ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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スラリン。ついでにレベルアップ。

 顔をあげずに歩いているわたしは、ウーバーイーツみたいな大きな四角いリュックサックを背負っている。普通なら赤い色をしたランドセルだけど、今日もまだ夏休みだから問題はない。

 

 小柄な身体に大きめなリュックサックを装備すれば、さながら薪の束を装備した二宮金次郎みたいな恰好だ。中身は軽いから、背中はシャンとしているけどな。

 

 肝心の中身だが――、そう……()()()は案外軽かった。

 水よりも軽く、水に浮く程度には。つまり、おっぱいと同じだな。浮力の神秘がある。

 重さはべつにバイキルトを使うまでもなく、子どもでも持てるほどしかない。

 押しこめば適度な柔らかさで押しかえしてきて、ぷにぷにするだけで気持ちいい。

 夏場はちょっとひんやりしていて、顔からつっこめば無上の陶酔に包まれる。

 トラマナしているから呼吸困難になることもない。酸で溶かされる心配もな。

 

 もういい加減に中身の正体を明かそう。

 

 御察しのとおり……

 

――スライムのスラリン。

 

 である。

 

 あのなんともいえない表情の群青色した、ドラクエで一番有名なモンスターだ。

 雨粒をデフォルメしたようなしずく型のフォルムに、グミのような質感。

 大きな丸い目とU字型に開いた口をした、ドラクエ屈指の愛されモンスターである。

 

 名前は定番のスライム名だけど、ユアが名づけた。

 

 ちなみにスラリンだが、召喚されたモンスターなせいか、それとも無意識にテイムしてしまっているからかはわからないが、人間に対する害意はなさそうだった。是非弁別呪文(インパス)でも白。いや青。ともかく安全だ。人語を解するほど頭はよくないみたいだが、なんとなく意思疎通できているという感覚がある。

 

 ほとんど犬とか猫とかと同じだな。

 

 こっちがかがんでおいでおいですると、スススってすり寄ってきてかわいらしい。

 

 雑食性らしくわりとなんでも食べるようで、寺田さんがドッグフードを買ってきたら問題なく食べてた。もはや我が家のアイドルである。ちなみにドラクエ小説のひとつ『モンスター物語』によるとスライムは基本的には草食性とされていたはずで、食べるものや住む環境によって進化する系統が違うらしい。

 

 スライム族は進化がとてつもなく早い。進化の秘法が標準装備されているといったらよいか、ともかく食べさせるものには注意しておいたほうがいいだろう。

 

 ドッグフードばかり食べさせていたらそのうちぶち模様になりそうだしな。

 

 ぶち模様のついたぶちスライムもかわいいだろうが、ノーマルが一番だよノーマルが。

 おまえノンケかよと問われたら、スライムに関してはそうだよと答えたい。

 むしろ青いのがいい。ずっとおまえのことが好きだったんだよ。

 

 ママンはスラリンを最初見たとき頭を抱えていたけれど、スラリンがぴょんぴょんと跳ねて、アルカイックスマイルを見せながらお胸様にとびこんだら、まんざらでもなさそうだった。

 

 きっともう少しいっしょに暮したら家族認定されてママンはスラリンを溺愛する。

 わたしはそう信じている。

 

 そう――。

 

 スラリンをニフラムやバシルーラでなかったことにはしたくなかった。

 たぶんユアが泣くし、わたしだってスラリンともっと仲良くなりたい。

 

 だから、魔法クラブのみんなにまずはお披露目するんだ。

 とりわけルナにかな。

 大人たちへの説明はルナがしてくれるだろう。

 

「ぴき?」

 

 リュックの中のスラリンがガサゴソと動いた。

 やれやれ、もう少しおとなしくしておいてくれよ。

 おまえのためにやってるんだからな。

 

「いこう。お姉ちゃん」

 

 今日は傍らに妹のユアがいる。

 実のところ、スラリンを一番かわいがっているのはユアだ。

 それこそ片時も離れず、お姉ちゃんよりも大事なのかって聞いたら、ニコって微笑まれたけど、どういう意味かはわかんね。

 召喚したのはわたしの魔法だけど、もともとはユアの希望から端を発している。つまりは、ユアは自分のペットとしてスラリンを見ているらしく、基本的なお世話は自分がしたいらしい。

 子役の仕事は大丈夫なのか? お姉ちゃんは心配です。

 

 そんなわけでルーラで登校した先は、学園の門の前。

 いつもの生徒指導の先生はいないが、そのかわりに守衛の人が立っていた。

 

「おはようございます」

 

 ユアとともに挨拶する。

 わたしのことを知らない人は、たぶん学園内にはいないだろう。

 

 今更ながらの解説だが、学園には四つの通用口が存在する。

 東西南北に一つずつという構造で、初等部が近いのは西の門のところだ。

 なので、わたしはいつも西の門から通っている。

 べつにどこを通ったらいけないという決まりはないものの、だいたいみんなが同じ門を使うようになるんだよな。

 

 初等部のエリアは中等部のエリアとも隣接しており、空間的には高等部や大学ともつながっている。しかしながら、初等部のエリアは区画的には区切られており、わざわざこんなところまで来る大学生のお兄様お姉さま方はいない。

 

 魔法クラブ――わたしが通っている部室は、初等部の校舎から見てさらに西側のはずれのほうに立っており、こっそりとした離れのような場所だ。ひそやかに立つ魔女の家って感じだな。

 直角で構成されたきわめて人工的な物質――コンテナでできているせいか、そんなおどろおどろしさとは無縁だが。

 

「お姉ちゃん。スラリンだして」

 

 コンテナまでもう少しというところで、ユアが突然声をあげた。

 

「部室でいいでしょう。誰かに見られるかもしれませんし」

 

「こういうのはインパクトが大事なんだよ」

 

「インパクトですか……」

 

 言ってる意味もわからなくない。

 要するに、スラリンを認めてもらいたいのだろう。

 すでに魔法クラブのみんなにはスラリンのことを伝えてあるけれども、第一印象って大事だ。

 ニフラムしなさいって言われる前に、みんなを篭絡するのが今回の目標である。

 

 周りに誰もいないことを確認して、わたしはリュックサックを地面におろす。

 ユアはそっとスラリンを抱き上げた。

 ぬいぐるみを抱いた少女みたいな絵図になっていて、とてもかわいらしい。

 わたしの妹はとてもかわいらしいので、二倍かわいらしい。

 ああ、かわいい。これはもう優勝ですわ。

 スライムがいるからこそ際立つかわいさ。

 美少女とスライムの妙。芸術点高いですよこれは。

 

「お姉ちゃん。いこ」

 

 そう、今日はスラリンだけでなく、ユアの入部試験も兼ねているのだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 部屋の中はエアコンすらつけておらず、フバーハによって調整された温度だけで心地よい空間が演出されている。窓は開け放たれ、虫はトヘロスで入ってこない。

 

 風鈴を窓辺にくくりつければ、なんということでしょう。日本の夏がそこにはあった。

 

「みなさん。おはようございます」

 

 部室には既にいつものメンバーが集まっていた。

 

 みんなユアの腕の中にいるスラリンに興味をひかれているのか、それともわたしをちっちゃくして、ボブカットにしたみたいな美少女に釘付けになっているのか、ともかく一言も発しない。

 

 いちおう、ユアについて言えば完全に初対面ってわけでもない。

 ユアの無事を報告する際に、みんなには心配かけたことをふたりして謝った。

 

 ただ、入部についても内定は済んでるものの確定ではない。そもそも、入部の要件なんかはないに等しいんだろうけど、所属しているみんなの意見が重視されるといってもいいだろう。

 

 ユアがいままで入部しなかったのは、もともとユアの子役の仕事が忙しいのと、できるだけ普通の生活を送らせたかったというママンの意向による。

 

 でも、ユアとしては魔法クラブに興味があったらしい。

 ママンとの意思疎通については、ママンを交えて、もう一度話し合ったんだ。

 その結果、みんなが許してくれるなら、入部もOK。

 子役の仕事を優先することを約束する代わりに時間があけば、部活動も許されたんだ。

 

「星宮ユアです。よろしくお願いします」

 

 ユアは子役らしく、丁寧にお辞儀した。

 お辞儀をするのだユアーと言われる前にできる子なんです。うちの子は。

 

「よろしくね。ユアちゃん」と理呼子ちゃん。余裕の表情である。

 

「うわー。イオちゃんよりちっちゃくてかわいー」とみのりさん。ちょっとはしゃいでる。

 

「うむ。よろしくな」とルナ。あいもかわらず偉そうでかわいい。

 

 あれ。入部試験終了?

 試験合格ですか。うちの子は天才だった!? まあ当然か。

 

「ところで、そいつが例のスライムか」

 

 ルナが左右に頭をふりながら、スラリンをいろんな角度から見ている。

 やはり今回のメインテーマはスラリンになるか。

 

「ぴきー?」

 

 ユアはスラリンをテーブルの上に置いた。

 スラリンはちょっとだけユアのほうを見る。

 こいつ……ご主人様が誰なのかわかってやがる。

 というか、人の機微にそれなりに敏感だぞ。

 

「ふむ。これがスライム」

 

「イオちゃん。触っていい?」

 

「あ、わたしもわたしも」

 

 みんな、スライムに触りたいようだな。

 

「みなさん。このスライム――スラリンは、ユアのペットです。許可をとるならユアにお願いしますね」

 

 みんながユアに許可をとる。

 ユアは満面の笑みで許可を出す。

 

 妹をたてるお姉ちゃん。かしこいでしょ。

 もはや3ではないはずだ。

 

 スラリンは美少女たちにつつかれて、青い体をピンク色に染めていた。

 おまえ照れてるのか。ノンケかよ? いや、男の子なのかは知らんけど。

 スライムだから無性かな。

 

「イオちゃんのほっぺたみたいにやわらかい」

 

「おねえさんのおっぱいよりやわらかいかもね」

 

「ゼラチンのようなグミのような不思議な触感だな」

 

 しばらくは、美少女たちによる饗宴が続いた。

 

 ある程度、戯れたあと、やはりルナが声をあげる。

 

「イオ。しょうかんはするなと言ったよな」

 

「その……申し訳なく思っています」

 

「ふむ。やってしまったものは仕方ないのだが経緯を聞いてもいいか」

 

「あのですね。……いろいろ複雑な事情がありまして」

 

「その複雑な事情とやらを報告しろと言っているんだ」

 

「ひとことであらわせない事情でして」

 

 なにしろ、あの地獄の帝王が出現したのはわたしにもよくわからないんだ。

 

 一度目のしょうかんは、きっとユアの想いとわたしの想いの重複する部分が形になったんだと思う。マホリーのときも同じだが、発話がユアだとしても、わたしの気持ちがなければ、魔法は発動しない。魔法力はわたしが出しているからな。

 

 ただ、最初のしょうかんは、勘違いがあった。

 なにかしら寂しさを埋めるようなものという共通認識はあったけれど、あまりにも曖昧すぎたため、ああいう結果になったんだろう。

 

 スライムについては、明確にスライム出てこいって思って出したから、特に言うべきことはない。だけど、あれだけ禁止されていたモンスターを出現させる魔法を、ホイホイ使ってしまうというのは、あまりにも問題行為すぎる。

 

 相対評価で言えば、地獄の帝王を呼び出したことがバレるよりはマシだと思うけど、スライムだからいいって問題でもないだろう。苦渋の決断だった。

 

 どう説明したらいいのかわからなかったんだよな……。

 

「いいかイオ。モンスターについては本当にマズイんだぞ」

 

「魔法だって大概でしょう」

 

「それはそうだが、一般人の感じる嫌悪感といったらよいか。生理的本能的な恐れが異なる」

 

「でもでもスラリンかわいいですよ。ほら」

 

「ぴきー」

 

 スラリンを持ち上げて、ルナのほうを向かせる。

 ルナは眉を寄せた。

 

「そういう問題じゃないんだがな。例えば多くの人の前にスラリンを見せて、どうなるかはまったく予想がつかない」

 

「魔法を見せたときは案外なんとかなっちゃいましたけど。ルナとも友達になれましたね」

 

「ふんっ……脅威度については測れるだろうがな」

 

 ルナはポケットに手をつっこんだまま、視線を逸らす。

 白人だから、ほっぺたが桃色に染まるとすぐわかるんだよな。

 くくく。お姉ちゃんごころがうずくぜ。

 

「お姉ちゃん。()()()()は言わなくていいの?」

 

「あのこと?」

 

 ルナが耳敏くユアの言葉をとらえる。

 たらりと、こめかみから汗が流れた。

 

「あ、いえ……ユア、何言ってるんですか。急に!」

 

「イオ。聞かせてもらおうか」

 

 ひえっ。

 

 ユアの突然の裏切りにより窮地に立たされるわたし。

 

「いえ、なんでもないです。なんでもないんですよ。未遂に終わりましたし」

 

「未遂?」

 

 そう、地獄の帝王さんは現世に出現しなかった。

 ちゃんと追い返したんだ。なにも問題はなかった。いいね?

 

「イオ、きちんと報告はしたほうがいいぞ」

 

 ルナが据えた目になっている。

 がっつりと肩をつかまれ、視線も逸らせないほどの目力でにらまれた。

 

「話そう。な?」

 

 不良にかつあげされる時みたいに、『さっさと出せ』と迫られているようだった。

 

「はい……」

 

 わたしはあらいざらい白状することになったのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「さっさと閲覧呪文(ダモーレ)を唱えろ」

 

「ワカリマシタ……」

 

 八歳児のルナに言われるがままなイオちゃんです。

 地獄の帝王の脅威度についてはよくわからない。しかし、制御できなければろくでもないことになるのは間違いない。ゴジラかキングコング並みの破壊力はありそうだし、下手すると地球が滅んだりするのかな。

 

 ダモーレを唱えろと言ったのは、おそらくレベルアップについて考えているのだろう。

 ドラクエの世界では、モンスターを倒せばレベルがあがる。このレベルがあがるという現象については、モンスターの魂というか魔法力を奪い取っているという説がある。

 

 まさに経験値=いのちという考え方だ。

 したがって、エスタークを倒したのなら、もしかしてレベルがあがっているのではないかと考えたのだろう。

 

 レベルがあがれば、必然的にMPもあがる。特にわたしはレベル1だったからな。

 飛躍的にレベル上がっている可能性もあるわけで――。

 

 あっ!

 

 そんなことより大事なことがあるじゃないか。

 そうだよ。かしこさだ。

 

 レベルアップによって上がる数値のひとつとして『かしこさ』がある。

 

 いよいよ、イオちゃんもかしこさ3から脱却できる!

 かしこさ3で草とか生やされる日々からおさらばできるんだ。

 

 もう何も怖くない。

 

閲覧呪文(ダモーレ)!」

 

 希望の魔法。かしこさ100ほど来たれ!

 

――かしこさ3。

 

 だめだああああああああああっ!

 

 ちっとも上がってねえ。どうなってやがんだ。このポンコツぅ!

 

「ふむ。レベル11か。MPが720兆くらいになってるな」

 

「どうでもいいです」

 

 わたしは永久にかしこさ3なんだ。

 神さまに呪われているとしか言いようがない。

 

「なんだ。かしこさが3のままなのを気にしているのか。その話は前にもしただろう。必ずしも知的機能の数値ではないのかもしれんし、アルテリオス計算式のようになんらかのファクターXが関わってるのかもしれん。気にするだけ無駄だ」

 

「そうですけど」

 

「イオちゃん。かしこさ3でも大丈夫だから」

 

 理呼子ちゃんが慰めてくれる。

 でも、なにが大丈夫なのかはわからない。

 

「それにしてもだ。私としては非常にありがたい話ではあるな」

 

「え、何がです?」

 

 ルナの言葉の意味がよくわからず、わたしは聞き返した。

 地獄のやらかしが、いいことなのか?

 

「レベルアップの件だ。しょうかんされたモンスターを倒せばレベルアップしMPもあがる。戦士タイプとか魔法タイプとかいるのかもしれんし、地球人がどちらのタイプなのかはわからんが、試してみる価値はあるだろう」

 

――モンスターレベリングのご提案である。

 

「えっと……いやです」

 

「は? なにを言ってるんだ」

 

「だって、モンスターも生き物ですよ。人間の都合で殺しちゃっていいんですか?」

 

「人間の都合でペットにするのと何が違うんだ?」

 

「かなり違うでしょ。ともかく! 経験値のために狩るのは反対です」

 

「実験用のハムスターだって貴重な犠牲として弔われている。人間は無数の屍のうえにいまの繁栄を築き上げてきたんだ。多少はしかたないだろう」

 

「いやです。しょうかんしたモンスターは、ドラクエVみたいに仲間になった状態なんですよ。こころが通じ合ってるんですよ」

 

「ザオリクで生き返らせればいいだろう」

 

「たぶん、それは無意味です。ザオリクで生き返らせた瞬間に経験値も霧散します。おそらく経験値というのはいのちなんですよ」

 

「ふむ。いのちが経験値という説か。だとすれば、キラーマシンなどの比較的生命を感じないロボットのようなモンスターはどうだ?」

 

「そのあたりはわかりませんが、この国ではドラえもんがいますし、ロボットだって友達なんです。キラーマシンだって友達になれるかもしれないじゃないですか」

 

「ロボットがこころを持っているかという問題について言えばだ。所詮は天文学的数のプログラムの組み合わせでしかない。友達のような反応を見せているにすぎない。内面など存在しない。ロボットは痛みなど感じない」

 

「むむむー」

 

「まあ、いきなりレベルアップというわけにはいかんだろうからな。モンスターが万が一にも逃げ出さないように、もっとセキュリティランスの高い研究所なりを作ってからになるだろう。心配するな」

 

「今じゃなければいいって問題でもないでしょ」

 

「もっといい策があれば当然そちらを選ぶ。ドラクエの発売日が明日だったな。それ次第なところもあるだろう」

 

「それがダメだったら、モンスターを殺すんですか」

 

「それはいわゆる、コラテラルダメージというものに過ぎない」

 

「むきー!」

 

「イオちゃんおちついて」

 

 理呼子ちゃんがやわらかな声をだす。

 みのりさんのほうはルナをおっぱいで回収していった。

 いや、普通に膝上に乗せただけだけど、うらやましい。

 

 ふたりは引き離された格好だ。

 知らず知らずヒートアップしていたらしい。八歳児相手に恥ずかしいな。

 しかし、わたし自身、さすがに人間の都合が強すぎると思うんだよ。

 いのちを奪うなんて――許されるのか?

 

「ルナちゃん」ユアが声を出す。最高に調律された声だ。「この子も殺すの?」

 

 それはまるでドラマの中の悲劇のヒロインだった。

 一瞬でこころをつかみこころを打つ。

 戦争ですべてを失った少女が平和を希求するかのような祈りをこめた声。

 

――真正メソッド演技。

 

 わたしのような偽物ではない本気の演技だった。

 

 だが、ルナは空気を読まない子。

 欧米用のチューニングではなかったせいか。効果がいまいちだ。

 

「まずは解剖したいな。ラリホーで眠らせつつベホマをかけながら解剖すればいい。死にはしないし、痛みも感じない。なにかされたようだと思うかもしれんが、そんなの些細なことだ」

 

「ルナちゃんひどい!」

 

 ユアが抗議する。わたしも同意だ。

 

「結果的には殺してないぞ。天井のシミを数えてる間に終わる」

 

「ぴきー!」

 

 スラリンが大声で助けを求めるように鳴いた。

 

 人語を解しているのかもしれない。

 

 この子、わたしよりかしこいかも。

 

「ひとまず――、こいつをだな」

 

 ルナがスラリンに手を伸ばす。

 クククと笑う様は、マッドサイエンティスト幼女。

 

 スラリンがぴえんと一鳴きして、その場で大きく飛び跳ねた。

 

 あ!

 

 と思ったときにはもう遅かった。

 スラリンは大きく開け放たれていた窓から飛び出してしまったんだ。

 

 そしてあっという間に遠ざかっていく。

 

 逃げちゃった……。

 

 って、ヤバない?

 

 ルナによれば、人類は異物に対する忌避のこころが強いから、一般人にスラリンを開示するのはきわめてマズイという話だったはず。

 

「ルナちゃん?」

 

 ルナは手を伸ばしたまま固まっていた。

 ギギギと首だけを奇妙に動かして一言。

 

「追うぞ」

 

「え?」

 

「早く追うぞ。一般人に見つかる前に急げ!」

 

 ルナが怒鳴り散らす。

 そして、いの一番にダッシュして外に向かってしまった。

 

 ルナ……めちゃくちゃ焦っていたな。

 今回はルナのやらかしだからな。

 

 っと、そんなことを考えてる暇はないか。

 

「いきましょう」

 

 わたしたちもいっしょになってスラリン探索を開始した。

 

 レミラーマすればいいことに気づいたのは五分後のことである。




次回、スラリンが……
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