紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第三一話

 洞穴を思わせる岩盤の壁面や天井に反響するアルミラージの鳴き声が四方八方から冒険者達の鼓膜を震わせる。

 13階層の主要路途中に存在するルームの一つにて、4人組の冒険者が戦闘を行っていた。

「息を吐く暇もない、ってな!」

「無駄口を叩く暇もないです!」

「サポーター、ヴェルフの援護を優先しろ! ベル、後二匹減らせ!」

 大粒の汗を滴らしながら大刀を振るうヴェルフ。矢継ぎ早にリリルカがハンドボウガンを放ち続ける。そんな二人を守る様に接近してきたアルミラージを叩き撥ね退けるクロード。

 既に周囲を囲まれかけたそのパーティはよく戦っていた。

 前衛であるヴェルフが、リリルカの援護を受けて前線を維持して、クロードがその二人の援護を主軸に動いて前線を安定させる。その間にベルがモンスターの数を削っていく。

 ほぼ一撃でアルミラージを狩る攻撃能力と、Lv.2の中でも速い動きを用いて順調に数を減らしている。

「────っ!!」

「援護は止めんな!」

 離れた位置に居たアルミラージが石手斧(トマホーク)を投擲する。

 反応が遅れたリリルカが眼前に迫るソレに気付いて身を強張らせた瞬間、横合いから振るわれた鈍器によって投擲物は弾き落される。

「ありがとうございますっ」

「礼言ってる場合か!? ヴェルフ!?」

「ぬぉ──!?」

「ヴェルフ、伏せて!!」

 リリルカの援護が遅れたほんの一瞬の隙に、ヴェルフに数匹のアルミラージが殺到する。一匹を切り払うも、二匹目、三匹目が止められない。そんな所に響いた叫びに青年が伏せた瞬間。白兎が駆け抜けた。

 瞬時に灰になり消し飛ぶアルミラージを見て冷や汗を流したヴェルフが身を起こして大刀を構え直し、矢の残りを数えつつリリルカが震える声を上げた。

「矢が、半分を切りました」

「おいおい、まだまだ沢山いるのにもう半分も使っちまったのかよ」

「流石に、数が多いね……」

「まだ序の口だ、泣き言ほざく暇があるなら一匹でも多く仕留めろ」

 援護射撃を矢継ぎ早に続けるリリルカは鉄矢(ボルト)の残量に声を震わせ、前線を支えるヴェルフは大粒の汗を流し、ベル自身もその体に染み付きはじめた疲労感によって徐々に動きが鈍っていく。

 そんなパーティメンバーに活を入れながらも、クロードは苦々しい表情を浮かべていた。

 戦闘開始からかなりの時間が経過している。

 クロードが単独迷宮探索(ソロ・プレイ)をしていた時もそうだったが、休息(レスト)する余裕も無い程の連戦に次ぐ連戦は珍しい事ではない。だからこそ、撤退の時期(タイミング)の見極めは重要だ。

 現状、ベル達のパーティのすぐ後ろには上層へと続く連絡路への通路口が存在しており、いつでも撤退可能状態は維持されていると言っていい。

 撤退するだけならいつでもできる。ただし、現在戦闘中の多数のアルミラージを放置したままの撤退は危険を伴う。故に、クロードは三人に提案した。

「撤退だ」

「おい、まだモンスターがうじゃうじゃいるのにか?」

「違ェよ、行動指針を撤退に変更しろっつっテんだろ」

 このままモンスターの殲滅を目指すと余力が失われかねない。ならばこそ、既に撤退を視野に入れてモンスターの数を減らす、または目くらましなり動揺を誘うなりで撤退出来る状況を作り出すべきだ、とクロードが苛立たし気に呟く。

 その声を聞いたリリルカが大きく頷いた。

「そうですね。魔石は惜しいですが、このままだと上層に戻る為の余力すら失いかねません」

「わかった。撤退しよう」

 二人の意見を聞いた少年がパーティの行動指針の変更を告げる。

 その瞬間、全員が一つ頷く。互いに行動指針を統一し、一つの目標の為に動きを変化させる。

 殲滅戦から、撤退戦へ。

 ただ撤退する為に背を向ければ、容赦の無い追撃がパーティを喰い散らかす。故に、撤退する場合は一度相手を撥ね退ける為に攻勢に出る。もしくは、戦線を下げつつ下がっていくのが定石。

 ただし、モンスターの場合は人間との戦争とは異なり十割追撃してくるに決まっている。だからこそ、少しずつ下がるのではなく一度攻勢に出て押し返し、即座に反転して撤退。その後は折を見て煙幕等でモンスターを撒く。その為にも、

「機を見誤るなよ」

「うん」

 少年の返事を聞いたクロードが軽く顎を引き、モンスターの機微を伺おうとした所で、メンバー全員が気付いた。

 彼らが戦うルームに五人──負傷し背負われた一人を含め──六人のパーティが足を踏み入れたのだ。

 そのパーティに気付いたベルが眉を顰め、クロードが舌打ちを零す。

 迷宮内では基本、各パーティ同士の面倒事を避ける為に必要以上に近づかない。そして可能なら戦闘中のルームには足を踏み入れない。理由としてはまさにこの状況。

 戦闘を行っていたパーティが撤退を視野に入れた際、残されたモンスターが他のパーティに追撃してしまう事がある。それは一種の怪物贈呈(パス・パレード)に該当し、当然ではあるがいかなる理由であれその様な事をしたパーティは、されたパーティの恨みを買う。

 その為、撤退を考えているパーティは他の【ファミリア】のパーティがルームを抜けるまで自分達が撤退できなくなってしまうのだ。故に、撤退の機を見ていたクロード達は苛立ち半分、さっさと通り過ぎてくれと内心で願う。

 六人で編成された他の【ファミリア】のパーティはベル達には目もくれず、一目散に駆けていく。彼らが進む軌道を見ていたクロードは、眼を見開いて叫んだ。

「────テメェ等ァ!! ぶっ殺されてェのか!? それ以上こっちに近づくンじゃねェ!?」

 突然の罵声にベルとヴェルフが驚愕し、リリルカが彼女の叫びの意図に気付いて目を見開いた。

 そんなクロードの叫びに対し、その六人パーティは耳を貸さない。どころか、より一層、速度を上げてベル達の戦闘域ギリギリを駆けて行こうとする。それを止めようとクロードが一歩踏み出そうとして、アルミラージが投擲した石手斧(トマホーク)に足止めを食らう。その間、ベルやヴェルフ、リリルカにもアルミラージが躍り掛かる。

 整然たる連携をとっていたパーティが足並みを乱した事に気付いたアルミラージ達による一斉攻撃。上層の様にただ攻め続けるのではなく、冒険者の機微を見て行動を決める程度に頭の回るようになったモンスターの攻撃にベル達が足止めを食らってしまった。

 そして、六人編成のパーティは戦域ギリギリを駆け抜け、少年達が撤退路として確保していた通路へと消えていく。

「────!? 不味いです、押し付けられました!」

 目を見開いたリリルカが叫び、気付くのに遅れたベルとヴェルフに警告する。

「な、何が起きてるの」

「どう言う事だよ!?」

「オレ等にモンスターを押し付けやがったんだよあの糞野郎共がァ!?」

「すぐにモンスターがやってきます!」

 撤退の機微を見るどころではなくなった。その二人の小人族の張り上げた声に少年と青年が困惑した瞬間だった。

 モンスターの群れがどっとルームに雪崩れ込んでくる。

 つい先ほど少年達が交戦していたアルミラージだけでも倍以上。更にヘルハウンドにハードアーマードまで交じっている。その不意打ち紛いな光景に、少年と青年は表情を激変させた。

 少年が弾かれた様に振り返った時には、そのパーティの姿は通路の奥に消えている。

「馬鹿がッ、即時撤退だ!! 数に押し潰されんぞ!?」

「退却します! ヴェルフ様、右手の通路へ、早くッ!」

 即座にクロードが喧嘩煙管を振り回し、アルミラージの群れを殴り飛ばし、血路を開く。ヴェルフが指示を聞いて人一人が通れる通路に駆け込み、その後をリリルカが追う。

「ベル、先に行け!」

「でもっ」

「オレが殿の方が都合が良い、早くッ!!」

 クロードの怒声に、少年も慌てて通路へと駆け込む。その背を見終わりより前に、少女は懐から金属缶を取り出して囁く。

【肺腑は腐り、脳髄蕩ける────紫煙の誘惑】

 詠唱完了と同時に、クロードは金属缶の中身をルーム目掛けてぶちまける。

 瞬間、ヘルハウンドが放った火炎放射がそれらを焼き尽くし、視界を埋め尽くす程の紫煙が溢れ返った。

「クハッ、せいぜい愉しめ糞モンスター共!」

 捨て台詞を叫びつつ、クロードは一人分しかない通路を先行させたベル達を追って駆け出した。

 進むにつれて一人分しかなかった幅狭の通路は徐々に広くなっていく。そんな通路を必死に走るパーティメンバーにはすぐに合流できた。

 Lv.1のサポーターの足並みに合わせて動いている以上、機動力は無いに等しい。故にクロードがすぐに追いつく事ができたが────同時に、背後でクロードの妨害を抜けてきたモンスターもまた、すぐに追いついてくる。

 【ステイタス】が低いが故に余裕のないヴェルフとリリルカが必死に足を動かすさ中、ベルとクロードは肩越しに通路を振り返り、息を詰まらせた。

 冒険者を食らい付くさんとするモンスターの行列。足場が見えなくなるほどの怪物の大群が通路にひしめきながら凄まじい速度で追い縋ってきている。

「チッ、もう一発やっとくぞっ、オマエ等足を緩めるなよ!」

「クローズさん!」

 ベルの声を背に、クロードは素早く煙管に煙草を詰め、火を入れるとその場で反転して足を止める。

 肺腑一杯に紫煙を満たし、更に詠唱を重ねる。

【肺腑は腐り、脳髄蕩ける────紫煙の誘惑】

 彼女の口元から漏れ出た紫煙が後方通路を埋め尽くす。

 モンスターの大群の最前列にいたアルミラージがそのまま紫煙に突っ込み────眼球が飛び出んばかりに目を見開き、激しく体を痙攣させて手足を振り回し、通路に転がり──それを、後ろから来た別のモンスターが踏み越えた。

 次から次に、押し出される様に紫煙へとモンスターが突っ込んでは、激しい痙攣を起こして倒れる。そして、倒れたモンスターの体を踏み越えて後ろのモンスターが乗り越える。足蹴にされたモンスターのか細い悲鳴は大群の巻き起こす騒音に掻き消され、足蹴にされたモンスターは呆気なく圧死する。

 そして、クロードが放った紫煙の中を数匹のモンスターが突破し始める。どころか、余りのモンスターの数に紫煙は直ぐに蹴散らされ、雪崩の様に通路を埋め尽くすモンスターの前に焼け石に水状態と言えた。

「────だろォな」

 過去に単独迷宮探索(ソロ・プレイ)の際にも見られた現象にクロードはげんなりしつつも、直ぐに仲間の後を追っていく。

 一応、紫煙の効果が完全に消えたわけではない。モンスターは先と比べてかなり速度を落としている様子が伺えた。即戦闘不能に陥る程の効果はすぐに蹴散らされても、状態異常(アンチステイタス)が完全に消えたわけではないのだ。

 それでも、余裕が出来たと言うにはいささか厳しい状態なのは変わりない。

 自分達に怪物贈呈(パス・パレード)しやがった冒険者達。彼らの装備や様子から、同一【ファミリア】の冒険者のみで構成されていたパーティだと判断したクロードは、地上に帰ったら殴り込んでやる、とクロードが通路を駆けていた、その時だった。

『────ガァァァァァァァァッ!!』

『あうっ!?』

『舐めんなァッ!?』

 モンスターの咆哮、そしてリリルカの悲鳴と、ヴェルフの叫びが響いた。

 その音にクロードは更に加速し、通路の先に居る仲間の姿を見て舌打ちを零した。

 退却していた通路の先にモンスターが居たのだろう。それに少年が速攻魔法(ファイア・ボルト)で対応したのか通路にはチロチロと舐める様な炎がいくつも散見でき、焼け焦げたモンスターの亡骸も見える。

 しかし、自らも火炎攻撃を放つヘルハウンドは殺しきれなかったのか、少年の放った魔法を潜り抜けて奇襲を仕掛けたらしい。

 片腕から血を流したヴェルフと、バックパックに固定された大剣に大きな傷があるリリルカ、その二人の傍には体全体が焦げた様子が見えるヘルハウンドの躯が転がっていた。

「無事か!?」

「は、はぃ……」

「なんとか、な……畜生め」

 肩で大きく息をしている少年が庇いきれなかった事を悔やむ様に表情を引き締めている姿に、少女は僅かに眉を顰めると、腰のポーチから回復薬を取り出してヴェルフに近づき、爪が掠めたらしい裂傷に半分ふりかけ、残りを口に捻じ込む、

「さっさと飲め。ンで、進むぞ」

 後ろから追撃してくるモンスターの大群は足止めできている。しかし、長くは続かない、とクロードがパーティを急かすと、ベルが警戒を呼び掛ける。

「いえ、まだ来ますっ!」

「あン……チッ、後ろの奴らも追い付いてきかねんぞ」

 一本道の先を見据えて警戒するベルに対し、後方に視線を向けたクロードは苦々しい声色を上げた。

 少年が見据えた先には無数のヘルハウンドにアルミラージ。少女が視線を向けた後方にはヘルハウンドとハードアーマード。

「挟み撃ち……」

「気が滅入るどころの話じゃないな……」

 恐怖に頬を引き攣らせるリリルカと、苦渋の表情を浮かべたヴェルフが呟く。

 四人は即座に背中合わせに陣形を整えた。

 モンスターの屍が転がる中、ヴェルフが気を紛らわす様に軽口を叩いた。

「中層ってのは何でこう、モンスターが寄ってくるのが、早いんだ」

「中層だから、でしょう」

「は、ははっ……」

「あの糞パーティの奴ら、次あったら鼻を捥ぎ取ってやる」

 サポーターの少女がバックパックから回復薬(ポーション)を取り出し、少年と少女に渡した。

 ベルはその場で飲み干し、体力の回復をし、クロードは消費して空になったポーチにそれを仕舞う。

 リリルカ自身も回復薬を飲む事で体力を回復させている。しかし、パーティ全体の精神的な損耗はどうしようもない。集中力や思考力の低下、危機察知能力の低下。どれもが致命的だ。そんな中、クロードだけは煙管を軽く吹かして精神的損耗が無いように見える。

 煙草を吸い、精神を落ち着かせる事で精神的な損耗を抑える彼女は、現状を整理した上で吐き捨てた。

(死ぬ確率の方が遥かに高ェぞコレ)

「ンで、作戦はどうするよ」

「リリは逃げるを上策とします。一度息をついて、態勢を立て直さなければ。このまま、まともに戦っていても切りがありません」

「反対はしないけどな、この状況はどうする?」

「片方を強引に、突破?」

「ええ、それが最善かと」

 三人の意見に反対するでも、賛成するでも無いクロードは一人、この状況を過去の自分の状況に当てはめて嫌な予感を感じ取っていた。

(確か、あの時も────)

 最善手を打ち続けているのに、状況は悪くなる一方。

 まるで誰かが裏で手を引き、嵌められているかの様な不快感が背筋を震わせる。

(まさか、な……)

「では、作戦通りでよろしいですか。クローズ様」

「……ああ、合図は任せる」

「おう」

「行こう!」

 

 


 

 

 ダンジョンは、少しずつ、少しずつ、気付かれない様に彼等から余力を削いでいく。

 隙無く万全の準備を整えて腹の内に飛び込んできた冒険者達の、たった一つの誤算から生みだされた致命的な隙を晒した冒険者を、ダンジョンが見逃すはずはない。

 ダンジョンは狡猾だ。待ち焦がれた致命的な隙を見つけた事に歓喜しながらもその様な雰囲気は決して悟らせず。寡黙に、そして迂遠に、そしてただひたすらに狡猾に、獲物となった冒険者の体力をじわりじわりと損耗させていく。

 時には──進む先に子を産み、足止めしたり。

 時には──足場を揺らし地震と錯覚させたり。

 時には──より凶悪な子を産み、進路を遮ったり。

 一つ一つは、普段ならば取るに足らない些細な出来事である。だが、それらが積み上がれば、いずれは重荷となり表面化する。

 体力が磨り減り、足取りはおぼつかず、集中力は途切れかけ。そんな状態に陥った冒険者を崩すのは、砂の城を崩すより容易い。その事に気付く頃には、既に手遅れなのだから。

 獲物が息を切らせ、苦痛に喘ぎ、弱り果てた姿を見せたその瞬間にこそ、ダンジョンはようやく真に牙を剥く。

『──』

 ビキリ、と。

 道具の大半を損耗し、疲労が頂点に達しかけた少年達の鼓膜に嫌な音が届く。

 逃走のさ中に幾度となく戦闘を強いられている彼らは、僅かに残った集中力を以てして、状況を理解せんと周囲を見回す。

 しかし、打ち鳴らされる警鐘を示す音色は聞こえど、彼等が視界に捉える壁面に異常はない。

 弱っていなければ、集中力が落ちていなければ即座に気付けるはずの差異。それに気付かずその場で周囲を見回す彼らを見ながら、黙し、このまま獲物に食らい付かんとダンジョンがほくそ笑む中、パーティの中の一人、銀髪の少女が弾かれた様に頭上を見上げた。

『上だっ、走れェッ!?』

 銀髪の少女が叫ぶ通り、音の出処は頭上。

 遅れて気付いた三人が慌ててその場から駆け出すのとほぼ同時、天井を突き破って夥しい数のモンスターが溢れ返る。

『キィァァァァァァァッ───────!!』

 甲高い産声と共に四方八方へと散っていく『バッドバット』。

 岩盤の天井がモンスターの黒い影で覆い尽くされ、パーティーの視界から隠される。

 彼らの視界が塞がる中、モンスターが産まれ落ちた事で穴だらけになった天井は自重を支えるだけの耐久を失う。

 それが意味する事はつまり────崩落だ。

『────!?』

 真っ先に退避し始めたクロードを除く三人が崩落の音を聞きながら、頭上から降り注ぐ殺人的な岩石雨から必死に逃げる。面を押し潰す大規模な岩盤崩落。

 仲間に気を回す余裕が微塵も無いその出来事のさ中、クロードがリリルカの手を掴み、押し倒した。

『動くな────』

『────ッ!?』

 降り注ぐ岩石が生み出す大音が途絶えるまで、サポーターの少女は必死に身を縮こまらせていた。

 

 


 

 

 暫くして、落石の雨が止んだ。

 通路全体を濃厚な土煙が覆い隠す中、青年の呻き声が微かに響いているのが耳朶を打つ。

 確かめずとも鍛冶師の青年が負傷している事が察せられる状況のさ中、リリルカは僅かに目を開けて自身を押し倒したクロードを見上げた。

「クローズ、様?」

「……死んで無いな?」

「ぇ、ぁ……はい」

 必死に走った後に起きた突然の出来事に僅かながらに混乱するサポーターの少女を他所に、銀髪の少女は身を起こすと彼女の手を引いた。

「ボケっとしてんな。立て、ヴェルフとベルを探すぞ」

 手を引かれて身を起こして気付く。頭上からまんべんなく降り注いだ岩石の雨の中、リリルカは一切の負傷を追っていなかった。

 降り注いだ土煙によって全身が汚れてはいるものの、怪我らしい怪我はない。

 他者を気遣う余裕が微塵も存在しないあの瓦礫の雨の中、クロードはリリルカを庇いきって見せたのだ。

 サポーターの少女が驚愕して足を止めるさ中、クロードは降り注いだ瓦礫に足を潰されて呻くヴェルフを見つけて舌打ちを零していた。

「ベル、テメェも怪我はしてねェだろォな?」

「僕はなんとか……でも、ヴェルフが……」

 パーティのリーダーでもあった少年は、運良く重傷を負わずにで済んだ様子だった。頬に僅かに切り傷を負い、血が滴る様子を確認した銀髪の少女は眉を顰めつつも、周囲を警戒する。

「ヴェルフの足を潰してる岩石どかすぞ。おい、サポーター、早くその岩を────」

 未だに混乱抜けきらない様子の仲間を見回していたクロードが手早く態勢を立て直そうとリリルカに声をかけた所で、眼を見開いて動きを止めた。

 それはリーダーであった少年、ベルも同様だったし。

 何とか無傷で済んだリリルカも同じだった。

 片足を岩石に潰されたヴェルフも、徐々にはれていく土煙に言葉を失っていた。

 徐々に視界を塞ぐ土煙がはれたその先。

 岩が積り積もった通路の奥に、黒い影が群れを作っている光景がそこにあった。

『──────』

 黒い影は四足獣の姿をしていた。

 その全てが地に深く伏せていた。

 その陰の口内に膨大な灼熱を溜めていた。

 立ち並ぶ白い牙から白煙が零れ出て、その中に、火花が迸っていた。

 そのモンスターは、放火魔(バスカヴィル)の異名で知られていた。

(────いけない)

 サポーターの少女は次の瞬間に、訪れる絶望に青褪めた。

(間に合わねえッ────)

 己の不甲斐なさを心底呪う様に、鍛冶師の青年は歯を食い縛った。

(────中層!!)

 少年は抗えない不条理の波に、戦慄を叩き付けられていた。

(────今度こそ、()()()()()

 自らがやれる事をやり切ったうえで、絶体絶命の危機に陥った銀髪の少女は、口角を吊り上げて──

【此の世に満ちよ、汝等に与えられた火の加護よ──】

 最期の瞬間まで、抗う事を止めぬと言わんばかりに、声高らかに詠唱を開始した。




 毎週土曜日に更新してますが、定期更新ではないので更新できない日も出てきます。確実にきます。なので、あまり本作が『土曜日に確実に更新される』と思い込まない方が良いです。
 作者自身が言うんだ、間違いない……。
 土曜日更新が無かった場合は来週になると思ってください。非常に申し訳ないですが、頑張っても無理なモノは無理、となる場合があります。


 あと、桜花君は、がんばって。死ぬ程頑張って……。

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