ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

8 / 102
言い訳。ついでに治療。

 安藤誠。

 イオの担任の先生。

 年の頃は26歳。

 彼女なし。

 視力は両眼とも0.1。

 いつも野暮ったい眼鏡をかけている。

 背は170センチと平均的。

 体重は55キロとかなり細身。

 筋肉はなく色白。

 文学系の青年。

 出身は光竜学園で、実のところ家は金持ち。

 

 ただ本人は陽だまりのなかで膝上に猫でも乗せてそうな、そんな穏やかな気性の持ち主である。

 

 生徒に対しては一度も声を荒げたことはなく、悪いことをしたときも理を諭すタイプだ。

 

 そんな彼も、さすがに声を荒げそうになった。

 

 いや、その言葉は正しくはない。より正確を期すならば、彼は悲鳴をあげそうになったのだ。

 

 悪漢にさらわれた姫様のように「きゃぁ」と甲高い声をあげて助けを請いたかったのだ。

 

 なにしろ、安藤は()()()()()()()()()()()()()()()からである。

 

 いわゆるお姫様抱っこというやつだった。

 

(なにがなんだかわからない!?)

 

 大の大人が、しかも先生が――、

 

 わずか10を数えたばかりの女生徒にお姫様抱っこされている。

 

 筋力的にどうだとか、そういった常識的なことを考える前に、少女の指先が安藤の足と背中を支えている逆セクハラじみた状況に卒倒しそうになった。

 

 見た目的にアウトを超えた何かである。

 もしも、ご父兄の皆様がたに見られたら、醜聞の極みどころか、一発でクビになりかねない。

 

 いま、イオが歩いているのは明らかに廊下だ。

 

 どうやら校長室からどこかへ向かっているらしい。足取りはしっかりしており、大人を抱えているというのに、まったく揺らぐことはない。いま歩いているところはまだ校内の奥まったところ。

 

 しかし、ひとたび角を曲がれば、教室側へ出てしまう。

 

 教室には大きめの窓がついており廊下は丸見えだ。

 

 授業中なのか、生徒たちの気配は廊下にはなかったが、こんなところを誰かに見られたらと思うと、脇汗が滝のように流れた。

 

「ほ、星宮さん」

 

「あら、先生、起きられましたか」

 

「お、下ろしてほしいんだけど」

 

「残念。先生のかわいらしい寝顔をもう少し見ていたかったんですけどね」

 

 イオは軽い冗談を言いながら素直におろした。

 地面に足がつくと、最果ての地から生還した宇宙飛行士のような気分になった。

 

(ありがとう重力。ありがとう地球)

 

 安藤はその場でほっと一息をついた。深い深いため息をついた。

 

 それで、イオを見てみると、いつもの澄まし顔だ。

 誰でもいいから、さっさとわからせてあげたほうがいいのではないかと思われる。

 

 客観的に安藤に対しておこなった所業を評価すれば、ガンジーも助走してぶん殴りたくなるレベルであるが、聖人かと思うほどに気性の優しい安藤はここでも、言葉で解決を図ろうとした。

 

 

「あの、星宮さん。どうしてこんなことになっているのかな」

 

「ごめんなさい先生。わたし先生を眠らせてしまったでしょう」

 

「ああ……うん。そうだね。ラリホーだったかな?」

 

「だから、わたしが責任をとって先生を保健室にお運びしようかと思ったんです」

 

「責任どころか、僕の教師生命が終わりそうだったけどね」

 

 ぼそりと呟く安藤。

 声が小さくて伝わらなかったのか、イオはきょとんとした顔をしている。

 

 わたし何かやっちゃいました?

 

 とでも言いたげな、そんな顔である。

 わからせおじさんは、この世界にはいないのか。

 

 しかし、安藤はここでも我慢した。

 相手はチート持ちのイキりまくった小学生である。

 叱るにしろ、ピンポイントで効果的なやり方をしなければならない。

 

 昨今、児童を叱れない先生が増えているという。

 

 特にここ光竜学園は良いところの子女が多く、妙な叱り方をすれば、教師のほうが詰問されかねない。加えて、安藤の穏やかな気性は、叱るという行為には不適正だろう。怒りと叱るは異なるというが、怒っている表情は必要になる場合もあるからだ。

 

 しかし、安藤は教師という仕事に使命感を持っていた。

 

(星宮さんが、大事になる前に僕が止めてあげないと)

 

 決意を新たに、さらに事情を聴くことにした。

 

「僕と校長先生を眠らせたのはどうしてかな」

 

「軌道寺理事長は、わたしに魔法を使って何かをさせたいのかなと考えました。校長先生にわたしの退学の話をさせたのは、わたしがこの学園に通い続けたいかをテストする意味合いだったのだと思います」

 

「まあそうかもしれないね」

 

 エリートでもある安藤は、イオの論理もわからなくはない。

 あの理事長は、そのエリートすら超える大エリートだろうが、ともかく怪しい黒幕のような雰囲気を醸し出していたのはわかる。校長がハンカチをびちょびちょにするほど緊張しながら応対していたのも、その証左だろう。

 

「先生、わたし……この学園をやめたくありませんでした」

 

 声を震わせて、完全にかよわい少女の擬態をするイオ。

 安藤は平均以上に良心に溢れている。イオの様子もそのままの姿として受け取った。

 弱々しく儚げな口調でイオは続けた。

 

「理事長には退学が交渉のカードになりえると知られてしまいました。ですから、わたしは理事長とサシで交渉する必要があると判断しました。理事長の願いがプライベートなことであるならば、サシでなければ教えてくれないだろうと考えたからです」

 

「僕たちを退室させてから、改めて理事長とお話すればよかったんじゃないかな?」

 

「怖かったんです!」

 

 顔を覆い、今にも泣き崩れんばかりの大女優っぷりを見せるイオ。

 

「安藤先生のことは信頼しております。ですから、お傍にいてほしかったんです。先生のヌクモリティ……いえ、ぬくもりを感じていたかったんです」

 

 それがイオの言い分だった。

 

 が。

 

 実のところは、校長の退学宣言にキレ気味だったイオが、退()()()()()()()()()()()()()()勢い任せに眠らせたにすぎない。真実とは時にくだらなく、どうでもいい理由だったりすることがある。

 

「そんなに僕のことを?」

 

 信頼してくれていたのか。

 

 そう思うと、無理やり眠らされるという暴挙も、大人の暴力に必死に抵抗する少女のやむをえない正当防衛に思えた。

 

 よく考えれば、彼女は理事長におびえていた。

 

 内ポケットに手を入れたときに、拳銃か何かで撃たれると思ったのも、人知れずそういうことを経験しているからかもしれない。なにしろ魔法だ。現代科学ではありえない力。異形の力といってもいい。そういった『組織』にいのちを狙われたこともあるのかもしれない。

 

 普通は生存のためにしかたなく使うところを、まさかイキり倒すために使っているとは、きわめて善良で、イオのようにアホの子でもない安藤には思いもよらなかったのである。

 

(僕が守らないと)

 

 そうして、盛大な勘違いをしてしまった。

 

「星宮さん。事情はわかったけれど、魔法は人に向かって使ってはいけないよ。眠らせるというのは穏当に見えるけれど、立派な"暴行"だ」

 

「そうですよね……。先生、ごめんなさい」

 

 低身長のイオは自然と、安藤を見上げる形になる。

 月の瞳には、朝露のような涙がのり、安藤は胸が痛んだ。

 

 叱りたくはない。しかし、これも彼女の安全のためだ。

 

「星宮さんはかしこい子だからね。わかってくれるんならいいんだ」

 

「はい」

 

 雨あがりの虹のような天使の笑顔(偽)。

 

 昨今はセクハラだなんだと厳しいが、このときばかりは、イオの艶やかな髪に手を伸ばし、頭を撫でた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 フン、ザコカ。

 

 安藤先生が、ちょろすぎて参ったわ。言っておくがわたしに撫でポは効かない。メス堕ちなんか絶対にしない。それは神様カッコカリに宣言してもいい。

 

 まぁ、髪の毛あたりが男のときと違うのか、なんか気持ちよくフワフワとなるのは否定せんがな。

 

 それにしても、安藤先生のお説教は、さすがにわたしも耳が痛かった。

 

 拳銃ぶっぱなされると思ってギラを撃ったのは、まあ正当防衛だし、わたし悪くねぇ、わたし悪くねぇって思えるんだけど、安藤先生にラリホーを撃ったのは、確かにギルティな暴行だったわ。

 

 チートって、人を歪ませる悪い力だよな。

 でも、この力って生まれたときからくっついているから、切り離せないんだよな。

 せいぜい気をつけるほかないと思う。

 先生が言うように、人に向けて使わないようにしよう。

 イオちゃんはうざいメスガキではない。世間に顔向けできる良い子になるのだ。ガワだけでなく。

 

 そうして決意を新たにしていると、

 

「ねえ。イオちゃん。校長先生の話は大丈夫だったの?」

 

 隣の理呼子ちゃんが話しかけてきた。

 まあ、本当は校長ではなくて、理事長の話だったわけだけどな。

 

「特にたいした問題はありませんでしたよ」

 

「よかった。イオちゃんがどこかに連れていかれちゃうんだと思ってた」

 

 隣の席から小さな手のひらを伸ばしてくる理呼子。

 なんだこの子。やっぱり天使の眷属か何かか。天空人なのか。

 あったけぇ。

 

 それに比べたら、わたしはやっぱり、なんというか……、ご迷惑をおかけしておりますね。

 

「さきほど気づいたのですが、わたしは悪い子だったみたいです」

 

「ええ??」

 

「安藤先生に魔法を放ってしまいました」

 

「え、メラとか?」

 

「ラリホーです。いろいろと事情がありまして」

 

「そうなんだ。反省してるんだよね」

 

「はい。先生には謝罪いたしました」

 

「ならいいんじゃないかな」

 

「ですが、先生に甘えていたんじゃないかって思いまして……、よく考えたら理呼子ちゃんにも」

 

「わたし?」

 

 きょとんとした顔をする理呼子ちゃん。

 まあ、魔法について幼稚園の頃に暴露してたことを、すっかり忘れていた頭わるわるな私だけど、理呼子ちゃんって幼稚園児だったころから、わたしに気を使ってくれていたんだよな。

 

 よく考えれば、ママンもだし。寺田さんも。ユアだってそうかもしれない。

 

「今は魔法を人のために役立てたいって気持ちです」

 

「あはは。別にいいよ。魔法は他人のために使いすぎるのもよくないでしょ。魔女になっちゃったアニメとかあるでしょ」

 

「おお、まどかマギカをご存じですか」

 

 小学生にしては結構ハードなアニメを知ってるな。

 まどマギは、昨今では結構数多くなってきたが、『残酷な』魔法少女の話だ。

 ネタバレになってしまうので、君たちの目で確かみてみろっつー話だが、その中の登場人物のひとりが、魔法は他者のために使うとか言ってて、つぶれてしまった。

 

 べつに魔法に限らずだけど、"自分"と"他者"のバランスはめちゃくちゃ大事って話なんだよな。

 たぶん、わたしがこの社会になじんでいくためには、自分の気持ちを優先しすぎてもよくないし、他者のことばかり考えすぎてもいけないのだろうと思う。

 

 魔法のできることは多いけれど、しょせんは個人の力に過ぎない。

 ちょっと便利なだけの超常の力だ。

 

「ねえ。魔法を使って、何かと戦ってたりするの?」

 

「いいえ。そういう宿命づけられたものはないですね。どっちかというと、ゆるふわのスローライフを送りたいと考えております。目指すは不労所得です」

 

「子役のお仕事は?」

 

「実をいうと、わたしはアイドルの仕事をやりたいと考えております」

 

「へえ、そうなんだ。長年いっしょにいるのに初めて知ったよ」

 

「すみません」

 

「ううん。教えてくれてうれしいの」

 

 ああ~、生きかえるわ~。

 わたしとちがって、天然モノの悪意なき天使の笑顔って反則すぎるわ。

 神さま、わたしにこの子をください。

 あ、すでに友達だったわ。わたし優勝してた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 さて、理事長の話の続きだが、これはたいした話ではなかった。

 

 寺田さんに事情を伝え、ママンにも連絡し、わたしは黒塗りの車に乗りこんだ。

 向かった先は、都内の総合病院で、同行したのは理事長だ。

 

 まあ、いわゆるテンプレってやつなんだが、理事長の娘さんは交通事故にあって片腕を切断するという大怪我を負ってしまったらしい。娘さんは中学二年生の天才ピアニストで、うん、まあ、もう言わなくてもいいだろう。

 

 ともかくよくある、どこにでもある話だ。

 

 理事長は先生たちを眠らせたあと、嘘をつかなかった。

 真摯に話し、真摯に頭を下げた。

 

 10歳の小娘に対して、神様にすがるようにして、余裕の態度も放り投げて懇願したんだ。

 

 私利私欲ではあるけれども、親心ということであれば、さすがにわたしも弱い。

 

 それに――。

 

 スマホで見せていただいた娘さんの姿が、その、ですね。

 

 こう、ぱふぱふに適しているといいますか。

 

 スライムを二匹お胸のあたりに飼っているかのように豊潤だったのデス。

 

 いや、まさかのキングスライム級?

 

 下心ではない。断じて下心ではない。

 

 これは義侠なり。

 

 ただただ、多方面に優秀な資質を持つ子がその顔を曇らせられるなどあってはならぬと判断した。

 

 わたしは、みんなに姿を見られないようにして病院内に向かう。

 

――透明化呪文(レムオル)

 

 服ごと透明化する魔法だ。

 

 わたしの顔はまだそんなに知られていないと思うが、騒ぎになって殺到されても困る。

 わたしの回復魔法は怪我や負傷には力を発揮するが、病気については未知数だ。なんらかのブレイクポイントとかありそうだけどな。わりとファジーな使い方をしているし。

 

 ただ、今のところは怪我しか治したことがない。ダンゴムシの病気なんてわかるはずもないしな。

 ドラクエのウィキもヒットポイントを全快するとしか書いていないし、そもそもヒットポイントってなんだよ。えっちなポイントか?

 

 とまあ、そんなわけで、病気についてはわからんのだよな。たぶん負傷を治すのがベホマなんじゃないかと思うんだが、これはパテギアや世界樹の葉といった病気に特攻があるアイテムをとってこなくてはならなかったことから推測している。

 

 だから、不平等を感じるかもしれないし、不平等が悪意に転じるかもしれない。

 

 ただなぁ……治せるのに治さないというのも、どうかと思うし。

 

 そんなこんなで考えながら、いつのまにか個室についた。

 ただの怪我で差額ベッド代を払うとは、さすがに金持ちやなと思ったけど、目の前にいる娘さんの瞳を見て考え直した。

 

 彼女は生気のない顔つきをしていた。

 見る人が見れば、幽霊か何かに見えたかもしれない。

 未来に絶望し、生きる希望を失った者の目をしている。

 

 わたしは透明化を解除する。

 娘さんはわずかに顔をあげてわたしを視界に入れた。

 

「え、お父さん。人が……」

 

「ああ、来てもらったんだ。本当の魔法使いに」

 

 

 さて、回復するか。問題はさっきも考えていた、不平等とか公平とかの話だけど、結論を述べると、考えてもよくわからんということになった。

 

 いったいどういうことが生じるのかはわからない。

 

 うーん。ままえあろ。やっちゃえイオちゃん。

 

全体完全回復呪文(ベホマズン)!」

 

 癒しの光は、病院全体を包みこむ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 その日、都内の総合病院では奇跡が起こった。

 

 集中治療室で手術中だった患者は、みるみるうちに傷がふさがり、足を骨折していたスポーツマンはグルグル巻きになっていたギプスを取り外して走り出す。背骨の折れ曲がったおばあさんは杖も持たずに歩き出すし、過敏性腸炎でお腹を押さえていたサラリーマンも溌剌と退院した。

 

 しかし、残念なことにガンや内臓疾患が完治したわけではなかった。それでも効力がまったくないわけではなく、人間の治癒力を底上げし、体力を回復したおかげで、結果的に助かる人が何人も現れたのである。

 

 それで――。

 

 そんな奇跡の一端は、軌道寺みのりの下にも訪れていた。

 

 逆再生動画。正しく表現すれば、それは腕先から肉がわにゅわにゅと蠢くように波打ち、白い骨から血管、神経、そして肌と、急速に再構成されていくようだった。

 

 少しグロい。

 

 でも――。

 

 目の前に腕を突き出す。

 

 グーパーする。

 

 腕がある!

 

 また、ピアノを弾ける。

 

 みのりは大声をあげて泣いた。

 

 あれだけあやしげだった理事長も、涙を浮かべている。

 

 いいことをしたあとは気分がよい。

 

 イオはすみっこのほうでドヤ顔をキメている。

 

 それにしても――、とイオは思う。

 

(あんだけ、お胸が大きいとピアノ弾きにくくね?)

 

 どこまでも空気が読めない子だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。