紫煙燻らせ迷宮へ 作:クセル
廃教会の隠し部屋。
仕事に疲れ切った女神が眠りに落ちたのを確認した少年は静かにシーツを押し退け、ソファーから立ち上がった。
「すいません、神様」
申し訳程度に熟睡する女神に謝罪の言葉を零したベルは、こそこそと音を立てないように慎重に着替えていく。
つい一時間ほど前の【ステイタス】の更新の際、少年は念願だった『魔法』を習得した。
通常、魔法とは『詠唱』を経てから魔法を発動させるものである。これは冒険者でなくとも誰でも知っている常識だ。そして、魔法の発動には魔法毎に固定された呪文を術者の口で紡ぐ必要がある。
『詠唱』という手順で砲身を作り上げ、それが完成した時になってようやく砲弾が装填される。そして、魔法名を唱える事で撃鉄が振り下ろされ、魔法が放たれる。おおよそのイメージはこんなものだろうか。
『詠唱』が長ければ長い程、大きな砲身が出来上がり、当然大きな砲弾を装填できる。つまり詠唱の長さが魔法の威力に直結すると言っても過言ではない。では、『詠唱』が短いのはただの
『詠唱』にかかる時間が短いという事は、発動までにかかる時間が短く済むという意味でもある。
悠長に詠唱を待ってくれる怪物なんて居るはずもない。短文詠唱による速射可能な魔法というのは意外と冒険者の需要を満たしていると言える。当然、大派閥ともなれば
専属魔術師等は基本的に長文詠唱を覚えている事が前提であるとも言われる所以だ。
そして、少年が習得した魔法には本来ならば《魔法スロット》に表示されるはずの詠唱文が存在しなかった。発動の足掛かりすら無い事に少年が不安を覚えた際、女神は自身の意見を告げた。
『ベル君の魔法には『詠唱』がいらないのかもしれない。威力の程はわからないにせよ、詠唱はノータイム。まさしく『速攻魔法』で間違っていない』
あくまでも推測でしかない為、実際に魔法を使用して確かめない事には始まらない。とはいえ、女神はこう続けた。
『
女神が言った台詞は何ら間違っていない。むしろ正しい。
既に日も暮れて夜も遅い。夜のダンジョンの恐ろしさを過去に経験したのだから、今からダンジョンに行って試し撃ちするのがどれほど危険な行為なのかも理解はできている。
────出来ては、いるのだ。
(やっぱり、僕……今すぐ使ってみたいです!)
しかし、念願の魔法を手に入れた事で浮かれ、とても寝付けそうにない少年はやはり我慢出来るはずもない。
装備一式の詰まったポーチを担ぎ、ベルが階段に足をかけた瞬間────女神の声が響いた。
「うぅ……許してくれ、じゃが丸くん……」
「っ……!?」
階段の一段目に足をかけたままベルが硬直していると、更に女神の声が響く。
「ヘファイストスが、揚げたてです!!」
あまりにも支離滅裂な内容に硬直していたベルは、ゆっくりと振り返る。
むにゃむにゃ、とありきたりな寝言を漏らしながら熟睡しているヘスティアを見やり、先の言葉がただの寝言だったのだと理解した所で、少年は大きく肩をなでおろした。
「はぁ……びっくりした」
胸をなでおろし、少年が階段をゆっくり、音を立てないように登っていく。
一階部分に出て、装備一式を身に着けていくさ中、ガゴッ、と隠し戸の開く音が響く。今度こそ女神が目を覚ましてしまっただろうか、とベルが身を隠そうとして奥から出てきた人物を見て動きを止めた。
「ク、クローズさん……?」
「あァ? ……ベルか、ンな時間にどしたよ。女神に隠れてシコってんのか?」
つい先ほどまで女神のベッドに同伴し、熟睡していたはずのくすんだ銀髪の小人族。左手で目を擦りながら隠し戸から出て来て少年の姿を見止めるや否や、右手で卑猥なジェスチャーをして揶揄う様にクスクスと笑う。
「ち、違いますよ!?」
見知った少女から告げられた台詞の意味を、その卑猥なジェスチャーからおぼろげにも察した少年が小声で声を荒げて否定する。
「まあまあ、お前も一丁前に男だったって事だろ」
気にせずヤッちまえよ、と揶揄う様な調子でクロードが呟きながら懐から取り出した煙管に刻み煙草を詰め始める。
「だから、違いますって!」
「あァ? あんな乳のでっけぇ女神様と一つ屋根の下、おちおち抜いてらんねェだろ。オレの事ァ、気にすんな。少し一服するだけだ」
ベルの方を気にする事も無く、煙管に火を入れて紫煙を燻らせる。
一方的に初心な少年を揶揄うだけ揶揄って、本人は平然としているのを見たベルは頬を引き攣らせて視線を逸らした。
ただでさえ苦手意識があるというのに、揶揄い方が親父臭い。その癖、見た目だけは美少女だから質が悪い。
抜けた天井から差し込む月明かりに照らされ、紫煙を燻らせるクロードという少女は、一枚の絵画に描かれていても不思議では無い程に美しかった。漂う紫煙を纏い、くすんだ銀髪が月明かりに鈍く輝く。その姿は何処か幻想的で、それでいて退廃的な魅力を纏っている。
思わずベルが見惚れていると、ニィ、と口元を釣り上げたクロードが少年に長し目を送った。
「ンだよ、オレをオカズにしてェのか? 高ぇぞ?」
「だから、違いますって!」
「ほぉん、必死こいて否定してっけどよぉ。だったら、なンでこんな時間にこそこそしてんだよ」
告げられた当然の疑問にベルは怯んだ。
馬鹿正直に『魔法を覚えたんですけど、明日の探索まで待ちきれなくて今からダンジョンで試し撃ちしてきます!』なんて彼女に告げればどうなるのか。
クロード・クローズという冒険者が毛嫌いしそうな行動だと気付いてしまったのだ。
「あの……えっと……」
「……今からダンジョンか?」
「ぁ……」
どうにか言い訳を紡ごうともたつく間に、クロードは少年が身に着けている途中だった防具一式に視線を向けて呟いた。
既に感づかれている。そして、そうであればこの後自身に降りかかるのは軽蔑と罵倒だとベルが視線を落とすと、クロードが口を開いた。
「気ィ付けろよ」
「────え?」
がばり、と顔を上げて壇に腰掛けて紫煙を燻らせる少女を見やる。
軽蔑と罵倒が混じった皮肉が返されるかと思えば、一言だけ、それも身を案じるかの様な台詞だった。声色も、皮肉っぽさは微塵も混じっておらず、純粋に身を案じる様な響きが少年にも感じ取れた。
「えっと……怒らないんですか?」
「怒る? 誰が? オマエが? あァ? オレが、オマエを?」
問われた内容を噛み締める様に反芻しながら灰を捨てると、クロードは新たな刻み煙草を詰めながら片目を閉じる。
「なんで?」
「え?」
「何で、オレがお前を怒るんだ?」
質問に質問で返された。言葉には珍しく皮肉が混じっていない。純粋な疑問を投げかけられて少年は慌てた様に言葉を紡いだ。
「えっと、いつものクローズさんなら、怒るかなって……」
「あァ、オレが怒る理由が無ェな」
新たな煙草に火を入れた少女の言葉に少年が驚いていると、クロードは口元に笑みを浮かべて呟いた。
「もたもたしてると、女神が起きてくるかもだぞ」
「あっ……」
こっそり抜け出してダンジョンに行こうとしている事を思い出し、クロードを伺いながらもベルは急ぎ装備を身に着けていく。
彼女が自身の行動を咎めるでも皮肉を言うでもなく見送る事に違和感を感じつつも準備を進めていく。
「ごほっ、ゲホッゲホッ」
「クローズさん、大丈夫ですか?」
腰にポーチとナイフを下げた所で、壇上の少女が苦し気に咳込んだ。
心配そうにベルが問いかけると、クロードは片手で口元を抑えて煙管を持った手で少年を制しながら息を整えはじめた。
「大丈夫だ。少し咽ただけだ」
気にすんな、と繰り返し告げた少女は追い払う様に手を振る。
「ほら、夜は短ェんだ。さっさと行ってさっさと帰ってこい」
じゃないと女神に勘付かれるぞ、と肩で笑う。
「えっと……その……い、いってきます」
「……ン」
ひらひらと、少年の方には視線を送らずに手を振るクロード。
その姿を見たベルは、音を立てないように廃教会を出て、ダンジョンに真っ直ぐ向かって行った。どこか後ろ髪を引かれる様な感覚を覚えながらも。
「……魔法、魔法を覚えたってなァ」
廃教会の一階部分。
抜けた天井の大穴から差し込む月明かりを受けながら紫煙を燻らせていたクロードは大きく眉を顰めながらも薄らと耳に残っていた女神と少年のやり取りを思い出していた。
【ステイタス】の更新目的で女神の元を訪れたのは良いものの、最近の不健康な生活の所為か所々意識が飛ぶ事がままある。
そんな
月明かりに照らされる彼女の掌から、赤が滴る。
「…………相乗効果ってのはスゲェもんだ」
昼間、【ランクアップ】の情報が張り出された直後に現れた勧誘目的の神々に冒険者。彼らを煙に巻くために存分に使用した物達の数々。
普段使いしていた『煙草』。
商人の男から極秘に受け取った『神酒』。
そしてフィリア祭の際に原液のまま使用して酷い目にあった『回復薬』。
今でも調整を繰り返す『煙草』もそうだが、原液使用の危険性の高さからしっかりと希釈液で薄めた『回復薬』に合わせて、『神酒』まで使用したのが悪かったのか、未だに副作用の頭痛が止まない。
紫煙をたっぷり肺に満たし、時折激しく咽せた。
「はぁ……はぁ……糞、酷ェな」
肺腑に紫煙が染み渡ると頭痛が和らぎ、咽込む度に頭痛がぶり返す。
まるで拷問を受けているかのような気分にすら陥りかけたクロードは、灰を捨て、吸い口を咥えた。
煙草すら詰められていない煙管を咥えながら、ぶり返してくる頭痛と幻聴、そして重たくなってきた瞼を強引に抉じ開けて空を見上げた。
「あァ……だっるい」
今眠ったら過去最高の悪夢が見られる。だから眠りたくない。しかしここ最近の騒がしさや秘蔵の品々の乱用によってボロボロになったクロードの身体は即座の休息を求めている。
体が小さい分、少量の薬物で簡単に壊れる。少し匙加減を間違えただけでこの副作用の数々。
「……そうだよ、魔法、魔法を覚えたって言ってただろ」
数々の薬の相乗効果によって増幅された副作用の一つ、頭の中に響く
今、彼女が考えたいのは副作用の軽減でも、頭痛の原因撲滅でもない。
つい先ほどほんの少し会話した少年についてだ。
「魔法、魔法なァ……」
ベル・クラネルは才能に満ち溢れている────否、彼に才能らしい才能は無かった。
出会った当初、彼には才能と呼べる物なんて無かった。少なくともクロードにはそう見えたし、それでも頑張ろう、と意気込む少年はそれなりに好感が持てた。あのままやる気に満ちたまま、折れる事なく努力を重ねていくのなら────きっと、クロードは彼の事を好きになれた。
否、今の彼の事もそこまで嫌いではない。
むしろ、嫌悪か好感かでいえば、間違いなく好感を持っている。そう断言できる。
そう、嫌いでは、無いのだ。
嫌いではない、ただ────。
「嫉妬、しちまうよなァ」
狂おしい程に、自身では制御できない感情が渦巻き、燃え上がる。
自分はこれだけ努力しているのに。自分を此処まで追い詰めて、壊して、それでも追い抜かれそうになっている。
才能が無かった筈の少年は、いかなる方法かで才能を開花させて一足飛びでクロードが駆け抜けた道を駆け上がってくる。
他の有象無象や才ある冒険者達。ともすれば最速記録を持っていた【剣姫】ですら足元に及ばない程の速度を以てして駆け抜けた筈の、その道を。
代償に数多くのモノを犠牲にしてすら駆け抜けてきたその道を、少年は軽々と、代償の支払いも無く駆けあがってくる。
焦燥感と嫉妬心に気が狂いそうになる。
薬物の副作用で情緒不安定になっている所に、最悪の爆弾が投下された。必死に飲み込み、抑え込み、蓋をして────いつか弾けそうになる。
今ですら、そのどす黒く醜い感情が言葉として口から零れそうになっていて。
「いっそ────」
自身の口から零れ落ちそうになった言葉を飲み込むと、クロードは足元に転がしていたショートソードの柄を掴んだ。
鞘に収まったままのそれを大きく振りかぶって────自身の頭部に振り下ろす。
鈍い打撃音と共に大きくよろめき、其処に繰り返し鈍器を叩きつける。二度、三度と。
「くっはー……痛ってぇ……」
額が裂け、血を流しながら鞘から剣を抜き放つ。
磨き上げられた刀身に自身の顔を映した少女は、顔を鮮血で染めながら獰猛に嗤う。
「次、ンな糞みてェな事を口にしようとしたら。その舌引き千切るぞ」
自身に言い聞かせる様に、固く胸に刻む様に、言葉を紡いだクロードは鞘に剣を納める。
いつの間にか転がり落ちていた煙管を懐に納め、ポーチから包帯を取り出して適当に裂けた額からの出血を止血し、荷物を手早くまとめる。
「……あァ、糞だな」
誰に向けられたものでもない口汚い罵りの言葉を呪詛の様に吐き捨てながら、クロード・クローズは廃教会を出た。
月と星に見下ろされた迷宮都市。その中央に聳え立つ白亜の塔を見上げ、少女は更なる罵りの言葉を紡ぐ。
「糞野郎が、てめェみてェな奴は一秒でも早くくたばるのがお似合いだ」
呪詛の様に紡がれるその言葉は、決して他者に向けられたものではない。
「なんで
呪詛を向けるべき対象はベル・クラネルではない。
「……アァ、オレも、兄さん達みたいな、才能が、欲しかったよ」
「……この匂いは」
「どうしたの、リヴェリア?」
二人の冒険者が5階層に足を踏み入れた。
ただし、4階層から下りてきたのではなく、6階層から上がってきて、だ。
二人の冒険者、アイズとリヴェリアは深層域の37階層からおおよそ三日ほどの時間をかけて帰路についているさ中だ。帰路の途中には四六時中モンスターの襲撃を受けていたはずだというのに、二人の顔色に疲労は無い。
上層、それも残り少しまで辿り着いた彼女らにとって残す帰路は無いも同然と言った所で、リヴェリアが足と止めた。
アイズもつられて足を止め、慕うエルフの言葉から匂いを嗅ぎとろうと鼻をならす。
「…………? 煙草の、匂い?」
「ふむ、珍しいな。この時間にも冒険者が居るとは」
ダンジョンに長く潜っていたとはいえ、体内時計でおおよその現在時刻を計っていた二人は現在時刻が夜遅いのを察している。
夜遅くにダンジョンに挑む物はよほどの物好きだろう。ましてや探索中に煙草なんて吹かすのは珍しい。
リヴェリアが僅かに眉を顰めるさ中、何処かで嗅いだ事のある香りに記憶を探りながら歩き始めたアイズが「あっ」と呟きを零す。
「どうした?」
「人が倒れてる」
「モンスターにやられたか」
アイズが足を踏み入れたルームの中央に冒険者が一人倒れていた。周囲には無数のモンスターの躯。鈍器の様な物で頭部を潰されたモノもあれば、急所を鋭利な刃物で切り裂かれたものまで多種多様な死骸が転がっていた。
そして、血の匂いを覆い隠す様に微かに煙草の匂いが染みついている。
まるで行き倒れの様に倒れ伏すその人物に二人は近づいていく。
「外傷は無し、治療および解毒の必要性も皆無……典型的な
後先考えずに魔法を使ったのだろう。と屈みこんで診察したリヴェリアが呆気なく結論を出した。
それと同時に、僅かに周囲を見回した彼女は更に眉を顰めた。
(……周囲のモンスターの傷は魔法にしては不自然だな)
物理的な魔法も数多いとはいえ、周囲のモンスターに付けられた傷は打撃と斬撃、二種類存在する。それも、打撃は力任せに、斬撃は的確に、どちらも特徴的な傷だ。
(打撃痕が魔法だとして……残りは、剣……? しかし、この冒険者の武装はナイフ。だとすると違和感が残るな)
力任せに叩き潰されたモンスターの死体は魔法によるものだとして、急所を的確に切り裂いたのはナイフ。なるほど、と説明が付く用に感じられる。
しかし、リヴェリアは微かな違和感を抱いていた。
いくつかモンスターの死体、首をざっくりと裂かれたモノの傷口がどうみても少年の腰にある得物ではつけようが無い程に深い。付け加えて、この場に漂う煙草の香り。
記憶の中にある酒場で出会った印象深い冒険者の姿がどうしても頭から離れない。そんな風にリヴェリアが考え込んでいると、アイズが呟きを漏らした。
「この子、あの時の……」
「何だ、知り合いかアイズ?」
「ううん、直接話した事はないけど……あの酒場で、逃げちゃった子だと思う」
「ああ、クロード・クローズの後輩か……」
つい先日起きた酒場でのいざこざ。
しかも後日に更に本拠に顔を出して大事にまで発展しかけた傍迷惑な冒険者。その、後輩。
元の原因が自身の派閥に所属している幹部の一人が『ミノタウロスに追いかけ回された腰抜け』等と揶揄嘲弄を放ったのが原因であるため、強く責められないのだが。
加えて、今この場に居る冒険者は何の非も無い。その先輩であるクロード・クローズは問題児であったとしても、発端は自分達にある。
リヴェリアは諫める側に居たとはいえ、あの場で本人が居た事を知らず、直ぐに止めなかった事を反省している。加えて、あのいざこざの際にクロードに対して初見時に『無礼な冒険者』という身も蓋も無い評価を下した事を後悔もした。
そして、リヴェリア以上にあの件を引き摺っているのがアイズだった。
「リヴェリア。私、この子に償いがしたい」
「……言いようは他にあるだろう」
硬すぎる、と溜息を吐くリヴェリア。そんな彼女とは対照的に二、三度瞬いたアイズは首を傾げる。
何もわかっていない様子の少女に、リヴェリアは何も言わないことにした。
「まぁ、この場を助けるのは当然の礼儀として……」
素直に頷くアイズを隣に、リヴェリアは屈んだ姿勢のまま少年を一瞥して周囲に気を配った。
部屋の入口、微かに響く舌打ちの音を聞き留めたリヴェリアは、白髪の少年が暫く目を覚まさないである事を確認すると、ちらりと少女を横目で見やった。
「……アイズ、今から言う事をこの少年にしてやれ。
「何?」
リヴェリアはその償いの内容を少し大きめに、ルームに響き渡る程度の声量で簡素に伝えた。
「そんな大きな声じゃなくても聞こえるよ?」
「ああ、気にするな」
違和感に勘付いたアイズが首を傾げるも、すぐに意識は少年の方に向いた。よほどあの一件を引き摺っていた事が伺える少女の様子にリヴェリアが吐息を零し、視線をルームから伸びる通路の一つに向ける。
「……そんなことでいいの?」
「ん、ああ、確証はないがな。だが、この場を守ってもやるんだ。それ以上つくす義理もないだろう。……それに、お前ならば喜ばない男は居ないだろう」
「よく、わからないよ……」
困った様に眉を寄せる少女に苦笑しつつも、リヴェリアが立ち上がった。
「私は戻る。残っていても邪魔になるだけだろう。けじめをつけたいのなら、二人きりで行え」
「うん。ありがとう、リヴェリア」
ああ、と相槌を返したリヴェリアはその場を後にする。
モンスターの存在など端から心配していなかった。だが、引っ掛かりを覚えたリヴェリアは気配を微かに感じた通路の方へと足を進める。
「……あっちの方が、近いと思うけど」
最短路とは違う通路の方へ足を向けるエルフの背を見たアイズは首を傾げた。
「居るのだろう?」
暫く通路を進んだ先、アイズと少年には話が聞こえない程度の距離が離れたと判断した所でリヴェリアは一人、声を上げた。
誰か居る、と確信して呟かれた声に皮肉っぽい返事が返ってくる。
「あァ、流石第一級冒険者様だ事、隠れてたンだがなァ」
横通路から姿を現したのはくすんだ銀の長髪をガシガシと掻く小人族の少女。数日前に豊穣の女主人でトラブルを起こし、その後に本拠にまで殴り込みに来て、フィン・ディムナから関わるな、とすら言い切られた無所属の冒険者。
「キミだろう。彼を守っていたのは」
「…………そうだが?」
リヴェリアの質問に対し、クロードは少しの間をおいて返事を返した。
ほんの少し考え込んでから返された返答に、リヴェリアは僅かに眉を顰める。
「……本当に、クロード・クローズか?」
「あァ? そりゃァどういう意味だ?」
思わず呟いてしまったエルフの言葉を聞いた小人族が声を低くして唸る。
相手が懐から煙管を取り出し、火をつけたのを見やったリヴェリアは即座に謝罪を口にした。
「すまない。聞いていた印象とは違った反応だったものでな」
「ふぅん」
興味無さげに紫煙を燻らせ始めた少女を前に、リヴェリアは仲間から聞いた印象とは違うと感じていた。
フィン曰く、最低限の矜持を持ち、それ以外には無気力無関心。
アイズ曰く、一人でまともな防具を身に着ける事無く護身用のナイフ一本でダンジョンに向かってしまった後輩冒険者を助けに行く素振りすら見せずに帰った冷淡な人物。
リヴェリアが最初に抱いた彼女への印象は『無礼で下賤な冒険者』。そして、事情を知った後に抱いた印象は『後輩の為に動く情に厚い人物』。
そして、今の印象は『
どうにもクロード・クローズという冒険者の人物像が安定しない。
「ンで? わざわざオレを呼び付けたのはンだよ」
「少し気になってな。むしろ、此方に何か言いたい事があるのではないか?」
わざわざ姿を見せたのだから、とリヴェリアが懐疑的な視線を送るのとは対照的に、クロードは気楽そうに肩を竦めた。
「あァ、礼が言いたくてな。さっきの【剣姫】にも伝えといてくれ。ありがとよ」
酒場で見た時よりも柔らかで、皮肉っぽさが一切ない、純粋な礼の言葉。
彼女に抱いた印象がまた崩れた、とリヴェリアが眉間を揉む。
「あ、ああ、どういたしまして」
「ま、オレからはこんぐらいだ。あのままアイツのお守りしてたらぶっ倒れてたしな」
煙管を吹かしながら地上へと歩んでいくクロードを見やり、リヴェリアは自然と彼女に続いて歩いていく。二人とも、目的地は地上であり、最短路は同じ。
途中、モンスターが数匹顔を出すも、クロードが動くより前にリヴェリアが杖で殴り倒していく。その様子をクロードが口笛を吹いて冷やかす。
「ひゅ~、流石第一級冒険者様だぁ~」
「……あまり冷やかすな」
苦言を呈するも、クロード本人は応える気はないらしい。
暫くの間、モンスターの悲鳴とクロードの冷やかし、そして二人分の足音のみが響く。
「……一つ聞きたいのだが」
一階層から地上へと続く螺旋階段が見えてきた頃になって、リヴェリアは気になっていた事を問いかけた。
「体調が悪いのか? 顔色が良くないが」
「……気にすんなよ」
オレの体調なんか、アンタにゃ関係ないだろ。とクロードが鼻で笑う。
「そうか……ふむ……」
「ンだよ」
「いや、なんでもない」
バベルを出てすぐの所で、二人は足を止めた。
「色々とすまなかったな。あの馬鹿者がそしるのを直ぐに止めずに」
「あァ、気にすんな。むしろありがとよ、地上まで護衛してくれて」
へらへらと軽い調子の笑みを浮かべて礼を言ったクロードは、
その背を見ていたリヴェリアは顎に手を当てて考え込み、吐息を零した。
「捻くれ者、というには随分と変な奴だ」
できるならば、感想の方よろしくお願いします。