ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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ルナの失踪。ついでに疾走。

 彼女は、ふと目覚めた。

 気がつくと彼女は、かどわかされ狭い室内にいた。

 周りを見渡すと彼女と同じ境遇のやつらが無数にいる。

 全員見知った顔ではなかった。

 けれど一瞬、慣れしたんだ場所にいるような錯覚が彼女を襲った。

 住み慣れた四角い部屋。暗くて閉め切られた安心の空間。

 自然界には存在しない直角で構成された角度。

 いずれも元いたところと遜色はない。

 

 だが――、すぐに違うことに気づいた。

 

 暗闇の中でふたつの眼だけが爛々と光っていた。

 白衣を着たマッドサイエンティストだ。そいつは彼女たちを冷酷に見つめていた。

 否、楽しそうに笑っている。

 いのちをもてあそぶのが楽しいとでも言うかのように。

 三日月のようにそいつの口が開く。

 

「今日は、皆さんにちょっと、殺し合いをしてもらいまーす」

 

 いのちの実験が始まった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ルナがいなくなった。

 もしかしたら誘拐や拉致の可能性もあって、わたしはすぐさま探索呪文(レミラーマ)を全世界に広げた。全世界に薄く薄く感覚を伸ばしていく感じ。効果範囲を広げていく。

 

 地球全土に広がれば、どこにいようが見つけられない道理はない。

 しかし。

 ルナの反応がない。

 

 わたしは焦って何度もレミラーマを唱える。

 そのたびに帰ってくるのはむなしい反応ばかり。

 

 まさか。

 まさか。まさか。

 この世界にいない!?

 

 ルナは異世界に召喚されちゃったとか。

 あるいは。

 考えたくないが……。

 

「お母さま。どうしましょう。ルナの反応がありません」

 

「落ち着きなさい。合流呪文(リリルーラ)を唱えてみればいいじゃない」

 

「そうですね。合流呪文(リリルーラ)!」

 

 合流呪文は、ダンジョンではぐれたときなどに仲間の元に瞬間的に移動する魔法だ。

 しかも、この呪文は異界に置き去りにされたときにも追跡可能な魔法として設定されており、たとえ、異世界であろうとも、合流することは可能と思われた。

 しかし。

 呪文はむなしく空間に響き渡ったのみ。

 わたしの呪文は発動しなかった。

 いや――正確には、発動はしている。MPは確かに消費しているしな。ただ、対象が見つからず、魔法は空転した。まさしく空回り。魔法の効果が現れない。

 

 こんな――こんなことって。

 リリルーラが死体のもとへも導くものなのかはわからない。けれど、対象が存在ごと抹消されているのに蘇生させることはできない。

 

 つまり、これは生物にとっての最悪。

 

――本当の死。

 

 そのものじゃないか。

 

 いや、そうだとしても、あとひとつだけ方法がある。

 サンズ・オブ・タイム。

 時の砂の呪文。

 漫画においては記憶を保持したまま若返りの呪文として使われていたけれども、その本質はゲームにおける時の砂というアイテムと同様なんじゃないかと考えられる。

 時の砂は使うと、戦闘開始時まで時間を巻き戻す。

 すなわち――、記憶を保持したまま、戦闘空間そのものを一定時間まで巻き戻しているんだ。

 

 もちろん、時間を操るだけあって、使用する魔法力はとてつもなく大きい。

 

 漫画での巻き戻し時間が長いのは、対象をひとりに限ることで解決し、ゲームで戦闘空間そのものを巻き戻しているのは、巻き戻し時間が短いので解決したんじゃないか。

 

 要するに、巻き戻し時間が長ければ長いほど、巻き戻しの対象が多ければ多いほど、魔法力を馬鹿食いすると考えられる。

 

 問題ない。

 わたしが地球全土を対象に入れて、今日の朝方まで時間を巻き戻しても、死んだ人が生き返ったりとか、今日やったお仕事とかがリセットされて大混乱が生ずるだろうけれども。

 

 ルナはまちがいなく生き返る。

 

 ルナは――、時々ハチャメチャをやっちゃうやつだけど、わたしにとっては紛れもない友達のひとりだった。友達だったんだ!

 

 世界の混乱。

 おそらく今までの比ではないほどの大混乱が生じる。

 また、ママンに怒られるだろう。

 今度は時間の巻き戻しだ。寿命についても無意味になる。

 権力者がわたしに群がってくるかもしれない。

 できるのにしないということが判明したら、また人にズルいって言われるかもしれない。

 

 かまうもんか。

 世界かひとりの友達かなんて選べるものじゃないけれど、わたしに対する印象なんてドブに捨ててしまえばいい。

 

「イオ。あなた……」

 

 ママンが察したのか焦った顔になる。

 

 でも、もうわたしの覚悟は決まっている。

 

「時間を巻き戻します! サンズ・オブ――」と、そのとき。

 

「イオちゃん?」

 

 わたしが顔をあげると、そこにはお弁当を持った理呼子ちゃんがいた。

 

 気の抜けたわたしは――、呪文を中断した。

 

「どうしたの? 顔色が悪いよ」

 

「あの……ルナがいないんです」

 

「うん。朝からそうだったよね」

 

「そうではないんです。レミラーマを全世界に放ってもいませんし、リリルーラも効果がありませんでした」

 

「どういうことなのかな?」

 

「わかりません……」

 

 理呼子ちゃんはママンとばあちゃんに一礼して、わたしの隣に座った。

 弁当箱を横に置き、わたしの話を聞く姿勢だ。

 

「もしかすると、死んでいたり異世界に召喚されたりすると呪文の効果がないのかもしれません。いままでそういった例がないのでよくわからないんです」

 

「だから、時間を巻き戻そうとしたの?」

 

「そうです」

 

「イオ、あなた本当に時間を巻き戻すつもりだったのね!?」

 

「すみません。お母さま。でもルナちゃんはわたしの友達なんです!」

 

 あ。あれ……。なにか暖かいものが頬を伝ってる。

 わたしはいつのまにか泣いていた。情動をコントロールできない。

 メダパニがないと三歳児と同じくらいだ。

 

「お姉ちゃんがまた泣いてる。ルナちゃんは生きてると思うけどな」

 

 ユアはあいかわらず泰然としている。

 わたしと違って、この子は大物だ。

 今も、お弁当の箱から好きな食べ物だけを選びながらのほほんとしていた。

 

「どうしてそんなことが言えるんです? もう二度と会えないかもしれないんですよ。ユアにとってはまだ友達になってそんなに時間は経ってないかもしれませんが、お姉ちゃんにとっては数少ない友達のうちのひとりなんです!」

 

「私にとっても友達だよ。でも、そうじゃなくて、お姉ちゃんの魔法の使い方に問題があるんじゃないかなって言いたかったの」

 

「どういうことです」

 

「レミラーマについてだけど、効果範囲を魔法力をこめることで広げただけなんだよね?」

 

「そうですよ」

 

「リリルーラは普通に使っただけ?」

 

「そうですが」

 

 なにが言いたいのかわからない。

 けれど、理呼子ちゃんのほうは得心がいったらしい。

 納得顔になっていた。

 

「理呼子ちゃん。ユアの言うことがわかったんですか」

 

「うん。なんとなく。要するに範囲は広いけど、どちらも力技ではなく通常の魔法力だって言いたいんだと思うよ。レミラーマは全世界に放ったけど、魔法力をレーダー波みたいに広げたってだけだし、リリルーラはそのまま素の状態で唱えただけでしょ」

 

「そうですが――」

 

「マホステとかマホカンタで()()()()()()んじゃないかな」ユアは言った。

 

「誰が?」

 

「ルナちゃんがだよ」

 

「なんでです?」

 

「わかんないよそんなこと。でも異世界に召喚されたとか死んじゃってるとかよりもそっちのほうが可能性は高くないかな」

 

「ステルス戦闘機みたいなものですか……」

 

 ステルス戦闘機はレーダー波を乱反射し吸収することで、レーダーに映らなくする。

 

 同じように、マホステやマホカンタを利用することで、レミラーマの探知を躱すことができるかもしれない。

 

 わたしがおこなったのはあくまでレミラーマの効果範囲を広げただけ。レミラーマの効果はあくまでレミラーマだった。つまり攻撃呪文で言えば、そのままの威力だったわけで、マホステを貫通する効果はなかったということだ。

 

 通常、マホステについては魔法のバリアで魔法の効果をかき消すことができる。

 だから、レミラーマについてもかき消すことができるだろう。

 

「しかし――、もし、ルナが誘拐されて同じようにマホカンタやマホステをかけられていたらどうでしょうか。あるいはマホトーンで魔法は封じられているとします」

 

「マホアゲルは子役の試験よりも厳しいって聞いたよ」

 

 ユアはプチトマトをつまんで、舌の上で転がすようにして食べた。

 

 マホアゲルによる魔法覚醒処置については、日米合わせて現在200名ほどの処置がなされている。制度が整うまではエリート中のエリートにしか処置はなされないということになっている。罰則は重く、わたしによる永久マホトーンだ。まず間違いなく誰も解けないだろう。

 

 そんな状態で、いちかばちかの誘拐を行うのかと言われれば、確かに可能性は低い。

 そもそもの話。死にゆく過程に目をつぶれば――お腹の中の爆弾が爆発して汚い花火みたいになるのを見過ごせば――、誰も死にはしない。

 

 ルナ自身が常々言っていた。

 

 魔法が広がって魔法テロリストが出てきたらどうするのかという問いに対してだが――。

 

 わたしは()()()()()()()()、と。

 

 厳密には、テロリストに対しては何もしないってことだ。テロリストが行為に及ぶのは、なんらかの達成したい目標があるからだろう。それは政治的な訴えだったり、個人的な欲求だったりするのだろうが、最終的にはおそらくほぼまちがいなく打倒されるだろう。彼等は死ぬが市民も死ぬ。だからダメージになる。『いのちをだいじに』がモットーの民主主義だと、テロはダメージになるんだな。

 

 でも死なないんだ。わたしはテロリストを生き返らせず市民だけを生き返らせる。

 そうすると、テロリストは無駄死にになる。もちろん、苦しんで死ぬというときのその苦しみは存在するわけで、なんの意味もないわけではないけれど。客観的に見れば、テロリストは全滅し、誰も殺せなかったとなるわけで、そんなテロに意味があるのかという話にはなってくるだろう。

 

 だから何もしなくていい。

 それがルナの考えだ。でも、ルナは友達だ。事件が沈静化するまで放っておいて後でザオリクしたから大丈夫という話にはならない。

 

 わたしがそうしたくないんだ。

 

「ともかく、わたしがレミラーマを魔法力をこめて唱えればいいってことですよね」

 

 そういうことだよな。

 

 普通の威力で放つから欺瞞されるということであれば、単純に相手のマホステを上回る密度で強引に魔法を発動させればいい。

 

「お姉ちゃんがどんどん魔法脳筋になっていってるね」

 

 ユアのつっこみが厳しいが、わたしにはこれしかないからな。

 さて。

 

探索呪文(レミラーマ)!」

 

 極大の力を込めてレミラーマを放つ!

 

 魔法波が全世界に隅々まで広がるように。

 今度はマホステなどは吹き飛ばすくらいの威力をこめた。

 

 ……いた!

 

 しかも案外近くにいる。

 魔法クラブの部室。コンテナの中だ。

 全身が脱力するほど力が抜けた。

 

 まだテロの可能性もなくはないけど、おそらく極小だろう。

 

「ルナちゃん。いました」

 

「そう……。よかったわ。どこにいるの?」ママンが聞いた。

 

「魔法クラブの部室みたいです。灯台下暗しってやつですね」

 

「やっぱりサボりなんじゃ」

 

 理呼子ちゃんがボソリとつぶやいた。

 今となってはわたしもその可能性が高いと思った。

 

「ともかく、わたしが呼びに行ってきます。みなさんはここで待っていてください」

 

「SPに任したほうがいいんじゃないかしら」

 

「いえ、可能性は極小ですが――魔法を使ったテロだとすればわたしが行かないと対処できない可能性がありますので」

 

「イオ」ばあちゃんが口を開いた。「友人のために身を投げ出すのは悪くありません。しかし、あなたを想う親や友人のことも忘れてはなりませんよ」

 

「はい。わかりました」

 

 わたしはリリルーラを唱え、ルナのもとへと転移した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 イオはコンテナの前に何事もなく到着していた。

 

 運動会が開催されている今日、西のはずれにあるコンテナは、イオの魔法を興味本位に見に来る連中を抑えるために通行禁止となっている。そもそも校門から校舎までは一直線。運動場も校舎に隣接しているので、道をはずれた場所にあるここに迷い込む輩はいないだろう。

 

 それでルナについているSPもいろんなところを探しまわったのであるが――、ここだけは手付かずのままだった。そもそもルーラを使えるルナを捕まえるのは魔法が使えないSPたちでは相当不利だ。優先順位の高いところから探していくほかない。それに、ここであるならば誘拐ではないということでもあるわけで、最後にまわしてもよいと判断されたのだ。

 

 コンテナはすべての窓が閉め切られていた。

 窓には内側と外側の二種があり、外側のほうは雨戸のように外側を完全に覆ってしまうものだ。

 

 イオはそっとドアを開けた。

 中は暗かった。

 しかし――、テーブルにランプを灯し、なにやらしているルナの後ろ姿が見えた。

 

「いひひ。争え。もっと争え……」

 

「ルナちゃん。何してるんです?」

 

 部屋の電気をつけながら、イオは声をかけた。

 ルナが椅子の上でぴょんと跳ねる。

 

「うお! びっくりした。なんだイオか」

 

「なんだじゃないですよ。心配したんですよ」

 

「イオ……これはな。実験なんだ」

 

 ルナが示したのはなんの変哲もない虫籠だ。

 

 木くずとかいろいろといい具合の環境にしていて見にくくなっているが、ありゃ相当飼ってる、とイオは見た。籠の中は小さな虫がうぞうぞと蠢いている。ダンゴムシマスターのイオは、小さな虫についてもそれなりに造詣が深い。

 

 そんなことをしたらどうなるか。

 

――共食いが起こる。

 

「実験ってなんですか」イオは聞いた。

 

「ふしぎなきのみをダンゴムシに削って与えたらMPが増えたという観察日記があっただろう」

 

「ええ……はい」

 

「まるまる一個与えなくても、きのみの効果があったわけだ」

 

「そうですね」

 

「ところでイオは、経験値とはいのちであるとも言ってたな」

 

「そうですね。いのちであり魔法力であると。まさか――」

 

「そうだ。この中に無数のダンゴムシやらなにやらを入れてだな。最終的に残った一匹の魔法力がすさまじいものになれば、生物濃縮を意図的に起こせることになる」

 

「蟲毒! 蟲毒ですからそれ!」

 

――蟲毒。

 

 古来中国において百虫を用いた呪術。

 ヘビ、ムカデ、ゲジ、カエルなどを同じ容器の中に密閉し、最後の一匹になるまで戦わせる。

 いわば、バトルロワイアルをさせるのだ。

 

「かわいそうですから解放してあげましょうよ」

 

「しかしだな……。これがうまくいけば、最終的には食物連鎖でイオが普通に食べている豚肉や牛肉にも魔法力を付加できるかもしれんのだぞ。しかも、ふしぎなきのみはごく少量で済むから、バラモスエビルに出張ってもらう必要もなくなる」

 

「エグエグですよ。ルナちゃん……」

 

「人類の未来のためだ」

 

 ルナのスタンスは科学とは人間のためであるという思想である。

 人間中心主義であるが、人類にとっては正しい姿といえるだろう。

 宇宙全体を見渡してみれば善いことなのかはわからないが。

 イオはかけよって、虫籠に顔を寄せた。

 

「わたしの飼っていたダンゴムシAもいるじゃないですか。すぐに解放してください!」

 

 イオは強く言った。

 

 夏休みの自由研究が終わったあと、ダンゴムシAは再び魔法クラブの裏手に解き放たれていたのである。それをまた偶然であるがルナが捕獲してしまった。

 

 イオ自身はダンゴムシマスターなので、見分けがつくのである。愛着を持って一か月ほど育てたダンゴムシAが無碍にされていては、見過ごすことはできなかった。

 

「ううむ。わかった。イオがそこまで言うのならやむを得んな。とはいえ――」

 

 とはいえ、実験動物を野に放つのはいろいろと問題があるところではある。

 

 ドラクエの魔法は詠唱によってのみ放たれるとはいえ、今後喋ることができる虫が現れないとも限らないし、オウムやインコなどの発話が可能な鳥がマジカルな虫を食した場合にどうなるのかわからない。

 

 まあ、すべてレミラーマのザラキーマで解決できるのであるが、それはイオが嫌がるだろう。

 

「バトルロワイアルがダメだということであれば、いったんは別の箱に一匹ずつ移すということでいいか? それで寿命がくるまで観察することにしようか」

 

「ええ、それでかまいません。性の喜びを知らないまま死んでいくのは不憫でもありますが」

 

「いや殺すつもりはないぞ」

 

「あ、いえ。うん、そうですね」

 

 とりあえずそういうことになった。箱が少ないので、モシャスを唱えて簡易的な箱を創り出す。この程度のことは材料となる土があればどうとでもなる。

 

 ダンゴムシは実をいうと落ち葉などを食すので、ダンゴムシどうしを入れていても共食いをすることはほとんどない。除けるのは、わずかな大型の昆虫のみだ。

 

 ダンゴムシはともかくとして、ムカデのような毒性を持つ虫は直接触るのは危険だ。そのうちよろいムカデになるかもしれないし。

 

 そんなときには「トベルーラ」。

 

 これは対象を魔法力で自由飛行させるので、念動能力のように使うことも可能なのである。

 

 ようやく完了した。

 

 コンテナの中で、再びイオとルナは向き合う。

 ルナの言い分を聞くためだ。

 

「どうしてこんなことをしたんです」

 

「さっきも言ったじゃないか」

 

「そうじゃなくて、マホステについてですよ」

 

「ああそっちか……」ルナは考えるそぶりを見せた。「行きたくなかったんだ」

 

 ムスっとしていて、八歳児らしい言い訳だった。

 

「運動会ですか」

 

「ああ……正直なところ、私は運動が苦手だ。いつも大人たちと混じって実験ばかりしていたからな。みんなとの年齢差も厳しい。プールの時みたいにいい笑い者になる」

 

 プールではルナだけが泳げなかった。

 ヘルパーやビート版を使っても難しく、最終的にルナだけは浅い方で泳ぎ方を練習することになったのだ。深い方と浅い方。そこには言葉にできない断絶があった。

 

 大人たちといっしょに仕事をしていたというプライドをいたく傷つけてしまったのだ。

 

「苦手でもいいじゃないですか。みんなといっしょに楽しみましょうよ」

 

「それは運動が好きなやつや得意なやつの言い分だろう」

 

「無理にとはいいませんけど……。でも、本当に出たくないなら、みんなにそう伝えるべきだったのでは? みんなルナちゃんが誰かに誘拐されたんじゃないかって心配していたんですよ」

 

「……」

 

 ルナは視線をそらした。

 

「ルナちゃんも本当はわかっているはずなんですよ。こんな見つかりやすいところでサボってるなんて、誰かに――いいえ、うぬぼれかもしれませんけど、わたしに運動会に行こうって誘ってほしかったんでしょう」

 

「っ……!」

 

 ルナの気持ちはイオにも痛いほどわかった。

 行きたい気持ち。行きたくない気持ち。

 どちらも本当の気持ちなのだ。

 だから、誰かに扉を開けてほしいと願っている。

 

「だから、わたしは何度でも言いますよ。いっしょに運動会に行きましょう」

 

「うん……」

 

 あのルナが年相応に泣いていた。

 イオは立ち上がり、座っているルナをかき抱いた。

 

「ごめんなさい」

 

 そしてもしかしたら、これが初めてのルナが心から謝罪した場面だったのかもしれない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「さあ。行きましょう」

 

「うむ」

 

 涙はぬぐい、いつもの調子を取り戻したルナである。

 マホステは既に解除している。

 イオは母マリアに連絡をし、マリアは関係各位に連絡している頃だろう。

 

――あとは午後の運動会だ。

 

 そして、イオがコンテナの扉を開けた瞬間、見知らぬ女性が立っていた。

 金髪の綺麗な大人だった。わずかに広がりのある髪に、色素の薄い肌。

 ドクタースタイルで、ルナが成長したらこうなると思わせるような容姿をしている。

 

 もしかして――と、イオが思うと同時に。

 

「あぁ……マム。どうしてここに?」

 

 ルナが震えた声を出した。

 考えるまでもなくリリルーラを使ってここまで来たのだろう。

 だが、ルナが言いたいのはどうやってここに来たのかということではなく、どうしてわざわざルナに逢いに来たのかということである。決まっていた。母親が子どもを叱るためだ。

 

「ルナ! お前は何を考えているんだ!」

 

 大喝され、至近で聞いたイオはビックリした。

 ルナのほうはというと、少し後方にいたのだが震えあがってしまっている。

 

「その……マム。これは……その……あれだ。あれなんだ」

 

「言い訳は聞かん。どれだけの人間がルナのために動いたと思っている!」

 

 ルナはそのまま固まってしまった。

 

 イオは事態の推移に困惑顔を浮かべるしかない。

 ルナの母親は今度は柔らかな笑みを浮かべて、イオに右手を差し出した。

 握手する。

 

「大きな声を出してすまなかったな。私はセシリア・スカーレット。ルナの母親だ」

 

「星宮イオです」

 

「この馬鹿娘の友人をやってくれてどうもありがとう」

 

「いえ、わたしのほうこそルナちゃんが友達になってくれてありがたいと思っています」

 

「ルナはまだ未熟なのだ。友人らしい友人を作ってあげられなかった親の責任だな。今回の件は我々としても看過できないミスだと考えている。ルナはアメリカに還したほうがいいだろう」

 

 ルナが顔を青くした。

 

「待ってくれマム。私が悪かった。謝るから」

 

「ルナ。今回のプロジェクトにお前が参加したのは、お前が天才だからではない。八歳児にしては分別がつくと判断されたからだ。私は反対したのだがな――、ロバートのやつがどうしてもというからやむをえなく入れたんだ」

 

 ルナがエージェントして日本に来た理由は、このままだと魔法という技術を日本に独占されてしまうと考えたからである。しかし、星宮イオは日本人であり、関係性という点では圧倒的に不利である。だから、まずは友人として接触可能な年頃の子が求められた。

 

 それがルナだった。

 

 アメリカがあまりにも我を出しすぎると、友人関係に泥を塗ることになりかねない。ゆえに、セシリアとしても容易に口出しができない立ち位置に置かれてしまった。

 

 セシリアとしては、今回の発言は国を裏切るものであるともいえる。いくら魔法が伝播しつつある状況であるとはいえ、イオの立ち位置は重要だ。

 

 けれど――。母親としての我慢の限界でもあった。

 国や多数の人間を振り回したルナをしかりつけるのが親の役目だ。

 魔法は重要であるが、娘の教育も重要である。

 セシリアはそう考えた。それで急遽、来日したのである。

 もちろん魔法での入国も総理大臣に掛け合い済みである。

 

 ルナは涙ぐんでいた。

 帰りたくなかった。

 魔法での実験はワクワクすること。

 いままでの人生の中で一番楽しかったこと。

 でも魔法のことがなくてもきっと。

 友人たちとの学校生活がなによりもかけがえのないものになっていた。

 

「マム。まだ日本にいたい」

 

「ルナちゃんのお母さま。わたしからもお願いします」

 

 イオは丁寧な礼をした。

 セシリアは天井を見つめ長嘆息をした。それから視線を落としルナを見る。

 ルナは自信なさげにセシリアを見ている。

 我が道を行くというばかりに傲岸不遜なルナがいまは友情を失うことを恐れている。

 

 天才であるともてはやされ、情緒という面では少々心もとなかったが――。

 少なくともわずかながらの成長が感じられて、思わず頬がほころびそうになった。

 立場上、それは許されなかったが。

 

「いいだろう。ルナ。失敗は自分で埋めあわせるものだ。わかるな」

 

「イエス。マム」

 

「では私は帰るとしよう。私があまり出張るとよろしくないと言われているのでな」

 

「あ、ルナちゃんのお母さま」イオが話しかけた。

 

「ん。なんだ?」

 

「これから運動会なんです。少し見ていかれませんか」

 

「そうだな……そうするか」

 

 

 

 ☆

 

 

 

――五年生最後の種目はリレーです。

 

 ルナは最後から二人目の走者で、イオはアンカーだった。

 もちろん、魔法を使えば楽勝だろうが、そんなことはもちろんしない。

 

 どうやらレースはもつれこんでいる。

 ぐるりと校庭を走る姿は一進一退でほとんど差がついていない。

 

 ルナは隣にいる自分よりはるかに背丈が大きいやつを見た。

 そいつがニヤっと笑った。

 

 隣にいるやつとほぼ同時にバトンを渡される。

 ルナは必死に走った。けれどみるみるうちに離されていく。

 子どものときの三年分の体格差はいかんともしがたい。

 彼我の距離は永遠にも等しく思えた。

 くやしさで心臓が爆発しそうだ。

 

――こんな無駄なエネルギー消費をどうして。

 

 そんな一瞬の気の迷い。

 

「がんばれ。ルナちゃん!」

 

 理呼子が叫んだ。

 

Never give up! Luna!(あきらめるな、ルナ)

 

 マムも叫んだ。

 

 ほんのちょっとだけ力が戻り、もう少しだけがんばった。

 人生で初めて本気で走った。

 

 バトンが渡る。一瞬の視線の交差。

 

――がんばりましたね。

 

 そういわれているようで。

 ルナは息も絶え絶えになりながらイオの行く末を見守った。

 イオは――速かった。

 実をいうとスポーツ系の習い事をひととおり習っていたイオは素の運動能力もかなり高い。

 あくまで小学生にしてはという注釈がつくが、それで今回十分だった。

 ほんのわずかな差までイオが詰める。

 ルナを鼻で笑った体格のおおきなやつとデッドヒートになる。

 

――追いこせ!

 

 ルナが祈った。

 

 もしも。

 ルナがあのときあきらめて力を抜いていたら。

 もしも。

 ルナがほんのわずかでも怠惰にふけっていたら。

 もしも。

 ルナが最初から敗北すると考えていたら。

 もしも。

 もしも。もしも。

 いや、そういう仮定の上塗りは無意味だ。

 ルナは嗤った。

 科学者としては、厳にオッカムの剃刀として慎まねばなるまい。

 

 イオは――、いや、ふたりはゴールテープを一番に切ったのだ。




虫さんたちは、皆さまのおかげで寿命まで見守られるルートになりました。本文を少々修正しております。

ダンゴムシでも3年の寿命があると知ったのは、この作品を書こうと思ったからです。小説を書くと知らないことを結構知れたりします。自分の無知と向き合うことでもあるんですけどね。むちむちぷりんぷりんでございます。みんなオラに力を……。

魔法力を持った虫を……

  • あの子は虫だぞ。解き放て!
  • 虫に人権などない。虫するのだ。(蟲毒)
  • あとくされないようにメラで消毒
  • 箱分けして寿命まで見守る(穏当派)
  • その他の方法
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