紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第一五話

「ん、ベルか」

「あ、クローズさん。おはようございます……」

 冒険者がダンジョンに潜る前の合流地として使われる事から早朝から数多の冒険者が集まる中央広場(セントラルパーク)

 冒険者の流れに乗って歩いていたベルは、噴水の縁に腰掛けるクロードを見つけて挨拶をした。

「……オマエ、防具変えたんだな」

「はいっ、エイナさんと一緒に」

 ベルは黒地のインナーとパンツに鉄色のライトアーマーを纏い、左腕に緑玉色(エメラルド)の輝きを放つプロテクターを付けている。

 新米装備から脱したであろう彼の姿を見やったクロードは、煙の臭いが染みついたコートの襟元を摘まんで眉を顰め、肩を竦めた。

「ハァ、んで、オレに何か用か?」

「えっと、特には……見かけたんで挨拶をって」

「オレなんかに構って時間無駄にしてねェで、さっさとダンジョン行ってきたら良いだろ」

 腰掛けたままベルを見上げて半眼で突き放つ様な事を告げるクロードに、ベルは困った様に頬を掻いてどうにか会話を続けられないかを模索した。

「あー、えっと……クロードさんはダンジョンに行かないんですか?」

 クロードの方も普段着兼探索用の戦闘衣(バトルクロス)外套(コート)を身に着け、直ぐそばに特殊武器の喧嘩用煙管が立て掛けられている事からダンジョンに潜るのだろう事は丸わかりだ。

「……ハァ? 見てわかんだろ。人待ってんだよ」

「え?」

「パーティ組んで潜んだよ。オマエもそろそろ単独(ソロ)じゃなくて他の冒険者と組んでみろ」

 単独(ソロ)だと限界が来るぞ、と投げ槍に追い払おうとするクロード。

「えっと、だったらクローズさんと一緒に……」

「…………」

 パーティを組ませて貰えないか、と口にしようとしたベルはすぐに口を閉じた。

 眉を顰め、深く、とても深く溜息を吐いたクロードは煙管の吸い口を咥えてベルから視線を逸らす。

「オレ()()()と組んでも良い事なんかネェぞ」

 やる気の無い冒険者なんかに付き合ってだらだらダンジョン潜るぐらいなら、もっと良いパーティメンバーを見つけろ。とベルを追い払う様に手を振って告げる。

「おい、あれ……間違いない。クロード・クローズだ」

「本当かよ。って、白髪のガキに軟派されてんのかアレ」

 耳に入った言葉にベルが振り返ると、数人の冒険者が立ち止まって自分達を見ている事に気付いた。

 あのフィリア祭の際に魔法を披露した事で有名人となったクロードに注目が集まり、自然と他の者達も彼女へと視線を送り始める。

 その中から大斧を背負ったヒューマンの大男が歩み出てくる。彼の後ろに数人の冒険者が続き、ベルとクロードを見やり声をかけた。

「なあ、あんたクロード・クローズだろ」

 少年の装備を一瞥し、駆け出しかとベルを無視した彼の問いかけにクロードはあからさまに不愉快そうに眉を顰める。

「……あァ、そうだが? アンタは?」

「俺は【パルジャニヤ・ファミリア】所属の【砕斧】だが、どうだ? 俺達のパーティに入らないか?」

 彼の名乗りを聞いたベルが思わず目を見開いて後退る。

 冒険者は【ランクアップ】した際に神々から『二つ名』を貰い受ける。それはつまり、二つ名を持っている彼が上級冒険者である証なのだ。

 そして彼の後ろに続く者達も同一のエンブレムが外套や鎧、盾等に刻まれているのが確認できる。全員が同じ派閥に所属している冒険者だというのは一目瞭然であった。あの一件を聞いて有名になった彼女を勧誘する目的なのは明白だ。

「ハァ、断る」

「……そうか、そっちのガキと組んでるのか?」

 二つ名を聞いて驚いている少年の方を見やって問いかけるその男に、クロードは目を細めると立ち上がって荷物に手をかけた。

「ンな訳ねェだろ。それよりベル、さっさと行け」

 あからさまにこの場からベルを遠ざけようとするクロードに反論しようとし、大男に見下ろされて怯んで言葉を詰まらせる。

 言外に『場違いな駆け出しは失せろ』と威圧的な雰囲気を撒き散らす男を見て、このまま去るのは不味いのではないかと感じ始めた所でクロードが煙管に火を入れた。

「ハァ、どいつもこいつも人の話を聞かねェな……おい、【砕斧】だったか?」

「ああ、それで? パーティに加わってくれるのか? あんたの魔法なら大歓迎なんだが」

「断る。何度も言わせるな、テメェのその耳は飾りか? タッパばっかでけェ癖に耳はまともに聞こえねェみてェだなァ? アァ?」

 紫煙と共に少女の口から飛び出したのはドスのきいた低い声。不機嫌さを隠しもしない彼女の言葉に大男は僅かに怯み、不愉快そうに鼻を鳴らす。

「はんっ、せっかく誘ってやったのに、なんつう態度だよ全く」

「余計なお世話どうも、さっさと失せろ」

 捨て台詞と共に去っていく一団に皮肉交じりの罵倒を返した少女は煙管の火皿を少年に突き付ける。

「オマエもだよ、ンなとこで油売ってても強くなんかなれねェんだぞ」

 キツイ言い方ではあるが、彼女の言う事は間違いではない。同じパーティを組もうにもそもそも彼女にその気が無い以上、勧誘目的でこの場に居続けるのは完全に無駄。

 関係改善をしようとしていた少年は、改善処か改悪になったのでは、と不安になりながらも項垂れながらクロードに別れを告げた。

「……あの、じゃあ、僕ダンジョンに行くんで」

「あァ、気ィつけろよ……ま、オレが言わなくてもわかってるだろォがな」

 何処か皮肉気ながらも注意喚起してきた彼女の言葉を聞いたベルは、そっぽを向いて紫煙を燻らせる彼女を見た。

「クローズさんも、気を付けて!」

「……あァ」

 ぶっきらぼうではあるが、しっかりと返事をしてくれたのを見て気を取り直したベルは、冒険者の流れに乗ってバベルに向かっていく。その背を見送ったクロードは軽く溜息を吐くと、また近づいてきた別の一団を見て溜息を零した。

「面倒臭ェ」

 

 


 

 

「悪い、遅れた」

 両手を合わせて頭を下げる赤髪の鍛冶師を引き連れながらダンジョンを歩いていたクロードは軽く肩を竦めた。

「こっちこそ悪いな、もっと集合場所考えりゃ良かったよ」

 本日、二人はヴェルフの目的である素材採取兼上位の経験値(エクセリア)を目的としたダンジョン探索の為にパーティを組んで行動していた。

 壊れたり破損したりしたクロードの武器修繕の為に色々と手を焼いていたヴェルフが遅れて集合場所に着くと、中央広場(セントラルパーク)の噴水の周りに人混みが出来ていた。その中心、噴水に腰掛けて声をかけてくる冒険者を片っ端から『断る』『失せろ』と追い払っていたのがクロードであった。

 人混みから微かに見えた赤髪を見たクロードは、荷物を纏めて背負ってそのままダンジョンに向かったのだ。その後を追い、ダンジョンに入ってから合流した二人は目的の素材が取れる階層まで一気に降りる為に最短距離を移動している。

「有名になると面倒なんだな」

「オマエも、『魔剣のクロッゾ』として有名なんだろ?」

 肩を竦めて揶揄するクロードの言葉に、ヴェルフは眉を顰めた。

 『クロッゾ』とは一昔前、とある王家に『魔剣』を献上する事で貴族の地位を得た、名門鍛冶師の一族だ。一族の鍛冶師全員が『魔剣』を打つ事ができ、なおかつその威力は破格であったとされている。

 知らぬ者の居ない程の名門鍛冶師一族であったが、ある日突然『魔剣』が打てなくなってしまい、終いには没落してしまった。

 そんな没落貴族である『クロッゾ』だが、『魔剣』を打つ事が出来る鍛冶師が現れた。それがヴェルフ・クロッゾ。

 クロードと共に行動している彼こそが、『海を焼き払った』とすら謳われる『クロッゾの魔剣』を打つ事が出来ると言われている鍛冶師なのだ。

「俺の場合はヘファイストス様の眷属だから手出ししてくる奴はほとんどいないが、お前の場合は違うだろ」

 有名で希少、ともなれば間違いなく神々からちょっかいをかけられるだろうが。ヴェルフの場合は所属派閥が都市最高峰の鍛冶系派閥である事もあって、下手にちょっかいをかければどうなるかが火を見るよりも明らかである事から手出しされる事はほとんどないと言っていい。

 しかしクロードの場合は今朝の一件から鑑みても無所属(フリー)という手出し自由な時点でかなり不味い。

「なあ、どっかの派閥に腰を落ち着ける気は無いのか?」

 だというのに本人ときたら。

「ねェよ」

 面倒臭そうに吐き捨てるのみ。

 本当に面倒に思っているのか言葉は刺々しく荒々しい。そんな彼女の様子に打つ手無し、とヴェルフは肩を竦めた。実はヴェルフは主神のヘファイストスからそれとなくクロードに派閥所属を勧める様に仰せつかっていたものの、彼女の反応からして不可能だと判断したのだ。

「っと、モンスターだな」

 無警戒に歩いているだけに見えたクロードが即座に喧嘩煙管とショートソードを抜いて構える。

 遅れてヴェルフが大刀を抜いた所で、脇道からモンスターが顔を出した。額から鋭い角が生えた兎の小型モンスター。『ニードルラビット』だ。数は三匹。

 『ニードルラビット』は既に気配か物音で二人の存在に気付いていたのか、姿が見えると同時に駆け出す。

 真っ直ぐ、一直線に額の角を突き出しながら突っ込んでくるモンスターにヴェルフが嫌そうに表情を歪める。得物が大型であるヴェルフにとって小型でなおかつ高速で突っ込んでくるそのモンスターは不得手に分類される。無論、易々とやられるつもりはないが、手こずってしまうのは仕方が無い。

「ああ、小さい奴は苦手なんだがなぁ!」

「じゃあ下がってろ」

 面倒そうにヴェルフの前に躍り出たクロードが、真っ直ぐ直進してくるモンスターに対し、同じく真っ直ぐ突っ込んでいく。

 先頭の一匹に対して喧嘩煙管の無造作な一閃が見舞われる。クロードが放った一撃でぐちゃりと無慈悲に挽肉(ミンチ)になり、続く二匹はまとめて喧嘩煙管の餌食となった。

「速ぇ……」

 瞬く間も無く三匹のモンスターを片付けた姿を見たヴェルフが大刀を構えたまま呆然と呟く。

 手分けして挽肉(ミンチ)になった死体から魔石を剥ぎ取っているさ中、ふとヴェルフはクロードに問いかけた。

「なあ、クロード」

「どした、ドロップアイテムか?」

「いや、そうじゃなくてな。おまえってそんなに速かったか?」

 前、鉱石採掘目的で行動を共にした時よりも圧倒的に速くなっている彼女の動きに気付いたヴェルフが問いかけると、クロードはニヤりと肩越しに振り返って笑みを浮かべた。

「見ろ、『ニードルラビットの鋭角』だ」

「……いや、答えになってないんだが」

 目的の素材を手にして上機嫌そうなクロードに突っ込みを入れる。

 クロードが上機嫌そうなのは最近は珍しい。特にミノタウロスに襲われて得物を壊されて以降はなんだかんだと不運続きで良い事がさっぱりなかったのか、仏頂面か無表情かのどちらかが多かった。それが珍しくヴェルフも頬を緩ませるが、さきの速度の差への追及を緩める気は無い。

「なあ、速くなってるだろ。何があったんだよ」

「【ランクアップ】しただけだよ」

「ほー、【ランクアップ】か。なるほど、それなら納得だな」

 しれっと返された返答を聞きながら魔石を抜き取り、ポーチへと放り込んだヴェルフはうんうんと頷いて、ふと首を傾げた。

「……待て、そりゃあおかしいだろ」

「何がだ?」

 魔石とドロップアイテムを分けてポーチに仕舞ったクロードが歩き出したのを見て、それに続いて歩きながら青年は自身の知る彼女の経歴を思い浮かべた。

 冒険者になってからまだ二ヶ月。その筈である少女を見やる。

「クロード、冒険者になってから二ヶ月だったよな?」

「おう」

 一ヶ月で10階層まで足を運んべる程の実力があるのは確かではあるのだが、いくらなんでも【ランクアップ】は法螺が過ぎるのではないか、とヴェルフが呟くと、クロードが面倒そうに肩を竦めた。

「誰もかれもがそう言うわな」

 つい昨日ギルドへと【ランクアップ】の報告と手続きを済ませたばかりであり、ギルド発表がまだである以上、信じる者は殆ど居ないのは仕方が無いと言える。

 クロード本人もその辺りは納得しているのか、ヴェルフに説明を納得させようとはせずにそのまま放置していた。

 

 


 

 

「たったの一三〇〇〇ヴァリス!? ふざけるなっ、あんたの目は節穴か!」

「馬鹿野郎、何年この仕事で食ってきたと思ってるんだ! 俺の目が狂ってるわけねえだろ!」

 ふと聞こえた乱暴な怒声にヴェルフが何事かと視線を向け、クロードが面倒臭そうに溜息を零した。

 ダンジョンから帰還した二人は必要分の素材を分けて換金所へと持ち込み、査定待ちをしている所であった。そんな二人のすぐ横で金額に文句をつけている冒険者が居るのだ。

 換金所スペースのカウンターにしがみ付いて執拗に騒ぎ立てる冒険者。

 ギルド職員達も注意するのではなく関わらない様に距離をとっており、慣れた様子で対応している様子から既に何度もこのやり取りをしてきた事が伺える。

「あいつは……」

 別段、換金所での口論は珍しいものではない。命を掛金(チップ)に日々ダンジョンに潜る冒険者からすれば、多かれ少なかれ期待を抱くのは仕方のない事。予想していた金額より低い額で引き取られれば、声高らかにして食ってかかるだろう、割りに合ってない、と。

「馬っ鹿馬鹿しいよな、勝手に期待に胸膨らませて、パンッて弾けたらキレるんだもんよォ」

 すぐ横で口論を交わす冒険者を見て不機嫌さを増したクロードが鑑定待ちの札を弄びながら皮肉気に呟く。

「おい」

 件の冒険者に聞こえたら不味いだろうが、とヴェルフが小声で注意するが、クロードは呆れた様に肩を竦めるのみ。そんな二人のやり取りが聞こえないのか────否、そんなやり取りが耳に入らない程に冒険者は怒声を響かせているのだ。

「ドロップアイテムもちゃんと勘定に入れたのか!? なぁ、もう一度確かめてみろ! ほらっ、これだけの、これだけのはずが……っ!」

 唾を飛ばして査定員に掴み掛る寸前にまで至る鬼気迫る状態を見て、ヴェルフがほんの少し距離を取る様に下がり、クロードが眉を顰める。

「……中毒だな」

「中毒?」

「ああ、酒か煙草か知らねェが、よっぽどキクんだろォよ」

 周囲に呆れや軽蔑の視線を向けられても執拗に職員に迫り、必死に引き取り金額を引き上げようとしているその様子を見た少女は懐から煙管を取り出し、吸い口を咥えた。

「どんだけキマってんだありゃ、ほんとヤバそうな薬ヤってんだろォなァ?」

 ケタケタと楽し気にそのやり取りを見ていたクロードは、ふとその冒険者が身に着けている装備に描かれたエンブレムを見て口を閉ざした。

 それは三日月と(さかずき)のエンブレム、【ソーマ・ファミリア】に所属している事を示すモノだ。

「……あぁ、なるほど、マジでヤバいもんキメてんのな」

 その男が所属している派閥から、彼が何を思って金に執着しているのかに気付いたクロードは呆れと軽蔑の視線を向けた。

 【ソーマ・ファミリア】の主神が作っている『(ソーマ)』。それを一口味わってしまえばもう後戻りはできない。下手な薬物の様に精神に異常をきたすような事こそないものの、その強烈な依存性は薬物とほぼ変わりない危険性を持っている。商人の男から聞いたそんな話を思い出したクロードは顎に手を当てて考え込みだした。

「何か知って……」

「査定番号183番の方、査定が終了いたしました」

「おう」

 自分達の査定が終わった事に気付いたヴェルフがカウンターで金額を確認して受け取る間、クロードはじっと【ソーマ・ファミリア】の冒険者を見つめていた。

「くそっ、こんなんじゃあ……これだけなんかじゃあ……っ!」 

 ギルド職員からこれ以上騒ぐと罰則(ペナルティ)を与える、と脅されてようやく静かになった彼は、両手で頭を抱えて呻きながら出口へと向かってふらふらと歩いていく。

(……よっぽど、その『酒』が欲しい訳か)

 気が狂ってる、そう言われても不思議では無い程の狂乱っぷりを見やっていたクロードは、ニィッと口元を吊り上げて金額を確認していたヴェルフの背を叩いた。

「おっと、危ないな。って、どうしたんだ?」

「悪ィ、先帰るわ。金は、預かっといてくれ」

「は?」

 ヴェルフが振り返った時には既にフロアからクロードは姿を消していた。

 

 


 

 

「それで……その【ソーマ・ファミリア】の『酒』が欲しい、と?」

 日も暮れて夕闇に包まれた都市の一角。北のメインストリートに面した商会の店舗。

 三階建ての建物の二階部分、応接室に通されたクロードの問いに、商人の男は困った様に茶髪を弄る。

「あァ、あの派閥の団員を見るに、殆どソレに首っ丈なんだろォよ」

 その高い中毒性を利用すれば、今以上にスキルによる薬物強化(ドーピング)が可能となる。そうなれば今以上に無理をする事が出来る様になるし、何より────

(ベルに()()()()()()前に、もっと差を開けておきたい)

 手札はいくつあっても困らない。むしろ多く用意しておかなくては落ち着かない。とクロードが男を見やると、彼は溜息を零して窓の外を見つめた。

「そこらで買えるだろ。なんなら下で売ってるからそこで買えば────」

「アレ違うだろ」

 【ソーマ・ファミリア】が誇る主神が作り上げた酒、『神酒(ソーマ)』。

 かの派閥の眷属達が血眼になって金を搔き集める理由は一つ。その酒を得る為だ。

 一定期間ごとに集金を行い、必要金額を派閥に納めた者にはほんの少しの『ソーマ』を与える。そのあまりにも美味な酒を求めて、眷属達は多額の金を派閥に納めているのだ。

 クロードも幾度か飲んだ事はある。市場に出回っているモノだけだが。

 だが、市販されている『ソーマ』はお世辞にもあそこまで熱狂する程の魅力も中毒性も無い。確かに美味い、他の酒が不味くなるほどに美味い、がそれだけだ。

 故に、【ソーマ・ファミリア】の団員達があそこまで血眼になる理由が理解できなかったのだが、一つの仮説を立てたのだ。

「市販の酒、あれよりもっと良い酒があんだろ?」

 市場に出回っているのはランク落ちか、失敗作か。どちらにせよ、あれ以上のモノが存在するのは間違いない。彼の派閥の団員達を酔い狂わせる程の最高峰の酒がある。そんな確信を持った問いに、商人の男はやれやれと参った様に両手を上げた。

「参ったよ、その通りだ」

「ほぅ、んで、手に入るか?」

 問いかけに彼はうーん、と唸ってから一つ指を立てた。

「まず、市場に出回ってるのは『失敗作』だ。『完成品』は出回ってない……って事になってるね」

 出回っていない事に()()()()()、ということはつまり。

「あの派閥の団長、【酒守(ガンダルヴァ)】ザニス・ルストラっていう奴が秘密裏に都市外のお貴族様に売ってるんだよ」

 当然、露呈した日には愉快な事になるに違いない情報だった。

 貴族様、と聞いたクロードが火の無い煙管を咥えたまま考え込み、男を見やる。

「その貴族様ってェーと?」

「クロード、アンタの煙草をまとめ買いしていったあのお貴族様もお得意様だぜ?」

「ほほぅ、良い事を聞いたな」

 ニィッ、と愉し気な笑みを浮かべると、卓に置かれた小箱を掴んで刻み煙草を煙管に詰め始める。その様子を見た商人は困った様に頬を掻き、燐寸(マッチ)をクロードに投げ渡す。

 少女が火を着け、一服してる間に、男は棚からいくつかの目録を取り出し、卓に広げた。

「交渉はこっちでしても良い」

「話が早くて助かるな、んで何が欲しい訳だ?」

「勿論、【ランクアップ】した秘密だ」

 微笑みながら言い放たれた要求にクロードは動きを止め、目を見開くと感心した様に吐息を零した。

「ほぉ、流石、耳が早いな」

「だろ?」

 悪戯っぽく笑う姿は何処かあどけなく子供っぽさを感じさせるが、その中身は歴戦の商人。若いながらに数多の貴族や商会と繋がりを持ち、合法非合法問わずに貪欲に稼ぐ姿勢を持つ腹黒い人物、それが彼だ。

 ギルドが未だに発表しておらず、ほんの一握りの人達しか知らないはずのクロード・クローズの【ランクアップ】の情報をいち早く察知している事に感心しながらも、クロードは紫煙を燻らせる。

「……よく考えたらオマエってギルド職員とパイプあんじゃん」

「あ、バレちった?」

「はっ、よく言うぜ」

 肩を竦めて灰皿に灰を捨て、新しく刻み煙草を詰めながら少女が呟く。

「数は指定できるか」

「量次第だな、結構値が張るぜ?」

 クロードの前に羊皮紙と羽ペンを置いて、商人の男も同じ様に煙管に刻み煙草を詰め始める。

「ふぅん……まあ、とりあえずポーション瓶で五本分ぐらい欲しいな」

 空き容器に『完成品のソーマ』を詰めておき、必要時に直ぐに使用できるようにしておきたい。と隠しもせずに告げたクロードを見て、商人の男は大笑いした。

「はっはっは、おいおい、探索中に酒でキメるって、正気かよ」

「キマってる時のオレ、凄ェ強ェぞ」

 格上の『ソードスタッグ』も潰せた。と実績を強調しながら、クロードは羊皮紙に自らの【ランクアップ】に至った秘密をつらつらと書き連ね始めた。

 その羊皮紙を覗き込んだ男は、ほほぅ、と感心した様に目を細めると、眉を顰めた。

「なるほど、なるほど……コレ、同じ事すれば他の冒険者も【ランクアップ】出来る訳だな?」

「ああ」

 書き終わった羊皮紙を商人の男に投げ渡し、羽ペンを卓の上に転がしたクロードがケタケタと嗤う。

 対面に座っていた男は煙管に火を入れ、咽込みながら羊皮紙を見やった。

「ごほっ、ごほっ……やっぱ、良さがわからんな」

「無理に吸うなよ、勿体無いから余るならこっちに寄越せ」

 火の着いたままの煙管を受け取り、吸い口に口を着けた所で商人の男は揶揄う様にクロードの口元を指差した。

「間接キッスだな」

「……ふぅ、間接キスぐらいカワイイもんだろ。なんなら注射器の回し打ちでもしてやろォか?」

「おいおい、面白くないなぁ」

 生娘みたいな反応を期待したのに、と茶目っ気を全開にした男の言葉に、クロードは、そんな初心な反応じゃなくて悪かったな、と鼻で笑い返した。

「それよりも……これは……確かに、これだけやれば【ランクアップ】はすぐだろうな」

 相当無茶な予定表(スケジュール)を書き込まれた羊皮紙を見やり、商人の男が呟く。

「スキルがある上で、これをこなして二ヶ月か」

 経験値(エクセリア)の超高補正がある上で、無茶を繰り返した結果の『二ヶ月での【ランクアップ】』だ。

 一般的冒険者ならとっくの昔に死んでいてもおかしくない様な行動を繰り返した結果なのだから、呆れてものも言えない。

「こりゃあ、クロードを相手に『ズルい』なんて言える訳無いわなぁ」

「ンなもん、嫉妬する馬鹿共に理解出来る訳ないだろ」

 たとえクロードと同じ魔法やスキルを得たとして、同じように無茶を繰り返して【ランクアップ】できる冒険者がどれほどいるだろうか。

 少なくとも、半数以上が死ぬのは想像に易い。特に薬物使用時の精神不安をどう鎮めるかが問題となってくるだろう。クロード本人は、気合と根性等と冗談めかして言うが、実際には強い意志が無ければ不可能。

「……少なくとも、俺には無理だなぁ」

 商人の男は呆れながらも対面で紫煙を燻らせる少女を見やった。




 完成品の『ソーマ』をキメたクロードくんちゃんはどれぐらい強くなるんでしょうか。

 それと、『商人の男』の名前も決めておいた方が今後やりやすいかな、と思ってます。名前は……やんわりと、テキトウに、それっぽく決めておきます。

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