ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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魔法カンパニー。ついでにできなかった。

「ダメに決まってるじゃない!」

 

 家に帰ってくるなり、ママンはギョロリした瞳をこちらに向けてきた。

 

 ダメというのは、ようやく成功した新魔法ハラヘラズを全世界にお披露目しようかなと思い、ママンに報告した矢先の出来事である。

 

「えっと、パンを無限に出せるんですよ? ついでに言えば石を黄金にも変えられますし。飢餓と貧困がなくなるんです。素晴らしいじゃないですか」

 

 正確に言えば、パンのほうはモシャスパンでもいいし、新作魔法でもいい。

 石から黄金はモシャスだけだな。モシャスは単体だから、こちらは難しいが……。

 例えば、でっかい岩とかを黄金に変えて、しかるべき機関によって分配してもらうのはどうだろう。なんかうまくいきそうじゃね?

 

「なくなるわけないじゃない」

 

「え、そうなんですか?」

 

 餓えてる人にパンを与え、お金に苦しんでる人にお金を与えたら、みんなハッピーで、シュガーライフじゃないの?

 

「貧困は難しいのよ。それこそノーベル賞の対象になるくらいにね」

 

「うーん。よくわかりません」

 

 物量で制圧してしまえばいいような気がするけどな。

 言ってみれば、イオちゃんがベーシックインカムになるという感じだ。

 毎日大量のパンとお金を配れば、それだけで下支えになるような気がするんだが。

 

「あんたどんだけ出す気なの」

 

「いや……うーん、自分の手が届く範囲でがんばりたいんです」

 

 いじらしく目を伏せて、上目遣いでママンを見る。

 

 聖女ムーブするわたし。

 

 でも、その実よく考えていないことはお見通しだったらしく、ほっぺたをむにぃってされてしまった。よくのびるお餅のようなほっぺたです。

 

「わたしも専門家じゃないから実際のところはわからないけれども、あなたが手ずからひとりひとりに渡していくわけではない以上、絶対に貧困はなくならないわ」

 

「搾取があるからですか?」

 

「それもあると思うけど、低所得者に対する投資は行われにくいのが原因よ」

 

「どういう意味です?」

 

「言い方が悪いけど、明日のパンにも困ってる人に対して100万ドルをポンと渡して、これで会社を興して成功してほしいと願う人はあんまりいないってことよ」

 

「でも、そういう人も明日に困らない程度のパンは与えられるんですよ?」

 

 そう、新作魔法はイメージによって料理を出すという設定になっている。

 全世界ベホマズンと同様に、みんなの目の前にポンと完全栄養食で超おいしいパンを一日三食出すことも可能だ。

 

 例えば、一回あたりMP8で設定された今回の魔法だけど、70億人×8で、560億MPしかつかわない。三食でも1500億くらいだろ。ちょっと余裕を見て100億くらいだしたとしても全然余裕だ。

 

 みんなの位置とかを完全に把握しているわけではないから、その人の目の前にっていうのは無理だけど、だったらパンを降らせればいい。

 

 パンの雨を。一日三回ほど。ファンタジックだ。おもしろそう。

 

 そんな夢想をしていると……。

 

 ママンの美麗な顔に青筋が浮かぶ。

 

「いや、だからそれもそれで問題があると思うのよ。大量に廃棄されるパンが出てくると思うし、腐ったら衛生的にどうするのとかあるわけ。みんながみんな餓えてるわけじゃないし、魔法パンなんて不気味で怖いって思う人もいるかもしれないじゃない」

 

「ああ……、意思確認ができないってことですね」

 

 同意がなければ魔法は使っちゃダメと言われているが、全世界を対象にするとやはりそこらへんが曖昧になってくる。

 

「じゃあ、世界がハラヘラズを求めたのはなんでなんです?」

 

 ルナはとりあえず魔法を譲渡する魔法とハラヘラズを開発しようって言ってたしな。

 

「比較的差しさわりがないからに決まってるじゃない。飢餓人口はいま世界に8億人くらいと言われているけど、べつにその人たちに分け与える食料がないわけではないのよ。さっきも言ったとおり、貧困層に投資をしたくないというベクトルが構造的な偏差を産んでるの」

 

 つまり、わたしがいくらパンを出したところで飢餓はなくならないし、いやなくなるかもしれないけど、それに倍するご迷惑を産むかもしれないってことで……。

 

「世界もわたしの扱いを決めかねているってことですか」

 

「そうよ」

 

 腕を組みながら、ママンはため息をつく。

 

 ガーン。

 

 悲報、イオちゃん世界から厄介者扱いされている。

 

「なにいまさらショックを受けているのよ」

 

「いや、ナチュラルに魔法でみんな幸せになれればいいなぁって思ってまして」

 

 そんなことを言ったら、

 

「やっぱり家庭教師をつけるべきかしら」

 

 ボソっと呟かれた不穏な言葉。

 

「ひえ。お母さま、お許しください。勉強がんばりますから」

 

 ママン、特大のため息をつく。

 

「あなたの処遇についてだけど、寺田さんをもう一度マネージャーにつけようと思っているわ」

 

「え、寺田さんをですか」

 

 それはうれしい。

 五歳のときから、二人三脚で子役やらいろんなお世話になってきた人だ。

 安心感がすごい。

 でも――。

 

「わたし子役の仕事休んでいますし、いまはユアについているのでは?」

 

「あなたの魔法に対する考えというか社会全般に関する考えをマネジメントする人が必要なの。これは大江首相も、国のお偉いさん方もそう思っていらっしゃるわ。いくら日米共同とはいえ、ルナ・スカーレット・エーテルマイアは外国人であり……それになにより()()()よ」

 

「天才ですけど」

 

 ていうか、子どもなのは当然だ。八歳児なのだし。

 

「いちおう、ルナも大人の指示で動いているのだろうけれど……、例えばさっきのパンの一件も、魔法を譲渡する新作魔法のほうが本命なのよ。新作魔法ができたからってホイホイ試すなって言い含めるべき場面でしょう。なのに浮かれていたかなんなのかわからないけど、あなたにはそこのところが伝わっていない」

 

「わたしのかしこさ不足ですみません……」

 

「これはルナのコミュニケーション能力の低さでもあるわ。そして私たち大人の能力不足でもあるのよ。正直、自分がふがいない」

 

 ふーむ。

 そういわれてもよくわかんないんだよな。

 

 ルナとは、なんとなく通じ合うところがあって、それは()()()()()()という認識だ。

 

 魔法が怖いとか、魔法は封印すべきとか、魔法は要らないとか、そういう考えをする大人たちの気持ちがよくわからない。

 

 たぶん、主義というか思想の違いなんじゃないか?

 

 寺田さんはどうなんだろうな。

 他の大人とは違って、わたしに対してはすごく優しい感じだけど。

 魔法については無理してるのかな。

 

 ママンはひとしきり自省が終わったらしく、再びわたしの方を見た。

 

「ユアについてはわたしが監督するわ」

 

 わが愛すべき妹は、ママンが手ずから育てるのか。

 羨ましいけど……、元に戻っただけとも言えるな。

 

「お母さまは、わたしを見てくださらないのですか?」

 

「そんなわけないじゃない。あなたは私の娘なのだから、私が見るのは当然よ」

 

 じんわり。

 

 胸にしみこむような言葉だ。

 

「おかあさまぁ!」

 

 ママンの胸にダイブする。

 

「あなたって案外甘えん坊よね」

 

「お母さまに甘えたい年頃なのです」

 

「私は厳しく育てる主義よ」

 

「それはほどほどにしていただけると助かります」

 

「いちおう、今後の方針を教えておくわ」

 

 ママンは優しげに言った。

 わたしはママンを見上げる。

 そして、ファンタジックで現実的な言葉を告げられるのだった。

 

「魔法カンパニーをつくります」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 イオはわかっていなかったが、これは母マリアにとって苦肉の策でもあった。

 

 個人事業主が、事業の規模が大きくなるにつれて法人を創るというのは、至極当然の流れだ。

 イオの魔法は世界に対しての影響が強く、本格的に行使しはじめたら様々な混乱が予想される。

 

 したがって、必要なのは枷だ。

 

 会社は組織で動くものである。イオが適当でちゃらんぽらんにやってしまえと思っても、多人数が管理工程をする以上、ある程度の判断過程が必要になる。

 

 逆に言えば、イオの行為がなんらかの"ご迷惑"をかけたとしても、それは法人としての行為の結果であって、個人の責任は減殺される。

 

 しかし、これはイオが自由に魔法を使いたいという願いと相反するものであり、まだ子どもであるイオに社会的責任を付与するものである。いや、人である以上たとえ子どもであってもまったくの無責任というわけにはいかないのはマリアとしてもわかっている。

 

 わかっているが――、子どもの幸福を願うのが母親である。

 

 だから、苦肉の策であった。

 

「でも、わたしはルナちゃんのプロジェクトに所属していることになっているのでは?」

 

 確かにイオの言うことも正しい。

 

 ルナはアメリカ大統領の肝入りでねじこまれたわけであるが、日本側も無抵抗というわけではなく、妥協的産物として日米共同のプロジェクトということになった。

 

 魔法の生産物や利益についてはプロジェクトにいったん所属し、それから日米で分配される。

 

 イオがその根幹を担っているのは間違いない。

 

「あなたはプロジェクトに所属していないのよ」

 

 そして明かされる衝撃の事実。

 

「ええ!? わたしってプロジェクトのコアなのに?」

 

「あなたは、魔法を好き勝手に撃ってるだけの現象……みたいなものよ」

 

「人格すら認められていなかった!」

 

「契約書にサインとかしていないでしょ」

 

「そういわれればそうですね」

 

「私が同意していないからよ」

 

「お母さまが?」

 

「あなたがまだ未成年者だから、あなたの自由をできるだけ確保したかったの」

 

「お母さま……」

 

 じんわりと涙ぐむイオ。

 

「でも自由すぎるのも危険なのよね。世界が放っておかない。ルナ・スカーレットに任せておくのも危なっかしい。だから、魔法カンパニーに所属しなさい。会社があなたを守るわ」

 

「わたし社長になるんですか?」

 

 社長という響きだけで、ニヤァと笑うイオである。

 いちおう、美少女顔なのが逆に憎たらしい。

 

「違うわよ。社長は私。あなたは社員。寺田さんもね。あとは名ばかりで幾人かの偉い人も呼んでるわ。ルナ・スカーレットもね」

 

「それって、いままでとどう違うんでしょうか」

 

「日米共同プロジェクトと言いながらも、ほとんどはルナ・スカーレットとその背後にいる人間たちが主体だったわけでしょう。これからは魔法カンパニーからあなたが派遣されて、プロジェクトに参加するの」

 

「派遣社員ですか?」

 

「正社員よ」

 

「わたし、子どもなんですけど社員になって大丈夫なんでしょうか?」

 

「そんなことは些事よ」

 

「法律って結構大事だと思うんですけど」

 

 法律を吹っ飛ばし、倫理を鼻で笑うようなことをしておきながら、ほとんどその認識がないイオである。頭の中にスライムが詰まっているに違いない。

 

「法律なんかどうとでもなるわ。ともかく、あなたは裸身から会社という防具を身にまとったということになるの。少し動きづらいかもしれないけれど……そちらのほうがいいはずよ」

 

 未成年という立場で、すべてが許されるほどこの世界は単純ではない。

 それよりは会社という法人にくるまれていたほうが、まだマシではないかというのが、考えの根幹にある。つまり、母の愛である。

 

「わたしって人畜無害な女の子なんですけどね」

 

 母のこころ子知らず。

 それでも、マリアがなんとなく暖かいのは理解しているのか、本能的にべたべたくっついている。マリアも子煩悩なところがあるのか別に拒否したりはしない。

 

「で、社長――。最初はどうすればいいんですか?」

 

「いつものように呼びなさい。最初は私もルナ・スカーレットと同じように考えているわ」

 

「つまり?」

 

「魔法力を譲渡する魔法を開発することよ」

 

「まあでも、それも時間の問題でしょう。漫画を描いたらOKだったんですから、公式から承認があるか、あるいは周知度によって新作魔法が使えるようになるってことでしょう」

 

「そんな簡単な話だったらいいわね」

 

「違うんでしょうか」

 

 違ったのである。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 漫画の第二回は、満を持して最大MPを上昇させる魔法『マホアゲル』を出したのだが、なぜか使えなかった。あきらかに作者はイオに使われるのを企図していたのだが、図式的にはハラヘラズと異なるところはない。

 

 放課後、イオは魔法クラブに寄った。

 

 焼きそばパン事件でぶっ壊れてしまったプレハブ小屋だが、今度は建築時間ゼロのコンテナをそのままお部屋として使っている。窓とかもきちんとついている結構しっかりした建築物だ。

 

 あれからイオは寺田と話し合ったりマリアと話し合ったりしたが、基本的な行動パターンは変わるところはない。あまり複雑なことは覚えられないと判断したマリアが、いつもと同じように過ごしていいと言ったからだ。

 

 魔法クラブにはいつものメンバーが集まっていた。

 

 ちなみに、ここに寺田はいない。

 たまにルーラではなく寺田の車で通うようにはなったが、さすがに部外者は学園内に入ってこれない。

 

「最大MPの上昇できませんでしたね」

 

 イオは魔法で創り出したアメ玉を手でいじりつつ残念そうに言った。

 ルナもしかめっつらをしている。

 

「残念だ」

 

「どうして使えなかったのかな?」

 

 と、理呼子が聞いた。

 

「いろんな理由が考えられるな。無茶が過ぎた魔法設定は排除される。そもそも神がイオ以外の人間が魔法を使うのを許していない。実は新作魔法が使えたのは漫画が原因ではなく、なんらかの外因があってたまたま魔法を使えるようになった」

 

「うーん。それじゃしぼりきれないね」

 

「そうだな。圧倒的に試行回数が足りん」とルナは言う。

 

「あ、でも聞いたよ。魔法カンパニーIOって会社ができたんだよね」

 

 みのりが飴玉をほおばりながら言った。

 魔法カンパニーIOは形式上は民営の株式会社である。匿名掲示板ではIなのか小文字のlなのか判別がつきにくく、一部の人からはLOじゃねーかなどと言われている。特に意味はない。

 

 その内実は国からガッチガチの支援を受けていることは想像に難くなく、魔法という生産物の利益が計り知れないことから、いま最も期待されている会社である。

 

「そうなんですよ。みのりさん。わたし顧問になっちゃいました!」

 

 イオが立ち上がって、わざわざ名刺を見せた。

 

 顧問――、それはなにをしているかは誰にもわからず、下手すると社内ニートなことも多々あるが、それなりに偉い感じを演出できる、いい具合な地位である。

 

 イオは魔法がなければせいぜいがコモンなので、お似合いの職務(クラス)といえた。

 

「すごいね。イオちゃん」

 

「それほどでもぉ……へっへっへ」

 

「社長からのミッションは二つだ」とルナ。

 

「え、お母さまからのミッションですか」

 

「うむ。魔法をイオ以外が使えるようになるためには試行回数が必要だ。だから――つまり、大量のドラクエを量産する必要がある」

 

 ドラクエにまつわる創作物を大量に生産し、その試行回数でもって魔法力0/0の壁を突破する。これが会社としての共通認識となっていた。

 

「ドラクエという創作物が……」

 

「もともと商売だからな。そのあたりは名前を呼んではいけない例の会社でも経験しただろう」

 

「まあそうですけどね」

 

 割り切ることができないイオである。

 

「もちろん、対価なしというわけにもいけないし、社長は国から援助をもらいまくるのもよくないと考えているようだぞ。イオに対していらぬ影響がでないようにするためだろうな。金を稼ぐ必要がある」

 

「えっと、いま流行りのクラウドファンディングとかどうでしょうか」

 

「あまりお勧めできないな。クラウドファンディングは基本的に投資を多人数に求めるものだが、対価としてなんらかの配当が期待されている」

 

 つまり、対価を期待してのものだ。

 

「じゃあ、魔法パンを売りさばくとか? 金塊でもいいですけど」

 

「イオちゃん。経済を破壊したいの?」と理呼子がニコニコしながらつっこみを入れる。

 

 案外、誰よりもストッパーになっているのが理呼子である。

 

「魔法の売却も悪くはないが、理呼子が言うように金塊はやめとくべきだな」とルナ。

 

「うーん、ではどうすれば……」

 

「実をいうと、もう答えは決まってるんだ」

 

「え?」

 

「社内で話し合いがもたれている。結論は出ている」

 

「えっと、わたし全然聞いていないんですけど」

 

「顧問だからな」

 

「ああ、なるほど……顧問だからかー」

 

 あっさり納得してしまうイオ。

 なぜか、理呼子によしよしされてしまう。

 

「じゃなくて、なぜ結論がでているのに、ここで話し合ったんでしょうか?」

 

「うん。イオがどんなことを考えるかを知りたかった。結局、最後に魔法を使うか使わないかはイオ次第だからな。イオがどう考えるかも重要なんだぞ」

 

「そうですね」

 

「で、どうだ。結論はでそうか?」

 

「うーん……その前にミッションの二つ目はなんなんですか?」

 

「ああ、それはセルフブランディングだな。イオが世間的に良い子だと認識されるようにするということだ」

 

「イオちゃんは良い子だよ」とみのり。

 

 自分を癒してくれた存在を悪く言うことはできない。

 理呼子も頷く。

 

「みんながみんなそう思うわけではないからな。それに信仰心が天元突破するのもまずい。いい塩梅に良い子だという認識をもってもらい、世間の不安を解消する必要がある。単にお金を稼ぐだけでなく見栄えが大事だ」

 

 お金を稼ぎ、セルフブランディングする。

 この二つのミッションが課せられたのである。

 

 イオは悩む。悩み……果てに、ついにギブアップした。

 

「わたしは何をすればいいんですか?」

 

 ルナはニヤリと笑って一言。

 

「まわせ!」

 

 意味が分からない。




えちえちな意味はありません。

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