ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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誕生日前夜。ついでにみんな集まる。

 イオが宇宙からルーラで帰還すると、いつもの家の様子に少し長めの息を吐いた。

 

 外国に行って、テロに会うという異常事態の連続で少しばかり心労が募っていたようだ。たった数日だが帰ってきたという感覚が強い。なにげなく配置された家具家電を見ただけで懐かしく感じてしまうほど。根がさみしがりやなのである。

 

 母マリアに大陸に向けたマホトラについて報告しにいくと、父アダムと仲睦まじくなにやら話をしていた。イオとしてはいつもと変わらぬ両親の様子にようやく一安心といったところだ。

 

「お母さま。いってまいりました」

 

「ご苦労様。問題はなかったわよね?」

 

「ええ、地球は青かったです」

 

 イオは有名な言葉をそのまま言葉にした。

 大陸全土が見渡せるほどの距離から見つめ、地球と相対するという感動は言葉という虚飾を取り払ってしまう。普段から己を魔法と定義しているイオも、このときばかりは感動の一言だったのだ。それを伝えたかった。

 

「地球に向けてインパスしたわけじゃないわよね?」

 

「そんなことして何の意味があるんでしょうか……」

 

「アダム! イオが成長しているわ!」

 

 世紀の大発見をした科学者のように驚愕と喜びに染まっている。

 

「君の努力の成果だよ」と、さりげなくマリアを褒めるアダム。

 

「あなた……」

 

 マリアはアダムをうっとりと見つめた。

 

「わたしも少しは成長しているんですよ」

 

 イオは抗議の目でふたりと見つめた。

 べつにかしこさをどうこう言われるのは慣れたのでいいが、娘を肴に愛を深めあうのはなんか違う気がするのだ。

 

「悪かったわ。イオ、こっちに来なさい」

 

「むにゅ」

 

 ユアに見られたらこれも『ズルい』と言われる案件かもしれない。

 ただそうだとしても、母親から抱っこされるのを拒める娘はいないだろう。

 

「イオちゃんはあまえんぼさんだね。こっちには来ないのかい」

 

 アダムが腕を広げる。母親だけ甘えられてズルいと感じたのか。

 

「しかたありませんね」

 

 そうは言いつつもイオの声は浮かれていた。

 イオはアダムの方にも抱き着き、思いっきり呼吸している。

 父親のにおいを嗅いで、なにやら安心してしまう。

 

「お母さま方は寝ないのですか」

 

「国のほうに報告したら寝るよ。明日はイオちゃんたちの誕生日パーティだからね。イオちゃんの誕生日は一日早いけど今年は24日も大丈夫そうだ。おめでとうぐらいは言えそうだよ」

 

 アダムが軽くウインクする。

 

 アメリカのスパイである彼にしてみれば、イオの魔法効果についてはすべて報告対象なのだろう。ややもすれば偽装結婚とも思われかねない事実。ただ、アダムが娘たちの誕生日には必ず帰ってきて祝っていたこともまた事実だ。

 

「お父さまのお仕事は魔法で楽になりそうですか」

 

「まあね。とはいえ――、いつまでも同じ方法が通じるとは限らないだろうけど」

 

 魔法によるスパイ活動も、今後は魔法による対策がより洗練されていくだろうとのことだ。

 イオの魔法は例外的にすべてのルールを無視できるが、身ひとつしかないので、それが制限となる。

 

「イオ」マリアが言った。「お風呂に入ってから寝なさい。夜更かしはダメよ」

 

「わかりました」

 

 ニフラムで汚れは完全除去できているようだが、一日をリセットするという意味でも入浴は有用だろう。イオもそこは否定的ではなく、素直に従うことにする。

 

 ちなみにアメリカ人である父は、娘の入浴に関しては厳格な態度を貫き、いっしょに入ったりはしないそうだ。これは日本人的な感覚とは異なり、性的虐待と見られてしまうらしい。イオとしては少し残念だが無理強いをするほど子どもでもない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 お風呂ぽかぽか。

 

 入浴シーンはしめやかにカットされ、イオは長い髪に対して初級火炎呪文(メラ)初級真空呪文(バギ)を混成させ、ドライヤー状態にして乾かしたりしたが、まあどうでもいいことだろう。

 

 自分の部屋に帰り際、イオはユアの部屋をそっと覗いてみた。

 たった数日だが、妹に会ってなかった時間が長かった気がしたので、明日の朝まで我慢することができなかったのだ。

 

 部屋の中にはユアが深く寝入っていた。

 

 傍らにはユアを守るようにスラリンが控えている。

 いつものスライム顔ではなくて、すやすやと眠っているようだが――。

 

 イオが近づくと気配に気づいたのかスラリンはうっすら目を開けた。

 いざとなったら身を挺してでも守るという意志を感じる。

 

「かわいい騎士さんですね」

 

 言いながら、イオはスラリンを撫でつつユアの布団をかけなおした。

 トラマナで宇宙の絶対零度にも耐えうるけれど気分的な問題だ。

 

「おかえりなさいませ。お嬢様」

 

 途中の廊下ですれ違ったのはハウスキーパーの寺田である。

 

 どうやら、イオの帰還を心待ちにしていたらしい。普段なら自室のほうに帰っている時間であるが、今日はイオたちの家のリビングあたりで控えていたのだろう。お風呂が沸かしてあったのも寺田が準備したのかもしれない。

 

「寺田さん。こんな夜更けまでお疲れ様です」

 

 イオは軽く頭を下げた。

 

「お疲れ様なのはお嬢様のほうですよ。詳しくはよくわからないのですが、宇宙まで出かけていってテロ対策をしにいかれたとか」

 

「それはまあたいしたことじゃなかったんですけど、精神的には少し疲れました」

 

「あんな暴力に晒されて……お嬢様の珠のようなお肌にキズがついたらと思うと気が気がじゃありませんでした」

 

 アメリカでおこった魔法テロについては、全世界的に中継されている。

 

「わたしってわりと無敵っぽいので大丈夫ですよ」

 

「それでもです。お嬢様はまだ小学生なのですよ」

 

「普通はテロと戦う小学生なんていませんものね」

 

 イオは笑いをにじませた声音で言った。

 イオにとってテロはクソ雑魚以下の存在だったが、一般的に言ってそれは大アクシデントであることも知っている。

 

「見てください寺田さん。キズなんてついてませんよ」

 

 イオはパジャマをまくりあげてお腹を見せた。

 寺田はガン見している。記憶を脳内に刻みこもうと必死だ。

 

「本当にお綺麗なままで、安心しました」

 

「そうでしょう。あとは精神的な癒しがあれば完璧です」

 

「癒しですか?」

 

「久しぶりに寺田さんといっしょに寝たいです。ダメですか」

 

 イオにとって寺田は第二の母親に近い。

 マリアから遠ざけられていたとき、寺田がいなければ今のイオはいなかったかもしれない。

 それくらい自然と甘えられるそんな存在なのだ。

 今日はマリアもアダムもいるが、イチャイチャしているふたりのところに割って入るのはよろしくないし、三人で寝ているところをユアに目撃されたらユアが不機嫌になるのは目に見えている。苦肉の策というわけではないが――、角が立たないのは寺田だった。

 

 イオはうるうるとした瞳で寺田を見つめている。

 

「いいですとも!」

 

 勢い、月にまで行ってしまいそうな声だった。

 

 時は12月23日の深夜。

 

 前日まで8時間程度たっぷりと眠っていたはずのイオがどうしたかというと、眼が冴えるなんてこともなく普通にガン寝したのである。

 

 一方、寺田は久方ぶりの役得にギンギンに目が冴えていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ふぅ。ふぅ。お嬢様の香り。お嬢様の体。お嬢様のフェロモン」

 

「むにゃ……」

 

「ああ……お嬢様の寝言。お嬢様の吐息。お嬢様の寝顔」

 

「ママぁ」

 

 ころんと横になり抱き着いてくるイオ。

 薄い肌が左半身にあたり、子ども特有のいい匂いが漂ってくる。

 後頭部あたりが特に濃厚。

 このまま横を向いてしまったら――。

 イオと相対してしまったら――。

 抱きしめるだけじゃ済まないだろう。

 堕ちてしまいそうだ。

 

 寺田はこころの中で念仏を唱え始めた。

 

 いくらハウスキーパーであり同性であるといっても、やっていいことと悪いことのラインはある。まだ十歳であり、完全に信頼関係ができあがっているからこそ、越えてはいけないラインはあるのだ。

 

 しかし、生粋のロリコンである寺田女史にとって、この状況は鬼のようにツラかった。

 ツラく――そして天国でもあった。

 

 寺田もまた魔法使いであるから、たとえばラリホーを自分にかけるなどすればカンタンに解決する話ではあるのだが、このチャンスを逃すなんてことはできようもなかった。

 

「ああ……お嬢様は無防備すぎます。私、朝まで我慢できるんでしょうか」

 

 結果としては耐えれた。

 しかし、その代償は睡眠時間を削ることであった。

 

「ふぅ……よく寝ました。あれ、寺田さん目のところにクマができてますよ。わたし、いびきでもかいちゃってましたか?」

 

「いえ。お嬢様はおとなしかったですよ。むしろ暴れているのは私の性欲……」

 

 どんどんか細くなっていく寺田の声である。

 

「えっと、覚醒呪文(ザメハ)しましょうか」

 

「お願いします」

 

覚醒呪文(ザメハ)!」

 

 どうせなら、ニフラムもしてほしい。

 そして、性欲をもてあます自分を浄化してほしい。

 そう思う寺田であった。

 

 本格的にイオが起きだすと、寺田は化粧台にイオを座らせた。

 少し前までは日課になっていた髪の毛を整える作業だ。イオの髪はしっとりした水分多めの仕様なのか、朝になる頃には基本的にピンピンはねまくっている。

 それを整えるのが、寺田は他のなによりも好きな時間だった。

 

「お嬢様。こちらのシニョンについてなんですが、どなたかからいただいたものなのですか」

 

「あ、そちらはですね。中国人のお友達からいただいたのですよ」

 

 イオは嬉しそうにはにかみながら言った。

 もともと、無茶苦茶なハードスケジュールのためか友人が少なかったイオである。

 他国の友達ができて嬉しいのだろう。

 

「ふたつの色合いが違いますね」

 

「双子の姉妹からいただいたんです」

 

「なるほどそれで……。今日はこちらはおつけになりますか?」

 

「そうですね。お願いします」

 

「わかりました」

 

 まだつけて一日程度しか経過していないので、そんなには汚れていない。

 ニフラム浄化もしているので、綺麗なままだ。

 

 イオはシニョン×2を装備させてもらった。

 

 シニョンの形状からいって、若干のお団子頭にして、ツインテール状になる。

 イオはこの世のものとは思えないほどの美少女なので、基本的にはどんな髪型でも似合うが、ツインテールにすると幼さ係数があがってとてもよい。思わず抱きしめたくなるほどだ。

 

「お嬢様。今日もおかわいらしいですよ」

 

「ありがとうございます。寺田さん。本日はよろしくお願いいたしますね」

 

「仕込みはだいたい終わっていますから、あとは飾りつけくらいですね」

 

 今日は魔法クラブの面々も来る予定だ。

 夜のパーティということになっていて、親御さんには連絡済み。

 食事については寺田が作り、クリスマスケーキなども用意している。

 イオがすべきことは、特にはないのだが、何もないというのもそれはそれで何をやらかすかわからないイオを放置するという危険につながる。

 

 だから、適度にミッションを与えるということで、夜の間までに飾り付けをおこなってもらうことにしている。飾り付けといっても、例年お世話になっているクリスマスツリーに飾り付けを行ったり、リビングあたりに、例の折り紙を細長く切って丸めたやつをつなげてそれらしくするだけという難易度の低いもの。正直、魔法は関係ない。それでもイオは楽しそうに笑っている。

 

「お嬢様が輝いています……」

 

「え、レミーラは使ってないですよ」

 

 そんなわけで、朝がきたのだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あ、お姉ちゃん。おかえりなさい」

 

 見てください。わたしの妹がかわいい!

 わたしに向かっておかえりなさいをしてくれるんですよ。

 朝ごはんのときに寝ぼけ眼で起きてきての第一声がこれです。

 これはもう優勝でしょう。わたし、いつも優勝してますけど、今日は大勝利です。

 

 今日はママン、寺田さん、ユアとわたしに加えて、パッパもいる。

 

 五人で食卓を囲うというのは極めて珍しいことだ。なにしろパッパは帰ってくるにしろ、だいたいは夕方くらいだったからな。そして次の日の朝には帰っていくというパターンが多かった。

 

 ユアはパッパにもおかえりなさいして、パッパは腕を伸ばしてユアを撫でている。

 わたしも撫でてほしいけど、お姉ちゃんは我慢できる子だ。

 それに、ここ数日はパッパといっしょにいたからな。パッパの優先権は今はユアにあるだろう。

 

「ユア。八歳のお誕生日おめでとうございます」

 

「うん。ありがと」

 

 はにかむユアがかわいい。

 

「あれ、お姉ちゃんの髪のドアノブカバーみたいなのなあに?」

 

「これはシニョンですね。中華な女の子がよくつけてるでしょう。その子たちにもらったんです。かわいいでしょう」

 

「ふぅん。それつけてて怒られないかな」

 

「え、なんでです?」

 

 何を言ってるのかよくわからないな。

 

「理呼子ちゃんとかに、他のメスの匂いがするとか言われない?」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。そんなわけないでしょう」

 

 ママンも寺田さんも微妙な顔になっているし、パッパはAHAHAと笑っている。

 食事時にいきなりエロいシーンが流れたような気まずさがあるぞ。

 理呼子ちゃんは確かにわたしを好きだって言ってくれたけど、そのことはまだ家族の誰にも話していない。雰囲気で察するところの多い天才子役のユアなら感じ取っていてもおかしくはないけれど、家族に変なふうに誤解されたくはない。べつに女の子が女の子を好きになることが変ってわけじゃなくてね。理呼子ちゃんの風評にも関わるから控えてくれって話だ。

 

「ま、いいけど」

 

 プチっと、プチトマトを潰しモグモグするユア。

 ユアちゃんのことがよくわかりません。

 

「あ、それとパパってアメリカのスパイだったんだね」

 

 ユアはなんでもないように言った。

 今度こそ朝のお食事は完全に固まってしまった。

 

 パッパがスパイだってことは、ユアに伝えるタイミングはなかったはずだ。

 イオちゃんの全裸回避のために魔法を使ったことが、それっぽいことではあるけれど、対外的には誰かが魔法を与えてもおかしくはない立ち位置ではある。なぜなら、魔法はわたしを中心としてわたしに近しい人から広がっていくからだ。

 

「どうしてそう思うんだい」パッパが優しく聞く。

 

「パパの演技ってわかりやすすぎるんだもん。三歳くらいの時から思っていたよ」

 

 それが答えだった。

 って、うぇ!?

 そんなことでわかっちゃうもんなの。

 

「なるほど……。うちの娘はどちらも天才すぎるな」

 

「イオの場合はちょっとおバカなの。それに気づかないとダメよ。アダム」

 

 ママン、いくらなんでもママン……。

 

「そうだな。イオちゃんの場合は、ポンコツな女の子にとてつもない能力がくっついているという感じだものな」

 

 パッパ、いくらなんでもパッパ……。

 

「お姉ちゃんはね。時々すごくカワイイなって思う時があるよ」

 

 ユアはわたしの味方っぽい。

 

「お嬢様はかわいさの天才です」

 

 寺田さんの言葉はよくわかんねぇ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 準備が完了し、夜の七時ちょうどにドアのベルが鳴った。

 わたしは一番槍となって駆けだしていく。寺田さんより早く。ユアよりも早く。

 なんならピオラを使ってもいいぞ。

 本当にはしてないけどな。廊下がバキバキになっちまう。

 ともかくそれぐらい急いでいたってことだ。

 

「はーい!」

 

 開けるとそこにいたのは、おっぱい魔人――ではなく、みのりさんだ。

 ああ、お久しぶりです。たった数日なのに愛しい。

 元気にしていましたか。

 

「イオちゃん。わたしの胸に挨拶してない?」

 

「してないです。でも、あえて言わせていただくなら、人類はもっとみのりさんのお胸様を拝み倒すべきだと思います」

 

「まったくもう」

 

 みのりさんは笑っている。

 

「どうぞ、お入りください」

 

「あ、うん。その前にシニョン似合ってるね」

 

 みのりさんは、さりげなくわたしの新装備を褒めてくる。

 こういうところが目ざといよな、女の子って。

 わたしの場合は、なかなかに気づかないことが多い。

 なにか。なにかないか。みのりさんのワンポイントをさりげなく褒めるんだ。

 

「えっと。今日もおっぱい大きくて素敵ですね」

 

「あのね。イオちゃん。場合によっては同性でもセクハラになるから気をつけようね」

 

「え、そうなんですか」

 

 知らなかった。少しだけショックだ。

 

「まあ、イオちゃんに与えるばかりだったお姉さんにも責任があるかな」

 

 そのままわたしの手をとり、顔をうずめさせられた。

 

 ああ、溺れる。溺れるっ!

 

 わたし、まだ子どもなのに。だめなのに。

 無責任なおっぱいワールドに沈んでいっちゃう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「こんにちわ」

 

 今度もドアを開けたのはわたしだった。

 理呼子ちゃんだ。少しおめかししててかわいらしい。

 わたしは、朝方にユアに言われたことを思い出して、ほんの少しだけ顔の筋肉が硬くなるのを感じた。理呼子ちゃんはヤンデレじゃないはず。あまり嫉妬深いってイメージはないし……いや、あるのか。よくわからない。ただ、シニョン程度でそんなふうになるものなのか。

 

「あ、あのですね。このシニョンはアメリカで偶然手に入れたものでして、たまたまですね。そうたまたまなんですが、仲が良くなった友達からもらったものなんです。あ、仲が良くなったといっても、魔法で戦ったくらいですけどね。まあバトルの記念みたいなそんな感じなんだと思います」

 

 あれ?

 なんだかべらべらと言い訳をしているように思えてきた。

 人はやましいことがあると、黙ってしまうタイプと、言葉数が多くなるタイプがいるという。

 わたしはどちらかというと後者のタイプだったようだ。

 でも、シニョンについては単純に嬉しかったのもあって、認めてほしかった。

 ただそれだけなんだよ。信じて理呼子ちゃん。

 

 裁判官の判決を待つ気分で、チラっと理呼子ちゃんを見る。

 理呼子ちゃんはあいかわらず笑顔のままでほほ笑んでいた。

 

「大丈夫だよ。取ってとか言わないから。似合ってるよ」

 

 ゆ、許された。

 

「ありがとうございます。理呼子ちゃん」

 

「イオちゃんがどこに行こうと誰に会おうと、最後に戻ってきてくれるならいいよ」

 

 逆にそれって逃がさないよってことになりませんかね。

 

 理呼子ちゃんを中へ促し、わたしは玄関口で待つことにする。

 

「なにしてるのイオちゃん」

 

「あ、ルナちゃんがまだなんです。最後のひとりですね」

 

「ふうん」

 

 ほどなくしてドアのベルが鳴る。

 ほんの数秒しか待っていないから、本当にベストなタイミングだったみたいだ。

 

「はいどうぞ」

 

「イオきたぞ」

 

 ルナはあいかわらずぞんざいな態度だった。

 アメリカではルナとほとんどいっしょにいたから、久しぶりという感じはしない。

 

「んっ」

 

 ルナが腕を広げて何かを待っている。

 あれ、これって……。これってどこかで見たことあるシーンなんですけど。

 

「えーっと」

 

「アメリカ式の挨拶だ。忘れたのか」

 

 はやくやれと態度が言っている。ルナに他意はないのだろう

 

「ああ、アメリカ式の……」

 

 ほっぺにちゅってするやつだよな。いつもやってるやつを――、ついこの間履修済みのアレをしろってことだよな。欧米的には親愛の情を示すものではあっても、変な意味はない。

 だけど理呼子ちゃんが隣にいるんですけど。

 や、やっちゃうのか。

 なにかプレッシャーを感じる。

 

「はやくしろ。マナーだぞ」

 

「わかりました」

 

 わたしは、ルナのほっぺにキスを落とした。

 瞬間的にヒャドよりも冷たい冷気が満ちるような。

 チラっと見てみると、理呼子ちゃんの笑顔が120%増し。

 

「ルナちゃんといつのまにか仲良くなってるんだね」

 

「あ、アメリカ式の挨拶なんですよ。理呼子ちゃん」

 

「そうなんだ。わたしにはなかったね」

 

 黒曜石のような瞳に終幕の魔法が宿った。――ような気がした。

 

――うおおおおっ。突撃せよおおおおおおおっ!

 

 わたしはピオラよりも早く、理呼子ちゃんの頬に突貫した。

 わたしのキスひとつで世界が救えるのなら容易い。

 言うなれば、これは勇者行為。

 そう、人のこころに宿る闇が魔王とするならば、その闇を打ち払う行為なのだ。

 理呼子ちゃんは、ほっぺたを抑えて赤くなっている。

 ほっぺたなのになんで恥ずかしがってるんだろう。

 真正面からキスしてるのに。女の子はよくわからん。

 

「イオちゃんがキスしてくれた」

 

 そこか、理呼子ちゃんの乙女心。

 

「そろそろ入っていいか」

 

 ルナがラブコメとはまったく関わりのなさそうな平坦な声で言うのだった。




ヤンデレではないと思うけど微妙なラインではあるかも

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