ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

6 / 102
登校。ついでに呼び出し。

 光竜学園は、あまりこういう言い方をするのはどうかと思うが、金持ちのための学校である。

 

 つまり、わたしのお家は金持ちである。勝ったなガハハ!

 

 こほん。

 

 それはさておき、この学園に入学するためには本人の努力とは関係なくお家柄とか資産とかも調べられるらしい。

 

 階級制度とか貧富の差とか前世の貧乏学生だった頃を考えると、ちょっとだけ罪悪感を覚えるが、資本主義なんてそんなもんだ。前世を明確に覚えているわたしからすれば、来世に期待しましょうとしか言いようがない。来世あるんだからええやん。異世界転生も今ならおつけしますよ。

 

 話を元に戻す。

 

 光竜学園は幼稚園から大学院までをエスカレーター式で卒業可能で、おそらくもっとも学園に入る難易度が高いのは、幼稚舎に入る試験だ。幼稚園児で天才なんてそんなにいないだろうしな。わたしが本気出せば余裕だっただろうが、例によってのび太くんのようになりたくないので、特になにもしていない。おりこうさんに「おなまえ」と「あいさつ」と「えがお」を見せただけだ。

 

 まあ要するに、入園は純粋に家パワーが求められるので、一定のレベルに達しないと、そもそも面接までいかないってことだ。

 

 ここで純粋培養されたお嬢様お坊ちゃまの面々が、次に初等部に入学する。初等部からは外部受験生もかなりの数が入学してくるが、学力だけで入学してくるには相当なレベルが必要だ。

 

 結果として、学園内では金持ちか頭のいいやつらばっかりになって、小学生でもかなりレベルが高い。顔立ちもなんかいいし、みんなだいたい穏やかなんだよな。金持ち喧嘩せずってね。

 

 そんなわけで、わたしも結構お嬢様ではあるとは思うのだが、学園内ではわりと普通というポジションだ。純粋培養組ということで、外部生からは一目置かれているが、わたしだけ特別というわけではない。

 

「ごきげんよう」

 

「ごきげんよう」

 

 さわやかな朝の挨拶が、澄み切った青空にこだまする。

 

 いや、まあ本当そんな感じよ。わたしとしては女学園に行きたかったけどね。

 

 

 

 でも――。

 

 

 

 いまは違った。予測はしていたが、みんながわたしをじろじろと見ている。穏やかないつもの調子とは違い、困惑といったらよいのか、ざわつきといったらよいのか、ともかく変な空気だった。

 

 ああ、わかりますよ。わかりますとも、イオちゃん魔法使っちゃったもんね。ルーラで登校しちゃってましたもんね。みんなバッチリ見てましたし、転移のときにスカートが翻ったのがはしたないと思われたのかしら。

 

 まあ、マスコミ連中が入ってきてないのが御の字だな。

 学園内はベルリンの壁かっていうぐらい身長の何倍もある壁に囲まれているし、敷地のなかに侵入するのは容易ではないだろう。ご子息ご令嬢をお預かりしているんだ。セキュリティも半端じゃない。それこそ魔法でも使わない限りは不可能だろう。

 

 異物なのはわたしだ。

 

「いいんです。もとからぼっちでしたし……」

 

 クラスメイトとまったく話さないわけじゃないけど、はっきり言って女の子の遊びってよくわからん。しかも、お嬢様だしな。別世界のかわいい生物たちに混じるなんて、難易度ナイトメアすぎる。男? わたしに男と遊べと? 冗談はよしこちゃんだぜ。

 

 ともかく、元からゼロだった友達が"減る"という概念はない。

 遠巻きに見られようが、これから一生友達ができなくても問題はない。

 

 ないはずだ。

 

 そう考えてみても、やはりメンタルにくる。見た目は鋼鉄のようにクールなわたしだが、中身は豆腐よりも柔らかいと自負している。

 

 ううっ。ヤダ。小生ヤダ。やっぱりかわいい女の子といちゃいちゃしたい。べつにわたしはロリコンじゃないけど、友達いない人生(二周目)とか、またの来世にご期待しましょうとかヤダ!

 

 泣きそうになりながらも、せめてダメージを受けていないことをアピールするように、しっかりと前を見て歩く。

 

 教室に入ると、やはり同じようにヒソヒソ話が聞こえた。

 わたしの席は窓際の一番前だ。背後からはあいかわらずわたしに対するなんともいえない視線。

 

 わたしにかけた魔法(メダパニ)と、それを上回る混乱が喧嘩する。

 

 いまのわたしの脳内状況をつぶさに観察すれば、砂糖を入れすぎた料理を塩を使って整えればええやろって感じに、混ざっちゃいけない系の脳内麻薬がごっちゃになり、一言でいえば、キマっていた。

 

 情動がこわれ、こわれ。

 

 わたしを癒してくれるホイミンはどこかのう?

 

 あばばばばばばばばばばばばば。

 

 あかん、これじゃ患者が死ぬぅ。

 

「おはよう。イオちゃん」

 

 あ、ん?

 

 もう少しで鼻から脳汁が出そうだったわたしだが、なんとか寸前で踏みとどまることができた。

 

 いつもと同じように優しげな声で、ちょっぴり自信なさげに声をかけてくれたのは沖田理呼子ちゃんだった。

 

 理呼子ちゃんは日本人形みたいな髪型をしていて、いつも物静かで花壇とかに率先して水をやったりする優しい女の子だ。

 

 わたしが絶賛つぶれている頃も、必ず毎日おはようの挨拶はしてくれた。

 

 マジ理呼子ちゃん天使。わたしの癒し(ホイミ)だ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ここで大変残念なお知らせがある。

 

 理呼子と出会った三歳の頃、イオは特に深謀があるわけでもなく魔法を開陳した。

 

 それからさすがに幼稚園児でも覚えているかもしれないと思って、魔法を控えていたイオであるが、理呼子が気を遣って魔法のことを話さないようになり、すっかり安心しきったイオは、なんと魔法を見せたことすら忘れてしまっていた。

 

 たった7年ほど前のことを、しかも人前で魔法を使うという超ド級のやらかしをしておきながら、完全にすっぽりと記憶から抜け落ちていたのである。

 

 ありえないと思うだろうが、現実というのは酷なものだ。

 

 そんなわけで、イオの認識では理呼子が魔法を知ったのは昨日のことだと思っている。

 

「理呼子ちゃん。ありがとうございます。魔法のことはご存じでしょう」

 

「うん。知ってるよ」

 

「怖くなかったのですか?」

 

「怖い? なんで」

 

「魔法なんて得体の知れない力を使うなんて怖いでしょう。魔女かもしれませんし」

 

「いまさらだよ」

 

「いまさら?」

 

 イオはいぶかしげに首を傾げた。

 この少女、かしこさ3につき。

 

「だって、幼稚園の頃、魔法を使って見せてくれたじゃない」

 

「え、え?」

 

「もしかして忘れているの?」

 

「あ、いえ、そんなわけ、ナイジャナイデスカ……」

 

 普段優しい人が怒ると怖い。

 イオは全身全霊で理解した。

 

「ダンゴムシを無垢な笑顔で殺戮してたよね!」

 

「マズイですよ。こ、声が大きいです!」

 

 教室の中のざわめきが大きくなる。

 幼稚園児が幼い残虐性を発露し、虫を解体する。

 無くはないが、絵面としてはヤバい。

 しかも、魔法という未知の力を持つイオである。

 

 これから魔女処刑ルートへ全力シュート! 超エキサイティン!

 という感じがしなくもない。

 

 理呼子の詰問は続く。

 

「いま思えば、ザキとザオリクを使って実験していたんだよね」

 

「そ、そんなことしてないですよ。命の実験とか怖い。わたし悪い魔物じゃないです。ぷるぷる」

 

「生と死の反復横跳び(笑)とか言ってたよね。いのちが燃え尽きる寸前の一瞬の輝きが美しいとか言ってたよね?」

 

「いのちをもてあそんで、申し訳ありませんでしたーっ!」

 

 非難めいた視線に、イオは声を震わせながら答えた。

 いまも微催眠状態にはあるものの、情動のすべてを抑えきることはできない。

 

「さすがにドラクエの魔法だとは思わなかったけどね」

 

「ドラクエを知ってる幼稚園児とか怖いです」

 

 今の世の中であれば、幼稚園のころからゲームをしていてもおかしくはない。

 

 ただ、平均的な知能であれば、RPGというのは相当に難易度が高い。マリオのようななんとなく動かし方がわかるジャンルと違い、国語能力や論理的能力が一定程度に達していないと、そもそもプレイそのものができないのだ。

 

 もちろん、小学生も高学年になれば、十分にプレイ可能であるし、いまではネットにいくらでも情報が転がっている。

 

「でもよかったの? 魔法って人に見せちゃいけないものなんじゃないの?」

 

「いえ、特に制限はないですね。わたしに魔法の力を与えた存在は、力の行使に関しては特に指定していませんでした。たぶん、わたし自身でそのあたりは考えればいいってことなんでしょう。ただ、この地球に、魔法管理局みたいな組織がいるかはわかりません。昨日の今日ですしね」

 

「魔法管理局に、イオちゃんが連れ去られちゃう可能性はあるの?」

 

 理呼子は思わずイオの長袖を摘まんでいた。

 見た目だけで言えば、妖精のように存在感の薄い少女であるから、どこかに行ってしまうと思われたのかもしれない。

 

「そんな傲慢で腐った組織があったら、わたしが潰しますよ。わたしの力が知られたところでたいした問題ではありません。相手を殲滅する能力としては少々過剰なほどです」

 

 イオは自信満々に言った。

 もちろん、内心ではできればそんな組織は来ないでほしいと思っている。

 

「ふぅん。だったら、私もべつにイオちゃんの魔法を秘密にしてなくてもよかったんだね」

 

 少しさみしげな表情で理呼子は言った。

 ふたりでの花壇傍の密事は、理呼子にとって人生の中でとても重要なポジションを占めていた。

 密事が密事である限り、魔法を秘すことは価値がある。

 いまは秘密が破れ、一部とはいえオープンになってしまった。

 

「すみません。わたしは……なんというか我慢していたんです。魔法をバラせばみんなに怖がられると思って、だから理呼子ちゃんにも忘れていてほしかったんです」

 

「だったら、なんでわたしには見せたの?」

 

「幼稚園児だったらすぐ忘れると思いまして」

 

「そっか……」

 

「理呼子ちゃんをというわけではないですが、結果的に侮ってるような形になってしまいました。申し訳ございません」

 

 それどころか自分自身がそのことを忘れているという大チョンボなのだが、心の広い理呼子は笑って許した。

 

「でもね。今度は覚えていてね。イオちゃんが初めて魔法を見せたのはわたしなんだよ」

 

 小学生という穢れのない年齢にしては、やけに底知れない深さを見せる瞳だった。

 イオは無言で頷いた。

 理呼子の指は摘まんでいた裾をさらにのぼって、茨のようにイオの指にからみつく。

 

「ねえ。イオちゃん。約束しよう」

 

「約束ですか?」

 

「そう約束。イオちゃんの秘密はいちばん最初に私に教えてくれる?」

 

「それって、わたしにメリットがないよう……ひえっ。ワカリマシタ!」

 

「うん。それともうひとつ。私とイオちゃんはずっと友達だよ」

 

「ズッ友ですか。わかりました。そちらは特に問題ないです」

 

 古からの魔術的儀式をとりかわす魔女と一般人。

 要するに、小指をからめて契約はなされたのである。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 理呼子ちゃんってあんな子だったっけ。

 正直、いままで友人関係らしい友人関係を築いてこなかったからさっぱりわからん。

 ニコニコしている隣の女の子を見ると、まあ別に悪くはないかなって思うけど。

 

 も、もしかしてだけどヤンデレさんだったりするんだろうか。

 恐ろしい。誰か助けて。

 

 当たり前のことだが、さきほど命の実験を開陳されてしまったわたしには味方になってくれそうな子は誰ひとりいない。よしんば先ほどの出来事がなくても、魔法という概念は彼我の距離を遠くする。普通は理呼子ちゃんのように隔意を抱かずに接することなんて難しい。

 

 そう、わたしの友達。理呼子ちゃんだけ。

 ひとりとゼロの違いは果てしない。果てしないが……っ!

 

 それこそ理呼子ちゃんの策略なのではないかと思うのだが、どうだろう。

 いやいや言うても10歳児やぞ。そんな頭働くか?

 

 まあ、この学園はスペック高めの子が多いけど、子どもらしい純粋さで暴露しちゃったのだと思おう。

 

 適当にスマホをいじりながら時間をつぶしていると、あいかわらずわたしのエゴサーチがすごくはかどる。スレッドの数はスライムみたいに増殖し、いまでは数百以上に膨れ上がっているようだ。

 

 わたしの所属するプロダクションのページはパンクしてしまっている。

 

 朝のニュースではまだ二十分くらいの特番しかやっていなかったようだが、これは事実確認が遅れているというのもあるだろう。

 

 昨日の夜の魔法はちょっぴり発光したぐらいだしな。服とかに特殊な塗料とか塗れば、科学でも可能なんじゃないか? 沈黙のほうはマスコミのほうが勝手に黙っただけかもしれんし。

 

 決定的な空を飛ぶ魔法については素人さんが動画投稿しただけだから、これもなんらかのCGって線だって考えられなくはない。

 

 もっとも、めちゃくちゃ目撃者はいるけどな。虚構というにはあまりにも多くの人が見ている。

 

 いまさらなかったことにするには、現代社会は複雑にすぎる。科学というメスで幻想をぶちこわしてきたのが現代社会だ。

 

 わたしのことも、きっと解剖したいだろう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 朝のホームルームの時間になっても、担任の安藤先生はやってこなかった。

 

 安藤先生は、申し訳ないが男の先生だ。ここは少女だらけの楽園ではない。

 

 まだ二十代になったばかりで若手の先生。

 わたしとしては垢ぬけない先生というイメージ。眼鏡をかけていて、短髪で、ほっそりとした身体つきをしている。色白で文学少年だったような、そんな感じ。

 

 ちょっと弱々しい感じかな。

 

 ただ、それがいいという人もいる。生徒目線というのだろうか。小学生のころには、大人とは未知の存在であり絶対の権力者であったが、彼はあまりそういうものを感じさせない。

 

 優しげな顔立ちと、えらぶらない態度は、生徒の人気も高い。

 女子生徒からはわりと慕われているようだ。わたしにはよくわからんがね。

 

 わたしは同年齢の男子どもは、言動ともに幼すぎて、いくら良いとこの坊ちゃんでもアホだなとしか思わんのだが、さすがに大人だと、金持ち学校の先生もまたエリートなんだなと感じる。

 

 べつに「男なんて」というような潔癖症でもないのでね。

 人間的には嫌いじゃないので、オーケーです。

 

 ホームルームの時間が終わり、一時間目に割りこみ、生徒たちがざわつき始めた頃。

 ようやく、安藤先生がやってきた。

 

 ガラリとドアが開いた瞬間から、視線はこちらにターゲッティングされている。

 

「星宮さん。ちょっといいかな」

 

 理知的な声が教室内に満ちた。

 

「はい」

 

「ちょっと、校長室に来てもらえるかな」

 

「いいですよ」

 

 人生初の校長室への呼び出しだった。

 

 これはザキのお時間かな?(物騒)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。