ストライクウィッチーズRTA「駆け抜けた空」 作:ヒジキの木
完全に魔力衰退期に入ってしまった私、坂本美緒は、横須賀鎮守府に戻ってきてから少しばかり暇を与えられていた。戦いと人の死と破壊が身近にあった欧州の空気は無く、銃後の平穏はそこの住む人々の認識と私の認識の差を生んでいた。だが1945年、欧州は未だネウロイの脅威下にあった。
そしてその魔の手は欧州のみならず太平洋にも伸びていた。
ネウロイは水に弱い。それ故に海を渡る事が出来ないとされているが、それでも島を伝ってやってくるケースがある。
そしてそれは太平洋の真ん中。ハワイ周辺でも発生していた。
立て続けに起こるネウロイによる襲撃で太平洋航路は軒並み麻痺していた。それらネウロイの排除と捜索のために新たに統合軍として空母とウィッチを主体とした部隊が作られていたが、魔力衰退期を迎えている私は運が良いのか悪いのかそれに声が掛かることは無かった。
そして本土にいるうちに、少しづつ私は銃後の平穏に馴染んでいくような気がしていた。
まるで船乗りから潮が抜けるような、そんな感じだった。
それが良いのかどうかは分からない。人間の精神としてはそれが最も良い事なのだろう。だが人類の存亡がかかっているときにそれで良いのか。私の疑念は晴れないままだった。
雪があまり降らない横須賀といえどこの年の年明けは初雪がちらついた。
三が日で海軍も休めるものは休めという事で私も久しぶりの実家に顔を出していた。だがどういうわけか、来客の予感が私の中で渦巻いていた。
理由を問われればうまく説明はできなかった。ウィッチとしての勘、としか言いようがない非科学的で非理論的なものだからだ。
そしてその勘は良く当たる。
どうしても気になった私が、母屋の玄関を出て雪が濡らした石の道に足を踏み出したところで、開け放たれていた門の側に人影をみつけた。
門の大きさを基準にすればその人影は小柄な少女だった。
その人影に焦点を合わせたとき、さすがの私も衝撃が走った。
そこにいたのはハルだった。
マフラーを首に巻き、カールスラント空軍の軍服に灰色の外套を羽織った彼女は鼻先を少し赤くして私を見つめていた。
どれほどそうしていたのかはわからないが彼女の足元は乾き始めていた。
玄関にいた彼女を家に招き入れ、客間で彼女と向き合っていたが、結局私の口から出たのは一言だけだった。
「久しぶりだな」
「ええ、久しぶりです。坂本少佐」
流暢な扶桑語。彼女がカールスラント人であることを一瞬忘れそうになる。
「ミーナからの手紙で帰還したというのは知っていたが、まさか扶桑までやって来るとはな」
「少し暇を頂いたもので、扶桑の観光をしようかと。それと手紙を預かっていまして」
そう言って彼女は畳の上に丁寧に畳んだ外套から三通の手紙を取り出した。一通は504部隊にいる竹井醇子からのものだった。極秘と赤文字で書かれている。
残り二通はミーナと、ペリーヌからだった。
「竹井からか。ならロマーニャに寄っていたのか」
504部隊はロマーニャ方面に展開している。同地の防衛とそこからの大陸奪還を目指すためだ。
「ええ、彼女ともいろいろ話しましたよ。さすが少将の娘です。彼女なら外交官だって目指せるでしょう」
そういう彼女は、外交官の娘である。ハルこそ外交官として活躍しそうな存在だ。
「そうか、なんだか鼻が高いな」
「その手紙は前に坂本さんと話したものの解答だと言っていました」
「ほう、それにしては極秘とは」
あのときに話した事の続きをこうして手紙で渡して来るのは彼女くらいだろう。それにしても極秘なんてわざわざ手書きして中身を私以外に見せたくないのは理由でもあるのだろうか。きっと内容はトラヤヌス作戦に関する事のはずだ。
「詳しくは私も知りません」
「……そうだな。ハルは知らないんだったな。トラヤヌス作戦は知っているか?」
聡明な少女の瞳が曇った。
「ええ、ミーナ中佐も部隊から支援を出すと言っていました。正直言って眉唾物ですけれど」
「確かに怪しいものだが、だからと言って一蹴出来るものでもないだろう」
「普通の国家であれば、交渉し妥協するなり休戦協定を結ぶことも可能でしょう。しかしネウロイは違う。ネウロイは我々人類とは全く違う。価値観も何もかも……そう言った存在とはどんな交渉も無駄です。戦い続けるしかない」
「そうだな、確かに戦い続けるしかない。だがそれでも人は信じてみたくなるものなんだ」
たとえそれが叶わぬものだとしても。
竹井からの手紙には要点だけが記載されていた。
余計なものを好まない彼女らしい文体だった。
ー扶桑に帰る前に貴女と話した事の続きだけれど、私はネウロイとの戦いを終わらせられるかもしれないこの作戦に望みをかけているわ。
これは私が楽観的だからというわけではない。今の人類の体制では戦いが難しくなってきている。人類が建て直す時間が必要なのよ。おそらく扶桑はまだ戦いを自覚していない人が殆どでしょう。なんの問題もなく暮らせているのは、それが国家が街が、政府がそれでなんとか機能しているから。それ自体は誇っていいものだけれどそれがいつまでも続くなんてことはない。国家にも寿命はある。ネウロイとの戦いはそれを加速させる可能性があるわ。だからこそ国を想うのなら、建て直す時間を稼ぐためにもこの作戦は必要なのよ。たとえどれほどの犠牲があったとしてもー
追伸
トラヤヌス作戦に必要な人型ネウロイの独自調査書を入れておいた。不要になったら焼却処分して。
「意見はなかなか変わらないものだな」
手紙を読み終え、残った資料をそのまま封筒に入れたままため息をついた。横から覗き込んでいたハルも似たようなものだった。
「しかし言いたいことはわかります。人類は30年前のネウロイの世界侵攻の時に国家を超越したもの、地球人になるべきだった」
竹井が言いたいのはそういうことだろう。今の体制のままでどこまで対抗できるか。おそらく彼女には限界が見えているのだろう。
「しかし現実にはそれは出来なかった。今もだ。国家、経済集団、民族、宗教で対立した集団があるだけだ。結局それはネウロイさえも他国家、他民族、他宗教の括りとして認識しているからだろうな」
結局現在の地球に人類はいても地球人はいないということだ。
「その認識だからこそのトラヤヌス作戦……」
「考えてみればわかることだ。ネウロイは地球上のどの組織にも所属していない。もし今、人々の目の前にネウロイが現れたとしたら、彼ら彼女らは一個人としてネウロイと戦うしかない。彼らには肩書きも、非戦闘員も関係ないからな」
では今人類共通の敵のネウロイと戦うのはなんなのか。単一国家なのか?いや違うそれは個人が戦闘の全権を委託した統合軍だった。それは民主的に実に機能していた。
だがいつまでもうまくいくとは限らない。統合軍とは、そこに参加する代表者たち。主に国家間の利益と流動的な思惑の上に辛うじて成り立つ浮き草のような状態だ。
「トラヤヌス作戦で時間を稼いで、彼女は統合軍そのものを変える時間を確保したかったのだろうな」
「ですが出来るでしょうか?私たちは地球以外には生きられない。ネウロイから逃げて難民になるということは出来ないんですよ」
「戦い続けるしかないだろう。ハル、君ももう逃げるつもりはないのだろう?」
「ええ……私は空に戻ります」
だがそれらは、全てはトラヤヌス作戦の結果次第だ。
だがトラヤヌス作戦は、私や竹井の思いもよらない方向へ向かっていくのだった。
それを私が知ったのは全てが終わった後だった。
ハルは用事も終わったからとすぐに家を後にした。折角なのだから扶桑観光をしていくといいと勧めたが、どうにも彼女は乗り気ではなさそうだった。扶桑を後にしたのは、トラヤヌス作戦開始の五日前だった。
ハルちゃんの三走目
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ストパン2期
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RtB
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アフリカ