは深すぎるかもしれない。

 最初は足がつくところで地道に練習するのがいいだろうし、ビート板とか使ったほうがいいのかもしれないな。そのあたりは学園のプールでも習うだろう。

 

 でも浮いているルナを眺めてるだけだとおもしろくないな。

 

 まあいいか。トベルーラでルナを押しながら雑談でもしよう。

 

「今後、わたしが外国に行くことはあるんでしょうか」

 

「うーん。魔法的な技術が技術と呼べるレベルだったら行く必要もないだろうが、今のところはイオの属人的な力だからな。実際に行かないと仕方ない面もあるんじゃないか」

 

 例えばパンを増量するにしろ、増量したあとどうやって輸出するのかという話だ。

 餓えている人の目の前に持っていかなければ、あまり意味はないかもしれない。

 

「ともかく一番に必要なのは、誰でも使える力にすることだ」

 

「だから新作ドラクエの力が必要なんですね」

 

「そうだ」

 

 ルナはおもむろに頷く。そして、

 

「そういえば……、今週に新たに始まったらしいぞ」

 

「何がです?」

 

「公式で認められた新しいドラクエの漫画だ。週刊で始まってる」

 

「そうなんですね」

 

「ああ、電子媒体に落としているから、ちょっと待ってろ」

 

 ルナがスタッフを呼びつけると、例の筋肉ムキムキのボブさんがやってきた。

 ルナの小さな手と対比すれば、かなり大きなタブレットだ。

 

「防水加工してあるから大丈夫だぞ」

 

 そんなことを言いながら、新作ドラクエ漫画をいっしょになって鑑賞した。

 なぜか焚火シーンから始まって、魔法使い然とした美少女が厳かに魔法を唱える。

 すると、みんなの目の前においしそうなパンとスープが出現するという寸法だ。

 

「うーんこれは……」

 

「のっけから、ハラヘラズを使ってるな。とりあえずパンが出る魔法らしい。消費MPは8。ベホイミ相当だが……ふむ、出したパンの回復量をベホイミと同じにしているのか。一応ハラヘラズの魔法を使った魔法使いのMPは食べても回復しないことにしているようだし、バランスをはかってるようだな」

 

「でも地味に解説に"イメージした通りの料理を出せる"とか書いてますから、パンだけに限られないですよこれ」

 

「自由度については少しずつ試したほうがいいと思うんだがな。イオに使ってもらいたくてたまらなかったんだろう」

 

「じゃあ、さっそく……」

 

「ああ、使ってみてくれ。超巨大パンはやめてくれよ」

 

「わかってますって、焼きそばパン事件はもうこりごりですから」

 

 言って、わたしは右腕を掲げる。

 この世界に新作魔法が出現することを願って、わたしは新たな呪文を唱える。

 

満腹呪文(ハラヘラズ)

 

 ポンっと空中にパンが出現した。

 焼きそばパンではなく、普通のなにも入っていないパンだ。

 まるっこい形をしていて、焼きたてほかほか。

 生地はこんがりと焼きあがり、すごくおいしそう。

 

 そんなパンをプールの頭上に出現させた。

 もちろん、ノーマルなサイズだ。

 

 わたしは水中にいるので、カルキ臭い。

 ルナの目の前に出現させたのは、ルナにとってもらうためだ。

 

 だが――。

 

「うわっち!」

 

 焼きたてで出現したパンは、ルナの薄い手のひらでは到底耐えられるものではなく、哀れこの世界に初めて出現した奇跡のパンは、水中に没することにあいなったのだった。




奇跡のパンはスタッフがおいしくいただきました

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