紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第二六話

 鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾは不機嫌だった。

 鍛冶師としての腕は経営陣に評価されているが、実際の店頭では粗末な扱いを受けたりしている事もそうだし。一度は購入された商品を返品されたりもそうだ。加えて、【ファミリア】の同僚達が陰険である事も彼が不機嫌である理由の一つだろう。

 ただ今日に限っては、また別の理由がいくつも存在した。今朝、中層に挑む等と滅茶苦茶な事を口にして武装を揃えさせた無茶しがちな冒険者が姿を見せた際に、失敗して死に掛けた挙句に、中層に挑む為に新調した武装を全て破砕させていた事──は実は気にしていない。どちらかといえば、体中に消えぬ傷跡を残していながらも、未だに18階層到達を諦めている気配の無い事に対してご立腹である。

 それに加えて、新作の軽装を店頭に並べようと『バベル』八階にある、【ヘファイストス・ファミリア】の店舗を訪れたのはいいものの、指定された展示場所が店舗の隅の端っこ、それこそ周囲には売れ残りばかりが集まる一角を指定されたのだ。

「だから、なんでいつもいつも端っこにっ! 俺に恨みでもあるのかよ!」

「別に恨みなんかない。アンタにゃあ専属の顧客が居るだろ。ソイツにでも売り付ければ良いだろ」

 無数の防具が並べられた鎧の森の一角。店員が小ばかにした様な態度で赤髪の青年の相手をしていた。

 身長が高めの中肉中背の青年は、カウンターに軽装のパーツの入った箱を置きながら、目の前の店員を怒鳴りつける。

「嫉妬でもしてんのかよ!? アイツとの取引を拒んだのはそっちだろ!」

 ヴェルフの怒声に店員は溜息を零して肩を竦める。

 店員である彼は【ファミリア】の鍛冶師であるが、稼ぎ不足から店員としてバイトに勤しんでいる人物でもある。

「Lv.2になった専属の冒険者が居るんだから、そっちと取引してりゃあ良いだろうに。それに、逆に聞くが、その冒険者以外にお前の作品が売れた事があったか?」

「ぐっ……」

 ヴェルフが唯一取引している冒険者。つい今朝がた顔を出して律義に頭を下げ、武装の新調を依頼してきた人物。都市最速──二ヶ月という短期間で【ランクアップ】した冒険者、クロード・クローズ。

 彼女と唯一取引している鍛冶師はヴェルフ一人のみ。しかも【ランクアップ】によって一躍有名になった彼女と友好関係を結んでいたのもヴェルフ一人。

 元々、周囲からやっかみを受けていたヴェルフに嫉妬が集まるのも当然であった。

「それに、店頭に並べたきゃ、せめて売れる様になってもらわなきゃなあ?」

「おまっ、それを引き合いに出すのか!? だったら猶更、目立つ所に置いてくれなきゃ無理だろ!」

 過去、ヴェルフが店頭に並べた作品の内、売れたのはたったの二作のみ。

 それ以外に売れた実績は無く、眼前の店員が言っている事は正論である事に間違いは無い。だが、店頭の目立つ場所に置いてもらえなければ、そもそも冒険者の目に留まる事も無い。

 だが、ヴェルフは既に目立っている。正確には彼が専属で武装を用意していた冒険者、クロードの【ランクアップ】によって、彼女の専属鍛冶師としてちらほらと名前が知られ始めた、程度でしかないが。しかし、他の新米鍛冶師からすればたまったものではない。名が売れているのに、自分達が唯一冒険者に目を留めて貰えるかもしれない場を、名が売れ始めたヴェルフにとられたくない、というのが彼等の本音だろう。

 それをわかっている上で、ヴェルフは彼に言いたい事があった。

「何度も言わせるなって、クロード・クローズと取引でもしてろっての!」

「アイツの要求に応える事もしないで端から諦めた癖に、取引を拒否されて罵倒されて逆恨みかよ!?」

 元々、口が悪い事に加えて作品に数多くの文句(ケチ)を付けては壊す、等という事を繰り返す苦情屋(クレーマー)として新米鍛冶師から毛嫌いされていた。だが、ヴェルフに言わせれば大いに間違いだ。

 彼女は自身が要求している基準に満たない物にこそ文句は付けるが、しっかり基準を満たせば大いに褒める。口が悪すぎて勘違いされがちだが、クロードという人物は鍛冶師の作品をいくつか目利きした上で、その鍛冶師が持つ技量で達成可能な要求しかしない。それこそ限界ギリギリの所で要求してくる。

 ヴェルフはその要求に必死に応えた結果、彼女に気に入られて専属状態になっただけであり、他の鍛冶師はそもそも要求に応えようともせずに端から『そんなもんできるか』と彼女を突き放したのだ。それでいながら、有名になった後にすり寄ろうなんて考えるから彼女から罵倒される事になるのだ。

 挙句の果てに罵倒された鍛冶師が彼女と友好を結ぶヴェルフに逆恨みして陰口を叩きだし。自身に嫉妬して足を引っ張る店員の陰険さこそ、ヴェルフを苛立たせる。

 そんな苛立つ彼を前に、店員は実に厭らしく笑った。

「ヴェルフ、お前さんの作品の売り上げは下の下、こんな売れない作品は目立つ所に置く訳にはいかない。わかるだろう?」

「だ、か、ら! 売れる様に目立つ所に置いてくれって頼んでるんだろうが!」

「そりゃ無理だ。そういう取り決めなんだからな。文句があるなら上に言ってくれ」

 上の取り決め。

 【ファミリア】内の幹部や上級団員達によって決定された決まり事。それを引き合いに出されたヴェルフは言葉を詰まらせる。

 今こうして鍛冶師として、小さいながらも鍛冶場を持たせてくれているのは誰か。片隅とはいえ店舗に作品を並べさせてくれているのは誰か。それを考えてしまえばヴェルフの言い分は全て通らなくなる。

 文句があるなら、出て行けばいい。そんな風に陰険で見下した表情の店員に、ヴェルフは歯噛みして睨み付ける。

「あの」

「あっ、いらっしゃいませ~」

 店員と睨み合いを行っていた赤髪の鍛冶師の背後から、控えめな声量が放たれる。

 それに気付いた隣のカウンターの店員が声を上げるを他所に、ヴェルフはただ強く眼前の店員を睨んだ。

 睨んではいたが、既にヴェルフは反論の言葉を失っている。

 店頭の目立つ箇所に作品を展示できるのは、ある程度の売却実績が必要であり。専属で取引しているクロードに売った分を含めた所で、ヴェルフの売却実績は遠く及ばない。

 それが【ファミリア】の決まり事であり規則(ルール)ならば団員である彼は逆らう事は許されないのだから。

 それでも精一杯に睨んで叛骨の気概を見せていた彼の隣のカウンターに、一人の冒険者が入った。

「何かご用ですか?」

「はい、ヴェルフ・クロッゾさんの作品って、今は売られていないんですか……?」

 隣に入った人物を、ヴェルフは思わず振り向いて凝視した。ヴェルフと睨み合っていた店員も、件の冒険者の対応をしていた店員も、その場に居た全員がその冒険者──白髪の少年に向けられる。

 また、『魔剣』欲しさに探してる奴か、とヴェルフは呆れそうになり、その見覚えのある容姿に眉を顰める。彼の名を知っている。知り合い、ではないが、知っていた。

 ベル・クラネルだ。

 クロードの後輩冒険者で、最近クロードより短期間での【ランクアップ】をして、世界最速兎(レコードホルダー)を勝ち取ったと都市を沸かせている人物。

 更に、ヴェルフは引っ掛かりを覚えた。

 そもそもこんな新米鍛冶師の作品が並んでいる所に『魔剣』を探しに来る奴が居るか。という事と、ついでに、丁度前に売れた『防具』があった様な、と記憶を掘り起こす。

「え……な、何?」

「……あ、あのぅ、ヴェルフ・クロッゾ氏の作品を、お求めですか……?」

「は、はい。ヴェルフ・クロッゾさんの防具を、使いたいんです……」

 三方から凝視されてたじろいでいた白髪の少年に、恐る恐るといった様子で店員が訪ねると、彼はどもりながらも答えた。

 ほんの一瞬だけ青年は頭が真っ白になり、理解が追い付いた瞬間、声を上げた。

「ふ……うっはははははははははは!? ざまぁー見やがれっ! 俺にだってなぁ、顧客の一人や二人付いてんだよ!」

「はんっ、作品の価値もわかんない新米だろうに」

 思わず高らかな笑いを響かせ、眼前の店員を挑発する。が、ヴェルフと対面していた彼は鼻を鳴らして呟く。

 件の少年は何事かと困惑し、ヴェルフと店員を交互に見やる。

 そんな中、ヴェルフは悪態を付く店員を無視して、少年に振り返った。

「ヴェルフ・クロッゾの作品ならここにあるぞ、冒険者……いや、ベル・クラネル!」

「えっ!? 何で僕の名前……って、クローズさんと一緒に居た!?」

「──は? ベル・クラネル……? ベル・クラネルゥ!?」

 最近話題沸騰中の世界最速兎(レコードホルダー)、【リトル・ルーキー】ベル・クラネル。

 目利きも出来ない新米冒険者どころか、世界記録を塗り替えた冒険者。そんな彼が売れない鍛冶師のヴェルフ・クロッゾの作品を探している。それも『魔剣』ではなく『防具』を。

「ヴェルフ、テメェ! クロード・クローズとのコネでそっちにまでツバ付けてやがったな!?」

「はんっ、そんな事してねえよ!」

 現にヴェルフはベル・クラネルと対面するのはこれが初めてだ。

 遠巻きに姿を見た事はあるが、声をかけた事も話した事も無い。加えて、クロードはわざわざ他の冒険者にヴェルフの作品宣伝なんてやってくれる性質ではない。

 正真正銘、ヴェルフの作品を買い、気に入ってくれた冒険者が彼なのだから。

「っと、悪い。お前さんの探し物はこれだ」

 遅れて、眼の前で信じられないと目と耳を疑う店員を無視し、ヴェルフは持ってきていた箱を少年の前にカウンターに置いた。

 恐る恐ると箱の中を覗き込んだ少年、ベル・クラネルはその箱の中に入れられた防具を見やると、眼の色を変える。いくつかのパーツを手に取り、しみじみと眺め、やっと見つけたと言わんばかりに目を輝かせている。

 自分の作品を見つけ、そんな風に見られてしまえば、鍛冶師としてこれほどうれしい事はないだろう。

「どうだ、使ってくれるか?」

「え? こ、これ、貴方のものなんじゃないですか……?」

 声をかけた途端、ベルが戸惑った様な態度でヴェルフを見上げる。

 少年が抱いた疑問にヴェルフが目を瞬かせ、何を言っているんだ、と疑問を抱いて。それはすぐに氷解した。

 ヴェルフ・クロッゾはベル・クラネルという冒険者を知っている。クロードの後輩で【ヘスティア・ファミリア】に所属し、彼女との仲は余り良くはない。だが、目の前のベル・クラネルは自身の事を知らない。クロードにいくつか冒険者依頼(クエスト)を頼む仲ではあるが、わざわざ仲が良くないベルにクロードがヴェルフの事を話すとは思えないからだ。

 ヴェルフは戸惑っている少年に、安心させるように、にっ、と笑いかける。

「ああ、俺のものだな。……俺が打った作品だ」

「────ぇ」

「クロードから話は聞いてない、んだろうな、その反応だと。改めて自己紹介させてくれ、得意客(ファン)二号……いや、クロードは特殊過ぎるから、正真正銘の得意客(ファン)一号だな。俺の名前はヴェルフ・クロッゾ。【ヘファイストス・ファミリア】の、今はまだ下っ端の鍛冶師(スミス)だ」

 ヴェルフが自己紹介し、自身の正体を少年が探していた作品の作者だと告げると、思考が追い付かなくなったのか彼は完全に固まってしまう。横から突き刺さる嫉妬の視線に辟易しながらも、ここではゆっくりと会話が出来ないな、とヴェルフは肩を叩いて緊張を解す様に笑いかけた。

「サインいるか?」

 

 


 

 

「あの、先ほどはすいませんでした……」

「いや、気にしないでくれ。俺も、変なところ見せちまったからな」

 都市を沸かせる冒険者二人と人脈(コネ)を繋いだヴェルフに嫉妬していた様子の店員、彼が声を上げるより前にその場を後にし、八階に設けられた休憩所、魔石昇降機(エレベーター)の近くにある空間にて、白髪の冒険者ベル・クラネルと、赤髪の鍛冶師ヴェルフ・クロッゾは話を交わしていた。

 ヴェルフは過去二度しか店頭で売れなかった作品を買ってくれた上で、更に新しく自身の作品を探してくれていたベルに興味を持ち。

 ベルはベルでクロードと友好関係にある、と思える鍛冶師の彼に聞きたい事がいくつもあったのが理由だ。

「えっと、クロッゾさんの年齢は……?」

「今年で十七だ。で、そのクロッゾさんってのは止めてくれ。家名、嫌いなんだよ」

 ベルの反応から、クロードから一切何の話も聞いていないのを確信したヴェルフは、初めて何の含みもなく自身の作品を評価し、更に探してでも欲しいと思ってくれた冒険者の登場に柄にもなく興奮し、しきりに笑いかける。

 嫌いな家名で呼ばず、出来れば名前で呼んでくれ、とヴェルフが頼むと、彼は素直に名を呼び始めた。

「え、えーと……ヴェ、ヴェルフさん……? それで、僕に用って……?」

「おいおい、さんづけか? ……クロードとは大違いだな。ま、それは置いといて、じゃあちょっと話を聞いてくれ」

 クロード、と名を呟く度に少年が何か聞きたそうにするのにヴェルフは気付いている。ここで彼の話を聞いても良いが、先に自分の用事を済ませたい、と考えた彼は自身の話を聞いてもらうべく口を開いた。

「単刀直入に言うとな、俺はお前さんを放したくなくなかったわけだ」

「…………?」

「俺の作品は剣だろうが鎧だろうが全く売れない。自分で言うのも何だが、良い作品(モノ)を出している自信がある。けど、からっきしだ。購入はされるあと一歩で返却されるらしい。解せねぇ」

「…………」

 本気で何故あと一歩で返却されるのかわからない鍛冶師が首を傾げる横で、防具に付けられた銘、『兎鎧(ピョンキチ)』を思い出した少年は、その銘にこそ問題があるのでは、と内心呟くが口には出さなかった。

「だが、そこにお前が現れた。俺の防具の価値を認めてくれた。……一応確認しておくが、クロードに勧められた訳じゃないよな?」

「えっと、はい」

「だろうな。アイツがわざわざ俺の作品を人に勧めるなんて想像も出来んしな。っと、悪い話が逸れた。ともかく、お前はそれでありながら二度も俺の作品を買いにきてくれた。俺の顧客、本物だ。違うか?」

 ヴェルフの確認の問いかけに少し考え込んだ少年は、小さく頷きを返した。

「結局な、下っ端の鍛冶師(スミス)の俺達は客を奪い合ってるんだ。有名になれば誰も彼も寄ってくるが、無名だとそうはいかない。俺達の作品は、同じ未熟な冒険者が懐と相談して、たまたま買い取っていく。そんなもんだ」

 ここまでわかるか。と、少年の為に自身の望みを理解させるために噛み砕いて説明していたヴェルフが確認をとる。

「貴重なんだぜ、冒険者の方から下っ端の作品を求めてくれるってのは。さっきも言ったが『認めてもらった』、今の俺達にとってこんなに嬉しい事はない。俺の初めての『客』だ、だから逃がしたくない……逃がす訳にはいかない」

 大胆不敵にも隠しもせずに下心を告げたヴェルフは笑いかける。

 そんな彼の姿を見たベルの方は眉根を寄せて苦笑しつつも、彼の人柄が良いのだと理解して肩の力を抜いた。

「じゃあ、僕にこれからも顧客で居て欲しいってことですか?」

「間違いじゃないが……もっと奥に踏み込ませてもらう」

 本音を告げた青年は、そこから改めて自身の願いを告げた。

「俺と直接契約しないか、ベル・クラネル?」

 『直接契約』。

 それは鍛冶師(スミス)と冒険者が結ぶ契約の事である。

 内容は至って簡単であり、冒険者はダンジョンから『ドロップアイテム』を持ち帰り鍛冶師(スミス)へと引き渡し、代わりに鍛冶師(スミス)は強力な武具を冒険者に格安で提供する。

 持ちつ持たれつ、信頼しあった冒険者と鍛冶師の間に結ばれる助け合いの契約だ。

「えっ……い、良いんですかっ!?」

「おいおい、それはこっちの台詞だぞ。お前はもうLv.2で、『鍛冶』のアビリティを持ってない無名の俺じゃあ、普通に考えて吊り合いがとれないだろう?」

 至極真っ当な鍛冶師の指摘に、少年はそれもあった、と驚きの声を上げた。

「それも? 他に何かあるのか?」

「えっと、ヴェルフさんって、クローズさんともう契約してるんじゃ……?」

 少年が驚いた理由はいくつもある。

 一つ目は、自分がまさか直接契約を申し込まれるとは思っていなかった事。

 二つ目は、目の前の鍛冶師がクロード・クローズと共に行動しているのを見かけた事だ。

 後者の理由から、ベルはてっきり、眼前の鍛冶師が彼女と契約を結んでいるものだと考えたのだ。

「あー、クロードか。アイツとは……実は契約してない」

「そうなんですか?」

「ああ」

 何処か苦い表情を浮かべたヴェルフは、大きく肩を竦めた。

 彼女とのやり取りが始まったのは、やはり作品が売れずに金欠気味だった時期に少し特殊な機構の武装作成を依頼しようとして鍛冶師に声をかけていたクロードと出会った頃だっただろう。

 最初、クロードの依頼を受けた鍛冶師は多かった。報酬額がかなりの額だったからのも大きい。だが、他の鍛冶師が依頼を受け、作品を作って持っていくと、皮肉交じりの罵倒で作品を貶されて支払い拒否される鍛冶師が連発した。それを聞いたヴェルフは自分ならばうまくやれると挑み、ヴェルフが作った作品はボロ糞に貶された。

「貶されたんですか!?」

「ああ、今なら理由がわかるんだがな。その時の俺は、舐めてたよ」

 余りの言い草に、ヴェルフ以外にも何人もの鍛冶師が彼女は目利きも出来ない高慢ちきな冒険者だと悪態をついて離れていった。当然、下っ端鍛冶師達に文句ばかりつける苦情屋(クレーマー)として幹部にまで報告があがり、一度は彼女は上級鍛冶師達に連れていかれた。

 だが、数日後には何事も無かった様に依頼を張り出していたのだ。

「女神や上級鍛冶師達を納得させるだけの何かを、クロードは持ってたんだよ」

「それって……」

「俺も、暫くは気が付かなかったからな」

 最初に言われた皮肉交じりの罵倒を見返したくて、ヴェルフは彼女からもう一度依頼を受け直した。今度こそ、文句を言わせない武器を作ってやる、と。そして、その武器は、しっかりと彼女を満足させた。

「目から鱗が落ちた気分だったな」

「どういう、事ですか?」

「ああ、アイツ……その時、なんて言ったと思う?」

 ──流石、出来るじゃねェか。良い出来だ。

 ──あァ? 最初にあんだけ罵倒した理由だァ?

 ──決まってンだろ。店頭に並べてある武具と比較して酷ェ出来だからだろ。

 ──ハァ? テメェの名前は『ヴェルフ・クロッゾ』で、みょうちきりんな名前の防具、『兎鎧(ピョンキチ)』だったか? アレはテメェの作品じゃねェのかよ。あれには全力を注げて、オレの依頼にャァ、手抜き? テメェ喧嘩売ってんのかよ。

 彼女が求める基準を満たさなければ罵倒と皮肉が待っている。

 不条理だ、と下っ端鍛冶師が吠えては離れていく中、唯一ヴェルフの作品を認めた。

「アイツ、目利きは本物だよ」

 クロード・クローズが求める基準は、店頭に並べられたその鍛冶師の作品から読み取った、その鍛冶師が生み出せる最高の品質の代物だ。

 彼女は依頼した鍛冶師に対して『コレぐらいなら出来るだろ』と告げる。それを、大多数の下っ端鍛冶師は挑発と受け取っていた。だが実際には違う。

 その鍛冶師の作品群を観察し、その作品に使われた技術を読み取った上で『この鍛冶師はこのぐらいの武装を作れる』と言っているのだ。

 無論、そう易々と作れる代物ではない。その日の体調次第で出来上がる作品の質は多少上下はする──が、そんな体調が云々なんて言い訳を彼女は聞きやしない。

「クロードの奴に満足してもらえる作品作ると、二日三日は疲れちまって動きたくなくなっちまうんだよ」

 言うなれば、クロード・クローズはほんの一遍の妥協すら許さない。

 全力を尽くせば作成可能な範囲の依頼しか出さない。

 彼女が見定めた基準を満たす作品に対して、彼女はやけに素直に褒める。実際、ヴェルフは全身全霊を込めて作成した作品を認め、褒めた。流石、出来るじゃねェか。と。

 逆に、基準を満たさない作品には皮肉交じりの罵倒を贈る。出来るはずなのに出来ないのだから当然、と。

「言い分を聞いたら大いに納得した。鍛冶師(スミス)の体調がちょっと悪かったから、気分が乗らなかったから、その日はどうにも調子が出なかったから、出来上がった作品の質も悪いです。なんて、武具を使う側からすりゃあ知ったこっちゃないだろうしな」

 上級鍛冶師や幹部達が彼女を『ただの苦情屋(クレーマー)』として対処しなかったのは、彼女の言い分が認められたから。

 実際、彼女の言い分をしっかり聞いてみれば、思わず納得してしまえる内容であったのだ。

 ただ────。

「致命的に口が悪いだけなんだよ、アイツ……」

「あぁ……」

 肩を落として顔を覆い、クロードの口の悪さに深い溜息を零すヴェルフの言葉に、ベルは大いに納得して頷いた。

 ベルにも鍛冶師である彼の言った事は大いに納得できた。

 過去の彼女の行動、言動。それを思い返すと、彼女は周囲に『不可能な行動』は一切要求していない。彼女は、その人が『出来る』範囲を要求するのだ。そして、それを『しない』者には罵倒と皮肉をぶつける。

「それで、結局契約の方は……?」

「ああ、さっきも言ったが、してない。これっぽっちもな」

 彼女の口の悪さに他の下っ端鍛冶師は皆揃って彼女を避け。結果的にヴェルフにのみ武装作成の依頼を出してくる。

 上級鍛冶師に頼めば良いのでは、と思われるが、彼女の真意を見抜けない者は揃ってクロードを避け、真意を見抜けるだけの考えを持つ鍛冶師は既に依頼で手一杯。

 そうなると下っ端で、なおかつクロードの要求に見合った武装を作れるヴェルフに白羽の矢が立つのは当然。

 彼女が直接武装作成の依頼をするのはヴェルフのみ。代わりに彼女に依頼を受けて貰うので、ほぼ契約を結んでいるも同然だが、実際に結んでいるのかというと結んでいない。

「結局、クロードと取引してんのはオレぐらいで、他の奴は避けてんのさ」

 だというのに、クロード・クローズとのコネを持ってる事を嫉妬されて陰険な嫌がらせを受けるのは流石に違うだろ、とヴェルフは吠えたい。

「自身の持てる技術全てを注ぎ込んで、全力で挑めばクロードは認めてくれる。アイツ、相当な捻くれ者だが、その部分だけはしっかりしてんのに。皮肉交じりの罵倒されんのは自分の所為って事に気付きもしないで……っと、悪い。それで、どうだ? 俺と専属契約してくれる気になったか?」

 自分達で最大の好機(チャンス)を蹴っておいて、それを掴んだ自分に嫉妬して嫌がらせなんかに走る他の鍛冶師へ文句を呟きかけ、ヴェルフは慌てて首を横に振り、本題に戻した。

「…………わかりました。ヴェルフさんと契約を結ばせてもらいます」

「よし、決まりだ! 断られたらどうしようかと思ったぞ」

 ヴェルフが手を差し出して立ち上がると、ベルはその手を取って立ち上がった。

「よろしくな、ベル」

「こちらこそよろしくお願いします。ヴェルフさん」

 しっかりと結ばれた手を、周囲の鍛冶師に見せつけ、自身が下っ端鍛冶師が狙っていた話題沸騰中のベル・クラネルも勝ち取った事を誇る。

 周囲の鍛冶師が悔し気に、または舌打ち交じりに去っていくのを見たヴェルフは、そそくさと去っていく鍛冶師達の背にほんの少しの優越感に浸った。

 そんな時、握手をしていたベルが声を上げた。

「あの、その前に一つ、お願いがあるんですけど」

「お願い?」

「あ、駄目なら良いんですけど。実は、今パーティメンバーを探していて……」

 その言葉に、ヴェルフは大いに口角を上げた。

「俺の我儘も聞いてくれ」

「え?」

 丁度、自身が我儘、として彼に頼みたい内容を被っていた事からヴェルフは思わず声を上げる。

「勿論、見返りはするぞ。お前さんの装備、俺が無料(タダ)で全部新調してやる」

「えぇ!?」

「俺をパーティに居れて欲しいんだ。駄目か?」

 丁度パーティメンバーを探す少年に、自身を売り込む。なんと絶好の機会だとヴェルフが喜色満面の笑みを浮かべていると、少年が困惑した様に固まる。

「駄目か?」

「あ、えっと……駄目、じゃないと言いますか。丁度探してた、んですけど……」

 ヴェルフの申し出が全く想像できていなかったベルは困惑しつつも、頼みたい内容を告げる。

「実は、知り合いの方から最低でも三人一組(スリーマンセル)で行動すべき、って言われてて。それで、あと一人を探してたんですけど」

「そこに俺が入れば良い訳か?」

「えっと、その知り合いの方からはクローズさんを誘うのを薦められてて……」

 ベルの言葉を聞いていたヴェルフは成る程、と納得して頷いた。

「つまり、俺に頼みたい事ってのはパーティに入って欲しいって訳じゃなくて、クロードに声をかけて欲しい訳か」

「はい」

 クロードの知り合いで、なおかつ彼女と上手い付き合いを構成しているヴェルフならば、彼女をパーティに勧誘するのに一役買ってくれるのではないか、という少年の思惑に納得した青年は腕を組んで大きく唸った。

「うぅん、難しいと思うが……」

 クロードの性格をそれなりに知っているヴェルフからして、彼女とベルの仲はそこまで良くはないと判断している。正確には、クロードからベルに対する想いは複雑そうなのは確かだろう。

 ただ、ベルが悪しき人間かというとそんな事は全くない。むしろ純朴そうで良い人柄なのはヴェルフにも理解できた。

「……よし、それについても俺に任せてくれないか?」

「良いんですか?」

「ああ、クロードの奴には貸しがあるからな」

 無茶な要求だと本人も自覚しながら、ヴェルフに武装の新調を幾度も頼んできたクロードには貸しがある。それを使えば彼女を引き込む事も出来るだろう。

 加えて、どうにも関係が微妙になっているベルとクロードの仲を改善すれば、彼女の無茶な行動を抑える事が出来るかもしれない。とヴェルフは兄貴らしい笑みを浮かべた。

「俺とクロードでお前のパーティに合流する形でどうだ。それならなんとかなるだろう」

「本当ですか」

「ああ、この件は任せてくれ。どうせこの後クロードとはもう一度話す予定だからな」




 クロードが鍛冶師に要求する部分について簡単に言うと常に最高値を求めてる感じ。
 武器攻撃力に多少の乱数がある場合、その乱数の中で最も高い数値以外認めない系。
 ディアブロ系ハクスラで、装備につくマジック効果全てが最高値じゃなきゃ塵、と断言する系のプレイヤーだと思ってください……まあ、彼女、前世で廃人でしたから当然っちゃ当然ですが。

 そういえば、クロードの二つ名、まだ本編で出てない様な……? 次回、次回には出す、はず。たぶん、きっと、めいびー。

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