紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第六話

 黒い靄に視界を埋め尽くされた闇の中。

 どちらが前で、どちらが後ろなのか。それどころか上も下もわからぬ暗雲の中で、酷い頭痛と吐き気を抑えながらクロードが一歩、また一歩と足を動かしていた。

 必死の表情で机にしがみ付く様に楽譜を書き上げている男の後ろ姿がクロードの視界の端を過ぎる。

 一瞬だけ過ぎ去っていく光景に舌打ちを零しながら、また一歩、彼女は踏み出した。その一歩が踏み出される度に、男の後ろ姿がクロードの視界の端を過ぎ去っては消えていく。

 竹刀を振るい続ける姿、ピアノの前に座る姿、学術書を読み漁る姿、どれも必死の形相で打ち込む狂気的な背中ばかり。全ての背中が同一人物。周囲は闇、たった一人で抗う姿にクロードは鼻で嗤う。

「糞、クソ、マジでなんもかんもクソだわ」

 どれだけ必死に楽譜を書いても陳腐だと切り捨てられ。どれだけ竹刀を振るい続けても兄の振るう一閃に届かない。学問に打ち込めば自身の頭の出来の悪さをまじまじと見せつけられる。

 努力の末に手にしたものは何もなく。積み上げてきた努力は全て無駄。『才能が無かった』の一言で今までの全てが無に帰す。

 残された世界(ゲーム)は砂上の楼閣よりも脆く、儚いただの虚像。

 積み上げてきた努力に意味等無く。ともすれば、才能無き者に期待等するだけ無駄と言うもの。それでも何かに急かされる様に、何かから逃げる様に辛く苦しい道を────努力を積み上げていく。

 進むのが億劫になる程に、前も後ろも、上も下もわからない道をクロードはただ歩み続ける。

(────ああ、夢だなこれ)

 突然、ともすれば自身の置かれた状況を理解した彼女は途端に足を止めた。今までの歩みに意味が無かった事に気付いて、夢の中だというのに全身を蝕む様な疲労感を味わった彼女は振り返った。

「クソ、クソクソ、何もかんもクソ過ぎる。1%の才能と99%の努力? 笑わせんなよ。殆どの人間(クソ)には1%の才能すらネェんだよ」

 クロードの背後。背中合わせの様に立つ男。脂ぎって汚れた髪、落ちくぼんだ眼孔は暗く、しかし瞳は濁りながらも爛々と歪な輝きを宿している。噛み癖なのか右手の爪をガリガリと噛み続けながら怨嗟の言葉を吐き続ける口元には無数の切り傷。 

 彼が左手に握らせたVRゲーム用のヘッドアクセサリーに視線を向けたクロードが呟く。

「クソなのは知ってる。才能が無かったのも知ってる。努力が全部無駄だったのも知ってる。んで、残ったモンが無かったのはご愁傷様」

 彼女は男の手にした機器をさっと奪い取り、嗤った。

「なあ、お前は俺だ、もう知ってんだろ。努力が必ず報われるなんてありえないって」

 機器を足元に放り、小さな革靴(ブーツ)の踵で踏み潰した。呆気なく、破片すら残さず世界(ゲーム)で為した偉業の数々は踏み潰され、消滅した。

 クロードの言葉を聞いた男が、爛々と暗闇の中で異常な輝きを宿す瞳を彼女に向けた。

「────せ、返せ!」

 子供程の背丈しかない少女の両肩を掴み、男が髪を振り乱して狂いだす。返せ、返せと泣き喚く。

 耳朶を打つ不快な感触にクロードが眉を顰めながらも、されるがままに男に揺さぶられ続ける。

「なあ、良いよな。ゲーム、最高だわ」

 現実ではありえない。努力が報われない事は無い。

 ただの数字の羅列とはいえ、能力値(ステイタス)という形で可視化された努力の形が目に見える。それだけで十分で、それでは不十分だ。

 どれだけそのゲーム(世界)で努力を重ねた所で、それはサーバーが停止すると同時に消滅する虚構(世界)の代物。それでも、それしか縋る物が無かったから、彼は狂う程にそれに執着する。

(我ながら、気持ち悪い奴だよなぁ……)

 揺さぶられる不快感を抱きながら、クロードはただ落ちくぼんだ眼孔の奥に光る狂気の光を見続けていた。

 

 

 

「こら、こんな所で寝たら風邪を引くだろう」

 ガクガクと揺さぶられたクロードは薄らと瞼を持ち上げ、夢の世界から脱した事を知った。

 自身の両肩を掴む女神の顔を見やってから、ややあって周囲を見回す。やや薄暗い廃教会の外周、崩れた屋根の残骸を撤去してそのまま放置され、雑草が繁茂している廃材の山の陰だ。

 昨晩の出来事を反芻していたクロードは、帰宅途中で中毒症状が発症して幻覚が見え始めた辺りで本拠に帰還する事を諦め、適当に薬を服用してから人攫い等に遭わぬ様に隠れられそうな所に身を捻じ込んで目を閉じた事を思い出した。

「あー……」

 昨日の内にいくつか薬を服用したおかげか、幻覚症状も幻聴も無い。気分こそ最悪だが体調は悪くない自身の体に触れると、クロードは不快そうな表情を隠しもせずに女神の両手を振り払った。

「オレとアンタの関係は、利害の一致のみ。慣れ合う必要は無いはずだろ」

「そうは言ってもだね、そんな所で寝てたらいくら恩恵があっても体調を崩すし……それに、キミは確かにボクの【ファミリア】には所属していない。けれどもボクが恩恵を授けた眷属(こども)に違いは無いんだから」

「はぁ……」

 どこか心配そうに覗き込んでくる恩恵を授けてくれた女神、ヘスティアの瞳を濁った瞳で見やったクロードは、これ見よがしな溜息を零して肩を竦める。

「はいはい、わぁーったよ。たく、今度からちゃんと宿に泊まりますとも、お気遣いドーモ」

「むぅ……」

 全く応える気の無いクロードの姿に女神は眉間を揉んだ。

 ヘスティアとクロードの出会いは、一ヶ月ほど前にまで遡る────

 

 


 

 

「うぇええっ! で、出て行ってくれだって!? いきなりどうしたんだいヘファイストスッ!?」

 その日、ヘスティアは何時も通りに柔らかなベッドに沈み込みながら本を読んでいた。そんな日常は額に青筋を浮かべた()友の登場で砕け散る。

「あら、聞こえなかったかしら────出て行って頂戴。地上に降りてから毎日毎日、ぐーたらしていて自立する気も無い様な女神の世話には疲れたわ」

「じ、自立する気ならあるさ! ただ、ちょっと……ちょ~っとだけ、ボクのお眼鏡に適う人間()が居ないだけさ!」

 必死に言い返すヘスティアに()友は眼帯に覆われていない片目を半眼にして呟く。

「いつもいつも、同じ事を言って……貴女の生活費、誰が出してると思っているのかしら?」

「ヘ、ヘファイストスじゃないのかい……?」

「違うわ」

「へ?」

「私の眷属(こども)達よ。あの子達が稼いでくれたお金よ。()友のよしみで面倒を見てあげていたけれど、もう限界だわ」

「そ、そんなぁ!?」

 どうにかしてこの生活を続けようと必死に縋るヘスティアに、完全に聞く耳を持たないヘファイストス。さも当然の成り行きで、このままでは無一文で放り出されてしまう。と青褪め始めた所で、扉をノックする音が響き渡った。

「おお、主神様よ。こんな所に居たのか」

 ずかずかと入ってきた人物に対し、ヘスティアが知っている事は身の丈170(セルチ)にも届く長身で、極東式の赤い袴と、上半身はさらしのみと、火に晒される鍛冶師であるにも関わらず肌を極端に露出している変人。極東出身のヒューマンと大陸のドワーフの間に生まれた『ハーフドワーフ』。

 そして神友(ヘファイストス)の【ファミリア】の団長である事。

「あら、椿じゃない。どうしたのかしら?」

「いんやぁ、ダンジョンで試し切りをしていたら拾い物をしてな」

「拾い物?」

 話の矛先が逸れて幸運だ、とヘスティアが椿に詰め寄る。あわよくばこのまま強制退去の話を有耶無耶にしようとする女神に対し、ヘファイストスが眉間を揉みながら椿に視線を向けた。

「うむ、これなんだが────」

 ずいっ、と差し出されたソレを見て二人の女神は目を見開いた。

 くすんだ銀色の髪には固まった血が付着している。衣類は煤けた色をしており、所々血に汚れ、切れ込みや焼け焦げ穴が空いている。手首に巻かれた紐の先には半ば程で圧し折れた煙管の残骸。腰には空っぽの鞘。

 意識は無いのか首根っこを掴まれた状態でぐったりとしている人物。

 背丈はどうみても115(セルチ)にすら届かない、幼い少女の冒険者だった。

「わわっ、ち、治療しないとっ!」

 服に染みている赤黒い血を見たヘスティアが大慌てで回復薬(ポーション)をヘファイストスにせがむ横で、鍛冶神はヘスティアを抑えて腰に手を当て、椿を見やった。

「落ち着きなさいヘスティア、既に治療済みよ。それよりも椿、その子がどうしたの?」

 椿曰く、20階層で試し切りの為のモンスターを探しているさ中に倒れているところを偶然見つけたとの事。

 それだけなら安全階層(セーフティーポイント)である18階層に送り届けてお終い、と言う話だったのだが。

「こやつ、恩恵を持ってないみたいなんだ」

「……何ですって?」

 恩恵が無い。そう言いながら椿が少女の背中を女神に見せる。

 背中を覆っていた筈の衣類はばっさりと斜めに裂かれており、多量の血が付着していたがそれよりも目を引いたのは彼女の真っ白な背中。神の恩恵が刻まれているならば最低限映されるはずの徽章(エンブレム)すらない。

「主神を失った……いや、それなら薄らとステイタスが見えるはず……」

 ぶつぶつと呟きながらヘファイストスが考え込む横から、ヘスティアが袖を引いて質問を飛ばした。

「なあ、ヘファイストス。恩恵が無いと何か問題なのかい?」

「……貴女ねぇ、人の話を聞いてたかしら?」

 本来、ダンジョンに挑むのであれば神の恩恵(ファルナ)を受けるのが常識。

 上層の力の弱い怪物ならまだしも、中層以下の怪物相手に恩恵無しで挑むのは命知らずの所業だ。そして、彼女が見つかったのは20階層。中層域だ。

「つまり、彼女は恩恵も無しに20階層まで行ったのかい?」

「さあね、他の冒険者に連れて行ってもらったとかも有り得なくはないけど……」

 どのみち、彼女の素性がわからない以上どうにもならない。とヘファイストスが眉間を揉んだ。

「……というか、ギルドに差し出しておけば良かったでしょうに、どうして連れ帰ってきたのかしら?」

「うむ、それなんだがな────これを見てくれ」

 少女を担いだ椿は、腰から小ぶりの剣を取り出して主神に差し出した。それを横から見ていたヘスティアには何が何だかよくわからないが、とにかく覗き込んでその剣を見やった。

「これは……?」

「…………凄いわね。何この剣」

「ヘファイストス?」

 その剣の刀身を見やった途端、ヘファイストスの瞳の色が変わる。神友を叱りに来た表情でも、眷属を前にした表情でも無く、鍛冶神としての表情でその剣をつぶさに見やる。

「…………誰の作品かしら。こんな剣を打つ子、私は知らないわ」

「何? 当てが外れたな……主神様ならわかるかと思ったのだが」

「何の話だい? 何の変哲もない剣にしか見えないけれど」

 横から無知なヘスティアが横槍を入れた事で、鍛冶神と鍛冶師の二人は互いに視線を交わすと肩を竦めた。

「まあ、鍛冶の事など知らぬ女神様にはわからんだろう。この剣の凄さが」

 鍛冶を極めんとする者なら気にならぬ等有り得ない。とすら言い切った椿は剣を主神に引き渡して口を開いた。

「と言う訳だ」

「……どういう訳なんだい?」

「はぁ……この剣の作成者が知りたい。心当たりが無いから私に聞いて、駄目ならその子から直接聞きたい、と……?」

「うむ」

 大業な仕草で頷く眷属の姿に主神が溜息を零した所で、呻き声が響いた。

「うぐっ……ぁ……」

 意識を取り戻したらしい少女が椿に担がれたまま身を捩りだす。それに気付いた椿がゆっくりと彼女をベッドに下ろす。血がベッドに付いたのをみたヘスティアが青褪める横で、ヘファイストスは「どうせ貴女が洗う訳じゃないから良いでしょう」と呟く中、少女がゆっくりと顔を上げた。

 灰色の瞳────否、本来は深紅の色を宿す所が、濁り切った事によって灰色に見える瞳だ。瞳の奥には元来の色らしい紅色が微かに見える。ともすれば灰山に燻る炎を思わせる色をしている。

 何処か焦点の合っていなかった少女の視点が、ぱっと定まると目を見開いて周囲を見回し始めた。

「────ッ!? 何処だ此処ッ!?」

「落ち着け。お前さんはダンジョンで倒れておったんだ。手前が助けたんだが覚えてないか?」

「は? ダンジョン……助け……? 他に生きてる奴が居たのか? じゃあ、此処は……街は全部潰れたはずだが? ギルド拠点(ハウス)か?」

 意識を取り戻した彼女は矢継ぎ早に質問を飛ばし続け、暫くすると顔を覆って笑いだした。

「くはっ、なんだこりゃ。悪い夢か? おいおい、もしかして死んだのか?」

「ふむ、何を言っておるのか知らんし興味も無いが。それよりもこの剣の作成者を────」

「椿、ちょっと今は止めなさい」

 暫くの間放心状態でヘスティアのベッドを血塗れにしてくれた彼女は、その後ヘファイストスに連れられて別室へと行った。

 それから数日後、ヘファイストスと策謀した彼女によって住み慣れた部屋から連れ出され、なし崩し的に恩恵を授る事となる。

 

 


 

 

(────ボク、クロード君の事、何も知らないな)

 彼女はヘスティアとの間に結んだ契約────恩恵を授ける代わりに、一定のお金をヘスティアに納める────事については欠かさずに履行している。それ以外については何を話そうとしても煙に巻かれて話し合う機会は訪れなかった。

 口調が荒く無愛想な部分はあれど、決して悪い子ではない。というのはヘスティアにも理解できるが、逆に言えばそれ以上は知らない。

『ああ? オレの事を知りたいだぁ? その前に【ファミリア】の団員探しでもしろよ。オレの事を知るよりそっちの方が建設的だろ?』

『ほら、今週分の金だ……は? 金は良いから代わりにオレの事を? なあ、無駄遣いして食事代削ってる女神が何言ってんだよ』

『腹空かせてんだろ。飯ぐらい食っとけよ、ほれこれでも食え』

『煙管が好きなのかって? さぁな、無いと落ち着かねェし、癖だよ癖、それ以外の何でもねェ』

 過去に投げ返された言葉を思い返しながら、妙なところで寝ていた眷属が大きく伸びをしていたヘスティアは、ふと周囲を見回して首を傾げた。

「所で、ベル君は何処だい? 一緒に居たんだろう?」

 つい昨日、初めての自身の【ファミリア】の眷属()が何処とも知れぬ馬の骨の影響を受けた事にへそを曲げ、バイトの飲み会へと顔を出していたヘスティアは、帰った際にがらんとした静けさに満ちた本拠(ホーム)を見て憤慨した。

 きっと、クロード君が良からぬ店にベル君を連れて行ったんだ、とぷんぷんと怒ってからふて寝する為にベッドに潜り込み、十時、十一時、十二時、と時間が経てど帰らぬ二人にいよいよ怒りよりも危機感が勝った。

 片や自由奔放で気ままに紫煙を燻らせる少女。片や純粋で真っ直ぐな少年。

 少女の方は自身の事に構うな、とうっとうし気にヘスティアを煙に巻くがそれでも大事な子という事に変わりはない。

 昨晩、ベルにきつい事を言ってしまった所為で愛想を尽かされたのか。それともベルを慰める為にクロードが一肌脱いでいるのか。────後者については絶対に無いが。

 流石に心配になった彼女は、飛び起きて近隣を探しに行っていた。目立つ白髪も、くすんだ銀髪もどちらも見つけられず、一縷の望みをかけて廃教会へと戻ってきた彼女が見たのは入口横の廃材の陰の所で足を投げ出して眠っているクロードだった。

 ただ、白髪の少年の姿は見えない。だからこそ、ヘスティアは事情を知っていそうなクロードにそれとなく訊ねてみた。

 その問いかけに、クロードは眉間に深々と皺を寄せると服に付いていた虫を摘まみとって投げ捨てながら呟く。

「さぁ? 死んだんじゃネ?」

 何処かおどけた様子の彼女の姿にヘスティアが不審そうな表情を浮かべる。

「一応、恩恵を授けた子が生きてるのか死んでるのかぐらいはわかるから、ベル君が生きてるのはわかるんだけど……何かあったのかい?」

 昨日、ヘスティアがかなり冷たい態度でベルとわかれてしまった事をほんのりと後悔しはじめた所で、クロードは僅かに目を見開いて驚き、小声で呟く。

「恩恵授けてると生死がわかるのか……面倒臭ェな

「うん? クロード君?」

「あー、はいはい。ベル君な、ベル君……帰ってねェのか?」

「ああ、そうなんだ」

 ヘスティアの言葉を聞いたクロードが、面倒臭そうに頭をガシガシと掻き、吐き捨てる。

「護身用のナイフ一本、防具無しで夜のダンジョンに行った。帰ってきてねェって事はマジで死んだんじゃね、とオレは思ってるがね」

「────な、なんだって!?」

 少女が吐き捨てた台詞を聞いた女神は、自身の子が無謀な事をしでかした事に気付いて青褪める。

 いくら恩恵を受けているとはいえ、駆け出しも駆け出しな少年が防具も無しで迷宮に潜る。自殺行為に他ならない、浅慮、愚行、どんな言葉を重ねても足りない様な愚かな行為だ。

「な、なんで止めなかったんだい!?」

「あァ? 止めて聞くタマじゃねェだろ」

 そもそも、止められた程度で止まるならダンジョンの入口で怖気づいて引き返す。それが出来ない程に頭に血が上っているのなら────

「オレじゃあ止めらんねェ。オレって非力だし」 

「じゃ、じゃあせめて迎えに……」

 言いかけた所でヘスティアは慌てて口を塞いだ。

 護身用の武器だけで防具も無く迷宮に足を運ぶことがどれほど無謀な事か。当然、クロードも護身用の武器はあれど防具は外していたはずだろう。それでも追え、等とは口が裂けても言えなかった。

「ごめん、じゃあ今からで良いからベル君を探すのを手伝ってくれないかな」

「はぁ~、だっる。今月の支払いから天引きで良いか?」

 面倒臭そうに服の裾を払ったクロードが欠伸を零して捜索に加わる事を決め、一度準備にと地下室に向かおうとした、その時。

「神様……? クローズさんも、何、してるんですか?」

 細道からふらふらとした足取りの少年が姿を現した。僅かに驚いた表情をしながらも、今にも倒れそうな彼は鈍重な足取りで二人へと歩み寄ろうとする。

「ベル君ッ!? その怪我は……キミは何て無茶を、そんな恰好で夜通しダンジョンに潜るなんて!」

「……はぇー、死んでなかったのか」

 女神は血相を変えてベルに駆け寄り、彼の傷の具合を見て息を呑んだ。

 上半身の質素な薄い私服は破れ、肌は青黒く変色している。更に酷いのは下半身、跳ね上げた泥で完全に変色しているパンツは裾がボロボロで、何より目につくのは右膝の部分に刻まれた三本線の裂傷。まるで爪で切られた様なそれは、間違いなく迷宮の怪物にやられたものだろう。

「……どうしてそんな無茶をしたんだい? そんな自暴自棄みたいなまね、君らしくないじゃないか」

「…………」

 暗い雰囲気の少年を叱る気を失った女神が諭す様な声音で問いかける。しかし、ベルは口を開かなかった。

 その横で、クックック、とクロードが肩を揺らして笑う。

「自分の口で言うのは辛ェよな。オレが代わりに全部ぶっちゃけてやろうか?」

「ッ……!」

 揶揄う様な言葉を放つ少女を、少年が射殺さんばかりに睨んだ。口にせずとも、あの話はするな、と目が雄弁に語っている。

 そんな瞳に見つめられたクロードは肩を竦め、煙管に火を入れて一息吸ってから口を開く。

「好きになった女の前で侮辱されちまったんだよなァ?」

「クローズさん、黙ってください」

 一部を暴露された少年が鋭くクロードを睨み付けて唸る様に呟く。

「おいおい、怒ってんのか? 悔しいのかよ。呆れてモノも言えなくなっちまうじゃねェか!」

「クローズさん……!」

 自然と、少年の手が腰の短刀に伸びる。それ以上口を開くなら、実力行使で黙らせる。と。

 疲労で朦朧とした意識の中、少年の触れられたくない逆鱗に無遠慮に触れ続けるクロードは鼻で嗤うと、煽る様な言葉を紫煙と共に吐き付けた。

「情けないよなァ。言い返す事も出来なくて、無謀な事してスゲェって言われたかったのか? オマエ、スゲェよ、本気(マジ)でスゲェよ。テメェみてぇな死にたがりの馬鹿野郎、他に居ねェよ!」

「…………ッッッ!!」

「駄目だベル君!」

 制止する女神を振り切り、負傷した片足を庇いながら少年が掴みかかる。

 流石に短刀を抜く様な愚行はしない。しかしそれでも煽る少女を黙らせんと突撃を仕掛けた。

「がっ!?」

「はい、一発~」

「ベル君!?」

 突き出された腕に対し自身から内側へと入り込む事で回避するのとほぼ同時、顎下目掛けて放たれた小さな拳が少年の顎を打ち上げる。

 夜通し戦闘し続け限界を迎えていた体に、止めとも言える一撃が加えられガクンッと姿勢が崩れた。其処に、クロードは容赦なく追撃を加える。

 倒れてくる少年の腹に膝を叩き込み、少年の体がくの字に折れ、肺腑の中身を一気に吐き出さされる。

「げほっ、ぐっ、ごほっごほっ」

「ふぅ、ほらどうしたよ、立たねェのか?」

 無くなった空気を求めて息を吸おうともがく少年の顔目掛けて紫煙を吹きかけ、咽させたクロードは彼の白髪を掴もうと手を伸ばして。

「止めるんだ」

「…………」

 女神に制止されて動きを止めた。

 ぜぇぜぇ、と荒い息を吐く少年と、鋭く自身を睨む女神を見やり、クロードは肩を竦める。

「オレは要望通りに、女神様に詳細を教えただけだぜ? それでその小僧(ガキ)が勝手にキレて襲ってきたから返り討ちにした。他に何かあんのか?」

 自身は何も悪くない。そう言い捨てると、煙管に残った燃え残りの灰を振るい落として二人に背を向けた。

 朝靄がかかる裏路地に入る直前、振り返ったクロードは心配そうにヘスティアに支えられるベルの背に言葉を投げかける。

「お前が生きてんのは運が良かっただけだ。コレに懲りたら無茶なんてすんじゃねェぞ、勘違い野郎」

 新たに火を着けた煙管を吹かし、クロードは早朝の街へと姿を消した。




 新年あけましておめでとうございます。
 今年一年、更新頑張っていきます。

 もう幸先の悪い出だしに作者の胃痛がヤバい。
 奇をてらう様な展開にしようかな、と色々とキチガイ染みた行動をとらせてますが、滑りそうですね。滑りますね。確実に。

 オリ主なりにベル君に無茶すんなよーって伝えて…………。
 煽る必要割と無いですね。

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