紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第二話

「エイナ・チュールを探してるんだが」

「あっ、クロードちゃん。ちょっと待ってね、エイナー! クロードちゃんが来てるよー!」

 エイナ・チュールは手にしていた冊子から顔を上げ、声をかけてきていた同僚に視線を向けた。

 セミロングのブラウンな髪から覗くほっそりと尖った耳に澄んだ緑玉色(エメラルド)の瞳。細い体でギルドの制服である黒のスーツとパンツを着こなした彼女は、ダンジョンを運営管理する『ギルド』の窓口受付嬢の一人だ。

 仕事人然としながらも親しみやすいともっぱら評判の妙齢のヒューマンとエルフのハーフの女性。

 多くの冒険者がダンジョンにもぐり始める早朝の時刻。彼女は訪れるであろう冒険者の為に資料整理に勤しんでいた所であった彼女は、受付(カウンター)越しに少しだけ覗く銀髪に、誰が訪ねてきたのかを察した。

 つい一ヶ月程前、冒険者登録を行った新人冒険者。

 自分がダンジョン攻略アドバイザーになったというのに一切の相談に来ない少女。容姿は整っており、歳は不明。男勝りな口調と一人称が『オレ』という目立つ小人族(パルゥム)である。老若男女問わずに冒険者になれるとはいえ、冒険者としては不利なパルゥムという種族であるがゆえに余りいい顔は出来なかった。

 自身の担当している子というだけあり気に掛けていた彼女は、換金以外の用事でギルドに立ち寄らない彼女がようやく相談に来てくれたかと、頬を緩ませつつも気合を入れる。

相談役(アドバイザー)らしく力にならなきゃ)

 初めてギルドに訪れて冒険者登録した際にほんのりダンジョンについて聞いて以降は全く足を運ばなかった彼女が相談に来た。安否については換金に訪れていた事から無事なのは知っていたモノの、相談されなかった事に不安を抱いていた彼女は僅かに弾む足取りで受付に向かう。

「お待たせして申し訳ありません。クローズ氏、本日はどういったご用件でしょうか」

 眼鏡をかけ直して受付越しに背丈の低い少女を見下ろしながらも威圧しない様に頬を緩ませながら話す。

 そんなエイナの気遣いに対し不愉快そうに眉を顰めながらも、件の少女────クロード・クローズは銀の長髪を鬱陶し気に搔き上げると、右後方を指差した。

「今日はコイツの冒険者登録に来ただけだ」

 機嫌が悪そうだと一見してわかるクロードの右後ろ、僅かに肩を張った緊張した面持ちのヒューマンの少年が大きく頭を下げて挨拶を行った。

「よ、よろしくお願いします!」

「承知致しました。まずはお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 線の細い白髪の少年。何処か小動物染みた印象を抱かせる彼はまだ年端も行かない子供に見えた。

 本音を言うなれば冒険者になる事を引き留めたい気持ちはあれど、老若男女問わずになれる職業であるがゆえに、ギルドの受付嬢であるエイナは彼を引き留める事は出来ない。

「ベル・クラネルです!」

「はい、ではクラネル氏、此方の登録証明書への記載事項を記載してください」

 ガチガチに緊張した様子の少年に、緊張をほぐしてあげようと柔らかな笑みを浮かべて必要書類を差し出す。

 ダンジョンに出会いを求めて都市(オラリオ)を訪れた彼にとって、目の前の見目麗しい受付嬢との対話は非常に緊張するものであった。そんな彼女が柔らかな微笑みを向けてくれたとなれば、デレデレしてしまうのもまた必然だろう。

「あ、はい」

 対面したハーフエルフの美女の微笑みに釣られて笑みを浮かべるベル。そんな彼を他所にクロードは欠伸を噛み殺していた。

(はぁ……ヘスティア様の奴ぁ……なぁにが、ベル君の冒険者登録を手助けしてあげてくれ。だよ……さっさとダンジョンに行きたかったのになぁ)

 内心で面倒過ぎる、とデレデレする少年の横顔を見て隠れて舌打ちを零すクロードは、受付嬢に一つ一つ丁重に説明されながら書面を埋めていく少年の背を見た。

 親しみやすい態度で懇切丁寧に冒険者のあれこれの説明を受ける少年。二人が受付越しにやり取りする姿に自身は本当に付き添う必要があったのか、と少女は深い溜息を零した。

 

 


 

 

「ここがダンジョン一階層だ。出てくるのはゴブリンとコボルト、要するに雑魚だな」

 場所はダンジョン1階層。

 空を仰ぐことも出来ない天然の迷路。どこまでも途切れる事なく四方八方へと続く薄青色に染まった壁面と天井。一定間隔で整った地下迷宮は何処か人の手が入っている様にも感じられるが、れっきとした天然物。

 そんな迷宮の中を歩くクロードは後ろに付いてきている新米冒険者、それも今日初めて迷宮に潜り処女卒業中であるベルに簡単な説明を行っていた。

「チュールから説明があっただろうが、覚えてるよな?」

 彼女は手にした煙管を吹かしながらの探索である。ただし、その煙管は五〇C近い長さを持ち、太さも数Cはある。もはや煙管ではなく棍棒と表現するのに相応しい得物であった。

「うん、『冒険者は冒険しちゃいけない』だよね」

 少年の答えにクロードは一つ頷く。

 ────『冒険者は冒険しちゃいけない』────

 この台詞はエイナ・チュールが新米冒険者に必ず告げる言葉であり、同時に彼女の口癖でもあった。

 文字だけ見ると矛盾しているこの言葉は、要約すると『常に保険をかけて安全第一に』と言う意味になる。

「わかってりゃあ良い。無茶しても良い事なんか一つもねぇしな」

 前を歩く銀髪の少女を見て、少年がもどかし気に体を揺らす。

 ベルも神の恩恵(ファルナ)を受け取り、一端の冒険者になった──と本人は思っている──のだが、前を歩むクロードは少年よりも小柄な子供の様な体躯でありながら、先輩として忠実にベルの先導を行っていた。

 ベルと比べて一ヶ月程先輩とはいえ、容姿は可憐で幼げで、戦っている姿なんて想像も付かない彼女に守られる様に先導されるのは傍から見て男としては情けない。

(────とでも考えてんだろうなぁ。はぁ……だっる)

 どことなくそわそわした様子の少年をちらりとながし見たクロードは内心で舌打ちを繰り返す。明らかに容姿で舐められているという事に彼女の不快感の指数が上昇していく。

 そんな二人の内心等知らぬと言わんばかりに、迷宮の怪物は二人の前に姿を現した。

『ガアアアッ!』

 雄叫びと共に曲がり角から飛び掛かったのは犬頭のモンスター、コボルト。鋭い爪や牙を武器とする──クロード曰く雑魚──の怪物。

 飛び掛かった対象は、自身より小柄な銀髪の少女。鋭い爪を振り上げ、血気盛んに飛び掛かっていく。

 ベルが奇襲に気付いて目を見開く中、クロードは慌てふためくでもなく手にした煙管を振るい弾き飛ばした。

『キャインッ!?』

「わぁ!?」

「何驚いてんだよ。つか、気付いてなかったのか」

 予め怪物が潜んでいた事に気付いていたからこそのクロードの反撃。それに対し驚いたまま目を見開いて硬直していたベルは慌ててギルドから支給された新米用ナイフを鞘から引き抜いて構えた。

 余りにもお粗末な構え、しかも奇襲を受けてからたっぷり数秒かけての抜刀。クロードが呆れながら半眼でベルを睨み、直ぐに視線をコボルトに移した。

「まあいい、おまえは其処で見てろ。ったく、あんなの隠れてる内に入らねぇっつの」

 少年がどの程度()()()のかを確認する為にあえて見逃したお粗末な奇襲。たった一匹のコボルトは初撃の平打ちで打ち返され、痛みからか強打部を抑えて藻掻いている。

 そんなコボルトに対してクロードは一足飛びで近づくと、煙管ではなく腰の剣を引き抜き、眉間を一突き。切っ先が犬頭に突き刺さり、後頭部から突き抜けて貫通する。

 びくりびくりと痙攣を起こす怪物を足蹴にしながら剣を引き抜き、クロードは面倒臭そうに血を払った。彼女のその様は幼い容姿とはうらはらに戦闘は様になっていた。

「ったく……先が思いやられるぞ」

 クロードが振り向いて唖然とした表情のままのベルに告げた。

「お前、コレの剥ぎ取りやってみろ。練習だ、最悪魔石砕いても怒りゃしねぇよ」

「えっ?」

 返り血の一滴も浴びなかった彼女に告げられ、ベルは新米用ナイフを腰の鞘に戻すと、剥ぎ取り用の鋭利なナイフへと持ち替えて恐る恐るといった様子でその怪物の死体に刃を入れる。

「うわあっ」

 少年がナイフを突き入れると同時に血が噴き出し、生臭い血が撒き散らされる。ナイフや手に限らず、飛び散った血が軽装鎧にまで付着したのを見て怯み身を引いたからだろう、傷口がさらに大きく開きより多量の血が床を濡らしていく。

「……何ビビってんだよ。少し血が飛び散っただけだろうが」

 たかが血如きで、と吐き捨てかけた彼女はしばし考え込むと、徐に少年が手にした剥ぎ取り用のナイフを横から掴み奪い取る。

「良いか、下手にビビっても余計血が飛び散る。こういう時は一気にだな」

 ベルが切り込んだ傷に対し、大きく振り上げたナイフを一息に差し込んでコボルトの胸部の中心を探る。びちゃびちゃと飛び散る血に耐性の無い少年が青褪める中、少女は小さく輝く紫紺の欠片を摘出した。

 その紫紺の欠片は『魔石』と呼ばれ、怪物の『核』となる重要な代物だ。

「これが『魔石』だ。正確にはこの階層で取れるのは『魔石の欠片』だがな。んで、魔石を抜かれるか破壊されると怪物はこうなる」

 見ての通りだ、とクロードがコボルトの死体を指し示す。

 少年が見ている目の前でコボルトの死体は一気に色を失って灰色になっていく。その変化に驚く間にも、その体はほろほろと崩れ落ち、灰となる。そして最後には灰すらも虚空に消え、跡形も無く消えていった。

「この『魔石』が冒険者の主な収入源だ。他にも『ドロップアイテム』もあるっちゃあるが……今回は無しだな」

 肩を竦めてそう指摘すると、彼女は『魔石』を腰のポーチに放り込んでベルを伺った。

「大丈夫か? この程度で音を上げてるんじゃ、冒険者なんて無理だぞ」

「う、ううん、全然大丈夫」

 本音を言ってしまえば、飛び散ったねっとりとした血の赤色や匂いがだいぶきつい。しかし目の前の少女が平然そうにしているのに男である自分が情けない事は言えない、と奮起してベルは立ち上がった。

「……本当か? 無理すんなよ。まだ1階層だから最悪背負って運ぶが、これで5階層、6階層に行ってへたっても尻蹴っ飛ばしてでも自分で歩かせるからな」

 何処か威圧的な彼女の言葉にベルが首を竦める。

「ほら、準備出来たら次いくぞ……次はお前一人で戦わせるからな」

「うん」

 何処か厳しさを感じさせるクロードの言葉に頷くと、ベルは改めて五指で握りしめている小ぶりの短刀を見た。

 少年、ベル・クラネルは短刀使い。刀身二〇C程のナイフを得物とした冒険者。予備(スペア)武装は無い。

 少女、クロード・クローズは鈍器使い。喧嘩用の煙管をそのまま得物とした冒険者。予備(スペア)武装としてショートソードを腰の鞘に納めていた。

「何をぼさっとしてんだよ。ほら、いくぞ」

「あ、うん、ごめん」

 自身の獲物と、戦い慣れた様子のクロードの獲物を見比べていたベルは、急かす少女の言葉に慌てて頷く。

 既に歩き始めていた彼女に置いて行かれぬ様にと少年は足を進めた。

 

 


 

 

 魔石の存在、無限に続くと言われる迷宮、下層へ行くほどに強くなる怪物、階層ごとに異なる顔を見せる一面。全てをひっくるめてダンジョンには不思議で満ち溢れていた。

 下界(せかい)にたった一つしか存在していないこの地下迷宮は、神々が下界へと降臨する以前からこの世界に存在していたとされている。

 高名な迷宮学者が謳った一説によれば、この地下迷宮の最下層は地獄や魔界に繋がっているらしい。残念なことに、学者が謳うそれらが真実かどうかを確かめた人間は一人もいない。

 神々ならば真実を知っているのではないか、と神に問うてみれば。

『ダンジョンはダンジョンだろ。ダンジョンに他の何を求めてるんだよダンジョン』

 と神々の間では()()と笑われている返答が返ってくる事だろう。

 初めてダンジョンの話を聞いた者が最も驚く部分は『迷宮が生きている』という言葉だろう。

 字面だけで見れば勘違いする者も出てくるだろう。生々しい肉壁が襲ってきたり、階層毎に地形が変化する事も無い。それらを証明する証拠として、数多の冒険者が踏破して地図作成(マッピング)した階層の地図がギルドによって販売されている。

 とはいえ、ダンジョンは下層に下りれば下りる程、その面積は有り得ない程に大きくなっていく円錐形をしており、全てが完全に地図として網羅されている訳ではない。

 ダンジョンの説明で真っ先に言われる()()()()()とはつまり、迷宮は修復される事を指す。破壊されたダンジョンの構造は、時の経過と共に勝手に修復されていく。

 ダンジョンの基本構造を成している壁や天井、床等の材質は魔石の下位、あるいは上位の物質で形成されている可能性が高いと謳う学者が殆どである。しかし、実際の所はただ発生する現象の観測に成功しているだけであり、その構成がどのようなものなのか解析しきった学者は存在しない。

 付け加えると、魔石に近い性質の物質と言う事で迷宮の中は日の光が無くとも十二分に明るい。1階層に至っては天上部分が照明の様に燐光している事もあり、時間帯問わずに明々としている程だ。

 そしてもう一つ。迷宮と切っても切り離せないもの、それが怪物(モンスター)だ。

 彼の怪物達は『迷宮が産み落とす』。

 あたかも冗談の様な話ではあるが、実際にその光景を目にする冒険者は多い。付け加えれば、冒険者として活動を続けていれば嫌と言う程目にする現象である。数多くの冒険者が毎日の様に迷宮に潜り、怪物を狩っていても狩り尽くせないのはそれが理由であった。

 どのように生まれてくるのかといえば、まるで卵の殻を破り孵化する雛鳥の様に迷宮の壁から生まれる。そして、階層毎に生まれる怪物は決まっている。稀に生まれた階層から上下階層へと移動するモンスターも居るが、おおよそ階層毎に出現するモンスターの種類は固定されていると考えて良い。

 付け加えると、下層へ進めば進む程に出現する怪物は強くなる。

 そして、階層を繋ぐ地点(ポイント)は階段であったり長い下り坂であったり。不思議に満ちているとはいえ瞬間移動(ワープ)といった不可思議な現象は確認されていない。故にモンスターも冒険者もどちらも共通し、ダンジョン内では自らの足だけが頼りとなる。

 今でこそダンジョンから得られる利益が大きく絡んでいるギルドという機構も、元はダンジョンでしか怪物が生まれない事から、ダンジョンを管理する事でモンスターの脅威を減らすといった目的により太古から設立された経緯がある。

 とはいえ、ギルド設立以前に迷宮から外に出たモンスターによる被害がゼロになった訳ではない。彼の怪物達は長い時の中、子孫を残して地上にもほんの少数ながら存在しているのだ。

 そう、モンスターは生殖行動を可能としている。

 種の繁栄が十分に可能な数多の怪物を生み出すダンジョンは、神秘そのものといっても過言ではないだろう。

 

 

「はぁ……なぁにしてんだよ」

「うっ…………」

 その神秘そのもののダンジョンの一角。

 体色が緑色の怪物が行う威嚇行動を前に目も当てられない程に震え怯える少年が居た。その背後から呆れた様子でクロードが溜息を零す。

「ビビんな、神の恩恵(ファルナ)を貰った冒険者なんだから、ちょっとやそっとじゃ死なねぇよ」

「うう……」

 ガタガタと膝は笑い、手に握る短刀の切っ先はぶれっぶれ。そもそも構えの時点で腰の引けたへっぴり腰。本当に見ていられない程に怯えて狼狽したベルの姿は、恩恵を受けた冒険者としては落第点の有様だった。

「冗談だろ。迷宮最弱の雑魚モンスターだぞ」

 少年が相対しているモンスターは第1階層で出現する『ゴブリン』と言う名称のモンスター。人間の子供程度の体躯しかない緑色の肌をした怪物。『恩恵』を受けた冒険者なら素手でも倒せる雑魚だ。

 そんな雑魚を相手に怯える少年を呆れた様子で見ていたクロードが前途多難な新米冒険者指南に頭を悩ませる。

 後方で眉間を揉む少女を他所に、ベルは目の前の子鬼(ゴブリン)を前に喉を引き攣らせていた。

 幼少の頃、彼の少年は故郷にて現在相対しているそのモンスターによって危うく殺されかけた経験がある。それは深く少年の記憶に刻み付けられていた。要するに、目の前のモンスターは彼にとっては重度のトラウマを刻み込んだ因縁の相手ということだ。

『ギャギャッ!!』

 怯える少年と、奥で動かずに紫煙くゆらす少女。二人を交互に見ていたが、奥の少女に動く気配は無く、目の前の少年は怯えて動けないと見るや、彼の怪物は一気に少年に躍り掛かった。

『ガアアアァッ¡¡』

「ひっぃいいいっ!?』

 飛び掛かってきた怪物の姿にベルが恐怖し、目を固く閉じて短刀を振るう。

「あ、おい馬鹿、目を閉じんな!」

「ぐああっ!?」

『ギャギャギャッ!!』

 盲目にて放たれた一閃はゴブリンに掠りもせずに空振りし、盛大に姿勢を崩したベルに対し小鬼が殴りかかる。一撃、二撃と連続して殴られる少年は半狂乱状態のままに腕を我武者羅に振り回す。

「う、うわあああああああああっ」

『グギャッ!?』

 恩恵を受けた冒険者の一撃。例え目を瞑ったまま子供の様に腕を振り回しただけの一撃だったとしても、その拳はしかとゴブリンの腹に叩き付けられた。たったそれだけの事で、ゴブリンは吹き飛んでゴロゴロと転がっていく。

「あ……え? ぐぁっ!?」

「馬鹿か。目を閉じんな!」

 吹き飛んだゴブリンを見て唖然とするベル。幼少の頃に刻まれたトラウマ故の狂乱状態から一瞬で目覚め、呆然と己が成したであろう光景に見入っていると、後頭部を蹴り抜かれる。

 足を上げた姿勢のままのクロードは、振り向いて唖然としている少年を罵倒した。

「モンスターの前で目を閉じる間抜けが何処にいんだてめぇ。つか、さっさと立て、まだあのゴブリンは生きてんだぞ」

「え、あっ」

 少女の罵倒と指摘にようやく止まりかけていた思考が再開したベルが、慌てて立ち上がって短刀を構える。

 少年が見据える先には腹を抑えて憎々し気に己を見る幼少のトラウマの姿。しかし、最初の相対自と比べて落ち着く事が出来ていた。

(そうだ、僕は『恩恵』を貰ってるんだ……)

 勇気を出してもう一度、そんな風にベルが短刀を構えて突撃しようと膝を曲げ様とした所でクロードから指示が飛んだ。

「突撃じゃなくて迎え撃て。相手は余裕無くしてんだ、テメェはそれを余裕を持って迎え撃つんだよ」

「……うん」

 荒々しい激励の言葉にベルがしっかりと腰を落とし、短刀を構える。その間にも、ゴブリンは少年をただの獲物ではなくしかとした脅威と認識し、真っ直ぐ突っ込んで少年の息の根を止めんと動き出した。

 モンスター特有の荒々しい雄叫びを上げながら突っ込んでくるゴブリンの姿に、幼少の頃に刻まれたトラウマが再発しかけ、体が震えはじめる。余裕すらも消える寸前、少女の叱咤激励が飛んだ。

「落ち着け! 女神の恩恵を受けてんだから平気だ。目を閉じるなよ」

「うんっ」

 ベルが力強く返事を返し、目の前で跳躍して飛び掛かってくる怪物を見据える。

 先の様に恐怖で目を瞑るって我武者羅に振るうのではなく、しかと間合いを見極めての、雄叫び一閃。

「でぇやぁっ!!」

『ギャッ……ギャ……ァ……』

 振るわれた銀閃はしかと怪物の胸を捉え、そのまま両断する。

 幼少の頃に刻まれたトラウマ諸共、少年はそのゴブリンを切り裂いて見せた。

 怪物の死体を前に、血に濡れた短刀を手にしながらベルは呆然とその光景を目に刻みつけた。

「やった……? 僕が、倒した?」

 手に残る確かな手応え、そして咽返る血の匂い。目の前に倒れ伏す怪物の死体が先の戦いが夢や幻ではなく、想像でもない、現実で自身の手で為した事なのだと、ベルが実感して歓喜の声を上げる。

「やった! 僕の手でゴブリンを倒した!」

 いさみ喜びその躯へと歩み寄り、胸にナイフを突き立てて『魔石のかけら』を抉りだす。最初にあった忌避感は薄れ、喜びが勝る少年の手へと討伐の証は収まった。

「僕が、自分で仕留めた……」

 ぎゅっ、と握られた拳の中。爪程の大きさしかない小さなそれは余りにもちっぽけで、けれども自身のトラウマの克服を記念する一欠片。その喜びもひとしお。

「ねえ、クローズさん。僕、自分でゴブリンを────」

 喜色満面の笑みで振り返った先、あれやこれやと指示を出して怪物討伐までの道筋を立ててくれた少女は頭に手を当てて溜息を吐いていた。

(……? 何か間違えちゃった?)

 魔石も傷一つなくちゃんと回収できた。喜ぶべき場面なのに呆れた笑みを浮かべた少女の姿にベルが疑問を覚えて自身の行動を振り返る間。

 クロードは彼の背後を指差して呟く。

「周りをよく確認しろ。さもないと────」

『ガアアアァッ!!』

「う、うわぁあああああああああああ!?」

 いつの間にやら接近していたコボルトの奇襲に、少年は悲鳴を上げた。




 『豊穣の女主人』って喫煙可な店なのだろうか。
 次回か次々回あたりで例のベートイベントをやるはずなのですが、割と迷う。



 ※喧嘩煙管について。
 一言でいうと『武器としての煙管』。
 長さ40~50cmもあり、太さも数cmはある総鉄製の煙管で、羅宇(らう)を六角形にしたり、羅宇全体にいぼをつけたり、棍棒じみた加工がなされている為、攻撃力はそこそこ。
 ただ、中が空洞なので耐久は低め。壊れると吸えなくなる。




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