あの、記者さんですよね?初めまして、ハイデマリー・W・シュナウファーです。
こんな夜遅くにごめんなさい。どうしても昼間は睡眠時間に当てられていることが多くて……
それであの子の事で良いのね?
えっと…最初に言っておくけど彼女と一緒にいた時間は他の人と比べたら短い……ですよ。
1940年1月20日
B7r
当時私は軍学校を卒業してまだ三ヶ月しかたっていなかった。
あの時はどこの前線もウィッチの数…特に小隊指揮を行う少尉階級が不足していたの。
特に徴兵組は階級が軍曹だった。戦場で昇進すれば戦時少尉あたりまでいけるけどそれでもすぐには無理。だから軍学校を卒業したばかりでナイトウィッチだった私も、時々昼間に小隊長で駆り出されていたわ。
特にB7rの空域はそれが顕著だったの。
「……?」
新しくここにきた人かしら?
その日の夜間偵察飛行の僚機の名前に心当たりがなかった私は、アントナー・S・ハルという名に首を傾げた。
その時はそれだけだった。少しして同じカールスラント空軍のロスマンさんがその彼女を私のところに連れてきた。同じカールスラント軍人として事前に紹介をしておきたかったみたい。
その少女はどこか影があったけれど、その瞳に灯している意思はしっかりしていた。
紹介してくれたロスマンさんは、つい昼間に空戦をしてきたばかりで怪我をしているから無理をしてほしくないと言っていた。
「アントナー・S・ハル。ハルでいいよ」
「えっと… ハイデマリー・W・シュナウファー」
あの時は今よりも人見知りが激しくて、ほとんど会話らしい会話はしなかった。
ただ、私とほぼ同じ身長。聞けば年齢も同じだったからどこか親近感のようなものがあった。
「夜は…初めて?」
「初めてです」
笑わない子だった。いや、笑顔が生まれないって感じかしら?嫌なことがあった後とか……笑顔がなくなる。あんな感じ……
「そう……」
その時話したのはそのくらい。空で話せることがあるかなって期待したけど飛行中ハルさんはずっと無口だった。
でも怖がっているとか不安定とかそういうことはなかった。夜間を初めて飛ぶ人はみんな、顔や声に出なくても飛行姿勢や緊張度とかでわかるの。
真っ暗で、星か月明かりしかない世界では、自分がどうやって飛んでいるのか、敵がどこにいるのかがほとんどわからない。それが不安になるのね。
でも、あの子は初めてには思えない。すごく慣れた飛行をしていた。
まるでわかっているかのような…不思議な飛び方。多分、似ている飛び方だとエイラさんの飛び方がそれじゃないかしら。
ただ、その理由は聞かなかった。興味もなかったし……私も何か話そうとするような性格じゃなかったから静かで飛びやすかった。
あの時は……という制約がつくけど。
飛行記録は見ている?そう……
次の飛行が実質的なバディを組むことになった戦いね。
まさか次の日の昼間に叩き起こされるなんて思ってもいなかった。
その日朝からネウロイの大侵攻があってダキアはすでに国土の半分が失われていたの。
私は夜間哨戒から戻ったあと寝ていたのだけれど叩き起こされたのは昼前だった。
その時すでに第一次攻撃隊が戻ってきていて、まだ戦いは始まったばかりだってことを聞かされていた。
で、予想以上にネウロイの攻撃が激しくて第二次攻撃にナイトウィッチも導入するって指揮官が決めて……昼間の空だけど投入されることになったの。
だけど私はナイトウィッチ。それに、一度目を痛めて近眼なの……だから昼間の戦闘は苦手かな。
できなくはないし時々昼間の飛行もするけど……戦うってなったのはあの時が初めて。
「現状人数不足と僚機損失が多くなっている。離陸後は小隊長の指示に従ってくれ」
飛行隊隊長は、作戦説明と一緒に最後にそう付け加えた。
その時点で、私はどこの小隊に仮編入されているとかそういう情報は来ていなかった。
まだ戦場の空気にどこか染まっていなかった私は周りの子達に流されて、いつも使っているユニットを装備。気づけば空に飛んでいた。
愛銃と一緒だったけど結局沢山の人がいる空間も嫌いで、いつのまにか私は空で迷子になってた。
少し離れた所を飛んでいたから無線で小隊を再編している指示が出ていたのに気付くのが少しだけ遅れた。
「なんだハイデマリーも迷子か。よし、ハルの二番機に入れ」
すぐに無線が通じる範囲に戻ると、小隊長から一方的にハルさんの僚機に入るよう言われた。
階級は私の方が上だった。
だけれど昼間戦闘に慣れていない私にとってその配置換えはありがたいことだった。
「えっと……よろしく」
「よろしくお願いしますハイデマリーさん」
明るそうな声が無線機から聞こえたけれど、少し目を合わせただけでわかった。表情は相変わらず笑っていない。ただ、どこか楽しそうな雰囲気だけは無線越しの声で分かった。
「……」
「……どうやら戦況は良くないみたいです」
先に入れ替わりで随時突入していたウィッチの悲鳴と、怒号が聞こえて、戦力消失5割という状態だというのがようやくわかってきた。
「ちょっと荒っぽいけど…ついてきて。でも無理そうだって判断したらその時は離脱して」
「……は、はい」
地上で見た時とその時では雰囲気はまるで違った。近くを飛んでいるだけで分かる。あれは、やっぱり歴戦の人の感じがした。
地面が燃えていた。ビームが空気に乱反射して生まれた赤とピンクの可視光が地面を、空を舐め回し、地上や空に炎の塊が浮かび上がった。それはネウロイと戦い始めて初めてみる……夜間戦闘では見られなかった地獄だった。
そしてそれらを生み出す大きな黒い影。
「報告にあった大型ネウロイと中型多数を視認、交戦に入る」
ハルさんはそう言って加速した。少し遅れて私も追従する。
背後で彼女に向かって小隊長が叫んでいたような気がした。だけれどそれを無視するかのようにどんどん先に進んでいく。僚機の私もそれに従うしかなかった。
「周囲のつゆ払いをする」
高度を取りつつ、大型ネウロイの周りにいる中型を攻撃すると言い。
「私が援護って言ったら入って。それまでは上空で待機」
「え?ちょっと……」
目の前を飛んでいた彼女の体が下に向かって消えた。
慌てて目線で追いかけたものの、彼女はすでにネウロイの編隊に飛び込んでいるところだった。
そこからは……そうね、早かった。圧倒的すぎた。
わずか数分で二機の中型が消失した。更に格闘戦で小型も撃墜一機を数えた。そこまでの一連の流れを終えた彼女が上昇してくる。
「すごい……」
「ハイデマリーさん。そっちに一機行った」
「え⁈あ、はい‼︎」
見惚れていた。
すぐに周囲を見渡して、鳥と昆虫を掛け合わせたような見た目のネウロイが下から上がってくるのに気づいた。
すぐに攻撃。弾の半分くらいだったかな。その時消費したのは。
あの時から7.76ミリだとどうしても苦しかった。
「それじゃあ、ついてきて」
いつのまにか私のそばに戻ってきていた彼女は、地上を攻撃している大型に向かおうとしていた。その周囲に飛んでいるのは小型や中型のネウロイではなくウィッチや戦闘機たちだった。
その周りでは別のウィッチたちが攻撃をしていたけれど、なかなか近づけそうになくて、手をこまねいていた。そんな中に飛び込もうとする勇気は、10歳でしかなかったわたしには無かった。だけれどそこで怖いから嫌ですと言うことも、出来なかった。
近づけば当然ネウロイの反撃がある。大型はそれが熾烈で、普通のネウロイとはわけが違うのだ。
翼のようなところからいくつもの赤い光が伸びてきて、私達を追いかけるように追尾してきた。
ロールを繰り返して回避するけれど、近眼だった私は周囲の様子を確認するのが遅れ気味で怖かった。結局ずっと彼女の後ろを追いかけるようにして飛んでいた。それが結果的に良かったかどうかは……私が今ここにいるって事でわかる…よね?
それでも気づけば彼女はビームの中を縫うように飛んでいた。それに気づいたのはそれに飛び込んだ後だったけど。
「ッ!待って!こんなビームの中飛ぶなんて正気じゃない!」
私の声は尽く無視された。無線を絞っていたのは分かっているから必死に叫んだけれど、聞こえていないようだった。
体のすぐそばをビームの熱が通り過ぎていって。服が少しだけ焦げた。
だけれど被弾らしい被弾は不思議と起こらなかった。
ただ、それも対象が近づけばいつまで続くか分からなかった。
目の前からビームが迫ってきていた。咄嗟に私は左旋回。シールドを張った。だけれどハルさんは私より少し前にいたから回避する余裕はなかった。その上シールドを貼る事なくビームにまっすぐ突っ込んだ。
「ダメッ!」
一瞬ビームで体が焼け飛ばされる彼女の姿が映った気がした。だけれど、いつのまにか彼女はビームの射線から真上に移動していた。無茶苦茶な動きだった。
真上にジャンプするように垂直に移動するなど体にどれほど負担がかかるやら。
それでも隙は生まれていた。想定外の機動にビームが追従しきれない。
1回目の攻撃で上部に幾つかの弾痕を刻んだものの、コアの撃破には至らない。
翼のような形状の部分にいくつもの魔法陣が生まれた。ビームによる攻撃。一度急降下で下方に抜ける。
追いかけるようにいくつものビームが放たれ、一部は張ったシールドを叩いた。
大きくよろけたものの、攻撃の多くはハルさんに集中していた。
それを急旋回で回避し、回避しきれないものだけを的確に防いでいく。どこでそのような技術を学んだのか…いや学んだだけでなく完全に自分のものにしていた。
「上昇してすれ違う!攻撃始め!」
追従しながら再びネウロイの上方に出た。飛ぶのに必死になっていた私は狙いも定めず機銃を乱射していた。あのような非情な空を飛んだ経験がなくてパニックになっていたからだと思う。何か叫んでいたような気もするけどわからない。
急旋回で彼女はそこから反転降下、追撃のビームが出ようとしている胴体中央部に20ミリ炸裂弾を叩き込んだ。
あのような無茶な機動はあの子以外では見たことない。それほど彼女の戦闘機動はメチャクチャだった。
弾着した弾丸がビームを生み出す魔法陣の直下にあたり、コアが破壊されたのかネウロイ全体が破壊された。
偶然、いや偶然にしては出来すぎていた。
だけれどコアの位置がわかるような魔眼はあの時誰も持っていなかった。偶然としか言いようがない。
「大型ネウロイの排除を確認、周辺に敵影なし」
『了解した……ちょっと待て!なんだあれはッ!』
無線から流れた声が緊迫を帯びた。
雲の中からいくつものビームが放たれた。空を飛んでいた戦闘機が、不意を突かれたウィッチが、地上で負傷した友軍を助けようとしていた衛生兵や仲間が巻き込まれ、体も残さずビームに焼き払われていった。
それは雲の中から現れた。さっきと同じ大型ネウロイが、降下してきたのだ。
「……ッ大型ネウロイ二体目を確認‼︎交戦再開!」
「ウソッ⁈」
一体だけとしか聞いていなかったから私もハルさんも残弾が少なかった。
それでも倒さないといけなかった。このままでは撤退中の地上の人たちがもっと助からなくなってしまう。
だけれど不意を突かれ、雲という隠れ蓑から現れたそれに対して、こちらは高度が上がりきっていなかった。だけどハルさんは急旋回で重たい機関砲を振り回しながら大型ネウロイに突撃をしていた。
ビームを振り切るような機動で接近して、20ミリを叩き込んだ。だけど射撃のタイミングが合わずあまり有効打にならない。私の方も似たような感じだった。どうしてもビームを避けながらでは集中して一箇所には当てられない。それでもさっきのネウロイと同じ形状のこっちも、多分コアの位置は同じなはず。そう考えて撃っていたからそれなりに表面は削れていたの。その時はまだ回復までの時間も長かったから。
「……ッ!」
「あっ……」
地上に向けて放たれたビームが、戦車中隊を吹き飛ばした。地上に真っ赤な焼け跡だけが残る。
そこにいた兵士たちは、どうなったのか……想像したくなかった。
昨日基地で見かけた人や、夜食をくすねていた陸戦ウィッチ達も、あの防衛戦でみんな死んでいった。それを考えれば、あの瞬間は全体で見れば些細なものだったのかもしれない。
「キャッ!」
私も彼女も気を取られていた。
「ハルさん!」
ビームが彼女を直撃した。シールドを直前で張れたため大事には至らなかった。だけどその時装填中だった弾倉を落としてしまっていた。
「大丈夫……弾を落としただけ。薬室に1発残ってる」
「5秒だけ…ついて来れそう?」
「え…えっと…その……やってみる」
分かったと小さくつぶやいた彼女が再びネウロイに向かって飛び込んだ。
シールドを全開にして最小限の、でも追従しきれない程の機動でビームの中を飛んでいく。彼女を脅威と判断したのかネウロイは私ではなく向こうを攻撃し続けた。
先に私が射程に入った。
照準には溢れんばかりのネウロイの体。最初の攻撃で開けた穴はまだ修復途中だった。迷わず引き金を引いた。
少し遅れてハルさんがブレイクしている私のそばを通過して行った。
「お前なんかッ!お前なんか、1発あれば、十分だぁああ‼︎」
感情が、怒りが爆発していた。それは地上で撤退をしていた味方を消しとばした存在にだったか。あるいはそれを防げなかった自身に対してなのか。それとも別のものに対する八つ当たりのようなものなのか。それは今でもわからない。
ほぼゼロ距離、引き金が引かれ、残っていた弾がネウロイの体を貫いた。急速に動きが沈静化していく。
シールドを張るのが精一杯だった。衝撃で真上に弾き飛ばされ、視界が回っているうちに武器はどこかに飛んでいってしまった。あるいは下に落ちていったのだろうか。
「ネウロイ健在ッ⁈」
放たれた弾丸は、たしかにネウロイを貫通していた。だけれど、離脱をしようとしていた私達に追撃をしてきたということは、コアはまだ残っている。
一瞬見えたネウロイは、真ん中に開けられた大穴から、コアの一部が露出していた。
逃げないと…私もハルさんも丸腰だった。だけど彼女は片方のユニットが黒煙を上げていた。速度も高度も大きく下がっている。ユニットに被弾したみたいだ。
「ほんと1発あれば十分だね」
それは空からの攻撃ではなかった。
地上で擱座したM82自走砲のハッチに取り付けられたM2重機関銃から放たれた弾丸が、ネウロイの半分露出していたコアを貫いた。
「エーリカさん!」
「エーリカ……」
噂は聞いていた。つい最近になって撃墜数を増やしている若手エース。
すでに百機の撃墜を数えた黒い悪魔……
その本人はM82の上で手を振っていた。近くにはストライカーユニットも転がっていた。
周辺に敵がいないのを確認して、ふらふらと片肺飛行を続けるハルさんのところへ向かった。
「鼻…血出てる」
鼻から流れた血が、軍服をも汚していた。
「あ、ごめんね。いつものことなんだ」
いつものこと……出撃するたびに鼻血を出すなんて普通じゃない。それでも、その普通じゃない動きに私達は助けられた。それが悔しくもあり、逆に恐怖でもあった。
もしかしたらこの子は祭り上げられるのではないか…幼いながら、私はそんな事を考えていた。
正直あの飛び方は危険だったし、すごい体に負担がかかっているってことくらいは容易に想像できた。あんな飛び方していたら体が保たない。そんなの素人目にだってはっきりわかるくらいに……
その事を言いたかったけれど、どうしても言えるような雰囲気じゃなかった。片脚が故障したままなんとか基地に戻ってからもずっとそうで、一回昼食の時に話そうかと思ったけど……アイコンタクトだけで終わっちゃったの。基本空から降りたら私と同じで無口みたいだし。
マルセイユさんやエーリカさんは話しかけられたら話す子だよって言われたけど、わたしには親睦を深めるのは無理だった。
それでも友達になりたかった。折角の同世代だったから……だから私達は少ししてカールスラントに帰投する命令が来るまで、私とハルさんはペアで飛んでいた。
といっても基本私はナイトウィッチとして夜に飛んでいたから、彼女の僚機だったのはその後一回だけだったけどね。
その後夜間で飛んでいないかって?いいえ、飛んでいないわ。魔王とか呼ばれる対地攻撃ウィッチの夜間任務の護衛とかに専属で当てられていたし。
えっと…私の話はこれくらいだけど……
そう、ちょっと爆撃ネウロイが近づいているからうるさくなるけど…来客室は比較的頑丈だから安心して。
現在もなお続いている第二次ネウロイ大戦には謎が多い。
501によるネウロイの巣破壊作戦がその典型例だ。情報公開が少しばかり行われていたが、それに飽き足らず私は出所不明な裏情報にも手を出した。その資料に奇妙な類似点を見つけた。
一つは扶桑海軍の少女。もう一つは、カールスラント空軍の少女。そのうち後者につきまとう暗号。情報としては不十分なものが多い。だか私はそこに惹かれた。
二人の少女を追っていけば必ず何かがある。
この戦争の隠された姿か、あるいはただの御伽噺か。
幸いにも彼女たちと関わりがあった何人かの人物から話を聞くことができた。
私は『彼女』の足跡を追い、国境を越えた。
彼女たちから見た戦争と私の追う『彼女』の存在当事者たちの声全てを残そうと思う。
いつも使っているユニット
Bf109E-1/n
Bf109E-1型ストライカーユニットの夜間戦闘機バージョン。少数が生産されたのみで終わっており、Bf109シリーズで夜間戦闘機は無い。
特徴として強力で大型な無線装置と左脚に収納式の高度計と姿勢指示器速度計
右脚に天体観測航法の道具が装備されている。
ハルちゃんが次に走るルート
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ブレイブ
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ストライク2
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アフリカ(1943)
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RtB