紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第三〇話

 ダンジョン12階層から13階層へと繋がる階層間のルーム。

 正方形のルームの半ばほどまでが10階層とは比べ物にならないほどの濃い霧に包まれているが、不可思議な事にその霧は残る半分を侵食する気配は無い。

「では、最後の打ち合わせをします」

 そんなルームの一角、4人組パーティが一塊になって打ち合わせを行っていた。

 白髪のヒューマンの少年、赤髪のヒューマンの青年、銀髪の小人族(パルゥム)の少女に、サポーターの茶髪の小人族(パルゥム)

「では、中層からは地上での話し合いの通りに隊列を組みます。覚えていますよね」

 草原が切れ切れになり露出した土の地面に簡単な絵をかきながら告げるリリルカに、三人が頷いた。

「前衛が俺だったよな……本当に俺で良いのか?」

「むしろここ以外、ヴェルフ様の務まる場所がありません。いえ、リリが偉そうに言える事ではありませんが……」

 茶髪の少女、リリルカが横目で銀髪の少女、クロードを伺う様に見やる。

 伺う様な視線に対し、クロードが肩を竦めると、リリルカは咳払いをして続けた。

「すいません、続けます」

 地面に描かれた四つの丸の内、前から二つ目の円をリリルカがナイフで指し示す。

「ベル様は中衛を、ヴェルフ様の支援です。攻守両方を務めて頂く事になります。負担が大きいので、適宜クロード様と交代しつつもいきます」

「うん」

「そして、クロード様は後衛です。ただし、これは通路内での話で、ルームに出た場合はベル様同様に攻守両方を務めて頂きます」

 残る最後の後衛が消去法でリリルカが担当する。

 現在のパーティの構成は前衛が三人にサポーターが一人。

 前衛と言えども、三人それぞれが同じ役割が出来る訳ではない。

 本来ならば最前列には最もレベルの高い冒険者を配置すべきだが、今回のパーティで言えば適任はヴェルフ。否、消去法でヴェルフになっている。

 ベルは俊足を誇り二本のナイフで戦う近・中距離をカバーできる前衛攻役(アタッカー)

 クロードの場合は自己強化(ブースト)状態異常(アンチステイタス)を使っての奇をてらう(トリッキー)な戦い方で、その戦法は味方を巻き込む殲滅攻役(ジェノサイダー)

 ヴェルフは堅実に自作の大刀を使った一撃必殺が基本となる前衛攻役(アタッカー)

 総じて、全員が前衛壁役(ウォール)に向かない。

 ベルが前衛壁役(ウォール)を行えば、その俊足(あし)を殺す事になり。クロードであれば自己強化(ブースト)無しでは体格や【ステイタス】で難しく、自己強化(ブースト)を駆使すれば味方すら被害が出る、と使い物にならない。

 そんな中、レベル1とはいえ大型の得物を使用し、攻撃を受け止めるだけの前衛壁役(ウォール)が務まるのが残るヴェルフしか居なかったのだ。

「まあ、引き受けたからにはやり切るが」

「安心しろ、危なくなったら直ぐ援護に入ってやる」

「うん、僕も支援は頑張るよ」

 青年の背を少女が叩き、少年が笑いかける。

 前衛三人の和やかなやり取りにサポーターは釘を刺す様に口を開いた。

「わかっているとは思いますが。このパーティは非常に不安定です。クロード様の経験や技術を叩き込まれたとはいえ、後衛をサポーターが兼用してる時点で火力不足です。それを補えるクロード様は使う状況を選ばなくてはいけません」

 真剣な表情で口を開くリリルカは、息を止めてクロードを伺う。彼女は肩を竦めると、口を開くでもなく続きを促した。その様子に一息つくと、サポーターの少女は続ける。

「当然、窮地に陥った場合は立て直しは利かないと思ってください」

 もし本当に窮地に陥った場合、クロードが全力で魔法を駆使する事になる。結果としてクロード以外の全員が戦闘不能、もしくは戦闘続行不可能に陥るのは確定的。そうなれば後はクロード一人で三人を引き摺ってでも地上まで運んでいく事になる。

 故に────。

「引き際はさっさと見極めろよ」

 クロードの万感の籠った言葉に、三人は大きく頷いた。

 一度中層に挑み、死に掛けながらも生還した彼女の言葉は非常に重い。実際、彼女は引き際を弁えていたからこそ生還したのだ。

「一度でも判断を誤れば命取りか」

「尻尾巻いて引き返しますか? 今なら間に合いますよ」

「馬鹿言え、俺はさっさと上級鍛冶師(ハイ・スミス)になるんだ。近道を前に背なんか向けられるかよ」

 挑発気味の言葉を放つリリルカに、ヴェルフが言葉を反す。そんな恒例になりかけたやり取りにクロードが肩を竦め、ベルが頬を綻ばせる。

 ここ数日で付き合い方を学んだのか、リリルカとクロードの間柄は悪くはない。どころか、クロードは普通にリリルカに接する事が増えた。無論、リリルカに対して毒を吐く事も無くはないが、それはリリルカの方が上手く受け流している。

 クロードの持つ知識や技能とリリルカの持つ戦術眼が組み合わさり、パーティの安定性は非常に増した。

 リーダーとして上手くいきそうな面々を見て頬を緩ませる少年に、三人が怪訝そうな表情を浮かべる。

「何笑ってんだ」

「え、僕……笑ってた?」

「はい、すっごくにやけてました」

「何だ、もう地上に帰って祝杯上げる妄想でもしてたのか」

 三人から向けられた言葉に、少年が自らの頬に手を伸ばし、緩んだそれに気付いて慌てて謝罪の言葉を口にする。

「それは良いから、何で笑ってたんだ? 気になるぞ」

「え、えっと……賑やかで良いなぁっていうか……すごくパーティらしくなってきて、嬉しいというか」

 最初の出会い、クロードとリリルカの間に漂う険悪な雰囲気(ムード)。それらから想像も付かないぐらいに纏まりを見せ始めた事について、ヴェルフもベルのそれには同意見だった。

 大きく頷くヴェルフの姿に、リリルカはほんの少し苦笑し、クロードは肩を竦める。

 クロードとリリルカは決して仲良くなった訳ではない。ただ、リリルカの方がクロードとの付き合い方を学んだだけだ。それでも、付き合い方にさえ気を付ければ、クロードの優しさにも気付き始めてはいる。どんな些細な違和感も拾い上げて気を使ってくれる部分等は、リリルカからしても優しさを感じられる部分だ。それらを打ち消す口の悪さ、そして帳消しにして余りある狂人染みた信念が無ければとも思っていた。

「それでは、準備はよろしいですか?」

「ああ、問題無い。行こうぜ」

「うん」

「全員、油断はすんなよ」

 四人は立ち上がると、視線を12階層最奥部に向けた。

 周囲の壁面は濃い黄色で構成されているにもかかわらず、そこだけは灰色の岩で構成されている。その壁の真ん中にぽっかりと空いた巨大な穴。中層へと続く黒い黒い穴の入口には岩肌の下り坂が広がっており、奥には鈍い燐光が輝いている。

 奥から香る土臭い岩の香りと湿った様な空気に自然と恐怖心を駆り立てられる。

 その恐怖心に負けないようにヴェルフやベルが拳を握り締め、リリルカは気を引き締める様にハンドボウガンに手をかける。その後姿を見ていたクロードは、紫煙を燻らせて目を細めていた。

 

 


 

 

 『最初の死線(ファーストライン)』。

 冒険者の間ではそんな名でよばれる事もある13階層……『中層』。

 壁も床も天井も、全てが岩盤で形成され、湿った空気に満ち、至る所に灰色の岩が転がっている。

 何も知らない者であれば『山腹にある天然の洞窟』と言われればそう思い込んでしまうような空間。

「ここが中層か……」

「話には聞いていましたが、今までの階層より光源が乏しいですね」

 既に大太刀を鞘から抜き放っているヴェルフと、地形を注意深く観察するリリルカが言葉を放つ。

 『上層』12階層から伸びた下り坂を下り切った4人を待ち受けていたのは奥行きを見通せない程に続く長い岩石の一本道だった。

 上層における『ルーム』と『ルーム』を繋ぐ通路であるそれは、『上層』と比較すると非常に長い。曲がりくねっている訳でもないのに見通せない、という辺りでどれ程の長さなのかは察しがつくだろう。

 他には、壁の隅に井戸の様にぽっかり空いた縦穴──下の階に通じる落とし穴──も存在する。燐光の頼りない灯りも加え、『上層』とは雰囲気が一変している。

「では、予定通り。ルームとルームを繋ぐ通路が長いですので、安全に戦闘を行う為にも最初のルームに迅速に向かいましょう」

 リリルカが再確認の為にと放った言葉に三人が頷いた。

 上層に比べると通路の幅は広い。しかし、基本として通路でモンスターと戦闘を繰り広げるのは下策とされている。

 理由としては狭い空間(スペース)では動きが制限されるうえ、パーティの連携も機能が落ちる。更に群がってくるモンスターに包囲される可能性も上がる。通路の前後からモンスターの群れに挟まれ、通路内にモンスターが飽和して逃走経路を失い泥沼の戦闘に陥る。なんてことになれば、熟練の冒険者でも命にかかわる事になるだろう。

 逆に、パーティの連携を気にせず、自らが放つ『紫煙』が即座に満ちやすい事もあってクロード単独の場合は通路戦闘を好んでいるが、それは非常に例外的な事の為除外する。

「この道は一本道、だったよな」

「はい、ヴェルフ様。モンスターと出くわさない内に少しでも前進しましょう」

 ギルドから公開されている情報は予めパーティ内で共有している。それでも、互いに記憶違いや思い違いをしていないかの確認の為にも声を掛け合いながらも、前進していく。

 いつ襲撃を受けても応戦できるようにある程度の感覚を空けてパーティは進む。

「…………それにしても、やっぱり派手だよな、これ」

「『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』の事ですか?」

「ああ、着心地は文句ないんだが」

 ダンジョンに満ちる不気味な静寂の中、それを打ち消す様に軽い調子でヴェルフが声を上げ、リリルカが反応する。そんな緊張感を解す様なやり取りにクロードは何も言わない。

 緊張を和らげる何気ない会話はパーティを組む利点であり、否定するべき事ではない。単独迷宮探索(ソロ・プレイ)における孤独感、そして絶えない緊張による苦痛を、煙草等の嗜好品で和らげているクロードが何か言えるはずもないのだから。

「リリはこんな立派な護布(ごふ)を着れる日が来るなんて、思いも寄りませんでした。ありがとうございます、ベル様。大切にしますね?」

「あははは……『グラニエ商会』の人にかなり割引してもらっちゃったものなんだけどね」

 パーティメンバー全員が身に着けている光沢に溢れた赤い生地。インナーやパンツ等様々な形状ではあるものの、素材は同じ物だった。

 『精霊(せいれい)護布(ごふ)』。

 精霊が自身の魔力を編み込んで作成した一品。精霊の加護が与えられた特殊な装備品だ。

「割引して貰ったなんて言っても、精霊が一枚噛んでる装備だ、とんでもない値段だったろ? 三人分でいくらだ?」

 クロードは既に自前の護布を用意していた為、エイナから渡された割引券を使ったのは三人分。本来ならば安い買い物ではない。

「えっと……本当ならゼロが五つ並ぶぐらい……だったんだけど、何とか四つにして貰えたんだよね」

 ベルがちらりと最後尾のクロードを伺うと、彼女は大きく肩を竦めた。

 クロードのツテであった『グラニエ商会』を通じて、エイナが渡してくれた割引券に加えて更に割引をしてくれたおかげで、本来ならばゼロが五つは余裕で並ぶ金額だったものを、ゼロ四つに納まる金額にして貰えたのだ。

「ヴェルフ様、ベル様がお支払いになったお金はしっかり返してくださいね?」

「ほんと清々しいぐらい現金な小人族(パルゥム)だよ、リリスケは」

 ベルとクロードは防具の下にインナーとして身に着け、ヴェルフは着流しとして、リリルカは服の上から全身を覆い隠す程のローブ型のものを使用している。きらきらと光の粉を散らした様にも見える護布(ごふ)は、その鮮やかな色合いも相まって派手に見えなくもない。

「コレが無けりゃ呆気なく全滅、ってのも有り得るからな」

「『黒犬(ヘルハウンド)』だよね……」

 クロードの言葉に反応した少年が口にしたのはとあるモンスターの名前だ。

 別名『放火魔(パスカヴィル)』。

 犬型のモンスターであり、中層のモンスターだけに身体能力は侮れない。だが、それ以上に脅威とされているのはその口から放たれる『火炎放射』だ。

 並の防具ならばもろとも焼き溶かす程の高威力。黒犬(ヘルハウンド)の群れに遭遇(エンカウント)()()()()されたパーティが、『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』を装備していた一人を残して他は僅かな灰のみになった、等という噂すら流れる程だ。

 事実、13、14階層におけるパーティ全滅原因の大多数が黒犬(ヘルハウンド)によるものだ。【ランクアップ】を経た冒険者ですら、黒犬(ヘルハウンド)の吐く火炎放射によって焼き尽くされてしまう。

「ヴェルフ、わかってるとは思うが」

「わかってるクロード、みなまで言うな。ヘルハウンドが出てきたら真っ先に叩く、だろ。俺だって火葬は御免だ」

 13階層が冒険者の間で『最初の死線(ファーストライン)』と呼ばれる理由。

 それは諸説あるが、一番大きいとされているのは、モンスターが初めて遠距離攻撃をしかけてくる事が大いに関係しているだろう。上層までは無かった新たなモンスターの攻撃。言い換えればモンスター側も魔法を使ってくる、とも言える。

 無論、出現するモンスターの質、数どちらも多くなっている事も上げられるが、最も注意すべきは遠距離攻撃持ちのモンスターが出現し始める事だろう。

「…………!」

 洞窟を思わせる一本道を進む事数分。パーティは口と足を同時に止めた。

 【ステイタス】によって強化された冒険者達の聴覚が、何者かの足音を捉えたのだ。前方の薄闇を睨む皆が戦闘態勢をとる。

「……いきなりか」

 湿った空気に満たされた通路内に、ヴェルフの呟きが響き渡った。

 薄い燐光によって照らされる二つの影。通路の奥から飛び出て来て、パーティに姿を晒したのは、ごつごつとした黒一色の体皮、その中でも目立つ爛々と赤く輝く両の瞳。

 犬、と言うには大きすぎるぐらいの──ともすれば子牛程はある──体躯をした四足獣。

 狼とも違う狂暴な顔つきを盛大に盛大に歪ませ、二匹のモンスターは殺意に満ちた唸り声をあげる。

「なぁ、この距離はどうなんだ? 詰めた方が良いのか?」

「詰めろ。この距離なら中までしっかり(べリーウェルダン)なんかじャァ済まネェよ」

「なら────叩くかッ!」

 経験者のクロードの言葉を聞き、戦闘開始の合図を上げたヴェルフが大刀を担いで駆け出す。その直ぐ右後方にベルが続き、クロードは後方を一瞥して警戒した後に一拍遅れてリリルカを追い越して前進した。

 子牛程もあると言えるヘルハウンドは、真っ先に突っ込んできたヴェルフ目掛けて飛び掛かる。それを防ぐ為にベルが間に割り込み、今回の探索の為に新たにヴェルフが作成していた小盾(バックラー)を構える。

 大きく開かれた顎にあえてその小盾(バックラー)を差し込み、全身で跳び付きの衝撃を受け止める。

 勢いを殺され、宙を泳ぐヘルハウンドを、狙い済ましていたヴェルフが叩き切る。

 完全にがら空きとなった体目掛けての一閃。

『ァガッ!?』

 体の中心から綺麗に一刀両断。

 縦に大振りに振り下ろされた一閃は、見事にヘルハウンドの体を真っ二つにした。

 一撃で絶命した一匹がどさり、と地面に投げ出される。

『ゥゥゥゥツ!』

 残っていた一匹は、距離をとった位置で下半身を高く、上半身を伏せる様な態勢をとっていた。その姿勢こそ、火炎放射の合図。

 牙を剥いた口の隙間から、今にも爆発しそうな程に火の粉が溢れ────振り下ろされた鈍器によって頭部が潰れる。

 グシャリ、と悲鳴一つ上げさせる事無く頭部を叩き潰したクロードは、僅かに舞った大粒の火の粉を払う様にコートを翻らせ、警戒する。

「他には居ねェみてェだな」

 ヘルハウンドの頭部を潰した鈍器、喧嘩煙管を担ぎ直したクロードが煙管を吹かした。

「よし、幸先は良さそうだな?」

「にわか仕込みの連携も、上層であれだけ練習しましたから。これぐらいは当然です」

「でも、良い感じだったよ」

「まだまだ甘い所は多い、が……これなら十分だろうな」

 不測の事態さえなければ、十分な対処自体は可能という事は今この場で証明された、とクロードが肩を竦める。

 クロードがパーティに対して『黒犬(ヘルハウンド)』が放つ『火炎放射』には魔法の詠唱と同じ様に『溜め』が必要だという事は伝えてある。事前に渡せるだけの情報は渡し、上層で連携訓練も行った。加えて道具類も万全に用意し、サポーター用のバックパックがパンパンになるほどの準備をしてきた。

 初戦も難なく終え、リリルカが『魔石』の回収をする傍ら、少年はひとまず心の余裕をえていた。

「……あン? この音は……来るな。数は多くねェ」

「前からか?」

「ああ」

 パーティ内で真っ先に反応したのはクロードだった。

 トトトットトトッ、と小さめで小刻みに地を蹴る音色。聞き間違える事は無い。クロードの視線は自然と少年に注がれ、視線を向けられたベルは小さく首を傾げた。

「クローズさん?」

「あァ……ンでもねェ。それよか、ベルの()()()お出ましだ」

「え?」

 自分に兄弟が居たなんて初耳だ、とベルが疑問を覚える中、道の奥からモンスターが姿を現す。

 ぴょこぴょこ揺れる長い耳に、白と黄色の毛並み。ふさふさの尻尾に、額から生えた鋭い一角。後ろ足で立つ、ヒューマンの子供程、小人族(パルゥム)程の大きさはある二足歩行の兎だった。

「あれは……ベル様!?」

「違うよっ!?」

 クロードの冗談に乗ったリリルカの言葉に、少年が慌てた様に突っ込みを入れる。

 『アルミラージ』。それが白髪赤眼の少年が揶揄われる原因となったモンスター。

 見た目こそ兎の様で大人しいが、その外見とは裏腹に非常に好戦的。13階層初出現のモンスター。

「ベルの兄弟が相手か……冗談キツいぜ」

「いや、完璧に冗談だから!?」

 深刻な表情のヴェルフを見て、揶揄われているベルが泣きそうになる。

 いじられる少年と三人を前にした『アルミラージ』の群れは、おもむろに手近にあった大岩を砕き、その中から片手でも装備できる小型の石斧(トマホーク)を取り出した。

 天然武装(ネイチャーウェポン)。通路やルーム内の至る所に溢れ返っている灰色の岩、それらの大半が『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』だ。その数の多さから破壊して回るのは現実的ではないとされ、上層とは異なり中層以降は武器持ちのモンスターが基本とされている。

 三匹ともが完全武装。可愛らしく感じるくりくりした瞳を吊り上げ、一角獣達はベル達を睥睨した。

「三対三だな」

「言っておきますが、あくまで三対一を三つ繰り返すんですよ? というかリリも手伝うので四対一です。各自で相手取るなんて愚の骨頂。特にヴェルフ様は一歩間違えれば足元掬われますよ!」

 中層の中でも『アルミラージ』の戦闘能力の高さは低い方に分類されている。野猿(シルバーバック)を上回る敏捷力にさえ注意すれば、Lv.1上位の能力(ステイタス)を持つ冒険者でも戦えなくはない。

 しかし、それでも『アルミラージ』の脅威評価がLv.2に分類されているのには明確な理由が存在する。なぜかと言えば、その兎のモンスターは集団戦では()()()()()()

 軽口を叩きながらも十二分な警戒姿勢を続けるベル達に、痺れを切らした様にアルミラージ達は甲高い鳴き声を上げ、突進し始めた。

「まずは右をやるぞ!」

「う、うんっ」

「それにしても初めてモンスターを倒す事に抵抗を覚えますね……普通に可愛いです」

「可愛かろうがなんだろうが、潰す!」

『キャウッ!』『キィ、キィッ!』

 

 


 

 

「ははははっ、『インチキ・ルーキー』! 上手い事言うじゃないか!」

 穏やかな日差しに濡れる西のメインストリートに、笑い声が響く。

 中背で身軽そうな体付きをした、細身の男神だ。

 やはり神であるが故にか相貌は文句の付け様が無い程に端正。羽根付きの幅広帽子を被った彼、ヘルメスは連れ歩くヒューマンの従者から聞いた話に笑い声を零していた。

 声に驚いて観衆の視線が集まるも、本神(ほんにん)は気にした様子もない。

「でも、魔法を単に当てた()()、瀕死のモンスターに止めを刺した()()……そんな安い経験値(ひょうか)昇華(しょうか)させてあげる程、神々(おれたち)の『恩恵』は甘くないんだけどなぁ……まあ、言いたい事はわかるんだけどね」

 とある冒険者について情報収集させた結果を聞きながら、神ヘルメスは喧騒の合間を縫っていく。

 その後ろに付き従う眷属は、小さな溜息と共に更なる情報を告げた。

「それと、既に耳に挟んでいるかもしれませんが。ベル・クラネル以外にも、二ヶ月で【ランクアップ】した冒険者が居るそうです」

「聞いた事あるね。確か、【煙槍】だったかな。しかも、無所属(フリー)らしいじゃないか」

 無所属(フリー)なら是非とも勧誘したいね。と男神が言葉を零すと、アスフィと呼ばれていたヒューマンの女性は苦渋の表情を浮かべた。

「彼女を勧誘するのはおやめになった方が良いかと」

「ありゃ、それはまた何で?」

「彼女を勧誘……まあ、少々強引な手段に出た派閥がいくつかありましたが、悉くが返り討ち。中にはLv.2の冒険者を動員した派閥もあったそうですが」

 【煙槍】クロード・クローズ。

 ベル・クラネルは明確に【ヘスティア・ファミリア】に所属する冒険者なのに対し、クロード・クローズは派閥と呼べる派閥に明確に所属しておらず、恩恵だけを貰って自由(フリー)で活動している冒険者だ。

 先に話題に上がったのはクロードの方であり、噂が立った切っ掛けは【ガネーシャ・ファミリア】主導で進められていた怪物祭(モンスター・フィリア)におけるモンスター逃走事件だ。

 その際、中層域で出現する脅威評価Lv.2の『ソード・スタッグ』を魔法を駆使し撃破。更にその後には勧誘に来たLv.2の冒険者数名を撃退。そして【ランクアップ】と、恩恵を受けてから二ヶ月という記録を叩き出したと一時期話題に上がったが、その後すぐに【リトル・ルーキー】に話題を持っていかれた冒険者。

「へぇ、実力は確かって事だろう。なら、やっぱり勧誘しないとね~」

 無所属(フリー)ならば勧誘しておいて損はない。とヘルメスが気楽そうに告げるのを見たアスフィは、無言で彼の腕を掴んで耳打ちした。

「それと、最近出回っている『煙草』の出処かクロード・クローズの可能性があります」

「……煙草っていうと」

 最近、都市内部で出回っている特殊な『煙草』。

 普通の煙草に比べて依存性が高く、禁断症状もかなり強い物が出る代わりに、一口吸えば天国に行けるとすら言われている品だ。

 これらについては出処の調査が進められている様子だが、調査員が再起不能に陥る事態になっておりギルドも手を焼いているらしい。

「それが、クロード・クローズが作ってるって?」

「はい。調べた所によると、『グラニエ商会』が関与しているとの噂も……」

「『グラニエ商会』! 大商会じゃないか!」

 『グラニエ商会』。

 都市有数の大商会の一つであり。とりわけ他の商会と比べると、まずその代表者の若さが上げられる。

 暗黒時代に闇派閥と取引をしていた派閥として、とある冒険者によって幹部の大多数が撲殺される憂き目に遭いながらも、若き代表者、テランス・グラニエは僅か数年で零落れかけた商会を立て直し、今では都市では無くてはならない程の商会に成長させた。

 それこそ取引は多岐に渡り、数多くの【ファミリア】とも懇意にしている上、ギルドも多くの商品を格安で仕入れて販売している彼の商会には助けられている。更にはギルド長に多額の資金提供と言う名の賄賂を贈って後ろ暗い事もしていると噂が流れる商会だ。

「で、それは確定情報で良いのかい?」

「……申し訳ありません。確定、とはとても言えません」

「あくまで、噂程度って事かな?」

「その通りです」

「なるほど」

 ヘルメスが信頼する眷属達が『噂程度』としか調べられなかった情報。

 僅かに湧き上がった興味は、けれどもヘルメスが今すべき事から外れている。故に。

「アスフィ、今は『グラニエ商会』は置いておこう」

「はぁ……」

「彼の商会については、あまり触らない方が良い」

 暗黙の了解として、『グラニエ商会』が行っている後ろ暗い事について掘り返したりしてはいけない。

 何故なら、都市外の貴族や富豪との深い繋がりを持っている上、ギルドですら無視できない権力者とも懇意にしているからだ。下手に調査を行えば、火傷では済まなくなる。

「今はそれより、【リトル・ルーキー】についてさ」

 【煙槍】も興味が無い訳じゃない。しかし彼女の周囲はきな臭すぎる。

 火の無い所に煙は立たない。間違いなくクロード・クローズという冒険者は火元に居る。それがわかっていれば、後は火傷しない様に注意するだけでいい。




 『グラニエ商会』について。
 闇派閥が跋扈する暗黒時代において、彼等と取引していた事もある商会。
 当然、闇派閥衰退後、とある冒険者の標的にされて当時の幹部などは全員お亡くなりになっている。当時若い処か幼かったテランス少年の手腕によって返り咲き、今では都市の中でなくてはならない大商会へと変貌を遂げている。
 なお、今でも後ろ暗い事をしまくっている模様。真っ黒~。
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