ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です 作:魔法少女ベホマちゃん
「新年。あけましておめでとうございます」
わたしはゆるりと頭を下げた。
いま、わたしは自室のローテーブル前に超ウルトラハイスペックなノートパソコンを置き、その前に座布団を敷き、超ウルトラお高いんでしょうな振袖を着ている。
振袖、かわいいでしょ。
先日の魔法の不手際についてのお詫びとわたしの対テロ対策の御礼ということで、日本政府から贈られた一品で、数千万円くらいはするらしいね。いやもうよくわがんにゃい。
ともかく、色素薄い系女の子のわたしが着ると、艶やかな振袖とあいまって美人さんといわれること間違いなしだ。
やってることは壁に向かって挨拶してた前世とは違う。
世界中の皆さまに新年のご挨拶だ。
つまり、
――配信。
である。
ばあちゃんやママンには直に会いにいったし、すぐに出かけちゃったパッパにもリリルーラでお年玉をせびりにいったところであるが、足りぬ。足りぬのだ。
魔法クラブの面々ともこっそり会いにいったりはしたよ。
でも、神社にいったらたぶん死ぬほどもみくちゃにされるのが目に見えてるしね。
そもそもご家族様と和気あいあいとしているところに乗りこんでいくのもどうかと思うしな。
つまり足りぬのは愛であってお金じゃない。
もっとわたしをかまいたおしてほしい。
承認欲求をこじらせたわたしに優しくして。
おめでとう(ぱちぱち)ってしてほしい。
えらかったねって褒められたい。
そういうことなんですね。
ちなみに配信というのは大勢の人から認めてもらう装置としては優秀だ。
『かわいい!』『はぁ振袖姿プリティ』『イオちゃんがお座りしている座布団になりたい』『おみあし』『おてて』『おめめ』『おみぐし』『おまえらあますところなく褒めるのね』『日本にはお年玉という文化があるらしいな。\50,000』
「あ、北方棲姫さん。お年玉ありがとうございます。嬉しいです!」
思わずいただいたお年玉が嬉しく、わたしはその人のコメントを読み上げる。
すると――。
『まて、我が国もお年玉をあげるよ。\50,000』『イオちゃんあけましておめでとう\50,000』『樺太あたりはイオちゃんズランドに組み入れてもらえると助かるよ』『てめえロシアなめてんのか』『イオちゃん。おめでとう。\1,000』『国のお偉いさんがたが小学生の配信を見に来てるのに草』『小学生にガチ恋する国のトップ連中』『この星はもうだめかもわからんね』
あっという間にスパチャの累計金額が高まっていく。
実をいうと、お金をもらうのは嫌な気分じゃない。
お金そのものは集めすぎると"汚い"感覚がするものだけど、みんなの想いもくっついているからね。汚くなんかないよ。ちょっと政治的思惑も付随している気はするけどね。
「皆さま。ありがとうございます。お年玉もらえてうれしいです」
『あっという間に5億円くらい溜まってるんだが』『はにかむイオちゃんに5万円。クソもう課金上限か』『3分で5億かぁ』『ひとり5万円だとして1万人くらいが課金すればあっという間だからな』『秒速で億稼ぐ美少女』『まあ国家的事業をひとりで達成できるんだから5万円でちょっとでも心象がよくなればいいって考えなんだろう』
わたしの同時配信制限については、技術的な面での限界値である100万人程度となっていて、ネットのリソース的には相当とってもらってるらしい。
『今日は何するのかな』『お年玉をもらいにきただけとか?』『イオちゃんはゲームとかお歌もうたったりするよ!』『謎の象徴文字みたいな絵とかを描いたりも』『プリキュアを全力で歌うイオちゃんが見たい』『イオちゃんからのお年玉でベホマズンしてほしい』『おいやめろ』
おいやめろ。
全世界ベホマズンはもう卒業したんだ。
そもそも、わたしが不穏な行動をしようとすると、隣室に控えているママンにほっぺた引っ張られて退場になるに決まっている。
「今日はですね。魔法についてのいくつかのご報告をしたいと思います」
『おお、イオちゃん自らか』『イオちゃん広告塔になってるのかな』『マスコットキャラクター』『かわいいの権化』『育たないで』『お、テロの報告とかか?』
「まずは魔法の普及の予定ですね……えっと」
わたしはローテーブルに置いてあったスケジュール表を読み上げる。
「今年の4月には……、魔法法。正式名は長ったらしいみたいですけど、魔法に関する法律が施行される予定です。同月には各県庁所在地にひとつは設置予定の魔法申請センターに
ちなみに申請書はダウンロードもオーケーだし、行政庁で取得することも可能だし、電話などで直接郵送してもらうことも可能らしい。
『案外早かったよな』『覚醒が読めて偉い!』『ヒントふりがな』『帰化した人にも伝わるよな』『まあそこから我が国にも伝わってくるだろうが、どうなんだろうな』『外国人にもマホアゲルを!』『外国人にもありなん?』
「申請書の提出後には期限日が書かれた書類が郵送されてきますので、それと身分を証する書類を持って、魔法申請センターに向かってください」
『最初はマホアゲルしてもらうのはセンター職員からになるのかな』『そうだよな』『家族間どうしでというわけにはいかんだろう』『三人までという制限がメンドウくさくないか?』『確かにな』
「魔法住基ネットというデータベースを構築する予定です。最初期はボランティアの人にも来ていただき、与える方を甲方、与えられる方を乙方として登録していくという手続きになります」
これってすごく混乱しそうではあるな。
『魔法申請センターに行けない人はどうなるの?』『魔法法に罰則はあるんかな』『辻ヒールは許されない』『テロ起こったばっかりなのに大丈夫なのかよ』『中国が黒幕という見解もあるがどうなんかね』
質問事項が多くて、目がすべる。
どれから答えていけばいいかな。
「魔法申請センターに来れない人はリモートでの登録申請をしていただくようですね。リモートで職員の目の前でマホアゲルを唱えるというプロセスを踏むそうです。罰則はあります。ダモーレを職員が唱えて、使える魔法に応じた制限があるようです。テロ対策はわたしががんばります」
『おめめぐるぐる』『わたしががんばる(マダンテ)』『滅亡するからやめて』『イオちゃんががんばるっていっても身ひとつだからな』『あ、でもマホトラ施設とか、マホステ施設とか作らにゃならん施設はいろいろあるんじゃね?』『ユーラシア大陸は封印中なんですがそれは』
「マホトラとかマホアゲルについては魔法の幕で覆う呪文なんですよ。だから、対象物が一つであれば魔法を滞留させることが可能になるんですね。つまり、素材自体をコーティングしておけば、マホトラ物質、マホステ物質というのも可能ではあります。ちなみにユーラシア大陸についてのマホトラは同月を持って解除。もちろんそれまでに魔法対策はわたしががんばるってことで……」
『つまり、日本から魔法抗体物質が輸出されると』『そういえばイオちゃんズランドって空飛んでたし、あれをモシャス変形させて鋼材に変えれば』『あとはバギとかで適当な大きさに切り分けて』『バシルーラで輸送すれば』『日本の株価が超速でぶちあがってるんだけど』『イオちゃんの一言で日本がヤバい』
みんななんかすげえ盛り上がってるな。
イオちゃん、知らんけど。
「おや、電話がかかってきたみたいです。げっ!」
ママンからの電話だった。
お隣の部屋から出動していないので、まだ大丈夫だとは思うが、とるのが怖い。
『イオちゃん。ママンからの電話だよね』『ママフラか』『イオちゃんの不用意発言が悪いんやで』『イオはあたふたしている!』『残念、イオの冒険は終わってしまった』
「終わりませんよ! えーっと、はい。お母さまどうしました?」
「少し考えて話しなさい。脊髄反射はやめること」
「かしこまりましたぁ!」
それこそ脊髄反射だ。
わたしは華麗に着信を切り、再び画面に向きなおる。
「魔法の普及についてはそれぐらいですね。続きましては、皆さまに黙っていたことについて告白します」
『今度はなにやらかしたの?』『実は冥王星を破壊しちゃった(てへぺろ)』『既に宇宙は一巡させて実は二巡目とか?』『国会議事堂にイオちゃんのクソデカ旗がはためいている』『地下にイオちゃんズ帝国を創ってるとかかもしれない』
みんなの信頼度が低すぎる件について。
「あのですね。わたしの行動はお母さまにご報告しているんですから、そんな変なことじゃないんですよ。例のスライムの件です」
『なーんだ』『いまさらスライムかよ』『ダモーレで駄々洩れになってるアレな』『アメリカの記者会見では既に告白済みではあるが』『まだなにかあるのかね?』
「たいしたことじゃないんですが、実際にお披露目するのは初めてかなーと思いまして。おいでませ。スラリン。オクルーラ!」
オクルーラとは、自分以外をルーラさせる呪文だ。
スラリンの位置は既にレミラーマで探索済み。
ていうか隣のユアの部屋にいるわけだけど、
そこにいるスラリンにオクルーラをかければ――ほら、このとおり。
わたしの目の前、空中にスラリンがパッと出現する。
「ぴき?」
『うお、びっくりした!』『モンスターがあらわれた!』『これがスライム』『青いやつ』『スライムは青かった』『ぷるぷるしててかわいい』『いつかスライムをペットにできたりするんかな』
「名前は定番ですがスラリンです。もちろん人を襲ったりすることはなくて仲良しですよ」
『美少女とスライム』『スライムを抱っこしてみたい』『絵になるな』『夏の暑いときとかにヒンヤリしてそう』『召喚したモンスターを倒せばレベルアップするんかな』『するだろ。実際、イオちゃんはレベル11なんだし』
「モンスターだって生きてるんですよ。倒しちゃダメです」
『イオちゃんの矛盾』『イオちゃんも倒してるんだよね?』『モンスター倒してレベルアップしてるんだから』
「違いますよ。わたしが倒したのはいわゆる分体といいますか……、あの地獄の帝王と呼ばれてるモンスターなので、たぶん本体じゃないんです。ドラクエⅤでも無限湧きしてたでしょう」
『マジかよ……』『悲報。イオちゃん地獄の帝王を倒している』『でもまあイオちゃんなら楽勝……なのか?』『むしろ地獄の帝王でも余裕のよっちゃんなら他のモンスターも大丈夫じゃない』『イオちゃん大魔王宣言もあったし、これはガチやったんやなって』
うーむ。困惑は思ったより小さい?
むしろ最小限かもしれないな。
ちなみに、地獄の帝王を倒したことについてはママンの許可もありました。筋書通りなのです。
なぜなら、わたしが殺戮少女だというふうに思われるよりはマシだという判断がありましてね。
ママンの愛を感じるわ。
しかし、モンスター倒してレベルアップって話が一般的になると困るかもな。
スラリンのかわいらしさでなんとかしようという話だったが、正直スラリンはあまり人語を話すタイプじゃない。寡黙なんだ。それよりは
そう、バラモスエビルのエビちゃんだ。
彼と仲良く話してたら、もっとモンスターのことをわかってもらえるに違いない。
人間とモンスターは仲良しになれるんだって。絆感じちゃいます!
「実はよく召喚しているモンスターに仲良しさんがいるんですよ」
『ふぅん』『はぐメタとかかな』「キングスライムとかじゃない?』『イオちゃんおっぱい好きだからな』『おっぱいさんのことも好きそうだったしな』『百合子ちゃんはおっぱいを成長させようとがんばっているらしい』『健気やなほんま』
なんかいろいろ言われているが、さすがに予想外のようだな。
むふん。得意な気分になってわたしは立ち上がる。
「カモン! エビちゃん!」
わたしはスマホがぶるぶる震えているのに気づかず、エビちゃんを召喚したのでした。
☆
最近、あの大魔王からの呼び出しがなくて安心していたところ、不意に地面が青白く輝きだして、わしはキングベッドから飛び出ることになった。
「い、いやだ! 助けてー!」
シーツを握り締め泣き叫ぶも無慈悲。
少しでも拒絶の意志を見せようものなら、ものすごい吸引力でブラックホールに吸いこまれるがごとく、わしの巨躯はあっさりと魔法陣に引き寄せられてしまう。
抵抗は無意味だった。
やつには他者の都合などおかまいなしなのだ。
わしのような存在など、矮小なる塵芥とそれほど変わらないのだろう。
目を開けると、そこはいつもの冷たい真四角の空間とは異なり、柔らかな色合いの感じられるところだった。あたりに満ちる濃密すぎる魔法力。
吐きそうになるほどの魔法汚染に、胃液がせりのぼってくる。
ここはまさか。
「ひっ……」
少し視線をおろすと、あの大魔王がいつもとは異なる艶やかな服を着ている。
召喚によって付与される知識によれば、確か振袖と呼ばれるものだ。
「そういえば、お父さま以外の男の人をわたしの部屋に呼んだのは初めてです」
にやぁっと笑う姿は、死を呼ぶ地獄の使い――いや地獄そのものに思えた。
ここは大魔王の居城なのだ。
この狭い空間が……。
わしを自室に呼んで何をする気なのか。
いつもと異なるプロセスに冷たい汗が滑り落ちる。
「エビちゃんって猫さんみたいですね。違う部屋に呼んじゃって緊張してるんでしょう」
「いえ、そのようなことは……い、イオ様におかれましては、本日はお日柄もよく」
「んー、そうじゃないんですよ。エビちゃん」
「え……」
まちがったか。
なにか粗相をしてしまったのか。
大魔王は寛容ではあるが、それはすべてがたなごころの上であるがゆえ。
わしのことなど、言葉ひとつで消し飛ばせるのだ。
「も、もうしわけ――」
「あけましておめでとうございますです。エビちゃん」
「へ?」
「あけましておめでとうございますですよ。ほらみなさんも見ているのですから」
その意味はすぐにわかった。
年の始めに、大魔王の国ではそういう挨拶をするらしい。
そしていま大魔王が行っていることは"配信"とやらで、遠く離れた幾人もの人間に対して、映像と音声を送っているようだ。
魔法でも同じようなことはできなくはない。
大魔王はノートパソコンの角度を調整して、カメラの中心にわしを添えた。
約2メートルほどの大きさを誇るわしを映るようにするには、必然的にわしにフォーカスするしかないのだ。座っていても同じこと。小さき主人とは比ぶべくもない。
――それにしても。
卑小なる人間どもに対して、わしはいったい何を求められているのだろう。
ご主人は同族である人間に情けをかけているというのはわかる。
血を血で洗う力こそ正義という魔界でも、同族どうしで助け合うということはあった。
考えろ。考えるのだ。
ここで選択肢をまちがえば、わしは殺される。
「あ……あけましておめでとうございます」
「そうです! すばらしいです。エビちゃん!」
「ありがとうございます」
全身の力が抜けるほど、ほっとした。惨劇回避。
どうやらわしは正解にたどり着いたようだ。
その後、わしは大魔王にぴったりとくっついて、いつ終わるとも知れぬ配信を待つ。
大魔王は楽しそうにおしゃべりをしている。
高速で流れるコメントを見ながら、雑談配信というものをしているらしい。
わしは固まっている。早く帰りたい。おなか痛くなってきた。
「あの、もっと喋っていいんですよ。みなさんと仲良くトークしてください」
「なにを話せばよろしいのでしょうか」
「エビちゃんの好きに話していいんですよ」
まさかのアドリブ!?
一気に難度のあがったミッションに、わしは戦慄する。
大魔王はいったいいかなる言葉を望んでいるのだろう。
……喝采か?
愚民どもが王に捧げられるものといえばそれぐらいしかあるまい。
ましてや卑小なる人間どもにできることは、ひれ伏しすべてを捧げることのみだろう。
わしはおもむろに口を開く。
「大魔王イオ様を崇めよ」
☆
バラモスエビルの威容といってもいい姿に配信視聴中の視聴者は戦慄していた。
スライムのような、ともすれば愛玩動物といってもいい姿と違い、バラモスエビルは魔王級と呼んでも差し支えない存在である。
ただ、その姿は上司に休みの日に呼び出された部下のそれであった。
ちなみに、母マリアはさすがに自室にバラモスエビルを呼び出すとは思わなかったためか、すぐに介入しようとしたのだが――、残念ながらイオの部屋のドアは内開きのものであり、バラモスエビルの巨躯がつかえて中に入れなかったのである。
『バラモスエビルだと』『大丈夫? 世界滅ばない?』『エビちゃん。なんかくたびれたおっさんふうやな』『バラモスエビルっつったらふしぎなきのみを落とすらしいぞ』『それでか』
「エビちゃんって猫さんみたいですね。違う部屋に呼んじゃって緊張してるんでしょう」
『魔王クラスを猫扱いするイオちゃん』『胃のあたりを抑えるエビちゃんがかわゆす』『オレ変な性癖に目覚めそう』『相手カバやぞ』『カバをかばう』『HHEM民がいるぞ処せ』
その後、イオに『あけましておめでとうございます』を強要されるバラモスエビル。
是非もない姿は全国の視聴者の涙を誘った。
「あ……あけましておめでとうございます」
「そうです! すばらしいです。エビちゃん!」
『イオちゃん様がいうならしかたないんやなって』『バラモスハラスメント。略してバラハラ』『無自覚強要がこわE』『でもかわいいからね。しょうがないね』『オレも小学生の姪にあけましておめでとう言われたら戦慄するわ』『ふしぎなきのみでMP増やしたいな』『ふしぎなきのみを輸出するとしたら適正価格はいくらだろう』
「あ、あのですね。ふしぎなきのみは売りませんよ。売ったとしてもひとつ百万円とかそういうレベルだと思います!」
イオは子ども的な感覚で一個100万円という数値を持ち出してみたのだが、それは激安といってもよい価格だった。
『ママフラの予感』『百万円とか超安いな』『とりあえず一万個ほど我が国は購入したい』『ちょっとまて。我が国は100万個単位で購入するぞ』『予約サイトとか無いのか?』『もういろいろとメチャクチャだよイオちゃん』『さすがイオちゃん。オレたちに予想できないことをやってのける』『そこに憧れないし痺れない』『国家レベルのトップシークレットをガンガン駄々洩れさせていくイオちゃん』『かしこさ3だしね。しょうがないね』
「だから売りませんって! そんな個数をエビちゃんが持ってこれるわけないでしょ。エビちゃんが過労で倒れちゃいます」
ぶるりと震えだすバラモスエビルの姿は哀れみを誘った。
『一回あたり一個だと考えても厳しいのか』『エビちゃんがかわいそうかわいい』『うーむ。植物だとすれば増やせないか』『増やせれば輸出品になりそうだな』『日本がとんでもない魔法立国になりそうな予感』『すでにそうなんやで?』
召喚魔法で呼ぶとしても一回あたりに獲れる量(この場合は、バラモスエビルから強請れる量という意味だが)が決まっている以上、大量生産はできない。
そのあたりの事情は各国の代表も理解できたため、ふしぎなきのみの輸出についての話題はいったん下火になった。
「ふぅ……やばかった」
『すでにやばいよ?』『イオちゃんあとで叱られそう』『まあそうなるな』『そもそもなんでイオちゃんひとりで配信しているんだろうな』『もっとこう……な。ネットリテラシーを学んでからのほうがよさそうではあるな』『かしこさ3だからね。しかたないね』
イオがひとりで配信しているのは、星宮マリアが娘のできる限りの自由を望んだからというのが理由だ。ただ、もちろんネットリテラシーやいろいろと言っちゃいけないことを学ばせてからという意見ももちろん社内で検討されている。だが、魔法一発で世界が消滅する状況ですべての行動制限をするのは不可能である。イオが嫌だと言えばそれで終わりなのだから。
結局のところ、イオを止めるのは、母親の愛情しかないのである。
「そういえば、さっきからエビちゃんが全然しゃべってませんね」
イオはさきほどから微動だにしないバラモスエビルに視線をやった。
ふしぎなきのみのことから話題をそらすためというのが理由だ。
「あの、もっと喋っていいんですよ。みなさんと仲良くトークしてください」
「なにを話せばよろしいのでしょうか」
「エビちゃんの好きに話していいんですよ」
イオのなにげない言葉に視聴者の期待は高まる。
スライムに比べて理性的に喋る知的生命体と接触したのは今日という日が初めてだったからだ。
一般人が宇宙人との会見放送を見ているようなものだ。
畏れもあるが、期待感もある。
そしてバラモスエビルは全世界に向けて言葉を発した。
「大魔王イオ様を崇めよ」
『既に崇めているよ?』『ははーっ(素直)』『やっぱりイオちゃんって大魔王なんやねって』『オレらもそろそろ支配されるターンに入ってるのかね』『大魔王ゾーマはかつてバラモスを使い地上世界を支配したという』『新年そうそうイオちゃんに支配されるフラグ!?』『でもイオちゃんになら支配されてもいい』
「え、エビちゃん……。なに言ってるんですか」
「え? あの……、お許しくだされ!」
バラモスエビルは頭をこすりつけるように謝罪した。
謝罪のときに理由を聞くという行為は上司にリソースを使わせる悪手である。
ただひたすらに謝罪する。
理由は謝罪しながらでも考えればいい。
普段、イオではない大魔王に顎で使われる彼なりの処世術であった。
「わたしは大魔王なんかじゃないですよね」
「はっ。イオ様におかれましてはまさにこの世のすべてを総べる大魔神様。大魔王などという弱小な存在ではございませんでした。浅はかなわたくしめをどうかお許しくだされ」
『大魔神イオちゃん』『ぷるぷる真っ赤になってるイオちゃん』『エビちゃん……』『ん』『何の光?』『ルーラの前兆だな』『リリルーラ!』『あ、ママンだ』『ママフラww』『ついにお母さまが耐え切れなくなって乱入だ!』
「あ……」
イオは脅えた眼差しになった。
「イオ。エビさんを元の場所に還してあげなさい」
「は、はいっ。エビちゃん。じゃあまた宜しくお願いしますね」
「ひ、ワカリマシタ!」
死んだ魚の目になって退勤していくバラモスエビル。
『ママが怖いの』『これから何が始まるんです?』『大惨事世界大戦だ』『イオ虐の時間じゃね?』『ただのお説教だよ』『大魔神に対して叱れるって、ママン最強やな』
イオはマリアにほっぺたごと引きずられていく。
「ああ~~今日の配信はこれにて終了です~~」
『イオちゃんばいばい』『地獄で会おうぜベイビー』『今日判明したこと多いな意外と』『召喚魔法がかなり万能なのでは?』『イオちゃんズランドにはモンスターを放ってもいいと思う』『エビちゃんにインタビューをしたいところであるな……』
魔法の知識、技術は日々進歩している。
人類はその叡智をもちいて、魔法を安全に扱えるようにしなければならない。
イオのほっぺたが伸びきる前に。
仮に章立てするなら、前回までがテロ編で、今回は番外編的な位置づけかも。
次からは次章だけど、駆け抜けていきたい。執筆速度は本当は一日に二万文字くらいはいきたいんですけど、人間には無理っぽいです。まあ妥協して7千文字から8千文字くらいかな。
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