ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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初夏。ついでにサ〇ケ。

 夏が近づいている。

 

 季節は移り変わり、いまは初夏。

 制服も夏服になってみんな半そででかわいい。

 

 理呼子ちゃんやルナ、みのりさんも惜しげもなく二の腕とか太ももとか出していて、大変けしからん。もっとやってほしい。いや、これ以上短くはできないか。

 

 冬服は全体的に灰色のカラーがコンセプトになっていたけれど、夏服は対極的に白だ。とはいえ、特徴的なサスペンダーでつりあげている構造は変わらない。

 

「だいぶん暑くなってきたね」

 

 理呼子ちゃんが魔法で創り出したかき氷を食べている。

 氷結魔法(ヒャド)を削って創り出したもので、トッピングしているのはそこらで買ったもの。もちろん、新作魔法で作ればもっといろいろ作れるんだろうが、いまの季節だとヒャドで創ったもののほうが好きらしい。なんとなくだが新作魔法で創り出したものよりも、ヒャドで作ったかき氷のほうがおいしいとか。味の違いとかあるのかなぁ。

 

「エアコンの調節が難しいみたい。男子ってなんであんなに寒くするんだろ」

 

 みのりさんが理解できないといった感じでぼやきながら、これまたかき氷を食べている。

 

 コンテナハウスの中は意外にも快適だ。

 

 普通に家とかでも使われるらしいから、水道ガス電気も完備している。当然、エアコンも常時つけていている。暑さのあまりスカートをパタパタしてしまうようなはしたない行為は、ここの子女たちはしないのである。ちょっとだけ残念に思ってしまうのは、わずかに残された男ごころのゆえだろうか。

 

 それで、みのりさんの言葉は、当を得ているように思った。

 この学園は私学だからエアコンのコントロールパネルが各教室についているのである。

 つまり、学生側でエアコンの温度を調節できる。

 

 大本の制御盤がどこかにあるらしいから、そこを断たれるとそもそもエアコンがつかないが、生徒の健やかな勉学環境のためには金に糸目をつけないというのが、この学園の方針だ。

 

 エアコンは時期にかかわらずわりといつでもつけていいことになっている。

 

 ところが、だ。

 

 エアコンの温度については、ひと悶着あるのが毎年の恒例らしい。

 

 小学生とかのころはそうでもないが、第二次性徴の始まる中学生の頃になると、男子は基本的に暑がりで、女子は寒がりになる。冷え性ってやつかもな。

 

 だから、エアコンの温度戦争が起こるわけだ。

 

「前なんか16度に設定されてたんだよ。教室の中が氷みたいだった」

 

「それはさすがに先生が温度を変えるのでは?」

 

「うーん。普通はそうなんだけど、たまたまおじいちゃん先生だったりすると最悪ね」

 

「え、どうしてです」

 

「温度の感覚が鈍いのか。普段からメチャメチャ着こんでてエアコンの寒さもなんのそのって感じ。そのまま、授業に入っちゃうの」

 

「えー、抗議しないんですか」

 

「それこそ戦争だよ。男子は変えなくていいって言うし」

 

「そうなんですね」

 

 人は争いをやめられないのかもしれない。

 

「わたしのコレも冷たくなっちゃうんだよね」

 

 コレ――おっぱいにわたしは釘付けになる。

 そうだ。お胸様は脂肪のかたまりだ。脂肪だけではなく夢や希望も詰まっているとは思うが、現実的かつ物質的には、脂肪のかたまりなのは違いない。

 

 そして、脂肪は冷えるのである。そもそも女性の方が冷えやすいのは皮下脂肪が多いからだ。外気温が低いと脂肪は冷湿布と同じ効果を発揮する。したがって、身体全体が冷えてしまうのだ。

 

 つまり、おっぱいはひゃっこいのか……。

 た、試してみたい。

 

「あ、イオちゃんがえっちな目で見てる」

 

「違うのです。違うのです。決してえっちな目的なのではなく、知的好奇心の発露なのです」

 

「じゃあ、触らなくていいの?」

 

「ちょっと暑いので、ほてりを冷ましていただけると助かります」

 

 あっさり陥落するわたし。

 だって、存在感がすごいんだもん。

 ルナも理呼子ちゃんもついでにわたしも、『無い』のだった。

 だから『在りて在るもの』に惹かれるのは当然の摂理だろう。

 持たざる者は持てるものにひれ伏すほかないのだ。

 

「しかたないなぁ。ハイどうぞ」

 

 アっ……アっ……。

 JCが胸を張って、どうぞしてくれるシーンとか。

 全世界でわたし勝ち組だわ。むしろ全力で優勝してる。

 

 誘蛾灯にさそわれるみたいに、ふらふらと近づいていくわたし。

 そしてダイブ。

 

「あ……」

 

 ひゃっこい。語彙が消滅する。

 エアコンで冷やされたお胸様がこんなにも心地よいとは。

 脂肪は熱伝導しやすいということは、冬は暖房で暖かくなるってことなんじゃないか。

 つまり、おっぱいがあれば人類は冷もとれ暖もとれる。

 なんて万能なんだ。

 

「イオちゃん。私も少しずつ大きくなってるからね」

 

 理呼子ちゃんが悔しそうに呟いている。

 がんばってください。期待しております。

 ただ、いまはみのりさんの圧倒的勝利。

 安心感が違う。

 

「イオちゃんの子ども体温でじんわり暖かくなってきたよ」

 

 子ども体温という言い方になんか犯罪めいた響きを感じる。

 でも、他意はないんだろうな。

 実際、子どものほうが体温は高めだ。

 猫とかも触るとあったかく感じるけど、小さいものはそれだけ血を巡らせないといけないから、高温になる傾向にある。

 

「ここの温度もあげたほうがいいんですか?」と、わたしは聞いた。

 

「うーん。ここはそんなに無茶な設定していないでしょ」

 

 まあ確かに。

 ここにいるのは気ごころの知れた女の子の友達どうし。

 エアコンが寒かったら、普通に言うだろう。

 

「そんなに寒いなら、耐性呪文(フバーハ)でもかけてもらったらどうだ?」

 

 モグモグとハムスターのようにかき氷を食べていたルナが、ようやく食べ終わったのか口を開いた。口の端っこにいちごのシロップがついている。かわいい。

 

 ティッシュでぬぐってあげる。

 

「むぅん……」

 

 それにしても、耐性呪文(フバーハ)か。

 本来であれば、すべてを凍らせるような猛吹雪や、灼熱の炎を和らげる呪文だ。

 エアコンの寒さや初夏の太陽の暑さなんて、楽勝で防げると思う。

 トラマナとの境がよくわからないけど、どっちも重ね掛けしとけば、また全環境対応型究極絶対生物に近づいていくな。

 

 いや――、あまり要らないか?

 

 魔法をいろいろと重ねまくってるから、わたし自身はわけがわからない状態になりつつある。

 いつ命を狙われてもおかしくないって言われているから、念のためにね。

 百年単位くらいで、いろいろな補助呪文を積んでいるんだ。

 

 環境適応呪文(トラマナ)硬殻呪文(スカラ)物理反射呪文(アタカンタ)。基本防御系だな。その他にももろもろあるが。

 

 筋力増強呪文(バイキルト)加速呪文(ピオラ)は、いろんなものを破壊しまくってしまう可能性があるので、短時間での使用にとどめている。

 

 しかし、みんなには補助魔法を積んでいない。

 

 魔法は人に向けるものではないってさんざん教えられてきたし、イオちゃんだって少しは学ぶのだ。相手の同意なく安易に魔法を使ったりしない(キリっ)。

 

「フバーハですが、かけときましょうか」

 

 さりげなく相手の同意を確認する、かしこいイオちゃんである。

 もはや、かしこさ20くらいはあるんじゃないか。

 ステータス確認はしないけどな!

 

「イオちゃんおねがーい。お姉さん寒いの」

 

「わたしもいちおう念のため欲しいかな。ここに来るまでのお外が暑いし」

 

 ルナは聞くまでもない。

 先ほどの提案者だからな。

 

「よしじゃあ、耐性呪文(フバーハ)

 

 光のころもがみんなを包みこむ。

 

 わたしも包まれたが、特に何も感じないな。

 トラマナで弾かれているのか、それとも違う何かのせいなのかはわからないけど。

 

 でも、みんなの様子は違った。

 

「なんか空気が軽くなった感じ」

 

 みのりさんがその場で弾む。いっしょになってお胸様も弾む。

 すばらしい効果だ。

 

「ちょうどいいって感じになったかも」

 

 理呼子ちゃんは変わらぬ笑顔。

 

「ふむ。ちょうどいいというのを主観的に調節しているのか客観的に調節しているのかは気にかかるところだが、おおむね良好なようだ。これはエアコン要らずだな」

 

「学園内のみんなにフバーハを広げたりなんかは」

 

「しないほうがいいだろうな」「しないほうがいいかも」「しないほうがいいよ」

 

 みんなして一斉に同じようなセリフが重なったりしたけれど。

 さすがにこのパターンは覚えてきた。

 

――なんとなく話が見えてきましたよ。

 

 魔法の範囲は安易に広げちゃいけない(戒め)。

 

 エアコン業者が困るし、電気会社も困る。ついでに言えば、フバーハをかけてもらっていないスポーツ選手とかけてもらってる選手で、環境の差異が生じたりして、それもまた迷惑になったりするってことだ。

 

 そう、わたしは悟ったのである。

 

「わたしも少しはわかってきました」

 

「本当か……?」

 

 ルナがいぶかしげに見ているけど、本当ったら本当だ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ところで――。

 ここのところ、わたしは配信活動にいそしんでいる。

 

 世界で唯一真実の魔法使いであるイオちゃんの人気はすさまじく、登録者数は一か月ちょいで4000万人を突破してしまった。

 同時接続数は、回線の都合上、300万人かそこらが限界みたいで、少ないコメント枠を巡って、世界が相争っているとかなんとか。まあこのあたりはインフラ整備の問題だからそのうちなんとかなるだろう。

 

 アーカイブで配信動画は後追いできるようになっているし、べつに魔法がなきゃ死ぬっていうような状況でもないんだ。どうせ関係ねえと思っている国は、それほどリアルタイムにこだわっていない。

 

 また、わたしの配信では『日本語の使用』が絶対条件になっている。言語的には英語や中国語を使う人が多いんだろうが、わたしがわからないからそうしてもらってる。

 

 外国語を使用しているコメントがあったら、警告ののち、継続していると追い出されることになる。ときどきДとかАとかを使われた言語を見かけたけど、正直なところ顔文字くらいでしか使ったことない。すまねえ、ロシア語はさっぱりなんだ。

 

 それで、つい先日ようやく許可が下りたのだ。

 

 なにをだって? ふふ……顔がにやけるのを止められん。

 

――スパチャの解禁である。

 

 スパチャとは、スーパーチャットの略で、要するに配信において投げ銭をできる機能のことだ。

 しかも、お金をたくさん投げると、色が赤くなっていき目立つ。ウェブ上でできるおひねりみたいなものだな。配信者側は高額スパチャにお礼を言ったりする場合もあるから、そういった反応が好きで、お金を投げ入れるということもあるみたい。

 

 あるいは――、この娘はワシが育てたって言いたい心理とかもあるのかもな。

 

 わたしの場合、魔法錬金したり無限発電したりすれば、べつにお金なんてどうとでもなるんだろうけれども、スパチャは別腹だ。

 

 なんせ、そこにはお金だけでなく――『お褒めの言葉』も載せられているのだ。

 お金をだしてもいいというぐらい認められているってことで、そこがモノの売買とは異なる。

 

「スパチャで稼ぐのはいいんですよね?」

 

「もちろんだ」

 

 ルナは腕を組みながら言った。

 

「でも、クラウドファンディングはダメだったんですよね」

 

「あれは対価性の問題だ。魔法を代わりに差し出せと言われても困るだろ」

 

「まあ確かに」

 

「スパチャは単純に肯定でしかないからな。イオの場合、お金でほっぺたを叩かれても、自分で黄金を作り出せるのだから、あまり意味がない。それに、スパチャは一回の配信でひとりあたり5万円までと決められている」

 

「なるほど、大口の寄付みたいなことができないと」

 

「そういうことだ。ひとりあたりの影響は薄い。それでいて額は相当なものになるだろう。調整がいらない正規なお金というのがありがたいんだ」

 

 なるほどな。

 つまり――、気にせず思いっきりスパチャされてもいいってことだ。

 みんなにたくさん褒めてもらうんだ。

 

「ようし、がんばるゾイ」

 

 わたしはゾイのかまえになる。

 

「イオちゃんが単純かわいい」と理呼子ちゃん。

 

「イオちゃんはえっちなことしてるほうが平和だよ」とみのりさん。

 

「イオはがんばりすぎないほうがいい結果を生む」とルナ。

 

 なんかメチャクチャ言われている気もするけど、わたしは元気です。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「イオです。今日はみなさんにわたしのスペックをお伝えしたいと思います」

 

 イオはアスレチックな場所に来ていた。

 見る人が見れば、ああこれはアレだなとわかる場所。

 筋肉がうなりをあげ、筋肉のみが正しい、筋肉の聖地。

 つまるところ、サ〇ケである。サイゲではない。

 サス〇である。火曜サスペンス劇場ではない。

 老舗の人気番組であり、ゴールデンなタイムに放映される。テレビの影響力はだいぶん薄くなってきたとはいえ、まだまだその影響力は健在である。

 

――いちおう理由があった。

 

 イオのセルフブランディングは、イオのイメージ向上作戦でもあるが、立派な自衛行為でもあり仮想敵に対する優しさでもあるのだ。小説ドラゴンクエストⅣでライアンの行った行為を思い出してほしい。

 

 魔物ですら殺したくない彼は()()()()()()()()()()()笑った。

 

 実力の誇示は、示威にいたらない範囲では相手を守る行為にもつながる。手を出すのが怖いと思わせられれば衝突を避けることができるからだ。

 

 イオが誰にも勝てないほどの超スペックを示せば襲われる可能性もなくなるのではと考えた、母マリアの慈愛の精神でもあった。もはやマリアの精神は聖女の域に達しようとしている。

 

 ちなみにイオ自身は、超すごいスペックを見せて、みんなに褒めてもらおう程度しか考えていない。ついでに、スパチャで焼き肉食べ放題だ程度の考えである。神の視点で見れば、甚だ心もとないが、もういっそ判断は外部委託されているので、そこまでひどいことにはならないだろう。

 

 呂布がつっこんでいっても、孔明が戦略を考えるなら大丈夫みたいな感じだ。

 

 ともあれ――、

 

『イオちゃんのスペック。身長体重BWH誕生日、好きな物嫌いな物全部載ってるんだが』『おっぱいのサイズはAA』『センシティブ発言』『かしこさ3』『MP72兆』『かわいい』『小学生』『ていうか魔法で底上げはいいんか?』

 

「魔法もわたしです。だから、ここでは自重しませんよ」

 

 イオの出演は、お上のバックアップもありねじこまれた感じだ。

 例年にないレベルの高い難易度になったコース。

 次々に敗退していく挑戦者たちをしり目に、イオは後方で大物面をしている。

 

『イオちゃんの優勝はきまったも同然だが』『普通に考えて、トベルーラでコース無視とかが一番楽そうかな』『そもそもオレらだってそれなりにドラクエの魔法を知っているわけだからいまさらな感じするけどな』『そんなことよりベホマで刈り取った稲はやそうぜ』『オレの毛根が生えなかったのに稲が生えるわけねーだろ』『でも欠損は治るんだよな』

 

 もはやぐちゃぐちゃなコメント欄である。

 

「みなさんに言っておくことがありますが、豚さんを×(ピー)して、そのあとベホマで回復させて()()()()()()というのは無しですからね」

 

『ひえっ』『ころして……ころして……』『イオちゃん無惨』『ワカリマシタ(脳死)』『ベホマの効力から言えばそういうのも可能だよな。こえーけどw』『殺すよりはマシなんじゃないかな。どっちがいいとは言えないけどさ』『やめたげてよぉ』『殺すのも優しさだろ。いい加減にしてあげて』『これは掲示板での話し合いが捗るわ』

 

 イオのなにげない一言が議論を生んだりすることもあったりする。

 

 ただ――いずれにしろ、会社として是とされなければ、一匹の豚を犠牲にして、無限に食したりすることはないと言い切っていい。イオという個人の行動ではなく、魔法カンパニーとしての行動はとりあえずのところ社会的信頼がおけるものだったので、そこのところの不安はだいぶん除去されていた。

 

「ところで、みなさん。なにか気づいたことはございませんか?」

 

 イオはドヤ顔で問いかける。

 無言のアピールが一番うざいときもある。

 

『え?』『なに?』『イオちゃんがかわいいってこと?』『あ……スパチャできるやんけ』『イオちゃんにスパチャ解禁お祝い50,000円』『わが国からも心ばかりのお祝いです。50,000円』『ち、出遅れた。我が国も我が国も50,000円。どうぞ我が国へご訪問を!』『イオちゃんすこ500円』『世界に愛を我々にベホマズンを1,500円』『あの……このチャット変ですよ。50,000円しかスパチャできない不具合があるんですが』

 

「ふふふ……、みなさんありがとうございます。無理のない程度にわたしを応援してください』

 

『イオちゃんを応援する50,000円』『イオちゃん小悪魔要素もあるな』『この子、自分がかわいいこと知ってるわ』『わずか一か月で世界一有名な配信者だからな』『ちっちゃな魔王様にこの世界は支配されている』

 

「魔王ではないです。わたしはせいぜい魔法使いですよ」

 

『72兆のムチプリでなにか言ってる』『魔法使い? オレもそうなの』『オレくんの意味は違うと思うな』『まあ、会社で囲うってのは妙手だったわ。ママン最強だな』『イオちゃんのことがかわいくてたまらないんだろうな』『かしこさ3という白痴結界が絶妙に機能してる気も』

 

 いよいよイオの順番まで来た。

 第一コースは障害物を避けて時間内にゴールする。

 100人近くいた挑戦者が10人くらいまで減っている。

 

 それもそのはず。このコースは筋骨隆々の屈強な人間でも油断すればすぐに落水してしまうほどの難易度だ。ただ力があればいいだけでなく、平衡感覚や身体の柔らかさなども求められている。

 

 45度程度の壁を何度も飛び移らなければならない『クワッドステップス』

 足場が回転し、バランスを崩すと即死の『ローリングヒル』

 布製のロープからロープへ飛び移る『シルクスライダー』

 魚の骨のような回転するバーを潜り抜けていく『フィッシュボーン』

 バーにつかまりドラゴンのようにうねるコースを降りる『ドラゴングライダー』

 助走をつけて天高くかけあがり胸筋と上腕二頭筋で壁を登る『そりたつ壁』

 240キロ、300キロ、320キロのブロックを押しつぶしていく『タックル』

 

 すべてが超難易度である。

 普通の小学生ではファーストステージのクリアすらままならない。

 

 だが、それも魔法の力がなければの話だ。

 

「さて……始めますか。加速(ピオラ)加速(ピオラ)加速(ピオラ)加速(ピオラ)加速(ピオラ)加速(ピオラ)加速(ピオラ)

 

 加速呪文で加速され、さらに詠唱すらも加速する。

 それによって、やまびこのようにピオラの声が反響した。

 

 いま、イオは超加速された世界にいる。

 体内の原子の反応速度自体が加速され、肉体的運動や思考能力すらも加速する超技術(スーパーアーツ)。ただし、この力も無限にスピードを出せるというわけではなく、周囲の物質の変化の起こりにくさ――慣性の法則によって制限を受ける。

 

 周囲の人間たちは時間が止まったかのように動かないが、同時に空気はドロドロのスライム風呂のように粘性を持ち、月を闊歩するよりも難しい。

 

 もしも、イオがトラマナを唱えておらず環境適応していなければ、呼吸することもままならず、身体のまわりに大量の熱が滞留し熱気で死んでいただろう。

 

 それらの条件もクリアされて残ったのは――。

 吹き飛ばされたかのような"結果"だけだ。

 

 つまり、周囲の観客の視点からすれば、イオは気づいたらゴールに立っていた。

 

 もちろん、後に残すは、さんさんたる有様である。

 

 イオが蹴りだした最初の一歩目はえぐれちぎれて、恐竜に引き裂かれたような跡を残していたし、クワッドステップも同様に穴が開いていた。

 

 タックルで押されたブロックは、勢いあまって二つほどはバキバキに壊されていたし、最後のひとつにいたってはふっとばされてコースアウトしていた。

 

 ゴールボタンだけは、魔法を解除して普通に押したのでなんとか無事というありさまだ。

 

 

『なんだこれ……?』『ルーラで瞬間移動したんじゃね?』『短距離転移か』『いやでもピオラを唱えていたし、超スピードなんじゃね?』『ところどころに穴が開いてるから、たぶんちゃんと移動した模様』『見栄えがしねえ……!』『イオちゃん。さすがに速すぎるよ。プロレスだってもう少し引き伸ばすよ』

 

「すみません速すぎました。もっとかわいく攻略すべきでした」

 

『イオちゃんには脳筋攻略のほうが似合ってるよ』『まあ順当』『かわいく攻略ってなんだよ。かわいいけどさ』『魔法少女のひらひらした服だと、かがんだときに見えそうなんだよな』『おじさんそれが心配』『スローモーションでも見えないってなんなん?』

 

「ええと……えふいこーるえむえーって知っていますか?」

 

『イオちゃんこそ知ってるの?』『力=質量×加速度ってことだよな』『プロンプターをガン見してるのわかってるんだからね』『イオちゃんも台本読み読み大変だな』

 

「つまりは速さとはパワー!」

 

 イオはそこらに落ちてあった木の枝を拾う。

 それを超加速して押し出した。

 

 ドンっ――という衝撃破が周りに伝わり、コース外にあった()()()()()()()()()()()()()()()()()。比較的柔らかな地面だったせいか爆破されたかのように土が吹っ飛び、パラパラと雨のように降った。

 

「つ、つまり、そういうことです」

 

『ちょっとやりすぎたかなぁって不安顔そそる』『んまぁ……理論的にはわかる』『ピオラの重ね掛けもやべえな。亜光速くらいには達するのか?』『慣性の法則で空気の抵抗が激しいはず。宇宙区間だと抵抗がないからもしかすると、すげー速度でるかもな』『戦闘機に勝てるんじゃない?』

 

 第二、第三ステージは反省したのか、ピオラは少し抑え、バイキルトの筋肉パワーでだいたいは解決した。筋肉を増強しても、速さは得られるし、俊敏さも身につくので問題はない。

 

 これには観客も湧いた。

 褒めてもらえて、イオも大満足である。

 

 それで夜。

 

 いろいろな準備のほうが時間がかかり、最終ステージになると夜になるというのが番組のお決まりである。

 

「さぁやってまいりました。筋肉の宴。最終ステージ。残ったのは希代の魔術師か筋肉の魔法少女か。星宮イオ選手の入場です!」

 

 アナウンサーがヒートアップした口調で告げる。

 

 イオのほうはひらひらと手を振って余裕の表情だ。

 

 なにしろ、ファイナルステージ。ぶっちゃけ地味である。

 その内容は、単純に綱登り。天から垂らされた蜘蛛の糸のようなロープ、長さ50メートルを一分で駆け上るというものだ。だが、普通にやるとその難易度は鬼畜の一言に尽きる。

 

 50メートルを垂直で登り切るのは尋常ではない体力が必要になるからだ。

 しかも、一分という制限時間は、ほとんど人間の限界に挑戦しているといってもよかった。

 近年はクリア者が現れず、若干冷め気味になっていたのも事実だ。

 

「さぁ……いよいよ。最終ステージの始まりです!」

 

 アナウンサーが絶叫し、開始の音が鳴らされる。

 イオはしばらく頭上を見上げた。

 

 はっきり言って、バイキルトにより増強された筋肉なら余裕である。

 だが――。だが、スタートしない!

 

 ざわつき始める観客たち。

 

『え、どうしたん?』『余裕だからギリギリクリア狙ってるんか?』『あれ、イオちゃん困り顔してるんだけど』『あ……』『どうした雷電』『もしかしてだけどスカートの中身見えちゃうんじゃ』『あ』『あ』『ああ……』『察し』

 

 そう――、50メートルの綱をのぼっていく。

 それは魔法少女姿のイオにとっては、パンツ丸出しをお披露目することに他ならない。

 

 ほぼ横から撮影されるセカンドステージやサードステージとはまったく実情が異なるのである。

 

『いけえ。イオちゃんいけー』『さぁて今日は何色かな』『白に決まってるだろ。ド阿呆が』『あ? 水玉に決まってるだろ』『履いてない説。あると思います』『イオちゃんがんばぇー』

 

 よくわからない理由で湧く観客たち。

 

 イオは――、悩みに悩み時間切れ寸前になって翔んだ。

 四の五の言ってられない。

 ともかく、パンツを抑えての逃避行。否、逃飛行である。

 

 当然、ブーイングが湧いた。

 

『ズルい』『イオちゃん飛ぶのはよくない』『なぜそこで見せない』『小学生のおパンツを見るのに必死すぎやせんか』『パンツ抑えて羞恥している姿もいける』

 

 ともかく、トベルーラを使えば、クリア自体は簡単だ。

 40秒で片はついた。

 そのうち、35秒ほどは思案をめぐらせている時間だった。

 

「ゴールです! ゴールしました! 実に5年ぶりの制覇者です。星宮イオさんご感想をお願いします」

 

 アナウンサーは唾を飛ばして興奮していた。

 年々厳しくなっていくクリア条件に、冷え込む視聴率。

 ようやくのクリア者に、チート持ちだとはいえ、いちるの望みをたくしていたのである。

 

「えっと……その、恥ずかしかったです」

 

「あの、難しかったところとか、どうやったらクリアしやすいかのアドバイスとかはありませんか?」

 

 ちょっとだけイオが考える。

 

「魔法を使えたらクリア自体は簡単ですね。最初はピオラ多めにと思っていたんですが、バイキルトだけで十分みたいです。難しかったのは最終ステージでパンツが映らないようにすることでした。あ、スパッツ履けばよかったんですね。それが攻略法のすべてだと思います」

 

「なるほど、ありがとうございました。それでは次回もお会いしましょう!」

 

 半ばやけくそぎみにアナウンサーが打ち切る。

 

 それから、イオはなぜか番組を出禁になったのだった。




残当

――追記――

========

「ええと……えふいこーるえむえーって知っていますか?」

『イオちゃんこそ知ってるの?』『力=質量×加速度ってことだよな』『プロンプターをガン見してるのわかってるんだからね』『イオちゃんも台本読み読み大変だな』

「つまりは速さとはパワー!」

========

なんか原子力してたらしく、こんな感じに変えました。
ご指摘ありがとうございます。

なんか疲れがたまっていたのか。
起きたのがさっきで、今日の更新はがんばっても昼くらいになりそうです。

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