ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です 作:魔法少女ベホマちゃん
自分で言うのもなんだが、わたしは品行方正で非の打ちどころのないお嬢様然とした生活を送っている。スカートのプリーツは乱さないように、セーラーカラーは翻らせないように。廊下をバタバタと走ったことなど一度もない。やろうと思えば、ガンダムのドムみたいに、歩くという動作をしないで廊下をホバークラフトしながら移動することもできるが、やったことはないし、これからもやるつもりはない。
おまけに美少女だしな。磨かれた窓に映る姿さえ美しい。わたしの鉄面皮が崩れたら思わずにやけてしまいそうなかわいらしさだ。
背中を帆船のマストのようにピンと張り、余裕の笑みを浮かべながら歩けば、さながらあまたの妖精を束ねる女王のよう。そう、わたしです。いい加減このネタも飽きてきたな。
当たり前だが、勉学の成績も悪くはない。
いくら未来の国の重鎮予定が集まる学園だとはいえ、まだ小学生。
勉強はそんなに難しくもないし、上位で五位くらいには入ってる。通信簿の成績もほとんど優良であり、先生の言うことをよく聞いて、気配りのできる良い子だともっぱらの評判だ。たぶん。
そんなわたしが校長室に呼び出されるなんて……。
と、思わなくもないが、まあそれはしょうがないわな。
魔法という未知の力を使う存在が学園内にいるって知ったら、まずは排斥しようとするか、あるいはなんらかの形でとりこもうとするだろう。
例えば、国境線にいままで見たことのない兵器が配備されているのに気づいたらどう思うかという話だ。普通はなにごともないように過ごすことはできないだろう。
少なくとも、情報を得ようとはするはず。
正直、校長がどちらを選択したかは今のところわからない。
わたしだって、ところかまわずザキを連発するクレイジーガールじゃないから、「失礼いたします。ザキ」とかやって、初っ端から砲艦外交するような真似はしない。
おハナシしましょうっていうだけだ。
「安藤先生。校長先生は何かおっしゃってましたか?」
「僕も何も聞いてなくてわからないんだよ」
先生は、申し訳なさそうに言った。
「そうですか……」
一時間目が始まっている廊下は、児童たちの姿もない。
「先生は校長室の中までついてきてくださるのですか?」
「星宮さんが嫌じゃなければね」
「よろしければご一緒していただけますと助かります」
「大丈夫だよ。星宮さんは何も悪いことをしたわけじゃないからね」
「何も悪いことをしていなくても、相手がそう思ってくれるかはわかりませんよね。バランス・オブ・パワーが崩れたら戦争が起こった例はいくらでもあるはずです。わたしの力はバランスを崩してしまったんだと思います」
「だったら、なぜ……」
秘匿しなかったか?
そりゃ、あれだよ。流れってあるじゃん。
ただ、今の気持ちを正直に述べると、ルーラを使って登校したい。ただそれだけだ。ベホマとかで傷をいやしてほしいとか、失せもの探しをしてほしいとか、そんな頼まれごとをしたりもするかもしれないが、ハッキリ言ってわたしの気分次第だ。まあ、相手が美少女だったら治療ポするのもやぶさかではないがね。
ほどなくして校長室の前に到着する。
「失礼します」
安藤先生がノックをし、中から「どうぞ」という声が聞こえた。
先生がまず先に入り、重々しいドアを、まるでホテルのドアマンのように開けてくれる。
わたしも軽く会釈をして、「失礼します」と言いながらしずしずと入る。
校長室は、金持ち学校だけあって金がかかってるなという印象だ。
ただ、あまり華美になりすぎないように品のよい調度品で整えられている。
よくアニメのフィクサーが座ってそうな豪奢な机に座っていたのは、スーツ姿の若い男。
おそらく30代後半から40代半ばといった感じで、引き締まった顔はイケメンの部類。
醸し出される雰囲気はエリートの一言。
で、誰だ?
「あの、校長先生はどちらへ? というか貴方は誰なんでしょうか」
そう、目の前で泰然と座っているこの男は、いつもの頭の薄い禿親父な校長ではなかった。
安藤先生をチラっと見てみると、先生も困惑顔。どうやら知らない人らしい。
「校長ならお腹が痛いといってトイレに行っているよ。すぐに帰ってくるんじゃないかな」
男は立ち上がり、わたしのほうにゆっくりと近づいてくる。
背が高いな。180センチはあるんじゃないか。まあ、今のわたしがかなり小柄なのもある。
見上げる形になると、威圧感を受け取ることになるが、これはわたしが勝手に感じているだけだろう。
男はおもむろに上着の内ポケットを探る。
拳銃か?
「
わたしはとっさに指先からレーザービームのような光を放った。
ギラは火炎のようなエフェクトが出るシリーズもあるが、本質的には熱線だ。
虫メガネで太陽光線を集めて紙を燃やす実験をしたことがあるだろ。あれに近い。
光の束で敵を貫く。
わたしの狙いは寸分たがわず、男の持っていた何かを貫き燃やした。
そもそも、拳銃で撃たれても朝の
しかし、いまはそんなことはどうでもいい。
チリチリと燃え続ける物体を見ると、それは茶色くて四角くて牛革っぽいやつで……。
ど、どう見ても名刺入れですね。わかります。
「
火事になってもいけないからヒャドを使ってみたけれど、後の祭りだ。
ど真ん中を撃ちぬかれた名刺入れは、氷漬けにされて燃え広がることはなかったけれども、高熱の残滓でなんとも哀れなことになっていたし、後ろにある壁なんかも一部が炭になっていた。
加えてひんやりとした氷のオブジェが部屋の真ん中にデデンと置かれているという状況。
男は、ひきつった顔をしている。
「あの……校長先生じゃない方がいらっしゃって、わたし怖くて……」
わなわなと震える。いや、マジですまんかった。
正当防衛が成立するとは思うが、微妙どころではあるよな。
名刺を渡そうとしましたら、拳銃ぶっぱなされましたという事案と同じか?
ここは小学生であることを全力で利用するしかない。
わたしはかよわい少女。わたしはかよわい少女。わたしはかよわい少女。
瞳にはうっすらと涙を浮かべ、祈るように手を組み、唇をわななかせる。
「あ、いや、君は悪くないよ。いま見せてもらったのが魔法だね?」
男は余裕があるような態度を見せていたが、たらりと一筋の汗を垂らしていた。
初級っつっても、心臓をぶちぬける程度の力はあるしな。人間っぽいモンスターの魔法使いだって一撃で殺せる程度の威力はある。
魔法以外はかよわい少女そのものだが、噛みつく牙を持っているとわかれば、それなりの態度をとらざるを得ないだろう。案外、結果オーライか?
それとも、危険な
ザーキ♥ ザーキ♥ と人をもてあそんで、最終的に
シュンとして反省の意を示すイオちゃんです。
「わたしは、
「星宮イオです」
ふむ。理事長だったか。
理事長はこの学園の運営者、理事会のトップに立つ存在だ。
校長先生は現場主任みたいなもので、理事長のほうがえらい。経営者だからな。
要するに、この学園の権力者が出張ってきたというわけだ。
☆
校長は軌道寺の言うとおり、すぐに帰ってきた。
まだ春先だというのに、額に汗をたらしながらハンカチでふいている。
汗で薄い髪の毛が張りついていて、かなり緊張しているようだ。
それにしても、校長室に限らずだがお客さんを応接する部屋ってだいたい同じ構造なのはなんでなのかな。
よくドラマとかで見るように、部屋の中ほどには、ガラス製の重そうなローテーブルに、牛革で黒色の豪奢なソファが四対ある。
わたしと安藤先生がペアで座り、応対するように校長先生と軌道寺が座った。
安藤先生も結構がんばってくれていると思うんだが、このメンツだとかなり浮いている。
これから交渉事があるとして、いや十中八九あるんだろうけれども、安藤先生の援護は期待できないだろうな。
ここはまず、わたしから仕掛けるか。
「校長先生すみませんでした。理事長がどなたか存じあげず、お部屋を少々燃やしてしまいました。弁償が必要ならおっしゃってください」
わたしは大きく頭を下げた。
あわてたのは校長だ。校長の立場では、この交渉事を決定する権限は持っていない。
先ほどのギラの一件も、氷のカタマリに包まれた名刺入れというオブジェが出来上がっていることも、理事長のご意向次第なのだろう。
「わたしは、特に何をされたわけでもありませんので、そこは理事長におっしゃってください」
「軌道寺理事長申し訳ございませんでした」
「いや、先ほども言ったとおり迂闊なことをしたのは私のほうだからね。謝罪の必要はないよ。弁償も当然必要ない」
ヨシっ!
とりあえず言質はとったぞ。先ほどの出来事は不問に付されたのだ。
蒸し返してきたら、大人なのに二言するんですかと容赦なくメスガキムーブをかまそう。
小学生にいわれると結構傷つくぞ。良識ある大人ほど大ダメージなのはまちがいない。
場が落ち着いたところで、次に声を上げたのは校長先生だ。
おそらく、軌道寺から、あれを言え、これを言えって命令されているんだろうな。
あいかわらず、ポンポン痛いのか、すごい汗の量だけど。
「えー、私から、あのー申し上げさせていただきたいのですが、あー、よろしいでしょうか。星宮イオさん」
たどたどしい言い回しっぷりだった。ただ、校長の隣には指をくんで怪しく微笑む軌道寺がいる。校長は単なる傀儡に過ぎない。余計なことは言わないようにしないとな。
わたしもメソッド演技法を使って、敏腕の交渉人のような心構えで受ける。
「はい」
「あー、つまりですね。昨日の、あー、例のあれです。あれなんですが、本当なんでしょうか」
「あれとは、魔法のことですか」
「そうです。いわゆる、そのあれです」
「魔法ですよ。マスコミにはまだ話しておりませんが、魔法体系としてはドラゴンクエストというゲームと同じものになります」
軌道寺が「ほう」と納得したような声をあげる。
ギラもヒャドもそれなりに有名だしな。まあ知らん人は知らんだろうが、さっきのわたしの呪文は、ドラクエ初心者でも知ってるかもというレベルだ。
「ど、ドラゴンクエストですか。それは本邦で発売されている、あのゲームのことでしょうか」
「そうですね」
にっこりと笑って受け答える。
「なぜゲームの魔法が使えるのですか?」
「なぜって、まあいわゆる神様っぽいナニかに力をもらって転生したものですから」
それ以上に説明のしようがないよな。
おー、校長先生が、なんか固まってるぞ。
イキりのこころが満たされる。
そんなふうに油断していると、
「あー、その大変言いにくいことなんですが」
なげぇ……。
校長先生がたっぷりと時間をかけて口を開く。
「星宮イオさん。あなたが自主退学されることを、本学園ではお勧めいたします」
は?
ついに、学園からも追放宣言されちゃったぞ。
これは「もう遅い」するフラグか?
他のホワイトな学園に引き抜かれて、ザマァされても知らんぞ。マジで。
「なぜですか?」と、わたしは氷結呪文に匹敵する冷たさで聞いた。
「理由は、え~、その~、つまりですね……」少し考える校長。「星宮さんは学校にゲームを持ちこんでいるのといっしょなわけです。本学園ではゲームをプレイすることは許しておりません。明確な校則違反ということになります」
「そんな馬鹿な!」
いつもはおっとりしている安藤先生が声を荒げた。
逆にわたしは落ち着いたものだ。
むしろ理事長が黙っているのが気になる。校長はデコイ。つまりは囮で、いざというときにヘイトを集めるようにしているのだろう。
「スマートフォンの持ちこみなどは禁止されておりませんよね。ゲームアプリもインストールしている子はたくさんいるはずです。もちろん、この学園に通うわたしたちは、授業中どころか学校にいる間は起動すらしていないでしょう。それと同じなのでは?」
つまり、魔法を学園内で使用することはやめといてやろうと言っているのだ。
わたしにとってはデメリットしかない妥協であるが、学園だって無限に許容できるわけではないのは理解できるからな。
魔法なんて異界の技術。国とかのレベルじゃないと持てあますに決まっている。
それに、素早さ上げたりかしこさあげたりして底上げした能力でテストを受けたりしたら、学術の場としてふさわしくないのはわかるからな。
学園内では魔法を使わない。これがわたしの妥協点だ。
もっとも、ルーラは使わせてもらう。登下校は学園内外か微妙どころだが、門を一歩でも出れば、指図を受ける言われはないからな。
しかし、校長先生は胃のあたりを手で押さえながら苦渋の顔をしている。
「先ほどドラゴンクエストの魔法を使えるとおっしゃっていましたが……わたしの孫もお家でゲームをしているのでわかります。ドラクエには火を操る魔法もありますね」
「ありますね。ここで放ってみせましょうか」
「ああ! いえ、結構です。ただ、その魔法を常に使えるということですね。えー、つまり、ライターを持ち歩いているのと同じことなわけです。ライターやマッチなどの火を扱う道具は本学園では、児童が持ち歩くこと自体を禁止しています」
「つまり、魔法と不可分なわたしは、常に校則違反をしていると言いたいわけですね」
「はい……大変、恐れながらそういうことになります」
「それは誰の判断ですか」
「その……つまり、学園の判断です」
「あまり伝わらなかったようですから、申し添えておきますが、学園側が無用の混乱に陥るのはわたしも好ましくないと考えています。ですので、学園内で魔法を禁止するというのでしたら、わたしはその判断に従うつもりです」
「その、も、申しわけありませんが、魔法を禁止するしないの問題ではなく、本学園は魔法を使える方を受け入れるだけの素地がございません」
「そういうことを言うのでしたら、お母さまをこの場に呼び出すなりして、そのうえでお伝えすることじゃありませんか? なぜわたしだけを呼び出して、こんな重大なことを推し進めようとするんです?」
「魔法というのがきわめて属人的な特性に基づくものである以上、ご本人の納得が一番だと考えた次第です。ご本人が納得されましたら、お母さまもお呼びして三者面談をするつもりでした」
「逃げ口上が巧いですね。尊敬しちゃいます」
さすがにイラついてきた。
ザキっちゃうか? 残った数少ない毛根細胞を死滅させてやろうか。
暴力はいいぞケンシロウ。
というふうに黒い考えに支配されそうになっていたら、
「星宮さんは大変優秀な生徒です。本学園に入学されてから、一度も不良行為をおこなったことはありませんし、本人が魔法を使わないと言ってるんですよ。我々教育者が子どものことを信じてあげないんでどうするんですか!」
安藤先生が、なにやら熱いことを言ってくれていた。
校長先生は若手の先生に押され、何も言えなくなっている。
すると。
「安藤先生だったね。生徒をかばう姿は実に立派だ」
理事長がようやく口を開いた。安藤先生はわずかに警戒した視線を浮かべているが、さすがに褒められて悪い気はしないらしい。人のいい先生だからな。あまり人と対立することを好まない性格なのは知っている。
それにわたしもうれしかった。
先ほど先生が自らのスタイルさえ曲げて怒ってくれたのは、純粋にわたしのためだった。
援護してくれないかもって考えてごめんなさい。
わたしは心の中で謝っておく。
理事長が、続けて口を開く。
「校長先生。どうだろう。星宮さんの受け答えはしっかりしていたし、安藤先生も星宮さんを信頼しているようだ。魔法が危険なのは確かだが、どんな力も使い方次第だと思う。教育者としては、力の使い方を教えるべきだと思うね」
「理事長が、そう、おっしゃるのなら……」
あー、校長先生も貧乏クジ引いたなこれ。
もしもわたしが普通の子どもだったら、校長の印象はサイアクに近いし、理事長はイケメンムーブしているように見えただろう。
しかし、わたしは異なる。
逆らえない立場の校長先生をつかって、自らの株をあげようとするのは邪悪だ。
いや、それ以上に許せないのは、軌道寺が安藤先生をダシに使おうとしたことだ。
どうせ最初から話の道筋は決まっていた。こいつの真の目的はわからないが、ひとつだけハッキリとしているのは、退学というカードをちらつかせて、わたしが譲歩するか見極めようとしたことだ。そのうえで、学園側も譲歩したのだからということで、なしくずしに何らかの願いを叶えようとしたのだろう。
無意味な茶番だった。
「キレました」
沸々とマグマのように地下深くをたゆたっていた怒りは、ついに火山噴火の要領で爆発した。
「
まとまりかけていた話も蹴っ飛ばし、わたしは睡眠導入の魔法を唱える。
対象は――、安藤先生と校長先生だ。
「な、なにを……」「星宮さ……」
かくんと糸の切れた人形みたいに寝入った二人。
ついでに、校長にはホイミもやるわ。ポンポン痛いの治っただろう。
あ、寝ているから気づかないか。
それで、ようやく張りつけたような笑みを放つ軌道寺と一対一で対面する状況になった。
戦力的には圧倒的にこちらのほうが有利なはずだが、さすがに交渉事とかは向こうのほうが慣れているんだろうな。ポーカーフェイスならこっちだって負けてないはずだが。
「すごいね。ラリホーだっけ。私はドラクエをやったことがなくてね。あまり知らないのだが、どんなことができるのかな」
「ググったらいいんじゃないですか」
「ふむ。言われてみれば確かにそのとおり」
軌道寺はわたしに言われたとおり、ドラクエの魔法をスマホで検索し始めた。
いまは体系だててまとめられているページもあるから調べるのは簡単だ。
「ふぅん。案外多彩なんだね。攻撃とか回復しかないと思ってたよ」
「息の長いゲームですしね。それで……理事長、なんでこんな茶番を演じたんです?」
「どうしてだと思う?」
「わたし、こう見えて怒ってるんですよ」
いいからちゃっちゃと吐かんかい。
最悪、メダパニ使って、むりやり自白させるという方法もあるが、できれば使いたくない。
こころを操る魔法は、フィクションの中のわからせおじさんだけで十分だ。
軌道寺は、迷うことなくまっすぐにわたしを見つめて言った。
「君に頼みたいことがある」