紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

25 / 38
第二五話

 清々しい日差しが降り注ぐ大通り。

 それを見下ろす石造りの建物の三階客室の窓から風が室内に流れ込み、燻る紫煙を攫っていった。

「よお、お目覚めかい。お姫様」

「姫、なんて(ガラ)じゃねェっつの」

 客室の扉をノックも無しに開け放ち中に入ってきたのは、茶髪を揺らした商人の男、テランスだ。

 彼はベッドで半身を起こして煙管を吹かす少女の下へ、お盆を手にずかずかと近づいていく。僅かに吹き込む風に舞う紫煙をものともせず、手にしたお盆を恭しく片膝を突いて差し出した。

「どうぞ、お口に合えばと」

 深底の皿にたっぷりと入った粥を差し出されたクロードは、不機嫌そうな表情を浮かべて両手をテランスに示した。

「この手で食えってか」

「煙管は吸ってる癖に、食わせろとはまあ」

 クロードの両手は包帯が巻かれ、左腕に至っては固定具が装着されている。

 それだけに留まらない。彼女は全身に包帯を巻き、綿紗(ガーゼ)が体の至る所に張り付けられている様子が見て取れる。まさに重傷人と言った様子であった。

 そんな彼女の横暴な態度にテランスは肩を竦めると、サイドデスクにお盆を置き、代わりに(スプーン)を手に取った。

「食わせてやっから大人しくしろよ?」

「暴れる気力もねェよ」

「煙管吸う気力はある癖に」

 珍しく本当に気だるげな様子で返された返事に、テランスは片目を閉じると、丁重に息を吹きかけて粥を冷ます仕草をしてから、それをクロードの口元に差し出した。

「おら、食え」

「んむ……味が薄い」

「病人に濃い味付けのもん食わせられる訳ないだろ」

 文句を言うなら残りは捨てるぞ、とテランスが脅し、クロードは捨てるぐらいなら食わせろ、と気を使わない会話を交わしながらも、テランスは小鳥に食事を与える様にクロードに粥を与え、クロードは親鳥から餌を貰う雛の様に粥を食らう。

 暫くして、空になった皿をサイドデスクに置いたテランスは、クロードの頭の先から爪先までを見やってから、鼻を摘まんだ。

「んで、今回は手酷い失敗、か」

 クロードがここ『グラニエ商会』に保護されたのはおおよそ三日間前。

 あの日、ベル・クラネルと狂牛(ミノタウロス)の死闘を見届けた後、クロードは【ロキ・ファミリア】の申し出た助け舟を拒否し自力で地上まで帰還した。

 帰還してすぐ、ズタボロの状態で地上に出たのは良いものの、片腕骨折で応急処置のみがされた状態で街中をうろ付くのは不味い。ただでさえ強引な手段の勧誘が多い中、抵抗する力を失った彼女を見れば、どうなるかは火を見るよりも明らかだろう。

 出来る限り人目に付かない様にしたいが、負傷状態の冒険者がバベルを出れば目立つ。どうするかとクロードが痛む身体を引き摺っている所を、テランスが保護。

 正確には摩天楼施設(バベル)内部の医療施設に医療品を届けに来ていたテランスが、クロードを発見し、木箱に詰め込んで商会本拠まで運んできたのだ。

「運が良かったよなぁ。俺が居なかったらどうなってた事か」

「感謝してるっつの……暫くは無償奉仕してやる」

「その前に療養しろ」

 未だに怪我が癒えきらぬ少女の頭頂部を、男は軽く叩いた。

 クロードは不愉快そうに叩かれた頭を押さえ、紫煙をテランスに吹き掛ける。

「冒険者だぞ、この程度、怪我の内に入らねェっつの。高位回復薬(ハイポーション)でもありゃすぐにでも────」

「薬物の使い過ぎで高位回復薬(ハイポーション)なんか飲ませらんねぇよ」

 クロードという少女は常日頃から幾種類かの薬物を摂取していた。そのいくつかは医療用にも使われる事もある薬草類から作られる物もある。

 他にも多種多様なモノを使用していたが、その中には注意せねばならないものもいくつか存在する。

 例えば、解毒薬に含まれる成分と反応を起こして猛毒になる成分の含まれている液薬や、いくつかの調合法(レシピ)に含まれる薬草の成分と過剰反応を引き起こして高熱が出る粉末等。

 当然、高位回復薬(ハイポーション)の成分と反応を起こして致命的な症状が出てしまう種類の物もあった。

 そして今回、18階層を目指すに当たってクロードは手持ちの薬物のほぼ全てを使っている。その薬物が身体に残存している状態で、手持ちの回復薬(ポーション)をがぶ飲みして、今や彼女の体内は薬物漬け状態。無論、相互反応に気を使った回復薬(ポーション)ではあったが、いくらなんでも短期間での使用量が異常に過ぎる。

 そこに追加で高位回復薬(ハイポーション)万能薬(エリクサー)なんぞ追加投入すれば、それが止めの劇薬となりかねない。よって、彼女の治療には原始的な軟膏のみしか使われていない。

 唯一許されている煙管は、痛み止めの意味合いが強い。

「お前さん、自分の顔色がどうなってんのか鏡見てみろよ」

 テランスは部屋の隅に置かれた姿見をクロードの前に持ってきて彼女の姿を映した。

 全身包帯塗れ。左腕には折れた骨を固定する為の固定具、右頬に刻まれた裂傷を隠す様に顔にも包帯を巻かれ、僅かに覗く肌は土気色。唇は真っ蒼で、眼の瞳孔は何処かズレた所を見続けている。

 動いて、食事をとり、喋っていなければ死体と言われても納得してしまえそうな程の状態だとテランスは断言できる。

 そんな自身の姿を映した鏡をぼーっと見ていたクロードは、鏡を見て肩を竦めた。

「生きてんだから問題ねェだろ」

「っか~~~、クロード、お前ときたら……」

 深い溜息を吐いたテランスは、茶髪をガシガシと掻きあげて片目を閉じてクロードを見やった。

「とりあえず、数日は大人しくしとけよ」

「はっはっは、冗談だろ? 三日だぜ? 三日も休んだんだ、もう十分だろ」

 これだ、とテランスは肩を竦める。

 昨日も、その前の日も、『もう十分だ』と言ってはダンジョンに潜りたがる。

 彼女が此処まで焦り狂う気持ちは理解できるが、だからといってテランスは彼女を外に出す気なんぞ一切ない。というかそもそもそれが出来るならクロードはテランスを殴り飛ばしてでもここを出ていく。それが()()()()()()次点で、彼女がどんな状態なのかはおおよそ察しがつくはずだ。

 折れた骨は繋がりかけ。体中に残った傷跡は塞がりはしたが下手に動けば傷が開きかねない。身体に残存する薬物は全く抜け切れておらず、時折幻覚を見ているのか反応が怪しい時もしばしば。

「ともかく、せめて明日までは大人しくしててくれよ」

「……けっ」

 やさぐれた様子で、決して手放す気は無いらしい煙管を吹かし始めたクロードを見やると、テランスは空になった食器を持って部屋を出た。

 食器を使用人に任せ、直ぐに執務室に戻った彼は、テーブルに置かれた報告書を手に取る。

「ベル・クラネルの方は普通に目覚めて、帰宅済みか……冒険者っつーか、神の恩恵(ファルナ)とやらはよっぽどだな。死闘がたった二日で治っちまうたぁ……」

 狂牛(ミノタウロス)と死闘。これを撃破した少年はバベルの治療室で二日程、深い眠りについており。その後は本拠に戻っての休養。主神は今朝早くに『神会(デナトゥス)』に出席して居らず。それ以降、本拠に誰かが出入りした形跡は無し。

 クロード・クローズが此処まで狂った理由。というべきか、彼女が狂気的な行動に走り出した間接的な原因の少年の動向が書かれた羊皮紙を丸めてテーブルの隅に追いやると、テランスはゆっくりとした動作で息を吐いた。

「明日には動けるだろうなぁ」

 明日にはクロードは何事も無かったかの様に活動を再開するだろう。今までの付き合いからそう予測した彼は、活動に必要な物資や武具等の新調費用の再計算をしはじめた。

 暫く、羽ペンが羊皮紙を走り抜ける音が響く中、ふとテランスの視線が卓の端に置かれた紙山に止まる。

「……ああ、ギルドからの横流し品、そういやまだ見て無かったか」

 ギルド職員がまとめた【ランクアップ】した冒険者の資料。

 その中にあったベル・クラネルという少年のそれを引っこ抜いて中身を眺める。

 前日に【ランクアップ】し、ギリギリに作成された物だからか、全くと言っていい程内容が無い資料に、テランスは顎に手を当てて考え込み始めた。

 ベル・クラネルという少年について、テランス・グラニエは何も知らない。

 少々込み入った事情を持ち、いくつかのヤバい取引も受け持っているとはいえ、テランスはあくまでも一介の商人に過ぎない。

 別にクロードの事を擁護する訳でも、ベルの事を批難する訳でも無いし、そんな事をする権利なんか持ち合わせてはいないが、それでもテランスは言いたい。

「その才能さ、皆で仲良く分ける事とか出来んもんなんかね」

 

 


 

 

 ────月夜に見守られた都市。

 今宵も数多く冒険者が集い、酒と飯を楽しむ『豊穣の女主人』にて、とある冒険者が【ランクアップ】祝いとして祝賀会を開いていた。

 周囲の冒険者がちらちらとそんな彼の様子を伺い、観察している様子が見受けられる。

「【リトル・ルーキー】?」

 今日の昼に発表された『神会(デナトゥス)』で決まった称号(ふたつな)を聞かされた獣人(シアンスロープ)の少女は、小さく小首を傾げながらその二つ名を口にする。

 料理が運ばれてくるまでのほんの少しの間。ジョッキのエールをちびちび口にしながら反応を待つ少年を前に、少女はえっと、うーんと、と可愛らしく小首をかしげ、本音を告げた。

「地味ですね」

「だよねぇ。神様は無難で良いって言ってくれたんだけどさぁ」

 とある冒険者──つい二日前、9階層に突発的に出現したミノタウロスを撃破し、見事【ランクアップ】を──それも、一ヶ月半という最短記録を叩き出してみせた少年がテーブルに伏せてぐちぐちと文句を零す。

 神々が集い行われる神々の会議。神々が神意をぶつけ合い、厳かな雰囲気の元に粛々と進められた──と少年は思っている──『神会(デナトゥス)』にて決定された【ランクアップ】した冒険者に贈られる称号。

 女神は酷く喜んでいたその二つ名は、少年にとって酷く味気ない普通過ぎる代物であった。

 地上の子供達と神々の感性に大きな違いはない。それは神々が下界の文化を享受している所からもわかる通りで、超越存在(デウスデア)だからといって人知を超えた感覚を有している等、そういった感受性の齟齬は殆どない。

 逆にごく一部、違いはある。それが命名の感覚(センス)だ。

 神がおかしいのか、地上の子が愚かなのか。

 神々が前衛的過ぎるのか、地上の子の時代が追い付いていないのか。

 真偽は明かされてはいないが、子供達が目を輝かせ興奮する裏で、神々が悶絶する『痛恨の名』は存在しうる。

 少年の想像上の神会(デナトゥス)と、実物は全く異なり。

 地上で余裕が出来たために、地上ですら暇を持て余した神々が時折集まって雑談をしていたのが、徐々に参加する神々が増え、ただの雑談が最新情報を交換する場となり、最終的には地上の子への命名を行う催し(イベント)が行われる場に変化していったものだ。

 参加条件は【ファミリア】に上級冒険者となった眷属が一名以上所属している事。上級冒険者、つまり【ランクアップ】を果たし、Lv.2以上になった眷属が居れば参加条件を満たしている事になる。

 女神ヘスティアが参加したのは、眷属であったベル・クラネルの【ランクアップ】に加え、一応恩恵を授けているクロード・クローズの【ランクアップ】も含まれていた。

 神会(デナトゥス)における、命名式において新参の神々の扱いは大抵()()

 上位の【ファミリア】を率いる格上の神々が、進んで新人嬲りを始めるのだ。子供は喜ぶが、主神は地獄を見る。そんな絶叫を上げて格下の【ファミリア】の主神がバッタバッタと倒れていく中、無難な二つ名を勝ち取る事が出来た女神は相当に運が良かった。

 その気持ちは、残念な事に眷属に伝わっては居ない様子だが。

「私は好きですよ、【リトル・ルーキー】」

「【ランクアップ】おめでとうございます。クラネルさん」

 項垂れる少年に優しく声をかけたのは、『豊穣の女主人』の店員、ヒューマンの少女のシルだ。今回の祝賀会を開く事になったのも彼女が発端である。

「シルさん。それにリューさんも」

 シルと共にエルフの店員も、お盆に載せられた料理の数々をテーブルに並べていく。

 対面に座っていたリリが背筋を伸ばす中、料理の配膳を終えた二人はおもむろにベルとリリが座る席に合流してきた。

「あの、シルさん達はお店の方は……」

「私達を貸してやるから存分に笑って飲め、とミア母さんからの伝言です。後、金を使えと」

 恐る恐る訊ねた問いに、落ち着いた声でリューに答えられた少年は苦笑した。

 少年がカウンターの奥に視線を向ければ、女将であるドワーフが、不敵に笑いながら手をぱっぱっと振っている姿があった。

「では、改めまして、クラネルさん。音頭をどうぞ」

「え、ああ、それじゃあ、乾杯!」

 少年の音頭に合わせてそれぞれのグラスを打ち付け合う。

 少年の【ランクアップ】を周囲が誉めちぎり、それに照れた反応を少年が返す。そんなやり取りが暫く続いた後、終始、水のみを飲んでいたリューがおもむろに口を開いた。

「ところで、クラネルさん。最近、クロードさんの姿を見ませんが、何かありましたか?」

「え? クロードさんですか……?」

 リューの問いにベルはジョッキをテーブルに置いて困った様に口を閉ざす。

 ベルが最後にクロードと会ったのは三日前。丁度ミノタウロスと死闘を繰り広げたその日である。

 あの日、9階層を訪れた際に違和感を感じ、武装を整えようとしていた所に偶然出会った。その時点で酷い負傷状態だったというのに、その後に現れたミノタウロスと交戦しようとしてそのまま一撃で戦闘離脱。

 話によれば駆け付けた【ロキ・ファミリア】によって応急処置はして貰ったとは聞いたものの、その後についてベルは知らないのだ。

「えっと、僕もその後の事はちょっとわかんなくて……リリは何か知ってる?」

「……あの銀髪の冒険者様の事ですよね。ベル様の先輩、とかいう」

 何処か棘のあるリリルカの言い方にシルとリューが首を傾げ、ベルが冷や汗を流す。

 ベルはあの狂牛との闘いの印象が強くて忘れかけていたが、あの時の初対面だったリリルカとクロードの会話は相当ギスギスしていた。

 事情を知らないシルとリューが首を傾げる中、リリルカは溜息を吐くと口を開いた。

「リリもあの時は朦朧としていましたから、詳細は覚えていませんが……確か、自力で帰れる。とか言って救援を拒んでいた様な……?」

「クロードさんが大怪我していたんですよね。それも9階層で?」

 シルが不思議そうに首を傾げると、リューが唸る。

「そのミノタウロスをクロードさんが連れてきた、のは有り得ませんね。確かに【ランクアップ】したクロードさんでは9階層のモンスターにそこまでやられる事は無いと思います。ですが、ミノタウロスの出現階層まで彼女が降りるのは難しいでしょうし」

 リューの推測を耳にしながら、ベルは思い出していた。

 あの時、クロードは自身が中層に挑んで呆気なく返り討ちに遭い、這う這うの体で帰還しようとしていた、と自らを嘲笑していた事を。

「そういえば、クロードさんは一人で中層に潜って、倒しきれなくて戻ってきたって言ってた様な……」

 様子も少しおかしかった様な、とベルが首を傾げていると、リューさんは僅かに目を見開き、珍しく驚いたような声色を上げた。

「まさか、彼女は一人で中層に挑んだ、と? 何をしているんですか、彼女は……」

「んー、確かに最近のクロードさん、ちょっと焦ってましたけど」

 命を落としたりしていないだろうか、とシルさんが心配そうに口にするのを聞いたベルが慌てて答えた。

「あ、いえ。生きてるみたいです。神様も言ってましたし」

 神は恩恵授けた眷属の生死はわかる。そして、恩恵を授けている女神は、クロードは死んでいないと断言していた。それはそれとして、行方そのものまではわからない様子ではあったが。

「そうですか。怪我していた、というなら心配ですね」

「クロードさんは沢山お金を落してくれてましたし、居なくなられると寂しいです」

「シルさん、それってお給料が減るから、って理由じゃないですよね……」

「もう、ベルさん。私だって心配しているんですよ!」

 私怒ってます、という様に可愛らしく怒りを表現するシルに、少年は謝罪の言葉を口にしながらも、普段から冗談めかしてお金に関して口にしているからそう思ったんだけどな、と心の中で呟いた。

「ところで、クラネルさん。今後はどうする予定なのですか?」

「…………?」

「貴方達の動向が、私はいささか気になっています」

 話を変える様にリューに問いかけられたベルは、苦みばかりで美味さを感じ去られないエールをちびりと口に含んでから、明日の予定を答えた。

「えーと、取りあえず明日は、リリと一緒に装備品を揃えに行こうと思っています。防具とか一杯壊れちゃいましたんで……」

「いえ、そうではなく。今後の予定についてお聞きしたいのです」

「今後の、予定?」

「はい、どの様にダンジョンを攻略していくのか、について」

 真剣な表情で問いかけられた事に少年が唸り、相棒でもあるサポーターの少女と視線を交わしから口を開いた。

「ひとまず、11階層で今の体の調子を確かめようと思っています。もしそこで攻略が簡単に進みそうだったら、12階層まで足を延ばすつもりです」

「ええ、それが賢明でしょう」

 おおよそ、少年が問いかけてくる彼女が自身の心配をしてくれているのだと察し始めた所で、彼女は切り出した。

「差し出がましい事を言うようですが……中層へ潜るのは止めておいた方が良い。貴方達の状況を見るに、少なからず私はそう思います」

「つまりリュー様は、ベル様とリリでは中層のモンスターに太刀打ちできないと、そうお考えなのですか? クロード・クローズ様がいかに御強い冒険者かリリは存じ上げませんが、ミノタウロスと一騎打ちで勝ち得たベル様なら問題無いと思いますが」

 少年と自身、どちらも軽視されたと感じたのかリリルカが強い語調で反論を述べると、リューは変わらぬ落ち着いた声色で返した。

「そこまで言うつもりはありません。ですが、上層と中層は違う」

 真剣そのものの眼差しで告げるリューの言葉にベルとリリルカの二人は息を呑む。

「各個人の能力の問題ではなく、()()()()()()()()()()()()()。中層とはそういう場所です。クロードさんは能力で言えばクラネルさんを上回っている。負傷状態でなければ、ミノタウロスはクロードさんが倒していたでしょう。ですが、そんな彼女ですら単独(ソロ)で挑めばどうなるか、既に貴方はその目で見た筈だ」

 少年は、告げられたその言葉と、記憶の中で自身の愚かな行動を嘲笑する少女の姿が浮かんだ事でより強くその言葉の意味を受け止めた。

 冒険者を始めてすぐ、先輩としてダンジョンに同行し、いくつもの助言をくれていた彼女の強さはおおよそにだが理解できる。【剣姫】の特訓を受け、【ランクアップ】で追いついた今でも、ベルには自身がクロードを上回っているとは考えにくかった。

「リュー様は、クローズ様の事を良く評価しているのですね」

「ええ、彼女の実力は確かだ。確かに口も悪い、態度も悪い、極めつけには煙臭いと良い所が全く無い様に思えますが、実力は確かなのです」

 リリルカの問いに包み隠さず答えたリューの返事を聞き、リリルカは大きく眉を顰めてぶつくさと文句を零す。

「確かに、実力は文句無しだとは思いますが……」

 性格が最悪だ、と初対面の悪印象を引き摺るリリルカに、ベルが苦笑する。

「それでは、僕達はどうすればいいんでしょうか」

「貴方達はパーティを増やすべきだ」

 昔冒険者だった経験者(リュー)に助言を乞うと、彼女は隠す事なく告げた。

 ダンジョン攻略の三人一組(スリーマンセル)が基本とされている。少なくともギルドが推奨している事に間違いない。

 三人一組とは、攻撃、防御、支援の連携が機能する体系である。

 現在のベルとリリルカの二人パーティに、一人冒険者が加わるだけで個人の力が大きく上昇するよりも、はるかに有意義になるのだ。

「でも、リュー? ベルさんとリリさんだけなら、逃げ出す事は簡単なんじゃないの? 人数が多いと逃げ遅れる人も出てくるんじゃあ?」

「シルの言う事も一理ありますが。逃走を図るという事は、既に追い込まれた後という意味です。最初から窮地に立つ事を考えるより、その局面に遭遇しない事を考えた方が建設的だ」

 ましてや、クロード程の実力者が全力逃走に切り替えた上で這う這うの体で9階層まで辿り着いた。という時点で『逃走する状況』に陥ることが致命的である事は想像に易い。

 過去、冒険者だった経験者(かのじょ)の語る内容は、どれも説得力に満ちた内容である。

「万全を期すべきです。貴方達は少なくともあと一人、仲間と呼べる者を見つけた方が良い」

 リューの言った事に大いに納得したベルは、隣にいたリリルカの頷きを見やって考え込み始める。

 仲間を増やす重要性は理解した。それは大いに納得できる説得力のあるものではあった、だが肝心の仲間になってくれそうな人物が居ない。否、正確には居なくはないが、想像できない。

「クロードさんを誘ってみるってのはどうでしょう! ねね、ベルさん、どうです?」

 妙案だと言わんばかりに告げるシルの言葉に、ベルは困った様な笑みを零す。

 彼も真っ先に考えたのだ。先輩冒険者であり、同主神から恩恵を授かっている冒険者。実力も十二分にあり、知らぬ仲でもない。

 口の悪さに加え、言葉を選ばない所等、苦手な所があるが、それを差し引いても勧誘の考慮に値する事は間違いない。

 ベルが戸惑いがちにリリルカを伺うと、彼女もおおよそ少年の考えを読んでいたのか渋い表情を浮かべながらも頷いた。

「リリは、構わないと思います。確かに、ちょっと、多少……いえ、物凄くあのお方は口が悪いです。リリもあまり良い方ではないと自覚していますが、あの方は少し、いえ滅茶苦茶度が過ぎていますが、実力は確かですから」

 実力は確か、という言葉にベルも大いに頷ける。

 少年や女神、昔冒険者だったリュー等も認める様に、彼女、クロード・クローズは実力は確かだ。

 言動が少々、いやかなり暴力的に思える部分はあれど、おおよそは包み隠さない直球なだけで嘘が何一つない。ある意味性質が悪いが、他に勧誘できそうな冒険者は目の前に居る訳ありそうなリューに、モンスターに心傷(トラウマ)を抱えた犬人(シアンスロープ)ぐらい。

 後、知り合い、と呼べる様な冒険者は存在しないのだから。

「うーん……仲間になってくれそうな冒険者の知り合いが……」

 他に居たら、あえてクロードを誘う理由はない。

 逆に、他に居ないのであればクロードを誘わない理由がない。

「と、とりあえず明日、装備を買いに行ってから、クロードさんに会えたら……って形で」

 迷いに迷った末、少年が出した答えは明日の自分に丸投げする事であった。




 エピソード・リューのグラン・カジノ編にね、クロードが居たら楽しそうだなって。テランス君が居るし、彼繋がりでカジノに行くの難しくなさそうだし。
 でもそれやるとリューさんの場面をぶち壊しに行きそうで、ゾクゾクする。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。