紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第四話

「報告は以上。ぶっちゃけ今の単価じゃ売れんと思う。後、味が最悪だった」

「…………そう。また、失敗」

 手にした革表紙の手帳の内容を読み上げたクロードは、カウンター越しに対面している女性に小さな金属缶を差し出す。

 上衣が左腕が半袖、右腕長袖という左右非対称(アンバランス)な服。加えて右手には革製の手袋(グローブ)まで付けている。ロングスカートから伸びるふさふさの犬尻尾はどこかしょんぼりと垂れている。

 【ミアハ・ファミリア】所属の犬人の眷属、ナァーザ・エリスイス。

 クロードは彼女から受けた冒険者依頼(クエスト)の報告の為に裏路地を経た先にあるナァーザの所属する派閥の本拠(ホーム)『青の薬舗』へと足を運んでいた。

「んで、報酬はいつもの奴頼む」

「わかった」

 返事と共に棚の上に置かれていた木箱を下ろし、中に入っていた金属缶をカウンターの上に置く。

 クロードは缶を少し開けて中身を確認すると満足げに頷いて懐に仕舞った。

「……ねえ、大丈夫なの?」

 抑揚のない、間延びした犬人の問いかけにクロードは眉を顰める。

「何の話だ?」

「貴女に渡してるコレ、かなり中毒性が高いんだけど」

「ああ、んだよそんな話か。むしろ好都合だから気にすんな」

 手をひらひらとさせながらクロードは鼻で笑う。

 ナァーザから受け取ったソレは香味(フレーバー)として刻み煙草に混ぜる為の植物を乾燥させた物だ。一部の治療薬の材料として用いられる品であるが、依存性のある薬物の素材としても広く知られており医療系派閥以外の所有および使用は禁じられている特定禁制品であった。

「貴女のスキルについては聞いてるけど、止めるべきだと思う」

 クロードの持つスキル【煙霞痼疾(パラソムニア)】の効果の一つ。()()()()の発動条件は一つ、薬物依存状態である事が挙げられる。依存中の薬物の種類が増えれば増える程、魔法の威力は増大する事もあり彼女は積極的に薬物へと手を出していた。

「それをアンタが言うなよ。なら、アンタもあこぎな商売止めたらどうだ? むしろ、止めさせてやろうか?」

「う……」

 クロードが脅迫混じりに問いかけると、ナァーザの表情が強張る。

「安心しろよ。この話を誰にも広めないって言うなら、オレは気にしねえよ。薄めた回復薬(ポーション)をベルに売りつけてる事もな」

「…………」

 本来ならば医療系派閥以外の人物への譲渡や売渡などが禁じられている品を、無所属の少女に依頼報酬として引き渡す理由は、一つ。

 ナァーザはとある件についての弱味をクロードに握られているのだ。同時にクロードの弱味と言える違法行為についてナァーザも知っている為、互いに弱味を握り合っている関係ではあるが。

「ああ、他に何か必要な素材はあるか。上層の怪物なら割となんとかなるし」

「…………ううん、今は特に必要な素材は無い。また必要になったら依頼を出す」

 少し考え込んだ後に首を横に振ったナァーザの返答を聞き、クロードは肩を竦めると背を向けた。そんな彼女の背に、ナァーザは恐る恐る声をかける。

「何か、変わった事でもあったの?」

「……あん?」

「いや、なんかいつもより刺々しいし」

「あー……何かベルが……いや、良い。煙管ぶっ壊されて機嫌が悪いだけだよ」

 言いかけた言葉を飲み込み、クロードは改めて彼女に背を向けると、溜息を零しながら店を後にした。

 

 


 

 

 クロードは北東のメインストリートを憂鬱そうな表情で歩いていた。

 大通りの両脇に軒を連ねているのは、酒場や食事処ではなく工具や金属素材を取り扱う専門店ばかり。

 この通りは迷宮都市(オラリオ)における産業区画。利益の大本である魔石製品の生産を中心に様々な生産活動を行う派閥、無所属問わずに集まる区画だ。

「くっそ、だりぃな」

 巨大な市壁にほど近い都市の外周部、細い路地を幾度も曲がった先の小ぢんまりとした平屋作りの建物。

 屋根の上に伸びる煙突から細く煙が伸びているのを確認したクロードは深く溜息を零してから、背負った煙管の残骸の入った袋を見やる。

「修理費いくらかかるのやら」

 ミノタウロスから得た魔石の収益で賄えると良いな、と頭を掻いた彼女は無遠慮にその建物────鍛冶場の開けっ放しの戸を潜った。

「居るかー? 居るよな。修理を頼みに来たんだが」

「あ? ああ、クロードか」

 炎を思わせる真っ赤な短髪。中肉中背の着流しを着た青年が丁度打ち終わったであろう大剣の刃研ぎをする準備をしている所であった。

「ヴェルフ、煙管を修理してほしいんだが」

 【ヘファイストス・ファミリア】に所属する新米鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾ。

 小人族(パルゥム)であり、突飛な要求をして他の鍛冶師に避けられていた彼女の依頼を受けた変わり者の鍛冶師。正確には生計がカツカツな状態のヴェルフが報酬の良い依頼に手を付けただけではあったが。

「相変わらずだな。『魔剣』はいらないのか?」

「いらねぇよ。煙管を作ってくれる変わり者がアンタしか居ないから頼ってるだけだっての」

 彼とクロードの関係はいたってシンプルだ。片や変わり物の武器を使う冒険者。片や売れない新米鍛冶師。

 彼女が求めた武器としての『煙管』の作成を依頼し、彼はその依頼を引き受けた。

「はぁ」

「溜息なんて吐くなよ。それよりも、これだ」

 彼が求めていた人物とは程遠いにせよ、自身の血筋の事を知ってなお『魔剣』を求めない稀有な人物としては一定の距離を置いて関りを持っている。しかし、彼女は『煙管を作ってくれる奴』を求めているのであって、彼の腕を買っている訳ではない辺りにもやもやとした感情を抱いてはいる。

 とはいえ、彼女の依頼の報酬はそれなりに高額だ。その分、技術も必要になる為、良い練習にはなっているが。

 クロードは彼の内心を知らぬと言わんばかりに鍛冶師に袋に包まれた煙管の残骸を見せる。

「──────おい」

「んだよ」

 羅宇を完全に踏み砕かれた煙管の残骸を見た鍛冶師の表情が凍り付いた。

 煙管の特性として羅宇の中身は空洞ではある。しかし戦闘にも耐えうる強度を保持出来る様に精一杯の工夫を凝らした一品であったそれは、少なくとも上層の怪物程度には破壊されない代物だという自負があった。だが、目の前に出されたその煙管はもはや手のつけようが無いほどに破壊されてしまっている。

「何があったんだよ!?」

「上層でミノタウロスに襲われた。んで、踏み潰された」

「はぁ!?」

 驚愕の表情を浮かべた彼にクロードが事の顛末を伝えていく。【ロキ・ファミリア】が失態を犯して上層にミノタウロスを連れ込んだ事。ギリギリで犠牲者こそ出なかったが、見ての通り犠牲となった『煙管』は存在する事。

「っつー訳だよ。修理頼んだ」

「……悪いがこりゃ無理だ」

「あん?」

 頭を掻いて煙管の残骸に手を伸ばしたヴェルフは、砕けた羅宇を見て呟く。

「一から作り直した方が早い」

「……いくらかかる?」

「やってみないとわからんが。そうだな、二五〇〇〇ヴァリスだな」

 鍛冶師の見立てた金額にクロードが眉間を揉む。

「今回のミノタウロスの魔石の報酬、三二〇〇ヴァリスだったから大赤字だな。ツケにしといてくれ」

 酷い大赤字である。もし【ロキ・ファミリア】を見かけたら文句言ってやる、とクロードが履き捨てる間にも、ヴェルフが眉を顰めつつも呟く。

「依頼を受けてくれたら少しはまけるが」

「その依頼を受けようにも得物がねぇんだが」

 主な獲物である煙管が壊れた今、代用武器がショートソードぐらいしかない。それでは心もとないと彼女が肩を竦める。

 ヴェルフは片目を閉じると壁に立てかけてあった数点の武器を指差した。

「あそこの奴、欲しけりゃ持ってって良いぞ」

「いくらだ?」

「売れ残りで戻ってきた奴だ。溶かして再利用しようかと思ってたが、次の武器が完成するまでの繋ぎとして使いたければ使ってやってくれ」

 彼の言葉を聞いたクロードは小さく肩を竦めると、立て掛けられている武器の検分を行い始める。

 その様子を見ていたヴェルフは溜息を飲み込んだ。

(見た目は整っちゃあいるが。言葉遣いはどうにかならんのか)

 

 


 

 

 夕刻。

 【ヘスティア・ファミリア】の正規団員であるベル・クラネルが迷宮探索から帰還し【ステイタス】の更新を行う間、クロードは上層の廃教会にて自身の財布の中身を覗いて深い溜息を零していた。

「暫くは節約しなきゃ不味いな」

 主に刻み煙草の質を落とすしかないか。とクロードが悲し気に目を伏せる。

 非戦闘用の煙管を口に咥えるだけで火も着けずに揺らす。上下に揺れる煙管の先端を視線で追っていると、奥の小部屋から外套(コート)を羽織った女神が姿を現した。

「ん? 更新終わったのか?」

「ああ、クロード君か。ボクはバイトの打ち上げがあるからベル君の事を頼んだよ」

 何処か機嫌の悪そうな様子の女神は一方的に告げるとスタスタと歩いて行ってしまった。半口を開けたまま呆然とヘスティアを見送ったクロードは首を傾げる。

「今日の納金が少な過ぎたか?」

 恩恵を授かる対価として稼ぎの一部をヘスティアに納めている。しかし、今日は迷宮には一切足を運ばずに依頼の件や壊れた煙管の修理を頼みに行ったりと一日かけて所要を済ませていた上、修理費がかさむ事もあり今日の納金額は非常に少なかった。

 それに関しては女神にもしかと説明を行い納得してもらったはずだが、とクロードが首を傾げているとまたしても小部屋の扉が開かれる。

「あ……っ」

「うん? どしたよ?」

 僅かな灯りが差し込む廃教会の祭壇。腰掛けているのは荒々しい口調で喋る端麗な少女。

 小さな背丈に見合わぬ慣れた手付きで煙管を振るい、現れた少年を前に小首を傾げる。口調さえ丁重であればどこかの国のお姫様と言われても納得してしまいそうな容姿。それが差し込む夕日に照らされて燃える様な赤い輝きを宿した銀糸がさらりと流れ、まるで灼熱を宿した様な少女の姿にベルは一瞬だけ見惚れた。

「おい、何呆けてんだ?」

 クロードの訝し気な視線を向けられたベルは跳ねた心臓を誤魔化す様に口を開いた。

「な、なんでもない! そ、それよりも神様の機嫌が悪かったみたいなんだけど、何か知らない?」

「あー、まあ心当たりが無い事も無いが……そっちは何か心当たりは無いのか?」

「ううん、僕には全然見当も付かないや」

 本当に心当たりが無さそうに首を傾げる少年の姿を見て、クロードは肩を竦めると祭壇から立ち上がる。

「んで、晩飯はどうする。何か作るか?」

 女神が居ない間、食事はどうするかなとクロードが腕組をして考え込んでいると、少年が口を開いた。

「あ、その事なんだけど────」

 

 


 

 

 西の空に沈む日が残す紅い光に代わり、蒼い宵闇と薄らと輝く満月が街を見下ろしている。

 人の往来が絶えないメインストリートを歩むベルの背を、煙管を咥えて付き従うクロードは周囲の酒場を見やって軽く溜息を零した。

「んで、オマエの言ってた『店』ってのは何処だ?」

 早朝、早めに本拠(ホーム)を出た少年はとある店の店員と約束を交わしたのだという。今晩の夕食はその店でとる、と。軽はずみな約束をしかと守ろうとする少年の純粋さに呆れながらも、今宵の夕食は奢りだと聞いたクロードは渡りに船と意気揚々と彼に付き従っていた。

「えっと……た、確かこの辺りのはずなんだけど……」

 人気の少ない早朝と比べ、圧倒的に人の往来の激しいメインストリート。すっかり夜の顔に変わったその往来を見やって少年は僅かに心躍る光景に圧倒されていた。

 何処からか響く弦楽器や管楽器による大衆的な演奏。酒の入った冒険者達の豪快な笑い声。大胆な格好で客引きをする獣人も居れば、それよりも際どい恰好のアマゾネス一行が周囲の目線を気にせずに闊歩している。

 喧騒の隙間を抜けながら件の店を探す少年に対し、クロードは僅かに方眉を上げた。

「店の名前は?」

「えっと、確か『豊穣の女主人』だったかな?」

 店名を聞いた途端、クロードは咥えていた煙管の吸い口をガリッと噛んで表情を歪める。店を探す為にきょろきょろと見回しながら答えたベルは、背後で渋い表情を浮かべるクロードに気付かなかった。

「よりにもよって……」

「あっ、あった」

 予想が外れてくれ、と心の中で願うクロードを他所に少年はようやく見つけた目的の店へと歩んでいく。

 オラリオでよく見かける石造りの建物。二階建ての奥行きのあるカフェテラス付きのその店は、周りにある酒場よりも大きい様に見える。

 開け放たれた入口からは、カウンターの中で酒や料理を振る舞う恰幅の良いドワーフの女性。そして僅かに見える厨房では猫の獣人、猫人(キャットピープル)の少女達が働き回り、給仕をしている者達もウェイトレスばかり。

 店の業務員(スタッフ)が全員女性だった。

「うっ……」

 軒先から店内を覗いたベルが僅かに怯んだのを見て、クロードが肩を竦める。

 艶めかしい店では全くないのだが、見目麗しい女性ばかりが働くこの店は女性に免疫の少ない少年にとって難易度の高い店であるという事だろう。普段から接している女神は神であるし、少女は口調からして少女として見る事が少ないのも相まって、ベルはこの店に入るのが難しかった。

 尻込みしているベルをテラスの客からの視線が刺さる。

「……はぁ、何してんだよ。さっさといけ」

 尻を引っ叩かれたベルが驚愕混じりに一歩踏み出す。あわあわと店内に一歩踏み入れたベルを見て周囲の客の視線が一瞬集まるが、直ぐに喧騒を取り戻した。

 訝し気なエルフの視線にベルが硬直していると、少年の名を呼ぶ声が響いた。

「ベルさんっ」

「あっ、シルさんっ」

 店の制服らしい白いブラウスに膝下まで丈のある若草色のジャンパースカート。その上に長めのサロンエプロン。光沢の乏しい鈍色の髪は後頭部でお団子にまとめ、そこから尻尾の垂れたポニーテールの亜種。同色の瞳は喜色に彩られ、少年の下へやや駆け足で駆けてくる少女。

 その姿を見た瞬間、クロードは額を覆って溜息を零した。

 シル・フローヴァ、『豊穣の女主人』という店で働くバイトの少女。以前訪れた事のあるこの店だったのか、とクロードが嘆いていると気付いたシルが彼女を見て目を丸くした。

「クロードさん、珍しいですね」

「今日は普通に食事に来ただけだ。煙管は吸わねぇよ」

「え、前に来た事あるの?」

 ベルがクロードに問いかけるも、彼女は肩を竦めてシルを見やった。

「立ち話もなんだ、さっさと入って飯食おうぜ。この店、飯と酒は美味いんだ」

「えっと……?」

 僅かに棘のある物言いに戸惑うベルを他所に、シルは笑顔を浮かべて店内に声を張り上げた。

「お客様、二名はいりまーす!」

 少女の張り上げた声にベルが驚く間にも、シルは彼の手を取って奥へと案内していく。その背を見やり、ややあってからクロードも二人の後を追って店内へと足を踏み入れた。

 

 

 

「あんたがシルのお客さんかい。そっちは久しぶりだねぇ、元気でやってたかい」

 店内の隅、カウンターの角の部分、背後には壁があり他の席と比べて落ち着いて食事がとりやすい一角へと案内されて直ぐ、カウンターの向こう側から恰幅の良いドワーフの女将が二人に話しかけてきた。

「あ、はい。そうなりますね」

「……ああ、久しぶり」

「クロードの知り合いだったのかい。だったら先に言ってくれれば良かったのに」

 豪快な笑顔と共にドンッと置かれた並々と醸造酒(エール)の注がれたジョッキが二人分置かれる。

「別に報告する義務なんかねぇだろ」

「相変わらず口が悪いねえ」

 出された醸造酒(エール)に口をつけてそっぽを向くクロードを他所に、ドワーフの女将はベルに視線を向けた。

「それにしても、冒険者にしては可愛い顔してるねえ!」

 無遠慮とも言える女将の指摘に、ベルは柄にもなく、半ば暗い視線をぶつけた。彼自身にも自覚がある事もあって、その手の話題は避ける傾向にあった。

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

 豪快に笑いながら告げられた言葉に、ジョッキを手にしていたベルが度肝を抜かれて目を見開いた。バッと背後を振り返ると、目が合ったシルはすっと目を逸らした。

 ベルが大慌てで口を開く。

「ちょっと、僕いつから大食漢になったんですか!?」

「えへへ」

 ちょこんと舌を出して誤魔化す様に笑う可愛らしいシルの姿に一瞬だけベルが動きを止めるも、直ぐに突っ込みを入れる。

「えへへ、じゃないですよ!? 僕、絶対に大食いなんてしませんからね!」

 うちは貧乏なのだから、そんな大食いなんてしている余裕は無い。とベルが捲し立てる。

 その言葉を聞いたシルが額に手を当てて何処か棒読みで呟く。

「ああ、朝ごはんを食べられなかった所為で力が出ないー……」

「汚いですよ!?」

 二人のやり取りを見ていたクロードは少年(ベル)少女(シル)のやり取りの大まかな内容を予測して大きく溜息を零した。

「シル、先に言っとくが駆け出しの出せる金額は高が知れてんだから、あんま期待すんなよ」

「ふふっ、わかってますよ~。ちょっと奮発してくれるだけで良いんですよ。ごゆっくりしてくださいね」

 苦言に対しシルは笑顔で対応すると、忙しそうな給仕の悲鳴が上がるフロアへと足を運んでいった。

 どこか憮然とした様子のベルが「ちょっと、ね……」と呟くと、ふとクロードを見てジトリとした半眼を向ける。

「んだよ」

「えっと、人にたかる気満々の人が此処にも居たなって」

「ほぉ、言う様になったなぁ?」

 奢るって言ったのはお前だぞ、とクロードが鼻で笑いメニューを手にする。

 ベルも同様に酒場にしては丁寧に用意されたメニューを開き、料理の内容よりもその値段設定を見て目を見開いた。

「パ、パスタ三〇〇ヴァリスゥッ!? こ、こっちのはご、五〇〇ヴァリス……!!」

 冒険者向けに販売されている回復薬(ポーション)と同じ値段の料理に少年が戦慄しているさ中、クロードが女将を呼び止めていた。

「ミア母ちゃんやい。この今日のオススメってなんだ?」

港街(メレン)で上がった質の良い魚があってね。素揚げして餡かけにしたもんだよ。頼むかい?」

「おう、それ頼むわ。後、醸造酒(エール)追加」

 ぎょっとした表情を浮かべてベルが少女を見るも、彼女は気にした様子も無く二杯目の醸造酒(エール)に口を付けている。

 ごく普通にお腹を満たす程度ならば五〇ヴァリスもあれば十分な所を、ぼったくる様な価格設定にベルが驚愕しながらも、クロードの注文したものの値段を見て戦慄する。

 『本日のオススメ』八五〇ヴァリス。

 『醸造酒(エール)』二〇〇ヴァリス。

 酒は二杯目と言う事で合計金額は一二五〇ヴァリス。

 今日の少年の稼ぎは非常に良かった事もあり四四〇〇ヴァリスだが────横に居る少女の無遠慮な頼み方から足りるか不安が少年の中でむくむくと膨れ上がっていく。

「あ、あのぉ……今日は、その……」

「普段より儲かったから奢りって言ったのはベル、オマエだからな?」

「うっ……」

 確かに言った。少し避けられている先輩冒険者に今までのお礼も兼ねて、今日の稼ぎが多かったこともあって少年は少し見栄を張った────訂正、かなり見栄を張った。

「で、アンタは何を頼むんだい?」

「えっと……パ、パスタをお願いします……」

 本格的に大丈夫なのか、とベルが焦りながらも無難で最も価格の安いパスタを注文する。

 注文してから料理が来るまでは非常に早く、目の前に置かれた山盛りのパスタは確かに金額に見合った量と言えるだろう。ただ、少し多くないかと少年が顔を引き攣らせる横で、クロードが黙々と料理を口に運び、酒を呷った。

「ぷっはぁ……うっし、ミア母ちゃん、もう一杯ー!」

「ク、クローズさん!?」

 これ以上頼まれると本当に不味いとベルが慌てるが彼女はニヤり、と笑みを浮かべた。

「無駄に見栄を張るとこうなるっていう授業料だ。っつー訳だ、今日はガンガン飲むからな」

 見栄を張った少年に対し、容赦なく酒を追加していく少女。

 その細く小さな体の何処に入っていくのか、クロードは料理に食らい付いていく。見栄なんか張らなければ良かったと後悔を抱くも既に手遅れ。

 ベルはパスタを口にしながら横で酒を呷るクロードを見て完全に青褪めていた。




 【ロキ・ファミリア】との邂逅まであと少し。

 感想などあれば是非にお願いします。

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