ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です 作:魔法少女ベホマちゃん
メインストリートは凄まじい惨状だった。
イオが優雅なお嬢様のように静々と車を出ると、あちらこちらにSPやテロリストが倒れ伏しており、建物は穴を穿たれ、道路は破砕し、護衛車のひとつは横転し、魔法の残り火がちらちらと空間を舞っていた。
幸いなことにといったらなんであるが、民衆のほとんどは逃げ出しており、立っているものは生き残ったSPとテロリストしかいない。
――楽しいパレードだったのに。
飾りつけられたクリスマスイルミネーションも、ところどころ壊れてしまっている。
ベホマはキズを治すことはできても、壊れた物質を治すことはできない。時間を戻せば可能だろうが、世界的影響が大きすぎて許可がでないだろう。
なぜ、そんなことをする必要があるのか、イオにはまったく理解できなかった。
政治的主張があったり、なんらかの宗教的行為なのかもしれないが、他者を傷つけてまで達成するべきことなのだろうか。
イオ自身は他者に寛容でありたいし、他人を恤えるこころを持ちたいと考えているが、人を傷つける魔法の使用方法に対してだけは許せなかったのである。
周りをぐるりと見渡す。
イオの出現に気づいたテロリストたちは油断なくじりじりと詰め寄ってきている。
SPのひとりがイオをかばうように目の前に立ってくれた。
イオはSPの背中をポンポンと触る。
SPが怪訝な様子でこちらを見返るが、ふるふると首を振って前に出た。
正直なところSPは邪魔ですらある。
「わたしと戦うつもりですか?」
『貴様を殺せば、魔法は我らのものだ!』
テロリストのひとりが何かを言った。
「すみませんが、英語はさっぱりなんです」
「イオ!」
「はいなんでしょう。って、魔法のほうですね」
空間が爆発する兆候が見られる。
ギュム。
イオは再び発動前の魔法力そのものを握りつぶした。
男が目を剥いた。
そいつは周りのテロリストになにやら指示を飛ばしている。
周りの動きが少し変わったような気がする。
(もしかしてリーダーかな)
と、イオは考えた。
リーダーは最後までとっておくべきだろう。
ショートケーキのいちごも最後にとっておくのが望ましい。
ここに至り、イオが考えるのは見栄えだ。
このテロの様子は、既に空中を飛ぶ報道ヘリやずっと離れたところから望遠カメラでマスコミに撮影されている。パレード自体が生中継だったのだから当然だ。
そこで、イオがトベルーラを使って四肢をもいだり、体内から魔法を爆破させたりして、北斗の拳みたいなグロ画像を全国のお茶の間にお届けすると、魔法の印象もイオの印象も最悪なものになるだろう。
それこそが敵の狙いかもしれない。
だから敵を凄惨に殺すことなく制圧する必要があった。
いくつも選択肢があるが――、イオは視線を下に落として悩む。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!」
獣のような咆哮にふと見上げた。
見ると、イオの前方20メートルほど先ではSPのひとり、あの地下闘技場のようなところで魔法を使っていたジョンと呼ばれる男が
そのままひとりの首をポッキリと超絶寝違えたみたいにして、もうひとりは護衛車に思いっきり投げつけた。背骨が折れるような妙に耳に残る音が届く。テロリストに対して容赦というものが存在しない国だ。
(ゴリラなイオちゃんって思われるのは嫌ですね)
可憐にかわいらしく解決する必要がある。それならば採りうる手段はただひとつ。
聖女ムーブだ。
イオが思い描く聖女ムーブとは、回復と補助呪文による支援特化である。
幸いここには倒れ伏しているものの仲間がたくさんいる。
SPに任せろとルナも言っていた。
だから、聖女ムーブが一番良いのではないかととっさに考えたのである。
その実行の前に、
『死ね! 星宮イオ!』
言葉が降ってきた。
正確には英語で放たれた言葉。
意味を理解するには時間がかかるにしろ、その殺意は瞬間的に感得しうる。
男のひとりが飛び出してきて、親指と小指を軽く曲げ、ピンと伸ばした右の手を突き出してくる。ピオラで加速されたスピードは、生身の人間にしては早い。
「恐ろしく早い手刀。わたしでなければ見逃してました」
男が繰り出していた手刀は、バイキルトと日頃の鍛錬により鉄板にすら穴を穿てるほどになっていた。狙うはイオの心臓。その手刀をイオは軽くつまんでいた。
男が押しても引いてもビクともしない。
イオは車を出る前に軽く補助魔法は積んでいる。人間は脆く壊れやすいので、羽毛のようにふわっとした積み方であるが、それでもテロリストのにわかな魔法とは比べ物になりはしなかった。
『ぐ………』
子どもがイヤイヤするように、男が身体全体の筋肉を使ってもがいている。
イオはそのまま男の手を握りつぶすこともできたが……。
(このままだとゴリラだと思われてしまいます!)
イオは焦って、男の手を持ったままクルリと背中を向けるように回転した。
男は濁流に飲みこまれるように、いっしょに回ることになる。
そのままそっと、転ばすことに成功した。
「合気道っぽく見えたでしょうか」
どう考えても見えるわけがなかった。むしろどうでもいい存在があがいているのでうっとうしくなった大魔王が解き放ったようにすら見えた。
男は地面を転がったが、なんらかの拳法を習得しているのか受け身もとったようだ。
こちらを恨みがましくにらんでいる。
「
背後から魔法が撃ちだされる。とっさに振り向くイオ。
そこにはイオと同じくらいの身長の腰の曲がった爺がいた。
伸びた火線は、イオの身体に当てればマホステに阻まれて消失する。
イオが振り向いたのは反射的な動作であるが、戦闘の場面においては反射行為すら利用される。
その一拍の間。
わずかコンマ数秒の時間。
イオはうっすらと加速された知覚で認識した。
火線の伸びた方向は拳法男のほうだった。
イオが視線を戻すと拳法男はニヤリと笑った。
――
RPGではかなり定番であるが、魔法を味方に反射させた場合、敵の魔法反射や魔法的バリアを貫通するというものがある。
おそらく、魔法を反射させるというのはなんらかの波長の問題なのだろう。反射させた魔法は撃ち放たれる魔法とは波長が異なり、であるがゆえに貫通する。
魔法力が甚大であるが、生身の人間であるイオならば、魔法が通りさえすれば勝てると踏んだのだろう。
しかし、拳法男の顔が驚愕に変わった。
反射させた魔法はイオを貫くことはなかったのだ。
『な、なぜだああああああああ!』
「あ、わっざふぁっくですね。わかります」
イオは両手の指先をあわせて
なんとなくわかる言葉が出るとうれしいものだ。
『おちつけ。まだ奥の手が残されておる』
魔法ジジイが拳法男に話しかけ、リーダー格の男となにやら視線で会話する。
リーダー。魔法ジジイ。拳法男が三角形を描くようにイオを囲む。
かしこさの低い三人が、そのほとんどをつぎこむことでなんとか発動させることができる呪文。
それは、あらゆる補助魔法を弱体化させる。
「「「マジャスティス!!!」」」
イオは光の球体の中に囚われた。
球体は儚くもシャボン玉のようにすぐさま立ち消えた。
見た目の効果としては何事も起こっておらず、地味な作用だ。
イオは自分の両手をニギニギして感覚的な差異がないか確かめる。
『いまじゃ。すべての魔法を無効化する呪文じゃ。いまの星宮イオには魔法が通るぞ』
魔法ジジイが叫ぶ。
メラ。イオ。ヒャド。ドルマ。デイン。
いくつもの呪文が一斉にイオに向かって飛来した。
イオはまったく焦っていない。自分の魔法的感覚では、確かにうっすらと魔法が弱体化した感覚はあったものの、奥深くに内在する魔法力そのものはまったく衰えていなかったからだ。
だが、そんなことを知りもしないテロリストたちはイオが無惨な姿になるを夢想し、醜悪に顔をゆがめる。
『勝った! 勝ったぞ!』
魔法による煙で視界は閉ざされた。
しかし彼等は知らなかったのだ。
光弾を連打すること――いわゆるグミ撃ちは効かないフラグだということを。
煙が晴れ、イオは何事もないように一歩踏み出す。
テロリストたちは息をのんだ。
『なぜ効いていない。補助呪文は剥がされたのではないのか』
『ドラクエのルールを無視しているのか。なんだそれは……』
『ドラクエ魔法というのはブラフだったか。ちくしょうめ!』
テロリストたちは思い思いに悪態をついた。
「いい加減。知らない言語なのは支障がでますので。
とりあえず、周辺にいる人たちを巻き込んでセナハをする。
ほんのちょっぴり焦っていたせいか、その力は地球全土まで広がってしまったが、効果時間はごくわずかだ。たいした問題ではない――と考えておく。
それに聖女ムーブをする前に、念押ししておく必要があるだろう。
「わたしを暗殺するのは不可能です。ですからテロを起こしたりするのはお勧めしません」
イオは全世界に宣言した。
「なぜなら――、わたしの身体は魔法力そのものを服のようにまとうことで、あらゆる魔法や攻撃を極限まで弱体化することができるからです」
いちおうドラクエのルールには乗っ取っていたのだ。いろいろと効果はおかしいが。
かつて、氷をつかさどる魔王が使っていた伝説の魔法。
その名を
「闇の衣」
と言った。
☆
地球の片隅。
イオの父親は、ホテルの一室にあるテレビでイオの様子を見ていた。
イオの宣言を見て笑ってしまった。
「これだと、イオちゃんは大魔王様だな」
魔法反射やマジャスティスを無効化してしまえるほどの分厚い魔法バリア。
その特性が魔王のみが使える闇の衣という呪文だとは……。
闇の衣に関しては特技という説もあり、人類の中には誰も使えるものがいなかったはずだ。
つまり、今のところイオだけが使える呪文ということになる。
そして、闇の衣は特殊なアイテム『ひかりのたま』が無ければ剥がすことはできない。
もちろん、そんなアイテムは現実には存在しないので、イオは実質無敵だった。
テレビの中では、テロリストたちが慌てふためく様子が映し出されている。
「て。撤退だ。ルーラで帰還しろ」
「味方の回収はどうするんです」
「捨て置け。敵にやられた無能は知らん。ルーラ!」
いの一番にルーラを唱えるリーダー格。
だが、ルーラは発動しなかった。
「なぜだ。MPは残っているはず。ルーラ! ルーラ! ルーラ!」
壊れた玩具のようにルーラを連発する。
イオはドヤ顔していた。正確にはドヤ顔にいたるのを我慢していた。
先日判明した720兆という想像を絶する魔法力でルーラの発動を握りつぶされてしまったのだろう。自分を優雅に見せようとしているのか、両の手をお腹のあたりで合わせて、お嬢様然としてたたずんでいるのは悪くはない。我が娘は世界で一番かわいらしい。だが――。
「知らなかったんですか?
絶望的にセリフのチョイスがよろしくなかった。
おいおいおいと、イオの父親は思った。
「イオちゃん。大魔王宣言までしちゃってるよ」
ついでに言えば、セナハによって同時通訳をわざわざしている状況である。
本人はノリノリであるが……、あとからおそらくマリアに叱られるだろう。
我が娘ながら哀れに思う。
それからのイオは自らは何もせずに、ベホマズンとザオリーマを使って味方を回復させた。
ついでにバイキルトやピオリム(加速魔法の範囲魔法)を使って、味方を支援しているようだ。
「本人は聖女ムーブをしていると思っているようだが、これだと大魔王が尖兵を生き返らせて無限に戦わせているみたいだな……」
ヴァルキリーとエインヘリヤルというか。
ブラック企業の社長と社員というか。
ともかく、あれだけいろいろできるのに、何もしないというのが逆にしらじらしいというか真っ黒というか。本当に大丈夫だろうか。
魔法を使えないSPさんたちは、ルカナンで攻撃は通るようになってるもののマホステを唱えるまえにもう一度やられちゃったりしている。やられた傍から優しくベホマされて、またいってこいと後押しされる。SPさんはプロ根性で立ち向かっていってたが、少しだけ哀れだ。
テロリスト側からすれば無限湧きする敵を相手にするようなものだから、こちらはこちらでたまったものではない。
「これは――、オレも出張る必要があるかな……」
イオの父は、家族と離れてくらしていて映画にかまけているという
そのため、家族の誰からも魔法付与処理を受けていない。
しかし、彼は大統領から魔法の付与を直々に受けていた。その必要があったからだ。
映画監督であり、自身の映画にもよく出る俳優でもあるイオの父――アダム・スターマンは、世界をまたにかけるCIAの凄腕スパイである。
今回で収束までいく予定だったんですが、起きたのが五時でちょっと間に合いませんでした。五千文字なんで、ちょっと短めなんで筆も遅めー。