紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第一三話

 魔石灯の灯りに照らされたベッドに身を投げ出し、天井をぼんやりと見つめていた女神は、ふと時計を見やって身を起こした。

 【ヘスティア・ファミリア】が本拠としている廃教会の隠し部屋。

 女神ヘスティアは掛け持ち中のバイトでくたくたな体に鞭を打って衣装棚(クローゼット)の下段から箱を取り出し、ソファーに腰掛けて膝の上に箱を置いた。

「クロード君に、かぁ……」

 彼女の眷属は二人。うち一人は正式な【ファミリア】の団員として登録した少年。もう一人は恩恵を授けただけで【ファミリア】には所属していない未所属(フリー)の少女。

 ()友から聞いた少女の話を聞いた上で、ヘスティアは彼女に正式に眷属になって貰いたいと強く思い始めていた。

 しかし、普段から紫煙燻らせる彼女はその話になると、煙に巻く様に話を逸らし始める。

 更に加えて、クロードとベルの関係があまり芳しくない。

 ────理由ははっきりとわかる。だが、それにどう対処すれば良いのかなんて女神には思い付かなかった。

「…………」

 ヘスティアが箱を開けて中を見やる。

 その箱の中には精巧な細工の施された煙管が納められていた。

 それはクロード・クローズという少女が【ヘファイストス・ファミリア】に保護された際、壊れていた彼女の持ち物の一つだった物だ。

 女神ヘファイストスはそんな彼女の持っていた煙管を修繕しヘスティアへと渡していたのだ。

 今日こそしっかりと話し合って、【ファミリア】の一員になって欲しい、と意気込んだヘスティアは箱を卓の上に置いて、階段を下りてくる足音に耳を傾けた。

「噂をすれば……よしっ」

 頬を叩き、気合十分と女神が立ち上がって眷属を出迎える。

「おかえ──────」

 開いた扉から現れた目的の人物を見やったヘスティアは表情を強張らせて固まる。

 丈の長く収納用のポケットがいくつもあるロングコートに、厚底のブーツ。煙で燻された様にくすんだ銀髪に、残り火を連想させる赤が混じる灰の瞳。背丈の低い小人族(パルゥム)の少女は、体中、至る所を負傷していた。

 裂傷、切り傷、打撲痕、数えればキリがない程にズタボロにされており。酷いのは額からの出血、右目が流れる血で塞がれ、顔の半分が赤く染まる程の状態。

「……よォ、ちっとばカし、ヘマこいたわ」

 軽く片手をあげ、いつもの様に軽口を叩いたクロードは、負傷していた足を引き摺る様に室内に足を踏み入れると、そのままぱたりと床に倒れ伏した。

「ク、クロード君ッ!? い、いったい何が! 待ってくれ、直ぐに治療を!」

 大慌てで治療用の道具を棚から出そうと振り返ろうとし、がしりと足を掴まれたヘスティアがつんのめる。

 足を掴んでいたのは、負傷したクロードだった。

「なァ、ヘスティア様よォ……」

「クロード君、いったん放してくれ。直ぐに治療を……ミアハにも連絡しないと!」

「そういうのァ、イらん。先に、ステイタスの更新してくれ」

 足を掴み女神を見上げ放たれたその言葉にヘスティアが言葉を失う。

「なァ、ステイタスの、更新。頼むぜ」

「……いや、治療が先だ」

 ヘスティアが毅然とした態度を示すと、クロードは僅かに眉を顰めて自身の頬を伝う血が床にぽたり、ぽたりと垂れるのを見て息を吐いた。

「……悪い、治療してくれ」

 すんなりと従う彼女の様子に女神は一瞬だけ彼女を見やり、頭を振って治療用の薬や包帯などを取り出した。

 倒れていた彼女をソファーに座らせ、怪我の度合いを確認していく。額の傷は見た目こそ激しい出血を伴い重傷にも見えたものの、傷そのものはかなり軽い。一番深い傷は左腕に刻まれた裂傷だが、此方は回復薬(ポーション)を使用したのか出血は止まっている。

 血を拭い、消毒をし、包帯を巻く。ヘスティアが首元に出来た青黒い痣に軟膏を塗りながら、口を開いた。

「何が、あったんだい?」

「他の派閥に勧誘された」

 クロードが眉を顰めながらも答える。その言葉を聞いたヘスティアは、目を見開いて口を閉ざした。

 怪物祭(モンスターフィリア)で一躍有名になった件についてはヘスティアも知っている。そして、此度の一件で何があったのかをおおよそ察してしまったのだ。

「……ごめんよ」

「何の話だよ」

「もっと早くに、こう言うべきだったんだ」

 彼女が負傷した原因。過激な勧誘を受けた理由は、ひとえに彼女が無所属(フリー)という立場を貫いているからだ。【ファミリア】という後ろ盾がない彼女に対し、他の神々がどんな行動に出るかなど、神々の事を知っている女神ならばすぐに察する事が出来た。

 だからこそ、フィリア祭が終わった直後に直ぐ彼女を【ヘスティア・ファミリア】の正式団員として迎えるべきだったのだ。

 だが、彼女の事情をヘファイストスから聞いたヘスティアは、誘いの言葉を口にしにくかった。

「クロード君、キミは……【ファミリア】、いや、集団に所属する事が嫌いなのは、ヘファイストスに聞いたよ」

「…………あァ、別に気にしねェよ」

 クロード・クローズという人物は、かつて天才を謳われた兄達に囲まれて育った。そして、彼女にも彼らと同じ家名が与えられていた。

 だからこそ、だろう。彼女には兄達と同じ天才性を求められた。それは彼女の祖父、祖母、母親、親戚から向けられる期待であり、彼女への呪縛だ。

 兄達の様に秀でた才能を求められ、けれども彼女には期待に応えられるだけの才は無かった。

 家名という呪いに囚われ、期待と言う重責を背負わされ、必死に努力して────彼女は身体を壊した。

「キミが無茶をする理由もわかる。けれど、ボクはそんな事は気にしない」

「そうだな。アンタが優しい事は知ってるよ」

 不愉快そうに、不機嫌そうに、眉を顰めたクロードが丁重に痛みを与えない様に治療をしていたヘスティアの手から軟膏を奪うと、無造作に痣に塗りたくり始める。

 痛みに眉を顰めながら、クロードは続けた。

「あァ、アンタは優しい。だから気にもしないだろうな。オレが才能の無い人間(クズ)でも、な」

 クロードは自嘲する様に口元を吊り上げ、懐から罅割れた煙管を取り出して吸い口を咥える。

 マッチを取り出して火を着けようとした所で、クロードは動きを止めた。本拠での喫煙は幾度も注意されており、また止められるだろうとマッチを仕舞おうとして、彼女の手からマッチが優しく奪われる。

「……良いのかよ」

「今日だけ、特別さ。それに、無くなったら無くなったで、寂しいものだからね」

 女神が丁重にマッチを擦り、火を火皿に近づける。クロードが僅かに眉を顰めながら、火を貰う。

 静かに、丁重に紫煙で肺を満たし、一服する。

「……火ィ着けんの、下手糞だな」

 女神の善意にケチを付けると、もう一度深く煙を吸う。静かに紫煙を燻らせながら、クロードは続けた。

「優しい優しい女神様は気にもしねェだろうがな。」他の者達は違う。

 ぼんやりと天井を見上げる瞳に映っているのは、きっと今この瞬間ではない。彼女がかつて見聞きしてきた、期待と重責の嵐だろう。

「アンタが認めても、他の奴らが認めねェんだよ」

「そんな事は無い」

「あるね」

 わかりやすい例で言えば、【ロキ・ファミリア】。かの有名な派閥に所属する冒険者だったとしよう。

 そこに所属している冒険者は、常に期待を背負う事になるだろう。かの有名な派閥の冒険者なら、きっとさぞ強い事だろう。かの有名な【勇者(ブレイバー)】の率いる派閥に所属するからには、相応の強さを持っているに違いない。

 そう謳われる中、その期待に満たない冒険者が居たら、どう言われるだろうか?

「『あの冒険者は本当に【ロキ・ファミリア】の冒険者か?』ってな」

 期待に満たない者に対し、彼等は失望する事だろう。図々しくも、身勝手に、彼等民衆は口にするだろう。たとえ主神が認めても、陰口はついて回る。

「それは、その通りかもしれない」

「だろォ?」

 口角を吊り上げてケタケタと嗤おうとし、咽る。

 ゲホゲホッ、と激しく咽る彼女の背をさすりながら、ヘスティアは口を開く。

「確かに、あの無にゅ……ロキの所なら、そういった陰口はあると思うけど」

 無論、明確にロキの前や本人に聞こえる場所で口にされる事はないだろう。主神ロキが見出した眷属に堂々とケチを付ける、なんて真似は市民はしない。しない、が……見えない所ではそんな心無い言葉が付いて回るのは想像に易い。

「だからな、嫌なんだよ」

 そんな見えない所で好き勝手、無遠慮に陰口を叩く奴が居るという状況に耐えられない。自身が努力をして這い上がっているというのに、その『努力』には目も向けず、ただ身勝手に思った言葉が紡がれる。

 不愉快極まりない。そんな想いをするぐらいなら、身勝手に振る舞う。

「期待なんかいらねェんだよ。信頼なんかいらねェンだよ」

 期待するな。重過ぎて、潰れそうだ。

 信頼するな。絡み付いて、動けなくなる。

 クロード・クローズという人物は、期待に応えられない程度の才しか持たない人間(クズ)だ。

 クロード・クローズという人物は、信頼に応えられない程度の能力しか持たない人間(クズ)だ。

「だからよォ、ヘスティア。止めてくれ」

 契約に基づいて動いてやる。自分が『出来る』と思った範囲ならば、応えてやる。無駄に重い期待も、信頼もいらない。重くて、絡み付いて、潰れて死ぬから。

 必死にそれらに応え続けていてもいつか綻んで、最後には期待と信頼に潰されて死ぬ。

「オレァ……その程度の人間(クズ)だからよォ……」

 自嘲する様にクツクツと嗤い、燃え尽きた煙草の灰を、灰壺に捨てた。

 無造作に、用済みとでもいう様に捨てられた灰山を見やったクロードに、ヘスティアは笑顔を向けた。

「ボクを見てごらんよ!」

「……あン?」

「眷属に養われる不器量(ダメダメ)な女神さ!」

 唐突に自身を卑下し始めた女神に対し、クロードは訝し気な視線を送る。

「ベル君の前ではしっかり者ぶってるけど、キミは知ってるだろう? ボクは駄目な女神なんだ!」

「……知ってるよ」

 罅割れた煙管を弄びながら、クロードは肩を竦めた。

 目の前の女神がどれほど不器量(ダメダメ)なのかは既に知っている。

「そんな不器量(ダメダメ)な女神の眷属じゃあ駄目かい?」

 他の派閥から向けられるのは哀れみと嘲笑。期待なんて向けられるはずもない弱小派閥。そも、眷属数1人なんて派閥として見られるかどうかすら怪しい。

 そんな小さな派閥なら、彼女がしている重責なんかとは無縁だ、とヘスティアが彼女に手を差し伸べた。

「だから、ボクの眷属になってください」

「…………」

 真剣な表情で、クロードを真っ直ぐ見つめる女神の姿に、彼女は。

「嫌だね」

 一言、眉間に皺を寄せ、はっきりと明瞭な声で応えた。今までの様に、煙に巻く様な言葉を弄して遠回しに断るのではなく、はっきりと、明確に、拒絶の意を示した。

 ヘスティアが僅かに表情を歪ませ、震える手を差し伸べたまま、口を開く。

「理由を、聞いてもいいかな」

 若干震える声で呟かれた言葉に、クロードは新たな煙草を火皿に込めようとして────パキッ、と軽い音を立てて罅割れた煙管が壊れた。

 壊れた煙管を手にしたまま、彼女は溜息を零し、用を成さなくなったソレを灰壺に放り込んだ。

 灰に壊れた煙管が突き立つ。

「今はまだ気付いてる奴は少ねェだろォな」

 女神を真っ直ぐ見やり、轟々と燃え上がる炎を灰の瞳の奥に燻らせながら、クロードは告げた。

「ベル・クラネルは強くなる」

「それは…………」

「女神なら、知ってンだろ」

 冒険者ベル・クラネルという少年の特異性について。女神は必ず知っている。己が眷属の事を知らぬ等とは言わせない。

 強い語調でそう告げたクロードが上着を脱ぎ捨て、ベッドにうつぶせに寝転んだ。

「ステイタスの更新」

「……わかった」

 横暴な態度の彼女に女神が従いだす。ステイタスの更新の為に針や羊皮紙を用意しながら、女神は小さな背を見やった。

「……クロード君、確かにベル君は」

 才能がある。とは違う、才能が芽生えた。今まで無かったはずのソレを手にした。だからこそ、彼はこれからもっともっと高く高く、飛翔していくことだろう。それは女神にも想像が付く。

 だが、そういう意味ではクロード・クローズという少女も同様だ。

「キミも、同じスキルがある」

「……だろォな」

 薄々、想像が付いていたクロードは驚くでもなく女神が放った秘匿すべき情報を聞き流す。

「だから────」

「だから、オレも強くなれるってか?」

「少なくともボクはそう考えるよ」

 ヘスティアは細心の注意を払って慎重に言葉を選ぶ。

 もしここで『そう思っている』等と口にすれば、それは彼女への『期待』となってしまう。言葉一つで、普通の人であれば気にも留めない様な言葉一つで、彼女は重責を感じ、深く傷つく。

 口調や態度は荒々しくとも、クロード・クローズという人物は『馬鹿』が付く程の真面目な性格をしている事を、ヘスティアは知っていた。

 そして、それ以上に深く根を張っている事情があるのも、知っていた。

「そうだな、普通の冒険者なら格上のLv.2を相手にしたら負けるもんなァ」

「……何だって?」

「今回の相手、Lv.2が交じってやがったんだよ」

 その言葉にヘスティアは目を見開き、表情を強張らせながら血を彼女の背に垂らした。

 レベルが一つ違うだけで、冒険者の力量は段違いに変わる。Lv.1がLv.2の冒険者を相手にするなんて不可能。そう言いきってしまえる程に差が出る。

 そんな彼女がLv.2の上級冒険者を相手にしてきて、帰還した。負傷こそしていたものの、怪我の度合いはヘスティアが治療できる程度の軽いものばかり。

 嘘じゃないかと疑いを持って然るべき彼女の言葉は、けれどもヘスティアが神だからこそ嘘ではない事がわかった。

「……勝った、のかい?」

「あァ、全員のしてやったよ」

 冒険者になって僅か二ヶ月程度の下級冒険者が、Lv.2とはいえ上級冒険者をのした。その嘘ととられても仕方のない言葉を聞きながら、彼女の背に浮かび上がったステイタスを読み取った女神は、完全に表情を固まらせた。

「……【ランクアップ】、できる状態になってる」

「はッ、だろォな。鹿の化物倒してギリギリ足りなかった分、いっきに稼げたんだろォよ」

 


 

 クロード・クローズ

 Lv.1

 力:D535→C642 耐久:F386→E495 器用:B723→B770 敏捷:C640→B734 魔力:A880→S914

 

 ※《狩人》 《薬師》 《耐異常》 《逆境》 習得可

 

 《魔法》

 魔法名【シーリングエンバー】

 詠唱式【()()がれ、(くす)ぶる戦火(せんか)()こり()

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・火属性

 ・感情の丈により効果向上

 

 魔法名【スモーキーコラプション】

 詠唱式【肺腑(はいふ)(くさ)り、脳髄(のうずい)(とろ)ける。堕落(だらく)(もた)らす、紫煙(しえん)誘惑(ゆうわく)

 ・増強魔法(ステイタスブースト)

 ・異常魔法(アンチステイタス)

 

 魔法名【カプノス・スキーマ】

 詠唱式【()()()ちよ、(なんじ)()(あた)えられた()加護(かご)よ。戦場(せんじょう)()ちよ、(なんじ)()加護(のろい)(もたら)災厄(さいやく)よ】

 ・形状付与

 ・魔力消費特大

 

 《スキル》

 

 【灰山残火(アッシェ・フランメ)

 ・経験値(エクセリア)の超高補正

 ・感情のほのおが潰えぬ限り効果持続

 ・火属性への高耐性

 

 【煙霞痼疾(パラソムニア)

 ・『魔力』の高補正

 ・特定条件下における『魔法』の威力超高補正

 ・幻惑無効

 ・錯乱耐性

 

 


 

 つい先日、クロード・クローズという少女は怪物祭(モンスターフィリア)の日に起きた怪物脱走事件(世間一般ではそう言われている)によって逃げ出したモンスター。

 それも中層域に出現する『ソードスタッグ』と戦闘し、勝利している。

 件のモンスターのギルドによる区分分けはLv.2相当。あの怪物に見事勝利したクロードは、けれども【ランクアップ】に必要な量の偉業、特殊な経験値(エクセリア)が不足していた。

 だが、今回。クロードの言葉が正しければ、強引な勧誘をおこなってきたLv.2の上級冒険者を撃退した事で偉業が必要の量に達したのだろう。

 だが、冒険者になってからたった二ヶ月の少女が【ランクアップ】するのは普通は有り得ない。

 有り得ない、が実際に目の前に居る。そしてそれを成した。

 彼女が自身を痛めつける様な手段を以てしてでもその道を駆け上ががろうとしているのを知るヘスティアは、彼女の【ステイタス】を写し取りながら告げる。

「クロード君、やっぱりキミには才能がある」

 対するクロードはクツクツと、肩を震わせた。

「クハッ、ハハッ、なァ? そう、思うのか?」

 写し取り終わった羊皮紙を引っ手繰る様に奪い、目を通した彼女は口を引き結んでヘスティアを見やった。

「今すぐ、【ランクアップ】してくれ。発展アビリティは……《逆境》だな」

「え……あ、あぁ、うん。わかったよ」

 寝ころんだままの彼女の背に、ヘスティアはもう一度指を這わせ始める。

 彼女がどれほどの無茶を繰り返したのか、その過程でどれだけ身体に悪影響が出る行為をしてきたのか。それを想像して身を震わせた女神は、目を見開いてその考えに辿り付いた。

「ま、さか……」

「ンだよ」

「クロード君、キミ、は…………」

 不機嫌そうなクロードの唸る様な返事を聞いたヘスティアが、静かに指を動かし続ける。

「……やっぱり、ボクの眷属になる気は」

「無い」

 きっぱりとした返事だった。誤魔化す事もせず、はっきりと拒絶したクロードは女神の手が止まったのを確認すると、呟く。

「【ランクアップ】出来たのか?」

「え? あぁ、うん。終わったよ……」

 クロードの上から退いて様子を伺う女神を他所に、クロードは自身の手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返す。

「……本当に、コレで強くなったのか?」

「安心してくれ。キミという『器』は確実に高次の段階に移った。キミ自身が自覚できていないだけで、スイッチが入れば今までとは比べ物にならない動きが出来るはずさ」

「そうか」

 女神の説明を聞き終わるや否や、彼女は脱ぎ捨ててあった上着を手早く身に着けていく。その間に後片付けをしていたヘスティアは、包帯の切れ端を拾い上げるながら口を開く。

「クロード君」

「ンだよ」

「……キミには、才能があるんだよ」

「それがどうしたよ」

 才能は確実にある。

 この都市で最速で【ランクアップ】を果たした【剣姫】であったとしても、一年を要した。

 それをたったの二ヶ月という最速記録を叩き出したのだから、彼女には間違いなく才能がある。その理由ともいえる『スキル』の事をヘスティアは知っている。

「クロード君、もう一度お願いするよ。ボクの眷属になってください」

「ンだよ、珍しくクドイな」

 面倒臭そうにボロボロになったコートを羽織ったクロードがヘスティアを見やる。

「これから先、キミは間違いなく神々に狙われる。そうなったとき、【ファミリア】に所属していないキミは非常に不利だ」

 クロード・クローズ勧誘の為に中小派閥がこぞって集い、冒険者を嗾けてでも自身の派閥に引き入れようと動いた。

 珍しい魔法を持っている。たったそれだけの理由でそうなった。それが、最速記録まで叩き出せばどうなるのか。

 断言できる。無所属の彼女を狙う派閥が増える。それこそ、都市全ての派閥が彼女の身柄を手にしようと動くに決まっている。

 何せ後ろ盾が無い。手を出しても文句を言われない。本人がどれほど拒絶しようが、神々からすれば知った事ではない。

「キミの為でもあるんだ。だから……」

 せめて【ヘスティア・ファミリア】に所属すればヘスティアが口出し出来る。

「非力かもしれない。それこそ、何にもしてあげられないかもしれない。でも、それでもボクは、キミに恩を感じているんだ」

 ヘファイストスに追い出されて以降、なんだかんだ言いながらも自身の面倒を見てくれたクロードには感謝している。だからこそ、力になってあげたいと思っている。それはヘスティアの本心だった。

「だから、お願いします。ボクの眷属になってください」

 ヘファイストスに付きまとって頼み込む際にも使用した奥義。神タケミカヅチが教えてくれた秘儀。土下座をしながら頼み込む女神の姿に、クロードは肩を竦めた。

「断る」

「……今後、色んな派閥に狙われてもかい?」

 間違いなく狙われる。有効な後ろ盾を持たない鴨でしかないのだから当然。それを良しとするのはヘスティアの性格上出来ない。

 だからこそ必死に手を伸ばそうとする女神に対し、クロードは呆れた様な溜息を零した。

「はぁ……なァ、アンタさ、自分に出来る事と出来ない事も区別できんの?」

 女神ヘスティアが率いる派閥【ヘスティア・ファミリア】。

 規模は眷属一人の極小派閥。否、派閥と呼ぶのもおこがましい程度の、形だけの代物。

 そんな派閥が後ろ盾になるか、と問われれば。

「鼻で嗤われんだろ」

 意味が無い。

 【ヘスティア・ファミリア】に所属した所で女神が懸念する他派閥からの勧誘は止まらない。どころか、下手をすれば────。

「派閥そのものをぶっ潰してでも手に入れようとする(バカ)が出てくんだろ」

 クロードが所属する派閥を潰してでも手に入れようとする神は、必ず現れる。そうなれば、たった二人の冒険者では太刀打ちなんて出来る筈が無い。

 むしろ。

「オマエはアイツを守る事でも考えてろよ」

 ベル・クラネル一人を守れば良い。

「オレは自分の身の振り方ぐらい、自分で決められる。それに、自分のケツぐらい自分で拭ける」

 今はまだ誰も気付いていないだけで、ベル・クラネルは今後強くなる。だからこそ、女神が目を向けるべきはベル・クラネルという少年だ。

「なァ、()()()()()より才能のあるアイツの事を気に掛けてやれよ」

「……クロード君、キミは、やっぱり」

 自身の才と、ベルの才を比べてしまったのかい。その言葉が女神の口から零れ落る。

「あァ、その通りだよ」

 さも当然という様に肩を竦めたクロードが、口角を吊り上げて女神を見上げた。

「なァ、冒険者になって一ヶ月ちょっとの子供(ガキ)が、『シルバーバック』と戦って勝てるか?」

 普通なら不可能だ。

 一般的な冒険者の成長速度から考えて、冒険者に成って空一ヶ月程度の人物が『シルバーバック』を討伐する事は不可能。出来る訳が無い。

 だが、ベル・クラネルは出来た。

「クロード君、キミも出来たじゃないか」

 咄嗟のヘスティアの反論。それは事実だった。

 クロード・クローズという冒険者は、冒険者になって一ヶ月足らずで到達階層を十階まで増やした。当然、シルバーバックとも戦闘し、勝利している。

 その指摘をされた彼女は、口をへの字に曲げて、眉を顰めた。

「……あァ、そうだな」

 自身の歩んできた道の事だ、彼女自身が良く知っている。

 普通なら、一ヶ月程度じゃあ『シルバーバック』なんて倒せるはずがない。

 ベル・クラネルはそれを成し遂げた。

 クロード・クローズもそれを成し遂げている。

「だが、オレはアイツとは違ェんだよなァ」

「違う、って……」

「違う。はっきりと、明確に、アイツとオレは違うんだよ」

 期間だけ見れば、一ヶ月で『シルバーバック』を討伐した。という実績は同じだろう。

 だが実際には過程が異なる。

「……違い過ぎんだよ」

 ベル・クラネルは正道を歩んでいる。ひたむきな努力と、真っ直ぐな意志を持って。

 クロード・クローズは外道を歩んでいる。狂う程の努力と、捻じ曲がった意思を持って。

「才能? 何処がだよ」

 ベル・クラネルとクロード・クローズに同じだけの才能があったのなら。同じ手段で、同じ努力量で、同じ結果が出せるはずだ。

 だが、実際には────。

「……いや、止めようぜ。この話、無駄だわ」

 言葉を切り、不機嫌さを前面に押し出したクロードは懐から財布を取り出して放り投げる。

「襲ってきた馬鹿共から毟った金だよ。治療と更新ありがとな」

 手を伸ばしかけたヘスティアは、けれども呼び止める事は出来ず、足元に落ちた財布に視線を落とした。

 暫くの間、黙っていたヘスティアは、とっくの昔に出て行ったクロードに対して、呟きを零した。

「キミが、人一倍、努力してるのは知ってるさ」

 誰よりも……ベル・クラネルよりも多くの努力を重ね、強くなろうとしているのを知っている。

 一ヶ月。そう、一ヶ月。

 クロード・クローズが冒険者になっての一ヶ月。

 ベル・クラネルが冒険者になっての一ヶ月。

 最初の一日目から『スキル』を得て努力をひたすらに繰り返して成長し続けたクロード・クローズは、『一ヶ月』で『シルバーバック』を討伐出来る様になった。

 最初の半月は普通の冒険者として、残りの半月は異常な速度で成長したベル・クラネルもまた、『一ヶ月』で『シルバーバック』の討伐を成した。

 一ヶ月間、元から持ち得た戦闘経験と『スキル』を駆使して『努力』を重ねたクロードと、戦闘経験が全くない状態から『スキル』を得た半月の間に一気に成長したベル。

 そこにどれほどの()()()()があるのだろう。




 違法改造しまくった車で常に最高速度で駆け抜けたクロード。

 未改造のままの車で普通に加速していただけのベル。

 それだけの差があったはずなのに、同じ地点を同じ速度(期間)で突破されたクロードの気持ち。
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