「久しぶり、相棒。まだ生きてる?」
再会早々無線機越しの会話はそうやって始まった。僕はその相棒呼びは好きじゃないんだけど。どうもロミーは気に入っているらしい。
「生きてるよ」
そんな返しができるのはユーモアがあるからなのだろうか?
「えっと……そろそろ扶桑に帰りたくなってきた」
相変わらず扶桑国ウィッチなのに周りはブリタニアやカールスラントのウィッチばっかりな状態にそろそろ僕のホームシックも限界に近くなってきていた。まあホームシックって言っても家に帰ったらちょっと色々気まずいところがあるから日本にホームシックしてるところなんだけど。
「この戦いが終わったら申請してみれば?」
「あのおっさんが許してくれるとは思えない……」
せめて味噌汁でも飲めたらなあ。米はいいから味噌汁ちょうだい。ってか味噌ちょうだい。
そんな事を言いながら、港を出港したばかりの空母の甲板にゆっくりと降りていった。僕にとっては久しぶりの空母着艦だった。ブリタニアの空母は扶桑のものとは着艦誘導方法が違ったからかなり迷った。正直自信無くした。
なんで空母着艦経験がほとんどないハル達の方が上手いのさ。
「すごい……隣の戦艦が巡洋艦に見える」
「戦艦越後。デカイでしょ」
ブリタニアのウィッチ達からはモンスターという単語が聞こえてきた。
ちょっとだけ誇らしく思ったけど別に僕自身とは何も関係がないと思い直して病んだ。
そもそも周り全員他言語文化でコミニュケーションすらまともに取れない空間とか僕頭おかしくなりそう。
あ、元から話す人いなかったしそんなに生活変わってないや。
ただここのみんなは何故か僕やハルに色々聞いてこようとしていた。ロミーもそんな感じだった。
聞きたいことはわかるけどそんな良いものでもないし僕はただ飛んでいるだけだからって言うと落胆されそうでどう答えていいかわからなくなって病みかけた。
やっぱりブリタニアの空母は祥鳳よりも大きいからか安定していて揺れも少なかった。ただ揺れの周期がかなり大きくてトップヘビー感はあった。
だけれど僕達の母艦だからこそ、二日いただけでも愛着が湧いた。艦はどこか人間臭いところがあるって言われているからね。ハルもなんだかんだ言いながら人並みの愛着はあったみたいだよ。
食事の時に教えてもらった。
『ネウロイの大群北東20°高度4000にて接近中!ウィッチ隊は直ちに発進せよ』
最初の警報が鳴ったのは格納庫待機が命じられて5分後。トイレから戻ってきたばかりなのに。
休んでいる暇もおにぎりも食べている暇もなかった。せっかく扶桑の艦からの差し入れだったのに。
ウィッチの武装は前方側のエレベーターでまとめて甲板に上げられていった。そのエレベーターで僕たちも甲板に上がる。
ストライカーユニットを装着して前に続いて発進。合成風力のおかげでかなり簡単に飛び上がる。だけれどネウロイが接近する前に高度4500まで上がらないといけない。なかなか忙しい。
それもハルについていく。相変わらず無茶苦茶な動きをしていた。それもかなり磨きがかかっていて、ネウロイを困惑させるのには十分すぎるものだった。
僕はそうそうついていくのを諦めてハルが意図的に集めてくれたネウロイを撃つか、彼女とロミーが開けた突破口で20ミリを暴れさせるだけだよ。そもそも僕は見越し射撃が苦手だから接近して攻撃する癖があるんだ。
だけど一人がどれほど突出していても、全てを落とせるわけではない。最初こそ五月雨式に飛び込んでいたネウロイは急に組織的な攻撃をしてくるようになった。同時にこっちの防空体制を飽和させようと複数方向からの同時攻撃だった。
下で外縁防衛をしていた防空軽巡五十鈴が何発ものビームを船体に受けて炎上していた。
何度か補給と整備のために空母に着艦しては対空戦をしている最中に飛び出すといった荒技を繰り返して、いつのまにかお昼は過ぎていた。
でも食べる気にもなれなかった。
空襲と空襲の合間に医療設備が整っている空母にはたくさんの負傷者が運び込まれて、一部は格納庫や甲板を横切って運ばれて行っていた。血の匂いや既に息絶えた人からドッグタグを取り外す人。置き場がないからと白い布を巻かれて通路の端に転がされた死体。多くはひどく損傷したものばかりだった。
それでも平然とおにぎりを頬張ってユニットを装着するハルをウィッチのみんなは奇異の視線で見送っていた。
いわくどんな時でも食べておかないと身体がもたないかららしい。こっちは精神がもたないよ。
ロミーも流石に飲み物くらいしか飲んでないし。
僕達が空に上がるとまた何隻かが炎上していた。外縁部の駆逐艦だった。外縁にいる駆逐艦は他の艦からの援護射撃を受けづらい。だから防空空域を突破された時に真っ先に犠牲になるのは駆逐艦か軽巡からだった。
すでに炎上している駆逐艦にいくつものビームが殺到する。シールドでいくつかを防いだけれど、炎上する初春型駆逐艦の船体は長くは保ちそうになかった。
魚雷に引火しなかった分なんとか轟沈だけは防げたのが唯一の救いだろう。
それでも母艦だったフォーミダブルの艦橋が吹き飛ばされたり火災で炎上したりと午後も全く休まることはなかった。
ウィッチも何人かがいなくなっていて、疲労が限界に近づいていたよ。
旗艦である加賀にもいくつかのビームが命中した。
ハルが合間に飛び込んでビームを防ぎ、ようやく敵がいなくなったタイミングで、無線がブリタニア語で何かを叫んだ。
それは事前に取り決められていたもの。そして囮艦隊である僕達にとっては転舵の指示だった。つまり作戦のうちの最も大事なところは完了したって事だった。
それが失敗なのか成功なのかはわからない。だけれど僕たちの戦いは一旦区切りがついたって事だった。
眼下ではすでに加賀とその護衛の艦艇が転舵をしていた。
だけれど航跡は全てが曲がりくねったわけではなかった。
越後はそのままの航路を維持したまま艦隊から離れていった。
正直そんなことしても無駄だと思った。だけど人間ってどこか理屈では割り切れないところがあるんだよね。僕だってあんなところで引き返すのはなんだか悔しいしいずれにしても越後を途中で座礁させるか燃料切れで漂流するかしか選択肢は残っていなかった。
結局死にゆく越後を見送ろうとしていたらハルが越後の援護をすると言い出した。
「ハル⁈」
あろうことか隊長は越後を援護すると言い出した。ロミーもそれに賛成していた。多数決の法則ならすでに僕の運命は決まっている。
「あ……わかったよ‼︎最後まで付き合ってやるっ!もうどうにでもなれ‼︎」
それに越後が戦うのなら、最後まで見届ける必要がある。
日が暮れるまでの時間もそんなにないから、ここが正念場だと言い聞かせるしかやけを起こした僕を奮い立たせるには方法がなかった。そもそもまだ新米のウィッチなら正念場からは逃げるべきではと思うんだけど……
結局夜も戦うハメになった。
夜くらい寝かせてよ。
バルバロッサ作戦
初期の連合軍の作戦の中でも特異な作戦と言える。
人類が国という境を超えてネウロイという厄災に立ち向かった初の作戦であり、同時に人類が真の意味での共同作戦というものが不可能であると言う事を教訓として残したものでもあると言える。
本作戦は北方方面に脱出したカールスラント軍の戦力を中心とし、各方面よりかき集められた各国の兵力を追加した大規模な戦力によりスオムス方面の奪還、並びにカールスラントまでの道を開こうと言うものだった。
しかし実際には情報不足とネウロイに対する認識不足。また政治的判断により各国の軍の情報が統制されなかったことにより、三分の一が完了した段階で中断となった。
この一連の作戦においてカールスラント軍は残存戦力の4割を損失。その多くはブリタニアとガリア軍が影響していると噂されている。
だが一方では、人の可能性を見ることも可能だとロミルダは言った。実際、アントナーは可能性は確かにあったと言っていたそうだ。
それはバルバロッサ作戦における第一段階、リバウ陽動作戦での事らしい。
当時を詳しく知るため、私はリバウ陽動作戦に従事した人達を取材することとした。
ロア・ダール
元ブリタニア海軍航空隊
最終階級中尉。
1942年に退役。現在は小説家、脚本家をしている。
あの作戦は最初から陽動だと聞かされていた。その上で希望があるのなら艦を降りても良いと航空隊長は言っていた。
実際それに従って何人かの若いウィッチや、まだ戦力化ができていないウィッチは艦を降りた。彼女達が抜けた穴を埋める形で、エースウィッチはやってきた。
当時伝説となりかけていたカールスラントのウィッチは、戦果に反して幼かった。
それでもウィッチとしての腕が確かなのは知っていた。同時に、嫉妬すら覚えた。他国であり、彼女が経験してきた修羅の道を私は理解していなかった。
それを経験するのは二日後だった。
その日ネウロイの勢力圏内に入ってから1時間で敵の襲来があった。
最初こそ数の力で押し返すことができていたが、時間が経つにつれて一人、一隻と少しづつ脱落していた。
疲労も限界に近かった。何度も空に上がっては燃料がギリギリになるまで戦い降りる。艦内は出撃準備と着艦後の整備が重なって混乱寸前の混沌が入り交じっていたし、負傷者が運ばれて行ったりと血の匂いも濃くなっていた。もはや国籍がどうとか実力がどうとかそんな事をいちいち考えている余裕など無かったわ。
ハル達?
ああ、何度か見かけたが全く疲労も悲観もしていないように見えた。ただ淡々と、空に上がっては敵を落とす。まるで空の銃座だった。機械のように正確無慈悲に、ネウロイを落とすことに特化した動く銃座。
「フォーミダブル被弾!艦橋が燃えています!」
その声は先に発艦した部下のものだったのか……
私が飛び出した直後、後方で母艦が火を噴いた。
振り返ると、フォーミダブルの艦橋が炎に包まれていた。
炎が甲板にも降りかかり、発艦を待っていたシーファイアが炎上していた。さらに1発が艦尾に命中し黒煙が一層濃くなった。
それを見て頭に血が上がった。
配下の子に深追いしすぎだと言われてようやく目が覚めたくらいだ。
指定された空域から離れかけていた事を理解して直ぐにネウロイの突破を阻止する任務に戻った。
『上空のウィッチに次ぐ、道は開かれた。作戦を終了し当海域から離脱をする』
広域無線がそう告げた。眼下では艦隊が一斉に転舵をしていた。
その中でも一際目立つ巨大な戦艦は転舵をすることなく直進をしていた。
その航跡は七色に光る黒い液体に染まっていた。
『こちら戦艦越後。燃料漏洩により港までたどり着けない。艦隊撤退の時間を稼ぎつつ予定通りリバウへ向かう。他の艦は我を顧みず撤退せよ』
『こちら空母フォーミダブル所属アントナー少尉。越後を援護する』
撤退命令は下された。だけれど私はそれには従わずに、カールスラントのウィッチ達と共に戦艦の突入を掩護する事とした。
母艦を傷つけられ、戦友を奪った存在に一矢報いるのを手伝いたかったのよ。
ああ、類稀な勇気が共通の美徳だったわ。
扶桑の巨大戦艦は幾つも被弾して火を吹いていた。私も何機かのネウロイを阻止していたが防戦一方だった。
だけどその中でもハルは次々にネウロイを落としていった。その姿は戦場での女神そのものだ。
彼女がいれば戦艦は大丈夫だと根拠のない自信も当時は込み上げていた。
その根拠のない自信のおかげで私は磯風の援護を徹底することが出来た。
短い合間であったが、確かにそこには共闘があった。
それが怒りによるものなのか、他国の兵士であっても犠牲を少しでも減らすためという献身的な感情からくるものだったのかはわからない。
ただあの時の私達は国という概念などどこかに消えていたかもしれない。
分かり合えるとまではいかないが、もしかしたら理解すると言うことくらいはできるのかもしれないな。
結局私は磯風に着艦した時に脊髄を損傷してね。
あれ以降空は飛べなくなった。だが後悔はしていない。
越後は座礁してネウロイの小さな巣を破壊した。
英雄的に語られる戦いはそこで終わる。
今でも天高く引き上げられた砲も、ボロボロになった船体も見ることができる。
だけど生き延びた乗員と僕たちにはそこから北に向かってバルバロッサの本隊と合流すべく必死の飛行が待っていた。
陽炎型駆逐艦磯風
全長124m全幅10.8m
基準排水量2033t
機関
主缶ロ号艦本式缶3基
主機
艦本式衝動タービン2基2軸
52,000馬力 最大戦速34kt
乗員239名
主兵装
九八式十糎高角砲A型砲架3基
九六式二十五粍高角機銃三連装7基同単装8基
九二式四連装魚雷発射管四型2基(予備魚雷無し)
九四式爆雷投射機1基、三型装填台1基
爆雷投下台水圧三型2基
九一式爆雷 36個
欧州派遣艦隊の護衛として他の陽炎型とともに改装された防空駆逐艦の一隻。
秋月型防空駆逐艦の配備には時間がかかることから陽炎型駆逐艦を突貫工事で改装する事で対空性能を強化している。
陽炎型12番艦磯風はその中でも主砲を九八式10センチ砲へ変更した最初の艦である。従来の12.7センチ高角砲を搭載することとなった他の陽炎型よりもより対空性能を上げるため磯風は予備魚雷を撤去し25ミリ機関砲の増設を行なっている。
ハルちゃんが次に走るルート
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ブレイブ
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ストライク2
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アフリカ(1943)
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RtB