OPはContrail ○跡
1940年5月
あの日カールスラントは地獄に引き摺り込まれた。
『滑走路がやられるぞ‼︎』
『くそっ!通常兵器じゃ効果がない!誰か魔導弾を!』
『弾薬庫が吹っ飛んだ!』
『メーデーメーデーメーデー‼︎尾翼が吹き……』
混線する無線が流す悲痛な叫び声。墜落していく戦闘機に巻き上がる爆炎に高射砲の破片と砲身。そして人だったものの破片。基地の至る所でそれは起こっていた。
数時間前に大型ネウロイをトゥルーデとハルが撃破して国境沿いの防衛に成功した余韻は完全に吹き飛ばされていた。
前線と称された場所からは後方にあったはずだったけど、基地は襲撃を受けて燃えていた。
ネウロイが現れたのは南西。それだけならまだ良かった。問題だったのはそれらが大型だったこと。上空警戒に当たっていたウィッチだけじゃ戦力が足りなかった。だけど前線から戻ってきてすぐで再出撃はなかなか出来なかった。ローテーションで待機していたメンバーは少し前に地上支援のために飛んで行ってしまったばかりだった。
「あとどれくらいかかる⁈」
「後5分だ!本当はもう少し調整したいが……」
整備士の声がかき消されて、滑走路が吹き飛んだ。
緊急離陸をしようとしていた爆撃機が滑走路真ん中で火に包まれている。
そこにいくつもの光線が刺さり、機体が吹き飛んだ。
『待機中のウィッチに次ぐ、滑走路が吹き飛んだ。離陸距離を確保できない。離陸一時待て』
「滑走路が使えない‼︎まだ無事な誘導路を使え‼︎」
誰かが叫んでいた。まだ新人の子が制止を無視して滑走路を飛び始め、煙の向こうに消えていった。
少しして比較的小さな爆発が起こった。
「飛ばせない機体は放棄!後方へーーーー」
量子ビームがすぐそばを駆け抜けて、保有するその熱量で地面を真っ赤に融かした。遅れてプラズマ化した空気が衝撃波となって周囲に吹き荒れ、捲れ上がったコンクリの破片や融けて固まった土を吹き飛ばす。咄嗟にシールドを張ったおかげで直撃を受けても何人かのウィッチは無事だった。
それだけでは終わらず格納庫近くで給油作業を行っていたタンクローリーに引火した。
残っていた燃料が一気に炎となって膨れ上がり、薄い鉄板のタンクが風船のように割れ、爆発を起こした。
ホースで繋がれていた爆撃機が誘爆し、燃え上がる燃料があたりに飛び散った。
たちまち周囲は火の海に変わっていった。
「きゃああああっっ‼︎あ゛づ ーー」
フーベルク中尉が炎の中で悶え苦しんでいるのが一瞬見えて、二次爆発でそれは吹き飛ばされかき消された。
空に飛べないだけでここまで死の恐怖があるなんて知らなかった。
あの時ほど怖いと思った事はないよ。だって私と20メートルも離れていなかったんだから。
「ヒッ…‼︎」
隣にいた僚機の子が悲鳴を上げた。少し離れたところで火に飲まれた少女が転げ回っていた。多分……フーベルク中尉の僚機の子だったんじゃないかな。助けに行きたかったけれど、ユニットを履いたままではどうすることもできない。やがて丸焦げになったそれは大破したユニットの爆発と煙に隠れた。
追い討ちをかけるように格納庫が吹き飛んだ。何人かの整備員が格納庫の中でも作業していたしウィッチもいたはず。そんな格納庫は轟音と共に炎に包まれた。
パニックになる子も沢山いた。落ち着くように指示したけれどどうしようもなかった。指示も何もあったものじゃなかった。一応整備が完了した子から五月雨式で空に待避を始めていたから時間とともにその数は減っていた。
「ウィッチを守れっ‼︎対空車両、こっちだ!」
格納庫傍で攻撃を逃れていた対空車両が走ってきてすぐそばで対空戦闘を開始した。
4つに束ねられた砲身が黒煙が焦がす空に向く。
「右45度ォ‼︎中型接近!対空戦闘用意!」
「右45度よし、高角60度ォ‼︎準備ヨシ!」
「弾よし‼︎準備ヨシ‼︎」
「フォイアー‼︎」
20ミリ四連装砲が火を吹き、薬莢がばら撒かれていく。
何発かが直撃したのか中型ネウロイがふき飛んだ。
「撃墜‼︎」
「まだだ!次!」
私達の整備が終わったのは最後の方だった。その間にもシールドが保たなかった新人や魔力量が少ない子が被弾し吹き飛んでいく。
対空車両はこっちが張ったシールドに守られている合間はなんとか耐えていた。
「整備完了ッ‼︎」
一斉に整備員が離れていく。固定台のアンカーが外された。
「離陸!離陸!」
力を込めてエンジンを回す。
「すぐに退避だ!急げ!」
すぐ後ろで移動し始めた対空車両がビームの直撃で吹き飛んだ。
「管制塔!誘導路から離陸する!」
ハルの声だった。
燃え盛るタンクローリーの煙を突き抜けて彼女は誘導路に移動していた。彼女たちの小隊は元々対地支援任務だったから武装が重く離陸に距離が必要だった。
『了解した!離陸急げ!もう基地が保たない、上がれるウィッチは全員……』
その通信が最後まで行われることはなかった。管制塔がビームによって焼かれ、ガラスが内側から膨張する炎で吹き飛ばされた。
「出力全開!フラップ20度!」
こっちもすぐに離陸をする。
大破した燃料タンクから漏れた燃料が火災に引火した。
端っこで放棄されていた戦闘機や爆撃機を巻き込みながら誘爆を繰り返し、半地下構造の燃料タンクが吹き飛んだ。その光景はずっと忘れない。
燃え上がる管制塔の根元にビームが直撃。切断された建物が爆発とともに根本から崩れ始めた。
制空戦仕様の私達は先に飛び上がれたけど対地攻撃装備の子達はまだ離陸速度に達していなかった。
「全員止まらないで!」
先頭をいくハルの怒号が無線越しに聞こえた。
あの歳であんなに肝が据わってるのは凄いことだった。
空に上がったこっちはすぐに大型ネウロイを撃破するために高度を上げていたからうまく見えなかったけど、倒壊する管制塔には誰も巻き込まれなかったらしい。中型ネウロイは元から数が少なかったみたいで、先に上空に行った子達があらかた撃破していた。問題は大型ネウロイの方だった。
四機も固まって動かれたらなかなか手が出せない。その上攻撃に積極的なタイプ。いやーあれを倒すのは苦労したよ。近くに飛んできたハルがあれを倒すかどうか聞いてきた。たしかに戦力で言えば彼女は重要だった。
あの時から言われていたんだけど大型ネウロイは量による飽和攻撃より卓越したエース級のウィッチの少数精鋭の方が倒しやすいってのがあってね。
だから彼女はできれば欲しいところだったけど……私自身彼女にはもう飛んでほしくなかったってのもあるだけどそうは言っていられないのが戦争なんだよね……
だから少しでも生存性が高い方に彼女は送ることにした。
「こっちは私達が対処するよ。そっちは陸軍の支援に行って」
「了解です。健闘を祈りますブレイズ」
近くの鉄道駅は避難する兵と武装を載せた列車が緊急発車をして列をなしていた。
そこにも大型ネウロイ達は牙を剥こうとしていた。
すでに先頭の個体がビームを放っては、操車場に止められていた貨車が誘爆して吹き飛んでいた。
割り込んだウィッチのシールドで一部は防がれていたけれど焼け石に水に等しいものだった。
ああ、その時の新聞持ってるの?へえー珍しいねえ。普通そんなの保存していないと思うんだけど。まめだねえ。
まあ、基地の壊滅は書いていないでしょ?国民全体の士気に関わる事だからね。情報統制ってやつさ。
だけど大型四機を撃破したらね、それ以降は中型とか小型による物量攻めに奴らは切り替えたのさ。
前線を攻撃するにはそれが効率的って考えがあったんじゃない?あるいは大型ネウロイが巣から生まれてくるのに時間がかかるとか。
だけど例外的に重要拠点への攻撃には大型ネウロイが現れてたなあ。
……そのあとどうなったかって?どうってことないよ、後方の補給基地が最前線になったよ。
戦線もそれにあわせて10キロくらい後退したけど、そのおかげで防衛機能は高くなったみたいだし。ミーナから聞いた話だけどね。
まあ、上空警戒も一層厳しくなって、これである程度は大丈夫だと思ったんだけど……
それでもまた突破された。
あの時は……そうだね。その時はハルが結構活躍してたんだよ。
新聞には乗ってないだろうけどね。
後方基地が最前線になって二日目くらいだったかな。その日エースだった私の出撃予定は空いてしまっていた。
「うわー……やっぱ出撃無しかー」
心当たりが無かったわけじゃない。ってかありすぎた。
「当たり前だ。ユニットを自損させるなど何を考えているんだ」
「わざとじゃないよ。試運転してたらナットがいくつか吸い込まれちゃってさ」
ラジエーターとか吸気バルプが幾つか吹き飛んだだけで全損したわけじゃ無いのにトゥルーデは怒ってた。
「エアインテーク前にナットを置いたのは?」
「スイマセン……」
でも後悔はしていない。とりあえずエアインテーク前に小さいものを置くのはやめようって言う良い教訓になったと思っていた。
ミーティングの時間は終わっているから食堂に残っているのは出撃がない人たちだった。その中に見知った顔と意外な顔が交ざっていた。
一人はクルピンスキー。昨日墜落して夜遅くに基地に帰ってきたから驚くことではなかった。驚いたのは隣にいるハルの方。普段出撃か訓練くらいしかしていないように見えるハルが食堂でのんびりしていた。
「あれ?ハルもおやすみ?」
「あ、はい。ちょっと機体がオーバーホール中で」
基地に予備機はなく人数分しかまだユニットが揃っていなかった。基本点検してるか飛んでいるかという究極の二択しか無い。その弊害だったらしい。
「なるほどなあ……そこの壊し屋は…どうせ手配の機体が間に合っていないのだろう」
「あたり。よくわかったねバルクホルン。景品として君の機体を借りていいかな?」
「やらん。それに貸さん」
相変わらず性格は合わなさそうな二人だった。
「やっぱダメかー」
「貸したものほどお前は壊すからな」
まあ自分のものじゃ無いって意識が働くからねー。私も黒く塗って自分のものにしないとすぐだめにするからなあ。
「ならくれるかい?」
「だめだ。これから出撃なんだから」
そう言ってトゥルーデは格納庫の方に足早に歩いて行った。
「代わってはくれないのかい」
「休めと言われているんだから休めるうちに休んだ方がいいぞ」
「なんだ心配しているのか。じゃあそう言って欲しいよ」
で、弄りがいのあるトゥルーデがいなくなった後の食堂は少しだけ静かだった。
相変わらずクルピンスキーは他のウィッチにちょっかいかけようとしてたけどJG3の面々はもう彼女になれたみたいで大して靡いていなかった。
逆に隣に並んでいる私とハルの方がチヤホヤされたね。可愛いからだってさ。
「それ味ってわかる?」
事情を知らない少女から貰ったお菓子を食べていたハルに何気なく聞いてみた。どのくらい味覚が残っているのかが気になってね。
「ええ、多分美味しいですよ…ちょっと塩っぱい気がしますけど」
味についてはほとんど言わなかった。
思えばあの時にはもう味覚はほとんどだめになっていたんだろうね。
嗅覚が残ってる分完全に味がわからないってわけじゃ無いんだろうけどそれでもさ……
で、そんな感じで珍しく体を休めていた時なんだけど、不意に外が騒がしくなった。
空襲警報はなっていない。
何かあったのかなって思っていたら、爆発音が耳を擘いたんだ。
「なに⁈」
滑走路の方に火の手が上がっているのが見えた。
それと同時にスクランブルの警報が鳴って、一気に慌ただしくなった。
外に出てみると、滑走路中央の数メートルが深くえぐれて傷のように赤くなっていた。
ネウロイの襲撃。それは分かっていた。だけれどそのネウロイ自体がどこにも見えなかった。S/Cのウィッチ達が離陸をしようとしていたけど、滑走路の壊れたところを避けて飛ぶためかかなり遠回りな動きをしていた。
「何があったの⁈」
「分からん!ものすごい速いやつだ!」
「速いやつ⁈」
すぐに格納庫に行って予備のウィッチ用航空無線を引っ張り出して管制塔の指示を聞いてみる。
『再突入してくるぞ!上空警戒機は速やかに攻撃に入れ!』
『速度差が大きすぎて追いつけません!推定速度740km/h‼︎』
『何としても落とすんだ!ここが落ちたらベルリン防衛に支障が……』
今の高射砲なら750キロまで追従できるんだけどあの時の高射砲はまだ700キロで飛ぶ相手に追従することはできなかったんだ。
滑走路は使用不能。上空警戒のウィッチも速度差があって追いつけない。絶望的だったよ。
「あれ⁇ハルは?」
「僕たちと一緒に来てたんじゃ……」
外に出てくる時までは一緒だった。だけどそれ以降がよく分からない。格納庫に私達が行った時にはもう行動していたんだと思う。
格納庫の外に出てみると、ちょうどハルは管制塔の近くに走っていた。
何をしているんだろうと思っていたら、彼女はシールドを真下に展開して階段がわりに管制塔の真上に飛び上がっていた。
何があったのか私達にも最初は理解できなかった。
「何をする気なの?」
「わからない……」
管制塔の上で彼女はシールドを張っていた。
少し遅れて、黒い胴体がかなりの速度でシールドに突っ込んだ。ネウロイが破壊される時の独特な白い破片が管制塔に降り注ぐ。
少しして、彼女が降りてきた。
ネウロイを殲滅して……
あの時管制塔に登った彼女は、向かってくるネウロイに対してシールドを張ってぶつけたんだ。
物理的な攻撃。相手の速度が速いからぶつかっただけでも致命傷になるんだろうけど、あんなことしたら下手をすれば時速740km/hの物体の運動エネルギーをもろに体に受けることになりかねない。空中ならいざ知らず地上でそれをやったら吹っ飛んでいただろうね。
それでもネウロイの方が先に破壊されたから運動エネルギー自体が拡散しちゃったんだろうね。そのおかげで彼女は無事だった。
だけどあんなところに登ってそんな危険な行為をしたんだから、怒られても仕方がないと思う。
そのあとミーナに執務室に連行されていってたのは妥当だと思うよ。
でも数分で戻ってきてたしミーナ自身がすごく落ち込んでたからちゃんと説教をしたのかは謎だけど。
それで、記者さん。他には何を知りたい?
このペンダント?
クルピンスキーからもらったんだ。ハルとお揃いだから気に入ってるんだ。
中?写真だよ。
私とハルの飛行中のツーショット。
いいでしょー。
あ、もしかして彼女のこと初めて見る?もうちょっと綺麗に撮れてる写真あるけど見る?勿論記事に載せちゃだめだよ。ウィッチの写真って検閲対象だからさ。
2号対空車両
正式名称2号独立対空設備搭載車両
戦車輸送用の低床トレーラーとオペル・ブリッツをベースとしたキャブトレーラーで構成されている。
低床トレーラーは六輪式の重量貨物輸送用のものながらリフトアップをしているため走破性は若干上がっている。この車体の上にキャブ側に高射式装置を搭載。車体後部に20ミリ四連装機関砲あるいは37ミリ連装砲、ボフォース40ミリ連装砲などを搭載するスペースを設けている。
88ミリ砲を積んだ試作車両が疎開先の工場で施策されたものの、横向きでの装填の際に車外に降りる必要があり装填速度が通常より遅くなってしまうことから量産はされなかった。
ハルちゃんが次に走るルート
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ブレイブ
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ストライク2
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アフリカ(1943)
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RtB