ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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新作魔法再び。ついでに群衆心理。

 先週のデパートでの混雑はすごかった。

 まさか、いつのまにやら普通に出かけることすらできなくなっているとはな。びっくりだよ。

 ちょっとは普通に暮らしたいって気持ちもあるけど、アイドルなんてそんなもの。

 わたしの目標は今も昔も変わらないので、キャーキャー言われるのは悪くない。

 これはイオちゃんも有名人の仲間入りではなどと思う次第です。ふひひ。

 

 しかし、こうなると夏休みどうすればいいのかって問題があるな。

 いままで子役と習い事の嵐だったせいか、まともな夏休みというものを体験していない。

 

 普通あるだろ。

 人並みの経験っていうか。なんというかさぁ……。

 

 例えば、友達といっしょに海に行ったりとか。

 山に行ったりとか。

 図書館で夏休みの宿題をいっしょに片づけたりとか。

 夏祭りで好きな女の子の浴衣姿を見てドキドキするとかさ。

 

 ないんだな、それが!

 ほんとに一切ない。

 前世から今世まで、おはようからおやすみまで夏休みに遊んだという記憶がまったくない。

 

 そもそも友達関係が壊滅的だったせいで、いっしょに行く子がいなかったというのが大きい理由だ。ママンのせいにするわけではないけれど、小学生にしてはちょっとばかり――否、かなりのオーバーワークだったせいで、わたしはいつも疲れきっていたんだ。理呼子ちゃんはたぶんそんなわたしを待っていてくれたんだろうけど、本当に申し訳なく思っている。

 

 だが、それも去年まで。

 今年は魔法クラブのみんなもいる。

 

 今年は絶対にみんなと遊ぶぞ!

 夏の陽光が窓から入りこむコンテナの中で、わたしは決意を新たにする。

 

「ん。ゾイの構え……」

 

 ルナが日本文化に詳しくなってるな。ほんと。

 まあいい。

 ともかく学生の夏休みというのは宝物のような時間だ。

 完璧な計画を立てて完璧に遂行する必要がある。

 

「ところでみなさん。夏休みって何か用事ありますか?」と、わたしは聞いた。

 

「いっしょに海に行くんだよね?」と理呼子ちゃん。

 

 そのとおりだ。

 なにしろ、既にわたしは水着というアイテムを入手している。

 みんなもいっしょに買ったのは海に行くためだ。

 

「海に行くのはいいんだけど、前みたいに超混雑しちゃわないかな」

 

 みのりさんの懸念はもっともだ。

 そうだよ。その言葉が聞きたかったんだ。

 

 わたしは、わたしという存在を甘く見ていた。

 

 冷静に考えれば、わたしはメシアの一歩手前みたいな状況でもあるし、少なくともそろそろ登録者数が7千万人を突破しそうな超有名配信者だ。

 

 一般人がいるところにホイホイでかけていったら、現場が混乱してしまう。

 

「どうすればいいんでしょうか」

 

「簡単なことだな」

 

 ルナが言った。

 

「どうすればいいんです?」

 

変化呪文(モシャス)を使って変身すればいい。わたしもそれなりに有名だろうが、おそらくイオほどではないからな。イオだけ変身すればいいんじゃないか?」

 

「わたしの容姿はあまり変えたくないんですけど」

 

 前回、水着を買いにいくときも同じような理由でやんわりと断った。

 ルナは微妙な表情になっていたけれど、結局はわたしの言葉をのんでくれた。

 

 まあなんていうか。わたしってかわいいですし?

 

 なにしろ、輝くばかりの銀色の髪に、宝石のような金の瞳を持つ超絶美少女。

 そう、わたしなのです。

 短時間とはいえ、モシャスで変えてしまうなんてもったいない気がするんだよな。

 それにアイドルって見られてなんぼじゃないか?

 まあ、容姿だけじゃなくて魔法の方の興味が大半なんだろうけど。

 

「人間の記憶力はすぐに蒸発する。髪とか瞳の色を変えたら多分イオだとわからないぞ」

 

「そんな日本のアニメみたいなキャラクター判別方法いやです。わたしはわたしとしての責任を全うしたいのです」

 

「じゃあ、プライベートビーチでも購入するか? 百億円くらいあれば小さな島くらいは買えるんじゃないか?」

 

「お金の無駄遣いもどうかと思うんですよね」

 

 魔法カンパニーの資金は悪くないはずだ。

 ママンが管理しているから、わたし自身はよくわかっていないけれど、ルナが言うように百億円くらいは払えるのかもしれない。

 

 でも、もともと会社を作ったのは、新作魔法を連続試行するためだったはず。

 あまり無駄遣いするのもどうかなと思うんだよな。

 

 どうしたらいいんだろうな――。

 わたしの悩みは、魔法を使えば五秒で解決できるものだ。

 単にわたしの決意というか覚悟の問題でもある。

 

 悩みます。

 

「イオちゃんはイオちゃんのままでいいよ」

 

 理呼子ちゃんがあいかわらず天使すぎる件。

 でも、あんな混雑にみんなを巻き込みたくないのも事実。

 

 うーん。

 

「新作魔法といえば、またひとつできたじゃないか」

 

 悩んでいたわたしに向けて、ルナは明るい話題を出した。

 そうなのである。

 

 また、新しい魔法を使えたのだ。

 完全に新しいかといわれると微妙なところなのだが。

 

 それはドラクエ魔法の中でもかなりマイナーな自白呪文(セナハ)という魔法だ。

 

 本来的には、その名のとおり相手が言いたくないことも無理やり喋らせる呪文で、スパイ活動がメチャクチャはかどる感じのやつだった。なにしろハナセのもじった名称だからな。

 

 これを、新作漫画では『自分がわかる言語で話させる』というふうに解釈した。そういうふうにも使えるというふうに再定義したんだ。自白効果は除いてな。

 

 つまり、翻訳魔法だ。

 ドラえもんのこんにゃく的なアレだ。

 自分と相手に魔法をかければ、あら不思議、誰とでも話が通じるようになる。

 

 ドラクエの世界はなぜか言語が統一化されているが、このあたりは理論立てているわけではない。セムハムとかなんたらかんたら語族とか、そういう煩わしい設定はファンタジー的に不要なのだろう。

 

 ところが、新作漫画は少数民族を無理やり出して、いろいろストーリーをごにょごにょした。

 まあ……よく考えれば『魔法』自体も言語かもしれないわけで、話されている言語以外に言葉があってもおかしくはないのかもしれない。

 

 これを、英語が苦手なイオちゃんは、さっそく使ってみたわけです。

 ルナと英語で会話できましたよ。使ってるのはまるきり日本語のままだし、聞こえてくるのも日本語だし。よく考えればルナは日本語も話せるじゃんと思ったが、ルナ曰く、ちゃんと英語で話しているらしい。みんなにも聞いたけど、セナハをかけなければ英語のまま聞こえる。

 

 つまり、ちゃんと魔法は発動してた。

 やったぜこれで英語は満点だ。

 と思ったけど、テストでは文章なので、まったく意味がないのでした。

 

「魔法創作の連続試行(シリアル・エクスペリメンツ)もいよいよ効率化が極まってきたな。セナハについては、刊行前に試したらダメで、刊行後だとオーケーだったわけだから、おそらく作品として衆目に晒されるのが条件なんだろう」

 

「でも、ダメな魔法もありましたよね」

 

「既存の魔法と絡ませるようなものでなければダメらしいな」

 

「完全に新しい魔法は難しいんですかね」

 

「わからんな。本命のゲームであれば可能なのかもしれん」

 

 新作ドラクエ。いよいよ発売間近なんですって。

 わたしがクリアしたときと違って、微妙に追加されたシナリオとかもあるらしいです。

 これはもう一度クリアせざるをえない。この夏を使ってやりこむぞぉ~~~!

 

「ともかく、はやくイオ以外も魔法を使えるようにならないとな」

 

 ルナが言う。

 わたしは頷いた。

 

 誰でも魔法を使えるようになれば、わたしへの興味もほどほどに薄れるだろう。

 わたしの身体はひとつしかないし、同意を得ながら魔法を使うっていうのは難しいんだよ。

 最近、イオちゃんもようやくそれが身をもって染みてきたのです。

 

 そう……、スカスカの脳みそが水を吸いこむような感じ。

 脳みそにスライムが詰まってるんじゃないからね。

 

 もう、かしこさ100くらい越えたんじゃないかしらん。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そんなわけなかった。

 

 かしこさの数値は、少なくともドラクエに準拠する限りにおいては、レベルが上がるか特殊な種を食べない限り変化はない。イオのかしこさはあいもかわらず3のままだったし、やらかし具合もあいかわらずだった。単にみんなに判断をゆだねることによって、やらかし具合を薄めているに過ぎない。

 

 イオはあいもかわらずルーラで登下校しているが、放課後帰ろうとしたときに学園の外で待ち受けていた人につかまった。というか、デパートで見たときのような人の波だ。

 

 生徒指導の先生が、中に入らないように防衛ラインを敷いている。

 もちろん、中に入れば不法侵入だ。ギリギリ学園の外で待ち受けているのも、人権と刑罰のギリギリの線を攻めている結果である。

 

 イオはたらりと汗を流した。

 

「あ、イオちゃん来た」「あ、ほんとだ」「イオちゃんルーラしないでこっち来て」「頼む早く来てくれ間に合わなくなっても知らんぞ」

 

「あの、みなさん……これはどういう集まりなんでしょうか」

 

「デパートでイオちゃんが魔法使ったって聞いて」「癒したり握手したり」「いろいろしてくれたんだよね?」「ズルくねって思って」「わたしも癒されたいの」「またベホマズンしてくれ」「というか、キアリーで病気も治ったんだよな」

 

 キアリーの効果については、会社としても国家としてもかなりぼかした説明をしていた。

 もちろん、それは医療従事者を餓えさせる結果になりかねないからであるし、なによりキアリーが単体呪文だからである。

 

 単体呪文は効果範囲を広げても効果が複数に及ぶことはない。

 

 例えばここにいる人間が千人ほどいるとして、ひとりひとり握手するのと同じくらいかかるとしよう。握手会でも、二時間や三時間はざらにかかる。

 

 キアリーも同じだ。もしも、並んで順番通りにかけていくとなるとひたすらにキアリーマシンにならないといけないのである。

 

 やらかしは()()()()()()()()

 

 デパートでの出来事は、十分すぎるほどイオは癒してくれるし便宜を図ってくれるということを知らしめてしまった。

 いままでは、国家的プロジェクトであり、一般人とは関係のない世界だった。

 発電所がどうこうとか除染がどうこうとかは、雲の上のできごとで自分とは関係ないと思っていたのだ。無意識に一線を引いていたのである。

 

 しかし、それがデパートのような民間企業で、なにげなく行われてしまった。

 

――治療行為。

 

 そのやらかしが、今回の津波のような人の集まりを生んでしまったのだ。

 魔法カンパニーと国によって創り上げられていた絶妙なバランスを突き崩したのは、イオの行為が原因である。

 

「どうした。イオ」

 

 救世主はすぐに現れた。

 騒ぎを聞きつけてきたルナであった。

 

「えっと、みなさんが治療とかしてほしいそうです……」

 

「なるほどな」

 

 ルナは群衆を一瞥する。

 

「これだけの人数だ。声を届けるのも難しそうだな。イオ、翻訳呪文(セナハ)をかけてくれ」

 

「なるほど、念話みたいなものですからね。千人単位にも伝わりますね」

 

「そういうことだ」

 

「では翻訳呪文(セナハ)!」

 

 光のヴェールがあたり一帯を包みこむ。

 新作ドラクエ漫画はある程度のご都合主義を内包しているおかげか使い勝手がいい。

 ある種の念話みたいなものなのだろう。

 ルナはごほんと前置きをしてから話を始める。

 

「おまえたち、治療に際しては誓約書を書いてもらうことになっているのは知ってるな?」

 

 群衆はざわめく。

 誓約書という言葉に、重圧めいたものを感じたのである。

 だが、ここの集まったものたちはベホマズンで治らなかった者たちを含む。

 キアリーで治せるものもあれば治せないものある。

 キアリーは解毒であり、『毒』とされる物質を消し去ることによって治療する。

 毒の治療範囲は広く、例えばガンなども治すことができた。

 しかし、体内の必要な物質の分泌バランスが崩れている場合には効かないのである。

 ここは、回復魔法でも不可能な領分だ。なにしろ、回復魔法はそういった分泌バランスまで頓着しないからだ。ある医者は、ベホマズンは無いものを無いと判断することはできるが、有るものを異常であるとまでは判断できないと表現している。

 

 要するに、今のイオでもできないことはあるということだ。

 

 そういったことを、ルナはつらつらと説明した。

 群衆は納得しなかった。

 

「ベホマとかを丁寧にかけてもらえば治るんじゃないか」「お前元気そうだけどなんの病気だよ」「いや、その……糖尿病だけど」「医者にいけ!」「そういうおまえはなんのためにいるんだよ」「イオちゃんと握手したいだけだよ!」「おまえこそこっちくんなよ」「イシャはどこだ!」

 

 騒ぎ立てる群衆たち。

 収拾がつきそうになかった。イオはわたわたとする。

 

 群衆はモンスターのようだった。わけのわからないことをわめきちらして話が通じそうにない。

 翻訳魔法を使ってるにもかかわらず。

 

 イオはルナをすがるように見る。

 ルナのかわいらしいかんばせは、石膏彫刻のように固くなっていた。

 

 ルナは腕を組みながら、ひときわ大きな声で叫んだ。

 

「ザラキ!」

 

 即死呪文の名称である。

 群衆たちは喧噪をやめてルナを一斉に見た。

 

「はっきり言おう。いまの状態で病気の治療可能性があるとすれば、即死(ザラキ)をかけて速やかに蘇生(ザオリーマ)する。これしかない」

 

「ええ!? おれらに死ねってことか」「いやまあ死んだら確かに毒とかも治るけど」「デスキアリーとかヤダ怖い」「ルナちゃんが鬼畜すぎる件」

 

「ふん。我々が病気について試してみていないわけがないだろう。キアリーやキアリクには限界がある。ここに集まっている人間のうち幾人かは治る可能性もあるが、まずは死んでもらったほうが圧倒的に効率的だ。それにさすがにデスキアリーは試していなかったしな」

 

 ニヤリと笑うルナである。

 

「ルナちゃん。みなさんが同意したら本当にやってもいいんですか」

 

「同意があるならいいんじゃないか。誓約書もちゃんととるぞ」

 

「もしザラキで死んだままでも当方は責任を負いませんって?」

 

「そういう感じだろうな。ついでに言えば、どのような不利益を被っても責任は負わないし、いつ治療するかもこちらが決める。いくらか負担金もとったほうがいいんじゃないか。そのまえに社長の稟議もとったほうがいいだろうが」

 

 群衆の顔には困惑が広がった。

 一方的な利益を享受できると思っていたら、思わぬところで落とし穴。

 

 おそらく死んでも生き返るとは思うのだが、その万が一が恐ろしい。

 誰も最初のひとりにはなりたくない。

 

 群衆は空気のように散っていき、残ったのはわずかな人数だけだ。

 

「えっと……残った人たちは、その死んでもいい人なんでしょうか?」

 

 イオはおずおずと聞いた。

 先頭にいた男はポリポリと頭をかく。

 

「あの……ファンです。握手してください」

 

「はい。わかりました」

 

 わりとファンサービスをホイホイしちゃう系である。

 

「うわお。ちっちゃいおてて……感動」

 

「ありがとうございます」

 

 イオはにこやかな笑顔で応答した。

 アイドル活動を希望しているイオとしては、こういう対応に時間を割くのはそれほど苦でもない。だが、これもいきすぎると生活に支障が生じるだろう。

 

 ルナがごほんとわざとらしく咳払いをする。

 

「いいか。学園まで押しかけてくるのはファンとして失格だ。握手会とかもそのうち開くだろうからそれまでおとなしく待っていろよ」

 

 残っている魔法ではなくイオのファンに向けての言葉だった。

 さすがに喧噪を生じさせたことを今更ながら冷静になってみて感じたのか、イオのファンたちは自らを恥じた。

 

 とはいえ、ここまで来たら握手くらいはして帰りたいというのも本音である。

 

 そんな風に平和的に終わったり。

 

 それと――。

 

 やはり何人かは重篤な人がきていたらしく、彼等はもはや死んでもしょうがないと思っていたので、誓約書を書いて後日、生と死の実験に付き合うことになったのだった。

 

 残念ながら病気は治らなかった。




アンケートの結果を見て悟りました。
やはり宇宙の心は百合なのですね。
ご協力ありがとうございました。

五倍真面目に読んでいただけましたでしょうか

  • 読んだよ
  • 読んでないよ
  • 胸より脇のほうが……
  • 胸より足のほうが……
  • 百合描写のほうが……

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