紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第二八話

「ほら、ぼさっとしてネェでさっさと構えろ」

 吐き捨てる様に言い放ったクロードの言葉に、ヴェルフはリリルカを一瞥してから背負っていた大刀を構え、ベルもナイフを引き抜いた。

 ダンジョンに潜り慣れた冒険者ならば聞き逃す事のない、ダンジョンからモンスターが産まれ落ちる音色。

 緊張感を持って警戒する中、散らばった荷物をリリルカが搔き集め、戦闘員三人はクロードに顎でモンスターを示される。

「ンで、何を主軸にすんだ。予定通りにヴェルフの経験値稼ぎか?」

「えっと、はい。そんな感じで……」

 三人が視線を向ける先の壁が、罅割れ、崩れてモンスターが次々に産まれる。

 壁面を抉じ開け、内側から出てきたのは、脂ぎった茶色の太腕。

 卵の殻の様に砕かれたダンジョン壁の一部がぼろぼろと地面に零れ落ち、左腕が壁面から出てきたと思えば、今度は右腕。そして次には豚頭と続いていく。

『ブギッ……ォオオオオオオオオ…………』

 その姿が完全に壁から出てきた所で、そのモンスター、『オーク』は潰れた産声を上げた。

 クロードが耳障りな産声に眉を顰め、ヴェルフが他の音に視線を向け、ベルは初めて見た大型級のモンスターが産まれる光景に圧倒されている。

 地面に四つん這いになっている『オーク』が緩慢な動きで立ち上がる。

「リーダー様よォ、もう一度聞くが……()()()()()()()()()()優先か?」

「……まだ続く、と。これがあるから10階層からは怖ぇよな」

 クロードが眉を顰めたままベルに問う。

 ヴェルフが向けていた視線の先にも壁に走る罅が見て取れ、それどころか壁の罅割れる音が四方八方から聞こえてくる。

 主に10階層以降に見られるダンジョンの特徴として、同地帯(エリア)上での瞬間的なモンスターの大量発生が上げられる。

 冒険者の間では『怪物の宴(モンスター・パーティー)』と言われる事もあるこの現象が起きた場合、がらがらだった筈の地帯(エリア)は瞬く間にモンスターで溢れ返る事となる。

 論ずるまでもなく、非常に危険な現象だ。特に見晴らしの良い開けた『ルーム』でこの現象に出会うと、少年率いるパーティの様に囲まれる事になる。──とはいえ、通路で出会うと安全かというとそうでもないが。

「まぁ、そこまで悲観する事はないでしょう。幸いこのルームでは霧は発生していませんし面積も広いです。すぐに囲まれる心配はありませんし、いざとなれば10階層まで引き返せます」

 リリルカの落ち着き払った発言に、ベルがほっと一息つき、クロードは、ふむ、と呟く。

 落ちた荷物を手早く回収し、肩紐の千切れた部分を荷物の中にあった縄で代用して応急処置。それから合流まで手早くすませたリリルカは、内心に抱いた苛立ちを飲み込んで自身の得物、ハンドボウガンを装備した。

 壁際からゆっくり、緩慢な動作で近づいてくる『オーク』や数多のモンスターを見やりながら、クロードは呟く。

「撤退か? それとも目標達成優先か? さっさと指示をクレ」

 大階段こそ後方に存在するが、撤退するか否かの判断は早い方が良い。それにくわえ、余裕が無い状況になる事が容易に予想できる現状において『ヴェルフの経験値稼ぎ』を本当に優先するのか、と再三の確認をとるクロードに、ベルは迷いつつも答える。

「えっと、とりあえずモンスターの数を減らして……ある程度減ったらヴェルフの経験値稼ぎをする。形で……」

「妥当だ。で、隊列と対応は」

 モンスターを前にして指示を仰ぐクロードの姿に、ベルが必死に頭を回す。

 現状、出現したモンスターは『オーク』『インプ』それに『ハード・アーマード』。

 『オーク』が大型級。怪力であると同時に鈍重。

 『インプ』が小型級。能力はそれほどでもないが数が多い。

 『ハード・アーマード』は中型級。上層において最硬の防御力を誇る。

 現在のパーティの戦闘員はベル、ヴェルフ、クロードの三人。それとサポーターのリリルカ。

 ベルはLv.2の冒険者。得物はナイフで、敏捷に優れている。

 ヴェルフはLv.1の鍛冶師(スミス)兼冒険者。得物は大刀。

 クロードはLv.2の冒険者。得物は喧嘩煙管とショートソード、技量が非常に高い。

 リリルカはLv.1のサポーター。得物はハンドボウガンだが、ステイタスは低く戦闘能力に乏しい。

 どの冒険者がどのモンスターの対応をするのが最適解か。必死に考えた末に少年は口を開いた。

「えっと、ヴェルフさんが『インプ』を、僕とクロードさんで『オーク』と『ハード・アーマード』を……」

 数が多いだけで特筆した能力の無い『インプ』ならばヴェルフでも対応できるだろう。ならばそれ以外を自分とクロードで対応するのが正解だろう、と出した少年の答え。

「……悪いベル、俺には『オーク』を任せてくれないか?」

「……え?」

 ヴェルフから放たれた申し出にベルが目を見張った。横に居たクロードは呆れた様に肩を竦め、半眼をベルに向ける。

「ヴェルフの得物は大刀だ。威力はあるが振りは遅い。群れる『インプ』の中に飛び込ませるのは無理があんだろ。比べて、『オーク』なら怪力ではあるが動きはトロい。天然武装(ネイチャーウェポン)で武装してたら別だが、無手ならヴェルフでもいける」

 本人からの申し出に加えて、クロードの補足にベルは僅かに肩を震わせる。

 オークの怪力は凄まじく、Lv.1どころかLv.2の冒険者でも直撃をくらえば戦闘不能に陥る事すら有り得る。だからこそ、Lv.1のヴェルフには特筆した潜在能力(ポテンシャル)を持たない『インプ』を任せようと考えた。

 レベルだけ見れば間違いのない選択に思えるが、各々の冒険者の武装や能力によってはまた変わってくる。もっとしっかりと互いに情報共有をしていれば、確かな判断が出来たはずだ。先のクロードが言った様に。

「えっと……じゃ、じゃあ、ヴェルフさんにはオークを任せて……僕とクロードさんで残りを……」

「はぁ、わかった。それでいい」

 若干不満気な雰囲気を残しつつも、クロードが頷く。

「では、リリはヴェルフ様を微力ながら援護します。……出来るならば、時折気にかけて頂けると助かります」

 先の一件でしおらしくなったリリルカが呟くと、クロードはそれを一瞥して──頷いた。

「わぁったよ、気にはかけてやるが変に追い詰められんなよ」

 オレは『援護』にはちっとも向かないからな、と呟くとそのまま駆け出していく。

 それを見たベルはほっと一息つく。いくらクロードでも時と場合ぐらいは考えてくれはする。モンスターに囲まれた状態で煽り紛いの説教をされなくて良かった、と。

「じゃあ、僕も行くから。二人とも気を付けてね」

「わかってる」

 一度屈伸し、意識を切り替え、ベルはクロードの後を追う様にモンスターに突っ込んで行った。

 二人の後ろ姿を見送った後、ヴェルフは己が得物を構えて鈍重な動きで近づいてくる『オーク』に視線を向けた。

 そんなさ中、リリルカがポツリと吐き捨てる。

「どうせ、口だけでしょう」

「おいおい……いや、良い。実際に見てみなきゃわからんだろうしな」

 ヴェルフが注意しようとして、取りやめた。

 クロードと相性の悪いリリルカに対し、いかに言葉で説明した所で納得しないだろう。だったら、彼女の行動を見て判断してもらうしかない。

 少なくとも、ヴェルフの知っているクロード・クローズは口だけの奴じゃない。もし口だけの奴だったらヴェルフはとっくの昔に縁を切っていただろう。

 

 


 

 

「ンで、反省会の時間だ」

「……はい」

「ああ」

 『怪物の宴(モンスター・パーティー)』と称しても良い程の大群との戦闘を終え、パーティは小休止をしていた。

 場所は変わらず11階層始点のルーム。草原には砕けたダンジョン壁が転がっていたり、砕け折れた枯木が転がっていたり、一目で戦闘後だとわかる光景が広がっていた。

 そんなルームの片隅で、パーティメンバーは顔を突き合わせて小さな反省会を開いていた。

「まず、いきなりやれって言ってもわからんだろうからオレから言ってやる」

 至極面倒臭いが、と前置きしたクロードは不機嫌そうな表情のまま自分の行動(アクション)を告げた。

「オレは群れるインプの片付けを主目的に、いつでもヴェルフの所に駆け付けられる様に一定の距離を保って戦った。だが、途中でハード・アーマードの対応で足止め喰らって、結局ヴェルフが囲まれた時に対応出来なかった」

「えっと、僕は……クロードさんと同じくインプの群れを蹴散らして、ハード・アーマードの対応をしてから、シルバーバックに囲まれたヴェルフの援護に行きました」

「俺か、俺はリリスケの援護のおかげでオークを順調に倒したのは良いんだが、その後にシルバーバックに囲まれちまって……ベルに助けられたな」

 反省会、と称してクロードが各々の行動を告げる様に言い放ったのだ。その上で、何処が良くて、何処がダメだったのか思い付く事があれば言ってみろ、とクロードは面倒臭そうに告げる。

 良かった点は次に活かせば良い。悪かった点は改善すれば次は更に良くなる。現状維持を繰り返しても悪くなる事はあれ、良くなる事は無い。と断言する銀髪の少女の姿にベルは頷いた。

「ンで、まずオレが言ってやる。良かった点だが……サポーター、リリルカ・アーデの動きだな。他は無しだ」

「「え?」」

 真っ先にクロードが良い点だと上げた者の名前にベルとリリルカが目を見張り、ヴェルフが肩を震わせる。

 相性最悪で一度は殴り飛ばしたリリルカを、クロードが最高評価した。それ以外の評価は悪い、と断言した上で、リリルカの動きを褒めたのだ。てっきり、もっと悪い点ばかりを上げるものだと思っていた事もあり、予想外で驚くベルと、まさか褒められると思っていなかったリリルカは固まる。

 そんな二人を他所に、ヴェルフは大袈裟に肩を竦めて口を開いた。

「何処が良かったんだ?」

「足並みも揃わねェ連携のレの字も出来ない二人を、最低限の連携が出来る程度に誘導してた。それに、状況の見極めも上手い」

 どこでどう援護を挟むか、いつ何処に自分が居たら邪魔になるか、では逆に何処に居ればより良い援護が出来るか。そういった基本が出来ている。その点に関しては文句の付け様が無い。

 ヴェルフが戦う様を見て癖を掴み、ベルが合流後に円滑に戦闘が進む様に援護を挟むといった事をしていた。

「サポーターにしとくのは惜しい」

 やらせるなら荷物持ち(サポーター)じゃなくて指揮官(コマンダー)にすべきだ、と。

 あまりの高評価にベルは唖然とし、リリルカは完全に思考停止する。

 出会った当初から自分とクロードの相性は悪い、と確信していたリリルカからすれば、ここでも散々こき下ろされるのだろうと思っていたのだ。だというのに、妙に高評価されている。嬉しくない訳ではないが、あそこまで馬鹿にしといて今更評価を変えた。リリルカはそれに妙なわだかまりを覚えた。

「えっと、クロードさんは……リリの事、嫌いなんじゃ……?」

 ヴェルフとクロード、二人との集合地点に合流した際、リリルカは急速に不機嫌になり話をする処ではなくなった。挙句、その後はダンジョンに潜ってからクロードの方の不機嫌さも加速して急速に空気が悪くなったのをベルは覚えていた。

 初対面の時の二人の反応から、相性が悪いかも、と薄ら感じてはいたが今日でその不仲具合を確認し、そしてその後の反省会でクロードがリリルカを褒めたのだ。本音を言えば、信じられないぐらいの高評価である。

「あァ? あのな、人柄も能力もわかんねェ奴を端から高評価するわけねェだろ」

 リリルカ・アーデに関してクロードが知っているのは、盗人だった、程度のモノだ。そんな奴に笑顔を向ける訳が無い。その上で、能力や技量、そして人柄を見た上で再評価を下した。リリルカ・アーデは優れた観察眼と指揮能力を持つ、と。

「それだけの話だろ」

 あっけらかんと言い放ったクロードの言葉にベルは目を瞬かせ、リリルカはむっとした表情を浮かべる。そんな二人の様子を見ていたヴェルフが堪え切れなくなったように肩を揺らして笑う。

「おい、何笑ってンだ」

「いや、悪い」

 謝罪しつつも肩を震わせて笑いを堪えるヴェルフ。

 クロードは口が悪い。それも、かなり致命的に悪い。だが、人となりまで悪いかというとそんなことは無い。それ処か、普通に話す分には良い奴でノリも悪くない。色々と口が悪いが、根本の所は人が良いのだ。

 リリルカに対する当たりの悪さも、彼女なりの()()()()()()()()だろう、というのはヴェルフにも察しが付いていた。

 少なくとも、クロード・クローズという人物は相手に非が無いにも関わらず相手を無意味に責める様な真似をする性格(タチ)ではない。大抵の場合、ボロクソに貶される相手側に非がある。

 ──時折、その()が理不尽に思える事はあるが。

「それで、お前等はこのパーティの良かった点は無いのか」

 未だに肩を揺らすヴェルフを無視したクロードの問いかけに、ベルは少し考えてから口を開く。

「えっと、単独(ソロ)で戦ってたより、負担は減ってた、と思う」

「パーティの利点って奴だな。体だろうが心だろうが、余裕を持てれば動きも変わってくる。モンスターへの対処も、な」

 少年が自身の感じた事を口にすると、ヴェルフがニヤリと笑ってパーティの有用性を口にする。そんな二人の様子を見ていた銀髪の少女は、軽く紫煙を吹かして口を開いた。

「んで、悪かった点だ」

 良かった点は次に活かせば良い。だが悪かった点を聞かずに終わる訳にはいかない。口にはしないが目で雄弁に語る少女の言葉にベル達三人は身を強張らせた。

 彼女は容赦がない。悪いと思った点は、きっとかなりボロクソに言われる。そして、それはきっと聞いておいた方が為になる。それがわかっているからこそ、聞きたくないのに聞かざるを得ない。

「まず、ベル。お前から言ってみろ」

「えっと……悪かった点……僕の知識不足で的確に指示が出せなかった事、とか……」

「それだけじゃねェ。情報も不足してたろ」

 パーティメンバーへの指示、方針決め、どれにおいても知識や情報が不足して指示だしが非常に遅かった。これらは経験である程度改善は出来る為、今後は気を付けるべき点だ。

 各々の特性もまったくわかっておらず、指示も滅茶苦茶。

「あの時、オレならまずベルにハード・アーマードを倒す様に指示を出すな。オレにはインプを、ヴェルフにはオークの相手をさせる。ンで、リリルカはヴェルフの補助に付ける、と」

「えっと……?」

 まず、ベルは敏捷特化。そして得物はナイフ。対してクロードは技術特化で、得物は鈍器。

「鈍器でハード・アーマードぶっ叩いても威力が乗り切らねェんだよ」

 普段通りにいくつもの薬物で自己強化していたのならまだしも、パーティ行動で自己強化に制限がかかっている場合、クロードの打撃力はそこまで高くない。

 ハード・アーマードは上層最硬の防御能力をもつモンスターである。ただし、その防御能力は背負った甲殻にあるのであって、腹部等は軟い。そのため、甲殻の無い腹部を狙って攻撃して撃破するのが得策のモンスターではあるが、その体を丸めて全身を甲殻で守りつつ転がって突進してくる攻撃をされれば厳しい。

「ベルの敏捷(あし)なら対処できるだろうが、オレはそこまで敏捷(あし)は速くねェンだよ」

 更に力に優れる訳でもない為、力づくでの突破は難しい。となると、大した能力も無く群れて数で押してくるインプ相手ならクロードはのびのびと戦える。

 ベルの敏捷(あし)ならハード・アーマードの突進攻撃は脅威ではない処か、引き付けて回避してからのナイフの斬撃による急所攻撃で即死を狙える。

 少年が真っ先に判断し、選んだ『インプ』に対してヴェルフを当てるのは最悪。攻撃の手数不足で数に押される危険性も有って、クロードはそれを止めた。それ以外については対処できるだろうからと無視したが、次からはメンバーの特性を考えてモンスターの対処を任せろ、とクロードは締めくくる。

 今回は無事に乗り越えたし、何の問題も無かったが、次も、その次も同じ事をやらかし続ければいずれ命を落とす。そのためにも、その部分は直すべきというのは少年にも大いに理解できた。

「うん、次はもっと考えて指示を出すよ」

「そりゃあ重畳。ンで、ヴェルフ」

「お、おう」

「オマエはもう少し周りを見ろ。仲間の援護が無けりゃ死んでたぞ」

 シルバーバックに囲まれる、等という状況に陥ったヴェルフに視野が狭すぎる、と注意するとクロードはリリルカに視線を向けた。

 パーティの空気が張り詰める。

 先は高評価していたとはいえ、クロードとリリルカの仲は悪い。加えて、悪かった点を容赦なく指摘するクロードの事だ、またボロクソに貶すような事を言うのだろうと今度こそリリルカが身構え────。

「オマエに文句はねェ。十二分な働きだった」

「────」

「ンで、最後にオレだな」

「ま、待ってください」

「ンだよ」

 十二分な働きだった、と言われて固まっていたリリルカは咄嗟に声を上げていた。

 リリルカ・アーデにとってクロード・クローズは天敵だ。

 言動の端々から高慢さが見て取れる。口の悪さや、自身にゴミを見る様な目を向けてくる。それだけなら他の冒険者同様に叛骨心を刺激されるだけで済んだが、そこに同種族である事や、それでありながら冒険者として十二分な活躍をしている事等。

 ただ気に食わないだけではない、嫉妬すらしてしまう程の人物。端的に言って『嫌い』に分類する相手ではあったはずだが────彼女の評価を聞いてリリルカは理解出来なかった。

 普通、冒険者は高慢だ。たかがサポーターの意見なんて聞き入れない。リリルカがどれだけ説明をしても、冒険者は誰一人として彼女の言葉に耳を貸さないし、むしろ小馬鹿にする。そして、彼女もそんな冒険者の一人だと思っていた。

 だが、違う。

 クロードという冒険者は確かにリリルカの発言を否定し、馬鹿にした。だが、それの理由をしっかり聞いた上で考えてみれば、自身の言い分の方こそ間違っていて、彼女の言い分が正しかった。そして、リリルカの評価は良い。

「……いえ、すいません。何でもありません」

「そうかよ。最後にオレだが、悪い点は、ハード・アーマードに手こずってヴェルフの援護に行けなかった事だな」

 リーダーの指示が曖昧だし、的確では無かった。それでも、ヴェルフが危機に陥った際にクロードが咄嗟に援護に向かえなかったのは事実。そこは悪い点だった、と紫煙を吐き捨てた少女は告げた。

 冷静な、というよりいっそ冷淡な分析にベルが申し訳なさそうに縮こまる。それをヴェルフが笑って肩を叩いた。

「まあ気にすんな。次気を付ければ良いんだからな」

 死者も怪我人も出なかった。反省すべき点はあれど、結果は上々だ、と快活に笑う青年に、クロードは肩を竦める。

「これを踏まえて、次から気を付けとけ……つか、まず自己紹介ぐらいしろよ」

 クロードの指摘を聞いたベルが小さく「あっ」と漏らし、ヴェルフが「そういえば」と呟く。

 朝、ヴェルフとクロードとの集合地点に到着してから、リリルカ・アーデとヴェルフ・クロッゾは互いに本名すら知らない状態でパーティを結成した。それも、会った直後辺りから話をする事も出来ないぐらいに不機嫌になったリリルカに原因があるのだが。

「ったく、知ってるだろうが改めて、クロード・クローズだ。最近二つ名がついたが……確か、【煙槍】だな」

 クロードは呆れ気味に、簡単な自己紹介を済ます。

 ベルと同時期に【ランクアップ】による二つ名命名が行われたはずだが、ベルの話題に奪われて名が上がらなかった彼女の二つ名を初めて聞いた三人が各々の反応を示す。

「……そういや、クロードの二つ名聞いたのは初めてだな。シンプルでカッコイイと思うぞ」

「か、カッコイイ……」

怪物祭(モンスターフィリア)の時の魔法からですか」

 街中で使用されたクロードの魔法。紫煙を槍または杭状に形成し打ち出すそれの印象からつけられた二つ名だ。シンプルでいてわかりやすい。

 【リトル・ルーキー】なんて普通過ぎてカッコよさに欠ける二つ名を付けられたベルが羨ましそうにクロードを見るが、彼女は呆れ気味に半眼を向けるのみ。

「二つ名なんてどうでも良いだロ。それよか、ヴェルフの紹介は」

 ベルから見て、リリルカ、クロード、ヴェルフは知り合いだが。リリルカからすると、ベルは雇い主、クロードは知り合い、ヴェルフは名も知らぬ他人だ。

 「あー、えっと、リリ。今更だけど紹介するよ。この人はヴェルフ・クロッゾさん。【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)なんだ」

 クロードの温度差に戸惑っていたリリルカは、ヴェルフの本名を聞いて目を見開いた。

「クロッゾっ?」

 弾かれた様にヴェルフを見上げたリリルカの姿に、ベルが驚き、クロードは目を細める。視線を向けられた青年は腕組をして片目を閉じ、黙り込んだ。

「呪われた魔剣鍛冶師の家名? あの凋落した鍛冶貴族の?」

 次々にサポーターの口から飛び出す情報にベルが目を白黒させる中、腕組をしたヴェルフは黙したまま動かず、クロードは呆れた様に半眼をリリルカに向ける。

「あ、あの……『クロッゾ』って?」

「何も知らないんですか、ベル様……?」

「えっと、その……う、うん」

 リリルカが小さく吐息を吐く横で、クロードは呆れた、と呟いてベルを一瞥すると、ヴェルフに視線を投げかけた。

 リリルカが『クロッゾの魔剣』そして『鍛冶貴族』だった『クロッゾ』の話をベルに聞かせていく。

「────今では、完全に没落してしまって……」

 ヴェルフの事を伺いながら、尻すぼみに説明を終えたリリルカを見てから、少年はヴェルフに視線を向けた。彼は何処かバツが悪そうに視線を逸らす。

 そんな様子を見ていたクロードが、不機嫌そうに口を開いた。

「ンで、それは何か関係あンのか?」

「でも……」

「ヴェルフはヴェルフだ、違うか? 『クロッゾ』だとかなんだとか関係ないだろ。それよか、『盗人アーデ』の方がよっぽどだと思うがね」

 何かを言いかけたリリルカの言葉を遮り、クロードは彼女を睨み付けた。

 ヴェルフの場合は、『魔剣のクロッゾ』という家名を背負っただけの人物。その『クロッゾ』がやってきた事、『魔剣』がやらかしてきた事は彼とは無関係。ただ、その家の下に産まれてしまっただけ。

 対して、リリルカが持つ『盗人アーデ』は別だ。彼女自身がやらかし、彼女自身が成した事だ。

「これから、盗人アーデとでも呼ばれたいか? 違うだろ?」

 ヴェルフの家名『クロッゾ』についてあれこれ言うつもりなら、今後はお前の事は『盗人アーデ』と呼ぶぞ、とクロードが脅しをかけ。

「やめろ。頼むから、クロード、そんな事しなくて良い。事実、俺は零落れ貴族の末裔さ」

 バリバリと赤髪を搔き乱したヴェルフが止めると、クロードはすんなりと黙って一歩下がった。

 その様子を見ていたベルが困惑した様に二人を見つめ、リリルカはバツが悪そうに黙り込み、ローブの裾をぎゅっと握ってから、口を開いた。

「申し訳ございません。リリが、言い過ぎました……魔石、回収してきますね」

 足早に、自分達が仕留めたモンスターの亡骸の下へと駆けていくサポーターの後ろ姿を見て、ベルが手を伸ばしかけ、クロードに止められた。

「ヴェルフ、ベルにちったァ説明しとけ。後から揉めんのは面倒だろ」

「……はぁ、悪い。ベル、少し話をさせてくれ」

「あ、の……うん」

 気まずそうに頷いた少年を確認すると、クロードは肩を竦めてサポーターの元へ足を進めた。

 

 


 

 

「……どうして、リリの所に来たんですか」

 無心で手を動かしながらの問いかけに、彼女の後ろに立っていたクロードは肩を竦めた。

「ンなモン決まってンだろ。護衛だよ、ご・え・い」

「周囲には他の冒険者様も居ます。気にする事は無いでしょう」

 リリルカの指摘通り、クロード達以外にも、このルームには数組のパーティの姿がある。

 このルームは階層を繋ぐ位置関係にあり人通りも多い。加えて、厄介な霧も出ておらず探索の拠点に利用する冒険者は多いのだ。そのため、リリがベル達が討伐したモンスターの亡骸を一か所に集めていたのも、魔石回収のしやすさの為ではなく他の冒険者に対して所有権を主張するための方法だった。

 モンスターの体にナイフを入れ、手袋を付けた手を内側に潜り込ませ、魔石を掴みとって引き抜く。

「…………」

 ただ無言で周囲を警戒しているらしいクロードの姿を一瞥すると、リリルカは大きく深呼吸をした。

 咽返るモンスターの血の香りに混じって、何処か甘い様な煙草の香りが混じる。何処か冴えた様な感覚を覚えたリリルカは、次の死体に手を伸ばしながら、呟く様に問いかけた。

「クローズ様は、リリの事が気に入らないのでしょう」

「ああ」

 即答だった。声色は特に苛立ちや煽りといったものは含まれていないが、同時に冗談でもなんでもなく本当に嫌いだというのは伝わってくる。

 意味がわからない。

 出会った当初、あれだけリリルカの過去をほじくり返して貶し。

 今回二度目の出会いでパーティを組んでみれば行動を否定し貶す。

 ただの嫌な冒険者だと思えば、リリルカの行動や戦術眼を褒め、肯定した。

 『クロッゾ』の家名に関して口を出そうとすれば、それを止める様にクロードが口を開く。

 傍から見てもクロードの行動は理解不能だろう。リリルカに対しての当たりの悪さは、納得が出来る。間違っていたのはリリルカで、正しいのはクロードのはずだ。傍から見てもそうだろう。

 だが、リリルカを褒めた点は別だ。事実、ベルとヴェルフの二人が戦いやすい様に考えて動きはしていた、今までの経験からそう動くと良いと学んでいたからこそ実行した事ではある。だが、今までの冒険者はそれに気付く事も無ければ、気付いた所で歯牙にもかけなかった。

 そんな中、クロードだけはそれを評価した。

 加えて『指揮官(コマンダー)』にすべきだ、とすら言い切った。

 嬉しいか嬉しくないかでいえば、嬉しかったに決まってる。ただし、クロードが言わなければ。

「……なんで、リリの事をあれだけ評価したのですか」

「あァ?」

 魔石を剥ぎ取りつつの会話に、クロードは肩を竦めた。

「あンなぁ、オマエが何考えてんのか知らンが、オレは『評価する点』はちゃんと評価してるだけだ」

 リリルカ・アーデが過去行っていた盗賊行為。そして、ベルに付け込むような形でパーティを組んでいる件。それに関しては見苦しいし、気持ち悪い、それがクロードの評価だ。

 だが、それとは別にリリルカの持つ戦術眼や優れた補助能力は素晴らしい。

「総合評価で言えば、オマエはクズだな。だが、戦術眼と補助能力は良い。少なくとも、オマエの戦術に従っても良いと思えるぐらいにな」

「……それが、おかしいと言っているのです」

 ほとんどの冒険者が非力なサポーターの考えた戦術なんかに従わない。

 ベルの様な素直で優しい冒険者ならまだしも、自らの腕っぷしで這い上がってきた冒険者はリリルカのそれを決して認めない。たかがサポーターが指図するな、でお終いだ。

 だというのに、クロードはリリルカの戦術眼を見て、肯定し、これなら従っても良いと言う。

 貶したり、褒めたり、そして睨んだり。

 クロードの対応は非常に温度差があった。それも、一人一人違うのではない、同じ人物に対しても温度差が酷い。火傷する程の高熱になり、ともすれば凍死しそうな程の冷淡さも見せる。そして、ほんの一瞬だけ温かで居心地の良い温度すら見せた。

「リリには、クローズ様の考えは理解できません」

 貶された。痛めつけられた。そして、褒められた。

 意味がわからない。と繰り返したリリルカに、クロードは半眼を向ける。

「……俺も、オマエ等の考えは理解できん。命がかかってンのに、お遊び気分のパーティ組むなんざ狂気の沙汰じゃねェのか? 遊戯(ゲーム)じゃねェんだぞ。死ぬのが怖くねェのかよ」

 クロードの問いかけに、リリルカは言葉を詰まらせた。

 命を落とす可能性があるのに、本気で挑まないのは何故か。その問いかけについて考えていけば、自ずと答えが出てしまう。自分の考えが、甘かったのだと。

 ただ、それを素直に認めるには、クロードの口が悪すぎる。だが、反論しても意味が無いのをリリルカは学んでいた。

「逆にお聞きしますが。クローズ様は死ぬのが怖くないので?」

 Lv.1の頃、怪物祭(モンスターフィリア)の際、Lv.2相当のモンスター相手に一歩も引かずに挑み、撃破した。

 Lv.2の冒険者数人と戦闘をし、全員を撃破して【ランクアップ】を果たした。

 たった一人で中層に挑み、死に掛けて帰ってきた。

 挙句、その帰還途中に現れたミノタウロスに真っ先に挑みかかっていった。

 そのどれもが、死にたがりの行動にしか思えない。

 よもや『死ぬのが怖くないのか』等と問いかける様な人物がとる行動とは思えない。そんなリリルカの質問に対し、クロードは紫煙と共に溜息を零し、答えた。

「ンなもん、────()()()()()()()()()()()から、気にならねェ




 クロードくんちゃんをコミュ障という人も居ますが、違います。
 コミュ障は、コミュニケーションをとろうとしても『できない』。
 クロードくんちゃんはコミュニケーションをとろうと『しない』。
 『できない』のと『しない』のは全くの別です。というか意味が変わってしまう。
 実際、テランス君や豊穣の女主人の店員たちとは気さくな会話が出来てますし。一般会話で彼女の機嫌を損ねる様な事をしなければ、かなり良い人なんです。割と面倒は見てくれるし、冗談だって言い合えるんですよ。
 ただ、命が関わっていたり、目標達成に必要な事にかんしては『ガチ』なだけです。ちょっとガチ過ぎて、周りと温度差があるだけなんです……。

 それとリリルカが子供っぽくなってる云々は、原作4巻でヴェルフが加わった直後の話を見れば割と妥当な感じだと、思ったんですが。
 集合地点で顔合わせた直後から機嫌が悪くなって『自己紹介』どころか話すらせずにダンジョン11階層まで行って、そこでようやくヴェルフの本名知って驚くのがリリルカちゃんですし……? アレが、大人の対応というなら、私が間違ってますが。

 それとは別に、18階層に向かう道中というか、【タケミカヅチ・ファミリア】の一件がヤバそうな気がするんですよね。アレは、クロードがキレそうというか、桜花を擁護できないというか、桜花がヤバい。とにかくヤバい……。

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