ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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二つの宿痾。ついでに二人の姉妹。

「人にはふたつの宿痾がある」

 

 黒田の言葉にわたしは首をかしげる。

 どこかで聞いた言葉に思えたからだ。

 いやしかし――、いまはそんなことはどうでもいい。

 

 黒田の言葉は。

 あるいは黒田の哲学は。

 あるいは黒田の思想は。

 わたしにはよくわからない。

 

 黒田は魔法(わたし)を殺すと言う。

 

 ドラクエ魔法は万能の力ではない。

 ドラクエというくびきはそれなりに強く、MPの譲渡制限がかかっているからだ。

 けれど、魔法がない世界と対比してみればあきらかにできることは増える。

 

 魔法とは夢のような力だ。

 

 だから、わたしは黒田に言ったんだ。

 おまえの望みはなんだってな。

 

 まるで魔王のような傲慢な物言いだが、わたしはべつに請われるなら黒田の願いを叶えてもいいとすら思っていた。人間らしい欲望まみれの事柄でも――例えば病気を治してくれとかでも、ユアをさらったことは許せないにしろ、もう二度と関わらないなら叶えてやってもいいんじゃないかと思っていたんだ。

 べつに減るもんじゃないしな。

 

 魔法の使用は、基本的にという注釈がつくが、誰かが迷惑しないならいいんじゃないかと思う。

 

 全世界にベホマズンしたのは、わたしに想像力が足りないせいで、誰かに迷惑をかけてしまった。その誰かというのは少数派だったみたいだけど、単なる多数決で良い悪いを決めるのも間違いだろう。だからやっちゃダメっていうのは理解したつもりだ。

 

 でも、誰か特定の個人の望みを叶えるというのならべつにそれもいいのではないかと思う。

 みんなが無限に魔法(わたし)を望まない限りは。

 

『ふたつの宿痾って何ですか?』

 

「自分が不幸になりたいというこころ。他者を不幸にしたいというこころだ」

 

『ますますわかりません』

 

 そのこたえを見せた途端、黒田はゲラゲラと笑い始めた。

 なんだこいつ狂人か。

 いや、狂人なのは当たり前か。

 常人は七歳児のお腹のなかに爆弾をしこんだりはしない。

 そもそもの話、わたしの力はおそらく一般人レベルの知能があれば簡単に想像できる。

 わたしがその気になれば、対話すら必要なくこいつらを殺せるし、何かの望みを叶えたいのであれば、印象を悪くするのは悪手である。

 

 つまり、こいつの行動はボケてんじゃねえかっていうくらい、わけがわからないんだ。

 

――だが結果的に。

 

 だからこそといったらなんだけど、どうしてなんだろうって思ったりもするんだけどな。

 そう思うのも魔法があればどうとでもなるという保険があるからかもしれない。

 

「きみは人のこころというものをまったくわかっておらん」

 

『これでも前世持ちなんですが』

 

「だとすれば、イオ君の前世はまったく経験値として考慮に値しないということだろう」

 

『あなたにはその経験があると?』

 

「あるとも。まず不幸になりたいというこころだが――、イオ君。きみは死にたいと思ったことはないかね」

 

『多少はありますよ』

 

 かしこさ3が全世界にお披露目されたときは、本当に死にたかった。

 でも、それは本気じゃない。

 だいたいこちとら十歳児やぞ。

 希望にみちあふれたピチピチガール(死語)が自殺とか考えるかよ。

 

「人はその身のうちに破滅を願う心を必ず数パーセント有しておる」

 

『それはあなたの感想でしょう』

 

「事実だ。でなければ、この国で毎年2万人近くの自殺者がでる理由はなんだ?」

 

『破滅を願ったんではなく、現に破滅したからじゃないですか?』

 

 貧困。病気。孤独。

 いろんな理由で死を選ぶ人はいる。

 でも、それは死にたかったから死んだんじゃないと思う。

 死ぬことで現実のつらさから逃げたかった人がほとんどだろう。

 だが、黒田の考えは違うらしい。

 

「因果が逆なのだ。人は最も望むかたちでその者の人生を歩んでおる」

 

『すすんで自殺するような環境を望んでるってことですか』

 

「そのとおりだ。貧困に身をひたしているものはそうあることを望んだからだ。病魔に冒されているものはそうあることを望んだからだ。孤独のうちに死んでいこうとするものはそうあることを望んだからだ。すべてはその者の選択の結果。自身の不幸を願うこころによる」

 

 確かに選択はしているだろう。

 

 仕事をがんばってお金をもらうか、借金まみれになるくらいギャンブルに興じるかは、その人の選択だし、ギャンブルで身を持ち崩して貧困生活に突入するというのはその人の意思ともいえるかもしれない。

 

 だけど、貧困になることまで望んでいるわけがない。

 他の理由だって同じだ。

 

『わたしの信念としては、人は楽しいと感じるために生きていると思います』

 

「魔法で無限の"楽しい"を生み出そうというのかな。それが人としての運命(さだめ)だと」

 

『そうです』

 

「わたしは反対する。君の魔法が全世界に広がった暁には恒久の平和と安定した生活と、なにより()()()()()()()()()()()()()()ことになるだろう」

 

『それの何が悪いんです?』

 

「すべての人間が幸福の極致にあるのなら、それはもはや幸福の虜囚なのだ」

 

 そう言って黒田は深いため息をつく。

 高齢だから息が苦しいのかもしれない。

 

「ワシはこの年になるまでがむしゃらに権力をたくわえてきた。権力を蓄えればやれることが増え、必然的に幸福になると考えたからだ。いまでは指先ひとつで万の人間がかしづき、ほとんどできないことはない。だが、ワシが幸福になることはなかった」

 

『不幸になりたいこころのせいですか?』

 

「そのとおりだ。理論上ワシは幸福に近づいているはずだった。しかし、幸福になればなるほど不満がもたげてくるのだ。ソレは影のようにワシに付き従いささやいてくる。すべてを失ってしまえ。破滅しろ。不幸になれとな」

 

『ですからそれはあなたの感想でしょう』

 

 自分の主観を絶対視しすぎじゃないの?

 

 もちろん、多数決でベホマズンを望む人がOKだったからOKと言うつもりはないけどさ。

 こいつの言いたいことは、要するに魔法ですべてが叶えられる世界が来たら、不幸になる権利が奪われてしまうってことを言ってるわけだろ。

 

「全世界にベホマズンを放ったとき、君はまったく糾弾されなかったわけではあるまい。同意うんぬんが問題なのではない。人は自身の不幸を願う。ゆえに幸福になることを恐れたのだ」

 

『人類が科学を発展させてきたのは幸福になるためじゃないですか?』

 

「もしも科学ですべてが解決するのなら、自らの生み出したものに裏切られたと思い、人類はその科学すら手放すだろう」

 

『科学も魔法もすべてを解決できるわけじゃありませんよ。ちょっぴり便利になるだけです』

 

「人の生き死にすら操る力が、ちょっぴり便利か」

 

 黒田は鼻で笑った。

 まあ――、客観的にできることは多いけどな。

 科学だってそのうち同じことができるようになるだろ。

 

 結局――。

 

 黒田が不幸を感じているのは、奴の幸福の定義が自分本位のものだからだろう。

 自分の幸福を考えるばかりじゃ限界があるというのはわかる。

 でも、他者の幸福を願うこころには限界がない、とわたしは思う。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ふたつめの宿痾。他者を不幸にしたいというこころ。これはわかりやすいのではないかね。ほとんど幸福を感じられぬようになったワシも、他人の不幸だけはいまだに蜜の味じゃからな」

 

『まあわからないでもないですよ』

 

 他人の不幸をいっしょになって悲しむというのも一種の才能だけど、ほんのささいな不幸を笑うのは、むしろ健全なんじゃないかって思う。

 

 でも行き過ぎはどうだろうな。

 

 ギロチンでの処刑とかコロセウムで剣奴がライオンにむごたらしく殺されるのを見るのは、当時のエンタメだったらしい。つまり、他人の不幸を見て、自分の幸福を感じる。

 

 わたしだって人間だから、その心理過程はわからなくもない。

 さっきの不幸になりたいって話よりもずっとわかりやすい。

 

 ただ当たり前の話だが――。

 

 他人が拷問にかけられるのを見て喜ぶリョナ勢は、まあいるっちゃいるんだろうけど、あくまでファンタジーだから許されるのであって、現実でやっちゃダメだろう。

 

「魔法がいずれすべてを解決するとすれば、人類はおしなべて幸福のうちに生きることになる。それは他者の不幸を見て喜ぶ楽しみを奪われるということだ」

 

『それはどうでしょうか。魔法でいろいろなことができても、わたしだってそれなりにストレスを感じてるんですよ』

 

「ささいな不幸など多量の幸福の前には押し流される。強い光の前ではちっぽけな影などかき消えるようにな。魔法は人の薄暗い欲望すら存在を許さんだろう。忍びないと思わんかね。ここには自由がない。そんな存在はすでに人ではないのだよ」

 

『結局はあなたの欲望でしょう』

 

「人類の欲望だ。人という種が存在し続ける傍で、時に従僕のように時に主のように、我々の影として存在してきた……こころの闇だ」

 

 そんな魔王みたいなこと言っても小物っぽいだけだぞ。

 

 黒田は長くしゃべり続けて疲れたのか、肩で息をする。

 

「これでワシがイオ君の死を望むゆえんがわかっただろう。ワシの願いは人類の願いでもある。実際におぬしも匿名掲示板なりを見たであろう?」

 

――数パーセントは存在するアンチの存在を。

 

「必ずそうなのだ。人は魔法を受け入れることはない。というよりも、人は人を完全に受け入れることはない。打算と妥協と自分の不幸になる権利を害されない程度に相手を利用するほかないのだよ。したがって、おぬしのような極光に身を灼かれる人間が必ずおる」

 

 こちとら、かしこさ3でプギャーされたりしている身なんですけどね。

 

『魔法を無くしたほうが人類のためという、あなたの考えは理解しました』

 

 そして打ちこむ。

 

『ですが、あなたは勘違いしております』

 

「ほう……」

 

『わたしは魔法ではありません』

 

 当たり前だけどな。

 

 打ちこむ。

 

『マホトーンを永年させて、すべての音声データを消せば』

 

「死なずともよいと? ワシは君という極大の光が潰えることを楽しみにしておるのだ」

 

 やっぱりこいつはわたしの死を望んでいるわけだな。

 

 でもだからって、はいそうですかと死ねるわけがない。

 

 これ以上の話し合いは何の意味もない。

 

 打ちこむふりをしながら、わたしはスマホを操作しはじめる。

 

 妹の爆弾については、無敵呪文(アストロン)で時間を稼いだほうがいいだろう。

 

 レミラーマで爆弾の所在を探り、バシルーラでどこかに転移させれば、とりあえずはOKか。

 

 あるいは――、キアリーも効くのかもしれないが、爆弾を異物だと認識できたとしてもどういう効果をおよぼすのかわからない。

 

 やっぱり、アストロン一択だな。

 

 わたしはスマホの操作をする。

 音声データの入ったフォルダをタップ。

 中にはずらりといままで使った魔法の声が収められている。

 

 えーっと。アストロン。アストロンっと。

 

 画面については黒田からは覗きこめない。

 

 わたしが何かを打ち込んでいるか、それとも魔法を選択しているかは見えないはずだ。

 

 だから――。

 

 だから。

 

 さっさと魔法で。

 

 セーフティに。

 

 チラっと画面越しに黒田を覗きこむ。

 

 その目。

 

 その視線に。

 

 ゾワリとしたものを感じた。

 

「どうやら――」黒田は言った。「魔法が使えないというのは本当らしい」

 

 え――と思う暇もなかった。

 

 画面を覗きこんでいると、にゅっと背後から手を伸ばされてスマホを奪い取られた。

 

 背後に立っていたのは、わたしをここに案内した山上とかいう初老の紳士。

 そいつが物音も立てずに背後に忍び寄り、スマホを強奪したんだ。

 

 返せ!

 

 と、無言のまますぐに手を伸ばすが遅い。

 スッと背後に軽やかに跳躍すると、

 

「失礼いたします」

 

 そう言って、そいつはスマホを地面に落とす。

 それからものすごい速度で足を落としスマホを踏み砕いた。

 

 わたしのスマホちゃんが!

 

 抗議の目でにらんでみるが、声なき抗議は届かない。

 

「おねえちゃぁん」

 

 グスグスとユアが泣きはらしている。

 

 あれがないと、今のわたしは魔法を使えない。

 

 アストロンも当然つかえない。もちろん、あとからルナあたりにもう一度もらうことは可能だろうし、一週間後にはマホトーンも消える。()()()()()ユアは死なない。

 

 でも、それはユアの恐怖や痛みが消えるわけじゃない。ルナはメダパニを使ってケアすればいいとか言ってたけど、そういう問題じゃないだろう。

 

 わたしはどんな顔をしていたのか。

 黒田は猿の玩具のように手を叩いて喜んだ。

 

「あはは。愉快。愉快。イオ君のように極大の幸福を持つものが不幸になる瞬間というのは実に面白い。最近はどいつもこいつも小粒の幸せしか持っておらぬでな」

 

 わたしは黒田をにらみつける。

 しかし、無言の抗議はますます黒田を喜ばせてしまったらしい。

 

「瑕のひとつでもつけることができれば儲けものと思っておったが――、イオ君。本当の気持ちを聞かせてほしい。ワシはもはや老い先短い命。死のうが生きようがどうでもよい。だが、君はまだまだ長い人生が残されておる。もちろん、君の妹君もな……」

 

 よろよろした動きで黒田は立ち上がる。

 爛々と輝く狂気の瞳に、わたしは身がすくう思いがした。

 こいつは、人の命とか意思とかほんとうにどうでもいいんだ。

 自分の命すら――。

 

 それが本当の意味で理解できたので怖かった。

 

「妹君のいのちと君のいのち。どちらか選択したまえ」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 遠くでセミの鳴いている音がした。

 数十畳ほどの畳の部屋は、光もほとんど差し込まず黒炭のような影をまとっている。

 ユアが泣いていた。

 

 わたしの妹。

 

 今世で初めてできた妹だった。

 ユアが生まれて、ママンはユアにかかりきりになり、ユアの才能が明らかになってからはますますその傾向が強くなった。

 

 ママンの寵愛を一身に受けるユア。

 とりこぼされていくわたし。

 

 わたしは、ユアに嫉妬していなかっただろうか。

 わたしは、ユアを憎悪していなかっただろうか。

 

 泣きじゃくるユア。

 わたしは――。

 

「じゃあ、こいつをいたぶってもいいんですかね?」

 

 喜悦の表情を浮かべたのは木林だ。

 

「好きにするがよい」

 

「へへへへ。じゃあ遠慮なく」

 

 そいつは慣れない手つきで自動拳銃をこちらに向けた。

 この国で拳銃をじかに触った人間なんて数えるほどしかいないだろう。

 思ったより小気味よい音が響いた。

 だが、甲高く耳がキンとするような大きさだ。

 バイキルトでいかに筋力が増大されているといっても、ピオラで加速していない状況で銃弾を避けれるほどのスピードはない。

 拳銃が小さな火炎に包まれるのが見えた。

 わたしはそのままじっとたたずむ。

 

 硬殻呪文(スカラ)で覆われた第一障壁により、銃弾のスピードはかなりのところ減殺される。そのヘロヘロのスピードになった銃弾が、アタカンタによって反射された。

 

 ピンっ。

 

 子どもが小さなおはじきを投げたようなスピードになってはじき返された。

 

「いてっ。なんだこいつ」

 

 さらに銃弾。

 

 ピンっ。ピンっ。

 

 それなりに痛いのか、木林は銃を撃つのを躊躇しはじめる。

 

「アタカンタで反射しとるようじゃな」

 

「くそ。魔法を解除しろ。こいつがどうなってもいいのか」

 

 ユアの首のあたりには木林の腕がまわされている。

 

 わたしは無言のまま抗議する。だが()()()()()()()()

 

 こいつらの言う通りにするのは、最悪中の最悪だからとりえない。

 

 わたし自身死にたくないというのもあるが、わたしが死んでしまったあとに、ユアが殺されない保証はないからな。わたしは絶対に死ぬわけにはいかない。

 

 でも――。

 

 本当にいいのか?

 

 対してユアは死ぬだろう。

 爆発四散し、無惨な肉塊となって飛び散る。

 できの悪いホラームービーみたいに。

 四肢がバラバラに飛び散り。

 赤い雨みたいにあたりを濡らす。

 

 わたしからママンを奪ったユアが悪いのか。

 わたしの憎悪によって、ユアは殺されるのか。

 

「どうやら君の姉君は君を見捨てることを選んだようじゃの」

 

 ユアに対して呪いの言葉を吐く黒田。

 ゲラゲラと笑い、そして愉快愉快と膝を叩く。

 

「違うもん!」ユアは小さな体でめいいっぱい叫んだ。「お姉ちゃんはユアのこと見捨てないもん。だからここに来たんだもん!」

 

 年相応に泣きはらしていた。

 

 いつも軽妙で、余裕しゃくしゃくといったユア。

 

 そういえば、わたし以上に、ユアが泣いているところを見たことがない。

 

 感情の揺れ幅を自ら完璧にコントロールできる天才児だからだ。

 

 でも――、いまのユアは等身大でわたしを求めてくれた。

 信じてくれた。

 

 わたしも忘れていた。

 ユアのことが憎い。嫉妬した。

 それも真実かもしれねーけどな。

 ユアが生まれたとき、初めてできた妹を見たとき()()()()()()()()()()()()()()

 

「おい。山上! 爆弾のスイッチを渡せ」

 

「しかし……本当によろしいのですか」

 

 山上はわずかに躊躇する。だが黒田はよろよろの足取りで近づいたかと思うと、爆弾のスイッチをひったくるようにして押した。

 

「三分後に爆発するぞ。いひひひひひ。その顔だ。その顔が見たかった!」

 

 スッと頭が冷える気がした。

 

 どうやら怒りすぎると、人は冷静になるらしい。

 

 わたしは絶望したから蒼白したんじゃない。

 

――ゲロが出そうなほどの殺意。

 

 それを相手に伝えたい。

 

 でも口が聞けない。

 

 もどかしすぎて首元をかきむしる。

 

 中指立ててクソったれ(ファック・ユー)だ。馬鹿野郎。

 

 わたしはがむしゃらに駆けだした。

 

 爆弾が起動したと聞いて木林はうろたえている。

 そりゃそうだ。

 いま、木林は爆弾を抱え込んでいるに等しいわけだからな。

 

 バイキルト――。

 魔法でできた筋肉で、みぞおちに正拳づきをくらわせる。

 木林はちょうどひらがなの『く』の字のようになりながら、部屋の端まで吹っ飛ばされていった。存在自体がどうでもいい。

 

 わたしはユアを抱きしめる。

 お姉ちゃんが悪かった。お姉ちゃんが全部。

 そんな気持ちをせいっぱいこめて抱きしめる。

 

「お姉ちゃん……」

 

 ユアがイヤイヤと拒絶する。

 なんだ?

 お姉ちゃんのことが嫌いなのか。

 

「離れなきゃ。ユアから離れなきゃ。お姉ちゃんも巻きこまれちゃう」

 

 やっぱりうちの妹は天使だわ。

 

「美しきかな姉妹愛。あと一分ほどだ。さぁ、華々しく散りたまえ。君の姉君はどうせ生き返ると思っておる。君の痛みなど――君のつらさなど、まったく理解していないのだ」

 

 黒田は呪いの言葉を吐き続ける。

 けれど、ユアはわたしだけを見ていた。

 

「お姉ちゃん?」

 

 わたしは首をふる。

 

「わかった。信じるよ。お姉ちゃんのこと」

 

 手をつなぐ。意味もなくこころが伝わったと感じた。

 この世でふたりだけの仲良し姉妹だ。

 

――姉と妹。

 

 もしかすると、それは親と子よりも近しくて、自分と同等のライバルだったり庇護対象だったりする。写し鏡なんだ。

 

 だから。

 

解呪呪文(マホリー)!」

 

 ユアの声を呼び水にして、わたしの中の魔法力が爆発する。

 幾多の鎖がひび割れ、解放されるイメージ。

 いまのわたしは負ける気がしない。フラグじゃないぞ。オラっ!

 

探索呪文(レミラーマ)! 強制転移呪文(バシルーラ)!」

 

 爆弾は宇宙の果てまでホームランだ。

 

 ついでに、キアリー。ベホマ。フバーハ。スカラ。トラマナ。

 全部盛りして、ユアをガチガチに固めた。

 

 もう大丈夫だ。

 

「お姉ちゃん。わたし魔法使えちゃった」

 

 ユアがうれしそうにはにかむ。

 

 うん。本当にユアが使えるようになるにはもうしばらく時間がかかるだろう。

 

 でも、そのときまで今度はユアをひとりにはしないようにしよう。

 

 ママンともたくさん話し合って。

 

 わたしたちのことをもっとよく知ってもらおう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「不愉快だ――」

 

 黒田は怨嗟の声をあげた。

 もともと血圧が高く顔が薄黒い色をしていたのが、さらにおぞましい色に変貌している。

 

「ズルではないか。魔法なんぞを使いおって!」

 

 子どもっぽく地団太を踏み。

 不愉快だ不愉快だとわめきちらしている。

 

 こいつは殺す価値もない。

 かといって許す気にもなれない。

 

「黒田おじいさま」

 

「なんじゃぁ。ワシを殺すか。好きにしろ。殺しの咎がおぬしを最後まで苦しめる」

 

「そんなことしませんよ。黒田おじいさまのご希望を、わたし叶えようと思いまして」

 

「ん?」

 

「幸せになりたいんですよね?」

 

「ああ、そうじゃ。ワシは幸せになりたい。誰よりもどこの誰よりも。ワシは幸せを感じ取れぬ。誰か、誰かおらんのか」

 

 口元からよだれを垂らし、黒田はわめいた。

 ユアにあまり見せるのも情操教育に悪そうだな。演技の勉強にはなるかもだけど。

 

「わたしが幸せ漬けにしてあげますよ」

 

 なにしろ5年くらいの被験実績があるオクスリだからな。

 自信をもっておすすめできる。

 

 こいつみたいな主観でしか幸福をとらえていないならなおさらな。

 

「おい、なにをする気だ。やめ――」

 

――混乱呪文(メダパニ)

 

 53億年分くらいぶちこんでみました。

 

「あなたみたいな人はずっと幸せな夢をみていればいいんです」

 

「おお……おお……すばらしい」

 

 黒田はぶつぶつと呟いている。

 目がイッちゃってるけど、まあ大差ないだろ。

 

 そのとき、はらりと庭の木から葉っぱが落ちる。

 

 すると狂喜乱舞した黒田がキャッキャとはしゃぐ。

 

「イオ君。見たかね」

 

「え? なにをです」

 

「君は木の葉を見たことがあるかね、木から落ちた葉っぱを?」

 

「ありますよ」

 

 なに言ってんだこのじじい。

 

「ワシは今しがた、黄色い葉を見た。緑がわずかになって、端のほうから腐りかけていた。風で舞ってきたんじゃろう。ワシは十歳のころ、冬、わざと目をつぶって、木の葉を想像してみたものじゃ。葉脈のくっきり浮き出た緑色の葉で、太陽にきらきら輝いているのをじゃ。目をあけてみると、それがあまりにもすばらしいので信じられない。それでまた目をつぶる」

 

「それはなんです。たとえ話ですか?」

 

「いいや。そうではない。たとえ話などではない。ただの木の葉、一枚の木の葉じゃよ。木の葉はすばらしい。すべてがすばらしい」

 

「すべてですか?」

 

「すべてじゃ。人間が不幸なのは、ただ自分の幸福なことを知らないからじゃ。それだけ。これがいっさい。いっさいなのじゃ。知る者はただちに幸福になる。すべてすばらしい。ワシは突然発見したのじゃ」

 

「でも、餓死する者も、女の子を辱めたり、穢したりする者もあるだろうけれど、それもすばらしいのですか?」

 

「すばらしい。赤ん坊の頭をぐしゃぐしゃに叩きつぶす者がいても、やっぱりすばらしい。叩きつぶさない者も、やっぱりすばらしい。すべてがすばらしい。すべてがじゃ。すべてがすばらしいことを知る者はすばらしい。もし皆がすばらしいことを知るようになれば、すばらしいのじゃが、すばらしいことを知らないうちは、ひとつもすばらしくないじゃろう」

 

「そうですか……」

 

 すばらしいを、壊れたレイディオのように繰り返す黒田を見て、ちょっとだけやっちまったかなと思う今日このごろです。

 

 でも、すばらしいって言ってるからいいのかな。すばらしいんだし?

 

「えっと、山上さんでしたっけ」

 

「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

 

「あなたは比較的まともそうですけど、どうして……?」

 

――人間というのは不可思議なもので。

 

 殺意マシマシだったあの黒田も若い頃には気まぐれに金をやったりして、誰かを助けたこともあったらしい。

 

「じゃあ、あとのことはよろしくお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 山上さんは丁寧に頭を下げた。

 

 そういえば木林っていう雑魚が気絶したままだけど、こいつ、たぶんこれからしょっぴかれていくんだろうな。まさしく殺す価値もないやつなんで放っておこう。

 虫よりもばっちいですし。メダパニもいらんだろ。

 牢獄の中で反省するだろうさ。出てこれるのかはわからんけど。知らん。

 

「じゃあ、帰ろうか。わたしたちのお家に」

 

 さっきみたいにわたしはユアと手をつなぐ。

 

「うん。お姉ちゃん」

 

 満面の笑みを浮かべるユア。

 ああ、この子。ほんと天使。わたしの大事な妹。

 お姉ちゃん選手権があったら、ユアが妹な時点で絶対優勝してる。

 

「それでは、ルーラ!」

 

「ちょ、まっ」

 

 ユアが何かを言いかけたがもう遅い!

 

 圧倒的スピードで私たちは浮かび上がり――。

 

 ごちーん☆

 

 天井に頭をぶつけた。

 

 スカラでノーダメだけど、精神的ダメージは思ったよりも大きい。

 

 そういやここ敵地だったわ。

 

 きまずい感じの沈黙が流れ、わたしはそそくさと脱出呪文(リレミト)を唱えたのだった。




評価、感想についてですが、たくさんいただいており本当に感謝しております。

「0」とか「1」などのいわゆる低評価についてもですね。

この作品ちょっと多くね!? とか思ったりして、ちょっとだけ哀しかったりちょっとだけ優越感があったりと、複雑な気持ちなんですが、関わりを持っていただけるというのは、作者として本当にありがたいことだと思います。

いたらない点や何を求められているかを、わたしなりに考え、できる限り全うしていきたいと思います。

皆さまの感想や評価があるからこそ書き続けられているというのは本当です。

もうしばらく当作品にお付き合いいただけましたら幸いです。

そして評価と感想をください!


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