ストライクウィッチーズRTA「駆け抜けた空」   作:ヒジキの木

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潮風の匂いは嗅ぎ慣れていたつもりだった。でも501部隊が解体されて原隊に戻ってから、この潮の匂いを忘れさせてしまうのには十分な時間が経っていた。

潮の匂いはプランクトンとか魚とかそういったものの死骸の臭いらしい。

生命の死の匂いだけど生きているからこそ死が起こる。この匂いは生命の臭いでもある。なんて哲学者は言っていたりする。

 

そんな海の匂いを、私は空母の飛行甲板に寝転がって嗅いでいた。強い日差しを避けるために甲板作業用のクレーン車の陰に隠れている。隣ではトゥルーデがキャンパスを前に油絵を描いていた。

ハルに勧められて始めたらしい。

「ねー、トゥルーデ、私たちまで出てくる必要ってあった?」

こんなところでカールスラント空軍の私達が油を売るような状態になってるのは、何も好き好んでというわけじゃない。どういうわけか私もトゥルーデも、そしてミーナ中佐も命令でここにいる。軍隊っていうのは不思議なものなんだよね。

「曲がりなりにもネウロイとのコンタクトを取るなんて作戦だ。万が一があった時のために戦力は必要だろう」

 

「えー、でもずっと船の中じゃん!」

いきなり空母フォン・リヒトフォーヘンへの乗艦命令が出されて最低限の荷物とストライカーユニットだけで空母に連れて行かれるなんて思わなかった。ミーナとトゥルーデと3人だけで行けって言われてこっちの都合はガン無視。いいように顎で使われてる気分だった。

しかも空母に乗せられてからやっと詳細が伝えられるっていう有様だし。

挙句ロマーニャに着いても上陸許可が下りないし全然寄港しないし。

「いいじゃないか。世界的な巨大空母に乗れるんだぞ。艦内見学も自由だ」

そうは言ってもこの空母の対空能力は貧弱。護衛の駆逐艦とか巡洋艦も総じて対空能力は低い。

載せている航空隊の戦闘力が頼りだけどそれも現在は定数割れ。そのせいでトラヤヌス作戦の空域からはだいぶ離れたところで遊弋中。本当にいる意味があるのだろうか。

そしてそんなことを考えていると当然退屈になる。水着があれば海で泳いでもいいと思ったけどこの空母は動き続けている。港にも寄らずずっと地中海の決まった位置をウロウロしているばかりだ。

「飽きた」

 

「あのなあ……」

 

「個室もないし」

一番重大なのは個室がないこと。航空隊にすら個室が割り当てられてない。このでかい図体のくせしてこんな非人道的なことが許されてたまるものか。

「それはそうだが……」

流石にトゥルーデも思うところがあったらしい。

男ばかりの環境で女性であるウィッチにすら個室が割り当てられず3段式のベッドで寝るというのは流石に考えものだった。

プライベートを守るものはカーテンひとつ。

「カールスラントは陸軍国家だ。海についてはまだまだなんだろうな」

結局世界最大最強とか言ってるけど内情はまだまだってことなんだよね。

 

どっちにしてもこのままじゃ暇で死んじゃう。でも私達は暇な方がいいのも事実。

「ハルがいてくれたらなあ……」

ハルならカードとかで遊んでくれるけどトゥルーデはそういうの好みじゃないしなあ。

「いや、変な賭けをしないのなら普通に楽しむぞ」

 

「パンツを賭けるのは変な賭けじゃないよ」

 

「アホか!そもそもハルもハルだ。体が治ったからってまた無茶をしようとするし……」

 

「ハルが近くにいてくれたらなあ……」

無茶するようなら今度こそ全力で止めるんだけど。

「……扶桑から帰ってくる最中だし、まずは本部に戻ってから命令を受けてこっちにくるんだ。後半月はかかるよ」

 

「その頃にはトラヤヌス作戦も終わってるだろうね」

自分で口にしておいてだけど、どこか嫌な予感がする。水平線の向こうにうっすらと見える巣を見ながら、心に湧き上がってくる不安を無視できない自分がいた。

 

 

寝転がったまま空をふと見上げると鳥の大群が南に向かって飛んでいくのが見えた。

ほとんどが海鳥だけど中には陸上で見るような色の鳥もいた。動物は人間よりも物事の変化に敏感だ。

「トゥルーデ、あれ」

トゥルーデを見れば彼女もそれを見ていた。表情が険しくなっていく。

「嫌な予感がするな」

 

そう彼女が言った直後、警報が空母全体に鳴り響いた。

戦闘用意。ほぼ同時に足元から伝わってくるエンジンの響きが高くなっていく音がした。

合成風力が甲板を強く流れ始める。

「いくぞ!」

いつのまにか油絵を片付けていたトゥルーデは一足先に空母のエレベーターに駆けていた。格納庫まで降りた状態になっていたエレベーターは甲板にぽっかりと穴を開けていた。

私も彼女に続いてエレベーターから格納庫に飛び降りた。

魔法力で落下速度を減衰させて着地の衝撃を緩和させる。既に格納庫では戦闘機や爆撃機の緊急出撃の準備が始まっていた。

その格納庫の一角に設けられたストライカーユニットの待機スペースにニーナが立っていた。

「緊急事態か?」

 

「つい先ほどトラヤヌス作戦の本隊から緊急通信が入りました」

緊急通信。それが入ったってことは……

「完全に失敗したっぽいね。詳しい状況は?」

 

「トラヤヌス作戦の本隊とは通信途絶。同時にヴェネチアの戦線で大規模攻勢が発生。新たな巣が発生しているとの未確認情報も入っています」

そう言いつつもニーナは整備班にストライカーユニットの準備の指示を出していた。

「大攻勢が発生しているとすると……このままではヴェネチア陥落は時間の問題だ」

トゥルーデの頭の中では地図が開かれていて、攻勢状況のシミュレーションをしているんだろう。

私はなんとなくでしかわからないけれど、このままだとまずいってのは理解していた。

地理的に地中海から欧州への物資輸送を行うときにロマーニャとヴェネチアは重要な拠点港になる。それだけじゃない。ロマーニャが落ちれば地中海を分断されることになりかねない。そうなれば地中海を使って物資を補給している北アフリカ戦線に影響が出る。

 

「ストライカーユニットの調整完了です!いつでも出れます!」

私達三人のストライカーの準備が終わった。

「わかりました。……2人とも、緊急出撃よ。まずはトラヤヌス作戦本隊と合流します」

 

 

「ウィッチを出す!前部エレベーターを開けろ!」

 

ストライカーを固定している作業台が牽引車に乗せられてエレベーターに乗せられる。

すぐに牽引車が切り離されて、エレベーターが上昇。甲板に出た。

空母は全力で進んでいるからか、甲板ではさっき以上に強い風が吹いていた。

ストライカーユニットに魔力が伝達されて、エーテル燃料と混ざり合ってエンジンを勢いよく動かした。

艦橋横の甲板作業員が青色の旗を振っていた。発艦始めの合図だった。

ユニットと作業台を固定しているロックが解除。フリーになった体が全ての地球の呪縛から解放される。

 

離陸。高度を上げつつ編隊を組んでいく。既に遠くの方では黒く、濃い瘴気が異常に立ち込めていた。気のせいだろうか、巣が一回り以上大きくなっているように見える。

「トラヤヌス作戦の本隊との連絡は取れているのか?」

 

「残念ながらまだよ。呼びかけは続けているみたいだけど依然として応答はないわ」

 

 

 

 

巣が近づいてくるにつれて、航空無線に声が入るようになった。

同時に誰かが戦っているのか、爆発する光が空中にいくつか見えるようになった。

地上からはいくつもの黒煙が立ち上っていた。

唐突に声がクリアに聞こえた。

 

「こちら竹井!現在ネウロイと交戦中!誰か、誰でもいいから援護を!」

背後を取られているウィッチだった。扶桑海軍の白い軍服が黒く煤けていた。

咄嗟にスロットルを全開にして飛び込んだ。後ろから追いかけているネウロイに横合いから高速で殴り込む。愛銃のMG151の引き金を軽く引いて一連射。全弾がネウロイを貫いて、コアを吹き飛ばした。

そのまま上昇に転じて高度を稼ぐ。気づけばあちこちにネウロイの姿があった。

「こちらカールスラント空軍、そちらの状況は?」

 

「ミーナ中佐ですか!助かります!現在多数のネウロイと交戦中、戦闘可能なのは私だけ。兎も角、生存者の救助を!」

作戦支援で導入されていた航空機は全て叩き落とされているらしい。技術者や科学者、研究者を乗せた飛行機も等しく墜落して炎上していた。

ネウロイの巣の下はボロボロになった都市部だ。入り組んでいるためかネウロイの地上部隊から生存者たちがうまく逃げているのだという。

「わかった。バルクホルンさん、救助の指揮を、私とエーリカはネウロイを抑えます」

 

「「了解!」」

 

トゥルーデは地上に急降下していった。

私は反対に上昇して空のネウロイを抑えにかかる。巣が近いせいか空が狭い。

 

黒い体にいくつもの赤い幾何学模様を纏ったネウロイをいくつか破壊していく。

だけど2人で抑え続けるには弾薬が足りない。

そう長くは保ちそうにない。

固有魔法のシュトゥルムを使えば拳だけでもネウロイを撃破することはできるけど魔力の枯渇を招けば地上に落ちる事になる。

 

5分、それが私達が稼げる時間の全てだった。

だけど援軍はその5分を無駄にはしなかった。

 

 地上付近に高速で動くものが見えた。ネウロイじゃない。カールスラント空軍の三色迷彩。

 

「来た!」

 

最近になってヘリコプターと呼ばれるようになったカ号8型多目的輸送機。カールスラントが購入して運用する機体だ。それが2機、低空を這うようにして空域に飛び込んできた。

護衛のウィッチも1人いる。先端が白くなった茶髪の少女。トゥルーデに負けず劣らずの重武装。間違いない。彼女だった。

「待たせました」

 

機嫌が良さそうな声が無線に入った。

 

ハルちゃんの三走目

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