紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第二七話

「やってきたぜ、11階層!」

 腰に手を当てた赤髪の青年が、自身の作品でもある得物を担いで快活に言い放った。

 威勢のいい彼の言葉の通り、彼を含むパーティは現在11階層に居る。

 位置は、幅広の階段が中央に伸びている11階層のスタート地点である『ルーム』だ。この階層で発生している霧は、彼等が居る現在位置の始点には発生しておらず、視界は確保されている。

 十分な視野が確保されたルームには、靴を半ばほど飲み込む草原が広がっており、ところどころに『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』である枯れ木が広がっていた。

「ヴェルフさんの到達階層も11階層なんでしたっけ……?」

「ああ、そうだ。それにしても悪いな、ベル。昨日の今日でこんな無茶聞いてもらって」

「いえ、むしろ僕の方こそ、無茶を聞いてもらいましたし」

 白髪の少年が快活に笑う鍛冶師に半ばほど本音の含まれた返事を返す。

 そんな彼らの背後から一人の小人族の少女が前に出る。この階層に到達するまで終始無言で煙管を加えたまま話しかけるな、と不機嫌そうな雰囲気を散らす銀髪の少女は、徐に駆け出して二人を追い抜き、まばらに生える枯れ木を片っ端から叩き潰し始めた。

「あぁ……」

「……うっ」

 和やかなやり取りをして気を紛らわそうとしていた青年と少年の二人は、不機嫌そうな雰囲気で終始口を開かない少女、クロードの行動を見て表情を強張らせた。

 事の始まりは昨日、鍛冶師の青年であるヴェルフが、冒険者の少年ベルに頼み込んで自身をパーティに加わらせてもらう代わり、とある冒険者の少女クロードを同行させるという条件を提示した。丁度パーティメンバーを探していたベルはそれを受けた。

 ベルは数日はかかるだろうと思っていた彼女の説得は、意外な事に次の日にはヴェルフと共に集合場所で待っていたのだ。ただし、合流のさいに広場の噴水で苛立ちを隠しもしないクロードに近づくのは少年にとってすさまじい勇気を必要としたが。

 そんな事もあり、今はベルとヴェルフ、そしてサポーターの小人族に合わせ、クロードの姿がパーティに含まれていた。

 一通り、視界に入っていた枯れ木、『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』を破壊しきったクロードがヴェルフ達の元へ戻ってきて、無言のままにパーティ最後尾、サポーターの後ろに就いた。

 突然の行動に、半ば騙す様な形でパーティに同行させたヴェルフと、どうにも不機嫌そうな彼女の雰囲気から話しかけ辛く感じているベルが黙り込む中、大きなバックパックを背負った少女が我慢の限界だとでも言う様に、情けない男二人に代わって不機嫌そうなクロードに声をかけた。

「あの、クロード様」

「ンだよ」

「不機嫌なのはわかります。気に食わないのもわかります──ですが、今はベル様やヴェルフ様のパーティを組んでいるのです。そんな身勝手な単独行動を繰り返されては困ります!」

 この11階層に至るまで、煙管を吹かす少女の行動はパーティメンバーに一声もかける事が無かった。敵が現れれば無言で突撃し殲滅。傷一つ負う事もなく隊列に戻る。と言った事を繰り返していた。

 どれだけこのパーティに入ったのが気に食わないのであろうが、隊列や連携を無視した行動を繰り返すクロードに対しリリルカの言い分は正しい。

「今はパーティを組んでいるのです。せめて一声おかけになってから行動してください。単独(ソロ)とは勝手が違うのですから」

 どこか毒を含んだリリルカの言い草に、クロードは口の端から紫煙を吹かすとベルに視線を投げかけた。

「身勝手な行動、なァ?」

 パーティを組んでいる。だから身勝手な行動は控えろ。というリリルカの言葉をクロードは否定しない。

 昨日の時点で工房に戻ってきたヴェルフに探索に誘われた際、今までの『貸し』の話を持ち出された上で、いつもとは違いヴェルフとクロードの二人一組(ツーマンセル)ではなく、他の冒険者のパーティに同行して探索を行う旨は告げられていた。

 若干興奮気味に、自身の作成物を気に入って購入してくれた得意客(ファン)だ。と得意気に語るヴェルフの雰囲気もあり詳細を問いただす事なく安請け合いをしたクロードであったが、その『冒険者』が知り合いであるベルだったのは想像もしていなかった。

 本音を言うならば、噴水広場で顔を合わせた瞬間にパーティ解消して単独(ソロ)探索に切り替えたい気持ちは無くはない。むしろ今すぐにでもそうしたいが、ヴェルフからの『借り』が数多くあるのも事実。

 周囲からは傍若無人な行動をとる身勝手な冒険者と思われてはいても、クロードは筋の通った行動をとっている。その上で『借り』を無視する行動をとらなかったからこそ、今回のパーティの件も不承不承ながらも行動している。

 その上で、だ。

「そもそも、パーティのリーダー様から何の指示も受けてねェんだが?」

 このパーティを組んだ際、クロードは一言だけベルに告げた。『指示に従ってやる』と。

「7階層までは何すりゃ良いのか指示も出しもしねェから、お荷物状態。それじゃあ申し訳もねェし8階層からはオレなりに考えて貢献行動をしてる積りなんだがなァ?」

 皮肉交じりの言い草で、どこぞの指示も何もないリーダー様の事を考えてやっての事だ、とクロードは告げる。

「11階層にまで降りてきといて、『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』があるのに壊しもせずに雑談に興じるとは余裕があるよなァ?」

 それほどまでに【ランクアップ】で余裕が出来た、と? 馬鹿馬鹿しい。今はヴェルフ・クロッゾなんていうLv.1の足手纏いに、リリルカ・アーデなんていうお荷物を抱えた状態。

「オレは別に構やしないぜ? ヴェルフの奴に天然武装(ネイチャーウェポン)持ちのオーク相手に大立ち回りさせる積りってなら止めやしねェよ」

 Lv.1の冒険者にとってはそれなりに手強い大型モンスターであるオーク。そんなモンスターを更に強化する要素を放置する理由がない。とクロードは告げる。彼女の言い分も正しくはあるが、その上でリリルカは反論に打って出た。

「パーティの為を思っての行動だとしても、何も言わずに行動(アクション)を起こすのは連携を乱す行為です」

「ハァ? そもそも隊列指示も戦術指示もしねェ癖に連携もクソもねェだろうが」

 不機嫌さを更に増し、眉間に皺が増え、頬に刻まれた傷跡を歪めたクロードはリリルカを一睨みし、ベルの方に視線を向けた。

 鋭く睨まれたベルが怯む中、クロードは口を開く。

「指示は? テメェはパーティ組んどいて碌に指示も出さねェのかよ。オレはどうしたら良い? 戦術指示も無し、パーティの基本方針の説明も碌すっぽありゃしねェ。ンな状況で碌な連携なんぞとれるわけねェだろうが」

 紫煙と共に声を上げたクロードの指摘に、ベルは殴られた様な衝撃を受けていた。

 これまでの活動は基本は単独(ソロ)。リリルカをサポーターに加えたとはいえ、サポーターが優秀であった事もあって単独(ソロ)に毛が生えた程度の行動を齧った程度。

 勿論、アドバイザーのエルフからパーティの連携や戦術についてはいくつか講義を受けはしたが、では実際にパーティを組んだらどうすれば良いのかまでは教える者は居なかった。だが漠然と、パーティを組めば自ずと連携がとれ、より戦力が増して探索が楽になる。と考えていたのは否定のしようがない。

 探索の前にどのような方針で潜るのか会議を開いて話し合いをするでもなく、パーティメンバーを増やした次の日には探索に出かける。その人物の特性や実力を考慮した上で戦術を汲み、基本方針を決め、階層毎の隊列や各々の役割決め、更にはモンスターとの交戦時における基本戦術の話し合い。それらを一切行わずに『パーティを組みました』でダンジョンに潜る。

「上層だからと舐めてんのか。それとも、そんな鎮撫な方針や戦術なんぞ決めずとも自分はやっていける、とでも? ────まあ、お前なら行けんだろうがなァ」

 軽率な行動の数々に対し、凄まじい指摘の弾幕を放たれ蜂の巣にされたベルは大きく肩を落とす。

 そんなクロードの言葉に、ヴェルフも僅かに驚きの表情を浮かべていた。

 ヴェルフは過去に幾度もクロードとパーティを組んで探索を行ってきた。その際にはしっかりとクロードがあれやこれや自身に指示を出し、注意事項、やってはいけない行動、探索時の隊列指示等、事細かに説明をしたうえでの探索に挑んでいた。

「クロード、悪い。その辺にしてやってくれないか。今回、無茶言ってパーティ組ませてもらったのは俺だからな」

 ベルと知り合いという事で平気だろうとすぐにパーティを組ませたヴェルフも僅かに反省の色を見せる。

 そんなヴェルフを一睨みすると、クロードは鼻を鳴らして片目を閉じ、喧嘩煙管を担ぐ。

「で? 指示は? 戦術は? 隊列は?」

 自身がやっていた身勝手な行動は、そもそも指示もない自由行動(フリーアクション)をしていたパーティのリーダーの責任であってオレに責任を問うな、と示したクロードの言葉に、ベルは言葉を詰まらせた。

 遠回しに、指示も出さないリーダー、ベルが悪いと告げられたのだ。

 顔立ちこそ綺麗で可愛らしいものの、目付きが悪く、それに加えて頬の傷によって更に凶悪さを増した彼女に睨まれて怯むベルだが、同時に指摘された内容に関しては少年自身、その通りだ、と納得できた。

 その上で、指示を出さなくてはと、具体的な戦術を考えてベルが口を開こうとして、リリルカの声に遮られた。

「ご高説どうもありがとうございます。パーティも組まずに単独(ソロ)探索しかしてこなかった冒険者様の貴重なご意見、とても参考になります」

 男二人が、ぎょっ、としてリリルカに視線を向ける。

 とんでもない皮肉と毒の交じった言い方だ。実際、クロードの迷宮都市(オラリオ)での活動の中で、ベルに高説を垂れる程のパーティ経験があるかというと、微塵も無い。彼女の事について軽く調べるだけでもわかる事だ。唯一、依頼で護衛等を受ける事はあれど、パーティを組む機会など彼女にはなかったのだ。

 その上で、ベルがリーダーとしての行動に不足があった事を理由に身勝手に振る舞うクロードに対するリリルカなりの皮肉だった。

「なあ、あのサポーターのチビスケとクロード、仲が悪いのか?」

「あの、えっと……」

 リリルカの事を『チビスケ』等と言った事を指摘するべきか、それとも二人の確執について話すべきか。そんな風に少年が困惑して言葉に詰まる。

 そんな二人を他所に、クロードはリリルカの皮肉に肩を竦めた。

「碌なパーティを組まなかったのはお前も一緒だろ」

「何を仰います。リリは今までいくつものパーティを()()()()()()。少なくとも、パーティを組んだ経験の少ないクローズ様よりは詳しい積りです」

 何処か勝ち誇った様なリリルカの言い草に、クロードは面倒臭そうに表情を歪める。

 都市において悪名広がるクロードのパーティ経験等知れたこと、その上でいくつものパーティにサポーターとして参加し、その内情を見てきたリリルカの方が詳しいのは事実であろう。少なくとも、クロードが()()()()()()()

使()()()()()()()()()()様が、良くもまあ()()()()()()()()()()()()なんて吠えられたもんだよなァ?」

 たっぷりと込められた皮肉に、リリルカが頬を痙攣させる。

「ええ、パーティを組んだ事も無さそうなクローズ様よりは遥かに知っていますとも」

 背丈はヒューマンの子供程しかない少女二人による皮肉の応酬。

 くすんだ銀髪に整った顔立ち、それらを台無しにする悪い目付きに頬に走る傷跡、可憐さをいかつさが打ち消しかけないクロードに対し、リリルカは一切怯まない。今まで相手にしてきた強面の冒険者に比べれば可愛らしいものだ、と。

 ベルとヴェルフは二人のやり取りに口を挟む事も出来ずに表情を強張らせていた。

「おいおい、ベル。お前の連れとクロードの仲がすこぶる悪いのは聞いてたがこれほどとは……」

「う、うん……どうしよう」

 リーダーとして止めるべきか、とベルが口を開こうとして──少年が口を開き切るより先にリリルカが制した。

「ベル様、クロード様の言い分は正しいです。ですが、経験もない癖に先輩風吹かす方の言い分をそのまま飲む必要はありません」

 ここまでの言動、それに性格や言葉遣い。全てにおいてクロード・クローズという人物と、リリルカ・アーデという人物は相性が悪かった。最悪と言っても過言ではない。

 言い分こそ正論であり道理にかなうものではあっても、それを全て台無しにしかねない程の皮肉にリリルカも我慢の限界だ。リリルカ自身、己に非があるのは否定しない。だがその上でクロードの言い分は『言い過ぎ』だと思う。相手の感情を全く考慮に入れず、正論を暴論の様に振り回して叩き潰す。

 皮肉と罵倒によって冷静でいられない相手に対し、自身は毅然と正論を交えて叩きのめす。そのやり方を、リリルカは気に食わなかった。

「ですが、クローズ様の言い分は正しい」

「何が言いてェんだよ」

「いえ、ですから。その()()()クローズ様には是非、パーティの戦術についてご指導お願いしたく」

 皮肉でしかないリリルカの言葉に、クロードは大きく眉を顰めると、面倒臭そうな様子を隠しもしない。

「リーダー様の意見も聞かず、出しゃばり過ぎだろ」

「リリはヘスティア様にベル様の身の回りことを頼まれていますから」

 サポーターの癖に出しゃばるな、と頭を抑えようとするクロードに対し、リリルカは毅然とした態度で言い放つ。

 傍から見れば冷や冷やもののやり取りに、ベルが制止しようとして、ヴェルフが彼の肩を掴んだ。

「止めとけ」

「でも、ヴェルフさん」

「ああいうのは、最後まで言い合わなきゃわからん」

 クロードの言い分は正論だ。その上で筋が通っている事しか言わない。ただし、皮肉と罵倒によって聞く相手は冷静でいられず、煽っている様にしか聞こえない。だからこそ、彼女の筋の通った真っ直ぐなやり方は誰にも受け入れられない。

「指導ねェ……面倒臭ェな」

「あれだけ偉そうに言っておきながら、まさかわからないとでも?」

「……煽ってる積りか?」

「いえいえ、リリは思った事を口にしたまでです」

 相性が悪い。そりが合わない。犬と猿。ヘスティアとロキ。まさにそんな関係なのが一目見ればわかる二人のやり取り。そんな二人を、ベルとヴェルフは黙って成り行きを見守る。

「はァ、迷宮探索の前にやるべき行動はいくつもあンだろ」

 此度の探索において、やるべきであった行動。

 まず、前日の時点でパーティメンバーの顔合わせ及び自己紹介。加えて、各々の【ステイタス】に関して、詳細ではなくとも、最低限簡素に伝え合う事をすべきだった。

 当日になって『はじめまして』状態の奴とパーティ組むなんて馬鹿のやる事だ、とクロードは切って捨てた。

「むっ……それは────」

「テメェみてぇに当日になって急にパーティに加わって碌な紹介も必要ねェ戦力外のサポーターにゃァ関係ねェ話だろォが、戦力として加わる()()()()()常識だ」

 その日その日でサポーターとして雇ってくれるパーティを見繕う事の多かったリリルカにとって、彼女の言い分は思わず反論したくなる内容ではあった。だが、彼女の言う内容は『サポーター視点』ではなく『冒険者視点』の話だ。

 言われてみればその通りだとリリルカも、ぐっ、と堪える。皮肉に罵倒、口の悪さに平常心を失って感情的に反論すればその時点でリリルカが負ける。

「次に、当日の朝にゃァ、探索前の説明会(ブリーフィング)だろ。その日の体調(コンディション)に気分、後は予感なんかも重要だ」

 当日になって体調(コンディション)が悪くなったや、探索の気分じゃなくなった。更には『嫌な予感がする』ならば探索は避けるか、探索方針の変更などを行う必要がある。

 それらをするのとしないのでは、探索における安定性が天と地ほど異なる。

「そして、方針について」

 長くなるから簡単に、と前置きするとクロードは面倒臭そうに呟く。

 基本方針は三つ。好戦、応戦、回避。

 好戦は、自ら進んでモンスターを捜索、撃破する方針。魔石やモンスターのドロップ品、経験値(エクセリア)等が必要な場合にとる。

 応戦は、接触(エンカウント)した場合のみ戦闘し撃破する方針。こちらは採取依頼を受けた場合等の基本方針。魔石やドロップ品、経験値(エクセリア)を重視しない場合にとる。

 回避は、接触(エンカウント)そのものを避けて出来る限り戦闘を避ける方針。本来の目的を達成するまでに消耗を避けたい場合にとる。

 探索の目的、パーティの状態(コンディション)によって臨機応変に方針を変更していかなくてはいけない。加えて、予め階層毎の方針ぐらいは話し合うべきであった。

「パーティを組む以上、意思疎通は重要だ。3人中2人が回避方針だったとしても、残る一人が好戦方針なら意味がねェ」

 今回で言えば、11階層が目的地だ、としか言われていない。

「それまでの階層における戦闘はどうするのか。基本方針も示されずにただついてきたが、意思疎通もせずによくもまァ」

 11階層でヴェルフの経験値(エクセリア)稼ぎに付き合う。それは理解した。

 では、1階層から10階層まではどうするのか? それまでの階層で得られる経験値(エクセリア)は大したことは無い。だから11階層の戦闘に集中させるために他の階層ではヴェルフは戦闘させないのか、それとも戦闘に参加させるのか。それに目的地まで最速で向かうとして、接敵(エンカウント)した場合は? そもそも接敵(エンカウント)を回避する方針なのか? 到着してから、ではなく、到着するまで、の方針は?

 ベルが告げたのは『目的』であって、その目的を達成するための道筋が何一つ存在しない。説明も何もなく、目的だけ告げられただけで、後は自分で考えろという方針なのか。

 もしそうなら自身の行動に文句言うなボケ、とクロードはベルを一睨みし、リリルカに視線を戻した。

「後は戦術に隊列。そもそもLv.2が二人、Lv.1が一人。全員が前衛……でお終いか? 違うだろ?」

 前衛でも、例えばLv.2のベルとクロードを比較すればわかりやすいだろうか。

 俊足(あし)を武器として前衛攻役(アタッカー)を担当しつつ、速攻魔法(ファイアボルト)である程度の中距離対応も出来るベル。

 モンスターに状態異常(アンチステイタス)を駆使し、一時的な超強化による一撃で敵を粉砕するクロード。

「この時点で、オレとベルが相手どれるモンスターの種別もわかンだろ」

 ベルが得意とするのは一対一。逆に自身の場合は一対多。

 加えて、自分の扱う状態異常(アンチステイタス)は敵味方問わず無差別であり、他の仲間と組ませるのは難しい。

 となれば、基本はモンスターの数が少ない場合はベルを主軸にして他は援護に回り。モンスターの数が多くなれば自身が前に出てベル達は逃走または効果範囲外への撤退。状態異常(アンチステイタス)がモンスターに回り切った時点で魔法解除から、ベルが前線に復帰して交戦。

「最低限、方針や戦術も決めずに潜るなんざ自殺行為だろうが」

 それこそ、本当に身勝手な行動とはベル達の事を一切考慮に入れずに状態異常(アンチステイタス)の魔法をぶちまけて仲間を行動不能にしつつ、自分だけで敵を殲滅する事だろう。そんな馬鹿な真似はせず、しっかりとパーティとして体裁は保たせてやったんだから感謝しろ、とクロードは煙管を吹かした。

 挑発的な皮肉に微塵も揺らがないクロードの教導に、リリルカは顔を顰めた。

 気に食わないし、そりも合わない。だから、口先だけの奴だと彼女を否定しようとしたリリルカの皮肉は、けれどもしかと彼女に知識がある上で放たれた事の証明に繋がった。否定しようにもリリルカ自身ですらも非の打ち所が無いと思えてしまうぐらい筋が通った、パーティ方針、戦術だ。

「で、ですが。上層でそこまで厳密なやり方は必要ないかと」

 苦し紛れに放った反論に対し、面倒臭そうな様子を見せていたクロードの雰囲気が、一変した。

「アァ? オマエ、本気で言ってんのか?」

「ベ、ベル様の実力があれば上層でそこまで複雑な戦術は────」

「話にならんな」

 先までは、面倒臭そうにしながらも皮肉を口にしていたクロードが、完全にリリルカを見下した。塵を見る様な、侮蔑の視線を向け直す。

「そもそも、なんでオレなんざをパーティに加えようとしたんだよ? オレの推測が間違ってなけりゃ中層に挑む前にパーティを増やしたかったとかじゃねェのか?」

 質問と同時に、推測だと前置きして満点の回答を告げた少女に、ベルは驚きながらも頷く。

「だったら、この糞ガキ、さっさとパーティから外せ。邪魔だろ」

「────」

 心底呆れた、とでも言う様に吐き捨てられた言葉にベルが驚愕し、リリルカが、激昂した。

「ふざけないでください!」

「あァ?」

「偉そうにあれやこれや指図して、貴方は何様のおつもりですか!?」

 皮肉につぐ皮肉、それでいて言っている事自体は正論で筋が通っている。どれだけ反論しても、正論の前に太刀打ちできず一方的に叩きのめされる。そんな状況が続き、欝憤が溜まっていた少女の怒り。

 眦を吊り上げ、クロードを睨み付け、吠える。

 その様子を見ていたベルは、過去の自分を幻視した。クロードの挑発に乗り、手痛い反撃を貰ったあの日の自分を。

 止めなければ、とベルが足を踏み出そうとして────クロードは、無言で煙管を振るっていた。

「がっっ────!?」

 振るわれた一撃が、リリルカの横っ腹を穿つ。

 横っ飛びに吹っ飛んだ少女の体が草原を舞う。背負っていたバックパックの肩紐が千切れ、荷物が草原にぶちまけられる中、動き出していたベルは吹き飛ばされたリリルカの体を抱きとめる。

「リリッ、リリ、大丈夫!?」

「うぁ……ベ、ル様……」

 痛みに呻くリリルカの様子を見て、ベルは眦を上げてクロードを真正面から睨み付けた。

「クローズさん、やり過ぎですよ!」

「流石に、今のは俺もやり過ぎだと思う」

 クロードの非を咎める様にヴェルフも声を上げると、クロードは半眼で三人をそれぞれ眺める。

「……馬鹿ばっかだな、救いようがねェ」

 呆れ返った様に肩を竦めると、クロードは煙管に新たな刻み煙草を詰め直し始める。

 本当に理解してないのか、と呆れる様子を見せるクロードに対し、ベルは感情のままに声を上げようとして、ヴェルフに制されて止まった。

「ベル、落ち着け。クロードに感情論で挑むな。返り討ちだぞ」

 それは少年にも理解できる。だが、大事な女の子を傷付ける様な真似をされて黙っていられない、とリリルカを抱えたまま立ち上がった所で、クロードの声が響いた。

「ベル・クラネル。お前の目標はなンだよ」

「今はそんな事より、リリに謝ってください」

 毅然と言い放つベルを見やり、クロードは大きく首を傾げる。

「……そんな事、か」

「そうですよ! いくらなんでもリリにこんな事をするのはやり過ぎだ!」

 いつにもなく感情的に声を張り上げる少年。そんな彼を見たクロードは煙管に火を入れ、ゆっくりと紫煙で肺を満たし、告げた。

「ベル・クラネル。お前の目標は中層進出だろう?」

「それは今は関係無い!」

「関係大ありだね。その屑が言った事を思い出せよ」

 もはや人に向けるものではない、殺意すら混じったクロードの視線の先にはリリルカ。

「なあ? 上層で必要無い、なんて良く吠えたよなァ?」

 確かに、その通りだ。複雑な戦術なんぞ上層で組むまでもない。Lv.2に至ったベル・クラネルの実力ならば上層で複雑な戦術を汲む必要性は皆無。危機的状況に陥る方が難しいだろう。

 ただし、それは上層に留まり続ける限り、という条件付きでの話だ。

「中層に挑む、だなんてよくもまァ。自殺してェならテメェだけでやっとけよ」

 リリルカ・アーデが口にしたのは現在の状況について。()()()()()()()

 クロード・クローズが口にするのはこれから先について。()()()()()()()

 今、上層に於いて戦術なんぞ糞喰らえ。【ステイタス】と技量で打ち勝てる。だが、中層はそうはいかない。

「オレの失態を見てなかったか? それとも、覚えてないか?」

 中層に挑むならば、しかとしたパーティメンバーを集め、パーティ方針、戦術、状況を把握し、挑まなくてはいけない。

「まさか、明日、中層に行きます。では今から方針と戦術、状況把握を始めますだなんて糞みてェな付け焼刃で行く積りじゃァねェよな?」

 積み重ねも無く、その日のうちに話し合って決めて、それで通るとでも思っているのか。

 それこそ年単位で時間をかけて中層に挑むのが()()だ。上層で、時間をかけてパーティの連携を成熟させ、しかと挑むに足ると判断してから挑む。クロードの様に単独(ソロ)で挑むなんぞ狂気の沙汰。

 挑んだ本人が言うのも何だが、今の状況で挑んで生きて帰るのは奇跡に等しい。

 だからこそ、()()()()()

 上層という、多少の想定外が起きても対処できる場所で、しかと戦術と方針を煮詰め、どんな状況に陥っても対処できる様に、先を見据えて今から練習しておく()()()()()

「だってのに、そのガキ、上層では()()()()とか言いやがったんだぞ?」

 未来も見えてない、馬鹿の極み。そんな奴を連れて中層に挑む?

「自殺してェなら一人でやれよ」

 自分自身で決めた自殺行為ならば誰にも咎めらる謂れは存在しない。損をするのは自分だけだから。だが、誰かを巻き込みかねない自殺行為なんざする奴は碌な奴じゃない。

 本当に先を見据え、中層に挑む少年の事を考えているのならば。

()()()()なんて、口が裂けても言えるはずが無いダろ?」

 多少強引にでも、今日の探索は取りやめるべきだった。

 それをクロードが止めなかったのは、ベル・クラネルがリーダーだったからで。パーティに加わる以上、指示に従うと決めたからだ。

「パーティを組むってンならよォ、もう少し頭使え」

 パーティを組む、という行為にどんな夢を見ているのか知らないが。

「────命を預け合うって意味なんだぞ? 理解してんのかオマエ」

 ダンジョンというモンスターの坩堝において、パーティメンバーは信用に足る者ではなくてはならない。

 そも、パーティメンバーに【ステイタス】や【魔法】について秘匿する様な奴に命を預けられるか?

 そも、相手の性格や体調なんかがわからない奴に、命を預けられるのか?

 少なくとも、クロードはそんなの御免だ。信じられない。

 そして、最後に。

「リリルカ・アーデ、オレがごたごた偉そうに言うのが気に食わないみたいだがな」

 勘違いを正さなくてはいけない。

「────そもそも、命を()()()事しかしてこなかったテメェが偉そうに吠えんな」

 サポーターとして、戦力外であり、ただの荷物運び程度の役割しか与えられてこなかった彼女に、命を預ける馬鹿は今まで居なかっただろうし、居るはずもない。

 今までどんなパーティを見てきた、だとかいくら吠えた所で、リリルカ・アーデはそんなパーティに命を預ける事しかしてこなかっただろう。

 彼らの命を預かり、責任を持って地上まで付き合う気概も持った事は無いだろう。

「そんな奴が、命を()()()()パーティの事を知った様に吠えるなよ」

 少なくとも、クロードは今のベル・クラネルに命を預けるなんて真っ平御免だ。リリルカ・アーデもそうだ。

 今まで、ヴェルフの探索を()()()為に臨時パーティを組んでいた時とは状況が違う。

 中層という、いくら命があっても足りないと思えるぐらいに危険な場所に挑む事を目標にするには、今のベル・クラネルも、ヴェルフ・クロッゾも、そしてなによりリリルカ・アーデという人物は信用に値しない。

「理解したら、さっさと立て。モンスターだ」

 ピキリ、と響き渡るモンスターの産声を上げる迷宮を見やったクロードは、ベル達から視線を外し、罅の入った壁を見据えた。




 クロードくんちゃんのパーティ経験について。

 まんま前世のゲームの中の経験しかないですね。
 各々に与えられた役割を果たせば、負ける確率は万に一つもないっていう合理性を突き詰めた廃人パーティ。
 超高難度ダンジョンに挑むに当たって、ブリーフィングは当たり前だし、必要な情報は全て開示するのも当然。しない奴とか要らんよな? むしろ普段からやってない奴がいきなりそんな動き出来る訳ないじゃん。そんなやつ必要か?
 決められたタイミングで回復魔法使えないヒーラーとか、デバフかけれないデバッファーとか、居ても邪魔なだけだし? お遊びでやりたい奴は他のパーティ行って、どうぞ。って感じのプレイヤーだったと思って貰えれば。

 合理性突き詰め過ぎて思考ヤバい感じ。でも、そのおかげで強いっていう。

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