紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第一二話

「ななぁかぁいそぉ~?」

「は、はひぃっ!?」

 その瞬間、ベルの絶頂期は終わりを迎えた。

 本日7階層の探索を終えたベルは、女神から贈られたナイフの存在もあり、つい先ほど上機嫌にギルドへと凱旋した。戦利品を換金し終えた彼は、自身のアドバイザーでもあるエイナの下へ顔を出すがてら、近況報告をと意気揚々に足を運んだのだが────到着階層を7階層まで増やしたと告げたのが運の尽き。

「キィミィはっ! 私の言った事全然わかってないじゃない!! 5階層を超えた上に7階層!? 迂闊にも程があるよ!」

「ごごごごごごごめんなさいっ!」

 ダンッ! と両手を机に叩き付けたハーフエルフの受付嬢。彼女の緑玉色(エメラルド)の瞳は鋭く、射竦められた少年は蛇に睨まれた蛙よろしく動きを止められた。

 エイナが怒る理由は一つ、ベルが身の程を弁えずに到達階層をホイホイと増やしたことだ。彼女の持論でいうなら『冒険』を冒した事、それを責めているのである。

「一週間ちょっと前、ミノタウロスに殺されかけていたのは誰だったかな!?」

「僕ですっ!?」

「じゃあ何でキミは下層に降りる真似をしているの! 痛い目に遭ってもわからないのかな、ベル君は!」

 受付嬢の怒涛の叱り付けにベルはただごめんなさいぃ、と情けなく首を竦める。

 彼女にしてみれば心の底から彼の為を思っての叱咤であり、ベルという少年に死んで欲しくない一心で心を鬼にしているのだが。

 そも、冒険者に成って半月の未熟な新米(ひよっこ)が、5階層以降に進出するのは自殺行為に等しい。

 5階層から、ダンジョンの傾向が様変わりして難易度がグンと上昇する。一週間と少し前にクロードが足を踏み入れ、本日ベルが足を運んでいた7階層でいえば、キラーアントが仲間を呼べばそこで終わり。コボルトやゴブリン、ダンジョンリザードの群れとは訳が違う。一人(ソロ)ならあっという間に蟻のモンスターに食い荒らされてしまう。

「キミは危機感が足りない! そもそも、クロードちゃんの言う事をちゃんと聞いているの!? もしクロードちゃんの話を聞いた上でそんな危機感が足りないのなら、心構えの強制に加えて、徹底的にダンジョンの恐ろしさを叩き込んであげる!!」

 ひぃっ、と情けない声が少年の口から零れ落ちる。

 エイナ・チュールという人物が行う()()は非常にスパルタな事で知られており、そしてそれを知るのはベルも例外ではなかった。

 しかし、そのスパルタな指導は決して苦しいだけではなく、しかと指導を受けた冒険者の糧となり役に立つ。のだが、その特訓まがいの教授を快諾できる者は非常に少ない。そして、ベルも例外ではない。

「ま、待ってくださいっ!? そのっ、僕っ、クローズさんからお墨付きも貰いましたし!」

「クローズ氏がお墨付き、なんてどの口が言うのかな……」

 数日前の怪物祭(モンスターフィリア)で引き起こされたモンスター逃走事件。

 収束するまでに被害者はたった一人。偶然逃走したモンスターと鉢合わせして市民を逃がす為に応戦した無所属(フリー)の冒険者であるクロード・クローズのみだった。

 彼女に対しては【ガネーシャ・ファミリア】から感謝と謝罪の言葉と共に、彼女が被った損失額の全額補償が約束される事になった。────口外はされていないが、あの逃げ出したモンスターの行動に『違和感があった』事などもある為、口止め料も含まれているだろうが。

 そして、エイナの知るクロード・クローズという人物は、決して甘い人物ではない。むしろ、ストイックに努力を重ねながら情報収集を欠かさない人物であり、人を見る目はそれなりにある。それに加えて市民を逃がさんと真っ先にモンスターの応戦を開始する程には善人であり────それらすべての良い要素をぶち壊し打ち消す程に捻くれた冒険者だ。

 その彼女、クロード・クローズに面倒を見て貰っていたベル・クラネルも彼女の性格はそれなりに知っているはずだ、とエイナは目を細めた。

「え、いや、クローズさんのお墨付きは本当ですってっ!」

 ジトッ、と嘘を吐いたのではないかと疑いの視線を向けてくるハーフエルフの受付嬢に少年が慌てて弁解しようと周囲を見回し、気付いた。

 丁度、彼が後ろを振り返った先に、欠伸交じりに片腕に包帯を巻いた銀髪の小人族(パルゥム)の少女が入口を潜っている姿があった。

「ク、クローズさんっ! た、助けてください!?」

「あん……?」

「クロード、知り合いか?」

 エイナの追及を避ける為にも即座に助けを求めた少年の言葉はしかと彼女に届いた。

 煙草の香りが染みついたコートの裾を揺らし、銀髪を適当に束ねて背中に喧嘩煙管を背負った冒険者。そんな彼女の横には長身に極東の着流しを着た、赤髪の青年の姿もあり、彼はクロードに何事かを耳打ちしている。

「あ、え……?」

「知り合い、前に言った新米のペーペー、()()()奴だよ」

「ほぉ、あいつが。ま、良い。俺は外で待ってるからな」

 小さくやり取りをしたクロードは小さく手を振って赤髪の青年を見送る。その姿にベルが僅かに頬を引き攣らせ、不味いタイミングで話しかけてしまったのだろうか、と焦りはじめた。

 そんな彼の心情等知った事ではないクロードは、コートの内側から普通の煙管を取り出して口に咥えながら、ベルの傍にまでやってきてからエイナを見上げた。

「んで、どしたよ……オレは専属鍛冶師からの冒険者依頼(クエスト)で忙しいんだが?」

「ご、ごめん……」

「はぁ、えっとね。ベル君が到達階層を7階層まで伸ばしたの。クローズ氏ならばそれがどれほど危険で無茶な行為かわかると思うんですが」

 本来ならば、冒険者になってたかだか一ヶ月程度の少年が足を運ぶには過ぎた階層への進行。それがどれほど無茶な行為かについて、先輩冒険者として教えてあげて欲しい、と受付嬢は煙管を咥えた小人に促す。

「ほー、オマエ、もう7階層か。早ぇえな」

「え、あ、うん」

「クローズ氏! ベル君がこのまま無茶を重ねて一大事になったらどうするつもりなんですか!?」

 余りにも適当なクロードの返しに、エイナが再度両手で机を叩く。

 そんな彼女の剣幕を目にしたクロードは眉を顰め、肩を竦める。

「大丈夫だろ。少なくとも、オレなんかが口出しするまでも無いだろうしな」

「クローズ氏?」

「ああ、わかったわかった。問題無ぇよ、コイツならな」

 鋭く睨まれて尚、適当に返すクロードの姿にエイナの眦が徐々に吊り上がっていく。後輩を導くべき先輩冒険者としての立場があるにも関わらず、導こうという気が一切無い。それがエイナの琴線に触れた。

 怒髪天を突くと言わんばかりにエイナが口を開く寸前、クロードは煙管に火を入れて彼女を真っ直ぐ見やった。

「現にベルは怪我一つ無く帰ってきてる。しかも仕留めた獲物の数も相当だろ?」

 ベルの腰を、腰のポーチをとんっ、と軽く小突きながらクロードは口角を吊り上げてエイナを見据える。

「たっぷり詰まったヴァリス硬貨。コイツは今回、かなり稼いできたみたいじゃねェか。ゴブリンやコボルトみてェな()()じゃねェな。キラーアントは狩ったんだろ? それも一匹や二匹じゃなくてな」

「あ、うん。僕、キラーアントを何匹も倒しましたよ!」

 少年を庇う様にクロードは肩を竦め、それに続く様にベルが弁解を述べる。

 確かに筋は通っているかもしれない。実力は足りている、とクロードが言う様にそれは本当かもしれない。が、しかし。

「アビリティ評価Hがやっとの冒険者が、7階層なんて危険過ぎる」

 きっぱりとエイナが告げた言葉にベルが目を瞬かせ、クロードの眉間に深く皺が寄る。

 誰が見ても不機嫌そうなクロードは、紫煙を口腔に満たしてから口をへの字に曲げた。

「ああ、そうだよナァ……」

「あの、実は僕の【ステイタス】、アビリティがいくつかEにまで上がったんですよ!」

「E……?」

 エイナが口にしたアビリティ評価H、というのは何もあてずっぽう等ではない。半月という時間幅(スパン)で冒険者が達する事のできる打倒な能力ラインが、得意不得意関係無しにHなのだ。それも、かなり腕の良い冒険者の話である。

「そ、そんな出任せ言ったって、騙される訳……」

「本当です本当なんです! なんかこの頃伸び盛りっていうか、とにかく熟練度の上がり方が凄いんです!」

 Gだったらもう出来過ぎで、F以上ともなれば……()()()()()()()()()

 これが冒険者になる以前に闘いの心得を持っていたらしいクロードの様な人物が口にしたのであれば、エイナは眉を顰めはすれど、疑う事なんて無かった。

 しかし、眼の前の少年は元農民。戦い方なんてからっきしで、言い方は悪いがファミリア探しに難航する程でしかないのだ。だが────。

「嘘は、吐いてないみたいね」

「はいっ!」

 エイナは目の前の少年が嘘を吐いている様には見えなかった。

 故に、自然とその視線をクロードの方に向けて、再度問いかける。

「本当に?」

「知らん」

「え?」

 即答だった。

 迷う事等無くクロードは言い切った。その答えにエイナは僅かに怯みかけ、直ぐに思い直す。

 派閥の在り方や方針次第ではあるが、中には同派閥の団員同士でも互いの【ステイタス】を見せ合わない場合も多い。

 更に加えると、クロードの場合は【ファミリア】に所属していない無所属(フリー)の状態の冒険者である。主神はベルと同じヘスティアであったとしても、【ファミリア】に所属する眷属と、所属していない眷属間で【ステイタス】のやり取りをするなんてありえない事だ。

 つまり、クロードがベルのステイタスについて知らないのは何ら不思議な事ではない。

「あ、ああ……そうよね。クローズ氏が知ってるはずないものね……」

 難しい顔になり、むむむむ、と唸りだすエイナは考え込みだした。

「だロ?」

 何処かお道化た様子で煙管を吹かした彼女は、肩を竦めると目を細めてベルを見やった。

「オレはもう行くからな」

「え、ああ、うん。呼び止めてごめんなさい」

「あァ、気にすんナ」

 肩を竦めて気さくそうに許しの言葉を口にするクロードに対し、ベルは違和感を抱きながらも彼女を見送る。

 口元に指を当てて考え込むエイナに視線を戻したベルは、再度去っていくクロードの背を見やって、首を小さく傾げた。

 彼女との付き合いは長い方ではないが、フィリア祭の以前と以後でベルに対する態度がだいぶ変化したのは少年にも察する事は出来た。

 だが、残念なことにその原因までは察する事が出来ずにいたのだが。

 

 


 

 

「よう、悪いな。終わったぞ」

「おう」

 ギルドのすぐ横、柱の一つに背を預けていた赤髪の青年に声をかけたクロードは、彼と並んでメインストリートを外れて裏路地を歩み始めた。

 薄く汚れた裏路地に視線を向けながらぼんやりと歩を進めるクロードに、赤髪の青年、ヴェルフは彼女の横顔を見やって口を開いた。

「なぁ、あのベル・クラネルって奴の事、嫌いなのか?」

「……なんでそう思ったよ」

「あー……」

 問いに問いで返されたヴェルフは僅かに頭を掻くと、答え辛そうに言い淀む。

「なんというか、な」

 知り合いに会ったというのに、目が一切笑っていなかった。なら、まだよかった。

 その瞳は紫煙に満たされて奥底が見えない。澄み渡ったとは程遠いにせよ、ある程度はその瞳の奥に燻る感情が読み取れたはずの彼女の瞳が、彼を前にすると一瞬で曇る。紫煙に満ち、感情を一切読み取れなくなる。

 その隠された感情がどういったものなのか想像が付かないヴェルフは肩を竦めた。

「質問に質問で返すのはどうかと思うぜ?」

「じゃあ、聞くな」

 きっぱりと、拒絶する言葉を吐き捨てられた青年は僅かに片眉を下げ、溜息を飲み込んだ。

 付き合い辛い人物だとは思うが、金払いは良い。

「んで、今回も武器を壊した、と」

「文句あるか?」

 ギッ、と視線が刃物であれば間違いなく眉間を貫いていたであろう程の鋭い眼力で睨まれたヴェルフが慌てて両手を上げて降参の意を示した。

「まてまて、別に今回のは怒ったりしねえって」

 今回、彼女が武器である喧嘩煙管を破損した理由は怪物祭(モンスターフィリア)のさ中に逃げ出した中層域に出現するモンスターとの戦闘を行った為、である。

 本来ならば逃げるべき敵を前に戦った理由は、無力な市民を逃がす為。そんな冒険者として難しくも当然である行動の結果、武器が壊れた事を責める気等ヴェルフには無い。

「むしろ、悪かったな。もっと頑丈に作ってやれなくて」

「……別に、お前は悪くねェだろ。Lv.1の鍛冶師にしちゃあよくやってる」

 気にした様子も無いクロードの言葉にヴェルフが申し訳なさそうに眦を下げ、話題を変えるべく口を開いた。

「それより、クロードが冒険者としてしっかりと市民を守る、とはな」

 少し意外だった、と冗談交じりにヴェルフが揶揄いの言葉を放つ。対するクロードは思いっきり嫌悪感を示す様に表情を歪め、苦虫を噛み潰した様に吐き捨てた。

「誰が好き好んでンな事するか」

 その場に居て戦えそうなのが自分しか居なかった。ならば自分が戦わなくては誰が戦うというのか。他の誰かが戦って、守ってくれるのか? もしそうやって守りもせずに逃げ出して、誰か無関係な市民が命を落としたとしたら、誰が責められる?

「【ガネーシャ・ファミリア】だろ?」

 逃がしたのも、管理不届きだったのも、全て怪物祭(モンスターフィリア)の運行管理を行っていた【ガネーシャ・ファミリア】の責任だ。

 当然、此度の一件で出た都市への被害全てに対してかの大派閥が全責任をとって賠償金を支払っている。加えて、貢献と同時に負傷し武装の損失まで出した無所属(フリー)のクロードに対しても手厚い補償を行っている。

 責められるべきは【ガネーシャ・ファミリア】だ。それに間違いは無い。

 無い、が。

「オレだよ」

「はぁ? いや、駆け出し冒険者が中層のモンスターから逃げても誰も何も言わないだろ。もし『戦え』なんて言う奴が居たら、そりゃあキチガイだ」

「言ったのが、冒険者なら、な」

 文句を言うのは市民だ。と付け加えたクロードは周囲を見やって更に不機嫌そうに眉を顰める。

「あの場で戦えそうなぐらい武装してたのは、オレか……ベルだけだったよ」

 ダンジョンに行く積りで準備万全だったが、道中に女の子に頼み事をされて予定変更して武器や防具を身に纏ったまま祭りの中を彷徨っていたベル・クラネルと、ダンジョンで武器の試しに行く予定を立てながら道中見かけた知り合いに声をかけて予定を変更したクロード・クローズ。

 周囲の市民はきっと、こう思うだろう。

 恩恵も、武具も無い自分達を差し置いて真っ先に逃げ出したあの冒険者は誰だ、と。

「そりゃぁ……」

 事情を知った後でもきっと言うに違いない。それでも恩恵を受けていて、武装していたのなら、市民より先に逃げて良い筈が無い。と

「自分勝手で、都合の良い意見だロ?」

 なんも知識も学もない市民なんてそんな無責任で勝手な事な愚痴を正論の様に振り回す。だからこそ、そんな愚痴を呟かせる隙を見せない方が良い。

「ま、あの場で死に物狂いで戦ってやっても、市民は『【剣姫】の様にさっさと倒してくれりゃあ』なんて愚痴を零しやがる。反吐が出るね」

「…………」

 反論を返そうと口を開きかけたヴェルフは、小さく息を吐いた。

 クロードと言う人物が、相当に捻くれているのは既に知っている。だからこそ彼女がそんな捻くれた言い方をするのも理解でき、同時に反論に対しても酷く捻くれた物言いで反論を返すのだろう、と先を読んでしまったのだ。

 そんな彼の心情を察するどころか察しようともしないクロードは、足元に転がった汚れた情報誌を拾い上げると、その情報誌をそのままヴェルフに差し出した。

「ほれ、オラリオの市民の声特集だとよ」

「……クロードってこういうのも読むんだな」

 意外そうにつぶやきながら受け取ったヴェルフは、見出しとしてでかでかと書かれたタイトルを見て表情を険しくする。

「こりゃあ、酷いな」

「だろ?」

 常日頃から都市の警邏等も行い、平穏なオラリオを維持し続けている警察の様な行動をしている【ガネーシャ・ファミリア】が引き起こした怪物祭(モンスターフィリア)における見世物であったモンスターの逃走事件。

 それに関する市民の声、と称されたモノがいくつも集められた雑誌は見ていて楽しいモノではない。

 例えば、今後怪物祭(モンスターフィリア)を開くのは止めるべきだ。といった軽いモノもあれば、不平不満を述べるモノ、派閥を中傷するモノまで多種多様に上る。

 ぱらり、ぱらりと雑誌を捲りながら歩みを進めていたヴェルフはとある頁の見出しを見て足を止めた。

「……闘技場東部、銀髪の小人が特殊な魔法を使用して中層域の怪物を撃破。その小人の特徴から上級冒険者ではないのではないか、と推測されており……おい、クロード」

「知ってる」

 ヴェルフが慌てた様にクロードに声をかけようとした所で、薄暗い裏路地を塞ぐ様に人だかりができている事に気付く。

 丁度、クロードとヴェルフの進行方向。二人の進行を封鎖する様に立ち塞がる人────その者達を見たヴェルフは表情を強張らせた。

「クロード、あれ……」

「面倒臭ェ神々だ事だ」

 封鎖する様に立ち塞がる多種多様な美形達と、その背後に控える柄の悪い冒険者達。その特徴的な特徴と、僅かに彼等から感じらせる神聖な雰囲気から、彼らを神々と認識するのには十二分だった。

「見つけたぁあああああああああああああ!!」

「クロードたん見っけたお!」

 情報誌を手にしていたヴェルフを他所に、神々の生垣はクロードに詰め寄りだす。

「先手必勝ぉ! 無所属(フリー)って聞いたけど、是非ウチの派閥にどう?」

「あっ、てめっ!? 必死過ぎんだろ! 節度を保てよ弱小派閥!」

「有象無象どもはひっこんでろ! クロード・クローズ、こっちに来い! お前は俺のハートを射抜いた天使だ!」

 神々に詰め寄られて面倒臭そうに紫煙を燻らすクロードの後ろ、ヴェルフが手にした情報誌には件の銀髪の冒険者がいかにしてモンスターを倒したのか────煙を杭の様な形状に変化させ、格上のモンスターを滅多刺しにして撃破したと────詳細に書かれた頁に加え。

 その冒険者の素性、無所属(フリー)の冒険者でLv.1、冒険者になって1ヵ月半程度であるクロード・クローズである、と完全に記載されていた。

「無所属、なら……仕方ないか」

 滅茶苦茶に勧誘を受けているクロードを前にし、ヴェルフは気の毒そうに彼女の背を見やる。

 派閥に所属していればまだもう少しマシだったであろう神々の勧誘に対し、クロードは死ぬほど面倒臭そうに紫煙を吐いた。

「失せろ」

「キャァーッ、何そのクールな声、最っ高!」

「男が黄色い悲鳴あげんなキモイだろ」

「蔑む瞳が俺の心に火を着けた! 女王様と呼ばせてください!」

「何をさせる気だ」

 たった一言、心の底からの拒絶の言葉に神々は意に介した様子もなく群がり続ける。

 彼女が派閥に所属していない以上、()()()()()()使()()()()()()()()()()()。恩恵を授けた主神が出張って来ようと、『派閥に所属させない方が悪い』と振る舞えるのだから。

「ねぇ、どんな魔法なの? 俺にだけこっそり教えてよ」

「抜け駆けすんな! ここは平等に全員にだね」

「レア魔法(マジック)? レア魔法(マジック)? やっぱレア魔法(マジック)だよね!? だって聞いた事ない効果だし!」

「もしよければその服脱いでくれない? 上半身だけで良いからさ。お金も弾んじゃうよ?」

「お巡りさんコイツです」

 クロードが嫌悪を示しながらも煙管を吹かし、その頬がひくひくっ、と痙攣し始める。

「其処を退け貴様ら! その小人族(パルゥム)は我が派閥へと入るのだ!」

 一際大きな声と共に人垣が強引に断ち割られる。

 数人の眷属を引き連れた神がクロードを見下ろし、ふんっ、と鼻を鳴らした。

 クロードを取り囲む様に眷属達が展開するのを面倒臭そうに見やっていたクロードは、視線をその神の頭上に向けながら紫煙を吐いた。

「クロード・クローズ。迎えに来てやったぞ。さぁ、我が派閥へ入るが良い」

 高慢そうに告げられた神の言葉に周囲の神々が悔し気に歯噛みする様子から察するにこの場に集まった神々の中では最も勢力の大きな派閥だろう。

 まるで断られるとは思っても居ないその言葉にクロードは僅かに眉を顰めると、紫煙で肺を満たして、その男神の顔を見上げて告げた。

「断る。失せろ」

 口元から言葉とともに紫煙を零した彼女の言葉に、男神が不愉快そうに表情を歪めた。

「断られてやんの」「だっせぇー」「なあ、次、俺に勧誘させろよ!」

「黙れぃ!」

 好き勝手騒ぎ出す周囲の神々を一括し、黙らせるとその男神はクロードを見下ろした。

「何故断る?」

「あァ? わざわざ理由説明しなきゃいけねェの?」

 質問に対し質問で返す、と完全に舐め切った態度に機嫌を損ねたのか神の眉間に青筋が浮かぶ。その様子を巻き込まれない様に少し離れた位置に避難して見ていたヴェルフは表情を強張らせた。

 断るにせよ、断り方というものがあるのだが、彼女はそんなものを気にした様子はない。

「我の質問に答えよ。何故、断る?」

「あァ? 同じ質問を何度もするからだよ」

 もはや答える気も無い、と神でなくとも適当に返しましたと言う返答を返したクロードに対し、周囲の神々はクスクスと笑いだす。小声で聞こえる様に揶揄いの言葉を放つ神々を睨みつけた男神は、クロードを見やり、表情を歪めた。

 彼女はそんな男神の様子など知らぬと言わんばかりに背を向けて歩き出していた。

「待て! クロード・クローズ、汝は以前に我が派閥へと入団希望とし訪れていたであろう!」

 神が大声で放ったその言葉にクロードが足を止め、周囲の神々が目を見開いて驚愕する。当然、聞いていたヴェルフも目を見開いていた。

「なっ!? コイツの派閥に入団希望してたのか!?」

「なんでだクロードたん! コイツの派閥行っても良い事ないぞ!?」

 以前に入団希望していた事を暴露した神は再度、クロードの方を見やり質問を飛ばした。

「もう一度、問おう。何故、我が派閥への勧誘を断る? 以前は我が派閥への入団を望んでいたではないか?」

 足を止めていたクロードは、不愉快そうに彼へと振り返り、告げた。

「逆に聞いてやる。一度入団を断られた派閥に、なんで今更行かなきゃいけねェんだよ」

 これ以上語る事はない、とクロードが背を向けた所で、男神は静かに腕組をし、呟く。

「ふむ、ならば力づくでも我が派閥へと入団してもらうしかないな」

 周囲の神々が慌てた様に距離を取り、同時に連れていた眷属をクロード確保に向かわせようと各々の神々が眷属に指示を出そうとし始める。

 相手が派閥に所属していたのなら、強引な手段は派閥同士のトラブルの元となる為決して行えない。神の恩恵を授かっていない市民を強引に勧誘すればギルドが動く。

 しかし、無所属(フリー)の冒険者ならば何でもあり。恩恵を授かった冒険者という立場でありながら、後ろ盾である【ファミリア】が無いのだから当然。

 故に、殆どの神が自前の眷属をこの場に連れてきている。他の派閥を出し抜き、クロード・クローズを自派閥へと引き込むために。

「クロード!」

「下がってろ鍛冶師」

 ヴェルフの声に不機嫌そうに返したクロードは、灰を捨てて新たな刻み煙草を火皿に込めていた。

「本当に、面倒臭ェな……」

 常日頃ならば【ガネーシャ・ファミリア】が治安維持として見回りをしており、こんな手段はとれない。だが、今は怪物祭(モンスターフィリア)の事件が後を引き摺っており、彼の派閥は動きが鈍い。

 そんな状況下で無防備にレア魔法(マジック)を使用した無所属(フリー)の冒険者がいれば当然の出来事と言えるだろう。

「本当に、面倒……臭ェ」

 苛立った様に籠った声を放ったクロードは、マッチで火を着けながら自身を取り囲む冒険者達を見やった。

「なァ、オレァ、今……機嫌が悪ィんだわ。加減、しネぇぞ?」

 左手を喧嘩煙管に添え、右手に持った煙管の紫煙を燻らす。

 漂う紫煙の香りに冒険者達が身構えた所で、彼女はヴェルフに視線を向け、呟いた。

「っつー訳だ、わりィ。依頼の話は明日にしてクれ。今日はもう帰レ」

 裏路地を微かに照らしていた夕日が市壁に遮られ、闇が増していく。加えて、紫煙が風通りの悪い路地に揺蕩い始める。

 徐々に視界が悪くなる中、ぼっ、と赤い煙管の火だけが浮かび上がっていった。




 ベルの才能への嫉妬で彼に危害を加えたり、距離を取ったり……いや、距離はとりますが、完全に近寄らないとか無視するとかはしません。
 ただ、距離感が()()()()のは確かですが。
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