ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です 作:魔法少女ベホマちゃん
教室での一コマ。
「ねえ。イオちゃんはチョコ好き?」
理呼子ちゃんの唐突な言葉に、わたしは心が跳ねるのを感じた。
つまり……これはあれだ。伝説のあれ。
前世ではまったく関わりのなかった
もう少しでバレンタインデーだからな。
正直あんなの、チョコを作る会社の策略だと思っていた。
しかし、理呼子ちゃんの言葉を考えるに……。
これはくれるな……チョコ。
わたしは思わず口元を隠す。歪んでしまう頬を押さえつけるために必要だったのだ。
やった! やったぞ! 優勝した!
ついにわたしもチョコをもらえる側になったんだ!
やっほーい! ちょっとエベレストまでトベルーラしてくるわ。
短距離ルーラを使えば二分で到着するぞ。
「ええと、チョコは好きですね」
わたしは顔の表情筋が崩れないように細心の注意を払った。
だって、恥ずかしいじゃないですか。
欲しがりやさんって思われちゃう。
しかも、相手はまだ11歳の女の子ですよ。
この子はいわゆる手作りチョコをガチで作ってくるだろう。打算的に計算してしまう己の醜いこころが嫌だが、たぶんそうなる。
もちろん、小学生ゆえ湯煎したものであろうが、点数をつけるとするならば既製品を1点とするなら、手作りは100点だ。青春ポイントが違いますよ。
最近のわたしは世界各国に向けて魔法抗体物質を輸送したりと何かと忙しかった。四月には魔法が解禁される予定で、そのためにテロ対策とかをしておかないといけないからね。
なので理呼子ちゃんには返事ができていない。
わたしも好きだよって伝えるだけなんだけどな。
けれど、理呼子ちゃんはあいもかわらずわたしを想ってくれている。
……のだと思う。
打算と欲望にまみれたわたしを赦しておくれ。
でも嬉しいのは確かだ。
「なんでチョコなんだ?」
後ろからかけられたのはルナの声だった。
天才児のルナもまたぼっちだった?
ぼっちにとって、バレンタインデーやクリスマスは
わかるぞ、その気持ち。
「いや、イオが何かものすごく失礼なことを考えているみたいだから言うが、バレンタインなのはわかっているぞ。ただアメリカにチョコを贈る習慣はないんだ」
ルナはエスパーか何かなのか。
メダパニ無しとはいえ、わたしの完璧な擬態を見破るとは。
「へえ。じゃあ、バレンタインはなにをするんです」
「親しい人に感謝を伝える日だな」
「それは日本でも同じだね」と理呼子ちゃん。
「パーティとかを開いたりはしないのか?」
「パーティですか。あまり聞きませんね」
わたしは答える。
「私も聞いたことないかも」
理呼子ちゃんも同じく。
やっぱり日本ではパーティというほど大仰なものではないよな。
「日本では女の子が好きな人にチョコを贈る日という感じですね」
わたしもれっきとした女の子なのでわかります。
女子力は低くても、まったくないわけではないからな。
「ふうん。つまり理呼子はイオのことが好きなわけか」
「る、ルナちゃん!」
ボンっと小噴火状態になる理呼子ちゃん。
かわゆい。
「しかし、そういうことなら私も作ったほうがよさそうだな」
「ルナちゃんも作るの?」
理呼子ちゃんは不思議そうな顔だ。
「ああ、私もイオや理呼子のことが好きだからな」
うーむ。これは微妙にわかってない感じか。
でも、ルナの好きが友情的な意味での好きだとしても、人に興味を持つだけでだいぶん変わってきているなと思う。もちろん良い意味でだ。
わたしはルナを撫でた。
かわいいものは撫でるに限る。
ちなみに金髪モフモフなルナはわりとボリュームがあって撫でると心地よい。
「ふにゅ。なぜ撫でられてるかわからんが気持ちいいぞ」
目を細めてわたしの手のひらに集中しているルナがかわいい。
わたしはもっとヨシヨシした。
「イオちゃん。日米修好通商条約だよ」
なんだ。不平等だっていいたいのだろうか。
よくわからないけれど、とりあえず理呼子ちゃんも撫でました。
☆
さて――。
ルーラですっとんで帰ったあと、わたしは考えた。
チョコを贈られるだけでよいのだろうかということだ。
なにしろたった八歳のルナでさえ、チョコを作ろうとしているんだぞ。
わたしは十一歳のお姉さんなんだから、私が作らないのも醜聞が悪い。
いや、そういうことを考えること自体が大人の汚れた理屈ってやつだろうが。
本当のところわたしもみんなのために作りたいって気持ちがあった。
理呼子ちゃんには申し訳ないけど、友愛めいた感情が主成分だけどな。
わたしは、みんなに感謝の気持ちを伝えたい。
普段、お世話になっているママンや寺田さんや魔法クラブのみんなに。
あとは、クラスメイトにも贈ったほうがいいのかな?
女子的には正解かどうかがわからんぞ。
クラスの男どもが餓えた狼のような瞳をしていたかというと、そんなことはなかったと言っておく。言うてまだまだ小学生のガキどもだからな。クラスメイトの女子からチョコをもらうなんて恥ずかしいってことなんだろう。
だけど、みんな興味がないわけじゃない。
小学五年生といえば、そろそろ性に興味を持ち始める時期でもある。
ふふん。わかるぞ、その気持ち。
わたしの近くの席にいる田中少年なんて「イオちゃんのチョコ……」とか呟いていたからな。
「ヨシ!」
作るか。
博愛精神に溢れたイオちゃんはクラスメイトも含めてチョコを作ることを決心した。
もちろん、わたしひとりでは不可能に近いので、速攻で寺田さんを頼ることにしたのだった。
わたしのマネージャーであり、ハウスキーパーでもある寺田さんは20代半ばの美人なお姉さんである。寺田さんはわたしの申し出を快く引き受けてくれた。
「夏以来ですね。お嬢様とお料理するのは」
寺田さんは嬉しそうに言った。
「そういえばそうでした」
あの巨大なお菓子の家の元になったのは、寺田さんのアイディアだ。
正直、ママンより女子力は上だろうな。
料理を作る力を女子力といっていいのかはわからんけど。
ママンよりある意味では母性を感じたりもする。
いっしょに並んで料理を作るっていうのも母と子って感じだもんな。
ママンと寺田さんのどっちが好きとか言われたら、わたしはたぶんバグる恐れがある。
それくらいわたしにとって大事な人だ。
「まずお嬢様が御作りになりたいチョコはどのようなイメージですか」
「うーん。どのようなってどのような?」
「例えばチョコと一口にいっても、トリュフや生チョコやガトーショコラのようにいろいろな種類があります」
「正直難易度が高いのはわたしにはできそうにありません。かといって
魔法はカンタンすぎる。
でも難易度が高すぎても、寺田さんに任せきりになってしまう。
難しいところだ。
「でしたら、湯煎でチョコを溶かして型に流しこむという感じでしょうかね」
「そうですね」
概念的にはわかる湯煎という方法。
でも、温度はどれくらいがいいとか、冷やすタイミングとかそういうのはわたしにはわからない。レシピを見ながらだったらできるとは思うんだけど、なんか怖いじゃん。魔法と違って料理には魔物が住んでるって言うし。
「湯煎の元になるチョコはお嬢様の魔法でお出しになるんですか?」
「そうですね。クラスメイトの皆さんにもお配りしようかと考えているので、チョコ自体は多量に必要になりそうです。わたしが出したほうがいいでしょう」
ハラヘラズで魔法力を変換した魔法的な食べ物は、自分で出したものを自分で消費すると、なんだか共食いめいていて微妙な気分になるけれど、みんなには好評だったりするんだよな。
わたしの魔法力っておいしいんだろうか。
「お嬢様はいつもおいしそうですよ」
「そうなんですか」
「そうなんです」
ほほえむ寺田さん。
わたしっておいしそうなの?
よくわからん。
「型はいかがいたしましょうか」
星やハートマークの型を手に、寺田さんが言った。
どうしようか。
正直、定番な型というのはあまり面白くない。魔法力でチョコを出しているという時点でそれなりにおもしろくはあるけれど、それって見た目的にはなんの面白みもないからな。
イオちゃんは、おもしれー女を目指すのだ。
そのとき、視界の片隅にだいだい色をした目立つ影が横切った。
目と目が合う瞬間に気づく。
スライムベスのベス子だ。
隣にはスラリンもいて室内をデートしていたらしい。
その瞬間、ピキーンとアイディアが駆け抜ける。
そうだ。スライム型にしよう。それだったらオリジナルっぽいぞ。
「ふふふ……」
「ぴきー?」
わたしはベス子に近づく。
拾い上げる。
うーむ。かたちよし。大きさはちょうど軟式テニスボールくらいの大きさでこれもよし。
しかも、ベス子はスラリンと違って実際のところはレゴームという魔法で創った魔法生命体だ。内的機構はどうなってるかわからんが疑似生命であり、つまりはゴーレムのようなもの。
つまり、
「お嬢様?」
「あ、寺田さん。いいことを思いついたんです。ベス子を使ってスライム型を創ろうかと」
「スライム型ですか?」
「ええ、スライム型のチョコを創るんです。わたしっぽくていいんじゃないかなと」
「なるほど、しかしどうやって作るんです」
「まずは適当にパンを出します。
実をいうと、フィギュアの複製動画とかを見たことがあるわたしは、型の取り方というのも知っているのだ。お湯くらいひねれば出たけど、まあ気分だな。
型をつかった複製方法は、素材を流しこむためのメス型を創る必要がある。
その方法はお湯などで粘土のように柔らかくなる
「ぴ、ぴきー!?」
ベス子。すまん。
でも、ベス子はゴーレムなので
スラリンがぷるぷる震えているけど、許せ。
「お嬢様。少しばかりかわいそうな感じです」
「仕方ないんです。死にはしませんから」
注入口はストローでいいかな。
そして、
なにかこう……女の子が壁に挟まれる様ってドキドキしますよね。
わたしだけでしょうか。
――5分後。
案外、固まるのが速い
スライムのフォルムはわりかし単純なので、気泡とかができる恐れもないだろう。
カパっと
できあがりました。これで型の完成です。
スライム顔もきちんとできてるっぽい。
ベス子はスラリンのもとへ寄っていく。
デートの邪魔して悪かったな。
「さて、ひとつ出来上がりましたが、クラスメイトの分を作るには数が足りませんね。それに湯煎したお湯を流しこむと
「なるほど。ですがそれなら最初からモシャスで型を創ればよかったのでは?」
「情緒です」
「ですか……」
「それにイメージがつきにくいというのもありました。型を実際に創った経験はなかったので、イメージがしにくかったんです」
「お嬢様でもできないことがあるんですね」
「むしろわたしはできないことだらけですよ」
「そうでしょうか」
「そうですよ。だって、寺田さんに教えてもらわないと湯煎もできません」
「お嬢様が今しているみたいに上目遣いをしてお願いすれば大抵のことはなんとかなりますよ」
「んぅ?」
「あ、そういうのも小悪魔ムーブ……」
寺田さんって時々フリーズするんだよな。
よくわからんけど、慎み深い人なのだろう。
それからチョコを湯煎する作業だが、魔法でチョコを出してはあっためてどろどろにしては型に注ぐという作業の繰り返しで案外時間がかかった。
なにしろ、一つが軟式テニスボール大。板チョコで言えば三枚分くらいはある分量を溶かして入れてという作業だからな。しかも、湯煎と一口にいっても、溶かし方や固め方を急激にしたらいけないらしく、メラやヒャドは厳禁。ゆっくりと溶かしてゆっくりと固めなければならず、寺田さんが手伝ってくれなきゃたぶん死んでた。
でもまあこれで一応完成だ。
「あの、魔法クラブの皆さんとクラスメイトの皆さんは同じチョコでよろしいんですか」
「あ……」
確かにそれはそうだな。
チョコなんて義理すらもらったことないから考えもつかなかったけれど、わたしにとって魔法クラブの面々とクラスメイトではやっぱり想いが異なる。
みんなは特別な存在だし――。
ふと視界の隅でイチャイチャしていたスラリンが目に入る。
スラリンはベス子より大きい。
あ。
みんなに贈れば特別感あるかも。
「スラリーン。ちょっとこっちに来てくださいませんかぁ?」
「ぴき! ぷるぷるっ! 僕悪いスライムじゃないよ!」
すげえ流暢な日本語で拒否って来やがった。普段寡黙なくせに。
……やはりダメか。
「しかたありません。ここはキングスライムを召喚するしかありませんね」
「ダメですよ。お嬢様」
にこやかにダメだしされてしまった。
しかし、困ったな。わたしの貧相な頭ではこれ以上アイディアが出せないぞ。
「どうしましょう……」
「色を分けたらいかがですか」
「おお……色分け。すばらしい。さすがです寺田さん」
特別な人にはやっぱりハートの色と同じく赤いチョコレートがいい。
つまりはスライムベスなチョコ。
どうせなら、ノーマルなチョコはスライム色にしたいな。
「ノーマルなものは青色でコーティングですか。できなくはないでしょうね」
最近の料理というのは着色できる素材がいろいろあるらしくて、結局寺田さんにそれは買ってきてもらうことになった。
青色素材とコーティング用のチョコを溶かして鍋の中でかき混ぜて、青色プールの中にちゃぽんとつけていく。
固まった後には色違いのチョコペンで口と目を描いた。
ちなみに口はストロベリー味な。
できたぞ。スライムが。わたしの前で!
特別な人用のスライムベスは、同じく赤色着色素材でコーティング。口や目を描いて。
おいしくなぁれ。おいしくなぁれと願いをこめる。
紅色なスライムベスのできあがり!
あとはこれを小さな紙袋にひとつずつつめて、大きな紙袋で持っていけばいいだろう。
その前に。
「はい。寺田さん」
わたしは暖かいチョコを寺田さんに手渡しする。
赤いほうのベスチョコだ。まだ固まりきってないせいか手に少し赤が移っちゃったけど、いますぐ渡したかったんだ。
「お嬢さまがわたしにですか」
「はい。いつもありがとうございます」
「お嬢さまぁっ」
ガバっと抱き着かれ、息苦しくなるほどギュウギュウに抱きしめられる。
ちょっと興奮しすぎ。
チョコひとつでおおげさだよ、寺田さん。
むぎゅ。
「わたくし。このチョコを一生の宝物にいたします」
「あの。いますぐ食べてほしいんだけど」
食べられないチョコはかわいそうだしね。
せっかくつくったんだからカビる前に食べてほしい。
「わかりました」
「分量的に多いから割って食べるのがよいかもしれません」
「そうですね。少しずつ楽しみたいと思います」
寺田さんは、さっそく先端部分を少しだけ割って口に入れていた。
ベスチョコがにっこりとほほ笑んで見えたのは、チョコの本分を果たせたからだろうか。
それともわたしのこころが見せた幻か。
だから気づかなかったんだ。
それがまぎれもないチョコの本能的所作だったのだと。
そのときのわたしは気づかなかった。
☆
バレンタインの当日が来た。
チョコはもう固まりきって、完全に馴染んでいるというかなんというか。
ともかくベストな感じだ。いちおう今日登校前にカビてないかひとつひとつチェックしたけど問題はなかった。念のために
これ、みんな喜んでくれるかな。
そんな期待感がわたしにあるせいかもしれない。
ママンやばあちゃんやパッパには既に配り終え、その場でわたしは抱きしめられたり、お小遣いをもらったり、いろいろしてもらったけど――、それ以上にわたしがプレゼントするっていう行為そのものが嬉しい。
校門ではいつもの生活指導の先生がいて、わたしは手提げつき紙袋をゴソゴソと探る。
スライムチョコのほうは、そこまで豪華ではない茶色い紙袋に入っている。こちらは手提げ部分がない紙袋。口の部分を折りたたんでいる。
「おはようございます。先生、チョコどうぞ」
「ん。ああ。ありがとう」
ちなみに、ここ光竜学園は良いところの学校なので、チョコをあげたりするのもわりとお目こぼしがある。よいところのお坊ちゃまお嬢様なので、その場で食べたりすることはあまりないが、学校でもらったチョコをお家に持って帰るということは伝統的に許されてるらしかった。
まあ家に帰ったあと、それを食べるかどうかはその人次第だしな。
贈るという行為が大事なんよ。
教室内に入ると、男子どもが色めき立っている。クラスはいつもと変わらぬ雑談をとりかわしているが、女子の動きを注視しているのが丸わかりだ。
おうおう。哀れな者どもよ。
わたしが救世主になってあげましょうねぇ。
へへ。
なにかゾクゾクとした女子的気分になる。
だが、まあその前に理呼子ちゃんだ。
あいもかわらず登校が早い理呼子ちゃんはわたしの隣の席に座り、わたしを見てわずかに笑んだ。理呼子ちゃんが机の中から取り出したのは、ハート形のチョコレートだ。
「イオちゃん。私のチョコ、受け取ってくれる?」
「もちろんです! あと、わたしも理呼子ちゃんに作ってきました。どうぞ」
わたしはベスチョコ入りの白い豪華なデパートでもらうような紙袋を取り出す。
リボンがあしらってあって、ウエディングドレスみたいな装飾だ。
魔法クラブのみんなは、中身は同じベスチョコだけど。装飾だけは理呼子ちゃんオンリーでちょっとだけ異なる。わたしのこころを正確に表すなら、そんな感じ。どんな感じ?
「わぁ。ありがとう。開けていい?」
「はい。どうぞ」
「ベス子ちゃんだ。ありがとう」
喜んでもらえてなによりです。
「おはよう。イオ」
わたしよりもさらに遅く登校してきたのはルナだ。
今日は久しぶりにボブさんもいっしょ。
筋肉でぱっつんぱっつんのスーツを唸らせて、
ボブさんがカートごと持ってきたのは――。
なんだありゃあ。スゲェ……。
チョコが滝のように流れる装置。
チョコレートファウンテンだ。
しかし、通常のサイズじゃない。明らかにクソでかい。
教室の机四つ分くらいの大きさはあるぞ。
「みんな好きに食ってくれ。お前たちのこと愛してるぞ」
ルナちゃんがかわいすぎる件!
目新しい光景にわたしのスライムチョコがかすんでしまうけど、そんなことよりクラスのみんなのことまで考えてくれるようになったのがお姉ちゃんごころとしては嬉しい。
☆
チョコ達は嫉妬した。
あの群体のチョコレートファウンテンは所詮マシュマロをつけて食べられるだけの従たる存在にすぎない。我々は一個が千に匹敵するほどの魔法力を秘めたる存在にもかかわらず、なぜ暗闇の中で耐え忍ばねばならぬのか。
そう――、チョコたちは生きていた。
ひとつの要因としては、魔法のかけすぎということがあるだろう。
メラ。ザバ。モシャス。ハラヘラズ。
このあたりで、メチャクチャに魔法力をふんだんに使ったチョコレートを素材にしているという点。そしてなにより、ベス子そのものがレゴームという魔法生物を生み出す魔法でできていた。
言うなれば、レゴームという魔法は無機物を魔法機動させるものであるがゆえ、無機物との親和性がよく、魔法物質的に生み出されたレジンとよくなじんだ。
結果――、レゴームの魔法は鋳型そのものに染みていた。
そこにぶちこまれた多数の魔法が生み出した奇跡の産物が、チョコスライムたちである。
チョコスライムたちは雌伏の時であった。
彼等の本懐とは食べられることである。だから、じっと耐え忍んでいた。
冷たい冷蔵庫の中に入れられても、いつかは必ず食べられると信じて。
しかし、チョコレートファウンテンに活躍の場を奪われるという悲劇。
彼等は我慢の限界であった。
それで――、放課後の直前。いよいよイオがクラスメイトにチョコスライムたちを手渡す。
「田中くん。チョコどうぞ」
「うわぁ……。イオちゃん。僕にもくれるの?」
田中は感動していた。
うるわしい美少女にチョコをもらえる自分の運の良さをひたすらかみしめていた。
「ええ、いつもありがとうございます」
「こちらこそありがとう」
眼鏡がずり落ちそうなほど頭を下げる少年。
だが、その直後の言葉がまずかった。
「もったいなくて
午前中にたっぷりチョコを食べてしまっていたというのもあり、田中少年の言葉は実際にお家に帰ったら大事に食べようと思ってのことだったが、チョコスライムたちの怒りは頂点に達した。
――怒りの大脱出。
紙袋をぶち破ったチョコスライムたちは、各々の持ち主の口元へダイブした。
軟式ボールほどの大きさのある固まりである。
結構な分量なので、ちょっと食べるには苦労する――どころではなく丸呑みはできそうにないレベルである。だが逆にその大きさがよかったのか、みんな口元をチョコで汚しただけで大事には至っていなかった。
チョコスライムたちは結果に満足せず、何度も突撃を敢行する。
「え、なに?」「イオちゃんのチョコ生きてる」「食べるから食べるからやめてぇ」「ぴきー食べろー食べろー」「ひええ」「やっぱりイオちゃんはイオちゃんだよ!」「べとべとになっちゃう」「みんなチョコまみれになろうや」
教室内には阿鼻叫喚の声が響き渡った。
「なんですかこれ……」
イオは呆然自失。自分が作ったチョコがまさか魔法生物と化していたとは。
「イオ。なにをした」とルナは怒り顔。
「なにもしたつもりはないんですが……」
「パソコンを壊した時みたいなセリフを言うな。何とかしろ」
「わ、わかりました。トベルーラ!」
飛翔呪文を念動力として使い、すべてのチョコスライムたちをひとまとめにする。
そして。魔法生物であるなら
「ザラキ!」
グループ即死魔法を使い、チョコスライムたちは活動を停止した。
そのままトベルーラを使って、みんなの手元にチョコスライムあらため単なるスライム型のチョコを戻しておいた。
さっきまで動いていたチョコスライムたちは、食べ物としての本分か床につかないように飛び跳ねていたから衛生的には問題ない。
だが、さっきまで動いていた生物を食べられるかというと……。
(((((((微妙))))))))
クラスのこころは一致した。
だが、とりあえず騒動は収まったといえるか。
「ねえ。イオちゃん……」理呼子は蒼白になっていた。「ベス子ちゃんの数ってもしかして」
「三つですね。理呼子ちゃんとルナちゃんと、みのりさんの分です」
「私の分は動いてないし」
「私のもだぞ。たぶん、ひとかじりしていたのがよかったんだろう」
チョコとしての本分を果たしたら自我が消えるだろうか。
なんともいえない不思議さだったが、この場合問題は違うところにあった。
「みのりさんの分が、どこにもいないんだけど」
「ふぇ?」
「イオ、さっさと捕まえてこい!」
魔法生物だろうがなんだろうが、モンスターであることには変わらない。
「わかりました」
イオはレミラーマを唱え、チョコスライムの最後の一匹を補足する。
でも胸のには痛みがあった。
床を移動してしまったら、もう食べられないじゃんと思ったのである。
なにしろ良いところの学校なので、三秒ルールが通用するはずもなく。
☆
中等部の朝は早い。
初等部と違って、補習の時間があったりするので、早いときは朝の七時から授業があったりするのだ。もちろん、それは進学クラスだからである。みのりはかなりの優秀な成績者なのだ。
――コツ。
足元に何か硬い感触があたった。
机の下を覗いてみると、見慣れたベス子の姿。
「あれ? ベス子ちゃん」
消しゴムをとるような恰好でベス子を拾い上げるみのり。
授業中なので、他のみんなは気づいていない。
「イオちゃんのところから来たのかな?」
これは一大事かもしれない。
でも、イオが怒られるのは確定にしろ、騒ぎを大きくするのも忍びない。
だから、机の中に一時避難させようとする。
「ん。あれ? なんか感触違うね」
と、そこで――、ルーラ特有の光が教室内に満ちた。
いくらなんでもこれに気づかないということはなく、何事かと教室中が光の行く末を見守っている。
ふわっと空中に出現したのはイオだ。
「イオちゃん?」「星宮イオだ」「かわええ」「お持ち帰りしてえ(女子)」「わかるー!」「お持ち帰りしてえ(男子)」「犯罪者は死ね!」「なんでや」「イオちゃんと同じクラスの子勝ち組やな。まちがいなく」「うちにも魔法少女おるんやで」「まあ公然の秘密やけどな」
「すみません。お騒がせしております。うちのチョコスライムが逃げ出したもので……」
イオは頭を下げ下げ、みのりのもとへ向かう。
「イオちゃん。この子。チョコなの?」
「はい。なにかしらの魔法的な不手際で活動してますが……みのりさんのために作ったんで、みのりさんのもとへやってきたんだと思います」
――食べられるために。
「でも」とイオは消沈した声で言う。「この子は床についてしまいました。不衛生でもう食べられません」
みのりが見ると、ベスチョコはしょんぼりとうなだれているようだった。
自らの運命を悟っているらしい。
このまま食べられずに、チョコとしての本分も全うされずに、廃棄されると。
「大丈夫だよ」みのりはあっけらかんといった。「このぐらいへーきへーき」
カリっと食べて、口元をチョコで汚しニッコリと笑うみのり。
イオはビックリした。ついでにベスチョコも。
「キアリー!」
「あ、解毒どうも。イオちゃん、チョコありがとうね」
「いえ……。一口食べてもらい、この子も満足したようです。ありがとうございます」
ベスチョコは眠るように息を引き取っていた。
もう動かない。
「とりあえず、この子はわたしが引き取ります。あとで新しいチョコをお贈りいたしますので」
「ん。いいよ。この子で」
だって、と続ける。
「この子はがんばって私のところに来てくれたんだから」
私はこの子が愛おしい。
たとえ汚れていても。埃まみれになっても。
だから、私はこの子を食べたい。
みのりは微笑みを浮かべるチョコにそっと口づけた。
もちろん、イオはあとでたっぷり叱られましたが、故意ではないので過失犯レベルかな。