ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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実験。ついでに友達。

 星宮イオが幼稚園に通っていた頃。

 その浮きっぷりは、今よりもある意味ではすさまじかった。

 

 もちろん、浮きっぷりと言っても飛翔呪文を使った物理的なものではなく、いわゆる不思議少女ちゃんな感じだったのである。

 

 それもそうだろう。

 

 イオにとってみれば、一度は経験した幼稚園の道ではあれど、その経験は曲がりなりにも大人な精神からすると、あまりにも遠すぎた。いちおう20歳くらいの精神年齢をしているイオからみれば、幼稚園のお遊戯などあまりにも稚拙だったし、いっしょに遊ぶ幼稚園児たちを対等の人間としては見れなかったのだ。

 

 それに、イオ自身が幼稚園児を舐めていた。

 

――ちょっとくらいバレてもかまへんか。

 

 という行動理念で動いていたのである。

 

 むろん、情動的にはまだまだ未発達の幼稚園児であるが、先入観というベースが作りたてであるという特性上、子どもは人間の本質をつかむのがうまい。

 

 そして、実のところ大人以上に()()()()()()()に固執する。大人から与えられた枠組みを疑う術を知らないからだ。彼ら彼女らは自らの本性に近いところで、初めて社会というものを認識する。正しいとはこうである、普通とはこうであると刻みこまれていく。

 

 そこのところ、イオはあまりにも異質であった。

 べつに魔法のことがなくとも十分に。

 

「変な髪」

「ばあちゃんみたいな髪してるなおまえ」

「ガイジンだろガイジン」

 

 入園したての男の子たちは、イオの容姿を攻撃した。

 

 いまさら指摘するまでもないが、イオの容姿はハーフというだけであって異相ではなく、輝くばかりのプラチナブロンドを持ち、ひきこまれるようなハチミツ色をした瞳をしている。

 

 一言で言えば、美幼女である。

 

 男の子たちの意識には、いじめに値するような仄暗いものはない。ただ気になった女の子にちょっかいをかけるという構図だ。

 

 自分を気にしてほしいという短絡。つまりは、ただのかまってちゃんである。

 

 当然、そんなことをしたら好きな女の子にますます嫌われるだけであるが、情動が幼い彼らはそこまで思い至らない。

 

 イオの方はというと、当たり前だが塩対応だった。

 それに、時間がもったいなかった。

 子どものお守りをするよりも、魔法の実験がしたかったのだ。

 

 生まれてから3年。赤ちゃん時代には親の目を盗んで簡単な魔法実験しかできなかった。

 それが幼稚園であれば、ある程度は可能になるのである。

 

 結果――。

 ちょくちょくイジッてくる男子たちをガン無視して、幼稚園の端っこのほうで虫いじりをするぼっち少女ができあがったのである。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 沖田理呼子は自分の名前が嫌いだった。

 容姿は普通の日本人。家庭環境は悪くなく、愛情を以って育てられている。

 

 けれど、"りここ"というちょっぴりキラキラしている名前のせいで、おなじ桃組の男の子から変な名前と言われたのだ。それだけでなく、周りの男の子も女の子もどこか含み笑いをしていて、その考えが多数派であることを示した。

 

 初めての経験だった。

 名前という自分を表象するものを真っ向から雑に否定されたのは。

 

 理呼子は目の前が真っ暗になって、頭が水でつかったような冷たさに満たされて、気づいたらその男の子を張り倒していた。

 

 これにはさすがに保育士の先生がたも慌てた。

 

「わたし悪くないもん……」

 

 大泣きする男の子と理呼子を引き離し、先生はどうして暴力をふるったのか聞いた。

 もちろん、たどたどしくも事情を説明した。先生も理解をある程度は示した。

 ただそれでも暴力をふるうのは悪いということで妥協的解決を図ろうとした。

 

 どっちも謝りましょうというやつ。

 それで、仲直りをしましょう、と。

 

 理呼子はこれを拒否した。

 

 名前を嘲るというのは、戦争をしかけられたのと同じだ。

 存在自体を否定されたのだから、こちらも存在を否定してよい。

 そんな小難しいことを考えていたわけではなかったが、ともかく嫌だった。

 

 権力も議論する力もない理呼子は最終的には形ばかりの融和政策に屈することになったのだが、桃組の中には敵性生物しかいないことを思い知り、いっしょに遊ぶことをしなくなった。

 

 結果として、ここにもまたぼっち少女がひとり生まれたのである。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 理呼子が、初めてイオを認識したとき、なんて綺麗な子なんだろうと思った。

 空に粒子を放つようなプラチナの髪と、なにものにも混ざらない金の瞳。

 ビスクドールのような精巧な人形のように感じた。

 

 そんな子が、一心に土を見つめている。

 幼稚園児にとって"土"は微妙な概念だ。

 お砂場の砂の仲間のようにも思えるけれども原則的に触るのは禁止。

 先生たちからばい菌が入っていると言われ、しかし、土をいじって遊ぶのは楽しい。

 

 きわめつけは、虫だ。

 イオがヤンキー座りをして転がしていたのは、小さな銀色の虫。ダンゴムシ。

 思えば、イオの髪と同じような色をしている。

 

 虫は、先生たちからの評判は悪い。

 子どもたちが口に入れてしまうのを極度に恐れたし、ともかく汚いものであると口酸っぱく言ってくる。女の子としては、なんとなくわからないでもない感覚だ。

 

 虫のわさわさとした動きがちょっと気持ち悪いと感じることもあったし、なんか生理的に嫌だと感じることもあった。

 

 しかし――、イオはまるで長年連れ添った相棒のように、ダンゴムシを愛おし気に見つめ、ツンツンと手の中で転ばした。

 

 何ものにも犯しがたい不可侵の存在が、汚いものに触っているのがどこかおかしかった。

 

「なにしてるの?」

 

 理呼子はなんとはなしに話しかけた。

 すでにぼっちであり暇だったというのもある。

 しかし、一番の理由は、同じ異物どうしもしかしたら仲良くなれるかもと思ったからだ。

 

「虫で実験している」

 

「じっけん?」

 

「見てごらん」

 

 イオは右手に乗せたダンゴムシを理呼子に見せる。

 しばらく丸まっていたダンゴムシは、時間経過で再び行進を開始する。

 そこで、理呼子は初めて奇跡を目撃した。

 

即死呪文(ザキ)

 

 耳慣れぬ言葉をイオが呟いた瞬間。

 元気にわじわじと動いていたダンゴムシは突然ひっくり返って動きを止めた。

 

「え、ダンゴムシさん死んじゃった?」

 

「うん。しかし、この結果だけ見てもよくわからないな。観察する限り、ザキを放ってから死ぬまでにやや時間差があるように思える。もともと、ザキは対象の血液を凍らせて殺すという記述がどこかにあったように思うんだけど、呪殺だという線もあるしな。どっちなんだろ」

 

「それがなにかもんだいあるの?」

 

 意味はよくわからなかったが、イオがなにやら考えこんでるようだったので聞いた。

 

「問題は大有りだよ。もしも、ザキが呪殺による完全即死なら呪いというわけのわからない力に抵抗する術はないことになる。しかし、対象の血液を凍らせて殺すという場合、因果関係として血液を凍らせるという過程が入るわけだ」

 

 イオは地面に図を書いた。

 

 ザキ→けつえきこおる→あいてはしぬ

 

「もしも血液をさらさらにする薬品とか、血液が凍っても大丈夫な身体を作れば、相手は死なないことになるよね」

 

 そんなことはほぼ不可能に近いのだが、そこには譲れないこだわりがあるらしかった。

 理呼子は三歳児なのでそもそも理解が追いついていない。

 しかし、イオがなにやら大変な難問を考えているらしいことはわかる。

 

「なんとなくわかるけど」

 

 と、共感の意を示す理呼子。

 

「やっぱり、いざというときの力は絶対性を持ってないと、これからの時代の荒波は越えていけません。そう思うでしょ。えーっと……そういえば名前は?」

 

「理呼子……」

 

 少しだけ名前を言うのを躊躇してしまう。

 もしも、変な名前だと言われたらどうしよう。

 

「ふぅん。理呼子ちゃんか。かわいい名前だね」

 

「え?」

 

 それから、理呼子は泣き出してしまった。

 

 自分の名前が嫌いだった。

 

 みんなと違う異質な名前。

 

 普通と違うのは悪いことだと教えられてきたのだから、きっと、理呼子自身も悪なのだろう。

 

 けれど、そんな昏い予感はあっさりと否定されてしまった。

 イオが特になにも考えずに、あっけらかんと放った言葉によって、理呼子は初めて家族以外の他者に存在を認められたのだ。

 

 イオは焦った。

 

(なんか知らんが泣かれた。いや、なんか知らんじゃない!?)

 

 冷静に考えれば、幼女の目の前で抵抗もできないダンゴムシさんの命を虐殺していた。

 限りなくアウトに近いアウトである。

 ブラック企業も真っ青なブラック行為である。

 

蘇生呪文(ザオリク)! ほら、ダンゴムシさんは大丈夫だから」

 

 まったく見当違いの方向に考えを巡らせたイオは、とりあえずのところ虐殺行為を無かったことにしたかった。もしもダンゴムシが人間並みの思考をしていたとして、殺されたあとに復活させたからセーフと言われて納得するだろうか。

 

 再び動き始めたダンゴムシは沈黙を守るのみ。

 わしゃわしゃと元気に動き、生命の限り駆動しつづける。

 

 この日、沖田理呼子には友達ができた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 時は移り、7年後の今日。

 沖田理呼子は、イオが魔法を使ったことをバッチリ覚えていた。

 あれだけインパクトのあった出逢いである。忘れるはずがない。

 

 ただ、イオはあれから徐々に魔法を使わなくなっていた。

 出逢ってから一年も経つ頃には、完全にとぼけていた。

 

「ねえ。イオちゃん。魔法つかわないの?」

 

「魔法? なんのことでしょうか。理呼子ちゃん。魔法なんてものは存在しないんですよ」

 

(やべえ。幼稚園児忘れねえ)

 

 イオの中で、そんな内々の焦りがあったことは知るよしもない。

 

 もしかすると、誰も知らないところでこっそり使っていたのかもしれないが、少なくとも理呼子の前では使わなくなった。

 

 最初は意味のわからなかったあのときの魔法も、すこしずつ成長するにしたがって、その重要性を理解しはじめる。

 

 命を操れる魔法である。重要でないわけがない。

 

 アニメとかでよく見るように、魔法は一般人の前では秘匿することが多い。

 

 おそらく禁則事項になっているのだろうと推測し、理呼子はイオのことをおもんぱかり、魔法の話題を口に出すことはしなくなった。

 

 イオは安心した。

 

(ワスレタ。ワスレタ)

 

 理呼子の思いやりの心とは真逆の、いっそ邪悪な何かであった。自ら魔法をバラしておいてこれであるから救いようがない。ただ、イオの代わりに弁明をすれば、本当は理呼子の記憶を、混乱呪文(メダパニ)を使って奪うことも可能だった。それをしなかっただけ、イオにもひとつまみ程度の良心は残されていたといえる。

 

 小学校に入る頃には、習い事によって忙殺され疲れ果てていたイオとは、小学校ですれちがっても、二、三言会話をかわすのみになっていた。

 

 理呼子自身は幼稚園のころからの幼馴染であるし、もっといっしょに遊びたい。

 ただ、子役というのは憧れであろうし、夢に向かって邁進しているのを邪魔したいわけでもない。

 かなり残念なことに、もともとコミュ障の気のあるイオは、理呼子がかなりのところ気を配り、思いをくだいていることに気づいてもいない。

 

 それどころか、自分はぼっち生活を続けていると考えている。一応、会話する程度には友達と思われているようであるが、明らかに理呼子の片思いに近かった。

 ただ幸いなことに、そんなイオの内心も、まったく理呼子に伝わっていないのであるが。

 

「んぅ……イオちゃん。ついに魔法少女バレしちゃったのか」

 

 イオの業界への露出をあまねく収集していた理呼子は、昨晩の魔法騒動もいちはやくキャッチしていた。

 

 ふたりだけの秘密だった魔法を他の人も知るところになって、わずかに胸の奥にチリチリとした嫉妬の炎が湧いたが、考えようによっては悪くはない。

 

 なぜなら、理呼子が一番最初に気づいていたのだから。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ママみ成分の補給完了! おっしゃいくぜ。

 というわけで、わたしはそろそろ学校に向かうことにした。

 

 使う魔法はルーラ。

 一度訪れたことにある場所に瞬間移動する呪文だ。

 

 なお、このルーラであるが、今世では一度も使ったことがない。

 四六時中寺田さんやママンといっしょに行動しているからな。

 いまは昔とちがって、子どもが単独行動をするのはあまり推奨されていない。

 部屋の中でトベルーラくらいは使えるが、ある地点からある地点に向かうルーラはつじつまを合わせるのが不可能に近いので、いままで使えなかったんだ。

 幼稚園で使ったら?

 即バレするに決まってるだろいい加減にしろ!

 

 さて、ここで問題になるのがルーラの効果だな。

 もちろん、ルーラが一度訪れた場所に瞬間的に移動する呪文なのはわかる。

 けど、これがどういう過程をもって効果を発揮するのかがわからん。

 

 ゲームでのルーラはちょうどキャラが浮遊感あたえちゃったかなっていう感じで、ふわーっと上空に浮いて、そのまま目的地に落ちてくる感じで描写される。

 

 小説のドラゴンクエストでは、ワープみたいに空間が揺らいで気づいたらその場所にいたというような感じだったはずだ。

 

 これで、なんの違いが現れるかというと、要するに天井に頭をぶつけるかもしんない。

 

 実際、ゲーム版のルーラでは、洞窟や塔で使ったら頭を盛大にぶつけている。絶対に痛い。

 

「しかし、妙ですね……」

 

 眼鏡をかけた探偵のクソガキみたいなセリフだが、他意はない。

 街中ではたとえ家の中でも頭をぶつけることはないんだよな。さすがにドラクエの家が天井のない壁だけの家ってこともないだろうし、自陣だったら使えて敵陣だったらつかえないって考えでいいのか?

 

「試すほかないですね……硬殻呪文(スカラ)硬殻呪文(スカラ)硬殻呪文(スカラ)

 

 防御力をあげる呪文で、カチカチにする。

 まあ、頭をぶつけてもHPは減ってなかったから、魔法的なバリアでそんなには痛くないかもしれないけれど、一応ね。

 

「それではお母さま。いってまいります」

 

「ええ、いってらっしゃい」

 

 勇者を見送るママンってこんな感じなのかな。

 慈愛であふれているわ。ママン。

 

瞬間移動呪文(ルーラ)

 

 お、浮くタイプだ。天井に当たりそうになった瞬間に、反射的に目をつぶってしまったがあっさりとすり抜ける。

 ビュイーン。ビュイーン。

 ものすごい浮遊感と超スピード移動。

 確かに空を飛ぶという過程は発動直後にちょこっと存在するようだが、その過程自体がふっとばされているようでもあるな。例えば、飛行機とかドローンにぶつかる心配はなさそうだ。

 

 まさに、一瞬。

 気がつくと目の前に、光竜学園初等部の正門があった。スマホを見てみると、時間的には浮遊しはじめた数秒間と着地のときの数秒間は実際に経過していたが、それ以外は一秒も経過していないようだ。

 別の異次元空間を通って、ワープしてきたという感じなのだろうか。

 

 あらためて、目の前の門を見てみる。

 赤いレンガの積まれた歴史のある門がまえ。

 小さな子どもたちが挨拶をしながらくぐり抜ける様はかわいらしい。

 生活指導の先生が立っていて、子どもたちを出迎えていた。

 

「おはようございます」

 

 わたしも挨拶した。

 

「ああ……おはよう」

 

 なんだかビックリしているな。魔法で登校したのは初めてだしな。

 まあ、べつに遅刻したわけじゃないからいいだろう。


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