ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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運動会。ついでにエビちゃんとの心温まるエピソード。

 秋まっさかり。

 

 かつて、体育の日というのが10月の第二月曜日と定められていたのだが、今はスポーツの日というふうに名前を変えている。日付も7月24日になっているらしいな。なんだか妙な感覚だけど、2020年にオリンピックが開かれる予定だったから、その日に合わせたらしい。

 

 しかし――、今も昔も運動会は秋におこなわれることが多い。

 涼しくなって過ごしやすい季節だし、熱中症とかになりにくいというのが理由だ。

 

 これに対して春におこなわれる運動会というのもだいぶん多い。春も秋と同じく過ごしやすい季節だからな。それといわゆるお受験というものを考えた場合、秋に開催だともうあまり時間がないので親が焦るというのもあるらしい。当の本人たちはのほほんとしていることも多いが、いつだって親は子どもの幸せを願っているものだと思う。いい中学に入れば幸せになれると信じているからこそ塾に行かせたり習い事を受けさせたりするんだろう。ママンもそうだからよくわかる。ちなみに、今のわたしは習い事をやっていないわけだけど、魔法のことが落ち着いたら、また過密スケジュールが復活したりするのかな。

 

 ともあれ――、運動会がどの時期に行われるかは、その学校の選択次第だ。

 

 それでこの学園はというと、基本的にはエスカレーター式なんで、お受験というのは考えなくていいんだよな。

 

 だから運動会が開催されるのは秋でございます。

 

 なお、この学園には幼稚舎から大学院まで詰め込んだ複合体なわけだが、初等部の運動会は初等部のみでおこなわれる。同一敷地内にあるけれど、基本的に初等部が中等部にいったり、その逆もあんまりないし、それぞれ運動場が設けられているくらいには広いしな。

 

 今日はご父兄や関係者の方々も次々来校してきてて、エリア外にいかないように看板や誘導員があちこちに立っている。

 

 ……なんか迷彩色の服を着た筋肉ムキムキのマッチョマンもちらほら見かけるような。

 いやそれだけでなく、金髪碧眼の明らかに外国の軍人さんみたいな人たちが立っているような。

 

 いや気にしてはいけない。

 

 前回のユア誘拐の失態を取り返すべく国は過敏になっているんだろう。

 

「ねえ。イオちゃん」

 

 学校の更衣室で上半身を脱ぎながら、理呼子ちゃんが聞いてきた。

 

「なんです?」

 

「ルナちゃんが来てないんだけど、なんでだろうね」

 

「実験か何かで忙しいんじゃないですか」

 

「ルナちゃん、運動苦手そうでしたし、サボってるんじゃないかな」

 

「かもしれませんね」

 

「呼びにいったほうがいいのかなぁ」

 

「運動会に参加するしないも個人の自由ですよ」

 

 そもそもの話、八歳児が五年生に混じって運動会に出るというのは、とてつもないハンデだ。

 頭がどんなによくても、身体は子どもこころも子ども。

 他の子たちにぶっちぎられたらさすがにいい気がしないだろうし、サボってもしょうがないと思うんだよな。夏のプールの授業もわりとサボってたしなぁ。たぶんルナの運動神経はあんまりよくない感じがする。まあ、こっそり魔法を使えば勝てなくもないんだろうが、さすがにバレるだろうし、それこそ問題行動だろうから、やらんだろ。

 

 このイオちゃんですら魔法を使ってはいけないとわかっているんだからな。かしこさによる相対評価って便利だぜ。

 

「でも、このまま私たちといっしょに卒業するつもりなら、きちんと参加していたほうがいいと思うんだけどな。小学生の運動会は今回を含めて二回しかないんだし」

 

 理呼子ちゃんの言うことももちろんわからないではない。

 いくら天才児でも、学校での学びがまったく無意味ということはなくて、みんなといっしょに何かに参加するというのは、人としての成長に役立つような気がする。

 

 ……まあ。

 

 ルナは友達だしな。

 

「理呼子ちゃんは優しいですね。少し探索してみましょうか」

 

「うん。お願い」

 

 使う魔法はもちろん探索魔法(レミラーマ)である。

 

 合流呪文(リリルーラ)でもいいんだろうが、めちゃくちゃプライベートな時に出くわしてしまう可能性もあるんで、プライバシーの侵害は最小限にとどめておいたほうがいい。

 

 この魔法はわたしが思い描いたものをいい具合に探索する。

 GPSも真っ青な完全探索機能であるが、わたし以外が使おうとするとその範囲は案外狭い。

 ゲームでの仕様を考えてみれば当然だ。

 レミラーマは周囲十メートル程度くらいしか探索できてないからな。せいぜい部屋の中でスマホがどこに置いたかわからんときに使うくらいしか用途がない。

 これを無理やり押し広げているのはわたしの潤沢な魔法力による。

 

 魔法力によるアクティブソナー。

 反響定位によって、物体の情報を探る。

 たぶんこれは――結構おおざっぱな情報の取捨選択をしていると思うんだよな。

 わたしの無意識なりなんなりが――いわば、魔法そのものがわたしの意思を読み取って、適合した情報を持つ対象の場所を教えてくれる。

 

 レーダーサイトみたいに居場所がわかるって寸法だ。

 

「学園内は……いませんね」

 

 さらに押し広げることにする。

 東京都内くらいまで広げて、ルナの研究所あたりまで。

 もう一度レミラーマ!

 

 コーン! と魔法波が広がっていく。

 

 反射する情報の中にルナの存在は――。

 

 ……ない。

 

「おかしいですね。東京都内にもいないとなると、アメリカにルーラで帰ってるんでしょうか」

 

 やむをえん。

 レミラーマを地球全土に向けて撃つほかない。

 

「イオちゃん。他の国にレーダー照射は問題になるよ?」

 

「バレますかね?」

 

 そもそも探知をしているだけだぞ。なんらかの攻撃魔法ではないのにバレるのか。

 

「なんかいまね。()()()()()()突き抜けるのを感じたよ」

 

「それは奇怪な……」

 

「言葉にするのは難しい感覚なんだけど、私がアンテナでイオちゃんが電波みたいな感じだった。風が頬を撫でるような感覚だったよ。これが"気"かな」

 

 なるほど、気ですか……。

 ドラゴンボールじゃあるまいし、なんて思うけれど。

 よく考えればドラゴンクエストではあるのだった。

 

 そうか。魔法力を持ってると、他者の魔法力を感知できるんだな。

 なんかそんなことをエビちゃんも言ってたような気がするし、なるほどなぁ。

 

「大丈夫ですよ。魔法力を感知できる人は、いまはまだ日本人とアメリカ人だけでしょうし。地球全土にレミラーマしてもバレませんって」

 

「いまのでイオちゃんのママにバレたってことだよね。あとから絶対追及されるよ?」

 

「うっ……」

 

「アメリカまで探知範囲を広げたら大統領さんとかがビックリするよ? 大統領さんからイオちゃんのママに連絡がいくよ。イオちゃんまで超特急だと思うんだけど」

 

 おっしゃるとおりでございます。

 よかったぁ。地球全土レミラーマしなくて。

 

「都内くらいまでなら大丈夫ですよね?」

 

「うん。いざとなったら私がいっしょに説明してあげようか?」

 

「理呼子ちゃん。ありがとうございます!」

 

 さすが天使! 慈愛に満ちておられる。

 

 しかしながら、開催式が行われてもルナが運動場に現れることはなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 2030年の運動会においては、個人情報保護の観点からカメラの撮影は一切禁止だし、スマホで撮影しているそぶりを見せようものなら、たとえ父兄であろうが容赦なく叩きだされる。

 

 世知辛い世の中だけど、簡単に動画を拡散できる世の中だし、デジタルタトゥって怖いからな。イオちゃんなんか、もうずっとかしこさ3として生きていくしかないしな……。

 

 そういうわけで撮影されたりとかはないんだけれども、わたしに対する視線は多い。

 わたし、ただ次の競技に向けて座ってるだけなんですけれども。

 

「みなさん、わたしが魔法を使うのを期待されてらっしゃるんでしょうか」

 

「そうかもね。実際、目の当たりにするのと動画で見るのじゃ違うだろうし」

 

 理呼子ちゃんの言葉に、わたしも納得する。水着を買ったときがそうだったしな。魔法という現実離れした現象もカメラを通じてだと、嘘か真かが曖昧な感覚になるんだ。それはたぶん、映画とかアニメとかで幻想的な光景を何度も繰り返し見ているからだと思う。わたしの力も二次元という壁に濾過されるんだろう。案外、わたしのことも特撮ドラマの魔法少女キャラだと思われていたりして。

 

「私のママなんか私が魔法を使ったらビックリしてたよ」

 

「そうなんですね。わたしのお母さまもそうでした」

 

 魔法が周知されているから、我が子のことを化け物(ジャガーノート)として捉える可能性は低かったけれども。

 

 わたしが魔法を伝播する際に、理呼子ちゃんの親御さんの反応だけは未知数だった。

 

 他の子は大丈夫なんだ。

 

 ユアはわたしの妹だし考えるまでもない。

 

 みのりさんは、あの理事長だし、自分の娘を治せといった手前、みのりさんが魔法を使えても受け入れるに決まっている。

 

 ルナはアメリカの肝入りで日本に来たわけだし、その立ち位置はエージェントだからな。科学者でもあるけど。

 

 理呼子ちゃんだけは本当にいいのか。わたしは心配だったんだ。もちろん、魔法クラブに所属している以上は、マホアゲルは既定路線だったわけだし、最終的に魔法を使うまで何度も確認はしているけどな。

 

 だが人のこころは魔法でもわからない。

 

 わたしが少し悩みを顔にだしていたせいか――。

 

「大丈夫だよ。ママは私のことが大好きだからね。心配してくれてありがとうね」

 

 理呼子ちゃんはレミラーマよりも正確に、わたしのこころを見抜いてきた。

 

 正直なところほっとした。

 

「よかったです。本当に」

 

「大丈夫だよ。みんな魔法に慣れてきてるから」

 

 魔法とはわたしである。その認識がずっとわたしの中にある。

 だから、みんながわたしに慣れてきたということだろうか。

 わたしが十年もの長い間、魔法を秘匿してきたのはひとえに怖かったからだ。

 特にママンに対してだけど、人間に魔法(わたし)が受け入れられるのかがわからなかった。

 いざやってみると、こんなにもあっさりと受け入れられてしまっている。

 妙にくすぐったいような、温かい感覚だった。

 なんか今のわたし、恥ずかしいくらい(ポエ)ってるけど、秋ってなんだか心が揺れ動くんだよ。女心と秋の空ってね。

 

――次は二年生による借り物競争です。

 

 アナウンスが聞こえてくる。

 

「あ、ユアちゃんが出るみたいだね」

 

 理呼子ちゃんが指さした方向にはユアが腕を組んで立っていた。

 自信たっぷりに周りを睥睨(へいげい)する姿は、小学二年生とは思えない貫禄がある。

 その顔を見た瞬間、とてつもなく嫌な予感がした。

 

「なにか忘れているような気がします」

 

「なにかって?」

 

「ええっと……思い出せません」

 

「思い出せないってことはたいしたことないんだよ」

 

 理呼子ちゃんがわたしを安心させるように言う。

 

「そうでしょうか」

 

 わずかな胸のしこりというか。

 喉に骨が刺さったというか。

 非常に重要なことをとりこぼしているような気がするんだよな。

 

 うーん……。

 

 あっ!

 

 そういや運動会で魔法を使う使わないの話のとき、()()()()()()()()んだ。

 でも、あのときいなくてもママンが注意してるはずだよな。

 それに誰が注意しなくても、魔法を使っちゃダメなことくらいユアの頭ならわかるだろう。

 

 スターターピストルの音が鳴り、みんなが一斉に駆け出す。

 ユアのスピードはノーマルだ。ピオラやバイキルトを使ってブーストしている様子はない。

 わたしは心底ほっとした。

 

 さすユアである。

 最近、妹をほめまくっていたけれど、今日という日は本当に偉いと思ったわ。

 ごめんユア。お姉ちゃん、ユアを疑って悪かったわ。

 

「大丈夫っぽいですね」

 

 わたしは安心して横にいる理呼子ちゃんに言う。

 

「あ、ユアちゃん。こっちに向かってきてるよ」

 

「え?」

 

 振り向くとユアはこちらに向かってきていた。

 わたしのほうに向かってくるというのは、ある意味異常事態ではあるけれども、どこにも魔法的な形跡は存在しない。普通のスピードではある。

 

「お姉ちゃんついてきて!」

 

「ふぇ?」

 

 わたしの手をとるユア。

 

 ひらひらと見せるもう片方の手には、はかなくも小さな紙切れが握られていて、そこには『ご家族・お知り合い』というふうに書かれてあった。お知り合いというところが結構ゆるいのかもしれない。もしも、誰も運動会に来てなくても先生や友達も知りあいには違いないからな。

 

 お姉ちゃんのところに一番にかけつける妹がかわいすぎる件!

 そんなこと思ってデレ顔で走っていたら、ユアが突然こちらを向いた。

 

「お姉ちゃん遅いよ。加速(ピオラ)!」

 

 え? と思う暇もなかった。

 

 そして急加速!

 

「ユア。ユアちょっと、ちょっと、待ってください。わたしピオラしてませんから」

 

 スカラによる防御はしていても、ピオラは使っていない。

 わたしは必死に足を動かすが、ピオラを使ったスピードは普通レベルでも百メートル走で楽々世界新記録を出せるレベル。当然、魔法を使っていないわたしの足が追いつけるはずもなく……。

 

 馬にロープで引きずられていく罪人みたいになるのだった。

 せめて複数対象を加速させるピオリムを使ってくれればこんなことにならずに済んだのに。

 ユアちゃんってもしかしてお姉ちゃんのこと嫌いなのかな?

 身体に痛みはなくても砂まみれになったわたしのこころは痛みで軋んでいるのでした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 お昼である。

 運動会時のお昼ご飯については子どもと親がわかれて食べることも多いらしい。

 

 しかしながら、うちの学園では家族がいっしょに校庭などにブルーシートを広げて食べてもよいということになっている。良いところのお嬢様お坊ちゃま学校なので、そもそも家族が来られないような余裕がない家庭は最初からはじかれるという話だ。これもまた世知辛い話だけれども、誰も来ない場合は、学園内のフードコートがあるからな。そっちで食べるか、あるいは教室内で弁当を食べても悪いわけじゃない。

 

 さて――、うちの場合は、ママンとばあちゃんが来ていた。

 

 ばあちゃん久しぶりだな。あいかわらずお美しい。さすが家元である。

 着物でブルーシートに座っていると、いまから切腹でもなされるのですかと思わず言ってしまいそうな違和感がある。そして威圧感が半端ない。

 

 ふたりともお怒りである。たぶん、さっきのピオラダッシュについてだろう。

 お姉ちゃんが悪いんです。妹にちゃんと言い含めることのできなかったわたしが。

 

 ユアについては仮面をつけているとはいえ、編隊飛行時に魔法が使えることはほぼバレてはいる。こちらからバラしたといってもいいだろう。だから何が悪かったかというと、運動会で魔法というズルをしたことだ。

 

「申し訳ございませんでした」

 

「なんでイオが謝るの? あなたまた何かしたの?」

 

 ママンからは意外な言葉が出た。

 わたしのお叱りの言葉ではなかった。

 

「え、いや、わたしが積極的に何かしたわけではないですが……」

 

「さっき何か変な感じがしたけど、あれはなに?」

 

「レミラーマです。ルナちゃんが今日どこかでサボっているのか心配でして」

 

「そう。まあそれはいいわ。ところでユア。なんであんなことしたの?」

 

 ママンがユアに聞いた。

 ユアは悲しげな表情になった。

 

「ごめんなさい。みんなそのうち魔法を使えるようになるんだから、ちょっとだけ早く使ってもいいかなって思ったの」

 

「イオの手をとった瞬間に使ったのは?」

 

「最初は我慢しようって思ったんだけど、お姉ちゃんの顔を見たら安心しちゃったの」

 

――魔法を使ってもいいんだって。

 

 ちいさく呟くようにユアが言う。

 

「うちの娘たちは……本当にもう」

 

 ママンに心労をかけて申し訳なく思う。

 

「「初級回復魔法(ホイミ)」」

 

 ほぼ同時にホイミをかけた。

 べつに示し合わせたわけではないが姉妹の呼吸だった。

 思わずユアと顔を合わせて笑いあう。

 

「しばらく魔法は禁止にしようかしら」

 

「やめてください。お母さま。魔法を禁止されたら死んじゃいます」

 

「あなたの場合、ガス抜きしないのはそれはそれで怖いから問題なのよね」

 

 おっしゃるとおりでございます。

 そのうち、目立たなくなるとは思うんで、それまで我慢してほしい。

 

「イオ」ばあちゃんだ。「あの加速呪文ですがなかなかに有用なようですね」

 

「あ、はい。そうですね。おばあ様の剣技をしのげるほどですから」

 

 ドラクエのシリーズによっては"すばやさ"とは防御力にも直結していたりする。

 

 おそらくだが、HPというのは致命の一撃にいたるまでの余裕みたいなものなので、素早く動ければ、そういった一撃を回避できるということなのだろう。

 

 一言でいえば、当たらなければどうということはないってやつだ。

 

「私は攻撃魔法を使えませんでした」

 

 ばあちゃんがじっと私を値踏みするように見ている。

 

「かしこさが高かったんですか?」

 

「127です」

 

「127……おお……」

 

 ばあちゃんすげえな。でもそれは逆に使える魔法が限られるということでもある。

 

「私が使えたのはピオラ。トベルーラ。そしてホイミくらいです。これらの呪文であなたを打倒できるかを考えていました」

 

「ひえ」

 

 ずいぶん前に煽ったことを根に持ってらっしゃる。

 

「あの……わたし、だいぶん優しさとは何かを考えてきたんですよ」

 

 むしろ虫一匹殺してない感じです。

 ダンゴムシAは役目が終わったら返してあげたし。

 スラリンやエビちゃんとも仲良くなった。

 モンスターとこころを通わせてるんですよ。

 これはもう優しさマックスでしょ。

 わたしはエビちゃんとのこころ温まるエピソードを想起する。

 

 

 

 ・

 

 

 

「ねえエビちゃん」

 

「はい! なんでございましょう! きのみの収穫効率は現在部下を使って上げております!」

 

 ふしぎなきのみの収穫だが、闇の世界というかなんというか、わたしには預かり知らないところだけど、地面に転がってる超レアアイテムらしかった。エビちゃんはわりと偉いポジションにいるらしく、部下を使って集めさせるようにしたらしい。

 

 そこが、ちょっとだけ気にかかるところだった。

 もしかしてこれって、異世界召喚による拉致と簒奪じゃないかって。

 よくなろう小説で魔王を倒すために勇者召喚をする物語がある。

 魔王を倒すまでは帰れないみたいな設定だ。これって現実世界で考えたら犯罪だよな。

 

 そして――、わたしが行ってることって同じなんじゃ……。

 

 そんな疑念があった。

 

 わたしが召喚魔法に魔法力をこめまくれば、エビちゃんは一生帰れない。時間制限が事実上存在しなくなるからだ。スラリンはべつにこの世界にいていいというスタンスらしく、ずっとこの世界に召喚しっぱなしだが、エビちゃんは違う。帰りたがっている。

 

 だから、わたしは聞いた。

 

「わたしのことが嫌いだったり負担だったりしたら言ってくださいね」

 

「ひいいい。そんな滅相もございません! イオ様のことを嫌いになったりなどと!」

 

 床を舐めるように土下座するエビちゃんである。なんでそんなに卑屈なのかわたしにはわからない。召喚主だから主様的な感覚があるのかもしれないけど、わたしとしては友達みたいになりたいんだけどな。

 

「ふしぎなきのみも、べつにエビちゃんじゃなくてもいいんです」

 

 そう、エビちゃんじゃなくても、バラモスエビルは無数にいるだろうし、なんだったらベホマスライムだって持ってるシリーズはある。

 

「そ、それは、わしは用済みということでしょうか」

 

「うーん。そうですね。まあ……()()()()()()ですよ。エビちゃんを解放してあげたいんです」

 

 わたしができうる限りの微笑みを浮かべる。女神のような慈愛の微笑みだ。

 イオちゃんは優しいから、エビちゃんを解放してあげるのだ。毎日毎日ふしぎなきのみを簒奪するブラック企業の社長みたいなことはやめてあげるべきなのである。彼には彼の生活がある。人生? があるのだ。

 

 エビちゃんは顔をゲーミングパソコンみたいにカラフルにさせた。

 

 そして、したたる生暖かな液体。

 

 ウレションするほどかよ!

 

 エビちゃんはいろいろ緩い。ゲロ吐いたり、お腹痛かったり、もういろいろと垂れ流し状態なのだ。それが彼の感情表現なのだろう。

 

 正直ショックだったが、エビちゃんが負担に思っているんなら、いますぐにでも解放してあげるべきだ。ふしぎなきのみは、きっとどこかの誰かを召喚しつづけなければならないだろうが、エビちゃんとはこれでさよならだ。悲しいけれど。

 

「お別れです。エビちゃん……」

 

 右手に青白い魔法力をこめていく。

 

「わしは……、わしは……別れとうございませぬぅ~~~~!」

 

 すがりつくようにエビちゃんがわたしの胸にダイブしてくる。

 ええ? そうなの。

 

「イオ様のもとへふしぎなきのみはお運び申し上げますから。どうぞ平に平に」

 

「えっと……つまり、わたしと友達でいてくださるのですね?」

 

「友達などと、身に余る光栄でございます」

 

「じゃあ、今までと同じようにエビちゃんを呼んでいいのですね?」

 

「もちろんでございます」

 

 ふふふ。

 なんかエビちゃんがかわいい。

 わたしにも女の子としての経験値が積まれてきたのか、かわいいおっさんという概念を理解できるようになってしまった。エビちゃんなんかまさにそれだな。

 

 モンスターといえども、必ずしも邪悪な存在とは限らないのだ。

 ラブ&ピース。みんな仲良く。平和にね。

 

 

 

 ・

 

 

 

 そう、まさにこころが通じ合う仲になったのである。

 ばあちゃんにそこまで説明する時間はないけれど、わたしの中には確信がある。

 もしも、ドラクエに優しさという数値があったら、絶対に上昇していますよ。

 

「そうですか。運動会が終わったら私の家に来なさい。試してあげましょう」

 

「わかりました……」

 

 試すっていうのが、刀の切れ味とかだから怖いんだよ。ばあちゃん!

 バトルジャンキーだからしょうがないんだろうけどね。

 

 いまのばあちゃんは魔法が使える分、強くなっているとは思うけど、わたしも防御魔法には躊躇がなくなっているからな。勝負にならないというか、戦闘にすらならないだろう。

 

 まあ、べつにいいんだけどね。

 

 しばらく、昼食を食べて英気を養っていると、ママンの携帯に突然着信があった。

 

「はい……はい。ええ?」

 

 ママンの声に困惑が混じる。

 顔には焦燥。

 どうしたんだろう。

 

「イオ、あなたに代わってほしいって」

 

「え、どなたです?」

 

「ボブさんからよ」

 

 ボブさん。ルナのボディガードで黒人のムキムキマッチョマンだ。

 

「は、はろー?」

 

「あ、日本語ダイジョウブ」

 

 あ、そうですか。

 そういや翻訳魔法もあるから、いざとなればそれを使えばいいかもな。

 

「どうしたんです?」

 

「ルナ、いない」

 

「え?」

 

「朝起きたら、ルナ部屋にいなかった」

 

「どこかでサボってるとかじゃないですかね」

 

「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。ボブわからない」

 

 誘拐。かどかわし。

 それらのイメージに、わたしは黒いモヤのようなものを持っている。

 ユアの事件があったからだ。

 あのときはなんとかなったけれども、何度も奇跡が起こせるかと言われるとわからない。

 

「助けてクダサーイ。あなたの魔法で」

 

 目の前がカッと熱くなった。

 そんなの決まってる。

 

探索魔法(レミラーマ)!」

 

 わたしは躊躇なく全世界にコールした!




(注)シリアスの時間は終わっております。

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