ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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異世界はスマホとともに。ついでに泣いちゃう。

 ドラクエ世界のごはんは中世でした。

 

 つまりは味付けがシンプルすぎて、現代人にとっては物足りない。

 お肉とかお野菜が超がつくほど新鮮だし、おそらく素材はこの世界でも一流のものを取り揃えていると思われる。

 

 けれど、冷静に考えて現代人は昔の将軍様よりいいもんを食べている気がするんだよな。特に料理という面における技術力の格差と、香辛料系統が取り揃えられていない感じ。そういやドラクエⅢでは、胡椒と船を取り換えっこしたんだっけ。現実の大航海時代でも胡椒はクソ高かったって聞くし、そこまでおかしなことじゃないんだろうな。

 

 中世レベルのこの世界では、まだ未成熟な部分がたくさんある。だからこそ、主人公が料理無双できる余地があるわけだけどね。

 

 そんなふうにちょっぴり残念に思っていると。

 

 白いテーブルクロスを挟んだ先にいる髭面の王様が、探るような目つきになった。

 

「イオ様。なにか至らぬ点がございましたでしょうか」

 

「いえ。おいしいです」

 

 出された食事にケチをつけるほど、イオちゃんは礼儀を知らない子じゃないんで。

 無難にお世辞も言えるナイスガールなんで。

 わたしは王様に微笑みかけながら、きちんとお礼を述べるのだった。

 

 王様はあきらかにホッとしているようだった。

 ちなみにかしこさは足りないけれど、イオちゃんの礼節レベルは結構高いからな。

 子役時代からそこらへんはバッチリ仕込まれたんで、フィンガーボールの水をいきなり飲み干したりはしない。フィンガーボールがあるってことは、なんか硬そうなパンとかも手づかみで食べていいってことなんだろうけど、これはたぶんわたしに対する配慮なんだろうな。

 

 異世界からやってきた神様がナイフを使えるかどうかわからんってことで、いざとなれば手づかみでも食べられそうなやつを取り揃えているのかもしれん。お肉とかもわたしのは既に一口サイズに切り分けられているし、手づかみもできなくはない。下手すれば、わたしが丸皿の中央に置かれた豚の丸焼きっぽいやつを手づかみで喰っても、何も言わなかっただろう。

 

 おそらく文化が違えば、やり方も異なったりはするのだろうが、地球人と見た目同じ身体を持っている以上はだいたいのやり方は同じだ。人間が十本指を持っているから十進法が発達したように、二本の腕を持っているなら、ナイフとフォークというのが必然となる。そして礼儀作法も同じように身体という特徴から導かれるものとなるだろう。

 

 要は綺麗に食べるって技術なのだ。イオちゃんかしこいでしょ。

 

 隣に座っている姫様が、にこやかに微笑みかけてくる。

 

「イオ様。先ほど出されましたプリンというものと同じように、イオ様の魔法でお好きな味つけになされてもよいのですよ」

 

「香辛料とかですね。確かに出せますが」

 

 MPを消費して食べ物を出すのはどうにも共食いの感覚があるのがな。

 それよりは誰かに創ってもらった料理のほうがおいしい。

 気持ちの問題よ。

 

「なんとイオ様は自在に食料を出せるのですか」と王様。

 

「わたしが食べたことあるのはだいたい出せますね」

 

「つまり、神の国の食べ物というわけですか」

 

「そういうことになりますね。ただ、どうやって創ってるのかまではわかりません。わたしは料理人ではありませんので」

 

「先ほど、イオ様にいただいたプリンはおいしかったです」

 

 ユユルちゃん……あなた、またおねだりをしているね。

 でも、異世界で初めてのおっぱいであるユユルのお願いを断ることはできない。

 

 ここは異世界定番の()()()を出してみようか。

 

「ハラヘラズ!」

 

 そう――。マヨネーズである。

 

 世の中にはマヨネーズをこよなく愛するマヨラーとかいう人種もいるぐらいだし、だいたいの料理はおいしく食べられる。ハラヘラズ改のいいところは、モシャスと違って組成構造をほとんど知らなくても、味を覚えていれば想像力で出せるってところだな。モシャスではパンくらいが限界だったが、ハラヘラズはわりとそのあたりが曖昧だ。

 

 しかも、この魔法のいいところは定番の――というか、想像したとおりの形で出てくるところ。

 例えば、お皿とか容器とかも、いつもの形みたいな、想像しやすい器を伴って出てくるのだ。

 

 ルナに分子レベルで調べてもらったところ、ベホマズンが人体組成を勝手に補正してくれるように、ハラヘラズも分子レベルでなにやら補正されて一致するものがでてくるらしいよ。知らんけど。

 

 もちろん、マヨネーズも例の形をした容器に入っている。

 

「なんですかな。奇怪な入れ物に入っておるようですが」

 

 王様は興味津々といった様子だ。

 

「これはマヨネーズといいます。お肉にかけてもよし野菜にかけてもよしの万能な調味料ですよ」

 

「万能調味料……、ちなみにどのようなものでできているかは?」

 

 ふ……答えは沈黙。

 ではなくて、よくわからん。

 確か、卵と油とあとなんかだったような気がする。

 

「卵と油ですか。オリーブオイルとかでも可能なんでしょうか」

 

 王様がマヨネーズをメイドさんに持ってこさせ、お肉やら野菜やらにかける。

 

「これは旨い」

 

「あとはてりやきソースとか。焼き肉のたれとか」

 

 わたしは調味料の類をポンポン出しまくり、テーブルの上に並べていく。

 お肉にからめて食べると、やっぱりおいしい。肉の素材そのものはいいんだ。

 それにちょっと味付けすれば、地球で食べているステーキとほぼ同じ。

 限界ギリギリまで調整された最高級の食事とはいえないまでも、普通の家庭料理は凌駕している。

 

「おいしいです。イオ様」

 

 ユユルは完全に陥落。王様もうなっていた。

 どうやら、地球の調味料無双の前には、なすすべがなかったようだな。

 

「このソースのつくり方は……」と王様。

 

「残念ながら」

 

 組成物が書かれた容器に貼ってある紙すら想像できていない。

 そんなもんを克明に想像できる人なんてなかなかいないだろう。

 だから、カンニングはできないんだ。ネットがなけりゃ調べることもできない。

 

「わたしがこちらにお邪魔している間は、たくさん調味料を出しますから、それらを使ってお食事をつくってくださいませんか」

 

「それはもちろんかまいませんが、我らに神の世界の調味料を創ることはできないのでしょうか」

 

「いつかはできると思いますよ」

 

 人間のカタチが同じである以上、同等の生物相が成り立っているとも言えるわけで。

 出された食事もシンプルながらも、地球と同じ系統であると感じた。

 少なくとも食べられないってものじゃなかったしな。

 つまり、いつかはマヨネーズも創れると思う。マヨネーズに限らずいつかは。

 わたしは、マヨネーズに限らず、胡椒や塩、砂糖、ごまだれ、醤油、味噌など、いろいろ出しまくりました。さすがに塩とか砂糖は知っていたけど、胡椒はメチャメチャ高級品だったらしくて驚かれていたな。同じ重量の金と同価値って聞いたときはさすがにビックリしたけど。

 

 まあ、イオちゃんにとってはどうでもいいことです。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 くそひまー。

 この世界ではゲームもなければネットもない。漫画もないし小説もない。

 異世界言語で書かれた本は、セナハでは読めない。

 姫様とかに読んでもらうのは可能だろうがな。

 スマホはスカートのポッケに入れてるけど、ネットが使えなきゃただの板だし。

 音楽とかもネットを通じて聞くオンライン仕様だから、やっぱり使えねー!

 いわゆる娯楽と呼ばれるものがほとんどないんだ。

 メラの火の玉でお手玉するくらいしかやることないぞ。しないけどな。

 

 いまわたしは通された一室、姫様のお部屋っぽいところで横になっている。

 ふかふかのベッドの寝心地はよさげ。レースのついた例の姫様ベッドみたいな感じだ。

 

 枕もたぶん柔らかな羽がたくさん詰まっているのか、このあたりは地球とそんなに変わらない。

 着ている制服と靴下を脱いで下着姿になったわたしは、解放感に身を委ねた。

 ベッドにダイブして楽しんだのもつかの間、いよいよわたしは暇になってしまった。

 

 ひとり遊びのできないイオちゃんは、ネット環境すらないと手持ち無沙汰になる。

 これはべつにわたしだけに限らず現代人特有のSNS病だと思う。

 

 サイドテーブルの上に置いてある鈴を鳴らせば、すぐに誰かが飛んでくるんだろうけど、やることもないので、姫様を呼んで話し相手になってもらうくらいか。

 

 わたしがここに来て12時間ほど経過している。

 あたりはすっかり昏く、夜闇があたりを覆っている。

 窓辺に立つと、街はまだ宴会をやっているのかぽつぽつと松明の火が見える。

 けれど、地球の光とはくらぶべくもない。

 じわりじわりと不安がもたげてくる。

 

――わたし、帰れるのかな。

 

 その一言。

 

 この世界に来た最初の動機は"りゅうせい"を地球に向けて放ったやつがいたからだ。

 そいつは、たぶん邪聖竜ドゥアトとか呼ばれているやつで、人類の敵。いわゆる魔王的なやつ。

 ここから南東のほうに行ったところにいるみたいで、トベルーラで飛んでいけば五分もかからずに着くだろう。

 

 いますぐにでも飛んでいって話を聞きたくもあるけれど、戦勝に沸いている今、わたしがどこかに出かけていくというのは、人類にとっての不安でもあるらしい。

 

 ちょっと魔王でも倒しにいこうかなーって言ったら、全力で止められてしまった。

 魔王を倒すのは人類にとっての悲願だからそれはいいとしても、万が一わたしが倒されたりなんかあったりしたら、また人類がピンチに陥るわけで、それよりは力を蓄えるまで待ってほしいらしい。

 

 この城は破邪の魔法で覆ってるから邪悪な存在は入れないけれど、気持ちの問題としてならわからないでもない。わたしがいなかったらこの城は魔物に滅ぼされる一歩手前だったんだからな。

 

 わたしは少し我慢した。この世界でのわたしの動機――つながりはユユルだから。

 ユユルが行かないでと言えば、少しは我慢できる。

 

 実際、魔法を授けるという約束もしちゃったしな。マホアゲルの魔法覚醒作用はひとり三回までという仕様があるけれど、主要人物には直接授けてほしいらしい。

 

 王族の正当性というか、王権神授説だよなって思ったけど快く了承したよ。

 それで、徐々に民草まで広げていくらしい。わたし自身は数人に授けるだけでいいらしいけど、まだ見ぬ王族クラスがわたしに謁見するのに最低でも一か月はかかるとか。

 

 なんかようわからんけど、この国の構成は古代ギリシャの都市国家みたいな感じのようなんだよな。あるいは三国志みたいな、いくつかの城塞都市を結節点とした都市国家群というか。

 

 それで、この国レムリアは、レムリアン城だけでなくて、いくつもの城が連なってるらしい。とはいえ、都市国家群ということになれば、レムリアンは盟主みたいな立場で、頭ひとつ抜きんでてはいるけれども、他の都市国家とは対等だ。ゆえに、ひとつひとつの都市国家が国と言えなくもない。

 

 それで――、いま他の国といっていいかわからんけど王族クラスを呼び寄せてるらしい。

 なんかよくわからないけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はよ来いやって感じ。

 ふーん。興味ないね。

 

 いずれにしろ城の外は魔物だらけ。王族クラスが来るにしろ、何人もの護衛を伴ってだろうし時間がかかるってことだろう。王様は人類の実力を底上げしたいのだと思う。魔法という力でな。

 

 あるいはイオちゃんならいろいろ助けてくれるかもーって思ってるのかも。魔法金属とかは出せるし、加工を手伝えば王者の剣とかできそうではあるな。魔王をザキっても新たな魔王が現れるかもしれないし、そこは、神様に頼らない体制を作りたいのかもしれないなぁ。人類はいつだって独り立ちしたい生き物なんだと思う。

 

 わたしもいつかは宇宙に行って、冒険したいと考えてたからそれはわかる。

 でも――。

 

 でも一か月も待つのは、わたしにはできそうにない。

 まだ、わたしは子どもだった。

 

「そうだ。お風呂に入ろう」

 

 唐突な思いつき。

 ニフラムで身体の汚れは洗浄可能だけれども、お風呂の心地よさには代えがたいものがある。

 わたしは呼び鈴を鳴らしすぐに姫様を呼んだ。

 

「お風呂でございますか?」

 

「わたし、汚れない魔法は使えるんですけど、やっぱりお風呂に入りたいんです」

 

「神様はお風呂好き、と……」

 

 姫様の背後にはふたりくらいのメイドさんが控えていて、そのうちのひとりがメモをとっている。

 メモといっても、茶色くて綺麗な白色ではなかったけれど、どうやらわたしの言動をあますところなく記録したいらしいな。

 

「お風呂ありますよね?」

 

「ええ、ございます。厳密に言えば温泉ですが問題ございませんか?」

 

「温泉だとより一層いいですね」

 

 やはりな。ドラクエの世界では案外温泉に浸かったりするシーンが多いんだ。

 

 日本産のファンタジーだからってのもあるだろうけど、リアル中世みたいに汚物が街中に溢れるとかだとゲンナリするからな。

 

 つまりは古代ローマみたいな技術も混在しているというのがドラクエ的な世界だ。

 

「王族用のお風呂でもよろしいのですか」

 

「そんなのがあるんですね。もちろんかまいません」

 

「私もごいっしょしても?」

 

 ひ、姫様も? それはちょっと緊張するな。

 イオちゃんズランドで女の子といっしょに入った経験あるから、べつに緊張する必要はないって思うけど。やっぱりいまだに家族以外とお風呂に一緒に入るのは緊張しますよ、そりゃあ。

 

 でも、姫様ってメイドさんといっしょにお風呂に入って、身体を洗ってもらってるってイメージあるし、わたしも姫様と同等というか、神様扱いだから余計丁寧なのかもしれないな。

 

 ――なんて思うのでした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 小さな女神様からお部屋に呼ばれたとき、ユユルは内心驚いていた。

 

 なにしろ、あの不可思議な服を脱ぎ散らかし、簡素な下着一枚の姿だったからだ。

 少女神の身体は薄く、その肢体は淡雪のように散ってしまいそうであるほどだった。

 けれどベッドの上でハチャメチャに暴れたのか、シーツはグチャグチャになっている。

 枕を抱っこしてて、見た目はものすごくかわいらしいのだが、その儚い印象とは裏腹に結構雑なんだなというかなんというか。実に()()()()()

 

 昼間に父を生き返らせ、多くの人を癒し、あるいは千人近くの人間を蘇生させすらした神としか言いようがない存在が、子どもっぽく服を脱ぎ散らかしている。

 

 そんな様が微笑ましい。

 しかも、ユユルに対してはほんのり甘えているような、そんな様子も見て取れる。

 

 もしも、ユユルが現代知識に精通していたら、イオの様子を刷り込み(インプリンティング)と定義できたかもしれない。

 

 イオはこの世界で初めてのおっぱいに刷り込まれていた。

 母親の代替、あるいは姉のような頼るべき存在として定義していたのだ。

 

 だから、ユユルに対してはこころを開いている。

 無条件に。

 無意識に。

 ユユルとしてもかわいらしい姿をしているイオに頼られて悪い気はしない。

 一人っ子として大切に育てられてはいたものの、妹や弟が欲しいと思ったことは何度もある。

 

 だからとっさに出た言葉が、

 

「私もごいっしょしても?」

 

 だった。

 

 ユユルはイオを連れ立って、王族専用のお風呂へと向かう。もちろん服は着てもらった。

 お城の中とはいえ、少女の柔肌を晒すというのはさすがに憚られたからだ。

 この城で王族といえば王とユユルしかいない。

 そして王は王専用のお風呂があるので実質ユユル専用だ。

 向かった先は、城の敷地内ではあるが、城とは別棟になっている丸い小さな建物になる。

 

「イオ様。こちらで服をお脱ぎになってください」

 

「はーい」

 

「あ、ご自身でなさらずとも良いのですよ」

 

 メイドたちがうやうやしく礼をして、イオの傍に近づいた。

 

「え、にゃ、にゃにするの!?」

 

 誰かに服を脱がせられるという経験がないのか、イオは慌てた様子だった。

 言うまでもないことだが、この時代の偉い人は脱衣や着衣を他の人に手伝ってもらうことも多い。

 逆にユユルは姫様としてひとりで脱衣をした経験はほとんどなく、イオが何に慌てているかわからない。常識の違いが出たのである。

 

「イオ様。いかがいたしました?」

 

「その、ひとりでできます」

 

「さようでございますか」

 

 もちろん神の意向に逆らえるはずもなく、イオの言葉どおり一人で好きにさせる。

 そろりと服を脱いだ。

 少女神は幼いながらも完成された美をまとっていて、薄暗い浴室内でも輝いてみえた。

 

「あ、レミーラ」

 

 いやむしろ物理的に光っていた。

 

「イオ様の身体が光かがやいています! つるつるです!」

 

 つるつるは余計であるが。

 

「姫様も使えるかもですよ?」

 

「さようでありますか」

 

「はい。レミーラと唱えるんです。光をイメージしてください」

 

「レミーラ!」

 

 光は手のひらにあった。

 洞穴のような昏さはあっというまに照らし出され、昼のような明るさになる。

 光――は人類にとって聖なるものである。

 それは昏い闇の中で身を潜めていた石器時代より本能的にもたらされたもの。

 明るいところは安全。昏いところは危険。

 安全は快であり、昏さは不快であった。

 したがって、光が聖となるのはどの星に生まれても必然である。

 

「レミーラを光球にして、空中に浮かせておきましょう」

 

 ふわりと上空に浮かせるイオ。

 ユユルも同じようにしようとするが、コントロールがうまく行かずに消えてしまった。

 

「申し訳ありません」

 

「大丈夫ですよ。練習すれば誰にでもできるようになりますから」

 

 魔法の練習という言葉を聞いて、ユユルは決意を新たにする。

 魔物を駆逐し、人類の世界を取り戻すのだ。

 ゾイの構えをしていたユユル。

 イオはユユルから目をそらすように部屋を見渡している。

 ユユルは特に恥ずかしいという気持ちもなく、全裸全開である。

 

「なんか。あったかいですね。ローマのテルマエではセントラルヒーティングシステムができてたっていうけど、この星でもそうなんですね」

 

 イオが感心していた。

 これはいわゆる床暖房の一種である。

 壁や床に穴があって、そこに熱い空気を通している。

 それで石畳であっても部屋全体が暖かい。

 

 ボイラーも炊いていて、サウナのようにしている部屋もある。

 今回、イオがご所望なのはお湯に浸かりたいということなので、そちらの部屋に案内することになった。

 

 本来、ここではメイドたちがご主人の身体を洗うことになっている。

 だが、小さな女神様は身体を誰かに洗われるのが恥ずかしいらしい。

 そうなると、ユユルとしても女神様がご自身で身体を洗っているのに自分だけ洗うのも礼を失しないかと考えることになる。

 

「当たり前ですけど、シャンプーやリンスってないんですね」

 

「しゃんぷぅ? ですか」

 

「髪を洗ったりするやつなんですが、例によってつくり方は知らないです」

 

「精油はございますよ」

 

 ツボ入りの精油をメイドに持ってこさせる。

 

「あ、なるほど、オイルかぁ」

 

 イオは自ら手で掬い、長めの銀髪に垂らし始めた。

 ハーブなども混ぜていて、ユユルの好きな香りのするものだが、女神もお気に召したようだ。

 

「イオ様。手桶でお流ししてもよろしいですか」

 

「ん」

 

 小さな子どもがよくやるように、口と目に入らないようにどちらも閉じている。

 子どもだぁと思いつつ、ユユルはお湯をかけた。

 何度かかけてぬめりがとれたあたりで、プルプルと犬のように頭を振るイオ。

 ユユルは短めの髪なので、さっさと終わらせ、二人して湯舟につかった。

 湯舟といっても大衆浴場並みにはでかい。

 

「ふぅ……」

 

 と声が出てしまうのは、万国共通だろう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ふたりはホカホカになった後。

 湯冷めしないうちに城の中に戻った。

 なお、着替えについては姫様が小さなころに着ていたというドレスだ。

 

 姫様とは部屋のまでで別れて、今度こそイオはひとりきりになった。

 もう真夜中といってもいい時間。

 メイドさんを呼んで部屋着を着せてもらって――。

 

 今日やることはなにもない。

 

 けれど、イオは眠れなかった。

 ひとり部屋で寝ているから、ひとりが怖いとかそういうわけではなく。

 ただただ孤独であるという感覚が強く押し寄せてくる。

 

 地球から持ってきたものは少ない。

 いつもの制服とスマホくらい。

 

 それでイオはベッドの中に潜って、スマホを弄っていた。

 

 イオはスマホをオンラインで使っていてオフラインで使えるものはほとんどなにもない。

 スタンドアローンタイプのゲームは、据え置きのゲーム機の中に入っている。

 

 それでも何かにすがりたくて。

 子どもがぬいぐるみを抱きしめるように、スマホを触らずにおられなかった。

 

「電池切れにならないのがいいところですよね」

 

 こころはスッと冷めるようだったが、おどけるようにイオは呟く。

 ルナが創った魔法電池によって、スマホは無限に駆動することができる。

 みのりの誕生日プレゼントでもあったのだが、思わぬところで活用されていた。

 

「オフラインでできるのは、ソリティアと将棋くらいですね。音楽でも入れてくるんでした。あれ……これはなんでしょうか」

 

 イオはフォルダの中に音声ファイルが入っていることに気づく。

 なんとなくタップしてみる。

 

『イオ』

 

 母マリアの声だった。

 びくんとベッドの中で震えるイオ。

 

「お母さま?」

 

『あなたはあまり人の話を聞かない子だけど、母親としての責務として言っておきます。

 

 ひとつ、魔法については他人に迷惑をかけないように使いなさい。

 

 ひとつ、誰それかまわず後先考えずに魔法を使わないこと。

 

 ひとつ、誰かのためになると思っても誰かにとっては迷惑かもしれないからよくよく考えること。

 

 ひとつ、大規模な魔法を使うときは誰かに相談してからにしなさい。

 

 ひとつ、困ったことが起こったときも、すぐに誰かに相談しなさい。

 

 ひとつ、どんなことが起こっても、必ず私のところに帰ってきなさい』

 

 そのファイルはスマホを一度壊したあとに、日本政府が用意したスマホにマリアがなんらかの抑制になればと考えて記録していたものだった。

 

 もちろん、イオにも伝えているが、当の本人は今の今まで忘れていたのである。

 

 イオはベッドの中で小さくなり身を震わせて泣いた。

 

「ママぁ。ママぁ……」

 

 夜泣きする子どもおようになって、異変を察知したユユルがかけつけてくる。

 

 イオはユユルにすがるように泣いた。

 

 そのまま泣きつかれて寝入るまで、ユユルはいっしょのベッドでじっとしていたのである。

 

 話を聞けば朧気ながらもわかってくる。

 

 イオは迷い子のようなものだった。人類を助けたのは偶然。

 魔法を授けたのも、ちょっと調子に乗っていただけ。

 

 音声を再生する魔法――というより科学なのだが、ユユルには区別はつかない。

 ともかく、それで母親らしき声を聴く。

 異世界の言語。イオはそれを詠唱するように唱える。

 

 それでユユルにもイオがどれだけ母親を慕っているか理解できた。

 そして、母親がどれだけイオを愛しているかも。

 

 ユユルの母が身まかったのは、ずいぶんと昔の出来事だが、母親を喪う辛さは理解できるつもりだ。

 無限に等しい距離を離れて言葉を交わせないのであれば、それは死と同義。

 

 そしてユユルは思うのである、イオでさえ人智を超越した超常の奇跡を起こすのであるから、大母神マリアとはいかなる存在であろうかと。

 

「イオ様は寂しかったから、魔法をお授けになったのですか」

 

「スヤァ……」

 

「イオ様。あなたの寂しさを利用して申し訳ございません。けれど……」

 

 けれど、全人類の存亡の前には、神でさえも利用する。

 

 それが、人の業であるのだから。




だって女の子だもん。

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