紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第三三話

 安全階層(セーフティポイント)18階層。

 水晶と大自然に満たされた地下世界。

 別名、『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

 森の一角に設けられた野営地の奥、周囲の天幕より一回り大きな幕屋。

 笑う道化師(【ロキ・ファミリア】)のエンブレム入りの旗が立つ小屋の中にて、白髪の少年はとある有名人達と面会を行っていた。

「アイズから報告はされていたけれど……よもや、君が、僕達のキャンプに担ぎ込まれてくるなんてね」

 柔らかな黄金色の頭髪。深い湖面を思わせる碧眼を苦笑にもとれる形に緩めている小人族(パルゥム)の少年の姿に、白髪の少年、ベルは緊張のあまり体をガチガチに硬直させていた。

 彼が緊張する理由は何も対面する小人族(パルゥム)だけが理由ではない。その黄金色の小人族(パルゥム)の両脇を固める亜人(デミヒューマン)もまた、彼の緊張を高める一端となっている。

「ほう、この者がお主等が話しておった例の冒険者か、リヴェリア?」

「ああ、彼がベル・クラネルだ」

 筋骨隆々としたドワーフの男性と、絶世の美女と言い切れるほどのエルフの女性。二人からも向けられている値踏みを含む様な色が、ベルの緊張を更に加速させていく。

 【ロキ・ファミリア】の首領(トップ)である小人族(パルゥム)勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。ドワーフの屈強な老兵【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック。そして、都市最強のエルフの魔導士【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 その三人全員が、都市を代表する第一級冒険者として名が挙げられる程の有名人。

 つい最近上級冒険者になったばかりのベルからすれば、まさに雲の上の存在。

「こっ、こっ、この度は助けて頂いてっ、ほほほほ本当にありがとうございました……っ!!」

 普通ならば、決して関わり合いになる事なんてありえない存在を前に粗相のない様に平身低頭で対応していたベルは、緊張のあまり回らぬ呂律の所為で不快感を抱かせていないかと一人でに緊張を加速させていく。

 彼が身に着けた真っ赤な火精霊の護布(サラマンダー・ウール)のインナーの下は、火照りに火照っていた。

「そう畏まらないで、どうか楽にしてくれ。冒険者とは言えこんな時ぐらい助け合おう」

 余りにも緊張し過ぎて呂律の回らないベルの緊張を解す様に、フィンは口調をおどけたものへと変えた。

「キミには前に失礼な事をしてしまった事もある。それの謝罪の意味も兼ねて、さ。それに、アイズの知人と聞いておきながら見殺しになんかしたら、僕は彼女に恨まれてしまうからね。夜を安心して過ごせるように、君はなんとしてでも助けておかないと」

 冗談めかした言葉に、ベルは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべ、つられて笑みを零しかけて慌てて表情を引き締める。フィンの狙い通り、緊張感を程よく解された少年に、彼は見た目相応の少年のような笑みを浮かべて本題を口にした。

「キミ達の事情についておおよそ理解している積りだけど、一応君の口からも説明が聞きたい。僕達も状態も話しておくから、情報交換といきたい」

「あ、はい」

 ベルが上手く話を誘導されているなと感じ、同時に不思議と不快感が無い事に大きく感心する。

 了承した少年は、これまでの経緯──不慮の事態に陥り、18階層へと避難してきた事情──を語り始めた。

 事の始まりとしては、見知らぬ冒険者のパーティに怪物贈呈(パスパレード)をされた事。そこからの逃走中にサポーターの少女が落とし穴に滑落。それで助けるか否かを迷ったリーダーのベルの代わりに、銀髪の小人族(パルゥム)、クロードが全員を穴から突き落とし、救助を強行。落とし穴に転落後、地上への帰還の為に行動していたがそこが14階層ではなく、15階層だと気付いて地上に戻る事が不可能だと判断。そこで18階層まで避難する案が出た為それを採用。

 その後、幾度か交戦しつつも17階層まで到着。しかし、これまで最前線を張っていたクロードが『嘆きの大壁』直前で昏倒。彼女のおかげで余裕のあった赤髪の青年、ヴェルフとサポーターの小人族(パルゥム)リリルカ、そしてベルの三人で『嘆きの大壁』、最後の難関に挑み──本当にギリギリで突破。

 その後、18階層へと通じる坂を転げ落ちた所で、少年は意識を失った。と。

「がははっ、中層に進出したその日のうちに18階層か! なるほど、フィン、リヴェリア、確かにこの未熟者(わかぞう)は面白い!」

「ガレス、この場は内輪だけではないんだ。抑えてくれ」

 ベルの話を聞き終えた所で、ドワーフが大笑する。それにエルフが片目を閉じ、注意を促した。

 そんな様子を見ていた少年はどこか気落ちした様に視線を落とす。ここまで来る事が出来たのは、間違いなく銀髪の小人族(パルゥム)──致命的に口は悪いが、それ以外は素晴らしい彼女──が居たからに他ならない。それに、その提案をしたのはサポーターの少女──自らの失態を取り返そうと知恵を絞った彼女──だ。少年自身はただ尻を引っ叩く様な激励に突き動かされていただけに過ぎない。

 そんな事情を知らないドワーフの戦士は「よく階層主(かいそうぬし)から逃げおおせた!」と戦士(どうぞく)を祝福する様に誉めちぎる。ベルは、取り繕う様な笑みしか浮かべられない様子だ。

「じゃあ今度は僕達の事情を話させてもらおうかな」

 前置きをしてから、フィン達【ロキ・ファミリア】が置かれた状況を話していく。

 本来ならば『遠征』を終えたら18階層で休まず地上まで一直線に帰還するはずだったが、帰還途中にモンスターの襲撃をうけて数多くの団員が自力で行動出来ない程の『毒』を受けてしまい、結果として18階層で足止めを食らっている事。

 最も足の速い団員を地上に向かわせ、解毒剤を買いにいかせており、それが帰還するまでは動けない事。

 予定としては明日には帰還をする事等、説明を受けた少年が一つ一つ頷いて確認していく。

「食糧を始めとした物資はもうあまり残っていないんだ。分配出来る物には限りがあるから、それだけは理解してほしい」

「い、いえっ、むしろ恵んでいただけるだけでも十分です!」

 本来なら関わり合いになる事すらないであろうはずの雲の上の存在。そんな【剣姫】と知り合いだったというだけで十二分に過ぎる厚情にベルは恐縮しっぱなしであった。

 実の所、フィン達の方も決して眼前の少年がアイズの知り合いだからここまでの厚情を与えている訳ではない。

 彼のパーティに所属している者の一人が、現在彼等と行動を共にする【ヘファイストス・ファミリア】の団員だった事が最も大きいだろう。彼の派閥の主神は眷属に上も下も無い。故に、その一人の救援を拒否した結果、相手の不評を買う可能性を危惧した事が大きい。

 とはいえ、彼のパーティを受け入れるのは、フィン、ひいては【ロキ・ファミリア】としては悩ましいものなのは変わりないが。

「短い間だけど、キミ達を客人としてもてなそう。周囲と揉め事を起こさなければ、あのテントは好きに使って貰って構わない。団員達にもそう伝えておくよ」

「……すいません、本当に、何から何まで。……ありがとうございます」

 本心から感謝しきっているであろう少年の言葉に、フィンは僅かに微笑みを浮かべ、表情を切り替えた。

「ところで、話は変わるんだけど」

「はい」

「キミのパーティに、【煙槍】という冒険者が居るのは、間違い無いかい?」

 唐突に問われた質問に、ベルは頷いて肯定した。その反応を見たフィンは、両脇に控える二人に視線を送り、首を横に振った。

「あまりこういう言い方は良くないと思う。けれど、地上での彼女の評判については……キミも知っている事だと思う」

 【煙槍】クロード・クローズ。

 先ほど、18階層に至るまでの経緯の説明の中にも名前が挙がっていた冒険者。過去、【ロキ・ファミリア】といざこざを起こし、団員達から大きく不評を買った冒険者だ。他にもいくつかの派閥との問題事を起こしている事は都市内では有名な話だ。

 そんな冒険者とパーティを組んでいる──その事にフィン達は少なからず驚愕した。

 彼と彼女には繋がりが無い訳ではない。ベル・クラネルとクロード・クローズは同じ主神から恩恵を受けている。片や正式に【ファミリア】に所属する冒険者。片や恩恵を貰うだけの関係の無所属。

 同じ主神から恩恵を受けている──が、彼女の性格や性質から他者と組むという状況が考えにくいというのが大部分を占めていた。

 しかし、今回、偶然にも18階層へと避難してきたベル・クラネルのパーティの中に、【煙槍】の姿があった。

 そして、実際に問題を数多く抱える彼女と、ベル・クラネルがパーティを組んでいる事実を確認したフィンは改めて確認しようと考えたのだ。もしや、この少年はクロードの評価を知らないのでは、と。

「えっと……問題児(トラブルメーカー)の事ですよね」

「……なるほど、理解はしている様子だね。だったらなおの事、何故彼女とパーティを組んでいるのか気になる。聞いても良い質問だったかな」

 クロードの持つ問題児(トラブルメーカー)気質を理解しつつも、パーティを組んでいる。普通なら避けるはずの彼女とパーティを組む理由を問うと、ベルは困った様に頬を掻き、その質問に答えた。

「はい、えっと────」

 

 


 

 

「なるほどね」

 ベルが去った後、フィンは納得したと大いに頷いていた。

 そんな彼女の横、腕組をしていたガレスがうむと大きく頷いて口を開いた。

「のう、そのクロード・クローズとやらを────」

「──却下だ」

 滑らかな翡翠色の髪を揺らしたリヴェリアが、即座にドワーフが紡ごうとした言葉を否定する。

 途中で言葉を止められたガレスは気にした様子もなく肩を竦める。

「しかしなあ……ベル・クラネルの話を聞く限り、強烈な癖こそあるが、良い冒険者だと思うがなぁ」

 危機的状況に陥ってなお不安や恐怖に駆られるでもなく常に冷静に、それでいて怖気付きそうな仲間に激励を放って前に進ませ続けた。────この話だけを聞くと、その人物は素晴らしい逸材だと思える。

 更に、【ロキ・ファミリア】という都市最大派閥に対し、跳ねっかえりの如く噛みつく狂暴性も見所がある。とガレスが大きく頷いた。

 ただ噛みついて回るだけの狂犬なら、確かに相応しくない処か、邪魔なだけでしかない。だが、一度仲間として迎え入れた者を決して見捨てず、激励して前に進ませようとする性質は捨て置くには惜しい。

「それに、ベートと気が合いそうだ」

 だから、勧誘してみてはどうだ、とドワーフが続けた言葉に、フィンは首を横に振り、リヴェリアは呆れの表情を浮かべた。

「ガレス、確かに彼女の良い所はわかった。【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師からも話は聞いている」

 今回【ロキ・ファミリア】に同行していた【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師(ハイ・スミス)から、クロード・クローズの話が上がっていた。

 内容としては、下級鍛冶師と起こした揉め事についてだ。揉め事の内容としては、鍛冶依頼に対する代金の未支払い。結果として、彼女は【ヘファイストス・ファミリア】の女神および幹部達に呼び出しを受けた。そこで話を聞いた上で、一部の幹部──派閥の団長──が大いに彼女の言い分に賛同し、結果として不問となった一件。

 あの一件についても聞いた上で、フィンはクロードに対する評価を決定付けた。

「彼女は『劇薬』だ」

 クロード・クローズという冒険者は、非常に固い芯をもつ冒険者だ。

 派閥に所属せず、自らが決めた道を邁進し続ける、孤高の存在。そんな彼女の口から紡がれる言葉はどれも芯が通っており、厳しく、そして鋭い。そして、大半の冒険者はそんな彼女についていく事は()()()()

 余りにも真っ直ぐで、余りにも鋭利で、余りにも眩し過ぎるその在り方についていける冒険者は居ない。

 彼女のやり方を続ければ、きっと強くなれるだろう。

 彼女のやり方でやっていけば、きっと前に進めるだろう。

 だが、そのやり方では付いていけない者が多すぎる。

「何事に対しても全力で、自らが志したモノの為なら命も賭して……」

 鍛冶師として、鍛冶の頂に立つ女神を超えんとする者達に対し、妥協した様な作品を渡された事に激昂した。その事に関し、鍛冶師達には反論の余地がない。

 本気で目指していると言いつつ、作り出す作品は妥協が見え隠れする。その程度しか作れない者が、その程度しか作らない鍛冶師が、頂になんぞ届くはずが無い。

 故に、真に鍛冶師の頂を目指す幹部達はそれを認め、女神も不肖ながらも肯定した。

 それは良い。良い事だ。だが、問題が多すぎる。

「全員が全員、そうはいかないだろう」

 真に鍛冶師の頂を目指す者にとって、クロードという劇薬は非常に有用だ。自らを戒め、前へと進む活力になる、刺激剤だ。しかし、殆どの者はそうではない。その劇薬は、致命的な事を引き起こす。

「それは冒険者としても同様だ」

 クロード・クローズは、ベル・クラネルやパーティの仲間を厳しく激励し続けた。それにより、皆が立ち上がり、必死に抗い、見事18階層にまで辿り着いて見せた。

 リーダーのベル・クラネルもそうだし、鍛冶師兼冒険者のヴェルフに、非力なサポーターのリリルカ。三人とも、一人も折れる事無く進み続けた。

 クロード・クローズという『劇薬』に触れ、飲み込み、飲み干し、刺激され、見事成し遂げた。

「確かに、彼女が【ファミリア】に入団すれば良い刺激になる。けれど……」

 あの三人は上手くいった。

 では、【ロキ・ファミリア】の団員達は?

「ベートは、言われるまでもない。アイズやティオネ、ティオナ……幹部は特に意味はないだろう」

 既に第一級冒険者に登り詰めた彼らは、未だ止まらずに成長を続けている。彼らにクロード・クローズという『劇薬』に触れた所で、今更である。

 だが、団員達はそうではない。あんな『劇薬』に触れてしまえば、致命的な事態を引き起こしかねない。

 刺激された結果、無茶をする様になって命を落とす可能性が上がる。もしくは、刺激の強さに耐え切れずに心を壊してしまうかもしれない。

 だからこそ、極力関わる事すらも禁止している。

「だから、僕は反対だ」

「私も同様だ。ベート一人で十分だろう」

 既にベート・ローガという刺激剤が【ファミリア】の中に存在する。だというのに、『劇薬』でしかないクロード・クローズを迎え入れる意味は薄い。

 確かに、彼女を迎え入れる事で派閥はより洗練され、屈強になっていくかもしれない。だが、下手をすれば派閥内の不和を広げ、空中分離してしまう危険性もある。だから認められない、とフィンが固く反対意見を述べる。

「ふぅむ、なるほど。フィンの意見も尤もだな」

「わかったのなら、クロード・クローズを仲間に迎え入れよう等とふざけた事を言わないでくれ。ガレス」

 主神であるロキが『面白そう』と言って勧誘したがる理由もわからなくはない。問題児(トラブルメーカー)気質ではあるが、話が通じない訳でもない。話してみれば、存外良い人物かもしれないし、気が合うかもしれない。

 だが、【ファミリア】の事を思えば、関りを持つ事は避けるべき相手だ。

「だがな、フィン、リヴェリア。だからこそ儂は迎え入れても良いのではないかと思うのだ」

「……どういう意味だい?」

 フィンとリヴェリアの反対意見を聞いた上で、ガレスは続けた。

「ロキが見出(みいだ)し、儂らが鍛え上げた者らが、その程度の『劇薬』に触れた程度で折れる、等とは思わん」

 主神であるロキが数多くの人間(こども)の中から見出し、フィン、リヴェリア、ガレスの三人で鍛え上げてきた団員達。アイズやベート、ティオナ、ティオネといった幹部達もまた、神が見出し、彼等が育て上げた。

 そんな彼らが、クロード・クローズという『劇薬』に等しい相手と接して心折れる、等とは思えない。と老兵は言い切った。

「心配なのはわかるが、信頼しても良いのではないか?」

 フィンとリヴェリアがしているのは、心折れてしまうかもしれない、不和の原因になるかもしれないという、心配。

 ガレスやロキがしているのは、この程度で不和を起こすはずがない、心折れるはずがないという、信頼。

 どちらも正しい意見だった。

 その意見を聞いたリヴェリアが考え込み、フィンは肩を竦めた。

「確かに、ガレスの言う通りではある。けれど大前提として……クロード・クローズは何処かの派閥に所属する事を拒否するだろう事から、ガレスやロキの意見を通すのは難しい」

 派閥への所属を徹底的に拒否している。と言うのはベル・クラネルの話でも上がっていた。

 どうしてクロード・クローズは【ヘスティア・ファミリア】に帰属しないのか、と問いかけた際、彼はクロードが『オレは問題児(トラブルメーカー)だ、ンなのが入ったら邪魔だろ。それに派閥にアレコレ指示されて動くなんて御免だ』と言っていた、と告げた。

 実にらしいな、と苦笑してしまいたくなるぐらいに身勝手であると同時に、自分の有り方を理解している台詞だった。

 根本的な部分で、他者との問題(トラブル)を避けれないと自覚しており、その上でそれを改める気が一切無いというのは大いに理解できた。

「今すぐにでも追い出すべきではないのか?」

 天幕の一つを貸し与えている現状、クロードは未だに目を覚ました様子はないが、問題を起こす可能性があるなら追い出すべきでは、とリヴェリアが意見を述べる。

「ンー、それについては心配いらないかな。クロード・クローズの起こした問題(トラブル)は大半が受動的なものばかりで、能動的に起こしたものはほとんどないからね」

 今まで彼女が起こした問題。

 一番記憶に残っているモノでいえば、『豊穣の女主人』という酒場での【ロキ・ファミリア】への当て付け染みた皮肉。更には、その後の本拠への襲撃まがいな行為。

 前者は、幹部の一人が彼女の仲間を中傷した事が原因で、後者は【ロキ・ファミリア】側が承諾も取らずに勝手に行動をした結果だ。

 それ以外の問題(トラブル)も調べてみれば彼女から働きかけて起こしたモノは少ない。

 街中での乱闘騒ぎは、強引な勧誘行為に対する反撃であると既に判明している。

 例外的に、市民に噛みついたという話もあるが、実際には市民側が中傷的な発言をしていたのが原因だという。その現場を見ていたロキの証言もあるので確定だ。

「つまり、此方から何か彼女の機嫌を損ねる真似をしなければ、理性的に話を聞いてくれるだろうし、流石に救助した事について怒ったりはしないだろうって事さ」

 まあ、例えば今回彼女達に対して怪物贈呈(パス・パレード)を仕出かしてしまった冒険者達が顔を見せた挙句、謝罪もせずに図々しい態度をとる、何てことをしなければ彼女も問題は起こさないだろう。とフィンは肩を竦めて見せた。

 

 


 

 

 18階層には『昼』と『夜』が存在する。

 驚くべきことに、地下でありながらこの階層には雄大という言葉に相応しい大草原が広がっている。それだけでなく、湖と呼んでも差し支えない湖沼があり、中央にはなんと島すら存在する。更には木々の密集する森林まで存在し、緑に包まれたその世界は『地底の楽園(アンダーリゾート)』の名に疑問を抱かせない程だ。

 そんな階層を照らすのは、天井一面に生え茂る水晶群。その内、太陽を思わせる白水晶が光を放ち、空を思わせる蒼水晶が疑似的な青空を生み出していた。

 18階層の『昼』は太陽を思わせる白水晶が煌々と輝き、階層全体を照らし出し。『夜』は騒然とした蒼闇が階層を包み込む。

 地上との差異を上げるとするならば、夕焼けである茜色が間に挟まる事なく昼夜が変化する事だろう。

 テントの入口から僅かに差し込んでいた『昼』の光が消え、外が『夜』に切り替わったのを感じ取ったベルは、テントの奥に戻ると、未だに目を覚まさないヴェルフ、リリ、クロードの三人の顔を覗き込んでいた。

 暫く、少年が看病の真似事をしていると、テントの外が次第に賑やかになっていく。食事の準備でもしているのかもしれない、と少年がぼんやり考え始めた頃。

「んっ……」

 と、青年の体が動く。同時に、サポーターの少女が被る毛布もぴくりと震えた。

 はっとしながらも目が覚めたらしい二人の様子をベルは見守る。

「どこだ、ここは……」

「ベル様……?」

 ゆっくりと瞼を上げた二人の姿に、命に別状はないと告げられてはいたが、目を覚ましているのが自分だけという状況に不安を感じていたベルは大きく安心した様に吐息を零す。

 覚醒直後で夢現ぎみだった二人は、完全に覚醒する頃には自力で身を起こした。

 そんな二人に置かれている状況を説明している。その時、

「にぃ、さん……?」

 くぐもった様な少女の声が響く。

 横になったまま、瞼を震わせて目を開けたのは、パーティの中で最初に昏倒したクロードだった。

 ぐったりした様子で周囲を見回そうとして、身を起こした三人の様子を見て目を細める。

 気絶する寸前まで皆を叱咤し、激励し続けた彼女が目を覚ました事に、ヴェルフとベルが喜色を浮かべ、リリもまた、恩人の目覚めに安堵した様に吐息を零した。

 そんな中、未だに完全に目を覚ましていないのか、寝惚けた様子のクロードが、焦点の合わない揺れる瞳をヴェルフに向け、掠れた声を響かせた。

「にい、さん……オレ、少しは……兄さん達、みたいに……」

 何処か弱々しく、縋る様に呟かれる言葉にベル達は僅かに困惑する。

 決死行のさ中には頼りになる背中で居続けた彼女が、こんなにも弱々しく誰かに縋る様な仕草をしている。その事に驚愕し、困惑する。

「兄さん、オレ……もっと頑張るから……だから……」

「あー、クロード……寝惚けてる所悪いが。俺はお前の兄さんじゃないぞ?」

 縋る様に伸ばされた手を見ていたヴェルフが、言い辛そうに呟く。

 今のクロードの様子を見て、ベルもリリルカも、ヴェルフも察した。

 これは、誰にも見せたくない、クロード・クローズが隠している弱味だと。普段の口の悪い様子は、これを隠す為の擬態なのだと。その上で、その内に隠すモノを暴くのではなく、そっと気付かないふりをした。

()()()()、兄さんもオレのこと────」

 ヴェルフの返事を聞いたのか、クロードはくしゃりと表情を歪め、瞳を潤ませる。

 未だに寝惚けているその様子に、ヴェルフは慌てた。

「おい、クロード、寝惚けてんなって」

「────?」

 一瞬訝し気に表情を歪めた彼女は、幾度か瞳を瞬かせる。

「──あァ、なるほど」

 たっぷり数分かけて完全に覚醒したのか、クロードは呻きながらも身を起こして三人を見回した。

「ここがあの世じゃなけりゃァ、全員、運良く生きてるみてェだな」

 先ほどまでの弱々しい様子を掻き消す様に、何処か粗っぽく頬の傷を歪ませて笑う姿に、三人がほっと一息零す。

 先ほど見せた弱々しい様子について、彼女が何か隠し事をしているのを察してしまった。その上で、今この場で暴くのは憚られる。故に、三人はそれについて触れる事はない。

「ンで、ここは18階層で良いのか? このテントはどうしたんだ。治療は誰がしてくれた?」

「ここは18階層で間違いない。だよな、ベル」

「うん」

「治療をしてくれたのも、テントを貸してくれたのも【ロキ・ファミリア】だそうです。ですよね、ベル様」

「……うん」

 ほー、と呟きを零したクロードは、自らの腕に巻かれた包帯を見て目を細める。

「そっか、まだ生きてンのか……」

 何処か悲し気で、やるせない様子で呟かれた言葉に、ベル達は戸惑った様に顔を見合わせた。

 気絶する寸前まで、皆を激励して前に進ませ続けた彼女が、死んでいない事を喜ばない。どころか、生きている事を疎んでいる。何て声をかければ良いのか、とベルとヴェルフが戸惑う中、リリルカが声を上げた。

「クローズ様」

「……ンだよ」

「助けて頂いて、本当にありがとうございました」

「あァ?」

 頭を下げたリリルカの姿に、クロードは普段の様に訝し気な表情を浮かべる。何を言っている、と眉を顰めた様子に、サポーターの少女は続けた。

「リリが転落した際、リリの事を助けに来てくれました。見捨てられても仕方ない所を、です。だから、ありがとうございました」

「はぁ、わぁーった。もう良い、礼はいらん……」

 重ねて礼を告げるリリルカの様子に、クロードは面倒臭そうに手を振って応答し、ベルとヴェルフの方に視線を投げかけた。

「ンで、オマエ等はオレに言う事はねェのか?」

 決死行のさ中には余裕が無くて言えなかったかもしれないが、今は安全地帯。文句だって言いたい放題言える、とクロードが真っ直ぐ二人を見据える。

 どんな文句も聞き届けると言わんばかりの様子に、ベルとヴェルフは顔を見合わせた。

「無い。むしろ謝らないといけないのは俺の方だ」

「うん、僕も……クローズさんのおかげで、誰一人欠けずに済んだですし」

 二人の言葉を聞いたクロードは、僅かに目を細めて視線を逸らす。

 ほんの数秒、迷った様子だった彼女は銀髪を指で弄りながら、呟く。

「……悪かったよ」

 囁くような、小さな謝罪だった。




 次話で桜花君のイベント……間違いなく、荒れる──ッッ!!

 なんで桜花君、原作で素直に頭下げへんかったん?
 主神のタケミカヅチ様とかなんか頭下げまくる神って感じだったらしいんですが、それを反面教師に『頭下げない系団長』でいく積りだったんですかね……頭下げたら格好悪いとか思ってた? どこかでその辺りの桜花の内面描写されてましたっけ?
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