紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第二二話

 空は薄らとした闇の帳に包まれており、所々には刺す様な冷気が漂う。

 市壁のすぐそばの古ぼけた宿から小さな人物が朝霧に包まれた路地へと姿を現した。

 背嚢を背負い、目深にフードを被ったその人物は、億劫そうな仕草で煙管に火を入れ、頭を振って懐を漁る。

 喧嘩煙管に大き目の背嚢。全身をすっぽり覆い隠す外套で身分を隠した冒険者、クロード・クローズが懐から取り出した懐中時計を見てみれば、短針は四の数字に届くか否かといった所。

「四時、少し前か……荷物を届けて、ンで、ダンジョンだな」

 昨日届いた素材から作成した薬物の副作用を中和する薬の入った小瓶を取り出して古びた街頭型の魔石灯から零れ落ちる頼りない光にかざす。

 淡い桃色の色合いをした液薬。現状、自身の身体に摂取した薬物を中和し、副作用を軽減してくれる薬だ。代償として別の副作用の症状が出るが、せいぜいが色覚異常が出る程度。

 日常生活においても意識して活動すれば傍から見ても違和感は軽微で済む。

 身体の不規則な痙攣、幻覚、幻聴、更にはパニック症候群の様な副作用が出て、周囲から薬物使用を疑われた結果、ギルドの調査が入る。等と言った事になれば冒険者活動を続ける事すら危うい。それを考えれば少し見た景色の色彩が滅茶苦茶になっている程度ならば相応な事が無ければ問題はない。

「ふぅ……さて、テランスのとこに行くか」

 早朝も早朝、世間一般では早すぎる時間ではあるが、クロードが懇意にしているグラニエ商会は合法非合法問わずに様々な取引をしている。その中でも非合法側に分類できる彼女との取引の時間は堂々と真昼から行うか、人々が浅い夢を見ている早朝の時刻に行われる。

 彼女が中和剤の序に作成したいくつかの薬物。使用する事で一時的に強烈な快楽や爽快感を得られるそれらを輸送しようと彼女は歩き出した。

 人通りは全くない街並み。時折駆け抜ける風は冷たく、外套の上から肌を刺す様な冷気を感じさせる。加えて都市を包むしんとした静寂がその寒さをより一層際立たせる。

 日が出てくればまだマシなのに、と駆け抜ける風に眉を顰めたクロードが市壁の上を見上げ────足を止めた。

「……ん?」

 ガキンッ、キンッ、ドゴッ、と金属同士の打ち合う音がしたかと思えば、次の瞬間には鎧諸共肉を穿つ鈍い音が市壁の上から響いてくるのが、彼女の聴覚に届く。

 未だに市壁近くの宿は静寂に包まれており、この時間にわざわざ暴れる様な行動をとる者等居るはずもない。だというのに、聞こえた戦闘音にクロードは武装に手を伸ばして警戒心を露わにした。

「ンな時間から何処の馬鹿だ……」

 こんな都市外周部の市壁近くで戦闘。そんな事をするのは後ろめたい様な奴か、よほどの馬鹿か。どちらにせよ、わざわざこんな早朝からこそこそと隠れて戦闘に興じる時点で、後ろめたい事をしています、と白状している様なものではあるが。

「はぁ……しゃあねェな」

 聞いてしまったものは仕方ない。とクロードは市壁を登る階段横の物陰に背嚢を置き、音を立てないように市壁を登り始めた。

 もし、これが何らかのトラブルだったとして。例えば力の無い市民が市壁上に引っ張り出されて暴行を加えられてる、等の事態だったら────加害者をひっ捕らえて脅せば体のいい下っ端としてコキ使える。

 テランス・グラニエという商人の男は、ギルドに知られればただでは済まない犯罪行為をしていた無法者兼冒険者という肩書の者達を脅しては配下に加えている。と言っても、ギルドから匿う代わりに非合法な仕事をやってもらう関係ではあるが。

 クロードの場合は、彼女が使用する薬物が違法品だった事と、その違法薬が売れる品で会った事もあって互いに取引を始めた訳だが。

「さぁて、何処の馬鹿だァ」

 風向きからして下手に煙管を吹かすと見つかる可能性がある、と火の着いたままの刻み煙草を捨て、念入りに革靴(ブーツ)で踏み消す。

 暫く階段を上った後、市壁の上、それなりの広さを持つ空間を階段の傍に伏せたまま少女が覗き込んだ。

「────あれ、は……【剣姫】に、ベル……?」

 其処に居たのは白髪の少年と、金髪の少女。

 片や少年が手にしているのは抜き身の短剣。片や少女が手にしているのは剣の鞘。

 ズタボロになった白髪の少年が手にした短剣で必死に【剣姫】が放つ猛攻を防ぎ────【剣姫】、アイズが攻撃を放ちながら口を開いた。

「デタラメに動いたらダメ」

「ッ…………!」

「空間を上手く使えるよう、立ち位置をいつも考えて」

「はいっ!」

 それは、荒くれ者が行う様な私刑(リンチ)ではなかった。

 それは、非合法な者達が行う様な暗殺ではなかった。

 それは、それは────青くさい理想を語っていた少年が、はるか先を歩んでいた筈の第一級冒険者から鍛錬を受けている光景だった。

「────ハッ、笑える」

 懐から煙管を取り出したクロードは、火の灯らぬ煙管を咥え、暫く呆然とその鍛錬の様子を虚ろな目で見つめていた。

 

 


 

 

 ふらり、ふらり、と俯いたまま体を揺らし、吐き出す紫煙は重苦しい。

 市壁の上で【剣姫】が二つ名すら持たない新米(ルーキー)────彼を新米(ルーキー)などと呼ぶのにクロードは抵抗感を覚えていたが────に鍛錬を行う光景を目にしてから暫くして、クロードは市壁を下りると、隠しておいた背嚢を背負い直して改めて目的地へと向かって足を進めていた。

「………………」

 溜息代わりに紫煙を零し、クロードは胡乱気な視線を二人が鍛錬しているであろう市壁の方角に向け、直ぐに視線を落とした。

 戦闘の手ほどきされていたのは【ヘスティア・ファミリア】唯一の団員、ベル・クラネル。

 戦闘の手ほどきをしていたのは【ロキ・ファミリア】が誇る第一級冒険者【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 他派閥の団員に戦闘の手ほどきを求める等、常識知らずにも程がある。ましてや、【ヘスティア・ファミリア】だなんて名も知られていない新興派閥も良い所。それが、都市有数の大派閥である【ロキ・ファミリア】の、それも幹部であり第一級冒険者である【剣姫】から手ほどきを受ける────。

 主神(かみ)主神(かみ)同士が懇意にしているのならばまだわかる。だが、ロキとヘスティアが犬猿の仲なのは神々の中では有名な話であり、今回は全くの無関係。

 この話を聞いた者達は口を揃えて『身の程を知れ』と叫ぶことだろう。

(────そう、身の程を知れ……身の程を、な)

 話を聞けば、きっとそう口にする。クロード自身とて、もし話を耳にしていただけならば、迷わず同じことを口にするだろう。だが、そんな事は口に出来なかった。

(なんつー、()()()

 無意識に煙管の吸い口を強く噛み締めたクロードは、紫煙を吐いて気を落ち着ける。

 彼女が二人の訓練を見たのはほんの三〇分程度の短時間だ。そう、たった、の三〇分だ。

 最初は、一方的に少年が打ち据えられ、【剣姫】は膝を突いたり、倒れたりした彼に剣の鞘を突き付けては「たてる?」と問いかける。少年は打ち据えられた痛みを堪えて懸命に立ち上がり、抵抗を試みた。

 そのたびに、繰り返し、幾度も、少年は【剣姫】が持つ鞘に打ち据えられ、そして立ち上がった。

 並の冒険者ならば泣き言をほざいて逃げ出す様な、荒々しい鍛錬を、少年は折れる事無く続けていたのだ。

(────身の程を知れ、か)

 それだけなら、()()()()()()()()()()、彼女は『諦めの悪い奴』と鼻で笑えたのだ。だが、違った。

 最初の五分、次の一〇分、そしてクロードが立ち去る寸前の三〇分。その全てを見ていたクロードにはわかった。わかって、しまった。

(たった三〇分如きで、あんだけ()()()のか……)

 クロード・クローズという冒険者は、この世界に生まれ落ちる前から仮想現実の世界で戦い続けてきていた。

 相手はモンスター、人問わない。彼女の活動領域(テリトリー)に足を踏み入れた者達は無差別に襲撃し、その全てを撃破してきた。だが、そんな彼女も最初からそこまで強かった訳ではない。

 そのゲームにおける上限値(カンスト)までにおおよそ五年。さらにそこから対人や対異形における戦闘技術を手にするまでに、そこから更に五年()()

 此度、知らぬ間にこの世界に来ていたクロード・クローズと言う人物は、前世で()()()に鍛え上げた戦闘技術を用いる事で、この世界における最短記録(レコードホルダー)を打ち抜いたのだ。

(【剣姫】が、一年……あの速度だと、ベルは……どんだけになるんだ?)

 この世界において【ランクアップ】の最短記録、そして最年少記録は現在の所は【剣姫】が持つ所要期間一年、そして年齢は7歳だ。彼女が冒険者になったのは6歳の頃。

 クロード・クローズは所要期間二ヶ月。冒険者になったのは二ヶ月前からではあるが────前世における戦闘経験を含めれば、所要期間は十年と二ヶ月。技術のみの持越しである事を加味しても、五年分の経験と二ヶ月。

 そして、ベル・クラネルという少年が冒険者になったのは、つい一ヶ月ほど前。冒険者としての戦闘技術を学び始めたのは、一ヶ月前。

 クロード・クローズは知っている。嫌という程、知ってしまっている。

 ────新米も新米だった少年に付きっ切りでダンジョンに行っていたのが、彼女なのだから。

「あぁ、そうだよ。オレが()()()んだもんなァ」

 ガリガリと頭皮を掻き毟り、つい一か月前の記憶を掘り起こしたクロードは奥歯を噛み締めた。

 あの頃の少年と、今の少年の動きを比べたらどうだ。その歴然とした差は。たった一ヶ月で見違えた、どころの話では()()

「あぁ、何だ、あの速さは」

 早い、速い、なんという速度だ。

 三〇分前にはただ反応も出来ずに打ち据えられていただけの少年は、三〇分には攻撃を予測して防ごうとしていた。実際に防ぐことが出来ず、打ち据えられていたとしても、たった三〇分如きで攻撃を防ごうという動きを身に付けていた。

 どんなスパルタ教育だったとしても、一朝一夕では身に付かないはずの技術や心構えであるはずのそれらを、あの少年は三〇分足らずで身に付けようとしていた。

 あの後、立ち去ってしまってその後の顛末をクロードは知らない。だが、わかる。

「ヤバい、ヤバいヤバい」

 追い抜かれる。比喩抜きに、冗談でもなんでもなく、クロード・クローズという冒険者はベル・クラネルという冒険者に大差をつけて抜かれる。そして、一度抜かれてしまえば()()()()()()()()()

 噛み跡の付いた煙管を咥えたまま、懐から淡い桃色の液薬の入った小瓶を取り出し、見つめる。

 

 ────こんなに、頑張ってるのに。どうして? どうしてボクは、兄さん達みたいに……。

 

 薬物の中和による副作用の軽減。それはつまり、クロードの持つ【スキル】の効果の弱化も意味する。

 強い副作用が出れば、その分【ステイタス】が増強(ブースト)される。故に、副作用が弱くなれば弱化する。だが、酷い副作用はそれだけで戦闘どころか日常生活にすら異常をきたす。

「……どうすればいい。オレは、どうすればいい?」

 強い副作用を持つ薬を服用し、中和せずにダンジョンに潜る。自身よりもはるかに強いモンスターを倒す事で、上質な【経験値(エクセリア)】を得る事が出来る。そうすれば、【ステイタス】を早くに極める事が出来る。同時に、死ぬ可能性は非常に高い。

 中和剤を使用して、多少の弱化を受けてでも安定してモンスターを倒し続ける。時間こそかかるだろうが、死の危険からは遠ざかり、安全に戦う事が出来る。

「あァ、そうだよなァ……オレみてェに、才能のねェ奴にャァ、選択肢なんかありゃしネェんだよ」

 才能の無い者に、選択権なんてある筈が無い。

 彼女が、彼だった頃からずっとそうであった様に、目の前に出される選択肢の幅は狭く、目標を成す為に選べる選択肢は常に一つしかない。

 

 


 

 

「今日はまた、荒れてんなぁ」

 グラニエ商会店舗、二階応接室。

 いくつかの品の良い調度品の置かれた室内には男と少女。

 片や寝癖の着いた頭に薄青色で袖の長い寝間着(パジャマ)を着た寝起きのヒューマンの男。片や荒れた銀髪の間からギラつく眼光と威圧感を放つ小人族(パルゥム)の少女。

「………………」

「ちょっとさぁ、寝起きドッキリにしても鼻血垂らした破落戸の顔はびっくりしちゃうんだけどな」

 無言を貫くクロードを相手に、テランスは寝間着(パジャマ)の袖を揺らしてテーブルの上に置かれた小瓶を手に取り、しげしげと眺める。そのさ中、刺激しない様にクロードの方を伺うのも忘れない。

 本来ならば今日の取引は下に居る下っ端が対応するはずだったのだが、訪ねてきたクロードが『テランスを出せ』と言い放ち、下っ端だった彼の部下の歯を四本程圧し折ってくれたため、急遽彼が飛び起きてきたのだ。

「黙ってたらわかんないぜ?」

「……ああ、悪い」

 ボソリ、と少女の口から言葉が零れ落ちる。

 全く悪びれた様子の無い謝罪の言葉にテランスは肩を竦め、小瓶をテーブルの上の箱の中に戻して対面のソファーに腰掛けた。

「んで、今日は何が欲しいんだ?」

 瞬間、商人の男の空気が変わった。

 薄青色の寝間着(パジャマ)姿で気の抜ける格好とは思えない程に表情を引き締め、普段の様な商人然とした服装の時と差の無い雰囲気を纏い、それに違和感を感じさせない人間性(カリスマ)を見せ付ける。

 そんな彼を前に、クロードはゆっくりと、くっきりと歯形が刻まれた煙管の吸い口を唇から離し、ギラつく瞳を真っ直ぐ彼に向けた。

「18階層までの地図、用意してくれ」

「ほほぉう……18階層までの、地図かぁ」

 少し待ってろ、と男は立ち上がり、部屋の外で待機していた顔の腫れあがった部下に一言告げると、クロードの背後からソファーの背凭れに凭れ掛かる様に耳を寄せた。

「んで、今日はどうした。死ぬ気か?」

 最短でLv.2へと至った取引相手(しんゆう)が、普通なら考えられない様な行動に出ようとしている。

 中層からはパーティを組んでの攻略が一般的。ともすれば常識と言われている中、特定のパーティを組んでいるという噂が微塵も無い冒険者が、それも【ランクアップ】から一ヶ月も経っていない人物が中層の18階層までの地図を寄越せ、等と強請ってきたのだ。

 テランスが自殺願望でもあるのか、と問うのは当然のことだった。

「別に、ちょっと18階層の綺麗な景色を見たくなっただけだ。綺麗なんだろ?」

「おおう、まさかお前が18階層の絶景を見にいきたいだなんてなぁ」

 透明な青い輝きを宿すクリスタル。形状も様々な青水晶が森の至る所に点在し、神秘的で幻想的な雰囲気を醸し出す森を抜けると、そこに広がる大自然。

 地上でもそうそうお目にかかれない様な緑一色に覆われた、雄大と言うにふさわしい大草原。

 思わず喉を鳴らしてしまいそうな程に水面は鮮やかな紺碧に彩られる湖。その中央には『リヴィラの街』がある島。

 大草原の真ん中に聳え立つ巨大樹。その高く高く頭を伸ばす樹木につられて上を見上げてみれば、天上を覆い尽くした光り輝く水晶群。中央には太陽を思わせる白水晶が、その周囲には空を思わせる蒼水晶が。

 その階層は、冒険者の間ではこう呼ばれる。

「『迷宮の楽園(アンダーリゾート)」とな?」

 音吐朗々に語られる内容にクロードは僅かに眉を顰めると、耳元に口を寄せていたテランスの方に視線を向ける。

 至近距離から見つめ合う事数秒。威圧感を霧散させたクロードが呆れ気味に口を開いた。

「オマエ、ダンジョンになんざ入った事もねェ癖によくもまぁ、ンな朗々と嘘八百並べ立てれんな」

「ハッハッハ、嘘八百だなんて失礼だな。ちゃんと冒険者達から聞いた話から()()()()()()迷宮の楽園(アンダーリゾート)」の話をしてやってるんじゃないか」

 モンスターの坩堝たる迷宮に足を踏み入れるなんて、荒くれ者の冒険者がやる事であって、自分みたいな商人の仕事ではない。と冗談めかして肩を竦めると、テランスは荒れた銀髪に手櫛を通す。

「止めろ、気色悪い」

「おっと、悪い悪い」

 男の手を振り払い、悪びれた様子の無い謝罪を耳にしたクロードは舌打ちを零しかけ、呑み込んだ。

 早朝から押しかけ、下っ端を押し退けて頭を呼び付けた自身の態度が何処にも褒められる所が無い、どころか非難轟々であろう事が想像に易い態度だと気付き、無言で懐からお金(ヴァリス)の詰まった袋をテーブルに置いた。

「いや、別に金をとろうなんて思っちゃいないさ。ただ、落ち着いたか?」

 置かれたヴァリスの袋を無視したテランスは、少女が手にした煙管の火皿に丁重に刻み煙草を詰め、火を灯す。

「……あァ、ちったぁ、マシになったわ」

 一服し、紫煙を吐き出したクロードは落ち着いた様子で溜息を零す。

「いや本当にびっくりしたぜ? いきなり部下が顔面血だらけで起こしに来やがったんだからな」

「悪かったっての」

「ま、あの馬鹿、商品ちょろまかしてやがったから別に良いんだが」

 程よい薬になっただろ、とへらへら笑って気にしていないと主張(アピール)する彼に、クロードは紫煙を吐き捨て、口を開いた。

「……んで、オレが自殺願望者か否かって話だが」

「どっちだ? いや、割と真面目な話、お前一人で中層に行くと死ぬと思うんだが」

 まるで心配している、とでも言う様に真剣な表情で問いかけてくる男に、クロードは面倒臭そうに表情を歪める。

「なァ、心配してんのか?」

「ああ、勿論」

 その返事を聞いた瞬間、クロードは表情を歪める。

「心配、怠いな」

「おいおい、心配されるのが嫌いか? だとしたら諦めろよ」

「面倒なんだよ」

 誰かに無事を祈られるだけでも面倒臭い、と少女が紫煙と共に吐き捨てるのを、商人の男はクスクスと肩で笑った。

「ああ、心配で心配で堪らないぜ。なんたって、大口の取引相手が死んじまったら、俺だって大損だからなぁ」

「……ンだよ、心配って()()()の心配か」

 彼の言う()()はクロードの生死に関して、ではなく。クロードが死んだ事によって得られる筈だった利益が得られなくなる事について、である。

 クロードの危惧する様な内容でないのを察した彼女は溜息を零し、肩を竦めた。

「安心しろ、易々と死ぬ気はねェよ」

「ほぉん……で、今回は何があったよ?」

 適当な返事を返しながらも、探る様に目を輝かせるテランスの姿にクロードは少し考え込み、真っ直ぐに視線を交わした。

「なあ、才能って、どうやったら手に入るモンなんだ?」

「………………はぁ?」

 至極真面目な表情で問いかけてきた質問を聞き、たっぷり数秒経ってから、テランスは呆れた様に言葉を零した。

「なあ、才能っつーのは母親の腹ン中で受け取るもんだぜ? 後から手に入れる、だなんて普通は無理だって」

「……普通は、な」

 才能というものは産まれる以前に手にするモノであって、後から手にする事は有り得ない。普通ならば。

 だが、クロードの知る人物の中に、明らかに後から才能、資質を開花させた────否、手に入れた者が居る。

神の恩恵(ファルナ)でどうこう、っていうのは?」

「聞いた事無いな。少なくとも前例は無い、が────可能性はゼロじゃないだろうなぁ」

 人間(こども)に可能性を与える神が血と共に授ける恩恵(ファルナ)

 神ですら予測できない成長の可能性。神にとっての未知である恩恵ならばあるいは可能なのだろう、とテランスは呟く。

 クロードは煙管に残った煙草を一気に吸う様に紫煙で肺を満たす。

「まあ、そうだな。こういう言い方はあれだが、後から才能を手にした奴ってのは……()()()()()()()()()()()()()()()って事なんじゃねぇの?」

 ぼやく様に呟かれたテランスの言葉に、クロードは息を詰まらせ、少しして肺を満たしていた紫煙を吐き出した。

「そりゃあ……そうかもな」

 ベル・クラネルが最初は才能が無さそうに見えていたのはただの思い違い。否、実際に冒険者としての才能は無かった、あるいはそこまで高くは無かったのかもしれない。

 だが、彼には別の才能があった。そう、()()()()()()()()()()が、あったのかもしれない。

「……それって、つまりは────」

 ────才能の無いクロード・クローズ(オレ)がどれほど頑張っても無意味という事ではないのか。

「ハッ、笑える。本当に、笑える話だよなァ」

 ケタケタと、背凭れに身を預けて天井を見上げたクロードが笑う。

 乾いた笑いが響く中、おずおずとしたノックの音が響いたのに気付いたテランスは立ち上がり、扉を開けて部下が持ってきた地図等を受け取った。

「んで、クロード、お前は笑ってるだけで良いのか?」

 受け取った資料に目を通しながら、茶化す様に男が問いかける。

「ハハハッ、冗談。笑ってるだけで才能が手に入るならいくらでも笑ってやる」

「だが、そうじゃない」

「ああ……」

 商人の男が机の上に広げた地図を覗き込んだクロードは、灰に燻る炎を燃え上がらせる様に瞳の奥に紅色を燻らせる。

「たとえ、何も残らなかったとしても、()()()()()なんて真っ平御免だね」

 目指すは18階層。

 ベル・クラネルが駆け足で追いつく前に、自身は更なる先へと進む。

 いつか追い付かれ、追い抜かれる事になったとしても、それまでは先に駆け抜けてしまえばいい。

 後ろから猛然と迫る者に構う暇があるのなら、少しでも前へ。

 追い付かれる日は、存外近いのかもしれない。




 今の所、考えている本作の終着点について。
 【ヘスティア・ファミリア】と打ち解ける『ハッピーエンド』。
 何も残せず、何も成せず、悔いしか残らない『バッドエンド』。
 周囲がどうあれ本人は満足できている『メリーバッドエンド』。

 作者個人としてはメリバが一番好きです。

 ただ、戦争遊戯編、イシュタル編、の後も続けるのなら、打ち解けるか最低限ぶっ壊れた価値観を完全に打ち崩さないとですね。
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