紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

23 / 40
第二三話

 薄汚れた銀髪の少女が、罅割れた喧嘩煙管を引き摺りながら歩いていた。

 煙の香りが染み付いたコートは血と泥で汚れ、銀髪には乾いた血と泥が飛び散り、羽織っていた『火精霊の護布(サラマンダーウール)』は焦げ付いた痕跡が残されているのが伺える。

 さらに、腰の鞘には捻じ曲がり納まりきらなくなったショートソードが数本の髪を束ねた紐で括り付けられており、満身創痍だった。

「糞が……」

 身に着けたコートの内側に着込んでいた軽装鎧には数え切れない傷が刻まれ、加えて露出した肌にはいくつかの切傷が伺えた。なにより目につくのは、右頬から顎にかけてに刻まれた裂傷だ。

 傷口は生乾きの血がこびりつき、未だに血がしたたり落ちる程の大きな負傷具合。

 場所は上層。つい先ほどまで18階層を目指して中層に挑んでいて────連戦に次ぐ連戦で前に進むどころか押し返されて呆気なく撤退を余儀なくされた所であった。

 

 

 はじまりは、ベル・クラネルが【剣姫】に鍛錬して貰っている光景を目にしたことをきっかけだ。

 それ以降、早期に到達階層を増やし、18階層へと到達する事を目標に掲げたクロードは、即座に準備を開始した。

 数日かけて体調(コンディション)を整え、道具類も念入りに準備を行い。ヴェルフに無茶を言って武装も新調した。その間に、ベルと【剣姫】の訓練の期間が一週間であり、その次の日には【ロキ・ファミリア】が再度、『遠征』に向かうという情報を得たクロードは、即座に挑戦する日程を彼の派閥の遠征前日に早めた。

 ダンジョン内での噂も念入りに搔き集め、念入りな準備も行い、前日にはしっかり休息をとり。

 予定通りにダンジョンに潜ったクロードは、順調に上層を下りた。そして、彼女が12階層と13階層を繋ぐ連絡路に辿り着いたのはおおよそ昼過ぎ頃。

 四半刻程の休息の後、彼女は13階層。中層域に突入した。

 至る所に灰色の岩石が転がり、床、壁、天井、全てが岩盤で形成されており、空気は僅かな湿り気を帯びている。何も知らなければ、山腹に存在する洞窟だ、と言われれば信じてしまいそうな雰囲気の迷宮だ。

 感慨に耽るでもなく、クロードは真っ直ぐ一直線に14階層に進むべく足を進め、長い通路を抜けた先のルームに出た所でモンスターと接敵(エンカウント)した。

 敵の数は4体。種別は黒犬(ヘルハウンド)

 『放火魔(バスカヴィル)』の異名を持つ、犬型のモンスター。中層のモンスター故に身体能力は勿論上層のモンスターに比べて高いが、それ以上に警戒しなければならないのはその口から放たれる火炎攻撃だ。

 並の防具ならばいともたやすく融解させるほどの熱量を持つ高威力の炎攻撃。黒犬(ヘルハウンド)の群れに遭遇し、一斉砲火を喰らってしまえば、僅かな灰しか残らない。

 それこそ、13階層での冒険者の死因の最上位に位置するのがこの火炎攻撃だ。【ランクアップ】を果たし、パーティを組んだ状態であっても、この炎の前に焼き尽くされる事は珍しくはない。

 

 ────当たり前だが、死因の最上位に位置するその炎には対策も存在する。

 

 『精霊の護布』。

 精霊たちが自らの魔力を編み込み、加護を宿した特別な装備品だ。

 元々、【スキル】によってそれなりの火耐性を持ってはいたが、その耐性が何処まで通用するか不明だったために念のため用意した逸品『火精霊の護布(サラマンダーウール)』。

 火の精霊(サラマンダー)が加護を与えたその護布は、強大な『火耐性』を与える効果を持つ。それこそ、上級鍛冶師が作り出す耐性持ちの装備品すら容易に超える効果が、軽量な布地で得られる品だ。

 十全の対策を行ったクロードの初戦闘はすんなりと終わりを迎えた。

 鋭い牙で噛み砕かんとした黒犬(ヘルハウンド)はカウンター気味に放った大振りの一撃で首の骨を圧し折り、飛び掛かってきた個体は下に潜り込みショートソードで腹を掻っ捌き、火炎攻撃を放とうとした個体は放つ直前に重い一撃を頭部に叩き込んで口を閉じさせ、体の内側から爆炎を撒き散らして即死。

 残る一匹は怖気づいたのか逃げようとして、クロードが蹴り飛ばした灰色の岩が直撃して足を負傷し逃げ切れずにその胴体を叩き潰されて死んだ。

 呆気ない、この調子ならば余裕ではないか。と紫煙を燻らせたクロードは、次の瞬間には口を閉ざす事になった。

 ひょっこり、と通路の奥から顔を出したのは、知り合いに良く似たモンスターだった。

 白い毛並みに赤い目。長い耳をぴょこぴょこ揺らしてふさふさ尻尾。そして額には鋭い一角を生やしており、後ろ脚で地面に立つ、ヒューマンの子供程の背丈の兎型のモンスター。

 『アルミラージ』。

 クロードはその容姿に息をのみ、脳裏に少年の姿を思い描き────獰猛に嗤った。

 溜まっていた欝憤を、気兼ねなくぶつける事が出来る都合の良い怪物(サンドバック)を見つけた、と。

 手近にあった岩を砕き、片手で扱える小型の石斧(トマホーク)を装備し、クロードを引き裂かんと群がるも、彼女はこれを軽く一蹴した。

 魔法によって彼女が周囲に漂わせる紫煙は、彼女自身の【ステイタス】を増強し、彼女を除く全ての者から力を奪う。自らが狩場へと飛び込んだ哀れな兎達は、黒犬(ヘルハウンド)同様に潰され、引き裂かれ、無残にバラバラのぐちゃぐちゃな亡骸を其処らに撒き散らす事となった。

 そこまでは、順調だった。()()()()()

 魔石の剥ぎ取りもそこそこに、奥へと進む通路に足を踏み入れた彼女を待っていたのは、連戦に次ぐ連戦。

 一度の戦いで相手どる数も、最初こそ三匹、四匹だったのが。気が付けば十匹単位の群れが現れ。激化していく戦闘の音に誘われる様に更に多数の群れが彼女を狙い、気が付けば四〇を超える大群との戦闘を行っていた。

 最初こそ自身を強化し、他者を弱体化させる紫煙を纏い、戦闘を続けていたものの、次第に魔力が磨り減り、持ち込んだ煙草類もみるみるうちに損耗していく。気が付けば手持ちの煙草は半分を切り────その時点で彼女は悟った。

 彼女が到達したのは14階層の途中まで。その時点で中層突入から四時間が経過しており、さらに道具類の半数を損耗。魔力も大きく消耗しており、どう考えても18階層にまで持たない事は明白だった。

 モンスターの出現頻度(ペース)が高い。否、高すぎる。

 更に一匹一匹の身体能力も洒落にならず、常に全力を以て相手どらなければ直ぐにでも自身が彼等の餌になるのが容易く想像できる。

 このまま進むのか、それとも戻って仕切り直すのか────クロードは、選ばざるを得なかった。

 

 

「糞がァッ!?」

 中層の洗礼を浴び、情けない撤退を余儀なくされたクロードは荒れていた。

 用意していた道具や装備品の大半を損耗し、回復薬(ポーション)は全て使い切っている。

 テランスにも言われていたが、明日には【ロキ・ファミリア】が『遠征』に向かう。その時に合わせて行動していれば、もっと楽に進めたかもしれないが、彼女自身がそんな方法を頑なに認めなかった。

 第一級冒険者が露払いの様にモンスターを散らした後を悠々と進む。だなんて方法で進んで何の意味があるのか、と。

 妙な意地を張った結果がこれだ。

 余りにも惨めで、今すぐにでも自らの喉を掻き切ってしまいたい衝動が止めどなく溢れ返り、クロードは幾度も捻じ曲がったショートソードに手をかけ、その度に自らを抑え込んでいた。

 むしろ、彼女は誇るべきだろう。

 たった一人、パーティを組まずに14階層まで足を踏み入れ、大きく損耗しボロボロの状態になったとはいえ、見事帰還してみせたのだ。それも他の冒険者の助けを一切借りる事無く。だ。

 並の冒険者ならばまず間違いなく死んでいたであろう行動をしてもなお、死ななかった幸運は────ある意味で彼女にとっては悪運だっただろう。

 あの時点で死んでいれば諦めも付いた。だが死なずに上層にまで帰ってこれてしまった。そして、きっと自分は地上にまで帰れてしまうのだろう。とクロード自身も薄々勘付いている。

 ともすれば、呪いの様に。

「くはっ……笑っちまうなぁ……ほんとに、笑えるゼ」

 前世でも、クロードの運の無さは折り紙付きだった。どれほど望んでも才能は無かったし、どれほど望んだ所で()()()()()()()()

 ケタケタと、哄笑を響かせながらダンジョンを歩く彼女に、数匹のモンスターが躍り掛かり────クロードは罅の入った煙管を振るって弾き飛ばした。

「はっはっはっは、笑えるなァ……なァ? 殺しに来たんだろ? ンな甘っちょろい奇襲なんぞで、オレを殺せるとでも思ったかヨ」

 殺したいのなら十倍は持ってこい。と言葉が通じるかもわからない怪物に吠え、止めを刺していく。

 最後の一匹、怯えた様に足を引き摺って逃げようとするゴブリンの足を圧し折り、両腕をへしゃげたショートソードで切り落とす。四肢を破壊されたゴブリンの頭に足をかけ、嗜虐的な笑みを浮かべたクロードは、怯えた様に震えるゴブリンの頭部に少しずつ重圧をかけながら、呟いた。

「オマエさん、次生まれてくるときは、もうちったァ……マシな才能がありゃイいなァ」

 そうすりゃあ、こんな死に方せずに済んだんだ。と金属が仕込まれたブーツと硬い床の間に圧迫(プレス)されたゴブリンが響かせるか細い悲鳴に答える様に、力を加える。

 ゴシャリ、と頭骨が砕けたソレは呆気なく潰れた。

「ハッハー、きったねェじゃねェかよォ」

 潰れたゴブリンの頭部を床に擦り付ける。

 パキパキと砕けた頭骨の欠片を砕き潰す感触。プチプチと繊維を千切る様な音。血と脳髄と骨片を念入りに地面に捻じ込み、その場に染み付けていく。

 念入りに、恨みを晴らす様に、欝憤を晴らす様に。

「これに懲りたら、次は力量差を考えて襲え、糞モンスターが」

 唾を吐き捨て、爪先で地面を蹴ってブーツに張り付いた脳漿を散らす。

「まぁ、テメェに次があるかは知らねェがな」

 もし運悪く、運良く次があったら、その時は今の経験を十全に活かせば良い。オレは運悪く次があった。終わりたいのにまだ続けられる。

 前世で散々味わい尽くした無力感。その感覚はいつ味わっても、色褪せずに脳髄に焼き付いている癖に、慣れて色褪せる事も、忘却に薄れていくことも無い。

 いつまで経っても、その無力感は内側から溢れ返ってくる。

 クロード・クローズが前世で努力の限りを尽くし、半身不随に至るまでに焼かれ続けた焦燥感。

 誰にも期待されない────否、()()()()()()()()()存在を知っていた彼は、止まれない。

 彼の父親は、居た。何の変化も無い、人に期待される事も想われる事も無い、ただの屋敷の中で微笑みを浮かべ、()()()()()生きていた。

 存在しているのに、存在しない。存在している事を認知されない。

 居るのに、居ない。

 

 ────三人の兄達は幾度もの称賛を浴び。一歩劣る彼は侮蔑と罵倒が贈られた。

 

 母親やその周囲の者達に褒められた事など無い。けれど三人の兄だけは褒めてくれた。だが、彼等は死んだ。居なくなった。

 存在を認めてくれた兄達は消えた。残ったのは存在を認めてくれない親族だけ。

「ハッハッハ、ハァ……」

 哄笑を途切れさせ、溜息を零して肩を落とす。

 クロードは、疲れ切っていた。

 数えきれないモンスターとの連戦。薬物の過剰摂取。中毒症状による幻聴、幻覚の数々。

 彼女の周囲には幾人もの人が歩んでいる。それは彼女だけにしか見えない、ただの幻。

 使用人の服を着た女中がルームの片隅でひそひそと声を潜めて話している。

 

『あれ、誰かしら?』

『ああ、()()()らしいわ。ただ、出来が悪くて奥様は四人目だなんて()()()()って仰っているみたいですけど』

『まあ、でも()()四人目なんですよね?』

『まあね、三人目まではすんなり()()()()けれど、四人目はお目こぼしの結果らしいわよ』

『そういえば、最初は何人居たんでしたっけ?』

『八人だったと思うけれど』

『半分しか残されなかったんですね────』

 

 前世でクロードが本家を訪れた際に囁かれていた女中達の話し声。彼女らがその時に浮かべていた表情は、哀れみか、それとも、嘲笑か。今のクロードにはソレがわからない。

 一つわかる事は、幻覚が見せる女中達の表情はどれも歪みに歪んだ嘲笑が張り付いており。自身の心を酷く搔き乱すという事だけだ。

 だから、幻覚を相手にするだけ無駄だ。そう言い聞かせて足を進めるほかない。

 

『ねぇ、聞いた? また四番目の子、駄目だったみたいよ?』

『またぁ? 懲りないわね。とっとと旦那様みたいに屋敷に籠ればいいのに』

『ちょっと貴方達! お坊ちゃま、お帰りなさいませ』

 

 クロードの前を遮る様に立っていた薄らと靄の様に漂う人影が、慌てた様子で頭を下げて道を空ける。

 

『そういえば、この前まで五人目のお子様がいらっしゃった様な気がするのですが、何処にいらっしゃるのでしょうか? 姿を見ませんが』

『この前、四人に()()()ばかりでしょう? 五番目の彼は才無しという事で別館の方へ行ったわよ。まあ、もう少ししたら三人に()()んでしょうけど』

『四番目の方、そんなに成績が悪いのでしょうか……?』

『さぁ、常に上位一〇位以内を維持(キープ)は出来てるみたいだけれど……ほら、奥様が仰っていたでしょう? ()()()()()()()()()()()()って』

 

 若い教育係が年配の教育係から常識を吹き込まれている。

 一位以外に意味が無い。二番目、三番目? その順位に何の意味がある? 二番目以下は全部存在価値の無い塵屑だ。何せ、一番は代わりが居ないが、二番目は代わりが居る。

 何者にも代えられない一番にこそ意味がある。それ以外に意味はない。

 才能と結果だけを重視した彼の母の言う言葉には絶対の正しさがあった。実際、彼女の言ったそれらは正しい。

 不動の一位を保ち続けた兄達の死後、彼等の代わりに一位を獲得した者達は彼らの代わりにはなれない。二番目だった者が、繰り上がって一番になった()()。一番を超えた訳ではない。

 

「……鬱陶しい」

 

 ガシガシと乱暴に髪を掻き毟る。

 こびり付いた血と乾いた泥がパラパラと零れ落ち、クロードは爛々と鈍い輝きを宿した瞳で通路の先に広がるルームを見た。

 絶え間なく続く幻聴に気が狂いそうだ、と心の中で呟き、即座に自身でそれを否定した。気が狂いそう、ではない。とっくの昔に狂ってる。

 目の前に見える光景も幻覚か、それとも現実か。今のクロードには判断が出来ない程に。

 

 


 

 

 その日、悍婦達は主神(めがみ)からの命令を受けてとある冒険者の襲撃を行う予定になっていた。

 ここ一週間ほど、主神と敵対している派閥──正確に言うと、彼女らの主神だけに留まらず、数多くの女神が嫉妬して敵対している──【フレイヤ・ファミリア】への嫌がらせの一環であった。

 どんな理由かは不明だが、たった一人でのこのことダンジョン探索に赴いた怨敵の派閥の団員。絶好の襲撃機会だと主神(めがみ)が判断するのは早かった。

 そんな主神(かみ)に仕えている女戦士達もまた、それを好機ととらえて襲撃する事に賛同した。

 作戦内容は、オッタルが手に入れた成果を横取りする事。フレイヤが何をオッタルに頼んでいるのかはわからないが、その成果をまるまる横取りすればあの女神の鼻を明かせるはずだ。

 そして、戦意滾らせる女戦士(アマゾネス)達を率いてのこのこと張っていた上層に顔を出した冒険者の前に立ち塞がったのは、【イシュタル・ファミリア】が誇る『戦闘娼婦(バーベラ)』達だ。

「フリュネか」

「ゲゲゲゲッ、オッタルじゃないかぁ~。17階層で一人でこそこそ何かしていたらしいじゃないかぁ」

「貴様には関係の無い事だ。失せろ」

「その後ろのカーゴに成果が詰まってるんだろぉ~? アタイにおくれよぅ~」

 襲撃対象は、【フレイヤ・ファミリア】の団長。Lv7、都市最強の冒険者。【猛者(おうじゃ)】オッタル。優に二М(メドル)を軽く超える偉丈夫だ。

 対するは【イシュタル・ファミリア】団長。Lv.5、【男殺し(アンドロクトノス)】フリュネ・ジャミール。一言で言えばヒキガエルの筋肉塊。更に幹部Lv.3【麗傑(アンティアネイラ)】アイシャ・ベルカと、それに率いられる多数の戦闘娼婦(バーベラ)達。

 圧倒的な数の差で囲み、オッタルにねちっこい声をかけるフリュネも含め、イシュタルの眷属達は油断なく彼の様子をうかがっていた。

 主神の命令で襲撃に来たものの、そう易々と倒せる相手ではない。どころか、下手を打てば何も出来ずに返り討ちだ。とはいえ、此度の襲撃に関して【イシュタル・ファミリア】に秘策も存在する。

 既にその秘策は使用されており、フリュネは身体に光粒の輝きが舞っている。

(ま、この程度で勝てる相手なら苦労しないけどね)

 この襲撃計画が上手くいくとは思っていないアイシャが内心呟きを零し、今まさにフリュネがオッタルに躍り掛からんとした、その瞬間だった。

「あァ? ンだこりゃ……光るヒキガエルの化物と都市最強が戦ってやがる。その周りにゃあ、ンだよ踊り子か娼婦か、あんまり変なモン見せんじゃねェっての」

 ルームに響いたのは場違いな幼い少女の声だった。

 オッタルを待ち伏せしていた方とは別の入口から、ボロボロで死に掛けの幼い銀髪の冒険者が現れたのだ。

 片手には煙管を持ち、もう片方の手には大きな喧嘩煙管。肩に担いだそれをゆらゆらと揺らして胡乱気な目をその場に居る者達に向ける人物。

 そんな彼女の事を、アイシャ達は知っていた。

 最近、一躍有名になった小人族(パルゥム)怪物祭(モンスター・フィリア)の時に市民を守る為に魔法を行使した無所属(フリー)の冒険者。そして、二ヶ月というぶっ飛んだ短期間で【ランクアップ】を果たし、神々からその身柄を追われている少女だった。

「クロード・クローズか」

「ゲゲゲゲッ! 失せな小娘ぇ、アタイ達は忙しいんだよぉ」

 ボロボロなクロードを見やったオッタルは目を細め、フリュネは鬱陶し気に追い払おうとする。

「あァ……テメェ等に構ってる余裕なんぞねェんだっての」

 フリュネ達がオッタルを待ち伏せしていたのは、階層同士を結ぶ連絡路を最短距離で結んだ経路上にあるルームの一つだった。当然、最短経路であるそのルームは数多くの冒険者が通る事になる為、普通ならそんな場所を襲撃場所に選んだりはしない。

 だが、今は普通ではない。

 時刻は既に夜中と言ってもよく、こんな時間にダンジョンに潜る物好きは殆ど居ないはずだった。だというのに、フリュネ達の前に現れたクロード・クローズはそんなもの好きの一人だった訳だ。

「ったく、通るからソコ退け売女共。ンな薄暗い地面の下で盛ってんじゃねェぞ」

 クロードの放った皮肉交じりの煽り言葉に戦闘娼婦(バーベラ)の幾人かが眉を顰める。

「売女とは言ってくれるねぇ」

「ちょっと他より早く【ランクアップ】したからって良い気になり過ぎじゃない?」

 クスクスと嘲笑を零し、幾人かは()()()彼女の歩む先に立ち塞がった。

 その様子にオッタルは興味深げにクロードの様子を観察しようとし、フリュネはそれを隙と見て仕掛ける。

 瞬く間に打ち合いに発展する二人のやり取りに、アイシャは表情を歪ませて声を張り上げた。

「ああ、ったく。アンタ達、遊ぶのは控えめにな。フリュネの援護するよ!」

 大派閥同士の抗争に首を突っ込んだ挙句、挑発なんかかましたクロードに数人の戦闘娼婦(バーベラ)を差し向け、残る全員でオッタルに群がる。

 連携してオッタルを封じ込めようとするアイシャの判断は、指揮官として何一つ間違った行動はしていない。

 Lv.2でもそれなりに戦闘を経験して【ステイタス】も高くそれでいて、オッタルとの戦闘時には足手纏いにしかならない為、戦闘への参加ではなく道具や武装の輸送等の為に連れてこられた一部の戦闘娼婦(バーベラ)をクロードに差し向けたのだ。

 

 

 

 Lv.2の者達では到底知覚できない第一級冒険者同士の次元の異なる闘いを尻目に、同伴しつつも戦闘への参加を許可されなかった者達が、思慮の無い挑発を放った間抜けの前に立ち塞がる。

「さっきは何て言ってたっけ、売女がどうとか言ってたよね」

「おいおい、舐めてくれるじゃねえか」

 幼げなアマゾネスに、背の高いアマゾネス。二人の女戦士を前にし、クロードはバリバリと頭を掻いてから、口内で呟く。

「ンだよ、現実かよ……あんなヒキガエルみてェなキチガイ染みた人類(ヤツ)が実在するなんてフツー想わねェだろ」

 常人離れしたフリュネ・ジャミールの容姿に、あろうことか現実とは思わずに挑発をかましたクロードは立ち塞がる二人の女戦士を見やり、目を細めた。

「退け、こちとら疲れてンだよ」

「挑発しといてそれはないんじゃない?」

「おいおい、調子に乗り過ぎだろ」

 既に戦闘態勢らしき二人を見やったクロードは、溜息を零すと、火の入ったままの煙管を投げた。

 くるくる、と中空をとんでいくソレに二人が気をとられる隙に、クロードは詠唱を囁く。

【燃え上がれ、戦火の残り火】

 短文詠唱。

 素早く詠唱を終えたクロードは、腰にぶら下がっていたへしゃげたショートソードと、担いでいた喧嘩煙管を引き抜いた。遅れて、女戦士が駆け出す。

 互いに間合いの外。

 女戦士の武器はそれぞれ長剣と大剣。対するクロードはショートソードと喧嘩煙管の異種構成の二刀流。

 駆けてくる女戦士に対し、クロードは動かずに詠唱を始めた。

【肺腑は腐り、脳髄蕩ける──】

「舐めてるね!」

「そのまま叩きのめされなぁ!!」

 敵が迫る眼前での詠唱。まさに舐め腐った態度ともとれるクロードのその行動に対し、二人は遠慮や躊躇するはずもない。ましてや、魔法はその効果によってはは起死回生の一手に成り得る。

 下手に発動させるより、発動させる前に叩き潰す。対魔術師相手の戦闘での常套手段(セオリー)を守ろうとする二人の女戦士は、同時にクロードを間合いに納めると、同時に武器を振り抜く。

「────って、えぇ!?」

「────なっ¡?」

 金属同士のぶつかり合う硬質な音色と共に、女戦士の驚愕の声が響く。

 クロードが行った事は非常に単純。長剣をショートソードで、大剣を喧嘩煙管で受け止めた。ただそれだけだった。

「詠唱中にも動けるの!?」

「嘘だろ!?」

 本来、詠唱とは非常に強い集中力を要する。

 一般的な魔術師は、詠唱中はとにかく詠唱に集中し、他の行動をとれるはずがない。だが、クロードは詠唱しながら二人の攻撃を受け止めてみせた────だけではない。

【──堕落齎す、紫煙の誘惑】

 ギャリギャリギャリィ、と金属同士のけたたましい擦過音を響かせながら、クロードは二人の攻撃をいなした。防御よりもより高い技術と、集中力を要するはずの受け流しを完璧にこなしてみせたのだ。

 防がれるだなんて微塵も考えていなかった二人の力み切った攻撃は綺麗にいなされ、がら空きに胴を晒す。

「ギャンギャン五月蠅ェぞ盛った雌猫共がァッ!!」

「ごぶっ!?」「ぎゃんっ!?」

 同時に、二人を叩き飛ばした。

 

 

 

 片膝を突くフリュネと、それを見下すオッタル。

 周囲に居るアイシャ率いる戦闘娼婦(バーベラ)達も既に満身創痍。端から見えていた勝負ではあったものの、余りにも圧倒的な差にアイシャが舌打ちしようとした所で、二人のアマゾネスが彼等の前に投げ出された。

 驚愕の表情を浮かべた戦闘娼婦(バーベラ)の視線がクロードの方に向く。

「なぁ!? 何してんだレナ! 相手は【ランクアップ】したてだろ!?」

「ま、待って、あの子並行詠唱できるみたい!?」

「はぁ?」

 気に掛ける程ではない乱入者。そんな認識であったクロード・クローズという冒険者に戦闘娼婦(バーベラ)達が警戒し、戦闘の手を止めていたオッタルはクツクツと肩を揺らすクロードを見据え、眉を顰めた。

「……やはり、真っ直ぐな芯を持つ、か」

 真っ直ぐ、余りにも真っ直ぐ過ぎる。

 誰しもが世間体や在り方、社会的な立場等を考慮して少しずつ、少しずつ自らが抱え持つ芯を歪め、曲げ、自らが納得できる形に収めて生活している。

 そんな中、世間体や社会的な立場等を一切考慮せず、自らが持つ芯をひたすらに貫き続ける。クロード・クローズという人物はそんな人物だ。

「くはっ……ンで、まだヤんのか?」

 襲撃してきた二人を撥ね退けたとはいえ、消耗している事に変わりはないのだろう。それでも、仕掛けてくるなら全力で抗ってやる、と言わんばかりにギラギラとした輝きを放つ瞳を女戦士達に向けるクロード。

 そんな彼女を見やったアイシャが眉を顰め、戦闘娼婦(バーベラ)達がオッタルを警戒しつつもクロードに警戒心を向け始める。

 フリュネだけはオッタルだけを睨み付けておりみていない。

「ハッ、行きな。そもそもアンタの事なんか興味もないからね」

「……おいおい、襲ってきといてその言い草は何だよ」

「挑発したのはアンタだろ? それより、まだヤるのかい?」

 やるなら、アンタを潰す。とアイシャがオッタルに警戒心を向けつつも呟くと、クロードはニィッ、と口元を吊り上げて、嗤った。

「愉快に(ケツ)振って誘ってくんのはありがてェが、今は疲れてンだよ、別の機会にな」

 片手をあげ、クロードは無遠慮に派閥抗争が行われているさ中であるルームの中央を横断していく。大派閥同士に挟まれば無所属(フリー)の冒険者がどうなるかなど、語るまでもない。

 だというのに、本人は至って変わりない。いっそ感心してしまいそうな程に、我を通している。

 クロードがルームを横断する間、秘策が解けて片膝を突くフリュネと、悠々と構えるオッタルが睨み合う。不自然な休戦状態が続き、クロードが片手を上げてルームから出て行った。

 暫し微妙な沈黙が続く中、フリュネが何とか立ち上がって武器を構えようとした、そんなさ中だった。

 ガタリッ、とカーゴが動く音が響く。

 オッタルが視線を向けると其処には、三人の冒険者がオッタルが運んでいたカーゴを運んでいく様子が見て取れる。フリュネ達との戦闘やクロードの観察等をこなしていたが故に、オッタルが運んでいたカーゴを横取りしようとした冒険者に気付かなかったのだ。

「貴様ら!」

「ヤバッ、逃げるぞ!」

 慌てた様子でガタゴトと大きな音を立てながらカーゴを引いていく冒険者を見やり、オッタルが取り戻すべく踏み出そうとして────アイシャの号令が響いた。

「オッタルを足止めするよ! フリュネ!」

「五月蠅いねぇ! アタイに指図するんじゃないよぉ~!?」

 【イシュタル・ファミリア】の目的は、最良であれば成果の横取り。最悪でもフレイヤの目的を達成させない事。

 オッタルが運んでいたのが何であれ、フレイヤの元へ届かなければ最悪でも目的は達成できる。女神の嫉妬の炎の勢いを少しでも緩ませる事が出来る。故に、どこぞの冒険者がオッタルの荷物を盗んで行ったのは彼女たちにとっては渡りに船だった。

 彼らが逃げ切るまで、戦闘娼婦(バーベラ)達は全力でオッタルを足止めしはじめる。




 【イシュタル・ファミリア】と因縁をつけておこう……こうする事でイシュタル編もやるよっていうアピールになる可能性があったりするかもしれなかったりしたらいいなぁ?


 しれっとソロで14階層まで行って帰ってきてますが、割と死に掛けてたりはしてます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。