紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第三五話

 18階層の『夜』が終わり、『朝』が来た。

 朝から不機嫌そうな様子を隠しもしないクロードの様子に、ベルとヴェルフは静かに食事をとり、そんな三人の様子を見ていたリリルカは、小さな溜息を零した。

 昨日の夕食同様、朝食を分けて貰った彼らはテントの中で朝食をとっていた。

 その中には本来ならこんな所に居るはずの無い女神の姿も交じっている。

 18階層にヘスティアを送り届けた男神とその眷属アスフィ、そして彼らに同行した【タケミカヅチ・ファミリア】の面々に加えて、エルフの戦士、リューの姿はこの場に無い。

 昨日、謝罪に来た筈の【タケミカヅチ・ファミリア】の団長が真っ向から自身の意見を述べ、それに激怒したクロードが彼等を殺しかけた一件。

 千草と呼ばれる少女が殺される一歩手前でベルが彼女を庇い、クロードと対峙。そのままクロードとベルの激闘が始まるかに見えた瞬間、【ロキ・ファミリア】の制止が入り事なきを得た──と言うには、些か問題が多いが。

 制止に入った大派閥の団長曰く、今ここで他派閥の冒険者の死人が出るのは自派閥としても非常に由々しき問題に発展しかねない。よって、やるにしてもここ以外のどこかでやって欲しい。

 それに対し、クロードは素直に受け入れた。

 一般の冒険者からは非常識の塊の様に思われがちな彼女であるが、実際には義理堅い性格をしているし、周囲の状況を見た上でしっかりと判断を下せる判断能力に優れている。あのまま行動すると救助して貰った恩を仇で返す事になりかねない。と判断した彼女は大人しく武器を引いた。が、気持ちは別だ。

 隙さえあれば殺してやる、と言わんばかりの雰囲気を撒き散らし。なおかつ大派閥の団長はそんな彼女の行動を止める気が無い。それ処か、見えない所でやる分には構わない、とすら告げたのだ。

 どうにかして宥めなくてはとリーダーのベルは頭を捻りに捻ったが、上手い仲裁は思い付かなかった。

 最後には主神に縋る様な視線を向けてしまった彼だったが、女神はクロードの行動に対し黙して語らなかった。

 ベルが知ったほんの少しの揺らぎの中に垣間見たクロードの過去。その詳細を知るヘスティアはクロードを止める事が出来ない。

 このままでは帰還途中か、帰還後にか、クロード単独ででも【タケミカヅチ・ファミリア】を殲滅せんと動いてしまいかねない。そんな状況を止めたのは、橙黄色の髪をした男神だった。

『クロードちゃんの言い分もわかる。桜花君の言い分もその通りだと思う。その上で、だ──貸し、という形にしておくのはどうだろうか?』

 丁度【ロキ・ファミリア】に滞在の許可を貰いに行っており、フィンと共に騒動に気付いてかけつけたヘルメスだ。

 彼は茶目っ気のある声色でボロボロになっている桜花と、忌々し気にベルを睨むクロードに告げた。

 曰く、ここで殺してしまうより、後でたっぷり借りを返して貰った方が総合的に得なんじゃないか、と。それを聞いたクロードは不機嫌さを割り増しにしてヘルメスを睨み──彼女の反論は彼によって潰された。

『確かに、君は被害者。桜花君の態度が気に食わないのもわかる──けれど、君一人の意見で押し通すのはまずいだろう。何故なら、ベル君だって被害者だ』

 クロードが物申す権利がある様に、ベルにもその権利がある。自身の権利ばかり振りかざして相手の権利を無視するのは道理が通らない。等と、理路整然とした雰囲気で男神が言い切ると、クロードは不機嫌さを割り増しにした表情でベルを睨んだ。

 凄まじい殺気交じりの睨み付けに怯みかけたベルだったが、男神が場の空気に見合わない朗らかな声で背を押した事で、自身の意見を告げた。

 結果だけ見れば全員無事だった事。それに、桜花さんと同じ状況になったら、きっと自分も同じ選択をしてしまうだろう事。所々、上手く言葉に表せずに濁してしまった部分はあれど、少年が感じたのはそういった事だった。

 いつか、自分達も加害者(しかける)側になってしまうかもしれない。冒険者という職を続ける上で、避けて通れない道なのかもしれない。故に、冒険者の流儀に則って彼らのした行為に対し、一定の理解を払うと。

 それを告げられたクロードの反応は、劇的だった。

 一瞬で表情を消した彼女は、次の瞬間には数倍の殺気を滾らせて桜花を──ベルを睨み付けた。

『────自覚もねェ、どうしようも無い屑だな。死んだ方が良いだろ……誰かを身代わりにするだァ? ふざけてんのか? そもそも、何があろうが自分の手でどうにかしようとは考えねェのかよ? 誰かに尻拭いさせて当然、みてェな腐った考えが気に食わねェ!?』

 当然のように彼女の言葉に桜花が反論した。 

 大事な家族を傷付けられ、怒りに燃える彼の言葉は、その場に居た誰もが思った事だ。

『なら、お前が同じ状況になったらどうするんだ!?』

 クロードの返答は、余りにも鋭利で熾烈なものだった。

『死ぬ。見知らぬ誰かに自分(テメェ)(ケツ)拭かせるなんて、こっ恥ずかしくて到底できやしねェよ』

『あァ? その結果仲間が死んでもだァ? ンなもん、仲間が死ンじまうのは自分(テメェ)が弱かったせいだろうが。むしろ逆にどんな理由があンだよ』

 クロード自身がもし仲間の命の危機に瀕した時、どんな行動に出るかなんて、答えるまでもない。自身の命を賭してでも助けようとする。その結果が仲間の死であったのならば、自身の無力を嘆く────それだけだ。

 どんな理由であれ、緊急回避として誰かを生贄にする。自分達が抱えた負債を誰かに背負わせる。それは冒険者の間では当然の行動であると言われている。だが、クロードはそれに真向から対立した意見を持っているのだ。

 どんな不幸な事態であれ、自分で対処できるように努力する。それでも対処できない事態に陥ったら、死に物狂いで対処する────その結果死んだとしたら、それは弱過ぎた自己責任。

 いかなる状況にも対応出来る様に常日頃から努力を欠かさず。今の努力量でも足りないと精進し続ける。甘え腐った様な考えでダンジョンに潜る理由が理解できない。

お前(テメェ)らは運が良い。なんたって近くに生贄(オレら)が居たんだ。 なァ? 居なかったらどうなってたよ?』

 確実に彼らの仲間の一人は治療が間に合わずに命を落としていた。もしくは、上層に中層のモンスターを連れ出し、大事件になってギルドから厳重注意か。どちらにせよ碌な結末にはなっていまい。

『その上で、だ……何度でも同じ選択をするだァ? テメェ、キチガイかよ』

 そも、二度とそんな状況に陥らない様に努力するなりするべきじゃないのか。それもせず、同じ状況に陥れば同じ選択をする、等と良くも吠えれたものだ。

 まさかまさか、次も、そのまた次も、同じ様に運よく生贄(だれか)が傍に居て、彼らの代わりに死地にぶち込まれてくれるとでも思っているのか。それこそ、舐め腐ってる。

 いつ死んでもおかしくない。それこそ他のパーティに迷惑をかけ、挙句の果てには巻き添えの自殺まで強要される。そんな奴らを野放しにする────。

『それこそ気が狂ってる』

 周囲から気狂い、キチガイの類として見られる事もある少女は、声を大にして吠え狂った。

 お前達の方がよっぽどおかしい。いつ殺しにくるかわからない無差別殺人犯に等しい彼等を、赦すのか。

『テメェ等からすりゃァ、オレの方がよっぽどキチガイなんだろォよ。でもなァ……オレからすりゃあ、テメェ等の方がよっぽどキチガイだ』

 周囲の反論の言葉を全て叩き潰し、苛烈極まり、そしてあまりに鮮烈な彼女の言葉。余りにも強く握られた彼女の手に巻かれた包帯には、赤い血が滲んでいた。鬼気迫る様な暴論にも聞こえる言葉に、桜花も、そしてベルも面食らった様に固まっていた。

 そんな彼らを他所に、【ロキ・ファミリア】の団長は静かに首を横に振った。

『【タケミカヅチ・ファミリア】だったかな。キミ達は今すぐこのキャンプから出て行ってくれ。それと、クロード・クローズ、君は安静にした方が良い』

 以上の事から、【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達は全員キャンプから追い出される流れとなった。

 昨日の話を思い出していたリリルカは、酷く思い悩んだ様子のベルとヴェルフの二人を見て、残りのビスケットの様な携行食糧を口に放り込んだ。

 冒険者にしては異端極まりない。それは過去多くの冒険者を見てきたリリルカの感想だった。異端で、そして見る者が見れば魅力を感じ、見る者次第で──疎ましさを感じる類いのモノだ。

 眩しい。一言でいえば、クロード・クローズは眩しい。

 普段が灰に塗れ、紫煙を纏い、何処か煙に巻く様な言動をするクロード・クローズという冒険者が見せた苛烈極まりない一面。そして、ほんの一瞬見せた彼女の抱えた何か。

 リリルカがヘスティアを伺えば、かの女神は携行食糧で口を塞いでいた。何か言いたげな、けれどもかける言葉もない、といった様子の女神の姿に、サポーターの少女は静かに吐息を零す。

 きっと、この女神はクロードが抱える事情を知っている。その上で、彼女の苛烈な言動を止める事をしない。それこそ周囲と軋轢しか生まないであろう、冒険者に不釣り合いで、そして眩し過ぎる理想の姿を臆す事なく掲げる姿を。

「オレは用事がある。帰るのは明日だったよな」

「……はい」

 唐突に口を開いたのは、クロードだった。

 ベル達の帰還は【ロキ・ファミリア】が階層主(ゴライアス)を討伐した後に行われる手筈となっている。そして、彼の大派閥が動くのは二日後────よって、彼等には一日分の暇が出来た。

 それを聞いたクロードは、昨日の内にフィンに断りを入れたのか、『リヴィラの街』に向かう事を決めていたのだ。

 手早く食事を終え、煤けた手持ちの武装を確認した銀髪の少女が立ち上がった所で、少年が腰を浮かせかけて口を開いた。

「あ、あの、クロードさん。僕達も今日リヴィラに行く予定で────」

 クロードとパーティを組む様になって、少し近づいていた距離が昨日の一件で一気に離れてしまった。それは間違いないだろう。少なくとも、昨日の一件が尾を引くのは間違いない。

 昨日の夕食の際、【剣姫】等から18階層にある冒険者の街の噂を聞き、連れて行ってもらう約束をしたの事を告げ、共に行かないか、と銀髪の少女にベルは告げた。

「あァ? ……てめェらだけで行っとけ」

 至極面倒臭そうに、そして何処か余所余所しい彼女の態度にベルは首を竦める。

 昨日の苛烈極まりない態度に比べ、余りにも大人しいその姿にヴェルフも僅かに眉を顰め、違和感を感じ取る。

「クロード、体調が悪いのか?」

「……気にすんな」

「クロード君、()()()()()()()()

 ヘスティアだけが見送りの言葉を告げると、クロードは片手を上げて食事を続ける四人を置いて先にテントから出て行った。

 彼女が出て行った後になって、ベルとヴェルフがほんの少し溜息を零し。そんな二人分の溜息を足しても足りないぐらいの大きさの溜息を女神が零した。

 暫くして、食事を再開する。

 そんな中、リリルカはヘスティアに身を寄せて囁く様に問いかけた。

「ヘスティア様、クローズ様の事についてなのですが」

「……何だい?」

「それが、酷く魘されていた様子でして……何かご存じでしょうか?」

 問いを投げかけられた女神は僅かに目を細めると、リリルカ同様に食事の手を止めて固唾を飲んで耳を傾けているベルとヴェルフにも視線を向けた。

「ボクからは何も言えない」

「……どうしてですか、神様」

 昨日の一件。

 パーティを組んでそれなりに仲が良くなったと思っていた彼女の急変に近い態度。その原因は、ベル自身にも理解はできる。できるが、普段のクロードからしていささかやり過ぎに感じていた。それも、もしかしたら自分の思い違いかもしれないけれど、と不安げに瞳を揺らす少年。

 そんな彼の横には、それなりに付き合いを重ねて彼女の事を知った気になっていた青年も居る。

「まず、ボクの口から語っていい話じゃないからさ」

 女神は何処か苦し気に、そして悲し気に首を横に振った。

 

 


 

 

 一早く【ロキ・ファミリア】のキャンプを、単独で抜け出して目的地へと訪れたクロードを出迎えたのは、木の柱と旗で作られたアーチ門だった。

 門の上部には『ようこそ同業者、リヴィラの街へ!』と共通語(コイネー)で書かれている。

 まるで歓迎するかのような書き方を見上げたクロードは僅かに鼻を鳴らすと、懐を漁って空っぽの金属缶を出し、空っぽの中身を見て舌打ちしてから、煙草すら入っていない空っぽの煙管を咥え、記憶を掘り返しながら歩き始めた。

 『街』があるのは湖沼地帯の湖に浮かぶ『島』に存在する。

 仕切りも迷宮も存在しない18階層の円形状の大空間を見上げ、視線を落とせば地平線代わりに天井の疑似的な空を生み出す水晶群へと続く切り立った壁が目に入る事だろう。

 心を落ち着かせようと深呼吸を繰り返すクロードは、島の最上部、断崖の上に築かれた白水晶と青水晶に彩られた集落系の『街』を歩んでいく。

 木や天幕で作られた即席の住居群。岩に空いた天然の横穴や空洞を利用した店舗も見て取れる。山肌と言っても差し支えない急斜面に築かれているだけあり、丸太の階段が至る所に散見される。そして、街並みの何処を切っても、紺碧の湖を前景においた美しい光景が広がっていた。

 そんな水晶と岩に囲まれた宿場町『リヴィラ』。

 設けられた即席の小屋は、街の性質上ほとんどが商店だ。

 広大なダンジョンに存在するこの街は、元々はギルドが迷宮内に拠点を設営しようとして失敗した計画を、冒険者が勝手に引き継いで完成させたものである。

 その関係か、18階層以下の階層を攻略する冒険者の根拠点(ベースキャンプ)となっているのだ。

「……高ェな」

 ちらりと店先に並べられた使い古しの剣に引っかかっていた値札の紙切れを見たクロードは眉を顰める。

 迷宮では物資が簡単に確保できない。故にいくら金を吹っ掛けても捌けてしまう。その為、この街中で行われる取引は、暴利が当たり前となっているのだ。

 猛牛(ミノタウロス)や紫紺の結晶などの絵を掲げ、周囲の看板よりド派手に飾りって存在感を醸し出す『ドロップ品』や『魔石』等を買い取る取引所を前にしたクロードは静かに息を吐き、その店先に居た強面で眼帯を付けた大男に声をかけた。

「おい」

「ああ? なんだい嬢ちゃん。悪いが魔石もドロップ品も無さそうじゃないか、帰りな」

 一目見てあしらう様な態度をとった男に、クロードの眉が盛大に吊り上がり────ぐぐぐっ、と堪えたクロードは引き攣った様な作り笑いを浮かべると、妙な猫撫で声を響かせる。

「ここらで『グラニエ商会』の店があるって聞いたんだが。何処にあるか知らないか?」

「………………」

 あしらおうとしていた男はぎょっとした様子で目を剥き、まじまじと銀髪の少女を見下ろした。

 暫く見続けた後に、忌々し気な表情を浮かべた大男────ボールスは舌打ちを零すと、カウンター代わりの机に置かれた紙切れを一枚手に取り、手早く簡素な地図を書き上げると丸めてクロードに投げ渡した。

「あの男の話をするんじゃねえ」

「……サンキューな」

 よっぽど腹に据えかねているのか、苛立たし気な様子のボールスの姿に眉を顰めつつ、クロードはその場を後にする。

「……テランスの奴、手広くやってんなァ」

 18階層。

 日の光も、ギルドの手すら届かない地下深く。

 腕っぷしの強い冒険者が幅を利かせているはずのならず者の街にすら手を伸ばしている、茶髪の商人の姿を脳裏に描いたクロードは僅かに感心の声を上げた。

 渡された地図を頼りに水晶と岩に囲まれた街を進む。

 本来ならばもっと先、クロードが順当に18階層に辿り着いた際に利用するはずだった『グラニエ商会』の息のかかった商店。

 周囲にある商店と見分けも付かない簡易な作りの木製小屋の入口を無遠慮に開けたクロードを出迎えたのは胸に傷を持った上半身裸の冒険者だ。

「あァ? ここはガキが来る所じゃねェ、失せな」

 開口一番、クロードの容姿を見て鼻で笑った男は追い払う様に手を振る。

 そんな男の様子を見ていたクロードは、盛大に眉を痙攣させ、手元の地図を見て周囲を見回してちゃんと紹介された店であるのを再確認し始める。

「おいおい、もしかして迷子かぁ?」

 完全に舐め切った様な態度にクロードは表情を消し、僅かな殺気を苛立ちと共に男に向ける。

「客が来てやったってのにその態度はなンだテメェは……」

「だから、ここはガキが来る所じゃねェっての」

 ゲラゲラと下品な笑いを零した男は、手元の瓶を煽り始める。

 赤らんだ頬に隠しようのない酒臭さ。18階層の『昼』だというのに、真昼間から酒を飲み漁る男を見たクロードは、引き攣った様な笑顔を浮かべ────男の手にした酒瓶を綺麗に砕く。

 破砕音と共に硝子片が飛び散り、男は目を見開くと、遅れて腰に下げていた剣を引き抜いて立ち上がった。

「テメェ、何しやがんだぶっ殺されてェのか!?」

「ピーギャーうるせぇ奴だな。客だっつってんだろ、テメェは客の前で酒飲む様に指示でもされてんのか? あァ?」

 赤ら顔で武器を抜いた男と、苛立ちが限界(ピーク)に達しようとする少女。

 片や怒りか、酒かで顔を真っ赤にし、片や獰猛に口角を吊り上げ、頬の傷を歪める少女。

 一触即発な状況に陥り、今まさに踏み込もうとした、瞬間。

「馬鹿野郎が……」

 気だるげな声と共に、半裸の男の後頭部に棒状の得物が振り下ろされた。鈍い打撃音と共に、男は一撃で昏倒して倒れ込む。

 すると、男の陰になっていて見えなかった人物の姿がクロードの前に姿を現した。

「よぉ……お前さんがテランス坊ちゃんの言ってた愉快(クレイジー)小人族(パルゥム)か?」

 かさかさに乾ききった髪に目の下にどす黒い隈、見るからに不健康そうで退廃的な雰囲気を纏った半裸の女性────布面積が非常に少ない煽情的な格好をし、長い煙管を咥えたアマゾネスの女性だ。

「アタシの名前はー……」

「どうでもいい。煙草クレ」

「あぁ、酷い奴だねぇ」

 自己紹介しようとしていた女性の言葉を遮ったクロードは、空っぽになった金属缶を彼女に突き出す。

 突き出された金属缶を前に、女性は気だるげな様子でそれを受け取り、棚に歩み寄って煙草の予備を取り出し、金属缶に詰めていく。

「テランス坊ちゃんとどういった関係かは、この際聞かないけどねぇ」

「……ッ、るせぇな……苛立ってんだ。黙ってろ」

 一応は上司の知り合い。自分にとっても知り合いだろう、と言わんばかりに馴れ馴れしく話を投げかけたアマゾネスの言葉を、クロードは苛立たし気に切り捨てた。

 煙草が切れて情緒不安定になっている所に、【タケミカヅチ・ファミリア】の挑発。更にはベルの気の狂った様な答え、とクロードは認識したやり取りにより、精神的均衡が崩れているのを必死に堪える様子でアマゾネスが足蹴にしている半裸の男を睨んでいた。

「落ち着きなよ、アタシので良ければ吸いな」

 ゆらりと差し出されたのは、アマゾネスの女性が咥えていた長い煙管だ。未だに火が付いており、紫煙が揺れている。

 久々に嗅いだ香りにクロードは僅かに眉間の皺を緩め、その煙管を受け取り、すぐに紫煙で肺を満たす。

 先ほどまで感じていたはずの苛立ちも何もかもがすべて溶けて消えていく。または、煙にくるまれてどうでも良くなる。

 嘘の様に苛立ちが消え去ったクロードは、足元に転がった男を今度は面倒臭そうに見やり、煙管の灰を振りかけながら口を開いた。

「悪ぃ、ちぃと煙草切れで苛立ってた。それとは別に、コイツはどっかに飛ばすべきだろ」

「あっはっは、煙草切れとは災難だねぇ。とはいえ、その煙草はアンタの作ったもんだけどねぇ」

 製作者が煙草切れで苦しんでる間、アタシは楽しませて貰ってたよ、とクロードの携帯用煙草入れに煙草を満たした女性は、クロードに自分の煙管と交換でそれを渡した。

「さて、改めて、アタシはヴィズ、まあ偽名だけどね」

「クロード・クローズだ」

「テランス坊ちゃんに目を付けられるとは災難だねえ」

 お前さんも不幸な星の下に産まれたと見える、と冗談めかして告げたアマゾネスの女性、自称ヴィズは煙管に煙草を詰め直すと、火付け道具で火を付け、煙管を吹かした。

 つられて、クロードも自身の煙管を取り出して煙草を詰め、火を付けて紫煙で肺を満たす。

 片や熟成しきった女性、片や未成熟な少女。

 対照的な二人は、けれども同じ動作で紫煙を燻らせる。

 互いに紫煙を燻らせて暫く、二人は視線を交わした。

「気が合いそうにないな」

「そうかしら? とても仲良くできそうな気がするのだけれど」

 面倒臭そうにクロードが吐き捨てると、ヴィズは気だるげに足元に転がる男を蹴り退けてカウンターに腰掛け、少女を見下ろす。

「まあ、テランスが気を許した相手だし。私は仲良くしたいと思ってるわよ?」

「…………はぁ、とりあえず今日はもう用はない」

 気だるげで、退廃的。

 傍から見ればクロードとよく似たアマゾネスは、けれども決定的に違う部分があった。

 未だなお燃え燻る火を湛えるクロードと違い、アマゾネスの方はとっくの昔に燃え尽きたただの灰山だ。

 気に食わない、と吐き捨てた少女は、煙草が補充された金属缶を手で弄びながら、店を後にした。




 煙草切れで情緒不安定だったのがマシに……え? 精神的には良いけど体に良くないって?

 とにかくベル君が気に食わない、ヘルメスはクソって思ってる人が多そうだな、と感じる今日この頃。
 個人的な話ですが、ヘルメス様は別に嫌いじゃなかったりします。
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