ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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大怪獣物語。ついでに貞操の危機。

「わたしはこの身に闇の衣をまとっています」

 

 イオはリーダー格に向けて澄ました顔を向けていた。

 一般的に言うところのドヤ顔である。

 

 実をいうと、魔法クラブのみんなには闇の衣の属性が魔法の一種であると伝えていたし、常日頃から身にまとっていることも報告済みであった。

 

 だがみんな「へえそうなんだ」というくらいの軽い反応で、ルナですらそんなに興味がなさそうだった。

 

 なにしろこの呪文の難度はおそらく一桁クラスのかしこさでなければ使用できない程度。それなのに異常に魔法力を喰う。実質イオ専用魔法である。

 

 それに、魔法や打撃をシャットアウトしようがヒットポイントが自動回復しようが、イオについて言えばいまさら感が強い。他の代替呪文がたくさんあるのに、闇の衣をまとったところで果たして変わりがあるのかといった感じ。言うなれば30センチの定規で富士山とエベレストの高さを比べるようなもので、実感が湧かずみんなの反応は鈍かったのだ。イオはご不満である。

 

 要するに自慢する相手がいなかったので。

 

「闇の衣……だと。馬鹿な! 魔王の特技ではなかったのか!?」

 

「そのあたりは解釈次第ですが、わたしが使えるということは魔法なんでしょう。それとも、わたしも大魔王なのかもしれませんね。くすくす」

 

 口元に手を当てて笑いをこらえるイオ。

 

 無邪気に笑う様は客観的に見れば天使のように愛くるしくかわいらしいが、テロリストにとっては悪魔が笑っているようにしか見えない。

 

「大魔王だと……」

 

 思い通りの反応をいただけて、イオはますますドヤ顔に。

 

 そして、イオが実質的に無敵であることがわかり、リーダー格の人間の判断は早かった。

 

――逃げる。

 

 である。

 

 魔法が使えるこの世界において、『ルーラ』の使い方は逃走にこそ本領を発揮する。

 

 リリルーラによる無理やりの合流は、相手との接触がなければできない。つまり、いままで魔法で遠距離攻撃をおこなっていたのは、逃走を容易く行うためでもあった。

 

 イオが使う魔法については"ゲーム"や"漫画"あるいは"アニメ"などの原作が存在する。なので、その使い方については人並みの知能があれば、ある程度は理解可能である。いくらイオが規格外の存在であったとしても、ドラクエのルールというものは遵守されるであろうという思いこみがある。少なくともプレイアブルキャラクターが使える呪文としてはルーラを封じる魔法はない。

 

 だから星宮イオにも使えないはずだという思考。

 それも思いこみに過ぎないのであるが。

 

「て。撤退だ。ルーラで帰還しろ」

 

「味方の回収はどうするんです」

 

 テロリストの仲間が焦ったように言う。

 

「捨て置け。敵にやられた無能は知らん。ルーラ!」

 

 いの一番にルーラを唱えるリーダー格。

 

 だが、ルーラは発動しなかった。

 

「なぜだ。MPは残っているはず。ルーラ! ルーラ! ルーラ!」

 

「無駄ですよ」

 

 イオは周りの空間を掌握していた。

 

 具体的な感覚をいえば、ドーム状の魔法力を展開し周りを覆うようにした。

 

 魔法力に色はないからカメラには映るし、べつに物理的な移動も自由だ。それにその結界の中で魔法を使うこと自体が制限されるわけでもない。魔法力自体をステータス以外で知る方法がない人間には、周りが結界のような魔法力に覆われていることに気づくことすらできないのだ。

 

 つまるところ、これが不思議な力でかき消されたという状態なのだろう。

 

「貴様が……貴様が何かしたのか!?」

 

「魔法力で結界みたいな分厚い層を創れば、ルーラを遮断できるみたいですね。初めてですが、うまくいったようです」

 

「そんな……馬鹿げている! ルーラを封じこめる魔法なんてドラクエにはなかったはずだ!」

 

「あなたが勉強不足なだけです」

 

 イオの小柄な身体から押し寄せてくる重圧に、テロリストのリーダーは後ずさった。

 

 それは、魔法力そのものの発露であったのだが、曲がりなりにも魔法力を得たからこそわずかながらも感知しえるところであった。

 

 テロリストたちには、透明な腕で頭を地につけさせんとするような力が働いているように感じた。無意識が――本能が――ぬかづくことを善しとしている。頭を垂れ、地に接吻したくなる。

 

 逆らってはいけない存在だと。

 

 つまるところそれは――。

 

 その存在は――。

 

 リーダーはジリジリと後ずさった。

 

「知らなかったんですか? 大魔王からは逃げられない」

 

 イオはいとも容易いことのように口にした。

 

 言うまでもないことであるが、このセリフはダイの大冒険における大魔王バーンが放ったものであり、要するにネタだった。

 

 だが、大変残念なことに翻訳呪文(セナハ)は翻訳はしても言葉に込められた文化的背景まで伝える魔法ではない。

 

 ドラクエ魔法の現実的な効用をひたすら追い求め、アニメや漫画のキャラクターを愛したわけではないテロリストたちにとっては、字義通りのセリフとして受け取られた。

 

 絶望と恐怖がテロリストたちを襲う。

 

 イオが指先を不意にあげた。突き出された指先から出るのは逃れることもできぬ閃光か。

 リーダーは「ひっ」と短く言葉を発し、一拍後に訪れるであろう永遠の死に恐怖する。

 

 だが、意外にもというべきか、イオが選択したのは攻撃魔法ではなかった。

 イオの思考は単線タイプなので、最初に考えたことを唐突に変えたりするのは苦手だ。敵がたじろいでいるうちに、当初からの予定通り味方を回復することにしたのだ。

 

全体完全回復呪文(ベホマズン)全体蘇生呪文(ザオリーマ)

 

 効果はまさに一瞬にして絶大。

 

 たちまちのうちに、ギラで心臓を貫かれていた瀕死の者は力を取り戻し、火だるまになって致命の火傷を負っていた者すら息を吹き返す。

 

 それはまさに奇跡であり魔法であった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

――おかしい、なぜか恐れられている。

 

 イオは小首を傾げてハテナ顔を浮かべていた。

 

 ふわふわと空中に浮かび上がりながら周りを見渡すと、SPたちとテロリストの戦力はうまい具合に五分五分の状況になっていた。

 

「調整は……できてますよね?」

 

 イオ自身にちょっかいを出してくる輩も多少はいるものの、そんなのは羽虫と同じ。魔法でバリアを張る必要もないので、放っておいている。

 

 空中で状況把握。トベルーラで飛んでくるやつは重圧で叩き潰し、同じ状況を作らせない。

 

「うーむ……」

 

 テロリストたちに脅えられるのはまだよい。

 だが、SPたちにもなぜだか脅えられている気がするのだ。

 

 イオは手持ち無沙汰になってメラによる火球を身体の周りに発生させた。普段は紅く輝くメラも超高熱にしてみたらなんか青く輝いた。それらをくるくると回転させながらいつでも発射可能な体勢をつくった。もちろん、ひとつひとつが軽くメラゾーマを越えている。もしも人間に当たれば、炭すら残らず影になるだろう。

 

 だが、イオは撃つつもりはなかった。

 ただ考える時間がほしかったのだ。

 

――聖女ムーブ、できてますよね?

 

 できるだけ良い子であるところを見せながら他の人の"仕事"を邪魔しない。

 そんな気持ち、大事だよね。――とイオは思っていた。

 

 当然、攻撃魔法なんてもってのほか。

 回復魔法と補助魔法もできるだけ制限プレイ。

 ほんとのところはマホトーンでもかければ、一瞬で終わっていただろう。

 防御力を低下させるルカナンを使えば、SPの装備が貧弱だとしても勝負はついていたはずだ。

 

 しかし、そうしなかったのは、できるだけお茶の間で血を見せたくなかったからである。

 空を舞っている報道ヘリ。それにパレードを撮影していた報道カメラ。

 いまもバッチリ撮影中であり、まちがいなく今日のニュースのトップを飾る。

 あるいはピューリッツァー賞あたりでも狙っているのかもしれない。

 

 結果としてイオが使用したのはバイキルト。魔法的な筋肉による解決である。テロリストたちは、スカラで身体を覆っているようだが、イオのバイキルトは無限にパワーを充填できるので、適当に相手のスカラと拮抗するかギリギリ上回る程度に乗せればいい。

 要するにステゴロであれば、そこまでひどい絵面にならないだろうと考えたのであるが、ぶん殴られた敵がゴム毬のように弾んでいく様は、銃撃戦とどちらがマシなのかは微妙なところである。

 

「問題なのは、バイキルトもマホステも単体呪文なんですよね」

 

 味方は約20名。相手はいつのまにやら50名程度になっているようだ。大衆の中からにじみ出るように現れたか、それともリリルーラあたりを使って、徐々に集結させてきたか。

 

 どうしても、魔法をかけてる間に、ひとりふたりはやられてしまう。高速で入り乱れているうえに、SPは見分けのつかない黒服のマッチョマンたちだ。同じ人に何回も魔法をかけてしまい結果として行きわたっていない例もある。

 それで、こちらに魔法を使える要員が足りておらず、手数的に負けてしまっているようだ。

 

完全回復呪文(ベホマ)!」

 

 今もメラで火だるまになった人を回復させた。

 

 煙がくすぶる体をひきずってSPはイオを見た。そこには空の高いところでフワフワと浮かびながら、指先ひとつで命をもてあそぶイオの姿があった。

 

 イオはにこりと笑う。

 

「がーんばれ。がーんばれ」

 

 全世界に中継されているため、できるだけかわいらしく言ったつもりである。

 SPはなぜかイヤイヤと頭を振った。

 

「……ん? 自分に回復魔法をかけるよりは、もっとみんなを補助してくれという意味でしょうか。さすがプロですね」

 

 違うのであるが、文化的違いのせいかSPたちの真意は伝わらない。

 

「それにしても援軍遅いですね……」

 

 相手も回復魔法は使えるのである。

 魔法を使える者どうしが集団戦を行う場合。

 一気に殲滅するか持久戦になる。

 だから、イオは援軍を心待ちにしていた。

 いまのまま勝ってもよいが、なんとなく泥試合な感じですっきりしない。

 援軍がくれば、まさに一瞬でカタがつく。

 同じSPが三回くらい突っ込んで、そのたびに燃やされたりしないで済む。

 

 そもそも戦闘行為は数分程度で決着がつくことが多いため、援軍が間に合わないということも往々にしてあるのだが、魔法戦闘の場合ピオラによる加速が通常求められることになる。したがって、イオもテロリストもSPも何十分も戦ってるかのように感じていたのだが、実際には数分しか経過していないという事情があった。

 

 それに――もっと大きな理由として。

 

 実際には、現時点で世界最強の魔法部隊がいざというときに出張る予定で待機していたのであるが、残念ながら()()()()()()()()()()()()()急行作戦が使えなくなったのである。

 

 総勢50名ほどの筋骨隆々の男たちは、いままさにコンクリートジャングルを疾走している。

 到着まではあと五分ほどかかる見込みだ。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ごらんください。アニメじゃありません。特撮でもありません。魔法による戦闘行為が目の前で繰り広げられています」

 

 報道ヘリに乗っているリポーターは唾を飛ばしていた。

 

 眼下には、魔法による戦闘がおこなわれている。もっぱら閃光や火炎球をだしているのはテロリストのほうであり、SPたちは銃での応戦をしているのがほとんどだ。

 

 イオは先ほどから補助魔法や回復魔法のみをつかい、戦況をコントロールしている。

 

 その様子を生放送で見ている視聴者はSNSや実況板を使って、即座に情報を共有していた。

 

『どう見ても舐めプ』『イオちゃんって大魔王やったんやなって』『いまさらじゃね?』『何度も突っこまされるSPさんたちがかわいそう』『イオちゃんがベギラゴンあたりで掃除するとしてだ。それで消し炭にされるのとどっちがマシかって話だよ』『やっぱり、イオちゃんっておおざっぱやな』

 

 世間の目は厳しかった。

 

 イオが内心で企図した聖女ムーブは偽聖女の域にすら達せず、せいぜいが大魔王の戯れといった有様である。

 

『ルーラを封じられるのなら、全員の魔法を封じろよ』『それは確かによさそうだな』『残念ながらイオちゃんの頭では思いつかなんだ』『このままいけばいずれ決着はつきそうだな』『テロリストたちは補給がないからね』『あ、また燃えたよ。あの人』『アツゥイ』

 

 眼下ではメラで燃やされた哀れなSPが映っていた。

 凄惨な状況になるかと思えたが、イオは即座に完全回復する。

 

『ころしてころして……』『命の輝きくん』『まあ死ななきゃ安いとは思うよ。でも、燃やされる人のことも考えてあげて』『がーんばれ。がーんばれ』『いやぁぁぁ!がんばらなーい!』『はやくマホステかけてあげて。マホカンタでもいいから』『単体呪文だからな。あれだけ入り乱れてると難しいんじゃないか』『殴り合いを選んだのはイオちゃん』

 

 結局、泥試合ながらも援軍が来る前に勝負の趨勢はついた。

 元コマンドーのジョンが拳法男をくだした時点で、明らかに戦意が低下したのである。

 

「もう終わりですよ」

 

 イオが何もしていないのに、さも自分が指揮をとったかのように降伏を勧告した。

 

 立っているのは、あとはリーダー格と魔法ジジイのみである。先ほどから魔法ジジイのほうは魔法を使っていない。おそらくガス欠だろう。

 

「ぐぬぬ……まだだ」

 

「無駄ですよ。あなたの魔法力がどれほどのものかはわかりませんけど――」

 

「まだ、この呪文が残っている」

 

 言いながら、リーダー格は魔法ジジイに視線を送る。

 

「マホアゲル!」

 

 魔法ジジイは最後の呪文を唱えた。

 本来的な意味での魔法力を譲渡する呪文だ。

 このときのためにとっておいた最後の手段なのだろう。

 MPが0になった魔法ジジイはその場で膝をつき、息も絶え絶え。

 立ち上がる気力もないようだ。

 

 そして、リーダー格は残された最後の希望にすがった。

 力ある言葉を紡ぐ。

 

竜変化呪文(ドラゴラム)!」

 

 自らを巨竜へと変化させる呪文である。

 リーダー格の身体はみるみるうちに巨大化し、その身は竜鱗に覆われていく。

 見るものを畏怖させるような巨躯。

 メインストリートいっぱいに広がった姿は、さながら往年のアメリカ版ゴジラを彷彿とさせた。

 

「GUROAAAAAAAAAAA!」

 

『げえええええ。ドラゴンだ!』『いままさにドラクエしてるよオレら』『イオちゃんならなんとかしてくれるだろ(鼻ほじー)』『ドラゴラムはあの超硬いメタル系にすらダメージを与えらえるんだぞ。もしかしたらやべえんじゃね?』

 

 イオは空中からその様子を眺めていた。

 確かにドラゴンの威容はなんだかドラクエしているという感じがしてドキドキしてくる。

 だが、プレッシャーはほとんど感じていない。

 

「おすわりさせましょうか」

 

 それも可能だろう。

 ベタンを使えば、ドラゴンだろうがなんだろうが、地に頭ごと突っ込ませることは可能だ。

 ただそれは、なんとなく正解ではないように感じた。

 べつに被害ができるだけ出ないようにとか、そういう意味での正解ではなく、様式美的な問題だ。

 

 なんの様式美かと問われれば――。

 

「やはり、()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょうね」

 

『怪獣大決戦きちゃう?』『ドラゴンVSイオランテ』『モブドラVSイオドラゴンだろ」『イオちゃんやめてあげてー』『ん。でもよく見ると、あれって』『あ。あれは!?』『テロリストの服が破けてるんや』『そういや四コマネタでもあったよな』『あー、あったあった』

 

 ドラゴラムが現実的に巨大化させてしまうのだとしたら、当然の理として服が破けてしまうのではないかという問題がある。

 

 もちろん、魔法による不思議パワーでそこらへんはなんとかなる可能性もあったのであるが、現実原則と魔法の幻想が戦った結果、服は破れるという結論に落ち着いたらしい。現実世界にドラクエの魔法がインストールされたゆえの不具合。

 

 だがイオはまだその事実を知らなかった。

 

 決着にふさわしいフィナーレを考えて、ドラゴラムを唱えてしまう。

 

 そこには銀色の鱗を持つ美しい一匹のドラゴンがいた。モブドラゴンが緑色なのに対して、明らかにレアな感じだ。そして、残念ながら急激に巨大化するドラゴラムは肌の感覚もよくわからないまま大きくなってしまうので、イオ自身は服が破れたことにすら気づいていなかった。

 

 ただ目の前で不快そうに尻尾をゆらすドラゴンと対峙するのみ。

 イオドラゴンは、すい、と地面に降り立った。

 

『ああ。ウン百万円はするお洋服が』『つまり、今のイオちゃんは……』『えちちモード?』『はやく変身を解除するんだ!』『イオちゃんが新境地見せちゃう感じ?』『オレ、ドラゴンのままでもいけちゃう感じ』『イオちゃんと車が絡み合うシーンが見たい』『ドラゴンカーセックス野郎がいる』『いけえええええ。イオちゃん!』

 

 モブドラゴンとイオドラゴンがぶつかりあう。

 体重で言えば、何トンもの巨大な質量体がぶつかり合うのだ。

 それだけでビルが揺れ、街路樹はなぎ倒され、SPやテロリストたちはふわっと数メートル浮き上がったあと地面に叩きつけられた。

 

 結論は明らかだった。

 ウルトラマンごっこをしてはいけない。

 被害額がとんでもないことになるからだ。

 はっきり言えば、イオはマジャスティスなりを放って竜化をさっさと解くべきだった。

 

 様式美にこだわった結果。

 

 尻尾の一薙ぎでウン十億、炎の一吐きでウン十億の被害を出していく。

 

『すげええ。特撮ってレベルじゃねえぞ』『ひえええ。被害総額がとんでもないことに』『イオちゃん。はやくやっつけて』『ウルトラマンとか戦隊物って建物に被害出さなさすぎだと思ってたんだよな』『答え、現実ではドラゴラムしてはならない』『イオドラゴンちゃんのほうがちっちゃいから厳しいか?』

 

 モブドラゴンの一撃を受けて、イオドラゴンはよろめいた。

 べつにダメージを受けたわけではない。ドラゴンの姿になってもイオはイオ。尋常ではない魔法力も健在だ。ただ単に質量差といういかんともしがたい差によってよろめいただけである。

 

 でも、ちょっとだけ恰好悪かった。

 そう思って、イオはイラっとした。

 

重圧呪文(ベタン)!」

 

 銀の竜の爪先から魔法の重力子が凝集していく。

 何トンもの巨体を支えるはずの筋肉はイオの魔法力の前に屈服し膝を折った。

 何かをつかもうとばたつかせた爪が、ビルの十階から五階までを切り裂いて風遠しをよくする。

 轟音があたりに鳴り響いた。

 

『イオちゃんやりすぎ』『全員退避しているけど……これは』『まあ国が補償してくれるからむしろお得なんじゃね?』『テロリストがドラゴラムしまくれば国の機能停止するかな?』『それがそうでもないらしい。ドラゴラムはかしこさが30くらいじゃないとできない』『かしこさ30代ってけっこうエリートなんやな』

 

 そして、ようやく待ち望んでいた援軍が到着する。

 ピオラによって、たとえジャングルであっても高速で移動できる彼等は武器らしい武器をもっていない。あえて言えば近接戦闘用のナイフくらいか。銃は不要だ。

 

 言うまでもなく魔法があるからである。

 

「撃てぇぇぇ!」

 

 初級閃光呪文(ギラ)の火線を集中させる。

 ひとつひとつの威力は弱くとも、束ねれば強烈な攻撃となる。

 ドラゴンの硬い鱗ですら傷つけることが可能になるのだ。

 

「GUROAAAAAAAAAA!」

 

 あきらめの悪いモブドラゴンは炎を吐いた。

 が、イオドラゴンによって、首は奇妙にねじまげられ炎の吐く方向は逸らされる。

 

「いい加減しつこい男は嫌われますよ」

 

 イオはトベルーラを唱え、モブドラゴンの体を空中に固定した。

 

「いまです! 攻撃を集中してください」

 

 イオは必死な声をあげる。

 さながら、悪魔的な何かを決死の覚悟でつなぎとめる聖女をイメージした演技だ。

 

『最初からそうしておけばという突っ込みは?』『なし』『なしよりのあり』『ありだろ……普通に』『ありよりのあり』『ありだろうけど、イオちゃんやし』『いまはただ一刻も早く邪竜を打倒してほしい』『イオちゃんが人間の姿に早く戻れるようにがんばるんだ』

 

 魔法兵団は火力を集中した。

 モブドラゴンは空中で張りつけにされた虫のようにもがく。

 

 やがて――。

 

 ガクンと首から力が抜けた。

 イオがトベルーラによる固定を解除すると、竜化が解けた男が真っ裸のまま地面に落ちていく。

 どうやら気絶したらしい。

 裸になっているのはあれだけ魔法を受けたからだろうとイオは考えた。

 地面にゆっくりと下ろして、ミッションコンプリートだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ごらんください。星宮イオさんと米軍の働きによって、ドラゴンは打倒されました!」

 

 報道リポーターはマイクを硬く握りしめて興奮していた。

 

『全米が泣いた』『ごくり』『全裸待機』『全裸待機がダブルミーニングになってる件』『おまえら小学生に何を期待してるんですかねぇ』『ダメだ。米軍たちはテロリストふんじばってマホトーンかけるのに忙しい』『オレらの言葉は届かねえのかよ』

 

 そう届かない。セナハは翻訳の付帯効果として拡声作用もあるが、それはあくまでかけた側の話でありかけられた側には拡声作用はない。メガホン効果があるのはイオの側だけ。

 

 そして、イオにいまの状況を冷静に教える人は誰ひとりいない。

 

 ルーラでかけつけようにも、イオ自身がそれを封じている。

 

 つまり、全世界にイオの全裸姿が公開されるまで、あと――。

 

「さて、もういいですかね」

 

 全世界が注目する中、イオは自分が全裸状態になっていることに気づかずドラゴラムを解除してしまう。光り輝きながら徐々に元のサイズに戻っていくイオ。

 

 完全に元のサイズに戻ったときが、イオが社会的に死ぬときだ。

 

 わかっていても、報道カメラマンはイオから目をはずすことができない。

 

 それこそが自分の"仕事"だと思っているからか。あるいは賞につられたか。

 

 そのとき。

 

 報道ヘリのすぐ横に軍事用ヘリコプターが並び飛んでいるのを報道リポーターは知覚した。

 渋くてゴツイ戦闘用ヘリであり、報道ヘリと比べればそのサイズは雲泥の差だ。

 

 ガラリ――。

 

 ヘリの扉が開いた。

 

 そこから顔を覗かせたのは、アダム・スターマン。イオの父親である。

 リポーターが驚いていると、アダムはニヤリと笑った。

 甘いマスクの、まだ二十代といっても通じそうな若々しい男だ。

 

「やれやれ。我が娘はストリッパー希望かな」

 

 そして落ちた。

 

 いつかの時のイオと同じく、何も装備をつけないまま。

 イオに向かって一直線に落下した。

 だが、イオと違うのは、トベルーラを唱えないというところ。

 

――ヒーロー着地。

 

 無駄に洗練された無駄にかっこいいだけの無駄な着地のことである。

 アダムはスカラをたっぷりと自身に施し、片手をドンと地面についた。

 地面がクレーターのようになる。

 

 バサリ。

 すかさず、自身の着ている黒のロングコートを脱ぎ、光って縮小中のイオにかぶせる。

 イオは着ているものの感触がつるつるしたものに変わっていたことに驚いた。

 

 全世界に全裸シーンをお届けする事態はギリギリのところで阻止されたのである。

 

『えっど』『むしろ裸より裸コートのほうが』『イオちゃんの前にいるやつ誰?』『おとんやろ?』『お父さまでしたか』『パッパ。わけぇな』『俳優であり映画スターでもあるというハイスペックなやつだな。だが仕事が超遅いことで有名』『イケメンパパに見惚れてるイオちゃんも新鮮』

 

「久しぶりだね。イオちゃん」

 

「にゃ!? どうしてお父さまが目の前に?」

 

「娘の貞操の危機だったからね。急いでかけつけただけさ」

 

「ハリウッドからですか!?」

 

「ああ……、そういえば、家のエアコンを消してきたか心配になってきたよ」

 

「それは大変ですね。ルーラで確認しに戻るべきです」

 

「冗談だよ」

 

 茶目っ気たっぷりにアダムはウインクするのだった。

 

 




主人公はわりとファザコンかもしれないです。
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