紫煙燻らせ迷宮へ 作:クセル
西のメインストリート沿いに立つ一際大きな建物。
『豊穣の女主人』の扉にかけられた『Closed』の札を無視し、クロードはドアを開けて中を覗き込んだ。
「うーっす、誰か居るか?」
開店前の店内では多種多様な種族の少女達が開店に向けての準備を行っている。
そんな中、一人のヒューマンの少女がクロードに気が付いて作業の手を止めた。
「クロードじゃん、おはよう。まだお店はやってないんだけど、何か用?」
「ベルの代わりにこれを返しに来たんだよ」
クロードが手にしていたのは空のバスケット。
最近、ベルはシル・フローヴァというこの酒場の店員の少女から手作りのランチを貰うのが日課になっていた。理由は良くわからないが、周囲がそうなる様に煽動したとの事。
普段ならば食べ終わった空の容器を夜にはベル自身が返しにくるのだが、昨日は
そして、一晩泊めて貰った礼にと、少年に代わりクロードがそのバスケットを返しに来たのである。
「ベル……? ああ、あの白髪の」
一瞬考え込んだ後、誰の事を指しているのか気付いた少女がぽんと手を打つ。
「何でクロードが返しに来たの?」
純粋に疑問に思ったのか首を傾げて問いかけてくる少女にクロードが返事を返そうとした所で、「くしゅん!」と、店内に可愛らしいくしゃみの音が響き渡った。
音の出処である少女にその場に居た全員の視線が向けられると、件の少女は口元に手を当てた姿勢で一瞬硬直し、その後頬が赤みを帯びる。
彼女、シルは更に頬を赤らめると、顔をうつむきがちにした。
「シル、風邪ですか?」
「う、ううん。平気、大丈夫だから」
真っ先に駆け寄って体調を心配するエルフに、シルは頬を染めたまま苦笑いを返した。
ぱたぱたと振るわれる両手に合わせて、お団子から垂れた尻尾の様な薄鈍色の髪が揺れる。
「誰かがシルの事を噂してるんじゃニャいか?」
「だったら答えは明白……ニュフフ、あの冒険者の少年ニャ」
「……怒るよ、クロエ?」
黒毛のキャットピープルから揶揄われ、シルが僅かに眉を吊り上げる。
クロエと呼ばれた少女は笑みを浮かべたまま流し目を送る。あさつまえ、開店準備を進めながらも尻尾は愉快愉快と言わんばかりにゆらゆらと揺れていた。
全く堪えた様子の無いクロエを見たシルが深い溜息を零す。
「いつもは空にニャったらシルの愛情弁当を持って帰って来るのにニャー」
「せっかくシルが店を早く上がって、少年を探しに行ったっていうのにニャー」
「探しには行ってません!」
開店準備に向けてテーブルを移動させながらの同僚の乱れうち。珍しい事にシルが揶揄われる側に回っているのに気付いたクロードは、対応してくれた少女を見やってバスケットを差し出す。
「ほれ」
「クロード、悪いんだけどもう少し預かってて」
シルをいじれる良い機会だと笑みを零してヒューマンの少女の揶揄いの輪に交じっていく。その姿を見送ったクロードは、扉に取り付けられていたドアベルが外されているのを見て、足元に転がった工具を見やった。
どうやらドアベルの修理を行っていたらしく、丁度ドアベルが取り外されておりクロードの入店には対応した少女以外が気付いていない様子だ。
「……何してんだか」
シルの周囲を囲む様に動き回りながら揶揄う店員たちと、揶揄われて顔を赤くするシル。珍しくはあるか、とクロードは足元の工具を手に取った。
長居する気は全くないが、少し前に女将が取り決めた店内禁煙の
「シル、大丈夫です。クラネルさんはシルの想いを等閑にする人ではない。きっと、昨日はたまたまダンジョンからの帰りが遅くなったのでしょう」
「リュー、その言い方は少し違って……ううん、もういいうよ」
シルは遂に項垂れて諦めた。生真面目なエルフにさえ揶揄われては──否、天然混じりの彼女からは冗談や揶揄いの色が見て取れない、本気で言っている様子だ。揶揄っている者達よりも質が悪いのかもしれない。
「ダンジョンでくたばった、ニャんてことはニャいのかニャ?」
「ちょっとアーニャ、それ不謹慎! あの冒険者がシルを置いて居なくなる筈ないって!」
「私もう、疲れちゃったよ……」
止まる気配のない揶揄いの言葉にシルが額に手を当てて天井を仰ぐ。
「シル、気を確かに。クラネルさんは無事です」
「いや、リュー、そうじゃなくて……」
真面目と天然が合わさったエルフの励ましの言葉に返す言葉を失うシル。
「リューの言う通りニャ。あの少年が死ぬ筈ニャいニャ。と言うか死んで欲しくニャいニャ。もし死んでしまったら、ミャーは胸が張り裂けるかもしれニャいニャ……」
クロエと呼ばれた獣人の少女が大袈裟に胸を押さえて悲壮に暮れる。
その様子を見た者達が、ざわ、と喧騒に包まれる。
『まさか……』『クロエまで……』と少女達のささやきが店内に広がりはじめ────カランカラン、と涼やかなドアベルの音が響き渡った。
「いらっしゃいませー……あれ?」
反射的に声をかけたシルが首を傾げると、入り口ではドアを揺すってドアベルの調子を確かめているクロードの姿があった。
「ク、クロードさん?」
「ん? ああ、このドアベル、直しといたぞ。ミア母ちゃんには今度良い酒を振る舞ってくれって伝えといてくれ」
適当に手を振って工具箱に工具を放り込んで蓋を閉じ、その上に空のバスケットを乗せる。
既に立ち去る気満々の彼女が扉に手をかけた所で、彼女の両足が浮いた。左右から彼女を拘束しているのはキャットピープルの獣人二人。
「良い所に来たニャ」
「あの少年はどうしたのか聞かせるニャ」
「ンで、何の用だよ」
「それはこっちの台詞なんですけど……」
事情を知らないシルが首を傾げる。その様子にクロードは眉を痙攣させながら煙管を取り出し、口に咥えて────横から伸びた手が彼女の咥えた煙管を奪い去った。
「店内禁煙となっております」
「……ンだよ、お堅いエルフだな」
「まあまあ、それよりクロードさん、何をしに来たんですか?」
バチバチィッ、と火花を散らし合うのを、シルが宥める。
「はぁ、ベルの代わりに空の弁当返しに来たんだよ」
クロードの放った言葉に、店員たちがざわざわっ、とどよめきだした。
「ニャ、ニャんて事ニャ……」
「まさか、本当にダンジョンで……?」
「……クロードさん、クラネルさんは何処で?」
仰々しく驚く獣人やヒューマンを他所に、真剣なまなざしを向けるエルフ。冗談が通じなさそう、というよりは頭が固すぎるエルフにクロードは眉間を揉んだ。
流石に大げさでは、とシルが首を傾げ、発言していなかったクロエに視線を向けると────この世の終わりの様な表情をした猫人の姿があった。
「ちょっと、クロエ!?」
「少年はかけがえのニャい存在だったニャ……そう、代わりニャんて何処にもいニャい……」
何処か上の空で紡がれる声に皆の視線が集まる。まさかそこまで少年の事を想っていたのか、と同情の視線が彼女に注がれる中、クロードは楽し気に揺れるクロエの尻尾を見て溜息を零した。
「もう良いニャ。あの少年がいニャいのニャら、ミャーは
「な、なにを?」
「ミャーは……あの少年のぷりっとした形の良い未成熟なお尻に、興奮を覚えずにはいられニャかったのニャ……」
「………………」
同情的な視線を送っていた者達からの視線が、温かなものから冷たいものへと急激に変化していく。
「あの薄手のパンツの
本当に劣情を抱いているのか、腰をくねらせて息を荒くする獣人の姿に店員たちがドン引きした様に一歩後ずさり、至近距離に居たクロードは無言で彼女から距離をとった。
「ミャーは、ミャーはッ…………フーッ! フーッ!」
「………………」
その目は獣の目であった。きっと今この場に件の少年、ベルが居たのであれば、彼女はその理性の鎖から本能の獣を解き放ち、直ぐに少年の美尻に顔を埋めるなり嘗め回すなり、自らの劣情を満たさんとする事は想像に易い。
そして、身内から青少年に対する性的暴行の罪を引き起こしかねない状態に置かれた店員たちの行動は早かった。
「あ、ちょっ……痛っ、ごめっ、ゆ、許し……ぁ!」
止めろ止めろ、とクロエを掴んで床に引き摺り倒し、どうにか正気を取り戻させようと群がる店員たち。
冗談なのか本気なのか……劣情云々に関しては本気なのだろう彼女の言葉に、酒場『豊穣の女主人』朝から騒がしさに包まれていた。
「おい、馬鹿娘共ぉ! 遊んでないでさっさと働きなァ!」
捗っていない開店準備を見かねた女将のミアが奥の扉から声を轟かせた。
一斉に肩を揺らした少女達は素早く自身に与えられた仕事に戻る。「ったく」と、顔を覗かせるドワーフが肩を竦めると、一人の小人族が彼女の方に歩んでくる姿があった。
「なんだい、クロードじゃないか」
「久しぶりだな、弁当返しに来がてら、ドアベル直しといてやったぞ」
だから今晩飲みに来た時、良い酒を出せ、と臆す事無く告げた彼女のを見下ろし、ミアが笑みを浮かべる。
「任せな。ただし、何度も言うけど店内は禁煙だよ」
喫煙癖のある自身に対する忠告に苦い表情を浮かべたクロードは片手を振ると、ドアから離れた。
「おっと……ぁ!」
テーブルを並び替えている店員たちを躱して店外へ出ようとしていた拍子に、椅子を引っ掻け転倒させてしまう。ガタンッ、と椅子が倒れると同時に床に一冊の本が投げ出された。
「まっず……って、なんだこの本?」
「クロードさん、怪我はないですか?」
「この程度で怪我する程やわじゃねェよ……というか、この本なんだ?」
倒れていた椅子を起こしてクロードの様子を確認するシルに対し、クロードは椅子から落ちたらしい白い表紙で題名の書かれていない本をシルに差し出した。
「これって……」
「誰かの落とし物?」「ニャんだニャんだ?」「どうかしたのニャ?」
クロードの差し出す本をシルの背から覗き込む様に、店員たちが顔を出す。仕事の手が止まっている事にクロードが奥の扉をちらりと見やってから、肩を竦めた。
怒られるのは自分じゃないし、と。
「ミャーは本を読むほど
「お前らが本なんて読まんのは周知の事実だ。言われるまでもない」
「「ぶっ殺してえニャ」」
同時にクロードの両頬に手を伸ばして頬を摘まもうとする猫人二人。クロードはうっとうし気に手で払った。
「シル、どうしたのですか?」
「ここに本があったらしくて…………みんなのものじゃないみたいだし、お客様の忘れ物、かな?」
「うーん、昨日そんなの置いてあったかなぁ?」
「ハイハイ、ルノアの勘違い勘違い、ニャ」
記憶を探る様にヒューマンの少女が呟くと、猫人が即座に否定に入る。
「客の忘れ物じゃニャかったら誰かが忍び込んで置いて行ったとでも言うつもりかニャ? ぷっぷー
「これだから浅学の阿呆は困ったもんニャ……」
「うっわー、ぶっ殺してぇー」
「本も読めない猫人が人の事を浅学だなんて笑えんだろうに。つか、ルノアの方はもっと言葉選べよ、揚げ足取り放題だろ」
「ニャにおう、ミャーは本が
「ニャッ、クロエ、それはどういう意味ニャ」
「そのままの意味ニャ」
フシャーフシャー、と縄張り争いしている猫の様な威嚇音を響かせながら猫人の二人が睨み合う。
「ンだよ、発情期か? もうそんな季節だったとは知らなかったな」
「あー、クロード。この二人は年中発情期みたいなもんよ、いつもやってるし」
ブチッ、と猫人二人から何かが切れる音が響く。
「久々にキレちまったニャ」「前々から思ってたニャ。おミャーらの態度が気に入らニャいニャ」
普段から似た様なやり取りは何度もあれど、クロードという燃料を更に追加するといつも以上にヒートアップする。それを知っているシルとリューは背後のやり取りを無視して本を観察し始めた。
どこか古めかしい紙の匂いのする、真っ白に塗装された分厚い本だった。
表紙には出鱈目な幾何学模様が刻まれ、
どこかで見た事がある何かと似ている、とリューが口を開こうとした所で横合いから小さな手が伸び、シルの手から本をすっと奪い去った。
「あっ……」
「表紙に何も書かれてねェなら、さっさと目次なりなんなりをだな……」
店員たちに火と油を注いでおいてそ知らぬ顔で抜け出してきたクロードの姿にリューとシルが呆れつつも、本を開いて中を検分した彼女を見やる。
「何が書いてあるんですか?」
「あの、それは読まない方が良いと思いますが」
もしかしたら、という想像でしかないが、リューの想像が合っているのなら読むべきではない。そう告げるも既に彼女は本を開き────渋い表情を浮かべた。
「……えっと、クロードさん?」
「自伝・鏡よ鏡、世界で一番美しい魔法少女は私ッ ~番外・目指せマジックマスター編~」
「はい?」
最初の一頁目を見ながら呟き、目元を揉むんだクロードは深く、とても深く溜息を零した。
「何だコレ、ひっでェな」
初っ端から漂う地雷
「意味わかんねェ」
本をシルに返すと、クロードはギャーニャー騒ぐ少女達を一瞥してから、肩を竦めた。
「んじゃ、オレは帰るわ。今晩また来るけどな」
「あ、はい。お待ちしております」
ぺこり、と頭を下げるシルに見送られ、クロードが店を出てすぐにミアの怒声が響き渡った。
「何べん同じ事言わすんだい! それとも言っただけじゃあわからないって!? よぅし、アタシが直接アンタ達の体に教え込んであげようじゃないか!」
浴びせられる怒声、そして刻まれた過去の経験から少女達は皆震えあがる。この女将は、やる、と言ったらやるのだ。
「ま、待つニャ、母ちゃんっ。これはクロードの所為ニャ!」
「こ、これはクロード、そう! クロードの所為だから!?」
「そうニャ! アイツ、火に油注いできたんだニャ!」
「んんぅ? クロードぉ?」
咄嗟に事の原因を擦り付ける少女達。ミアの視線がクロードを探す様に店内へと向けられるのを見て、自身たちの保身が出来たとほっと一息つこうとして。
「クロードなんか居ないじゃないか。はぁ、妙な言い訳なんかして」
クロエ、アーニャ、ルノアの三人はぎょっとした表情を浮かべて店内を見回す。
つい先ほど、熱狂していくやり取りの中で油をドバドバ注いでいた煙の香りを纏った小人族の姿は綺麗さっぱり消えていた。
「あ、アイツ……」「言いたい放題言うだけ言って……」「逃げやがったニャ……」
「で、言い訳はそれだけかい?」
コキッ、コキッ、と拳を鳴らしながら一歩、また一歩と近づく女将の姿に少女達は震えあがった。
大通りをとぼとぼ歩きながら、クロードは煙管を吹かしていた、
ふぅ、と息を吐く度に紫煙が風に乗せられて消えていく。灰を煙で満たす度、自分の爪先から脳天に至るまでの血流が増加し、薄暗かった視界がすぅーっと明るくなる。
「ぁー……ダルいな」
数日以内、ということは明日か明後日にでも【ランクアップ】の情報がギルドより発信される事になるだろう。それを前に一つでも多くの手札を、と『
ソーマ以外にも多種多様な薬物を取り寄せ、合成して自作の薬物を幾種類か作成、自身の体を使った臨床実験も交えて行っていたのだ。
その中にいくつか、洒落にならない依存症状が出てしまったものがある。
「吸ってねェと落ち着かない。ならマシだったんだがな」
大通りを外れ、一つ外れた細道へと入っていく。
上を見上げれば煉瓦造りの家によって切り取られた空も、細道の名に恥じない程に細い。
お粗末に設置されたゴミ捨て場に集る黒猫の真ん丸な金色の目を向けてくる。それだけの事だというのに感情が爆発した様な苛立ちに見舞われ、クロードはたっぷりと吸い込んだ紫煙を黒猫たちに吹き掛けて追い散らした。
「はっはー、猫風情が……はァ、何してんだか」
にゃーん、と散っていく黒猫の姿を澱んだ目で見やったクロードは、自嘲の笑みを浮かべると、更に歩みを進めた。
木材だけで作られた一軒家。視線を上げれば擦れて読めなくなった看板が斜めに引っかかっている。まるで老舗か、そうでなければ古臭い、店舗だ。
ドアを開ければ、『豊穣の女主人』の澄んだ鐘の音と比較するのもおこがましい枯れ果てた鐘の音が申し訳程度に響く。
「おや、初めてのお客さんかな?」
白い髭を生やした赤く染まった帽子を被ったノームが情報誌から顔を上げ、クロードを見やって口を開いた。
『ノームの万屋』。
店主の名前はボム・コーンウォール。
自我が薄いとされる『精霊』の中でもはっきりとした人格を持っており、器用な手先と眼の良さを用いて万屋を営み、
彼が営む『ノームの万屋』は店に持ち込まれる品を鑑定し、安く仕入れて高く売る。という質素なものだが、それでも客足が途絶えずに店が続けられているのは彼が持つ鑑定眼が本物だからだろう。
「鑑定かい? それとも探し物でもあるかい?」
「煙管が欲しい。あるか?」
「煙管かい。少し待っておくれ、確か倉庫に……」
いくつかの商品を取り出してきてカウンターに並べる。
飾り彫りのされた木箱に納められた高級そうな品から、一目で使い古されたと分かる骨董品まで、様々な種類の煙管が並べられ、クロードはいくつかを手にとって確認していく。
「ところで、なんじゃがな」
「ンだよ」
「その煙管、お嬢さんが使うのかね?」
「そうだが?」
世間話として投げかけられる問いに対し、クロードは生返事を返していく。
まともに会話する気の無さそうな様子にノームの店主はふむ、と一つ息を吐くと、棚から小箱を取り出してカウンターに置いた。
「お嬢さんや」
「ン? それも煙管か?」
投げかけられた声に反応して店主の出した小箱を見やり、クロードは眉を顰める。
煙管の大きさはさまざまとはいえ、店主が取り出した小箱は余りにも小さすぎる。分解して納めたとしても、羅宇が短すぎて使い物にならない。もしくは、羅宇だけ別に用意するものか、とクロードが小箱を見た。
「お嬢さんが吸っとるソレは身体に悪い」
「……あァ、ソレ煙草か」
一言目に発せられた言葉にクロードは溜息を零した。
この手の良い意味でも悪い意味でも察しの良い様な店主が取り扱う商品は質が良い。それは観察眼に優れている事の証明である事が多いからだ。
そして、こういった観察眼に優れた者と対面すると面倒臭い。何故なら知られたくない事まで察してくれるからだ。
「あえて悪いモン吸ってんだよ」
「しかしのう、あんまりにも酷いもんでな。ジジイ、ちょっと心配になってなあ」
それに顔色も悪い、とカウンター横に置かれた鏡を指差すノームの店主。
つられて鏡を覗き込んだクロードは、自身の顔を見て苦い表情を浮かべた。
「ひっでェ顔だな。誰だコイツ」
「お嬢さんの顔が映っとるはずなんじゃが」
血色が以前に比べて悪いな、自分ですら察する事が出来る程に顔色の悪い鏡に映る姿を見て、クロードは溜息を零して煙管の検分に戻った。
「これだな。いくらになる?」
「ほう、これか。そうじゃなあ……二五〇〇〇ヴァリスでどうじゃ?」
「まあ、良いか」
少しばかり値が張るが、それなりに高品質な品である事に間違いは無い。
彼女が今使用している煙管はかなり傷んでいる。ダンジョン内で使用していたのが原因だが。
普段ダンジョン内で武装として持ち歩いている戦闘用煙管はあくまで戦闘用であって煙管としては下も下。喫煙用の煙管を持ち歩きたくなるのだが、喫煙中にモンスターと
結果として、彼女が普段から喫煙用に持ち歩く煙管は非常に破損率が高い。そんな乱暴な扱いにも耐えそうな程に頑丈で、それでいて見てくれも悪くない煙管とくれば値が張るのも当然だろう。
しっかりと金額通りの支払いを終え、クロードが商品を受け取ってコートの内側に仕舞おうとした所で、カウンターに置かれた小箱を差し出されて動きを止めた。
「ンだこれ」
「おまけとして受け取ってくれんかのう」
「……はぁ」
面倒臭そうに小箱を少し開け、中を見やったクロードは目を見張った。
「……おい、爺さん、アンタこれ」
「お嬢さんが吸っとるもんよりは良いもんじゃと思うんだがなあ」
小箱の中には煙管用の刻み煙草。それもかなり質の良い代物だ。
雑に刻まれた量産品なんかとは比べ物にならない、一目見てわかる程に丁重に、かつ繊細に刻まれた煙草は、僅かに漂う香りだけで品質を見抜ける程の品だ。
少なくとも、クロードが普段から嗜む様な安価で粗悪な刻み煙草を一〇〇倍の量を用意してようやくこの小箱の分の価値になるだろうか。
「はぁ、こりゃあ受け取れんよ」
「しっかし、お前さん、それは体に悪すぎるじゃろ」
クロードの懐を指差して告げるノームの店主。その言葉を聞いたクロードは不機嫌そうに眉を顰め、僅かに目を見開いて店主の背後の棚を見上げた。
その棚の一つ、クロードが売った煙草の小箱が置いてある。
「……アンタ、その煙草、何処で?」
「お、これか? どうやら取り扱いに規制のかかった薬草類を使用した煙草らしく、一般の商人では取り扱ってくれないからとここに投げ売りした冒険者が居ったんじゃよ」
お前さんも、その煙草吸っとるじゃろ、と突かれたクロードは僅かに表情を歪め、舌打ちを零した。
「……はぁ、知らん間に一気に蔓延ってんなァ」
少し
「アンタ、
「何の事やら」
すっ呆ける様な返答にクロードは僅かに眉を寄せ、店の外に視線を走らせてから囁くように呟く。
「そういやァ、最近、手癖の悪い
「おおう、儂もその噂は聞いておるよ。時にはパーティ丸ごと出し抜かれとるそうじゃないか」
「なら知ってんだろ。その被害にあった品についても、な?」
ちらり、とクロードがこれ見よがしに奥の倉庫に視線を向ける。
ノームの店主は髭を撫でながら首を傾げた。
「はて、何のことやら」
「ま、惚けるなら別に構やしないが……爺さん、アンタも碌な事してねェだろ」
例えば、そう、最近の盗難事件の被害の品と同じ品々を鑑定してきたり、とか。
「ま、話はこの辺で良いか。煙管サンキューな……それと、その煙草いらなきゃさっさと処分しとけ」
「確かに、体にも悪いモンじゃし処分しておくのが正解じゃろうな」
リリルカの事情? 酒に溺れた? 冒険者に足蹴にされた? 自分には冒険者としての才能がない? んなもん知るか、死ね。
を地でいきそうなオリ主なんですが、リリと接触するの不味いですよねー。