ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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アメリカへ。ついでに実戦的魔法の使い方。

 突然だがアメリカにパッパを迎えに行く日程が早まることになった。

 

 もともとはユアの誕生日――12月23日に迎えにいけばいいかなと思ってたんだが、アメリカがやってくれましたよ。悪い意味でな。いや、良い意味なのか。

 

 なんとイオちゃんを接待したいんだと。それで三日ほど前倒しすることになったんだ。

 

 せっかくアメリカの地を踏まれるのであれば、ルーラ登録も兼ねて大統領官邸(ホワイトハウス)に来てくださいって寸法だ。もちろん記者会見は行われるんだろうけど、それだけじゃなくて、上流階級がおこなうようなセレブリティ溢れるパーティや一般大衆向けのパレードなんかもおこなってくれるらしい。

 

 なんで、パッパを迎えにいくだけで、そこまでしないとあかんのと思ったが、呼ばれればホイホイついていくのがイオちゃんである。あ、もちろん知らない人にはついていきませんよ。アメリカと日本は魔法事業を共同開発プロジェクトに乗せている。ハッキリ言えば、それはどうでもいいといえばどうでもいいんだけど、わたしにとって大事なのはルナだ。

 

 アメリカからの要請を断ったらルナのメンツをつぶすことになるだろう。

 

 それに、べつに客寄せパンダになるのが嫌なわけじゃない。わたしはアイドルになりたいわけで、人を魅了するのは嫌なことじゃない。

 

 そもそも、わたしの母国は日本なわけだが、日本だと大々的にイオちゃんを祝おうという気概は無かった気がします。そこんところ、ちょっぴり不満はあるわけで……。

 

――祝え。新たなる魔王の誕生を。

 

 とまでは言わないまでもさぁ。記者会見とかばかりさせるんじゃなくて、もっと褒めてくれていいのよって思う。日本では配信のときぐらいしか褒めてくれてない気がするよ。

 

 だからアメリカに行って、魔法について褒められるのは密かにうれしい。誰だって自分の属性をけなされたり否定されるよりは肯定されるほうがうれしいはずだ。

 

 なお――。

 

 アメリカさんは、わたしに『アメリカの国籍』を与えるのはどうかと打診してきたらしい。ママンは即座に却下したがな。

 

 確かにわたしのパッパはアメリカ人なのだが、わたしがアメリカの国籍を取得するのは実をいうとある種の違法行為なんだ。

 

 アメリカは国籍について出生地主義をとっている。

 

 出生地主義っていうのは、アメリカで生まれた人間はアメリカ人という考え方で、わたしは日本で生まれたからその例にあてはまらない。

 

 例外として、パッパがわたしが生まれる前に5年以上アメリカに居住していていれば、わたしもアメリカの国籍を取得できたみたいだけど、パッパは国籍こそアメリカ人だけど、5年未満だったらしい。

 

 要するに法律と事実を曲げてアメリカで生まれたことにしませんかって話だ。国家的な嘘をつくという話になる。それだけ、わたしを買ってくれているということだろうが、国が嘘をついたらダメだろう。

 

 ちなみに、日本の場合は血統主義というものを採用しており、父母のどちらかが日本人だったら、生まれた子は日本国籍を取得するという考え方だ。このため、もしもわたしがアメリカで生まれていれば、アメリカと日本の二重国籍者になっていたかもしれない。

 

 その場合は、日本は二重国籍のままではダメってことになってるから、22歳までに日本人でいるか、それともアメリカ人になるかを決める必要がある。

 

 少しボタンを掛け違えれば、わたしはアメリカ人になっていたかもしれないんだよな。

 

 でも、わたしは日本人だ。

 日本で生まれ日本で育ったんだから純法律的に考えてそうなる。

 

 意識としてもね。

 

 確かにパッパはアメリカ人だけど、わたし自身にアメリカ人だって意識はないな。

 アメリカ語なんて話せないし。アメリカの文化もよくわからん。

 ハローとか、ふぁっきゅーくらいならわかるけどさぁ。

 

 アメリカが提案してきたのは、わたしにアメリカ人として()ふるまってほしいということなのだろう。もちろん、国籍に伴い保護と権利を取得するんだろうけど、逆に責任とか義務も負うんだろうな。

 

 そんなわけで、わたしは日本人のまま日本のパスポートを得て、しかしながら税関処理は免れてルーラすることになったのだった。

 

「ところでルナさんや……」

 

「なんだ?」

 

 わたしは自室にルナを招き入れている。

 

 行きは大統領閣下にお会いしなくちゃならんので、パッパにリリルーラで会いに行くという方法が使えない。トベルーラで無理やり領空侵犯もできなくはないけど、穏当なほうがいいに決まっている。アメリカの地をルーラ登録はしていないし、ルナに連れていってもらうしかないんだよな。だからお家に来てもらった。

 

 ルナは帰宅するから手ぶらであるが、わたしのほうは一足早い修学旅行みたいなものだから、キャリーバッグの中に着替えやらなにやらを詰め込んでいる。

 

 今は最後の確認作業中だ。

 

「みんながルーラを使えるようになったら密輸とか密入国とかしまくりじゃないですかね」

 

「なんだそんなことか」

 

 ルナはベッドに寝転がりながら気だるそうに答えた。

 

「そんなことでしょうか? けっこう重要なことなのでは?」

 

「基本的に魔法での悪事は魔法で暴かれることになるだろう」

 

「というと?」

 

「例えば密入国してきたやつは、レミラーマによるローラー作戦をおこなう」

 

「レミラーマって一般人は10平米くらいしか範囲ないですよね。かしこさが低いと少し広がるんでしたっけ」

 

 とはいえ、わたしのように数千キロ四方とかになったりはしない。

 

「捜査官が百人いればどうだ?」

 

「人が密集していない砂漠地帯に秘密基地とか作られたら厄介じゃないですか?」

 

「そんなに心配なら、全世界にレミラーマを定期的に撃ってあげればどうだ? 情報を売るだけで世界一の大金持ちになれるぞ」

 

「つまり、わたしがレミラーマするかもしれないというのが抑止力になると」

 

「そうだ」

 

「脱獄とかの恐れはどうなんでしょうか」

 

 いつでもルーラで気軽に脱獄ができたりするとか。

 犯罪の抑止力がなくなってしまう気がする。

 

「それも神のフールプルーフが効いているな。マホトーンはかしこさの低いやつが使えば長時間の効果が観測されている。かしこさが低めの刑務官がマホトーンを使えば問題ないだろう。それでも脱獄された場合は、リリルーラで追えばいい」

 

「リリルーラする前にマホステ使われたら追えませんよ」

 

「ずっとマホステを使えると思うか? あの呪文は効果時間が短い。誰かがマホアゲルをしてあげれば理論上使い続けられるかもしれんが、誰かに追われている犯罪者を助けるようなやつも、またろくなやつじゃないだろう」

 

「なるほどです……」

 

 ルナちゃん頭いいってことしか思い浮かばなかったよ。

 

 でも、わたしが考えなくても、誰かが魔法を工夫して、対策とかいろいろ考えてくれてるのは心強い。まあいざとなれば、わたしが永久マホトーンの刑とか、魔法そのものを完全に封じたマホステ刑務所とかを創ることも可能だからな。なんとかなるだろう。

 

「そろそろ準備はできたか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 ママンやみんなとのおわかれは既に済ませてある。

 

 たった三泊四日の行程とはいえ、わたしはもうひとりでは生きられない身体になってしまった。

 

 ルナがいっしょにいってくれなければ、たぶん寂しさに耐えきれなかっただろう。

 

――誰もひとりでは生きられない。

 

 そんなことを想うセンチメンタルイオちゃんでした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「到着したぞ」

 

 ルナの声でわたしは閉じていた目を開いた。

 アメリカという未知の国に旅立つことに、わたしはちょっぴりビビっていた。

 だから、目を閉じていたんだが、到着してみればなんのことはない。

 一瞬で目的地にはついている。

 

 そこはホワイトハウスではなかった。

 なにかしらの建物なのはわかるんだけど、しいて言えば大学みたいな感じか?

 日本の建物よりもスケールが大きくて、なにかの博物館のようにも思える。

 

 見上げると空が高い。

 日本よりも空気に重さがない。じめついておらず軽い感じ。

 軽くて空を飛びやすそうな自由な空気。

 詩的表現(ポエティック)だが、そんな気がする。

 外国に着いて少しばかり浮ついた気分になっているのかもしれない。

 

「ここはどこです?」

 

「マムがいるところ。私の研究所でもある」

 

「なるほどです」

 

 目の前の建物はどうやらルナの職場らしい。

 もしかしたら、地下にも研究所があったりしてな。

 

「マムにも会っていくだろ?」

 

「そうですね。ご挨拶させていただければと思います」

 

 ルナのママン。

 確かセシリアさんという名前の人。

 ルナがマホステで失踪を装ったときに、メチャクチャ怒った印象しかない。

 まだ八歳の娘が外国で働いているんだから、そりゃ心配なんだろう。

 

 わたしのママンなんて、たった三泊程度の旅行でも超心配していたからな。

 ともかく他人に迷惑をかけるな。魔法は自重しろって300回くらい言われた気がする。

 もう耳にたこまじんができそうだったよ。

 子どもはママンのため息を収集するコレクターなのかもしれない。

 

「いくぞ」

 

 ルナが先行して建物に入った。わたしもキャリーバッグをゴロゴロしながら続く。

 キャリーバッグは外を走らせるので、建物の中に入れていいかは思案のしどころだ。

 けれど、西洋式の建物ではみんな靴を脱いだりはしないので、そのままでも問題はない。

 それと、やはり日本の建物の違うところは天井までの高さだろうと思う。

 軽く五、六メートルくらいはスペースを取っており、華美ではないが広いと感じる。

 

 行き交う人の姿はちらほらと見えるが、ルナに気づくと破顔しなにやら話しかけてきた。

 わたしだって、かれこれ十数年近く英語を勉強してきたんだ。少しはわかるぞ。

 つまり、これはあれだ。たぶん挨拶的な何かだ。

 

 ルナも軽く手をあげて応えている。

 

 普段、日本語を話している友人が、英語を話してたりすると少しフワフワした気分になる。

 友達の見知らぬ側面にいきなりスポットライトが当たって輝きだしたみたいで、驚いているのだろうと思う。ルナはこの研究所のアイドルだったのだろうな。

 

「ルナちゃんは日本みたいにもみくちゃにされたりはしないんですか?」わたしは聞いた。

 

「ここは私のテリトリーだからな。デパートのような一般人がいるところだとわからん。もっとも、わたしはそういったところにあまり興味はない。行く必要も感じない。メンドクサイ」

 

「そうですか」

 

 ルナが極度のめんどくさがりなのはわかっている。

 

「ここの人たちはルナちゃんのことが大好きみたいですね」

 

「わたしにとっては家族みたいなものだな。生まれたときから顔見知りだ」

 

「家族がたくさんでいいですね。フルハウスみたいで」

 

「うむ……、ただ、私と同じ年齢の子はさすがにいなかったぞ」

 

 ちょっと寂しそうにうつむくルナ。

 

 わたしに幼女の顔を曇らせる趣味はないが、お姉ちゃんごころとしては抱きしめたくなってくる。ちょっとかわいいというか……なんといえばいいんだろう。庇護欲? もしかして母性だったり。まさかな。

 

「お子さんを連れてきたりする人とかはいらっしゃらなかったんですか?」

 

 ルナは前を向きながら首を振る。

 

「職場だからな。それに世界を一新させる実験とかもおこなっている場所だ。それなりに危険だという意識もあるんだろうな。誰もそんな人はいなかったぞ」

 

「ルナちゃんは天才だから入れるんですね」

 

「マムが所長だからだろう。研究所でも権力は有効に働く」

 

「それでもその年で働いているんですからね。偉いですよ」

 

「そんな意識はなかったけどな。私には仕事をできるだけの能力があって、周りの大人は私にそうしてほしかった。それで私も拒まなかった。だからそうした。それだけのことだ」

 

「おとなですね」

 

「いや違うな。わたしは大人でも子どもでなかったんだ。未分化な子ども未満の存在だった。イオに会えて私はやっと子どもになれた気がする」

 

「そうですか」

 

「初めて友達ができて私はうれしかったんだ。ありがとう」

 

 なにこのルナちゃん。

 

 くそカワなんですけど!

 

 抱きしめたいぞ、ルナちゃん!

 

 でも、ルナはまっすぐ前を見続けてさっさと歩いていってしまうのだった。

 恥ずかしかったのかな。

 

 ほどなくして、所長室の前に着いた。

 他の部屋と違い、ドアが二枚分くらいの大きさがある。

 ドアの横にはなんらかのセキュリティカードを通す装置がついている。

 ルナがドアをノックする。

 

「マム。ルナだ。いま帰った」

 

 電報みたいに短い言葉で伝える作法でもあるんだろうか。

 

「入れ」

 

 応答も短っ!

 

 スタートレックの艦長かよ。いやまあ日本語をわざわざわたしのために話してくれているから、なんというかOKみたいなニュアンスなのかもしれないけどさ。

 

 いやよく見ると、声に応答する装置だったみたいだ。

 赤色だった装置が緑色のランプに変わり、入室可の状態になる。

 

 ルナがドアを開ける。

 ちょっと背が足りなくて腕を伸ばしているのがかわいい。

 ちなみにわたしも微妙に足りないかもしれない。

 ドアを開けると、ルナのママン――セシリアさんが座っていた。

 くるりと座椅子が回転し、こちらを向く。

 

「マム。イオを連れてきたぞ」

 

「ご苦労だった。イオもよく来た」

 

「お邪魔しております」

 

「まあ座れ」

 

 セシリアさんは小さな丸椅子を用意してくれた。

 わたしとルナはそれぞれ座った。

 その間に、コーヒーメーカでセシリアさんがコーヒーを淹れてくれる。

 静かな室内でコポコポという音がこぼれてくる。

 その音を聞いてくるだけで、落ち着いてきた。

 

「カフェインは現代の麻薬だ」

 

 セシリアさんが妖艶に笑う。

 ちょっとマッドサイエンティスト風で怖いぞ。

 

「こんな泥水が好きなんて、大人はどうかしている」

 

 ルナは嫌な顔になっている。

 ウェーって飲む前から子ども特有のしかめ面だ。

 

「それは違うぞルナ。オレンジジュースとか甘いもののほうが虫歯になりやすい。コーヒーは身体にも良いという研究がある」

 

「血糖値が上がるという研究もあるぞ」

 

「一時的には上がるが総合的には下がる。問題ない」

 

「カフェイン自体がよくないと思うがな」

 

「摂りすぎはなんでもよくないものだ。さて、イオ。君はコーヒーは大丈夫か?」

 

「ええ、問題ないです」

 

 いちおう前世持ちなので。

 

 ただ――。

 

「砂糖は三杯ほどミルク多めでお願いします」

 

 ブラックは厳しい年頃なのである。

 

 ルナにはオレンジジュース、わたしには砂糖三杯分が入ったミルク多めの甘々マックスなコーヒーが配られ、みんな一息つく。

 

「さて、日程のほうだが――、まず12月20日の今日は打ち合わせをしてだな。21日は大統領とともに記者会見。22日はパレードとパーティ。23日には君の御父上と顔合わせして日本に帰還するという流れだ」

 

「はい。お母さまからもそのようにうかがっております」

 

「うむ。今日はロバートと会うまで少々時間があるな」

 

 セシリアさんがチラリと壁にかかっている時計を見た。昼の2時くらいを指している。

 

 ロバートっていうのは、会ったことないけど、現アメリカ大統領のことだ。やっぱり大統領だけあって、分刻みの行動をしているのだろう。

 

 たかだか十歳の小娘に一国のトップがわざわざ時間を割いてくれるんだから、わたしの方としては、ここで待機しててもいい。ルナと遊んでてもいいかな。

 

 そんなことを考えていると、セシリアさんがわたしを見据えていた。

 

「研究所の中でも見ていくか?」

 

「そうですね……」

 

 わたしは曖昧な返事をする。

 いちおう招かれてる立場だから、見ないっていうのもちょっとよくないだろうけど。

 正直なんの研究をしているかわからんから、興味の湧きようがない。

 ところが、そんなわたしの考えはお見通しだったらしい。

 セシリアさんはフッと力を抜いた笑みをこぼした。

 

「いま最もトレンドな研究は"魔法"についてだよ」

 

 透明な笑み。線の薄い、どこかの水の精霊みたいなセシリアさんが笑うと、かわいいというよりは綺麗といった表現が良く似合う。

 

 魔法か。それなら確かに興味深い。わたしや魔法クラブのみんな以外がどんな魔法の使い方をしているのだろう。ちょっとわくわくするね。

 

 わたしは深く頷いた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そこは研究所の地下。

 真っ白く、だだっ広く、方円形をした場所だった。

 ところどころに、地面から遮蔽となる壁が立っている。

 

 そこに通う者たちはSPやCIA、コマンドー、グリーンベレーといった屈強な者たち。

 時折は研究者たちもいるが、ここまでわざわざ降りてくる者は稀だ。

 

 彼等は親しみと畏怖をこめて、この場所をこう呼ぶ。

 

――地下闘技場、と。

 

 魔法についていえば、アメリカと日本はそれぞれ100人からスタートすることが国としての取り決めで決まっていた。しかし、その内実は両国でかなり異なっている。

 

 日本の場合、日本魔法会議という益体もない老人たちの集まりに魔法が付与されていた。彼等は魔法を得たのはいいものの、結局のところSPが同行できなければ、ルーラ等もおいそれと使えないことに気づき、宝の持ち腐れになっていた。

 

 対して、アメリカの場合は、むしろ要人の警護をする者たちに多く割り振られており、大統領を除いては、政治家にはほとんど行きわたっていない。シビリアンコントロールの観点から言えば、日本のほうが優れているともいえるが、アメリカの場合は、かなりのところマッチョイムズなのである。

 

 要するに、魔法が普及した後の世界を真剣に考えて、その対策を練っていた。

 

 つまるところ、ここはマッチョどもの巣窟だった。

 

「イオ!」

 

 白人の筋骨隆々な男。

 元コマンドーのジョンが初級爆発呪文(イオ)を唱える。

 指先に魔法力を集中する。

 腕の筋肉がもりあがり――(力を入れる必要はないのだが)

 1、2――。3のタイミングで、二十メートルほど先に小さなゴムボールのような爆発の中心点が生まれ、すぐにそれは風船のように膨張した。

 

 バンっ。

 はじけた!

 

 物陰から黒人が飛び出し、その巨体に似合わず猫のようにしなやかな動きでローリングする。

 手には武骨なアサルトカービン銃が握られており、通常両の手で撃つそれを片手で撃ってきた。

 

 ジョンはとっさに亀のように身を縮める。

 

 ダルルルルというくぐもった炸裂音が耳に飛び込んでくる。

 

硬殻呪文(スカラ)!」

 

 盛り上がった筋肉にわずかに銃弾がめりこんだ。肌は殻のように硬くなり、銃弾を通すことはない。だが肉を裂き、穿たれた部分は紅くにじんだ。ダメージは多少ある。

 

「座標指定するまでが遅すぎるんだよ!」

 

 元グリーンベレーのクックはあざけるように言った。

 クックは魔法が普及した世界でも、銃こそが最強だと信じていた。

 

 確かに、ジョンが放った初級爆発呪文(イオ)は兵器としてはあまりにもお粗末なものだった。座標を指定できるのは強みであるが、はじけ飛ぶまでに3秒ほど時間がかかってしまう。中級や上級ならば、爆発範囲は広いだろうが、このような狭い場所では自分もまきこまれてしまう。それに集中するための時間もかかるだろう。

 

 ジョンは打開策を探る。クックがリロードタイムに入った一瞬の隙をつき、初級閃光呪文(ギラ)を放つ。たまらず、クックは物陰に隠れる。

 

初級閃光呪文(ギラ)! 初級閃光呪文(ギラ)! 初級閃光呪文(ギラ)

 

 牽制射撃をする。

 弾速や弾発からいえば、銃が明らかに速く多い。

 クックは銃だけを遮蔽から出して反撃してくる。

 

 だが――、この瞬間を待っていた。

 銃の音にかき消されて、しかも遮蔽から顔を出せない状況なら。

 

――初級爆発呪文(イオ)が当たる。

 

 ジョンは狙いをつける。

 イオは座標指定ができる最強の呪文であると思っている。

 もしも、メラやヒャドが効かなくても、身体の中から爆発すれば確殺できる。

 ジョンは勝利を確信し、遮蔽に隠れているクックに狙いをつけた。

 

 終わり、だ!

 

「イ……お?」

 

 そのままジョンは止まってしまった。

 観客席のなかに、彼が信望するイオの姿が目に入ったからである。

 ジョンはイオのファンだった。しかもかなりディープな。

 

 パパパパパパ。

 

 身体を銃で撃たれながらも、ジョンはイオに向かって手を振った。

 

 地下闘技場に現れたイオは、小動物のようにきょろきょろとあたりを見渡し、今日もまたかわいらしく美しかった。

 

 パパパパパパ。

 

 その姿は可憐にして、美少女という言葉を体現するにふさわしい。

 

 パパパパパパ。

 

 もしも、ジョンが勇者であるならば、イオを姫抱きにし、もう片腕で勝利をつかむだろう。

 

 パパパパパパ。

 

 いい加減、うっとうしいな。この音。

 

 ジョンは全身が血まみれになっても、なおイオに対して手を振り続けた。

 

――レスを求めて。

 

 アイドルとファンの関係において、レスというのは必ずしも言葉を交わすことではない。ただわずかばかり、なにかしらの反応があれば、それはレスと呼ばれ、ファンにとって最高の栄誉となる。

 

 このチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 こわっ!

 

 全身を銃で撃たれて血まみれになってる筋骨モリモリのマッチョマンの変態がわたしに向かって手を振っているんですけど。

 

 これが魔法の実験……。というか、実戦だこれ!?

 

「あの、血まみれになってるあの人、大丈夫なんでしょうか」

 

「ベホマでもかけてあげればどうだ。たぶん喜ぶぞ」ルナが言った。

 

「わかりました。べ、ベホマ?」

 

 ふわぁんと魔法領域を広げて、血濡れの彼を癒す。

 

 そのあとの彼の活躍は目覚ましかった。

 

 まるで、顔を換えたばかりのアンパンマンみたいに、見違えるように力強く動き、銃を持った相手に一歩も引かずに圧倒していた。やがて、綺麗なクロスカウンターが入り、黒人さんのほうがバッタリと倒れる。血まみれだった彼が獣のように勝利の咆哮をした。

 

「強いですね」

 

「いや、弱いな」

 

 セシリアさんの評価は厳しい。

 

 銃に勝ってたしどこが弱いんだろう。最後は拳の殴り合いだったけどね。

 殴り合いになればバイキルト持ちの方が圧倒的に有利だけど、勝ちは勝ちのはずだ。

 

「イオ――魔法のほうのイオだが、明らかに初動までの時間が遅い。あれでは銃のほうがマシだな。攻撃呪文は使わず、主に補助呪文だけで戦ったほうがマシだろう」

 

 わたしの場合、唱えた瞬間には爆発してるんだけどな。

 ほぼノータイムだし。

 

「今のところは科学のほうが熟練度が高いということなのだろう」

 

「イオの魔法が規格外なだけじゃないか?」ルナがぼそりと呟いた。

 

「まあ、そういう捉え方もあるだろうな」

 

「魔法での犯罪が起こった場合、あんな感じになるんですかね」

 

「銃で釘付けにして、正確な座標指定で相手の間近で、できるなら体内で空間を爆発させる。逃れようがないからこれが一番早いと思う」

 

 セシリアさんが淡々と恐ろしいことを言う。

 

「イオの場合は、トベルーラでいいだろう。相手を魔法力でつかんで、ハートキャッチするなり、四肢分裂させればいいだけだしな。もげろもげろ」

 

 ルナがもっと恐ろしいことをいう。

 この子、虫の足をもいでくタイプじゃないですよね。

 

 魔法の実験って怖いんだなぁと、人の闇を見た気分になるイオちゃんでした。




皆さまに評価していただいたおかげで、評価数があとわずかで1000に達する見込みです。数字に囚われすぎるのはよくないと思いつつも、やっぱり切りのいい数字ってうれしいと感じます。できましたら、評価と感想をいただけましたら幸いです。何卒何卒……。


―追記―

主人公の国籍については、もっと複雑だったようです。
ご指摘いただきましてありがとうございました。

また、1000越えありがとうございます。

たくさんの方に評価いただきました。

本当にありがとうございます。

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