紫煙燻らせ迷宮へ 作:クセル
「おーい、邪魔するぞ……って……何してんだ、コイツ」
恩恵を授けてくれた女神に【ステイタス】の更新を頼む為、【ヘスティア・ファミリア】のホームである『教会の隠し部屋』を訪れたクロードは、テーブルに突っ伏して眠りこけている少年の姿を見つけた。
時刻は午後七時。昼寝にしては妙に深く眠っているらしい少年を観察し終えると、クロードはテーブルの上に
「ぁ……れ、クローズ、さん?」
「んな変な所で寝るんじゃなくて、せめてソファーで寝ろよ」
寝惚け眼を擦りながら顔を上げたベルを見やり、彼が枕代わりにしていた本を見つけたクロードはほんの少し眉を顰めた。
どこか古めかしい紙の匂いのする、真っ白に塗装された分厚い本。表紙には出鱈目な幾何学模様が刻まれ、
(……豊穣の女主人の忘れ物?)
「ベル、ソレ、お前の忘れ物だったのか?」
少年の持ち物としては考えにくいその本。ましてや初っ端から地雷臭が漂うそれの持ち主が彼だとは考えていないクロードの質問に、ベルは首を横に振った。
「いえ、僕のじゃないんですけど、シルさんが減る物でも無いから良ければ読んでくださいって」
「……あぁ……ぁ~、そうか」
半眼でベルを伺い、嘘は吐いてないだろうな、と察したクロードが頭を掻く。
シルが突飛な行動に出る時には相応な理由がある。そこそこの付き合いでシルの計算高い行動をいくつか見てきたクロードは、何か理由があってベルにその本を読ませたのだろうな、と口を閉ざした。
ベルの方はまるで白昼夢でも見ていたかのように戸惑いがちに本を閉じる。
「あの、クローズさんは何をしに……?」
テーブルに置かれた袋を見てから、ベルはクロードを伺う。
本音を言ってしまうと、ベルはクロードが苦手になっていた。
小柄でヒューマンの子供の様にも見える
真っ直ぐ真面目に動いている内は非常に頼りになるが、後ろめたい事や曲がった事なんかを見咎めると途端に冷淡な反応に変わる。
ベルは自身が彼女から毛嫌いされ始めた頃の原因も察しが付くし、その理由にも大いに納得が出来ていた。命賭けの冒険者という立場にありながら、感情的に動いた事や、呆れられても仕方のない夢等。
────それでも、彼女から冷淡な対応をされて苦手意識を抱くのは仕方のない事だろう。
「【ステイタス】の更新だよ」
対するクロードの方は、ベルが僅かに怯えているのも気にする様子はない。
ベルに対して思う所は多々あれど、今この場でそれを理不尽にぶつけても利が無い上、時間の無駄にしかならないからだ。
「ヘスティアは……噂をすれば、か」
クロードが無遠慮にソファーに腰掛けた所で、階段をテンポ良く駆け下りてくる音が響く。
「たっだいま~!」
「おかえりなさい、神様」
「おう、邪魔してんぞ」
意気揚々と扉を開けて入室してきた女神に挨拶をしつつ、ベルがヘスティアが手にしていた荷物を受け取った。
「ベル君、帰りにちょっと買い物してきたんだ。それとクロード君、いらっしゃい。【ステイタス】の更新かい?」
「まあな」
クロードがソファーに腰掛けたまま肩を竦め、ヘスティアが着替える為にクローゼットの方に向かおうとして、テーブルの上に置きっぱなしの本を見て首を傾げた。
「その本、クロード君のかい?」
「いや、オレのじゃねェよ」
「ふん? じゃあ、ベル君が買ってくる訳ないだろうし、どうしたんだいそれ?」
ヘスティアが買ってきた日用品を棚に仕舞っていた少年が僅かに肩を落としながら呟く。
「そう断言されちゃうとちょっと悲しいですけど……ちょっと知り合いの方に借りたんです」
「ベルのやつ、読書なんて慣れない事した所為で眠気に負けてテーブルに突っ伏して寝てたぞ」
揶揄う様な響きでクロードがクツクツと笑う。
確かにベルは読書は余りしないし、事実として今回は途中から寝こけていたのか記憶が曖昧であり、否定する要素はない。
「はは、可愛いね。ベル君のお茶目が姿が見れなくて残念だったよ」
クロード君より早く帰ってくるんだった、と女神が冗談を零す。
どちらも悪意が混じっていない純粋な揶揄いだと分かるも、それでも気恥ずかしさを覚えたベルは頬を掻いた。
「お茶目って……」
「ははっ、じゃあボクは着替えと、クロード君の更新だけやっちゃおうかな。その後、夕食だね」
「あ、じゃあ僕、上で待ってますね」
女神の着替えと、一応【ファミリア】外の冒険者の更新に気を使ってベルが部屋を出ていく。
「クロード君も夕食がまだなら、一緒にどうだい?」
ベルが出て行ったのを見て、着替えながらヘスティアが問いかける。
クロードはソファーに上着を脱ぎ捨ててベッドに寝転びながら、肩を竦めた。
「別に、腹は減ってねェし。ああ、金は置いといたぞ」
「うん、テーブルの上のだよね」
ベル君が稼いできたにしてはかなり多い量だから直ぐにわかったよ。とテーブルの上のヴァリスの詰まった袋を見た女神は、着替えを終えてベッドに近づいた。
「クロード君、ボクの【ファミリア】に────」
「断る。それに、明日以降、オレの周りは暫く五月蠅くなるぞ」
つい今日の昼過ぎ頃、遂に【ランクアップ】した冒険者としてクロードの名がギルドの掲示板に上がった。それを見た冒険者、神問わずに騒ぎになっていたのはヘスティアも知っている。
【ヘファイストス・ファミリア】の
加えて、帰りに立ち寄った店先でも人々が口々にクロードの事を噂していたのは、ついさっきの事だ。
「……うん、わかってる。わかってるんだ、だから」
『クロード・クローズって知ってるか?』
『あのフィリア祭で活躍した冒険者だろ?』
『今日、ギルドの掲示板でそのクロード・クローズが【ランクアップ】したって掲示されてたんだ』
『おお、おめでたい事じゃないか』
『それがなぁ……』
期間、二ヶ月。
【剣姫】の一年を抜いての最速記録。
冒険者は口々に言う。何かの間違い、偽りの記録、小細工をした等。密かに囁かれる陰口の数々は自分の事ではないというのに女神の心に刺さった。
「クロード君、お願いだからボクの【ファミリア】に……」
本当ならヘスティアはあの場で言い返したかった。
彼女はそんな子ではない。と、ただ努力をしているだけだ、と。自らの身を試みない程に、過激で過剰な努力を繰り返し続けて、その『偉業』を成し遂げたんだ。と。
けれど、それは出来ない。
クロード・クローズという人物が、【ファミリア】に所属していない
心配そうに声をかけてきた女神の言葉を聞いたクロードは、ベッドにうつ伏せに寝転んだまま、肩越しに振り返った。
「……早く、更新してくれ」
「クロード君……」
「はぁ、くどい。頼むから、今日はもう疲れたんだよ」
日暮れ頃、ダンジョン上がりで収穫品の査定の為にギルドを訪れたクロードを出迎えたのは、数え切れない程の冒険者と神々。
所属派閥はあるか、という神の質問に『無所属だ』と答えた瞬間から始まった勧誘合戦。
苦労してギルドに入って査定を終え、ヴァリスを受け取った後は────延々と
初っ端から強引な手段をとってくる者も多くいて、街中で
そして、ようやく冒険者や神々を、文字通りに煙に巻いてこの隠し部屋に辿り着いた。
「勧誘の言葉なんか、聞きたかねェよ」
うんざりだ、と耳を塞ぐ彼女を見たヘスティアは、僅かに手を震わせ、クロードの背に跨った。
「ごめん」
「……更新、頼む」
本当に疲れ切った様子の彼女を見て、ヘスティアは更新をしようと針で指に傷をつけようとして、気付いた。
(……クロード君、こんなに、痩せてたっけ?)
元からして子供の様な体躯であったクロードだが、流石にやせ細る程では無かった。少なくともヘスティアの今までの記憶では、肋骨が浮き出る程では無かったはずだ。
しかし、今のクロードは薄らと肋骨が浮き、全体的に細い。折れそうな華奢な体躯、というよりは不健康そうな印象を受ける痩せ方をしている。
髪も────以前から濁った銀髪だったが────色艶が褪せて見える。それに、枝毛も多く、櫛を通した形跡も見られない。
「クロード君、最近、ちゃんと食べてるかい?」
異常な痩せ方をしているクロードの背に血を垂らし、彼女の【ステイタス】の数値が変動していくのを見やりながら問いかける。
その問いに、答えが返ってこない。
「……クロード君?」
張り詰めていた雰囲気が霧散し、どこか力無く倒れる彼女を見てヘスティアが目を見開き、大慌てで彼女を仰向けに寝かせ────すぅ、と僅かに聞こえる寝息を聞いて、はぁぁああ、と深く溜息を零した。
「ああ、びっくりした……」
いきなり、何の前触れもなくいきなり眠りだした彼女を見て、ヘスティアはむっとした表情を浮かべてクロードの小さな頬を軽く摘まんだ。
「もう、どうして君はそんなに……」
素直じゃないんだ、と言いかけた女神は、静かに彼女をうつ伏せに戻すと【ステイタス】の更新を再開した。
クロード・クローズ
Lv.2
力:H108→H169 耐久:I82→H102 器用:H162→G201 敏捷:H149→H180 魔力:H198→G260
《逆境I》
《魔法》
魔法名【シーリングエンバー】
詠唱式【
・
・火属性
・感情の丈により効果向上
魔法名【スモーキーコラプション】
詠唱式【
・
・
魔法名【カプノス・スキーマ】
詠唱式【
・形状付与
・魔力消費特大
《スキル》
【
・
・感情のほのおが潰えぬ限り効果持続
・火属性への高耐性
【
・『魔力』の高補正
・特定条件下における『魔法』の威力超高補正
・幻惑無効
・錯乱耐性
【
・
・情動刺激の複製および復元
・ステイタスへの超々々補正
「……新しいスキル、か」
完璧に更新を終え、羊皮紙にクロードの【ステイタス】を書き写した女神は、一度羊皮紙をテーブルに置いてから、眠りこけているクロードに服を着せていく。
新たに発現したスキルもそうだが、トータル200オーバーというアビリティ上昇値も目を引く。
「魔法3つにスキルも3つ目かぁ……」
一般的な冒険者は魔法を一つ、二つ使えればパーティ内で引っ張りだこ。三つ使えるなんて知れ渡った日には……。
ただでさえ『二ヶ月』等という常識を逸した最短記録を叩き出した上、魔法を3つも使いこなし、加えてスキルまで揃い踏み。挙句の果てに派閥に所属していない
神々がこぞって狙うのも当然といえば、当然だ。
そして、本人は誰かに『期待される事』に恐怖し、派閥という集団に属する事を嫌う。その上で、自らを高める為の手段は一切選ばない。身を滅ぼしかねない様な努力すらも繰り返す。
女神が頭を痛める要素が詰め込まれ過ぎている。
「それにしても……情動刺激、複製に復元ね」
ソファーに投げ出されたクロードのコートに手を伸ばしつつ、彼女に発現したスキルについて予測を立てようとした所で、カタンッ、とコートのポケットから何かが零れ落ちた。
「っと、しまった……」
慌てて拾い上げたソレは金属缶。薄らと漂う煙草の香りに、彼女が愛煙している銘柄の物だと察したヘスティアは溜息交じりにポケットにそれを戻した。
「煙草はあんまり体に良くないからやめて欲しいんだけどなぁ」
良くはない。なんなら吸わない方が良い。健康を害するだけで百害あって一利なし。そんな煙草であるが、彼女の持つスキル、【パラソムニア】の『特定条件下』というのが喫煙時であるとクロードが断言しており、止めるに止められない。
喫煙しながらの魔法の威力は比較にならない程に強力なのは女神も知っている。
「……はぁ、それよりも新しいスキルだよ。うん」
クロードのコートを衣類掛けに掛けておいたヘスティアは、羊皮紙に書き込まれた
「【カタプレキシー】……
そして、
そして、今回クロードに発動した【カタプレキシー】の効果は『・ステイタスの超々々高補正』、つまり一度発動すれば効果終了まで凄まじいステイタス補正を得られる────それだけなら、破格のスキルだが。
「情動刺激の複製および復元……」
情動刺激、簡単に言い直せば『感情の昂ぶり』を複製し、復元する効果だ。
問題は、複製、復元される『感情の昂ぶり』がどんなものなのかがわからない事だ。
大まかに分けて感情を喜怒哀楽の四種類に仕分けたとして、喜や楽の正の感情ならば良い事だろう。だがもし複製、復元される感情が負の感情、怒や哀だとすれば。
「………………」
────ある意味で、
彼女、クロード・クローズが習得してしまった【カタプレキシー】とは、彼女の意志を無視して感情が暴走するスキルだと言える。
今までも幾度か感情の昂ぶりによって問題を起こした事のある彼女が、今後は更なるトラブルを産み落としかねない。
「うわぁ……」
勧誘してきた派閥の冒険者を片っ端から叩き潰す。
文句や愚痴を零す市民に躊躇なく皮肉を吐き掛ける。
今までの事ですら割とギリギリな線をいっていた彼女の問題行動がこのスキルでどう変化してしまうのか。
「……寝顔は可愛いのになぁ」
ベッドに寝かされた少女を見て、顔にかかる髪をそっとどけて寝顔をを覗き込む。
ここ最近はほぼ常時不機嫌そうに吊り上げられてキツイ印象を受ける目元の険がとれれば、非常に整った──
少年も含め、やはり
「ああもう、ベル君を呼ぼう! 夕食の準備だ! 今日はクロード君にも泊まって貰うとして」
ここまでぐっすり寝ている彼女を起こすのも忍びない。と女神はクロードに優しく布団をかけた。
「明日以降ヘファイストスに……」
相談しよう。と真っ先に思い付いた
クロードの件で幾度も鍛冶神には迷惑をかけている。今回も相談したい、等とヘスティアが縋り付いた日には、自身で面倒を見たい。といった言葉すら嘘になってしまいかねない。
「……うん、よし、ミアハにしよう」
ステイタスやスキルの相談。口の堅い彼ならば信用できる。加えて、医神であるミアハならば、クロードが止められない重度の喫煙をどうにか緩和できる策を思い付くかもしれない。
ついでに、つい最近、記憶が無くなるまで酩酊する程に飲み明かした際に何か変な事を口走っていないかの確認もしよう、と決意したヘスティアは、ようやくベルを呼びに行くためにベッドを離れようとして──ぐいっ、と服の裾を引かれてつんのめった。
「おっ……と?」
服をベッドに引っ掛けてしまったか、と少し慌てて引っ張られた個所を見やり、女神はクロードを伺った。服の裾を小さな手が掴んでいる。
「クロード君……寝惚けてるのかな?」
掴まれた服の裾を見て、困った様に苦笑した女神が優しくその手を払おうとして────がばりっ、と起き上がったクロードに腕を掴まれた。
「うわっ、お、起きてたのかい? 今日はもう疲れてるみたいだし泊まって────えっと、クロード君?」
真っ直ぐ向かい合い、鼻先が触れ合う程の距離にある少女の目を見た女神が凍り付いた。
深い、深い、穴。ドロドロに濁った汚泥を煮詰めて凝縮した様な感情が混ざり合い、喜怒哀楽という四種類のどれにも分類できない様な感情の色を宿した瞳だ。
その瞳には驚いた表情の女神の姿が映ってはいる。しかし、彼女はヘスティアを見ていない。
ぼそり、と濁った瞳のまま、クロードの口から言葉が零れ落ちた。
────期待外れだ、なんて言うぐらいなら。最初から
「ッッ…………!」
────捨てるぐらいなら、最初からオレなんて
「クロード君、落ち着いてくれ」
痛む程に強く腕を握り締めてくる少女に、穏やかに声をかける。
暫く、五分か、十分か、ともすれば一時間以上そうしていたかのような錯覚をしてしまいそうな程に不安な時間が経ち、少女がベッドに倒れ伏す。
「…………」
掴まれていた女神の腕にはくっきりと赤い跡が残っており、僅かな指先の痺れが残っていた。
彼女の口から吐き出されたその言葉の意味を、女神は
スキル、という形で反映されるのだからかなり根深いというのは想像できた。しかし、此処まで濁り澱んでいるだなんて想像も出来ない。
「────神様、腕、どうしたんですか?」
「へ?」
ソファにうつ伏せに寝転んだベルの背に跨った所で、少年はついに女神の腕に巻かれたスカーフついて質問を口にした。
「あー、えーっと、これはぁ……」
言い淀む様にあわあわと言葉を濁す女神を見て、質問してはいけなかった事だろうか、と少年が首をかしげる。
クロードの【ステイタス】更新の為に外に出て、いつも以上に時間がかかっている事に疑問を覚えてはいたが、それでも律義に呼ばれるまで待っていたベルが部屋に戻った時には女神は腕にスカーフを巻いていた。
その後、疲れ切っているから起こさないであげてくれ、とヘスティアに頼まれてベッドを占拠しているクロードを他所に、夕食の準備をし、夕食をとり、かわるがわるシャワーを浴びて、ステイタスの更新をする為にベッドを使おうとして、クロードに占拠されている事から代わりにソファーを使う事になって。
その段に至っても女神は頑なにスカーフを外そうとしない。疑問を覚えないはずが無かった。
「そう、ファッション、ファッションだよ、ベル君!」
後は寝るだけだというのに着飾りをするのだろうか、と少年が疑問を口にするより前に女神はベルの背をぐいぐいと押してソファーに押し付けた。
「ほら、更新するから動かないでくれ。針を持ってるから危ないだろう?」
「あ、ごめんなさい。神様」
注意されて大人しくソファーに寝転ぶ。その間にも何かを誤魔化す様に聞こえる女神の鼻歌に僅かに疑問を覚えつつも、ベルはソファーから微かに見えるベッドを見やった。
女神がシャワーを浴びている間、つい出来心で覗き込んだクロードの顔は、普段の気難しい表情ではないのも相まって綺麗に見えた。思わず少年の心臓が跳ねる程に。
(クローズさんって、意外ときれ……いや、意外となんて言ったら失礼だよね)
内心でそう呟きつつも更新の続きを待つ。
「か、神様……僕の熟練度の伸び、変わりませんか?」
「……ああ、変わらないよ。絶好調、と言わんばかりの伸びさ」
また怒ってる、とベルはほんの少し気落ちしながらも今回の更新でも破格の伸びを見せる熟練度に喜びと疑問が半々に交じり合った感情を抱いていた。
「まあ、流石にこれまで通りとまではいかないけど……」
「それでも、破格、なんですよね?」
【ステイタス】の基礎アビリティの最高ランクはS。上限に迫るにつれて熟練度の上昇値も大幅に落ちる────のが一般的だが、ベルの場合はSに近づいてほんの少し熟練度の上昇は落ちた。落ちた、が止まらない。
成長効率が落ちた、というよりは変化をきたさずに順調にステイタスが伸びている。
何処か不機嫌そうな女神の表情を見やり、ベルは小さな違いを見つけた。
普段なら愚痴をぶつぶつと呟く女神は、今まで通りに不機嫌そうではあっても、愚痴を呟かない。何処か思い悩んだ様に少年の【ステイタス】が書かれた羊皮紙を見つめている。
「…………」
「……神様?」
「……うん? ああ、何でもないよ」
誤魔化す様に呟かれた言葉に、また誤魔化された、とベルが気落ちする。
何か隠し事をされるのは余りいい気分がしないけれど、詮索するのもどうかと思っていると、ヘスティアが慌てた様に笑顔を零した。
「ああ、ベル君。ほら大丈夫だって、いつもみたいに伸びてるし何なら魔法だって発げ────え? 魔法?」
羊皮紙をひらひらと振っていた女神が目をひん剥いて羊皮紙に穴が空きそうな程に凝視し始める。
少年が呆気にとられつつも、気になる
「あの、神様? 今、魔法が発現したって言いかけませんでした?」
「…………てる」
「へ?」
ちょっとの期待と、揶揄られているのだろうというかという疑問を抱いた少年の問いに、女神はとんでもない返答を返した。
「ベル君、キミ……魔法が発現してるよ」
「へ……?」
「うん、魔法だ。間違いない!」
「……ほ、本当に?」
「本当さ、ほら!」
女神流の冗談の類かと疑う少年の眼前に、【ステイタス】の記された羊皮紙を突き出される。
其処には、確かに記されていた。
少年が夢にまで見ていた『魔法』が確かに書かれている。
「……ほ、本当だ」
《魔法》
【ファイア・ボルト】
・速攻魔法
「かっ、神様……魔法っ、魔法ですよ……!? 僕、魔法が使える様になりました……!!」
「うん、わかってる。おめでとう」
少年が手放しで喜んでいるのを微笑ましげに見つつも、ヘスティアはベッドの方に視線を流した。
「……うん、ベル君。本当に良かったね」
「はい、神様!!」
「…………うん、本当に、はぁ」
今後、クロードとの間に出来るかもしれない溝、そして可愛い眷属が何処の馬の骨ともしれぬヴァレン何某への憧憬で成長を続けるのも含め、ヘスティアは強烈な胃痛に襲われていた。
スキル名をもう少し考えて付ければ良かったな、と今更ながらに後悔。
【アッシェ・フランメ】を、【パラソムニア】や【カタプレキシー】と同じ系で名前付ければ良かったなぁ。